第50話

 いやー、今日はまいったね。僕は宿舎の自室にあるベッドに仰向けに寝転んで天井を見ながら、先ほどまでの王女とのやり取りを思い出していた。


 ラクシェ王女は落ち着いてきた後も、何度も何度も念を押して秘密を守ることを約束すると口にした。僕はそれでよいのでと、とにかく握ってる手を放してもらい向かいの席に王女を座らせ、机の上に本題となる言玉と転送ポータルである魔法陣の模様を織り出した綴織つづれおりを取り出し並べる。


 傍目から見ると、手に収まるサイズのガラス玉に、白い魔法陣が織り込んであるただの赤い布だ。それを見た王女は、探る様に見た目透明なガラス玉を掌で転がしたり、頭上にかざしたりとしげしげ見ている。


 布も机に広げてみたり、手触りを確かめたりと僕が説明した言葉通りの物なのか次第に半信半疑に成って来たらしい。その様子が少しおかしくて、僕は口に手をやって笑ってしまう。それを見たラクシェ王女は、また表情を不機嫌そうにして僕に実際に使うように言ってきた。


「では、まず言玉の方から、それを手に持っておくか、服に仕舞っておいてください。それが無理そうなら小さめのポーチでもいいので身に着けておけるものを用意しておいてください。今はただ持っておくだけでいいですよ」


 王女は大事そうに言玉を両手で包むように持って胸の前あたり持ち上げた。


「持ちましたわ。そ、それで、この後はどうするんでしょう?」


「そのままで、『ラクシェ王女聞こえますか? 今話しかけてますよ?』と、どうでしょう? 今のが念話というものです。普段は離れた相手との連絡手段や、言葉には出さずに内緒話することが多いですね」


「い、今のが!? 頭に直接貴方の言葉が響いたような……。いえ、実際そうなのでしょうけど……」


「ちなみにこれの通話距離に限度は、試したことがないのですが今のところありません。ユピクス王国にある僕の実家にはこれで連絡を取れてますし、もしかしたら制限はないのかもしれません」


「そんな……、国で管理しているものだってこれほどの性能ではありませんわ、それにサイズだって」


「らしいですね。見たことはありませんが、聞いた話が事実なら、僕が渡したそれと、国やギルドで管理している物とは雲梯の差があります。次に赤い布の方ですが、これも実際使ってもらって実感してもらう方が良いのかな? ちょっと窓のカーテンを閉めておきましょう。見られるとまずいですし」


「わかりました。私が閉めておきますから、貴方は準備をなさってください」


 そして、準備を整え転送ポータルを壁に接着するように固定する。留め具がなくても壁に貼り付けられるのは便利なところだ。そこにカーテンをしっかり閉めたのを確認した王女が近づいて来た。


「閉めてきましたわ。それで、次はどうすればよろしいの?」


 お? 言玉の影響か、半信半疑が完全な確信に変わり、次の状況に腹をくくった様な心境になったようだ。表情に不安の色がない。


「次はこの魔法陣の模様を織り出した綴織つづれおりくぐります。まず、自身の魔力を布に触れて流し込みます。既に、王女の利用権限は設定してありますから使える状態ですけど、練習がてら魔力の流し込みもやっておきましょう」


「魔力操作の事でしょうか? 私まだ、魔力を自由にコントロールできないのですけど……」


「なるほど、そうなんですね。では、今回は僕がやりますから見ておいてください」


 僕は魔法陣の模様を織り出した綴織つづれおりに触れて魔力を流し込む。別に僕の場合触れなくても使えるのだけど、分かり易いように見せる為に今回は触れながら魔力を流す。すると、今まで白かった魔法陣の模様が徐々に淡く光り出した。これで準備は完了だ。


