第92話
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今日の彼、凄く悩ましい表情をしていたけれどどうしたのかしら。もしかして私の授業がつまらなかったのかしら? でも質問にはちゃんと答えていたし……。うー、一生徒の事でこんなにも悩むなんて、私もまだまだ半人前かしらね。今日の出来事をかいつまんでだけど、地理の事に詳しいモットニーデ・リッテマン教授に話してみた。
「ふむ、彼は領地で何かしたかったのではなかろうかのう。宝石類なんてものは確かに相応に価値があるが、それだけでは飯は食えぬし腹も膨れぬのは道理だ。彼が言うことは尤もだとも。彼が正確に聞きたかったのは、それを自分の領地で栽培できるのかという事だろうと思う。それならば難しい表情も納得がいくだろう?」
「確かに、でも授業中に自分の領地の話は出せなかった、そう言うところでしょうか?」
「だろうな。若くして伯爵、領地を賜った身で、下地がない彼には何とかしたい問題の一つなのだろう。民を飢えさせないことを第一に考える、噂通りなら良い領主になるだろう」
「そうですね。彼は実家の領地に奴隷を買うことがあるそうです。それも話では100人以上入るとか。その扱いは普通の領民と変わらない生活を送らせて、仕事は割り振ってると聞きます。そんな彼が次に何をするのかは気になりますね」
「奴隷を領民にする。それはかなり無茶なことを……。実家の領民達と摩擦があるのではないかな? 彼に一度話をじっくりしてみたいものだがな」
「彼は学院の教員棟に執務室を持っています。今はそこで寝泊まりしているそうです。興味がおありでしたら行ってみてはいかがですか?」
「そう焚き付けるでない。本当は自分が知りたいのだろう?」
「分かりますか?」
「ははは、そりゃそうだとも」
♦
今日の授業は終わり。早いって? そりゃそうだ。同じ先生が同じようなペースで同じように授業するのだから特記するようなこともあまりない。必然だろう? ただ僕の所には何故かここにいなくていい人達が来ていた。
「オルクス、遊びに来たよ」
「元気でやっているか?」
「1学年のクラスも久しぶりに見ると懐かしいものだな」
殿下達が三人揃い踏みで教室にやって来た。
「そう邪険にするな。何もお前をかっさらおう等とは思ってないんだ」
「手紙の件、了承の返事は頂いたはずですが?」
僕が訝し気に見ると、気にしたそぶりも見せず返された。
「お前もその良く回る頭で、俺達を利用するとは考えたものだな」
「利用などと恐れ多い。適材適所です。人選がダメな時期があり、頼まれたから相談に乗った。それだけですよ。殿下達もお嫌なら断っていたでしょうに」
「わー、淡泊な言い方だな。折角話に乗ってやったと言うのに。お前の頼みだから乗ったんだぞ? 貸しは多く返しにくいのだし、今の内にと思ったまでだ。不満か?」
「いえ、それは感謝していますが……」
言葉を濁す僕に満面の笑み答えるお三方。
「こちらの出した条件を根に持ってるんだろ。何となくそう言う顔してるぞ」
「交換条件ですので、正当なものであると思っています」
「ほんとかよ? てっきりしてやられたって思ってるもんだと思ってたぞ?」
「無理を言ったのは承知の上でしたので」
僕の反応に一々面白がってくる三人、後ろでアイリスが笑顔ながら表情に出さずしてにじみ出るこの刺々しい雰囲気。
「と、ところで誰もこっち来ないんだけど、もしかしてはぶられてる?」
「殿下達がいるから誰も近づこうなどと思わないんでしょう。それに向こうも用事はないでしょうし」
「ところでさっきから触ってんの魔道具か?」
「一応、僕専用ですけど。大抵の事は調べられます」
「じゃあ、あそこの――」
「お答えしかねます」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「服の下は何か、もしくは何色か、ではないんですか? 下が縞々で上が薄い紫、とでも答えてみればよろしいでしょうか?」
「マジか!?」
「確かめてこようか?」
「止めてください。当てずっぽうです。実際にそんなわけないじゃないですか」
「おい、走って逃げてったぞ」
「殿下方が指をさされたからです。たまらず逃げただけでしょう。ここにはサイレントを張っています。口を多少隠せば完全に会話などばれません。茶番はその辺で、今日はどうしたんです? 何か問題でも?」
「あーうん。4年生からの実習でさ、魔物の討伐って言うのがあるんだけど」
「うちの従者を借りたいとか?」
「さすが、話が早くて助かる」
