第30話

 ――何だ、いったいこの女は!


 俺の剣が打ち合わされることなく通じないどころか、かわされ続けてかすりもしない。素振りしてるわけじゃないんだぞ、ふざけんなっ! 俺は剣術や体術の成績は学院でもトップクラスなんだぞ。冒険者登録の時には先輩達に期待を多いにされて、時間のある時にクエストをこなして冒険者ランクも徐々に一般ランク以上まで上がってきた。ランクの低い魔物相手ならいくら来ようと我が物顔で片手間でも倒せるのに! 何故俺の剣は、この女にかすりもしない!? 戦闘が始まってからものの数分だというのに、俺の腕は鉛でもつけているかのように鈍く、ひどくとろく感じる。ばかな、俺の連続運動時間の限界は、もっと、もっと長いはず――!! ぐほっ!


 俺が剣を振りぬいたその脇を抜けて蹴りを放ってきやがった! 鉄鎧ではなく革製の鎧であったとしても、そんなか細い脚の蹴りでどうしてそんなくそ重い打撃が――!! 今度は背中を回し蹴りされたようだ。てか、なんで長剣持ってんのに切りかかってこねぇ!! 意味わかんねぇぞ、なめてんのかゴラァ! ――!! ――!!


 腕に一撃を入れた後、着地してからの顎から蹴り上げ、げはっ、と吐いた唾に血が混ざってやがる。口の中を切ったか? ――!! 今度はみぞおちに膝蹴り! ――今度はやっと女が剣を使ったと思えば。剣を、くそっくそっくそっぉおお、俺の剣が真っ二つに折られるだと!?


――!! なんだ? 今度は何をされたかもわからないまま、俺はどうして空を見上げて……。しかも何でか知らねぇが身動きがとれねぇ。


 ザクッ!


 俺の耳元で何かが地面に刺さる音が聞こえた。かろうじて回る首を向けると、斜めに闘技場の床に刺さった長剣が見えた。これは女の使っていた剣だ。丁度俺の首の上に傾いている。いや、ちょっと待て! 女、お前何やって――!!


 女が斜めに突き刺した剣を俺に向けて踏み倒そうとしている。そんなことしたら!! 俺はあらん限りもがくがやはりどう足掻いても身動きできない。代わりに声は出せたことに気づいて、あらん限り吠えた! 吠えて力の限り暴れる。そんな俺に、女は無表情な顔で剣を足蹴にゆっくり重心をかけ始めた。


 自分でも何を叫んでいたのかは覚えていないし、どんな行動をしたのか記憶にない。女の剣が俺の首に触れた感触を得るともう何も考えることはできなかった。そこから後の記憶は俺にはない。そこで俺の生涯はおわっ――てなかったのだが、後でケリエスに聞いたら、だみ声を上げながら気絶してたそうだ。どうなってんだよ!




 ♦



「ケリエスさんだっけ。一応、国王陛下にミリャン殿下についている部下に対してどうするか聞いておきましたよ」


「何?」


「っと、で、処遇についてですよ。処分については御咎めなしだそうですよ。ミリャン殿下はお城で軟禁、よって通学は不可能となります。ついで学院の派閥は解体となるでしょう。よかったですねって、聞いてます?」


「はっ、あ、いや。っと! そんな大事な説明をしながら隙をついてくるなんて油断もあったもんじゃないな君は。で、それは本当なのか? 保証できる物が無いとっ、その話は信用できないっ! こちらは、いろいろなものを背負って学院にいるんだ。後で嘘でしたっ! などと騙されてしまえば、お家断絶必至だからなっ!」


「ほいっと、おっしゃることはごもっとも。で、証拠は、ほらあれです。今から始まりますよ」


「……なんだ、と」


 僕の視線に警戒しながらも誘導されてケリエスが見たものは、未だ長剣を引き抜こうとしてもがいているミリャン殿下の前にたどり着いた、ラクシェ王女の姿であった。ミリャン殿下も、漸くその存在に気づくと尻もちをついて後ずさる。だが、そこはすでにラクシェ王女の攻撃の間合いだ。ラクシェ王女は持っていた長い柄の棍棒を振り上げてミリャン殿下目掛けて振り下ろす。


「このエキシビジョンマッチで、こちらが勝てば先ほどの言葉が承認されミリャン殿下の処分が遂行されます」


「なるほど……、しかし、よくそんな条件でこの大会に参加したものだ」


「誰が出たとしても、勝利を収める自信がありましたからね」


僕らの会話をよそに、ミリャン殿下は攻撃を両腕でガードしているのだが、そんなことはお構いなしと、振り上げて振り降ろす動作をひたすら続ける王女に、いつしか僕とケリエスの攻防も止まっていた。