「今の状態で魔力が布に浸透して使えるようになったという目印です。淡く光っているでしょ?」


「ええ、確かに光ってますわ。とても綺麗きれいです……」


「ちなみにこれは、利用権限がない人には先ほどまでのただの白い魔法陣の模様の状態にしか認識されないので、安心しておいてください」


「それは、また便利ですわ。でもこれについては、まだ1人で使いこなすことはできなさそうですね。残念ですけど……」


 ラクシェ王女がしゅんと落ち込んだ。まぁ利用方法が分かっても自分で自由に使えないと分かると気落ちするのは当然か。まぁフォローはするけど。


「一応、奥の手というものが存在します。教えましょうか?」


「……貴方はどうして、そこで素直にお教えになれないのです? 私に意地悪してそんなに楽しいのでしょうか?」


「いや、困ったり、落ち込んだりしてるところもかわいいな、なんて……」


「か、かわ――」


「あー、今のなしで。冗談です冗談。ちょっとからかっただけですから」


 王女が無言で僕グーでポカポカと顔を真っ赤にして殴りだした。やめてください、体格的に貴方の方が大きいので、手加減した行為でもそれとなく痛いんですから。


「ラクシェ王女、じゃれるのはその辺にしましょう。奥の手を教えますから」


「はぁー、はぁー、もぉ~、じゃれてなんかいませんわ。貴方が変なこと言うからです。早く、その奥の手と言うのを教えてくださいまし」


 ふむ、あまりいじりすぎると本気ですねられてしまうのも困る。それに教えるまで返してくれなさそうだし、手っ取り早く教えてしまうか。僕は王女にさっき渡した言玉を布に当てるように持ってもらう。


「僕が王女の言玉に魔力を送り、その魔力をポータルの布に送る。効率は悪いんですけど、大した魔力量は必要ではないので。まぁそういうこともできるということを覚えておいてください。これが奥の手と言うやつです」


「なるほど、そんな使い方もできるのですわね。確かに貴方の言う、世界に影響を及ぼすほどの品というのは大言壮語ではないのですね」


「まだ疑ってたんですか? それに今から行うことを体験したらもっと驚くと思うんですけど。なんなら、やめ――」


「やめませんから! 続けてくださいまし!」


 王女は言葉をかぶせて先を促してきた。まぁいいかと、説明を続けることにして、僕は王女に頭に行き先を思い浮かべるように言う。言玉もそうだけど、交信する相手であったり、行き先であったりは念じるというか、思い浮かべるのが基本になる。それを説明して、王女に実践してもらう。ただ、王女が思い浮かべられる場所は一つしかない。そう、僕の実家にある僕専用のテントの中を思い浮かべてもらった。


「では、僕が先行していきますから、お手を繋いでいただけますか? 問題なければ、行き先は遠く離れた僕の実家のテントの中ですから」


 僕の手を躊躇なく両手で掴んだ王女に、では行きますよ、と一声かける。その際サイレントの術を解いてから布の中に進み溶け込んでいく。それを見て緊張したのか、王女の僕の手を握る手に力がこもったのが分かる。間もなく、問題なく実家にある僕用のテントの中に出ることができた。が、王女は目をぎゅっと瞑って僕の腕にしがみついて、息も止めているようだ。我慢しているのだろう徐々に顔色が赤くなってぷるぷるしている。


「ラクシェ王女、もう仮設テントに着きましたよ? それに、目も閉じなくていいですし、息も止めなくていいですから」


 ラクシェ王女は僕の言葉に、恐る恐る目を開き、周囲を見回す。


「ほらね? 言ったとおりでしょ? 息、止めなくていいですから、ちょっと深呼吸しましょう。はい、ご一緒に――」


 2人で深呼吸を経て、息を乱していた王女は落ち着き、僕から恥ずかしそうにゆっくりと離れた。


「どうです? 何ともないでしょ?」


「え、ええ、ほんとにあの布をくぐって来たのですね……。ここには見覚えも以前ここに出入りしていた頃の面影を感じます。疑っていたわけではないのですけど、実際に体験すると何と言えばいいのか、感動? いえ、驚きが増したような感じです」


「ラクシェ王女、思いに浸るのは良いのですけど、そろそろ戻りましょう。さすがに僕等が幼いと言っても、長時間部屋に閉じこもっているというのは、おかしく思われたり、変に勘繰ったりされる恐れがあります。時間があればもう少し外の様子も見せて差し上げたいのですけど、今回はここまでということで」