「ですが、それでは騎士団の面目が潰れて亀裂が生じます。騎士団に波紋を広げるというのは容認できかねます」
「騎士には騎士の仕事をさせるさ。貸してほしいのは影の中に潜む忍びだったか? あれを6人ほど頼みたい」
「なるほど。騎士の矜持は守りながら……ですか。それならば、メイドとして4人追加しましょう。お手付きはしないと誓ってくださるなら、の派遣ですが」
「しないよ、あんなおっかない女性達は僕の趣味じゃない」
「私もだ」
「俺もな」
ちなみに、どの辺まで行かれるのですか? 緊急連絡用に飛竜もつけますか? 僕がそう言うと食い付きが凄くなった。
「カルヌンス方面だ。知ってるかはどうかは知らんが、魔物の溜まり場の一角だな。魔力溜まりとしては危険区域指定だ。魔物は大したことはないが数が多いというので、定期的に学院の生徒が騎士団の新兵寄りの護衛付きで遠征として向かうのだ」
「僕も飛竜に乗りたいな!」
「演習なのでしょう? 危険や緊急でなら分かりますが、殿下達が指揮を乱してどうするんですか。帰ったら存分に乗ってください。陛下や宰相様の目にあまり触れないようにお願いしますよ?」
「それは無理だろ?」
「見つかったら何言われるか」
「横取りされるにきまってるじゃん」
そこまでなんですか? 僕が呆れたように言うと。
「お前がワイバーン持ってきたら、絶対すぐ暴れるからなうちの陛下は」
「極力時間をかけて献上してくれ。国王が空飛び回るとか、護衛もできんのにどこにでも行きそうだ」
「目に浮かぶよ」
「僕の卒業後までお待ち頂きましょう」
それがいい、と4人で溜息を吐く。
♦
結局、殿下達には10人の忍びと、2頭の飛竜と飛竜乗りを同行させることになった。指揮官は椿である。彼女に任せれば大抵の事は問題なくなるだろう。
さておき、殿下達が去った後も、クラスメート等はこちらに視線を釘付けなのだ。迷惑なことに仕事がしにくいったらない。こちらの国で購入するレンガとコンクリート、それに石を街で影響がでないように購入していこうと思う。
骨組みは木に頼ることになりそうだが、その他はレンガで、光を刺し込むようにガラスを用いることで気温と湿度を一定に保たせる。ビニールハウスが無理でも温室を作るのは何とかなりそうだ。この際だから屋敷みたいに大きい建物にしても良いと思うのだけど、やはりそれだと父上に了承してもらうほかないからな。納得いくまで利便性を説いて、根気よく説得するしかなさそうだ。
教会の次は防波堤の設置に温室ハウスの着手、休む暇はないがちゃんと給料は与えている。領地には従者達が経営する、所謂雑貨店や、王都から仕入れた物を売る店を建築して店として機能させてある。ついでに食事処はまだだが、飲酒できる場所を設けたことで、働く意欲を掻き立てることに成功していると見ていいだろう。
集落の生活水準も少しずつだが、手を付けて村としてなしていくように成長を促しているところだ。後は村になり街になれば、安定した自給自足が実電出来るだろうと思う。まあ、それはちょっと先を見すぎかもしれないがね。
ともあれ、従者達の稼ぎ口も雇用状態も悪くはない。結局従者達にも給料を払って好きに使って良いと指示を出しているのだが、今のところまだ誰も……、いやモモカがお金を使って暴食しているか。いずれ見合った給料形態を確立させてやれば良い。
それにはまず仕入れのルートや仕入れ屋を確立させて、馬車の護衛をつけるか飛竜やペガサスの移送が望ましいか。カンスカのような行商人に馬車を与えるのも望ましいことだ。カンスカ自身に交渉するのも良いが、彼に仕事仲間がいればこの話は広がりを見せるだろう。そういうも考えないといけないな。
道の整地も必要だし、見回りの巡回も必要だ。そう考えるとやる事が多くてかなわないな。一領地としてどこまでやるべきか。周辺の領地にもそのうちお伺いを立てる必要があるだろう。これも父上に相談する案件だな。どれもこれも順を追ってやっていかないと、途中で破綻しそうな感じがする。
そんなことをPCと向き合って考えていると、珍しく声を掛けられた。
「オルクス君帰らないの?」
「もう皆帰ってるよ?」
ああ、そう言えばそうだった。いつまでも教室にいても仕方がない。帰ろうかな。声を掛けてきた二人は副委員長のソイラにスヴィだった。彼女達は自宅からの通い組だ。僕もPCを片づけて帰り支度をぱっぱと済ませてしまう。
「オルクス君空間収納使えるんだ? 便利そうでうらやましい」
「マジックバックの存在で、それ程需要が求められてないスキルだけどね」
「あるとないとじゃ全然違うと思うよ? 便利そうだもん」
「だよね。両手が開いてるって気楽そうだし」
