第47話 閑話3-2

 そして迎えたボス戦。そこは扉を潜ってすぐに気づくほど、今までと装いが異なっていた。これまでの地下の巨大空洞であったダンジョンのボス部屋と言うよりは、整えられた巨大な空間に教会の祭壇のようなものが部屋の奥に見える。それに、ボスらしき魔物の姿が見当たらないのも異様なことだ。3人は周囲を見回しながら警戒度を上げつつ奥の祭壇らしき場所の前まで進む。


「おや? 珍しいですね。こんな場所までくる冒険者がいるとは。50階層にある隠し部屋と隠し通路を見つけてきたということか。なるほど、それに見たところ怪我一つ負っていないようだ。ふむふむ、今どき珍しい練度の高い最高ランク冒険者か? しかし、今はまだこの場所が知れ渡るには時期が早い。お嬢さん方には悪いが、ここで死んでもらうとするか。運がなかったと諦めてくほしい」


 祭壇の奥から男が出てきたと思ったら、その彼は顎に手をやりながらそのように一人呟きながら納得しつつ告げた。男からすると、目の前のグレイス達は取るに足らない存在のように捉えて述べているようだ。それを聞いたグレイス達は、これはついに当たりを引いたか? と、こちらも相手に実力があるかもと期待を持ったようだ。お互いにどう動くかと、考えているところ、男が出てきた祭壇の奥から何やら呻くような、叫び声のような、どちらともつかない声らしきものが聞こえてきた。


「ふ、私が出るまでもないか。お嬢さん方、もし祭壇の奥から出てくる魔物を倒せたなら、その奥にある財宝は君たちが持ち去ってもいいだろう。私は財宝に等興味はないからね」


「貴方は戦われないのですか?」


「最初はそのつもりだったんですけど。どうせ僕が相手をしても、魔物が相手をしても、どちらにせよ君達では勝てないのだから、僕と魔物のどちらが相手をしても結果は同じ、なら僕が手間をかけるまでもないということだよ。そういうわけだから、精々頑張りなよ。じゃあ――」


 魔術を発動させようと動作に入った瞬間、男は腹部に猛烈な強打を打たれて行動を阻害された。見ると、椿の手にはメリケンサックが装着されており、それで男の腹部を強打したことが分かる。


「逃がすと思っていたんですか? 奥にいる魔物について知っていることを吐きなさい。自分から言う気があるなら多少手加減してあげられるかもしれませんよ?」


「何だ、と? いつの間に……。それに僕がこんなダメージを受ける、なんて」


「相手の実力を見極めたつもりで、その実何もわかっていないとか、お粗末な奴だね。結局こいつも相手としては外れかい。今日は運がないみたいだね。小春、こいつを逃がさないように話だけ聞いといてくれ」


「はーい。あーあ、私も戦闘に混ざりたかったなぁー」


「今回は運がなかったと諦めて、次は別のダンジョンで暴れなさい。その時は大抵は譲ってあげますから」


「しょーがないなぁもー」


 そんな軽いやり取りが男の前でなされている。男は目の前の3人がいったい何者であるか。自分がこうもあっさり相手から攻撃を受け、あまつさえ強烈なダメージを受けていることに驚くばかりだ。彼はうずくまった状態でそんな思考ばかりが頭を支配して、目の前に来た小春と呼ばれた栗色髪の少女が懐から出したものに気づかなかった。


 小春が取り出したのは、少し分厚めの小箱である。小春がおもむろに開けたその小箱の中には、大きさの異なる細い針がずらりときれいに並べられており、小春がそれを数本取り出して躊躇なく男の額に刺し込み始めた。男は拷問でも始めるつもりかと、痛みを覚悟したが針を刺されているにもかかわらず、一向に予想したような痛みは襲ってこない。


 けれど、ふと身じろぎしようとしても体が動かないことに気づき違和感を覚えたようだ。小春は男の反応など意に介さず、さらに追加して針を何本も男の顔や頭、首や背中や脇腹、腕や足首など、男が露出している、または針の通りやすい身体のあちこちに、細い針を刺し込んでいく。傍から見たら針治療のようにも見えるが、刺し込まれていく針の量が多く、男は瞬く間にハリセンボン状態だ。


 依然、男が痛覚を感じることはないようで、痛みを口にすることはない。ただ、男は針を刺されるごとに体中から冷や汗、脂汗をかいて自分が動けない事をいいことに、未だ針を刺し続ける栗色髪の少女に恐怖心が芽生え始めたらしく、動悸どうきが早くなりつつある感覚を得る。

 男はうるさく高鳴る鼓動の幻聴の中で、自分はこれからどうなるのか、という思いが巡り始めた。未だかつて経験したことのない状況に恐怖心を徐々に大きくしていき声を出そうとしたが、それもできなくなっていることに今更ながら気づいたようだ。何度も声を出そうと試みたが、発声することができないことに気が動転し始めたようだが、意図して何をすることもできず、頭では異常だとわかっていてもどうする事もかなわない。今目の前の少女がしてくる行為の影響がこれかと遅まきながらに漸く思い至ったらしい。