「ええ、そうですね。確かに貴方の懸念することは正しいと思います。説明にも多少の時間はありましたし、すぐ戻りましょう。私は貴方の言ったことが真実であったということだけで大変満足していますから」


 それからすぐに、元来たポータルを使って先ほどまでいた応接室に戻ることにする。今度はラクシェ王女に先に潜ってもらい再度体験してもらう。うまく2人とも応接室に出ることができた。王女はやけに機嫌が良いように見えるのは、僕の思い過ごしだろうか?


 王女は二つの魔道具を大事に手に持って、机に置いてあるベルを鳴らす。それに反応して部屋に入ってきた侍女さんに、王女がいつも使っているポーチを持ってくるように指示する。いつも使ってるポーチ、それだけでわかるものなのかとは思ったが、侍女さんは特に慌てる事無く、かしこまりましたと述べてから礼をして部屋を去っていった。ちなみに今回の侍女さんはダビヤさんではない別の人だ。


 そこからは魔道具の話ではなく、この国の現状や動きをラクシェ王女が知る限り終えてもらう。期待して聞いたわけではないが、彼女は有益な情報を持っていた。ヘルウェン王国が本腰を入れて、ユピクス王国に軍事支援を行うというのだ。それも会議では国王自ら出席し、陣頭指揮をとるとまで宣言したらしい。


 おおう、モイラアデス国王自らが出兵するのか!? それは大事だな。それにより、王族からは当初予定していたミリャン殿下以外にも、年頃の男子の王族が参加するらしい。そのことから、国の守りより、出兵にでる兵数が大半になっているので、軍備がかなりのハイペースで整えられ始め、予定では2カ月から3カ月以内で全てを整えたいらしい。それで僕のいる職場が大混乱してあの惨状になっていたわけか。これは後で、フォルトス国王に連絡だな。外交で既に知っているのかもしれないが念の為だ。


 そこまでの事を思い出して僕はベッドから勢いを乗せて起き出す。


「僕は明日からあの修羅場のような惨状の職場で仕事をする羽目になるわけか。今から気が重いや。ともかく、現状で打てる手は事前に用意しておこう。それと、フォルトス国王に連絡だな」



 ♦



 わたくしの名はラクシェ・セヴィオ・アトル。鉄材の産業で名を上げ有名になっているヘルウェン王国の第5王女です。基本的に子に付けられる保護者の名前は影響力がある人物から頂くのが普通ですが、私には何故か父親の名でも母親の名でもなく、珍しく祖母の名がつけられたのです。


 聞いてみても、理由は特にないそうですが、私はこの名前が気に入っているので12歳になると、保護者の名前は返上されてしまうので名乗れなくなると思うと寂しくなります。自己紹介と名前についてはこの辺りで良いでしょうか。


 次に私には友人が2人います。1人は8歳になった時に祖父の紹介で会った同い年の少女で名をメルクさんと言い、我が国に仕えるサヴィレ男爵家の令嬢です。最近までは良く話をしたりして会っていたのですが、少し前にあった誘拐事件をきっかけに会うことはめっきりなくなりました。代わりに手紙などはよく取り交わしているのですが、実際に会わないとやはり寂しく思います。


 そしてもう1人は男の子で、名をオルクス・ルオ・ヴァダムと言い。私よりも3つ年下の少年というより幼児と言っても差し支えのない方ですが、その実、年齢にそぐわない態度や節度をとり、大人顔負けの考えや周囲への礼節を知る彼に、私はものすごく興味を持ちました。


 というのも、最初に出会ったのは誘拐事件の後の事。ユピクス王国にある奴隷商で、彼が買い手側で、私が買われる側という立場でした。いくつか話をして、彼は何を思ったのか私とメルクさんを買いました。そして買う際に、私が王族であること、一緒にいたメルクさんが貴族であることをさも確信しているような発言をしたのです。


 その時私は思いました。もしかして彼は、今回の誘拐事件の首謀者か、それに近しい人物なのではないのか、と。これから買われた私達はどうなるのか。けれど、それからあれよあれよとという間に連れてこられたのは彼の実家らしい領地。奴隷を100人近くも購入して、一体彼の目的は何なのだろう?


