第46話 閑話3-1

 ここは、ユピクス王国の王都にある冒険者ギルドの中、その窓口にグレイス、椿、小春の三名が受け付けに話しかけていた。だが、彼女達に声を掛けているのは窓口の女性の他に、もう1人余計な人物がちょっかいを掛けていた。その人物は異名付きの名を軽業のジョニー。周囲からの評判は悪いが腕は二流とそこそこの評価がある男。軽業の他に、女たらしのジョニーとも呼ばれている。


 オルクスとトヨネのデートの帰り道を邪魔した人物で、オルクスが自ら腕輪の防壁機能セキュリティで弾き飛ばした第一号の彼。冒険者ギルドの建物に穴を開けて突っ込んだまま気絶した彼。その話は笑い話として瞬く間に世間に広まり、笑い者になった彼。ユピクス王国の冒険者ギルドが与り知らぬところでオルクスに迷惑を掛け、ユピクス王国の冒険者ギルドに対する印象を悪くしてオルクスが敬遠するほど寄り付かなくなった原因を作った彼だが、性懲しょうこりもなく反省の色もなく、怪我が治ったら再び周囲の気に入った女性に粘着しながら声をかけまくる彼。恐らくこれくらい彼の事を言えば、ほんの少しは思い出されただろうか。


 その彼が、今ターゲットとして声をかけまくっているのがグレイスとメイド服姿に扮した椿に小春であった。彼女達はオルクスの指示に従い、冒険者ギルドで身分証となる冒険者カードを発行してもらう為、ヘルプさんの案内で冒険者ギルドへやって来たのだが、書類の記入とカードへの魔力供給をすでに終えて、後は個人情報がカードに入力されるのを待つだけなのだが、それを目ざとくジョニーに発見され、しつこくちょっかいを受けているところである。


 ジョニーの登場タイミングが良かったと言えばよいのか、グレイス達が冒険者ギルドに来たタイミングが悪かったと言えばよいのか分かれるところだが、グレイスと椿は無視を決め込んでおり、小春はジョニーを物珍しそうに眺めるに止めている。彼女等の中では念話が繰り広げられており、結論として小春がって良い? と聞いてくるのを宥める役に徹してヘルプさんが頑張っていることなど、ジョニーが知るはずもない。


 とにかく3人は受付嬢が手渡してきた自分達に発行されたギルドカードをさっと確認して各々がしまい込み、決して目の前の男には見せないようにした。それがジョニーの意地に火を付けたらしく、彼のアプローチがさらに激しさを増した。周囲も止めれば良いものを、見物がてら様子を窺う時間が長すぎたようだ。グレイスが受付嬢に対して次のように尋ねる。


「うるさいハエがいて困っているんだが、こういう場合この後の事をそれとなく予想できるだろう? で、ここの物や建物を壊したら私達の罪になるのかい?」


「いえ、基本ギルド側は冒険者の、または冒険者同士のいざこざには関与しません。ですが、現状のような場合、目の前でのことで非がどちらにあるのか明らかですので、揉め事で建物を壊されるのは本来ご遠慮願っていますが、机や椅子が壊れようと、建物に穴を開けようと、修繕、及び賠償の費用は全て非のある方に支払い義務を課します。彼は以前も同じようなことをして、建物を破損させましたが、被害額はきっちり支払わせてますので」


「そうかい、それを聞いて安心したよ。ちなみにどこか修繕したいところなんてあるかい?」


 受付嬢はグレイスの言葉に何も言わず、視線をある方向へ向けた。そこは建物の奥まったところで耐久度がさがり劣化してきた壁だった。それを見て取ったグレイスが小春に向けて告げる。


「だってさ、小春。適当にやってやんな」


 小春はグレイスの言葉に反応し、素早くジョニーの懐に移動し胸ぐらを掴むと、その小柄さからは予測できない力でよいせっとという掛け声と共に勢い任せにぶん投げた。ギルド内をジョニーの悲鳴が一瞬聞こえたと思うと、次の瞬間ズドッっと鈍い音を立てて頭部から、受付嬢が視線を送っていた奥まった場所の壁を突き破る格好でジョニーの足だけが空いた大穴から見えていた。


「やっとうるさい音もおさまったね。なんだい、以外と話せるじゃないか。オルクス様がここのギルドを敬遠してたみたいだから、どんな所かと思ってたけど、意外や意外しっかりしてるじゃないか」


「? 今、オルクス様と仰いましたか? そのオルクス様と言うのは、今巷で噂になっているヴァダム家の方でしょうか?」


「うん? 噂になってるかは知らないけど、多分そのオルクス様だよ? たまに、ここに通うようにポーションを売りに来てる燕尾服えんびふく姿の爺さんがいないかい?」


 受付嬢はグレイスの言葉に、初老の燕尾服えんびふく姿の男性が、ちょくちょくポーションを納品しに来ることを思い出した。


「はあ、いつも品質の整った良いポーションを度々持ってこられる紳士的な方ですね。おられますが、それが何か?」


「そのポーションを納品させてるのがヴァダム家のオルクス様さ。知らなかったのかい?」


「なっ!? たしかにその方は家名を名乗らず、提示したカードにも家名は付けずにお名前だけの登録されたカードでしたので分かりません出たけど。しかし、それはそうと、何故ヴァダム家のオルクス様は当ギルドを敬遠されておられるのでしょうか? 当方としては敬遠さるような身に覚えがないのですが……、は!まさか!?」