「……す…て……す」


「くは、痛い、痛い! やめろラクシェ! お前それでも義妹か? っ、だから痛いと――」


「ふ……て、ふ………す」


 長い柄の棍棒による攻撃により、ミリャン殿下はガードするだけで身動きできない状態のようだ。それにしても、さっきからラクシェ王女がぶつぶつつぶやいている言葉はいったい何だろうか。僕は一応ケリエスを警戒しながら耳を澄ましてみると、聞こえてきたのは。


「振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて……」


 こわっ! 一種のトリップ状態に近いのではないだろうか。非常に怖い。早く決着がつくことを切に願う。


「ケリエスさんが降参してくれると、僕としては非常に助かるんですけど、どうします?」


「君の言葉が全て真実なら僕は棄権するよ。だけど念のためにミリャン殿下が降参するまでは静観することにするよ」


「では、もうしばらく僕の訓練に付き合ってください。あの様子だともうじきミリャン殿下が音を上げると思うので」


「仕方ない分かった。しばらく君に付き合うとしよう」


 そういって、再び僕とケリエスの戦闘は再開された。



 ♦♦♦



「振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす、振り上げて、振り下ろす」


 私はその動作に集中することしか頭になかった。オルクスさんが言ったスライム目掛けて私専用に用意してくれたこの棍棒を振り下ろす。そんな最中私に声がかかった。


「ラクシェ王女、それではいけません」


 私はその声に振り向くと、トヨネさんがすぐ後ろに佇んでいました。相手の選手はどうしたのでしょう? 私はそんな疑問を抱いていると。


「動きが止まっていますよ、さぁ再開しながらお聞きください」


 私に攻撃再開を促すトヨネさん、思わず”はい、先生“と言ってしまいそうだった。スライムに攻撃を再開した私に、トヨネさんは言います。


「振り下ろしはましになっていますが、攻撃にバリエーションがありません。相手のガードのスキを突く、鋭い突きを行いなさい。引いて突く。さぁつ!」


 確かに相手のガード上からしか攻撃できていない現状、有効打は入っていないと思っていました。ならば、トヨネさんがおっしゃるように、相手のガードの隙を突けばいい。私は長い柄の握りを確かめ、教わった通りに動いてみます。


「引いて、突く、引いて、突く、引いて、突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く、引いて突く」


「そうです、固い防具の関節や無防備な顔面、恐れず突きなさい!」


「いだっ、痛いぃ。くそ何なんだ! ぎゃぁ鼻が! やめろと言っているだろう!」


 スライムが何か言っているが私は集中しているのであまり聞こえない。聞こえるのは、トヨネさんの声と棍棒がスライムに当たる音くらいだ。


「そのペースです。動きを最小限にすることで、体力の少ない王女でもこれだけ継続できるのです。今度は振り上げて、振り下ろす、次に引いて突く。この動作を交互に行いましょう」


「はい!」


 私はただ無我夢中で、トヨネさんの言葉に従って動く。


「貴女が攻撃する度に、あなたが求めていることに近づくのです。相手が音を上げるまで続けなさい。そして勝利をつかみ取るのです」


「はい、先生!」


 私は無意識にトヨネさんを先生と呼んでいた。背後にいるのでわからないが、その目で私を温かく見守ってくれるトヨネさん。私を勇気づけ、後押ししてくれているように感じる。


「痛い痛い、鎧の上からでも痛いぞ。やめろっ! やめてくれ! ひぐっ、ひゃぁっ、ぶひっ!」


「ミリャン殿下、降参なさいますか?」


 私が気づかない間に近づいていたべフィーネスさん。スライムに話しかけている。だけど私は、その間も攻撃しようとしたが、制止されてしまった。


「すりゅ! 降参でも何でもすりゅかりゃ、攻撃を止めさせてくりぇ! 痛はいっ! な、血が出ておりゅ!! い、いひゃ、医者をって! 痛い、叩かれたところがジンジンすりゅ!」


「ラクシェ王女、よく頑張りました。貴女は言葉通り勝利を自分の手で得たのです。誇りなさいまし。これは、今後の貴女の糧になるものですから」


「はい、先生!」


 私を励まし、エールを送ってくれたトヨネさん。私は思わずトヨネさんに抱き着いて泣いていました。傍で何かわめいているスライムがいましたが今の私には、関係ありません。今この時を大切にしたいのですもの。



「どうやら、終わったようですね」


「そのようだな」


 オルクスさんと、もう一人対戦相手の方がこちらに向かわれてきます。私はトヨネさんに抱き着いたままだったのが少し恥ずかしくなって、いそいそと離れ身なりを整えオルクスさんを迎えます。オルクスさんはにこやかに笑いながら、やったね! と言ってくれました。私はうれしくなって、オルクスさんにも抱き着いていました。後で考えるとすごく恥ずかしくなって悶えてしまいそうです。ですが、無事目標を達成できたこの喜びは、かけがえのないものとなり、私の中に残りました。こうして私達の戦いは幕を閉じたのです。