 私達はどんな扱いを受けるのだろう? と身構えたいたのだけど、割り当てられた仕事は聞いたことのある庶民や農奴が行うような草むしりや畑の仕事だった。最初は全くの足手まといだったけれど、次第に周囲の同じ奴隷の人や見回りや監督を兼ねている、オルクスさんを主と仰ぐ人達に指導されたり、手伝われながら生活した。その間も周囲の奴隷の人達と変わらない対応で接せられたが、別段怠けたりズルをしなければ誰でも普通に話を聞いてもらえたし、お願い事も可能な範囲で許された。


 もちろんそれは、予想していた奴隷への扱いではないと驚いたし、不安から安堵へ気持ちが移ることでもあった。


 特に驚いたのは、住まわせられた場所がテントと呼ばれているのだけれど、普通のテントではなかった。丈夫で頑丈な見たことのない、テントと言うよりは建物だと思う施設を奴隷達に均等に割り当てたし、男女に分けたお手洗いや湯浴みできる場所、自由に水の飲める給水所など、要望や足りないと思われるものは補充されたり設置されたりと、文句を言うのがおこがましいと感じるほどの良い環境での奴隷生活だった。


 それに奴隷にも関わらず、行動の自由がある程度というより、殆ど自由に動き回ることが許されており、それぞれの身分さえ気にしなければ普通の生活を送っている労働者や庶民のような扱いだった。


 それからしばらくして、私は数名の奴隷と一緒に呼ばれ、オルクスさんの専用のテントで揃って、次のような事を言われた。


「僕に勉強を教えてほしい。もちろん、地理や歴史、言葉に文法、礼節やマナーに関わること。これでも数字には強いからそれは省くとして、貴方達の知ってる知識を僕に与えてほしい。覚えてるとは思うけど、最初に購入する前にも少し話したと思う。僕は知識を欲している。だから特に知識を持っている人や物事を人に教えた経験があった人達を選んで購入させてもらった。そう説明したと思う」


 オルクスさんは、詳しい日程などは調整している最中なので、今後は今までの労働とは別に自分が勉強する時間に呼び出す旨を説明された。はじめは、本当にその為に大枚は焚いて多くの奴隷を購入するなんて思いもしなかった。彼は奴隷商で言っていた目的の為に、本気で勉強する為の奴隷を選んで購入したのかと驚いたものだ。


 現に数日後に呼ばれて、実際に勉強を教える立場に立った。それはユピクス王国とヘルウェン王国の国同士のやり取りがあって、私の教える機会は短期間で終わることになったのだけど、彼は私以外の奴隷にも教えを乞い、教えてもらう側として奴隷に接しているのは何度も見たことがある。それに真剣に取り組むところも目にしたし、勉強を教える側に立った奴隷達で話し合いの場を設けたときも、オルクスさんの勉強に対する姿勢や熱意が本物だという話を聞いた。


 それから、すぐに私やメルクさんの素性が知れることになり、ヘルウェン王国に無事に返されることになる。メルクさんはすごく喜んでいたけど、私としてはもう少しあの領地での生活をしていたかったように思わなくもない、というのが誰にも言えない本音だったりする。


 それは、ユピクス王国にある教会から来たという、孤児達とも親しくなっていたし、その中でも特に仲良くなった同じ年頃のアスリという少女と別れるのがとても寂しかったというのも大きな要因かしら。ヘルウェン王国に戻れば恐らく二度と会う機会もないだろう。オルクスさんに尋ねれば、彼女の近況が少しでも聞ける事はあるかもしれないけど、実際はもう会えないのだという実感が私の中に寂しさを生んだ。