 受付嬢は何かに気づいたように、瞬時に未だ大穴に足だけ見せて壁の向こう側で恐らく気絶しているであろう人物を見る。


「想像通りだよ? (ヘルプさんに)聞いた話だと、王都で楽しんでいる帰り道で絡まれて、しつこく付きまとわれ邪魔されて気分を害したそうだね。だから、このギルドの付近には良い印象がないから寄り付かないようにしてるってさ」


「そ、そんな……。それが本当なら一大事です。ギルドマスターに報告しなくては!」


「まぁそういうことだから、それとポーションの納品はしばらくしないって言ってたよ?」


「そんなっ! それもそこにいる害虫が原因でしょうか?」


 ついに受付嬢から、ジョニーが害虫呼ばわりされた。だが、グレイスは気にせず受付嬢の質問に答える。


「んや。戦争が始まるから、売り込み先がギルドから、しばらく国に納めることになるんだとさ。再開は戦争が終わって落ち着いた頃じゃないかねぇ? まぁそういうことだからよろしく頼むよ。あーそうだ、ダンジョンってこれ持っていけば入れるんだよね?」


「な、なるほど。そういう理由でしたら安心しました。はい、係りの者がおりますので、カードを提示して頂ければご利用できます。あ、あの! 貴女方もヴァダム家の関係者なのでしょうか?」


「ヴァダム家っていうか、オルクス様個人が主人だけど。それがどうかした? もう行きたいんだけど」


「そ、その、品質の良いポーションの納品に感謝と、ご迷惑を掛けたことに謝罪を当ギルドが申し上げていたと、お伝え願えませんでしょうか? 害虫には厳しい処分を課すようにいたします。厚かましいお願いだとは重々承知しております。ですが、話を聞いていますと、直接伺って謝罪を述べるのも拒否されそうで……」


「そんなことはないと思うけどね。あんたの考えすぎさ。でもまぁオルクス様は忙しいってのもあるかな? うーん、あんたにゃ世話になったことだし、手間でもないから伝えておくよ。じゃぁ私等は行くよ、邪魔したね」


 そういってグレイスと椿、ジョニーを投げた小春はギルドを去っていった。受付嬢はとにかく今の話をギルドマスターに伝えなくてはと、急ぎギルドマスターのいる上の階の部屋に飛び込んでいく。


 その頃、執務をしていたギルドマスター。先ほど建物が揺れたように感じたが、また誰かギルド内で騒いでいたか、冒険者同士のいざこざでもあったのだろうと気にせず仕事をしていた。そこに何事かとノックもせずに入ってきた受付嬢に、どうしたのか、ノックぐらいしろ、など文句を言おうとしたが、近づいてくる受付嬢のすごい剣幕にたじたじと負けて話を聞いた方がよさそうだと判断したギルドマスター。


 聞いてびっくり、ジョニーが起こした事の次第を聞いて怒り、下の階で起こった出来事を聞いてさっき建物が揺れた衝撃が何だったのかを知る。受付嬢の説明を最後まで詳しく聞いて、全容を把握して会ったこともないヴァダム家の長子オルクスと言う人物に感謝と安堵を同時にする。とりあえず、話をして落ち着いた受付嬢に、ジョニーのしでかしたことの重大性を厳重に注意した上で、建物の修繕費用を吹っ掛けることにしたギルドマスター。その指示に受付嬢は言うべき事を言えてすっきりしたのか、入ってきた時とは打って変わって落ち着いた様子で部屋を去り、1階で未だ空いた大穴の外で気絶してるであろうジョニーに処分を課しに行くのだった。


 受付嬢が去った後、今まで納品されていたポーションが、実はヴァダム家からの納品であることを聞いて驚きと感謝をしていたギルドマスター。早速ヴァダム家宛にお礼状をしたためることにする、のだが。どうしてもそこでジョニーの仕出かしたことが足を引っ張る。ヴァダム家の長子オルクス本人が当ギルドに寄り付かない事になった原因が、よもやジョニーの仕出かしたことだったとは。


 しかし、一冒険者のそれも二流のランクが低い女たらしと評価の悪い男が仕出かしたことをギルドが謝罪するのはおかしい。ギルドは基本的に、冒険者が仕出かした不祥事に対して不干渉なのだ。なので、ここは全て一冒険者ジョニーの手癖の悪いならず者が勝手に犯したことを前面に出し、ヴァダム家と関わりのある者達がギルドカードの発行の際に融通を利かせて撃退してくれたことへの感謝の内容をお礼状に含めて書いておく。そして、当ギルドを利用する際はぜひ直に会って自分と挨拶をさせてほしい旨を添えておく。その時にふとギルドマスターは思い出す。確か、ヴァダム家の長子オルクスは、今はまだ王城に滞在していると聞く。思い立ったが吉日、すぐに届けさせようと人を手配する。


