第29話

「これより、一旦トーナメントを中断して、30分の小休止を挟みます。また、今回休憩中のエキシビジョンマッチといたしまして、ミリャン殿下の率いるチームとラクシェ王女殿下率いるチームの3対3の対戦を予定しております。大会初めてとなる試みとなる催しである為、特別ルールとしてミリャン殿下または、ラクシェ王女殿下が降参を告げるか、チーム全員の降参または戦闘不能で勝敗を決めることになっております」


 そのアナウンスに周囲はどよめきとざわつきに見舞われた。一方僕の視線はロバネさんの持っている時計らしき持ち物だ。あったんだな時計!? 僕には腕輪の機能で表示される時計があるので必要ないけど、僕以外に必要な物であるのは事実だ。売ってるならいくつか買っておきたい。後で探してみることをメモに書いておこう。


「ミリャン殿下はわかるがよ。ラクシェ王女って言やぁ、まだ幼かったんじゃなかったか?」


「学院にも通ってなかったって思うが?」


 ざわついている観客席に対してロバネさんが落ち着くように促す。


「皆様、落ち着いていただくようにお願いします。先ほども申しましたが、今までの大会では初めての試みでございます。選手達が闘技場へ登場するまであと5分少々ございます。お手洗いや飲食物の購入など早めにお済ませいただくようにお願いいたします」


 さすがというべきか、ロバネさんのアナウンスを聞いた観衆は目的を見出して動き始めた。


 ――そのころの僕等は。


「模擬専用の長剣も刃がつぶれていますし、兵装服にも問題ないでしょう」


「状態異常の検査も特に異常なしです。杖や短剣などの武具をお返しします」


「ラクシェ王女殿下も持ち物や状態に異常ありません」


 アナウンスを聞きながら僕等は控えの通路で、不正対策がないか係員が行う魔術と用意された魔道具で検査を受けているところだった。係員は作業を終えると足早に通路の端によって椅子に腰かけた。一人だけ、闘技場ともう一ヵ所どこかへ白い旗を振っているのは準備が整ったという合図を送っているのだろうか。


「ありがとうございます」


 僕は係の人に礼を述べて、ラクシェ王女とトヨネに向き直る。


「さて、準備はできたけどまだ登場するには時間もあるし、作戦をもう一度おさらいしておこうか」


「はい」


「わかりました」


 返事を返すラクシェ王女に、先ほどまでの気負った様子はうかがえない。吹っ切れたかな? いい傾向だ。僕等は作戦のおさらいと、もしもの時のパターンを決めておくことで異常事態に備える。そんなことをしていると、闘技場の反対側の方で白い旗を振っている係員の姿が見えた。向こうも準備ができたらしい。


 それから数分して登場のタイミングが近づいてくると、先に相手のチームが出張ってくるのが見えた。1人は言わずと知れたミリャン殿下だ。でっぷりとした体形に合わせたような見栄え派手な金色の鎧を身にまとい、邪魔ではなかろうかと思う赤黒い長いマントをなびかせている。脇差にはマントで見え辛いが長剣くらいの剣を持っているみたいだが背丈に合ってないように見える、抜き差しできるのかね……、まぁ本人が装備して文句が出ないのなら何も言わないでおく。一応ミリャン殿下の名誉のために。


 さておき、僕はミリャン殿下の両隣にいる二人の選手に注目する。両方とも長身でがたいがよく、戦士と言っても過言ではないような風貌だ。あれで19歳未満なのか、すごいな。いや、そういうことはどうでもいい、二人の獲物は何だろうか。見える範囲で察するに、片方が両手剣の長剣で、もう片方は片手で扱える長めの剣を2本、ショートソードの二刀流かな? 他には何も持っていなさそうだが、とりあえず作戦に支障はないことだけは分かって安堵する。