 その頃には小春は小箱を懐に仕舞、男に対して次のように告げた。


「はーい、処置の完了なのさ~。今から小春の言うことになんでも答えるように、わかった?」


「はい……!?」


 男は思っていたこととは裏腹に、自分が返事を返したことに驚くあまり、一拍置いて嫌な汗が噴き出して止まらない。先ほどまで意図的に声を出そうとしても出なかった自分の声が、少女の言葉にだけ反応し意図せず声が出たこと。さらに聞かれたことに答えるようにと言われたことに対して、誰がお前なんぞの問に答えるものかと考えていたのに、それに反して自分の口は自分の物ではないように相手の質問に躊躇ちゅうちょなく答え始めた。


 そのことに驚愕と困惑が男の中で渦巻いているらしい。その事象に、男の恐怖心は最大限まで引き上げられ混乱の境地にあった。けれど、自分の意思とは関係なく、自分の口が言葉を発し続ける事象に、男の意地やプライドなどもはや何の意味もなさない。男は思わず思考が停止して笑いがこみ上げて来たらしく発する声音がどこかおかしい。人間混乱すると、笑えて来ると言うのは本当らしいということだけ、男は知ったようだ。


「へー、秘密結社かぁ。それで奥にいる魔物って何なの?」


 男が意図せずではあるが、小春の質問に答えたことは次のようなものだ。


 秘密結社コープス。コープスとは死者と言う意味だが、男はその組織の中核となる人物らしい。その組織の目的は、ダンジョン内で人知れず人工的に作った魔物を生産、または量産して、管理している国をその魔物を使って滅ぼすことが目的らしい。中核の人数は6人で、そのうちの一人が彼であるらしい。彼等は、全員が崇拝している神がおり、その神のお告げに従って動いているのだとか。


 神様っていうのが出て来たけど? と、小春がヘルプさんにそんな神がいるのかと尋ねる。するとヘルプさんは、存在しません、といつもの淡泊たんぱくな物言いとは違い、珍しく怒気を孕んだ声音ではっきりと答えた。

 どういうことだろうか、と小春が首をかしげる。そこでヘルプさんが目の前でハリセンボンになっている男の懐に何か仕舞われている物があるらしいと告げる。小春はヘルプさんの指示に従い、男の懐をまさぐり、とある偶像らしき人形と言えばいいのか、木彫りされた人型の物を見つけて取り出す。それを確認したヘルプさんは、やはり勝手にこの組織が作り出した神として崇めている存在だという。


 小春は、そのことを男に語り掛けるように教えてやることにした。だが、男は受け入れない。そんなはずはない、僕等の神は存在すると述べた。そして、その神は言ったのだ。魔物を造り出し、指定した国を滅亡せれば僕等の願いを叶えてくれると。


 なんとも身勝手な言い分ではあるが、男はそれを信じ切っているようだ。だからこそ、小春が施した術である『針のむしろ』は正確に発動し、男の本心を語らせているのだ。ちなみに男の望みは何なのか尋ねてみる。すると、今まで自分を振ってきた女性達をひれ伏せさせてやる。そして僕が気に入った女性達を自分の思い通りに動く人形にしてやるのだと宣った。なんとも男の性根が腐った願望である。


 小春は、って良い? とヘルプさんに尋ねる。しかし、ヘルプさんは少し待ってほしいと伝え、男が持っていた偶像の神をかたどったらしい人型の木彫りを彼の額に当てて欲しいと告げた。ヘルプさん曰く、男には痛覚遮断や魔術効果増加など、いくつかの特殊なスキルが付与されているらしい。

 実際の神ではないが、神のように信仰する者に対して、スキルや能力上昇効果を付与できる者がいる。それを野放しにしておくことはできないと、男から情報を抜き取り保管しておきたいらしい。小春がヘルプさんの言う通りに、触るのも何だか嫌な感じがする木彫りを仕方なく男の額の針がない場所に押し付けた。


『これより、その偶像を改変し我等が女神様の象徴する翼の装飾品に変えます。そして、その彼の記憶をその改変した装飾品に余すことなく封じ込めます。それで、彼は不要になりますので後は好きにしてください』


 ヘルプさんが、身も蓋もないことを言ってのけた。自身と関係のある神以外で、実際に神ではないのに神を語る者がいることに大変ご立腹なさっているようだ。ヘルプさんの施しは、時間を掛けずに行われた。人型の木彫りは光に包まれると翼を象った装飾品に変わり、男の額から何かを抜き取っているように白いもやが男の額から装飾品に移り込んでいく。しばらくして、男は気絶したようでピクリとも動かなくなった。ヘルプさんが言うところの記憶の封じ込めが完了したようだ。小春は男に刺さっている針を手早く抜いて、小箱に針を収納していく。物の数分で男に無数に刺さった針は取り除かれた。後に残ったのはうずくまった状態から動くことのなくなった男の姿。


