第49話

 ユピクス王国から馬車で走って6日があっという間に過ぎ去った。実際に馬車に乗った時間はわずかであり、殆ど実家の領地で過ごしていたのだけど、ほんとにあっという間の休暇だった。特別何かあったかと聞かれれば、あったよ色々と答えるだろう。それを洗いざらい言えばいいと思うでしょ? そうもいかないんだなぁこれが。もったいぶってるわけじゃないんだ。だって、休暇後に久しぶりに戻ってみた軍務部に顔を出したら、口を半開きにして魂抜けかけて机に項垂れている職員が多数いるんだもの。なんだ集団感染でもしたのか!? 大丈夫か軍務部の皆。本当は職場の惨状を見て、何がどうなってるのか大凡把握しているのだけど、何食わぬ顔でそ知らぬ振りをする。僕はとりあえず、休暇を終えて明日からまた職場復帰することを伝えに、ベルセリさんの机に向かった。


 そこで見たのは天井を見上げるように椅子にのけぞった状態で座っているベルセリさんの姿だった。表情は見えないが、ベルセリさんも他の職員と同じく魂が抜けかけのような脱力した感じだ。


「どうしたんです、ベルセリさん。出勤者の体調不良ぽい人がちらほら見受けられましたが……」


――!!


 ベルセリさんが僕の声に反応して、がばっとのけぞった姿勢から起き上がり僕を見つめてくる。そしてつかの間、僕はベルセリさんに勢いよくきつく抱きしめられた。なんだ? いったい何があったんだ? 忙しいのはみて分かるのだけど……。


「ベルセリさん? どうしたんです? おーい」


「――あ、はいはーい? 私ベルセリです」


 そんなことは分かってます。どないしたんよ。お兄さんにわかるように言うてみ? 僕は表情にも声にも出さず心の中でつぶやく。


「オルクス君、お帰りなさい。貴方の帰りを皆、今か今かと待ちに待ってました。特に私が! ええ、特に特にこの私が!」


「いや、どうしたんですかほんとに。机に積み上げられた書類に、手付かずの提出棚。行列のできた受付。職員は呻き声を上げて椅子や机にのけぞったり項垂れたり。一瞬どこか駆け込み治療院かホラー現象かと思いました」


「お、オルクス副部長……、かかか、帰って、帰って来たんですか?」


 後ろから声がかかったので振り向くと、アネイさんが震えながら近づいてくるところだった。正直怖いんですけど?


「おや? これは、お久しぶりですアネイさん。お土産は後日の方がよさそうですね。とりあえず、明日から復帰しますので挨拶に伺いました」


 キター!! 今日さえ乗り切れば! 漸く平穏が戻ってくるぞ!


 誰が言ったかそんな声が聞こえて来た。そんな声を皮切りに周囲の職員達がテンションを無理やり上げたように書類に取り掛かる。それに受付の対応ペースも上がったようだ。そんな姿を見て、とりあえずまだ大丈夫そうかな、と思うことにした。仕事をしに来たわけではないので、長居しても邪魔だろうと思い挨拶してその場をお暇する。


「それではさっき戻って来たばかりで荷物整理などありますので、これで失礼します。では、明日からまたよろしくお願いします」


 そう言って軍務部を後にした僕だが、帰り際に自分の机をちらっと見たが書類が山となっていくつも積み上げられていた。明日からまた忙しい毎日になりそうだ、せめて今日ぐらいはゆっくりさせてもらおうと思い、ふと宿舎を見え上げる。久しぶりに見る宿舎は、出る前と何ら変わりはない。様変わりしてたら、それこそ何があったのかと驚いたろうけど、それでも多少離れていたせいか懐かしいものだと思う。僕が職場に挨拶している間に、トヨネ達が手分けして僕に宛がわれていた部屋を掃除してくれていたようだ。ゆっくり戻るように言われているので、他の部署を見れる範囲で覗きながら戻る。そして、部屋に着くなりケンプが迎え入れてくれて、僕にお茶菓子と一緒に飲み物が用意された。職場に顔を出したのは短時間だというのに。うん、部屋を見回しても10日以上放置されていたようには見えないきれいさだ。まぁ荷物を特に置いていないというのもあるか。


