第48話

 ユピクス王国で滞在できる最後の夜が明けて、翌日の早い時間に起きる。朝日が昇り始めて間もない時間だ。日課は国を出立後に行うことになっている。何故かと言えば、昨夜の晩餐が終わり安堵していたのに、ウルタル殿下が朝食を一緒に摂ろうと解散間際に言い出したのだ。


 それに見送りもと言われたのだが、それは周囲の目があるのでと丁重にお断りしておいた。当たり前だろ、とウルタル殿下に注意を促すバインク殿下。ほんと仲が良い。王族としては珍しいのではないだろうか? などと二人を前にして思う。


 僕が二人を眺めているのが気になったようで、バインク殿下がどうしたのか聞いて来た。僕は何でもないように答えた。


「いえ、ただ仲がよろしいなと思っただけです」


 と。するとバインク殿下は珍しくニヤリとした表情で次のようなことを仰った。


「兄は下の兄弟達に見習われるようでなくてはならない」


 と持論であろうことを告げ、確かお前にも兄弟がいるんじゃなかったか? と、しっかり僕の周囲の事まで調べていると取れる発言を述べてくるのは性格だからだろうか。まぁ僕の事を胡散臭いと思っているなら当然の事かなと思いながら、僕も持論を述べる。兄弟に話してやった童話の話、それを聞いて兄弟達の思ったことを聞き、今後どうしたいかを目標として持たせる。そんなことを話すと、バインク殿下は感心したような声音でほう、とだけ答えた。


 その時バインク殿下が何を思われたのか聞くことはなかったが、何か思うところでもあったのだろうか? さておき、僕はフォルトス陛下に呼ばれたので二人の殿下に礼をしてから食堂を後にした。


 そんなことを思い出しながら着替えていると、部屋の扉がノックされる。えらく早い時間にお呼びだなと思ったら、侍女さんが王族のさるお方が急ぎでお呼びです、と慌てた様子で呼びかけて来た。要件は行に説明を受けるとして、何かあったらしいことだけは分かる侍女さんの慌てように、僕はすぐさま部屋を出た。




 ♦



 説明をされるだろうと思っていたが、一向に侍女さんからの説明はない。その侍女さんの後に続いてたどり着いたのは何と後宮である。後宮とは王族方や特に国王のきさき側室そくしつめかけなどの奥方様達が住まう宮殿のことだ。そんなところに入っていいのかと戸惑う僕に、侍女さんはお早くと急かしてくる。一瞬何かの罠かと疑った僕は、フォルトス陛下に念話を送ってみることにした。


『陛下、起きてます?』


『む、オルクスか?』


『今侍女さんに呼ばれて、後宮の前まで連れてこられてるんですけど、王族のさるお方の指示と聞いてはいるんですが、陛下の指示ですか?』


『いや? そんな指示は出しておらん。ん? ちょっと待て』


 陛下からの念話が途絶えた。あちらでも何かあったようだ。そして僕は宮殿の入り口で足を止め、侍女さんに向かって問いただす。


「僕がここから先に行くのは問題があります。僕を連れてくるように貴女に指示を出したのは何方様どなたさまですか? それが分からないと僕はこの先に言って良いのか悪いかの判断ができません。急いでるのはお察しますが、何方様からのご指示でしょうか?」


「それは、さるお方……、からでございますが、私の口からはお伝えしかねます」


「では、僕は引き返させてもらいます」


「そ、それは困ります!」


「貴女が困っているように、僕も困ります! だから、何方様が僕をお呼びなんですか?」


 こんな朝っぱらから呼び出されて、誰が呼んだのか言えないなんて、いかにも罠臭くなってきたぞ? ていうか、後宮って理由もなく王族以外の男性が入っていい所じゃないだろ。誰だよ、僕をここへ呼びつけた人物は。そんなことで頭をもやもやとさせながら、向かい合う僕と侍女さん。そこに漸く、フォルトス陛下からの念話が届いた。


 曰く、僕を後宮に呼んだのはウルタル殿下のようだ。要件は僕に急に容態の悪くなった母君を見てもらう為らしい。ウルタル殿下には、僕が神聖術を使えるというのを晩餐の席で話しているので知っていておかしくはないけど、王族専属の薬師なり神聖術師がいるだろうに。慌てて人に頼んだのか? ただの手違いならいいのだけど、侍女さんは意地でも引かないようだが、この侍女さん後宮のルールとか知らないのか、それとも慌てていて忘れてるだけなのか。まぁどうでもいいのだけど、何とか今の状況を打破する為にどうすればいいのか尋ねると、陛下からある提案が出された。へーそんなのがあるのか、などと思っていると侍女さんが僕の手を取った。僕が小さい子供だからか、引っ張ってでも後宮に連れて行くらしい。そこで僕は、声を上げた。