「さて、僕等も向かおうか」


「はい!」


「かしこまりました」


 控えの通路を抜けて観衆の視線にさらされながら、闘技場への通路を歩き進む。僕等の登場に観衆は一瞬盛り上がったが、僕等をまじまじと見続ける観衆のざわつきが冷めていくような感じだ。


 そりゃそうか、見た目大人と子供だものな。勝敗なんて見えてるようなものだといった感じか。僕等は気にせず闘技場に上がり、ロバネさんの制止がされたところで止まる。


「なんだ、見れば見るほど小さいガキじゃないか?」


「よせ、相手は王女殿下だぞ」


「わかってるよ。だが、相手くらいは選ばせろ。俺はそっちの無表情な長剣使いのお嬢ちゃんにするぜ。少しくらい張り合いってもんがねぇとな、やるきも失せらぁ」


「わかったわかった、じゃぁ俺はちっこい子供で決まりだな。ミリャン殿下は王女殿下をお願いしますよ?」


「任せておけ! 目にもの見せて、観衆に恥をさらせてやろう」


 僕等の事はお構いなしに話すミリャン殿下のチームをよそに、僕はトヨネに一声かける。


「トヨネ、君をご指名みたいだから両手剣の人は任せるよ。無力化したら適当にあしらって模擬戦大会なんだからけがの手当て位担当の係りの人達がいるでしょ」


「仰せのままに」


「僕にもご指名があるらしい、うれしい限りだね。僕も適当に相手するよ。王女殿下はさっき確認したとおりにお願いします」


「わかりました」


 僕等は僕等で話をしていると、ミリャン殿下の付き人二人から怒気や殺気が飛んできた。過去の自分じゃこういうのわからなかったけど、今じゃなじみ深いものに感じるよ、おかげさまでね。


「おい、ガキ! 無力化したら適当にあしらえだと?」


「適当に相手するだって? 子供だからって手加減してもらえると思ったら大間違いだよ?」


「いえ、特に期待してないのでお構いなく」


「っのやろう!」


「はい! 話はそこまで、あとは試合でかたを付けてください!」


 僕等の間にすかさずロバネさんが割り込む。手慣れてるな。そしておもむろに、音声拡張の魔道具で声を上げた。


「観衆の皆様にアナウンスいたします。これは我が国の国王陛下の直筆と捺印のある書状です。読み上げますので静粛にお聞きください」


 ロバネさんの言葉に国王陛下の書状という言葉があったためか、一斉に静まり返る観衆。ロバネさんは一つ咳払いをして次のように述べた。


「オホン。模擬戦大会を楽しむ日々学び舎で学ぶ学生及び日々働く愛すべき全ての民よ。今回は大会に横槍を入れた形となり迷惑をかける。しかし、立場は違えど模擬戦大会は皆が楽しむべき催しであるのには変わりない。そこで今回は、王家より一つ催しを出そうと思う。順当であれば今頃闘技場の上で対峙している二組。どちらが勝利するか賭け事なりして、楽しんでくれればと思い係りの者を手配しておいた。ちなみに誤解のないように言っておくが二組の間にハンディキャップは存在しない。純粋な実力の勝負である事を宣言しておく。後は良しなに。以上でございます」


 ――うぉおおお! ロバネさんのアナウンスが終わって一拍後、観衆から歓声が湧き上がった。こういうのを粋な計らいっていうのかな? 普段の学生主体の模擬戦大会でも賭け事はあったみたいだが、一部でのことだったらしい。それを国王が賭けをやってもいいと大々的に言って人員まで出したのだ。観衆は盛り上がらないわけもなく賑わいを見せている。こういうの僕も好きなんだけどな。