 ♦



「ふう~、疲れた」

 僕等は出番を終えて未だ盛り上がっている模擬戦大会を後にする。大会は続いているようだけど、僕等にもう用はないからね。途中でラクシェ王女殿下と別れてその足で宿舎に帰ってみると、半日の休暇が出ていると連絡をもらってい、現在自室のベッドにダイブした直後だ。


 部屋にはトヨネだけがいるので、僕は適当にベッドを転がり一人ごちる。


「今日はもう食事以外で部屋から出ないと思うから、トヨネもゆっくり休んでいいよ。用事があれば念話で呼ぶから」


「そういわれましても、私も特にすることはないのですが……」


「ん~……、じゃぁ適当に座って話し相手にでもなってよ」


「かしこまりました」


 僕はトヨネに椅子に座るように促し、対して僕はベッドに仰向けになり天井を見ながら話をする。


「何事もなく目的を達成できてよかったよ。僕の魔術で、ばれないようにラクシェ王女の体力消耗を抑えた後は、ミリャン殿下がてこずってた剣をさらに抜けないようにシャドー・バインドでいじって、もう後はラクシェ王女の体力が続く限りタコ殴りにさせる。何もかもうまくいって良かった」


「さようですね。付き添いの相手も大した戦闘能力がなかったことも運が良かったように思います」


「あ~、確かにね。トヨネの方は数分というか、見たらすでに勝負がついてたのは分かってたけど、僕の方は物理だけで魔術を使わずに近接戦闘をしたら軽くあしらわれたよ。最悪、魔術を使うか、トヨネに加勢してもらおうかと思ったけど、あの観衆の前で目立つ魔術は使いたくなかったし、トヨネに加勢してもらうのも僕の立つ瀬がなかったろうし。相手が話の分かる人でよかった。良い訓練になったし僕的にはプラスだったと思うよ」


「ラクシェ王女も支援があったとはいえ、よく頑張られていたかと」


「そうだね、途中なんだかトリップしてたみたいな様子だったけど、トヨネの指示に従ってたから問題なかったんだろうね。トヨネは良い先生になれたんじゃないかい?」


「ラクシェ王女が純粋な方だったからであって、他の方ではそううまく事は運ばなかったかもしれません。ところで、国王陛下からの書状には何とあったのですか?」


 僕はトヨネの言った国王陛下からの書状をインベントリから出して眺める。宿舎に帰って来た時に渡されたものだ。


「ん、あ~。予定通りことを収めてくれた事に対するお礼の言葉と、望みを考えて回答する気になったら連絡をよこせだって。あと、くれぐれもラクシェ王女に余計な助言をするなだってさ。僕はそんなことした記憶がないんだけどなぁ」


「ふふ、そうですね。それで、望みは考えておいでなのですか?」


「それも、ん~特にないんだよねぇ。今のところ急を要する案件って、僕は抱えてないからさ。問題と言えるものを抱えてるのは祖国であって、僕じゃどうこうしようもないことだってことさ。戦争が起こるなら、軍務部が忙しくなるな、くらいにしか思わないよ」


 他人事のように聞こえるかもしれないが僕の本心だ。けれど、次にトヨネが述べた疑問に僕は少し驚く。


「戦争に参加させられるようなことは想定されないのですか?」


「あるわけない、とも言い切れないのか? その回避に望みを使おうかな? でももったいない気がするし。というか、トヨネは戦争になった場合――」


「我が主であるオルクス様の下におります。他の従者もそのように考えるでしょう」


「そう、……ありがとう。僕も一人じゃ心許ないからね。誰かがついてきてくれないと動きようがないと思うよ。だけど、その予想は少し早計かな。あの国王がどれだけ本気か、その度合いでこの国の軍は動くだろう。そして僕の祖国は、それに付き合わされるというか、後ろから剣でも突き付けられたような状態で動かざる得ないのかもしれないね。まっ、僕のこの考えも早計だと笑い話で済めばいいのだけど」


 一抹の不安、頭によぎる戦争への参加。安心材料で言えば僕の年齢と、実家にいる父上が戦争に出れる状態ではないということくらいか。領地を広げるが為、資源を求めるが為、国力を強化するが為、人権的問題の為。そんなことが国同士の戦争の引き金となることは僕でもわかる。けれど、戦争が良い結果を生み出すことなんてありえない。もし、僕が戦争に参加させられるとしたら、僕はどうすればいいのだろうか。そんなことを考えながら、半日の休暇をのんびりと過ごす。明日、僕のする仕事がたまってなければいいなぁ。







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