「それにしても、職場はえらい事になってたな。惨状は見て取れたけど、今のこの国の動きが分からないし、動きようもないか。まぁ職場には挨拶したし、次に挨拶するのはやっぱりラクシェ王女殿下のところかな」


「付き添いはいかが致しましょう?」


「いや、どうせ王女がいなければ追い返されるし、いたらいたで城の中の応接室に案内されるんだ。付き添いは不要かな」


「かしこまりました」


 普通、王族相手の方が順当だろうと思われるが、ラクシェ王女との契約は今のところ有耶無耶だし、王女は王女で元気にやってるだろうと後回しにした。とりあえず彼女は王族であるし、多少何らかの情報が拾えるかもしれない、ということであまり期待せずに城に出向くかね。ユピクス王国で、変に王族相手の耐久が付いたような気がする。けど、隙を見せるのは良くないし、少し気を引き締めて注意しておくか。そして、自室で人心地ついたので宿舎を出て王城へ向かう。門の前に着くなり、門番にラクシェ王女に挨拶に来たことを告げてしばらく待つ。これもいつもの事だ。それからしばし門の前でいると、応接室に向かうように指示された。会ってもらえるらしい。



 ♦



「えらく放置されたように感じるのですけど、お久しぶりですね」


 何やらへそを曲げて不機嫌らしいラクシェ王女。眉毛を少し歪めて、私怒ってますのよ、と無言のアピールをしてきた。


「お久しぶりです。ご機嫌、はあまりよろしくないようですね。僕何かしましたっけ?」


「逆です。何もしないから不機嫌なのです。わたくし模擬戦大会の終わった後、あれから空いた時間はがあればずっと勉強に充ててますのに、貴方は一向に私との約束を果たしに来ないし、聞けば長期の休暇でユピクス王国に戻られたとか。どういう了見かしらと日々うっぷんを溜めて待ってました。それで、何か私に言うことはございませんの?」


 見た目より相当ご立腹のようだ。そろそろ約束を果たしておいた方が身のためらしい。僕だって会う度にお小言をもらいたくはない。とりあえずの言い訳だけ述べてはおくけど、あまり効果はないだろうな。


「分かりました。約束は果たします。けど、僕が動き回ってるのにもそれなりの理由があるんです。恐らく、ご存知でしょう?」


「戦争があることは聞いています。それで貴方が初陣することも聞いてます。ですから、また約束が果たされるのが先延ばしになるのか、と思っていましたわ」


「あれ? 僕が初陣することまで知っていたなら、もう少し違う心配をしていそうなものですけど。約束を果たす期日が伸びる程度しか心配なさってないのですか。それは何と言うか、僕の扱いがどこかの誰かがしたようなことに似てデジャブを感じるのと、それなりに多少のショックなんですけど」


「戦争があったって、貴方はけろっとした態度で戻ってくるのは予想できますもの。私からしたら、貴方が戦争で怖気づいたり、泣き喚いたり、身勝手に癇癪かんしゃくを起こしたりする姿なんて想像できませんわ。どこかの愚兄がするようなことは想像できますけど」


「それは……、評価が高く喜べばいいのか、王女殿下の僕への印象が変な方向に向いてるのを嘆けばいいのか、判断に困るところですけど」


「評価しているのですから、素直に喜べばよろしいのではなくて? それと、何気に愚兄のことをお流しになりましたわね。なんだか貴方の私に対する応対に慣れが感じられているような気がします」


「ああ、良かった評価して頂いてたんですね。それを聞いて少し安心しました。けれど、はて? 何方どなた様の事を仰っているのか僕には全くもって見当もつきませんね。それに、王族に対して応対慣れだなんて滅相もない。僕は、いつも王族に対して敬いつつも戦々恐々としておりますよ」


「……」


 ラクシェ王女から無言とジト目で見つめられる。僕は何食わぬ顔でそれを受け流し、侍女さんが入れてくれた紅茶を頂く。あー、おいしい紅茶は心を穏やかにしてくれるね。お茶請けのお菓子も頂こう。ほう、甘みが少ないから紅茶の味を邪魔しない、良い組み合わせだ。僕の様子を窺っていた王女は、何かを諦めたように深いため息を漏らす。