 こうして、ユピクス王国の冒険者ギルドのトップであるギルドマスターが直々に書いたお礼状だったが、オルクスがそれを手に取って読む、もしくは内容を知ることになるのはずっと先になることをギルドマスターは知らない。贈られた手紙はお城のオルクス宛に尽きることなく届く手紙に紛れて、大事に保管されることになる。





「なんだい。ダンジョンって聞いて張り切って来たのに、大した敵が出てこないとこだね。私の銃の出番がないじゃないか」


「ほんとですね、階層が浅いからでしょうか?」


「つまんなぁい」


 愚痴を漏らす3人がいるのは、ユピクス王国の冒険者ギルドと国が共同管理するダンジョン内である。あれから3人は、ギルドを去ったその足で管理されているダンジョンに向かった。もちろんオルクスの許可は取ってある。


 ダンジョンの入り口前には見張りの兵士がおり、その脇でダンジョン受付所と天幕が建てられた場所に職員らしき人物が数名いる。3人は受付所に行き、冒険者のギルドカードを提示する。それを職員が確認すると、一応の注意事項を告げられて、すぐさま許可が下りたのでダンジョンに入っていったわけだが。


「出てくるのは雑魚ばっかり、それに加えて私達にはヘルプさんの説明と言うサポートがある。期待してきてみたけど、今のところ脅威になる敵はいないし、迷うこともない。イージー過ぎるっているのは退屈だねぇ」


『オルクス様は、現在会議に出席されておられます。その会議は夕方頃までの見込みで続いているようです。時間の空いてるガーディアンはLVレベルを上げておくか、王都の散策、などの自由行動を推奨されています。ただ、ダンジョン攻略は始まったばかりですし、時間もあるのでペースを上げて進んでも問題ないと判断します』


「そうかい。ならそうするかね。じゃぁ、時間が許す限り進んでみるか。ペース上げてどんどん行くよ!」


「承知!」


「しょーち!」


 1人ニュアンスの違う掛け声を出したが、いつもの事なので誰も気にしない。そんなやり取りをとって、どんどんと進んでいく3人。ユピクス王国が管理しているダンジョンは3つ以上あるのだが、現在3人が挑んでいるダンジョンは、王都で管理しているダンジョンの中では中級者向けと言われている。ちなみにヘルウェン王国で管理しているダンジョンも3つ以上ある。オルクス達が休日に出向いたダンジョンは、初心者向けのランクだ。ただ、階層を下れば下るほど魔物の種類や出現する数にランク、LVが上がってくるので、初心者向けと言えども油断することは命を捨てるようなものだとされる。


 さておき、3人は走りながらダンジョンを進んでいくようだ。倒した敵のドロップアイテムもしっかり回収しているので、彼女達が思うハイペースとはなっていないようではあるが、それでも一般の冒険者パーティーからすると、駆け抜ける速さで戦闘とアイテム回収がされ、その場を後にする3人。


 途中の階層から、通路や広い空間で徐々に罠が増えて行ったり、複雑化して配置されてあったりするが難なくクリアする。さらにヘルプさんの的確なサポートで隠し通路、隠し部屋など未踏破らしい場所もこれまた難なく見つけて、収穫は上々なのだ。だが、彼女達が求めているのは強い敵の出現であるらしく、今挑んでいるダンジョンに不満を募らせているのが現状らしい。念の為に、このダンジョンでは10階に1つボス部屋が存在する。のだが、3人は意に介さず、ただ面倒だな程度に思うくらいで攻略していった。


 3人の敵を殲滅する速度が速すぎて紹介しきれていないのだが。余談としてこのダンジョンの特徴は、出てくる魔物の種類はてんでばらばら。なのだが、階層が浅いうちは虫や蝙蝠、ゴブリンのような小さな魔物が多く出現する。階層を下っていくにつれて、種類はともかく魔物の大きさが徐々に大きくなっていくようだ。オルクス達が挑んだダンジョンが色を題材にしたダンジョンとするならば、このダンジョンは言わば大きさを題材にしたダンジョンと言えるかもしれない。ただ、3人は的が大きくなるだけの事と言うような態度で敵をほふっていく。


 一応オルクスからはLVレベルが存在する世界なので、時間のある時に各々LV上げをしておくことが推奨されている。もちろん、何が起こるかわからない未知の世界だということで、心配したオルクスは基本単独行動ではなく複数での行動を義務付けている。


 その指示に従い3人で挑んだダンジョンだったが、過剰戦力かなとそれぞれが思い始めた頃、未踏破らしい場所が続き魔物がうようよいる通路を抜けて、60階層のボス部屋であろう扉の前にたどり着いた。3人は次のように思った。このボス部屋の敵が大したことなかったら帰還しよう、と。

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