 小春は、男から数歩離れて一言告げる。


「火術『永久とわの種火』、バイバイ、変な人」


 術が発動したのか、男の身体が背中から前触れなく燃え始め、瞬く間に男の全身が青い炎に包まれた。それを横目に小春はその場から離れた。



 ♦



 場面は変わってグレイスと椿がいる祭壇の前。2人は声を響かせながら徐々に祭壇の奥から外に出てこようとする影を捉えた。その影はひときわ大きな球体で、本体といえばいいのか身体とおぼしき黒い球体から触手のような黒く長太い紐を鞭のようにうねらせ徐々に前進している、巨大な一つ目の、誰がどう見ても怪物あるいは魔物だ。恐らく手乗りサイズになったとしてもカワイイなどと思う者はいないと思われる。


「おい、何からしいと言えばらしい大物が出て来たじゃないか。ここまで来た甲斐があったってもんだね」


「同意します。とりあえず、相手の出方を見ますか?」


「だねぇ。その、とりあえずである様子見の一発を、食らいなっ!」


 グレイスが後方に高くジャンプしながら素早く構えた長銃から、様子見と称して魔力で作った炸裂弾の一撃を魔物の大きな目玉目掛けて見舞ってやる。その長銃から繰り出された銃弾が魔物の目を貫通してその後ろにある祭壇を吹き飛ばした。


 呻き声を轟かせる魔物。そして、さあどう来る? と身構えたグレイスと椿は巨大な魔物が動きを制止したまま動かないのを、何かの溜めか、攻撃の前兆かと見据える。が、大きな黒い球体の魔物は、そのまま静止した状態で姿形を薄れさせていく。


 透明化か擬態の類かとさらに身構えるグレイス達だったが、魔物は声もなくその姿を消し去った。そこでヘルプさんが一言告げる。


『魔物の消滅を確認。討伐、お疲れさまでした』


 は? いやいや、そんなわけないだろ。これから――。とグレイスがヘルプさんの言葉を否定しようとしたのだが、ヘルプさんは構わず次のように説明する。


 曰く、先ほどの魔物はダンジョンに漂う魔物や命を落とした冒険者の思念や怨念の塊だったらしい。そして、目の前にあった祭壇は、その塊を維持、コントロールする役目を持った施設なのだということ。先ほど、グレイスが様子見の一撃を見舞った銃弾は、運よくといえばよいのか祭壇を粉微塵こなみじんに破壊した。それにより、塊が状態を維持できなくなって消滅したらしい。


「なんだそりゃっ! 今からだろ、これからだろ。ダメだろそれ! さっきまでの私の緊張感を返せぇ!」


「それを言うなら、私達の、です」


「だー! とにかく強敵をよこせぇー!」


 60階層のボス部屋で膝をつくグレイスの叫び声は空しく木霊した。



 ♦



 とりあえず、グレイス達は不完全燃焼と落ち込みながらもここであった出来事を、未だ会議中であろうオルクス宛にメッセージとして連絡しておくことにした。そして3人は、崩れ散った祭壇の奥を念の為確認する。名も名乗らなかった男が言うには、奥には財宝があるという話だったはずだ。

 主人であるオルクスの為、トヨネから資金はいくらでもあって困るものではないので、手に入れる機会があるなら資金と成り得る物は余すことなく回収しておくようにとガーディアン同士の連絡網で周知されている。なので、手間ではあるけれど魔物を倒してドロップしたアイテムや、隠し部屋及び隠し通路で見つけたアイテムや金銭に成り得る類はしっかりと回収しているグレイス達。


 さて、男が財宝と言っていたのはどういったものだろうか? それほど期待せずに確認の為奥に進んで行く3人が見たものは。


「……? 何これ。金目の物なのは分かるんだけど」


「宝石の類と、何かの塊、金属かでしょうか、それにゴム製の紐がいくつもありますね」


「鉄の箱意外にもあるね。見たことないものが多いけど、なんだろこれ。ヘルプさんわかる?」


『何故このような物がここにあるのかは分かりませんが、これは紛れもなく……』


 3人は宝石や金品の類は適当に扱っても問題ないが、鉄の箱やゴム製の紐などは扱いに注意するようにヘルプんから指示を受け、各々のインベントリに収納していく。後にその回収物をオルクスに見せたところ、大いに驚かせるのだが、それはもう少し後の話。


 それと、これまた珍しくヘルプさんからオルクスへの要請で、他にもあるユピクス王国のダンジョンとヘルウェン王国にもあるという複数のダンジョンの調査が行われることになる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る