「何だか、納得できないというか、もやもやしますわ」


「それはいけませんね、ラクシェ王女殿下も紅茶を飲んで落ち着きましょう。何事も余裕を持つことは大事ですからね」


「誰のせいだと――」


「あー、そうでした。約束の件なんですけど……」


 ラクシェ王女は再び沈黙して僕に納得いかないという視線を送ってくる。それを意に介さず、僕は人払いをお願いする。ラクシェ王女も漸くかと控えていた侍女さんに紅茶のおかわりを出してから、しばらく二人きりにするように伝えてきた。年頃の男女であれば多少の問題があるかもしれないが、僕は5歳児で王女は8歳。体格も僕の方が小さいし、先ほどからのやり取りを見ていたので、特に注意も言わず、侍女さんは何かありましたら部屋の外におりますのでと礼をとって部屋出た。


 僕はそれを見届けて、早速サイレントの魔術を発動する。その行動に多少驚きを見せたラクシェ王女。僕もそれにデジャブを再び感じる。ああ、さっきから感じていた既視感の原因はベルセリさんだ。彼女が僕に持っている印象をラクシェ王女も持っているらしい。そんな印象を女性二人に持たれるなんて僕としてはショックだ。僕だって何かあれば慌てるし、判断を間違える時だってある普通の子供である。戦争に行ってけろっと帰ってくるなんて思われるのは心外だ、と思う僕の考えは間違っているだろうか? 同じことをベルセリさんのときも考えたような覚えがある。さておき、ラクシェ王女の驚く姿が、軍務部の応接室でのベルセリさんが見せた反応とほぼ同じか。うーん、緊急でもないのだし、今度からは急がないときは術を発動する前に、一言断っておくことも頭の隅に入れておこう。特に女性には警戒心を持たれるのはよろしくない。


「すみません。驚かせてしまいましたね。外には漏らしたくない事なので、防音の膜を周囲に展開する魔術、サイレントを発動しました。一言断りを入れておくべきでした。申し訳ありません」


「……いえ、魔術を間近で見たことが少なくて、それで驚いただけです。模擬戦大会でも離れた場所から見る機会はありましたし、実際に大会に出たときにも魔術、あれは補助系統でしたが、自身にかけてもらったこともありましたのに。あの時は試合に集中し過ぎて何とも感じなかったのに。今になって驚くなんて、私も少し恥ずかしいですわ」


 恥ずかしがっているラクシェ王女。今回は僕が全面的に悪いので再度無礼を真面目に詫びておく。先ほどまでのやり取りとは違う、誠意を見せる僕の対応にさらに一瞬驚いたようだが、気にしておりませんわ、と許しを得た。それより、約束の件です、と逆に気を使われる始末である。これ以上はしつこくて余計無礼だろうと思い、ラクシェ王女の気遣いに乗らせて頂こう。


「では、約束の件なのですが、先ほども伝えた通り外に漏らしたくない情報であり、見せたくない品でもあります。それを十分理解して頂いた上でご利用になってほしいのです。平たく言えば、これが世間に知れ渡り、出回ることになれば世界の物流や交通。大げさに言えば、使い方さえ変えれば世界全体に大きな影響を及ぼすことのできる品です。信じがたいことだと思われるように、大げさにと言いましたが、実際その通りの品なので過大評価したことは述べていません」


「なっ? そんな、そんな品が存在するのですか? それを貴方が持っていると?」


「そう言うことになります。まぁ今はまだそれを見せていないので、僕の話を嘘だと断じるか、話を信じるかはラクシェ王女次第ですけど」


 僕の言葉に、ラクシェ王女は俯いたまま黙ってしまった。少し脅し過ぎたかな? でも言ってることは本当だし、フォルトス陛下も同様の事を懸念して僕に注意を促した。ラクシェ王女はしばらく俯いたまま何も答えず、何かを考えているようだ。それからしばらくして、王女は僕に真剣な眼差しで次のように自分の考えを話し出した。


「前に貴方が私に言ったことを思い出していました。それと今言われたことを全てまとめると、私の中でその世界に影響を及ぼす品がどういうものであるか。何となくですが理解、というか分かったような気がしました。それに、貴方が懸念されていることもおぼろげながら思い描くことができました。けれど、腑に落ちないことが一つ」