そんな意見を言われたが、やはりそうそう大げさにものを言われるようなことはなかった。マジックバックの影響は大きいという事だろう。そう言えばこのマジックバックについて、マティアに尋ねれば作りは簡単だという話を聞いた覚えがある。商品リストに入れようか? 製法は秘密だとか本に載っていたが、秘密なら秘密で通せばよい。その為の権利を国からお金をもらわずに得たのだから。
僕は少しくらい笑みを浮かべていたようで、隣を歩いていた彼女達がいつしか立ち止まっていた。
「すまない、領地の事で試したいことができてね。どうなるか気になってしまったのが顔に出たらしい。警戒させてしまったかな?」
「い、いえ」
「いや、急に笑ったからどうしたかって、って!」
「馬鹿正直!」
「思ったんだからしょうがないだろ」
「いいさ、別に後ろ暗いことをやるわけじゃないんだし。領地の特産を増やすのにどうするか、そんなことを考えてただけだよ」
「領地を持つってなんか大変だよなぁ」
まあね、僕は短く答えた。事細かく言う必要もないし、そう言う間柄でもないしね。
「今は賜った領地に代官がいてくれる。それが凄く頼りになるものだから頼ってしまうけど、いずれは自分の手で何とかしないといけない問題だからね」
「ご苦労なさってるんですね」
「まあ、確かに苦労ではあるけど。まだまだ序の口だよ」
おどけて見せると、二人も多少の違いはあれど笑みを漏らした。
♦
二人を途中の廊下で見送った後、自分の執務室に戻り言玉に向けて何か伝言が入っていないか確認したが、特に入っていなかった。とりあえず、父上に話をして了承を得なければならないだろう。そう思って念じようとしたとき、ドアがノックされた。
まだ時間としては16時半と言ったところで、人の出入りがそれなりにある時間だが、また昨日のような厄介事だと困るなと思いながら返事をすると、帰って来たのはデインズ先生の声だった。
「デインズです。今日の件で少し話があるのだけど、少しいいかしら? モットニーデ・リッテマン教授も一緒なのだけど」
「お入りください。アイリスお茶とお茶請けを頼む」
「はい」
入ってきたのはデインズ先生と、入学式で見たことのある初老の男性講師。食事会の席で名前が出ていたモットニーデ・リッテマン教授と言う方らしいが。何をしにここまで来たことやら。
出方を見るのも良いが無言では失礼だろう。
「お掛けください。今日の件と仰いましたが、何かありましたか? ああ、もしかして最後の地理の授業中に僕の様子がおかしかったことについて、とかでしょうか?」
「そのことよ。ズバリ聞くけど、貴方はあの地理の時間に、自分の領地で使えるものがないか気にしていた。違うかしら? それともほかに、例えば授業がつまらなかったとか……」
「はは、まさか。前者で正解です。先生の授業はとてもスムーズで分かり易く、こちらも布に水がしみ込むように要領よく拝聴しています。確かに僕は、自分の領地で何か役立つものはないか、常に探して耳を広げて血眼で探しています。先生にはそれが様子がおかしい、不信感と言う感じで映ってしまったのですね。申し訳ありません」
「いえ、良いのよ。私の思い過ごしだったならそれで。今日はモットニーデ・リッテマン教授、地理や世界史を専攻している教授に貴方の悩みがあれば聞いてもらおうと思ってお連れしたのよ」
「僕の悩み、ですか?」
そこに今まで黙ってお茶請けとお茶を楽しんでいた教授が、おもむろに言葉を発した。
「君は領地を持っている。だから何かしら下地となる、金銭に変わる食料や商品が自分の領地で賄えないか、作って販売できないか考えている。君の発言からそう推察するが合っているかね?」
「ええ、その通りです。今日の授業で思いついたものは一通りメモをしてありますがご覧になりますか?」
「拝見しよう」
僕はインベントリから何枚かメモ用紙を取り出して机に並べた。
「いくつか……、ではないな。これまでの授業で気づいたり参考にしたりしたものがこれかね。これはたまげたわい」
「温度管理のできる温室を作って、そこで栽培が可能なものを増やしていこうと考えています。当初は違う建物をと考えていましたが、木以外の材質で、なるべく温度調節可能な建築物をと考えています。温室が作れればポーションの種類も増やせますし、その他にも植物だけでなく草花、木々や実をつける木も栽培可能でしょう。地理で習うべき場所の下調べは休みの日にしようと思っています。実験場は実家なので、父上に許可をとらなければなりませんが、資金は僕が出すといえば概ね承諾されると思います」