 国に帰って父である国王陛下に、オルクスさんを我が国で雇うべきだと進言し、そばにおいて接する機会が得られるようにお願いした。父は条件を出し、オルクスさんはそれに見事に応え、今では勤務の厳しい職場に身を置いている。聞いた話では、ただでさえ勤務することが厳しい職場であるにも関わらず、最初の初出勤からしばらく2人だけで職場を回していたそうな。


 今は職員が増えて労働条件がましになったらしいのだけれど、そこでの彼の評価は非常に高い。父が出した条件の課題を見事満たし、職場でもその能力が評価されている。数字に強いと言っていたのは大言壮語ではなかったようだ。


 彼が我が国で働き始めて少し経った頃。私は彼としばらく距離を置くことになる。彼が私に挨拶に来たとき、私は父に以前よりお願いしていた国立学院への入学の件で揉めていた最中だった。それに加えて、義兄であるミリャン義兄様にもわけのわからない文句を言われ、城にいることを窮屈に感じていた頃、とある情報が私に伝わった。


 彼、オルクスさんと従者のようにいつも付き従っている、彼がいつもトヨネと呼ぶメイドが我が国で管理するダンジョンで、その実力を見せた。それも、情報によるとオルクスさんは魔術師で、トヨネさんは近接戦闘の実力が十分あるとのこと。


 私は、再び彼に父より出された難題の条件を託す他ないと考えた。そして、彼は私に会いに城へ再び訪れた。呼び出したのは私だし、服を用意したのも私だけど、会いに来てくれた彼は子供用にあつらえた普段着ではなく、闘技用兵装服を着こなした彼の、特に半ズボンから下の生足がとても……、オホン、ではなくて。普段とは違う彼の装いに、胸の鼓動が少し早まったような気がしました。


 それと、彼が挨拶した後に言った言葉。その時のことは今でもよく覚えている。彼が、私の説明もなく推察を述べ、それが今までの事を見てきたように、私の現状を看破してきたのです。彼はただの推察だというけれど、貴方は本当に5歳なの? と疑ってしまうほどの見事な推察に、私は一瞬反応できなくなってしまいます。


 そして彼は自分で考えて推察したであろう内容を大体述べ終えると、質問してきました。私が学院に何を求めているのか、を。大凡の見当がついているのか、彼はいくつか私が学院に行きたいと思う理由を挙げてきた。私はそれの一つに自分でもわかるほど反応してしまいました。


 すると、彼は何を思ったのか話を切り替え、私が親しくしていたアスリの名前を出して次のように提案してきた。


「そうだ。もし良ければ、気が向いたときに日帰りで会うことも可能です。まぁ詳細は内緒ですがそういう手段があるとだけ申しておきます」


 そんな馬鹿なことを! とは何故か思わなかった。そんな手段があるのだと彼が言ったことが嘘とは思えなかった。


「どうでしょう? 推察が当たっていると仮定して、先ほどの僕の話を信じて頂き、尚且つ秘密を守ると固く誓ってくださるなら。時間が許す限り手を貸そうと思いますが。そして4年後、もしくは飛び級の特別試験というのでしょうか? それを通過できる実力が備わった年齢で改めて学院に通い、出会いなり、友好なり育まれてはいかがかと提案いたしますよ」


 頭の中では彼の言うことが嘘ではないと、何故か思いながらも私は聞いてしまう。


「そんな魔法のようなことが可能なのですか?」


 と。だけど彼は間を置かず、可能ですと答えた。そんな魔法のようなことが可能だと、仮にも王族である私の前で、しかも私の他に信用のおける侍女がいるにもかかわらず、断言して述べたのです。嘘などつかないとまで付け加えて。詳細は教えてはもらえなかったけれど、奴隷のときに感じていた、彼の印象からは想像できないことでした。優しく接しては来るけど、周囲に油断なく礼節をとり、決して手の内は一切見せない。


 私が勝手にそうイメージしているだけかもしれないけれど、その彼から歩み寄ってきてくれた。その提案に私は無意識に飛びついていた。そんなことができるのならば、父や義兄に無理を言ってまで学院に行く必要はない。