「後宮に入るために必要な、通過証である後宮の後宮来援証こうきゅうらいえんしょうか、後宮賓客証こうきゅうひんきゃくしょうを貸してください。それがないと僕が罰せられます!」


 その言葉に、侍女さんはハッと思い出したように僕を見た。ほんとに忘れてたらしい。やめて、侍女ってもっと有能なイメージしてたのに台無しだよ! 侍女さんは、少しお待ちくださいと告げて僕をその場に置き去りにどこかへ行ってしまった。そして、数分位その場で待たされただろうか、他の女性を連れて戻って来た。


「オルクス様ですね。見習いの侍女が大変失礼を致しました。彼女の言うさるお方と言うのはウルタル殿下の事でございます。彼女は急ぐあまり、誰からの指示かと言う部分を王族の方としか聞いていなかったようでして……。私がウルタル殿下からお話は伺っております。それとこちらが、後宮来援証になります」


 そう言ってその人は僕の服の胸辺りに証と赤いリボンを付けてくれた。侍女見習いか、通りでとは思うったけどさ。


「これで、案内の者を付ければ、ある程度の場所であれば後宮内を行き来できます。そこの者には私からしっかりと注意しておきますので、今回はどうぞご容赦いただければと……」


 恐らくこの人は侍女長さんだろうか、胸につけている見慣れないリボン付きの証をつけてるし、やけに貫録を醸し出している人物である。そいて今、僕をここまで連れてきた侍女さんと共に頭を下げてくる。


「今回の件での彼女の行動について、もう少し落ち着いて行動してもらえればと思いますが、それ以外はそちらで注意なり指導なりなさってください。僕は後宮に入ってお咎めを受けるようなことにならなければそれで良いだけなので。そういえば、急ぎではなかったのですか?」


「かしこまりました、そのように致します。はい、急ぎであると伺っておりますので、今から私がご案内いたします」


 そう言って彼女は案内役として僕の前を歩きだし、僕はそれについていく。しばらく通路を通り宮殿内へと入る。その際に見張りの兵士の目が僕の胸にある証とリボンを確認しているのが分かった。そしてさらに通路を進み途中にある階段を上り、同じような作りの扉を横目に進んで行く。そして漸く目的の部屋であろう扉の前にたどり着いた。


 案内役の侍女長さんがノックをして、僕が来たことを告げる。そしてすぐさま扉が開かれたと思ったら、飛び出てきたのはウルタル殿下だ。大分焦りの色が見える。


「来たか! オルクス、頼む。王妃を診てやってくれ。昨日辺りから気分を悪くされていたらしい。朝になってから起こしにやってきた侍女が、息苦しそうに寝ている王妃を見て私まで連絡が来たのだが、今は楽な姿勢で横になっている」


「殿下、落ち着けないのはお察しできます。ですが、もう少し毅然となさってください。今からできる限り診ますので、いくつかアイテムを使う許可を頂きたく思います。それと、専属の薬師や神聖術師はいないのですか?」


「専属の神聖術師は高齢で、今はその者と連絡を取っているが時間がかかるらしい。薬師も同様だ。神殿はとうの昔に閉鎖したし、身近な者で神聖術が使えるのがオルクスしか思い浮かばなかったのだ」


 なるほど、それで僕にお鉢が回って来たわけか。ウルタル殿下の慌てようから、それは事がことだけに仕方がないから良いとして、早速失礼のないように礼をとってから、ウルタル殿下の母君である王妃様のところまで近寄らせてもらう。


 美しい金髪を後ろに束ねて、整った顔立ちの女性が横たわっている。診るに、確かに顔色や血色が悪く、息苦しそうにしているのが見て取れる。それと額に玉の汗をかいているから脱水症状も念頭に入れておく。


 鑑定を発動させると対象の状態が見れるのでスキルを発動させて見ると、おっと中毒状態と毒状態と表示されているぞ? これは何か王族とイメージしてよくあるような妬みややっかみ絡みの毒殺の類だろうか。だが、毒状態の表示の色が白に近い浅い色合いだ。これなら僕の持ってる万能薬や使える神聖術でも治る確率が高い。僕は腰につけているポーチからマティア特性の万能薬と蜂蜜を取り出す。