「そうさな……。温室を考えるとは思っていなかったので、何度も失敗するうちに諦めるかもと思っていたが。案外考えが合理的で賢いやり方だ。空間収納も使えるなら案外現地調達も可能だしのう。良かろう、デインズ先生の授業の妨げにならんと言うなら、2年から6年までの地理の教科書を渡してやろうか。後は図書館に行けば参考になる本も山とあるでな」
「よろしいのですか?」
「教授……」
「君は宰相様と筆記で主席か次席をキープできれば、かなりの権限を持たせられていると聞くが?」
「事実です。授業は蔑ろにしませんし、ちゃんと成績を得てものを言える立場にあるのは当然と思っています」
「んー、ならよいじゃろう? どうかのうデインズ先生は」
「自主学習の一環として、という事であれば問題ありません。授業はちゃんと受けてね?」
もちろんです、そう答える僕は良い笑みを見せていたのだろう。相手側も困った様な仕方ないなと言う感じの表情でいる。
「教授にお尋ねしたいことがあります。よろしいですか?」
「何じゃろう?」
「ヘルウェンで売れば喜ばれる食べ物や雑貨、そう言う需要が高いものはどういったものがあるでしょうか。温室はできれば来年にはいるまでに完成させて稼働したいと思っていますし。そのネタが何かあればと思うのですが。入手が難しく困難でも、遠方でも構わないので何かありませんでしょうか?」
「そうさのう。実で甘いものが東方の国の
「
「ほう? 珍しいところから奴隷を引っ張ってくるのう」
「旅の途中で騙されて奴隷落ちしたようですが今は元気でやってますよ。他はありますか?」
「うーむ。マスクヴァにバナナという果物があるのう。それに、もっと西に行けばなんじゃったか、刺々しい実で酸味がある食べ物もある。時間があるときに何かに書いて手紙で一覧を渡そうか?」
「それは助かります。手に入ればおすそ分けは必ずしますので」
「そうかそうか」
んんー、教授はものにつられやすいんですからほどほどにね。あ、私にもおすそ分けしてね? そんな笑いを誘うデインズ先生。話は一段落して二人は部屋を去っていった。お土産に蜂蜜とクッキーを手渡しておくのも忘れない。
二人の講師を見送り、メモを追記してから実家にいるビジルズに連絡を取る。今日予定で話すことを先に告げて、意見を求めると。案の定資金がオルクスから出される時点で了承が下りることになった。
ちなみに毎月オルクスが送っている仕送りは金貨30枚と、平均の大人の月給より少し多いくらいである。最初に100枚ほどを考えていたオルクスだが、母親にとめられて3分の1で十分だと言われてしまった。
オルクスがもたらした、実家の収益は計り知れず、オルクスが仕送りまですることはなかったのだが、母親として受け取ってはおくが貯金することでいざと言うときに使えばよいという家族会議での結論に至った。
ちなみにこの時のヴァダム家の大黒柱である父は、王命により子爵になって、ユピクス王国から遣わされた優秀な礼節作法のプロから、習い事をする日々であった。加えて、施策と言えども国から何かしら給料が発生することもないのに、オルクスの、もといマティア達の作るポーションの売れ行きは留まることを知らない。
ただ、本人達錬金術師は、本気を出せばグレードが上げれるのに、上げれば問題となると作らせてもらう数を制限されている為、多少の不完全燃焼である。そこでオルクスが、グレードを一定ラインまで引き上げて値段を吊り上げることで何とか辻褄合わせをすることを考え、ユピクスとヘルウェンでの販売は拍車をかけている状態である。
結果、ヴァダム家の年収は、実のところ国費に並ぶ勢いであることは一部の関係者しか知らない事であった。
それがどこからか漏れていることにより、スパイ等というものが領地に入り込むようになったのだがそれは既に、ハニークイーン達の存在と、マティア達の作成した判別機で問題が解決している事であった。
まあ、それでもやってくるスパイの捕虜を捕まえては国に引き渡している僕って。スパイホイホイ見たいな役目ではなかろうか。そんなことを考えてしまう今日この頃である。それも収入の内に入っているのだからもう、もう笑うしかない状態だ。
♦♦♦
「どうしてどうして、中々に話の分かる子じゃわい。気配りもできるしな」
「教授、程々にお願いしますね。彼に成績落とされると私の評価にもつながるんですから」
「分かっておるよ。分かっておる。さて、なーにを一覧に書いてやるかのう?」
はぁ……、溜息の絶えないデインズは、どうか学期末試験で、オルクスの成績が主席のままであるようにと願った。
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