「何でしょうか?」


「……何故、それを私に教えてくれたのでしょうか? 今までの貴方からすれば、そんな品はない物として、私の望みを突っぱねることだってできたはずです。普段から何かと言動に注意を払い、手の内を見せない、本音をそれほど語らない貴方が、……違いますか? それなのに今の貴方は正直に私にその品が存在すると言いました。何が貴方にそのような答えを出させたのでしょう?」


 意外と言うべきか、ラクシェ王女は僕の事をしっかり見てるようだ。それが第一に頭に浮かんだこと。それに、案外と言っては失礼だけどこの年にしては頭が回るようだし、記憶力も良い。僕が以前伝えたことと、今話したことを総合した結果をしっかりした、とは言えないけど、遠からず予想した答えで出してきた。


「うーん。正直に言うと僕もかなり悩みました。手の内を見せることへの不安や、ラクシェ王女の反応がどのようなものになるか。その判断材料として、先ほどラクシェ王女が応接室にいらっしゃるまで、侍女さんと世間話していたんです」


「世間話、ですか?」


「ええ、最近のラクシェ王女はどのように過ごされているのか、それとなく話を誘導しながらですが侍女さんに聞いてみたんです。すると、最近はずっと勉強に打ち込んでいるラクシェ王女の姿を多くの侍女さん達が目にしているそうです。それも大会の後日から今日にいたるまで、ずっと継続されているようだと。先ほどもご自身で仰っていましたよね。大会の後から、空いた時間はがあればずっと勉強に充ててますと」


「確かに言いましたし、実際勉強するようにしているのは事実です。けれど、それが何だというのですか?」


 王女のその問いに、それが僕の判断材料になったのですよ、と告げるがラクシェ王女は腑に落ちないという様子が表情にも出ている。こういうのは面と向かって言わないと伝わらないのだろうか? だけど、伝わっていないなら伝わる様に直接的に言うしかない。ただ、伝える内容が内容なだけに、伝える側としてはこっぱずかしいくなるのだが、言うべきは言わないと王女も納得しないか……。とりあえず、言ってしまえば良い、と僕は腹を決めて告げた。自分の意識し過ぎだろうとも高を括りながら。


「僕は貴方のそう言った直向ひたむきさや努力する姿勢に心を打たれて、自分の手の内を見せる決心を付けたんです。それが僕の本心であり本音の答えです。あまり言わせないでください、真面目に言ってるこっちはこっぱずかしいんですから」


 言ってみてやはり気恥ずかしさがこみ上げてきた。恥ずかしいので顔を隠すために俯き気味に紅茶の入ったカップをソーサーごと持ち上げる。とりあえず、王女が僕の出した答えを理解したかどうか確認する為、紅茶を飲んでる振りをして上目使いにカップの隙間から見える王女の様子を窺う。見ていると最初は呆けた表情で僕の方を見ている。しかし、次第に僕の伝えた答えをじわじわと頭が理解してきたのだろう。顔や耳が赤く染まっていくのが見て取れた。そして完全に言葉が頭に浸透したようで、両手を自身の両頬に当てて右往左往し始めた。


 人間、誰か他の人が混乱したりうろたえていると、落ち着くというのは本当らしい。僕は王女の様子を見ていて徐々に落ち着いてき――、てないです。嘘です。王女を見ていると、頭の中でさっき自分で言った言葉が無意識にリピートされてしまう。王女は褒められなれていないのか、見てるこっちが気恥ずかしくなるほどあたふたし出した。恐らく様子を見続けてる僕も耳が赤いのではなかろうか。自身でも耳が熱くなっている感じがする。恐らく錯覚だろう。そういうことにしよう。間違いない、僕は平常だ!


 別に愛の告白したわけじゃないんだぞ。判断材料を尋ねられて思ったことを答えただけだ。ラクシェ王女の質問に、当たり前の事を答えただけだ。それに相手は8歳だぞ? 対して僕は5歳だ! おい、何か前にも同じこと考えた覚えがあるぞ! とりあえず、お、ち、つ、け、僕ー!