 それを急いで用意してもらった銀の小皿に万能薬1割りに対して蜂蜜を2割り半入れてスプーンでかき混ぜる。もちろん今やってることの説明を付け加えながらの作業だ。万能薬と言うのは一度飲んでみたことがあるけど舌と喉辺りに味が残るほどすごく不味い。それを飲みやすいように蜂蜜を加えているんだ。ちなみにそれぞれを部屋にいた侍女長さんに舐めてもらい問題ないかを見てもらうのも忘れない。殿下の母君ってことは、陛下のきさき、つまり陛下に次いで立場があるのが王妃様なわけだ。服用させるものが薬だとしても、説明もなく飲ませたら何を言われるかわからない。


 そんなことをしている最中、部屋にフォルトス陛下やバインク殿下、他にも見慣れない人達が入室してきた。侍女長さんが、現状を陛下に説明しているのを横目に、万能薬と蜂蜜をかき混ぜ終えた物を小指ですくって口に含む。まぁこんなもんだろう。小皿から飲みやすいように、容器を薬呑器やくのみきに変えてから王妃の口に持っていく。念の為ここでも確認はしておこう。


「万能薬と蜂蜜を混ぜた物を王妃様に服用して頂きます。よろしいでしょうか?」


「許す。思うようにすると良い」


 僕の問に答えたのはフォルトス陛下だ。自分の妃に対して、僕がどのように処置しても良いと許可を出した。もちろん、そんなことは異例の対応だ。僕は専属の薬師でも神聖術師でもないのだ、陛下の言葉に周囲もどよめいている。だけど、これで僕は大手を振って処置に集中できる。


 僕は薬呑器やくのみきを王妃様の口につけて薬をゆっくりと服用させる。喉に詰まらせないように慎重に少量ずつだ。それが終わったら次に王妃の片手をとって神聖術の『キュア』を唱えて、神聖術の魔力を神力へ変換してゆっくりと王妃に流し込んでいくイメージで神力を放出していく。それからしばらく、十数分ほどその状態を維持したところで漸く鑑定で王妃に見えていた毒状態の表示が消えた。王妃の表情や肌の色がうっすららと赤みがさしてきて、それからさらに時間を掛けると先ほどと打って変わって血色が良く普通の状態と見れる程度までになった。けれど中毒状態という状態異常の表示は未だ消えることはない。


 この中毒状態と言うのを取り除くには何が必要なのだろうか? 僕は状態異常であれば大抵は万能薬と神聖術『キュア』で治ると思っていたが違ったようだ。仕方ないので僕は念話を使って陛下に今の状況を伝えて、手立てがないか聞いてみる。


『陛下』


『ん? オルクスか、アダレードが世話になった。礼を言う』


『そのことなんですけど。陛下って鑑定スキルをお持ちですか?』


『うむ、あるが、それがどうかしたか?』


『僕の鑑定では、王妃に中毒状態の表示がされてるんですけど。万能薬や神聖術のキュアを使っても取り除けないみたいなんです。陛下から見た鑑定ではいかがですか?』


『何? いや、わしから見てアダレードの状態異常は表示されておらんな。何かあるというわけか?』


『恐らく。何らかの中毒を患っておられるのでしょうけど、何の中毒までかは……。最悪、毒状態が再発される危険もあります。どうしましょうか』


『うーむ、一応、鑑定アイテムでも使って調べてみるか』


「誰か、鑑定用のマジックアイテムをここに持ってまいれ。アダレードの状態は落ち着いたようだが念の為にな」



 ♦



国王陛下の指示に王妃の部屋に持ち込まれたのは、人の頭部程ある透明の球体だ。それが陛下に手渡されてから、王妃に向けて掲げ陛下が球体に鑑定と告げた。その言葉に反応したのか球体が淡く光るのが見て取れる。


「うむ、状態異常は改善したようだ。皆一度部屋を出ていろ、私はオルクスと話がある故、しばらくここに共に残る。何かあれば呼ぶので案ずることはない」


 陛下の言葉を皮切りに、部屋に入ってきていた人達は王妃の容態を気にしながらも部屋を去っていく。その中にはウルタル殿下もいるのだが、仕切りにこちらを気にしているようだ。