 彼は私に、父である国王陛下に今回の問題の件である、学校へ通うという願いを取り下げ、4年後に正式な手順で入学するか、飛び級試験を受けて合格できるほどの実力を付けてから学校に通うことを伝え、今回の件について許しを請えと言ってきた。


 彼の要求は尤もなことだ。けれど、私の求めている事を叶えることができると彼は言ったのです。その理由は伏せて、騒動を起こし周囲にも迷惑を掛けた行いに許しを請いに行く程度の事、そんなことであればすぐにでも父に今回の件を詫びに行こう。そう意気込んでいると、彼から不意に質問が来る。今回の件とは全く関係のないことに少し戸惑ったのだけど、何のことはない。


 傍に控えていた侍女について問われただけだ。普段であれば順番に付き添いをしている侍女だと答えただろう。けど、私は彼女の事を正直に私専属の侍女頭ダビヤ・リビリース。私の護衛も兼ねて務めてくれている特殊部隊の隊員であると伝える。彼も私が正直に彼女の事を教えるとは思ってなかったのか、珍しく慌てたところが見れたのは少し、いやかなり見ものだった。


 そして、彼にしては、さらに珍しいことに、私が何故彼女の事を正式な立場で説明したのかを尋ねてきた。いや、分かっていて聞いて来たのかもしれないけれど。私は正直に思っていたことを踏まえて答えた。


「貴方は何かと隠し事が多い方ですもの、こちらが正確な情報を渡さない限り貴方が話す内容も正確ではないと思っています。違いますか?」


「それは受け取り方の相違でしょう。僕は単なる気分屋です。今もこうして貴女に何を話せばいいか考えています。まぁそれはそうと、国王陛下から義兄のミリャン殿下についても頼まれていますので、そちらをどうしたものか考えなくてはいけない。ないに等しい少ない情報で」


 私が正直に答えたというのに、彼は私を突き放すように、それとなく牽制と嫌味を添えて来た。だから貴方と言う人が憎からず思えてしまう。――え? 今私は何を思ったの? 憎からず思えてしまう人……。いけませんは、これ以上考えてはダメですわ。今は彼に義兄の情報を伝えなければ。ダビヤにも手伝ってもらい、意見や補足を付け足してもらう。


 成り行き上と言えばいいのか、話の途中義兄の出した要求が何なのか聞いてくるオルクスさん。できればそれには触れてほしくありませんでした。私の口からはとてもではないが言い辛い。視線だけ向けてダビヤに助けを求めた。


「ミリャン殿下の要求は、ラクシェ王女の裸一日鑑賞でございます」


 ダビヤ何故もっとオブラートに行ってくれないの!? 要求内容を言われてしまい私はもう真っ赤になってしまう。彼は、オブラートにその要求は芸術とか美学の、と言い添えてくれているけれど。彼の言葉にかぶせるように、ダビヤが答えた。


「完全な趣味で、身の毛もよだつ醜悪な欲望です。それで過去に、爵位の低い貴族から国王宛に陳情が届き、相手は事なきを得ましたが」


「はー。よくそんな取引に応じましたね……」


 彼は話を聞いて驚くというよりは呆れたように、実際呆れていますわね。――これでは、私がまるで裸を見せても平気な、はしたない女のようではなくて!? 慌てて言い訳をしたが、今更弁解しても遅いとピシャリと言い捨てられてしまいました。


「王女殿下、相手の要求は変えられませんが、こちらの要求を変えることはできるかもしれません。今から国王陛下にお取次ぎ願えませんか? やるべきことはやっておきたいので、言っては悪いですがその変態趣向の殿下にはここで退場していただこうかと思います」


 彼はそう言って、カップに残っていた紅茶を上品に飲み干したのだった。それが彼と私、ダビヤを踏まえてだけれど、一番長くやり取りをした最初の記憶。私はその頃から彼を強く意識するようになったかもしれない。


 けれどそれは、誰にも言えない。言ってはならない。もし言える相手がいるとすれば……、私はふと、自分に保護者の名前を付けてくださった、セヴィオ御祖母様おばあさまの事が頭を過った。

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