 僕は耳が熱いのは紅茶を顔に近付けた所為せいだ、ということにして食器をテーブルに戻し、天井を仰ぐように見つめて王女から視線をそらし深呼吸する。少し礼節に反するが許して頂きたい。今は部屋に二人しかいないし、王女は僕の方を窺う余裕もなさそうだ。と言うか、ラクシェ王女が僕の出した答えに過剰反応するのが悪い。全部ラクシェ王女の所為だ。そういうことにしよう。そうだ、まったくもってその通りだ。よし、なんだかそう思うことで落ち着いて来たぞ。我ながらナイスな責任転嫁だ。僕が勝手に思ってるだけだから誰も困らないし誰も損しない。言葉に出さなきゃなんでもオーケーだ! とにかく、未だ茹でたタコのように身体をくねらせて悶えている王女に声を掛ける。


「ラクシェ王女、ちょっと落ち着いてください。王女? おーじょ? おーじょー?」


「は、はひ! ひへ、……いえ、ななな、何でもないですお、……よ?」


「(ダメだこりゃ。)とりあえず、一息入れて落ち着く為に深呼吸しましょう。はい、ご一緒に――」


 す~、は~、す~、は~……。


「どうでしょう、少しはましになりましたか?」


「は、はい。少しは……」


「とにかく、忘れないで頂きたいことは、一つ約束を守ること。それは、親兄弟親類その他の人には、この事を秘密にすること。勘付かれてもダメです。僕とラクシェ王女の共有した秘密です。それが大前提であり、秘密にできないのであれば、この話は有耶無耶にしてなかったことにします。もちろん、今までの王女が努力してきたことも、それを元に信用に値するとした僕の評価も水に流しますし。今後は、一切の信用も関りもなかったことにします。よろしいですか?」


「評価も信用も、……関りも、ですか?」


「はい。それだけ大事に成り得る品を見せて、尚且つ使用するのですから当然でしょう。もし、約束が破られたならば、僕は適当に理由をでっちあげてこの国を去ります。なので、自信がないのならば――」


「ま、待ってください! 約束を守る自信はあります。それに貴方からの評価をなくすこともしません。ですから、ですから、私に貴方の秘密を共に共有する権利をくださいまし。誰にも他言しません。誰にもばれないように努力もします。だから、だから、私を見捨てないでくださいませ! ――この通りですから、お願い致します!」


 いや、何かそれちょっと、いや、かなりニュアンスが違うと思ったのだが、ラクシェ王女は僕の座ってる方のソファーに来て僕の手を握りながら頭を下げて来た。僕の返答で色よい返事を聞くまで意地でも手を離さないし、下げた頭が僕の太もも辺りにあり離れない感じだ。王女殿下と立場のある方にへりくだってお願いされちゃったよ。相手は王族であっても未だ8歳と幼く、しかも取り乱している状態だ。仕方がないと言えば仕方ないことなのか? 傍から見たら、懐で丸くなって固まった猫のような感じか。って、そんな余裕こいてる場合ではない。注意事項での単なる手段を述べただけなのだが、王女がそこまで思い詰めて取り乱すとは思わなかった。


 いや、だから兎に角落ち着いてほしい。確かに言玉やポータルアイテムは貴重品であることは疑いようのない物だし、世に出回ればえらいことになるのも事実だ。だけど、基本的に僕が持っているアイテムというのは、所持権限というか所有者の権利という機能がある。それは、アイテムに僕が自由に使用者権限を設定したり、いつでもどこでも手元に瞬時に取り戻すという権限機能を行使できるので、盗難や紛失の心配もなければ不正利用されることもない。


「分かりました。わかりましたから少し落ち着いて! 普段の王女殿下らしく落ち着いてください。さっきも言いましたけど、ちゃんと約束を守ってくれれば問題のないことですから! ね? とりあえず、離れましょう。こんなところ誰かに見られたら、王女の約束破りで僕が高跳びする以前に、僕の首が物理的に飛ばされますから!」


 僕はそれからしばらく、ラクシェ王女を宥めるのに努める羽目になってしまう。それから漸く王女が落ち着きを取り戻したのは、飲んでいた紅茶がすっかり冷めてしまった頃だった。





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