「ロバネ殿、伺ってもいいですか?」


「はい、オルクスさん。あ、私の事はべフィーネスとファーストネームで呼んでください。質問はまだ時間がありますからいいですよ?」


「分かりました、改めてべフィーネスさん。この賭け事は僕等は参加しちゃダメなんですか? 後賭けの上限はいくらなんでしょうか?」


「あー……、確かにそれについては記載がありませんね。ですが国王陛下の書状は国立学院の生徒と労働者の国民に向けて話しているように受け取れますので、学院に在籍していない王族の方以外は賭け事することに問題ないのではないでしょうか? それと上限ですが……、普段の小さな賭け事ですと金貨100枚が上限なんですが、今回は規模が違いますので金貨千枚まで……、あ、審査室から許可する旨の旗が振られていますね。金貨千枚までを上限に今回のエキシビジョマッチの賭けを行いたいと思います。まだ集計中ですが、王女殿下チームの勝率が極端に低い数値になっているようです」


「それはおいしいですね。ラクシェ王女は賭け事に参加できないのは残念ですが、代わりに僕とトヨネが自分のチームに対して金貨千枚ずつ賭けようと思います。まぁ計算は後でするとして問題ありませんか?」


「オルクスさんは自信家なのか何なのか……、一応許可されました」


「ざけんな、ガキが! 金持ちのボンボンかしらねぇが、よっぽど自信があるみたいだな。それなら俺も自分の所属チームに金貨千枚かけてやるよ!」


「おい、ザーマ!」


「お前も金貨千枚賭けとけケリエス! こんな儲かる試合稀にしかないぞ?」


「まったく、ミリャン殿下は学生ですから対象に入ると思いますが、どうするんです?」


「もちろん、上限の金貨千枚賭けるとも。遊ぶ金もほしいからな」


 おっと、僕は素早く口元を隠す。笑っているのが堪えられていない自信がある。確かにこんな儲かることなんて稀にしかない。ここは乗っておこう。僕とトヨネは冒険者ギルドのカードを提示し、掛け金をべフィーネスさんに渡す。べフィーネスさんを見ると少し引きつった表情で僕を見ているが、特に問題を起こしているということもないだろう。その後15分ほどで賭けは締め切られ、集計がなされた。


 勝率は10対1と、10がミリャン殿下チームで、1が僕等のチームだ。ここまであからさまな数字に賭け事が成立するのかという疑問はあったが、ちゃんと成立している旨がアナウンスされている。さて、勝負の時間が刻一刻と迫ってきている。特に緊張はないが、対人戦は父上との稽古などでしか殆ど経験がない分、僕としては不安要素かな? まぁやってみたら結果が分かるだろうと、気楽に考えておく。


 べフィーネスさんが、審査室らしき場所に目をやるとまた黄色い色付きの旗が振られている。そろそろ試合開始かな?


「では、試合を始めたいと思いますので、互いに一定の距離をとってください。始まりの合図は私が取ります。互いに全力で、真摯に試合をするように心がけてください」


「やっとか、さっさとおっぱじめようぜ!」


「…………」


「チッ」


 僕等が無反応でその場を離れるのに対して、相手チームの両手剣使いは苛立ちを隠そうともしない。少し離れた距離を保ち対面に並ぶようにする。闘技場の上で準備が整いつつある様子に、観衆が今か今かと始まりの合図をかたずをのんで見守っている。


「エキシビジョンマッチ、始め!」


 べフィーネスさんの掛け声にまず動き出したのはトヨネと、両手剣の選手で名をザーマだっけな? 二人を横目に僕は、予定通り魔術を告げる。


「セレクト:アンコンケラブル・フリーシールド」


 ラクシェ王女に『アンコンケラブル・フリーシールド』不屈の自在盾を付与する。すると、ラクシェ王女の半径3セルク(3m)に光の幕が浮遊しながら出現した。これは、主に物理に強い防御魔術なのだが、かけられた本人の意志の強さに比例して強度が変わるものだ。


「なに!?」


 驚きの声を上げたのは、ミリャン殿下だ。観衆も魔術の行使にどよめいている。それにしてもミリャン殿下は、試合開始の合図の直後に、自分の身の丈に合わない長剣を何とか鞘から抜こうとして悪戦苦闘しているようだったが……。