「ウルタル、気になるのは分かるがすぐに呼ぶのでお前も部屋を出ておれ」


 陛下の念押しに、しぶしぶ部屋を出ていく殿下。そして、僕と陛下、寝ている王妃の三人となった。陛下が僕に対してサイレントの魔術を使えと言う。何かあるのだろうかと術を発動させたのを確認して、陛下は未だ寝ている王妃に近寄り次のように話す。


「おい、狸寝入りはそのへんにしておけ。起きているのだろ?」


 僕は驚いて王妃様を見る。すると王妃様は何事もないようにベッドから起き上がった。


「あら、やっぱり分かるのね。それにしても驚いたわ。神聖術ってほんとにすごいのね。気分も全快だわ。今なら空も――」


「飛ばなくていいからな? 全く、心配させおって。どうせ好物に微量な毒物が入っているのをわかっていて食べたろ」


 二人のやり取りに置いてけぼりを食らう僕を尻目に、二人は何気なく二人の世界を作り出して互いに言葉を重ねている。ここに僕がいる意味はあるのだろうか。恐らくないんじゃないか? そんなことを考えていると、不意に王妃様から声がかかった。


「貴方が治癒してくれたのよね? 感謝するわ。さっきのは何だかマッサージでも受けてるみたいに気持ちが良かったもの。ちなみに私も転生者よ。貴方の事はフォルトスから聞いているわ。同じ転生者同士これからも仲良くしましょ」


「もったいないお言葉です、王妃様。しかし、そんなあっさりカミングアウトされると逆に困惑するんですけど。この国、転生者多くないですか? っと。ところで陛下、僕そろそろ出立の時間に近付きつつありますので、本題に入っていただけないでしょうか?」


「ああ、そうだった。アダレード、こいつの鑑定によるとお前に中毒状態と言う異常状態を示す表示が出ているらしいが、何か心当たりはないか?」


「え? 中毒状態? それは……、まあ自分の事だし分かるんだけど、それって……、言わなきゃダメなの?」


「何だ、分かっていたことなのか。というか、言えないことなのか?」


「そう言うわけじゃないんだけど、なんていうか言いづらいというか。何と言えばいいのかしら……。結論から言うと、毒状態になる原因ではないとだけ、それははっきりしてるわ。これは私が自覚していて、能力で隠蔽していることよ。言わば不治の病に似ているけど、そう深刻なことじゃないのよ。というか、能力を隠蔽しているのに見破られたことに驚きだわ。……はぁー良いわ、その原因を見せてあげる。言っておくけど、誰にも言っちゃだめよ? 私にも世間体やイメージってものがあるんだもの」


「何の中毒であるかは分かっているんですか、それなら原因も分かってるんですよね。万能薬でも神聖術でも治らなかったので、呪いの類か不治の病なのかと思ったんですけど。それはもちろん、他言なんて致しません」


「ならいいけど。ある意味、どちらとも言えるわ。――それは、これよ!」


 王妃様は自分のインベントリらしい空間から、乱雑に布団の上に物を取り出した。


「これは……、漫画、ですか? それに小説……? これの何が問題なので――」


 僕は本をパラパラめくって、不意に表紙に目を止める。


「お前、これは……」


「『君の手が僕のネクタイを締めあげる』『男と男の秘密の密会』『お前の物は俺も物』『僕の下半身が言うことを聞かない』……」


「お前、自分の能力を使ってこんなものを……」


「陛下、僕何も見てません。後何だか頭が痛くなってきたので帰っていいですか? 何も見てないので、何も知らないということにしておきますので」


 僕は恭しく礼をとって扉に向かう。――ところを襟首を後ろから掴まれた。


「おい、お前だけ逃げるな」


「見逃してください。僕はまだ純粋でいたいんですー」


「何よ、私がまるで不純みたいじゃない。でも腐女子的には的を射てるのかしら」


「変なところで納得するな。お前、ここにある物をさっさと片付けて、もうしばらく寝てろ。話がこじれる」


 僕は乱れた首元を正すように整え、さっさと本題に入ることにする。そうしないといつまでたっても話が進みそうにないと感じたからだ。


「とにかく時間もないので話を本題に戻しましょう。王妃様に毒を用いた食べ物が出されたのは事実。それについては陛下の裁量で調査なりをお願いいたします。王妃様も、分かっていたなら好物でも食べないでください。専属の神聖術師がそばにいない状態ではとても危険です。それは反省なさるべきですからね? ウルタル殿下達の心配した態度を見たでしょう。今後はお控えください」


「わ、分かりました、反省します」


「好物が何かは存じませんが、王妃様なんですから立場的にいくらでも要求できるでしょうに。仮に要求できないものがあったとしたら、僕で良ければそれを手配して届けさせますので」


「じゃあ、私にもフォルトスが言ってたあの通信アイテムとポータルアイテム貸して!」


 本当に反省してるのかこの王妃様は……。僕のジト目にこたえることなくとっても良い笑顔で祈るようなポーズで僕ににじり寄る王妃。ついには両手使ってお椀を作り出し、お恵みを! と宣った。はぁ、もう面倒だから言玉とポータル渡しとこうか。それと、フォルトス陛下にもジト目を送る。すまんすまん、他の者には言ってないから許せ、と謝って来た。


「ではこれを、無くしたり誰かにあげたり、いたずら目的で使用しないでくださいね? 約束ですよ? 全く、中毒状態なんて言うから何かしらの依存症かと思ってたら、蓋を開けてみればBL《ボーイズラブ》依存症とか、なんて紛らわしい状態異常の持ち主だ」


「もう、分かってるわよ。私これでも王妃なのよ、少しは信用しなさいな。ちなみに私の能力は、魔力を消費して資源や物質と引き換えにイメージしたものや前の世界にあるものなんかを取り寄せたり再現できちゃうの。ちなみに魔力だけでも可能よ、消耗は激しいけど。


 それと、前世の世界で存在しているなら、新刊の本とかも取り寄せられるの、この能力を女神様が叶えてくれたときは、もう崇拝しまくったわ。一応その再現する物には限度や制限はあるのだけど、何か欲しいものがあるなら言ってくると良いわ。それくらいの見返りはあった方が良いでしょ? なんてったって、貴方はこの国の王妃を毒物から命を救ったのだものね」


「何で自分の能力まで晒しちゃうんですか! 転生者は能力を隠すもんじゃなかったんですか? というか、そういう能力があるなら、好物くらい取り寄せるなり再現するなりできるでしょうに……」


「こやつは時々無節操になるのが玉に瑕なんだ。それ以外ではできた奴なんだがな。お主が前にわしに言ったように、信用のおけるお前にだけ教えているということだろう。一応注意はしているのだがな……」


 陛下が突然惚気と共に僕に対する王妃様の考えを述べられた。さようですか、と僕は言うに留める。信用してくれるのは嬉しいけど、もう少し言葉を濁すとかあると思うんですけど。もしかして、そう思わせておいて実は違う能力があるとかか? ……ではなさそうな気がする。確証はないけど、恐らく王妃様が僕に伝えたことは本当の事だろう。王妃様を見てるとその人となりから何となくだけどそう思う。


 とにかく、もう僕行っても良いですかね? 二人はまた自分達だけの世界を作り出そうとしている。何時までも付き合ってはいられないので、僕は礼をとってサイレントの魔術を解いてお暇することにした。


 部屋を出ると、通路に心配そうにしているウルタル殿下や他の人達の姿があった。僕は礼をとってから現状を報告させてもらう。


「王妃様の様態は順調に回復されております。今は陛下とお二人でお話をされているようなので、私は先にお暇させて頂きました。念の為、作っておいた万能薬と蜂蜜を混ぜた物はそのまま置いておきましたので、朝昼晩と食後に飲んでいただければと思います」


「そうか、それはよかった。オルクス良くやってくれた、本当に礼を言うぞ」


「礼には及びません。それでは私は出立の時間が近付いてまいりましたので、これにて失礼いたします。では」


 そう言って再び礼をとってから、侍女長さんの案内を受け後宮を後にする。


 ふぃー、誰にも引き止められずに、自分の馬車止め場まで来れた。これで漸く本当の休暇だ。僕は自分の馬車に乗り込んで馬車の扉が閉められると、背もたれに崩れるように寄りかかる。御者台にいるのはケンプ、車内には僕とトヨネだけだ。お行儀なんて今はどうでもいいよ。


 今だけは誰にも気を遣うことはない。そう思っていると、何とトヨネが僕の靴を脱がし、馬車の椅子に横に寝かせて膝枕してくれた。あー、これいー。誠にもって極楽である。今の僕に羞恥心など微塵もない。とてもやわらかいトヨネの膝に頭を乗せ、僕はゆっくりと目を瞑った。


 そんな僕等を乗せた新車の馬車はユピクス王国の門を抜け、ヘルウェン王国へ向けて走り去っいく。


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