 後僕は、ラクシェ王女に魔術を付与した後、前に出て長剣と思ったがあの長さではまだショートソードの類なのだろうかと余計なことを考えながら、二刀を構えている、名をケリエスだっけな? その人物目掛けて走り込む。僕からくること予想していたのかただ単に待っていただけなのか相手に戸惑う様子はない。


 僕は腰にしまっておいた短剣を二本取り出して接敵しながら相手に話しかける。


「ミリャン殿下のフォローはしなくてもいいんですか? 剣が抜けなくてお困りのようですけど」


「知らないな、そんなことより。そちらこそ、王女殿下のフォローはいいのかい? あの魔術があるから安心してるようだけど、ミリャン殿下が距離を縮めて……? 王女の方から近づいているのか」


 ケリエスが言う通り、距離を縮めているのはミリャン殿下ではなく、むしろ年下のラクシェ王女だ。一歩、また一歩と歩きながらミリャン殿下に近づいている。これは、作戦の内であるラクシェ王女の体力温存を目的としたものだ。それに気づいたケリエスが、僕の短剣をはじくと声を張り上げる。


「ザーマ! おい、ザ――」


「向こうはけりが既についてるみたいですね?」


「ばかなっ!? まだ数分程度しか経ってないんだぞ!?」


 見るとザーマの両手剣は中ほどから剣が折れた状態で床に転がっている。そしてザーマ本人も身体を光の輪のようなもので拘束されて身動きができないらしい。トヨネが自分の剣を闘技場の床に斜めに差し込み踏み込んでいる。剣はザーマの首をいつでも切断できる位置に固定されているようだ。トヨネの気分というか力加減一つで刃がつぶれている剣であっても切断されるだろう。観衆の目前で首チョンパでもする気か? いや、脅しだろうけど。トヨネって無表情だからされてる方はかなり怖い思いをしてるんじゃないだろうか。ザーマは、徐々に迫る刃のつぶれた剣に目を見開きながらあらん限りの声で叫んでいる。それでも降参しないのはさすがと言っておこう。次第に声が途絶えた。気絶でもしたかな?


「まさか、ザーマがあしらわれてるなんて……」


「でも、降参しないのはさすがですね」


 僕等は短剣と剣でいなし、捌きながら互いに会話を進めていると、ケリエスが思い詰めたような表情で告げる。


「戦いたくなくたって、棄権したくてもできないのさ」


「ミリャン殿下に何かされてるんですか?」


 僕の推察した言葉が皮切りになったのか、ケリエスは独白し始めた。それでも僕の短剣を丁寧に捌いているってことは、僕の実力はお察しということなのだろう。なんだかむなしい。


 ケリエスの話によると、学院にはいくつかの派閥があり、それぞれの派閥にはそれぞれに制約があるらしい。とりあえず、他は今のところ関係ないので端折るとして、ミリャン殿下の派閥では、殿下の機嫌を損ねたり、派閥を抜けたりすると、大した理由もなく王族の怒りを買ったとして処罰対処になるそうだ。


 処罰対象に課せられる罰は学院生活を著しく居心地の悪いものにしたり、濡れ衣を着せられたり、いじめの対象にされたりと様々だが、何と言っても一番の刑罰が下着姿で大衆の面前にさらされることだろうとケリエスは告げた。そんなことされようものなら、一族の恥と言われて自分の家でさえ肩身が狭くなり、最悪絶縁を言い渡される。そんなことにはなりたくないと、ミリャン殿下の派閥に属する者は否応なく従わざる得ないのだという。


 どこの世界にも、こういう手合いの者はいるのだなと僕は思う。それが民の手本になるべき王族であるなら、なおさらその罪は計り知れないと思う。どうしてくれようか、と思いつつもやはりこれをさばけるのは王族の中でも一番偉く、一番権力があり、一番影響力のある国王陛下以外にはいないだろうとも考える。とりあえず、ケリエスには先に伝えておくか。


 僕は、この大会に出てきた目的の一つを終えるために口を開いた。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る