第31話 閑話

 今年もいよいよ、俺達の待ちに待った模擬戦大会が開催された。俺の名はカガヴィ、学年は4年で剣術科を専攻している学生だ。そして今日は、俺達が待ちに待った学生達の晴れ舞台である模擬戦大会の当日でもある。今は同じ剣術科を専攻している同級生ととってある席で並んで観戦しているところだ。


 大会は順調に進み、俺達の同級生の代表選手がトーナメント式でぶつかり互いの技術を競い合っている。大会は、生徒だけでなく一般人でも18歳までなら予選を勝ち進めば参加もできるし、観戦もチケットが取れれば誰でも観衆の中で試合を見ることができる。


 自由度の高い大会であると共に、勝ち進めば軍からのスカウトや冒険者からのスカウトがある為、名誉も得ることができる。残念ながら賞金は出ないが、賭博が解禁されているためうまく予想できた奴は懐があったまるって寸法だ。今も、掛け声を上げて賭けで盛り上がる観客に賭け金を受け取っているのを見かけた。


 この国ではこういう大会が開かれる度、街を上げてのお祭り騒ぎ状態でみんなの興奮が伝染したかのように賑わうのだ。俺もその一人だが、同級生や憧れの先輩が闘技場で戦うのを見て興奮と技術の参考に胸を躍らせながらも目を光らせる。勝敗は時の運とはよく言ったもので、勝敗が決まる際に項垂れたり盛り上がったりする観衆は、その場の雰囲気に左右される。


 そして、今大会の中盤、小休止を行うアナウンスが流されたときにそれは起こった。


「これより、一旦トーナメントを中断して、30分の小休止を挟みます。また、今回休憩中のエキシビジョンマッチといたしまして、ミリャン殿下の率いるチームとラクシェ王女殿下率いるチームの3対3の対戦を予定しております。大会初めてとなる試みとなる催しである為、特別ルールとしてミリャン殿下または、ラクシェ王女殿下が降参を告げるか、チーム全員の降参または戦闘不能で勝敗を決めることになっております」


「ミリャン殿下は知ってるけど、ラクシェ王女殿下ってだれよ?」


「お前、それは国民として知っておけよ。王族の一人だろ! でも確かまだ10歳にもなってないって思ってたんだが」


 同級生に突っ込まれてしまったが、そうか王族って他にもいるんだもんな。抜けている俺の頭の中で、王女について想像を膨らませたが同級生の女子たちのイメージでしか出てこなかった。お淑やかとか、可憐な印象が言葉には出てもなぜかイメージできないのは俺のせいではないと思いたい。


 すると、続いて次のようなアナウンスが流れた。


「皆様、落ち着いていただくようにお願いします。先ほども申しましたが、今までの大会では初めての試みでございます。選手達が闘技場へ登場するまであと5分少々ございます。お手洗いや飲食物の購入など早めにお済ませいただくようにお願いいたします」


「ゲッ、時間あんまりねぇじゃん!」


 隣にいる同級生が俺に持っていた荷物の見張りを頼んで通路に猛ダッシュしていった。俺はトイレも買い出しも先に済ませていたので、買い置きしていた肉の詰め物を頬張りながら、アナウンスをしている係りの女性を見る。俺は適当に同級生が間に合うのか試合が始まるのが先か考えていた。


 その数分後、西側の出入り口から3人の人物が現れた。

 一人は、でっぷりとした体型を覆うように着こなしている金色の悪趣味な鎧に赤黒い身の丈よりも大きい寸法のマントを引きずりながら、これまた身の丈に合ってない長剣を腰に携えている、ある意味一番の有名人この国の王族が一人ミリャン殿下だ。


 そしてその両隣を歩いているのは、これまた有名な二人で、片方が

長身で皮鎧と両手用の長剣を背中に携えた、これぞ戦士という出で立ちの選手名をザーマ先輩だ。それともう一人の有名人、身長は平均的だが二枚目で性格が良いとされるショートソードの二刀流の使い手、胸当て以外に邪魔な装備はないのが特徴と言えば特徴的な選手で名をケリエス先輩。二人とも既に軍や冒険者の多くからスカウトが来ていると聞いている。


 そんな二人を付き添いに、対戦できる相手ってどんな奴らだろ? 俺のそんな疑問をよそに闘技場に今入ってきた3人の反対側、東側の出入り口から出てきたのは……、は?


 いやいや、ちょっと待ってくれ。あれが対戦相手なのか? 俺の反応が正しかったからか、さっきまで先に入ってきた3人に対する反応よりも、静まりつつある観衆。気持ちはわかる、俺も何かの手違いだろうと思うし、進行役もすぐに対応するだろうと考えていたが、一向に東側から入ってきた3人を止めようとはせず、闘技場の中央手前で制止させて何か話している。


 ほんとにあんな小さい子供が選手なのか? でも、たしかに学院生徒以外が着用を義務付けられている既定の闘技用兵装服を着ているし、武装もしっかりしている。困惑する観衆、混乱する俺、帰ってこない同級生、カオスだ! そう思っていると進行役の女性が音声拡張の魔道具を口元に持っていき、それと懐から用紙らしきものを取り出すのが見えた。


「観衆の皆様にアナウンスいたします。これは我が国の国王陛下の直筆と捺印のある書状です。読み上げますので静粛にお聞きください」


 国王陛下からの書状!? そのアナウンスに周囲のざわめきは瞬く間に小さくなりことの成り行きを見守ろうと時間が止まったかの如く静まり返った。


「オホン。模擬戦大会を楽しむ日々学び舎で学ぶ学生及び日々働く愛すべき全ての民よ。今回は大会に横槍を入れた形となり迷惑をかける。しかし、立場は違えど模擬戦大会は皆が楽しむべき催しであるのには変わりない。そこで今回は、王家より一つ催しを出そうと思う。順当であれば今頃闘技場の上で対峙している二組。どちらが勝利するか賭け事なりして、楽しんでくれればと思い係りの者を手配しておいた。ちなみに誤解のないように言っておくが二組の間にハンディキャップは存在しない。純粋な実力の勝負である事を宣言しておく。後は良しなに。以上でございます」


  ――うぉおおお!


 うおお、びっくりした! 静まり返っていた観衆が一拍置いて津波が来たのかと思うような怒涛の如く雄たけびを上げた。その観衆の声は観客席全体を覆い揺らし、俺の座ってる席に置いている飲み物が波打ってる。


だがしかし、よく考えてもみろ。賭けをしてくれって言われても、勝負は見えてるようなもんじゃないか? 皆ミリャン殿下の方に賭けるだろう。……見えてるようなもの? そうか! 国王陛下は少しでも俺たち民衆の懐に金を恵んでくださるというお考えなのではないか?


 そうと分かれば、俺もミリャン殿下のチームに賭け金を入れよう。そう思い、席を立とうとしたとき、進行役の音声拡張の魔道具が闘技場内の声を拾ったようだ。声は小さいが内容がわかる程度には聞こえてきた。


「…………この賭け事は僕等は参加しちゃダメなんですか? 後賭けの上限はいくらなんでしょうか?」


「あー……、確かにそれについては記載がありませんね。………………学院に在籍していない王族の方以外は賭け事することに問題ないのではないでしょうか? それと上限ですが……、普段の小さな賭け事ですと金貨100枚が上限なんですが、今回は……………ので金貨千枚まで……、あ、審査室から許可する旨の旗が振られていますね。金貨千枚までを上限に今回のエキシビジョマッチの賭けを行いたいと思います。まだ集計中ですが、王女殿下チームの勝率が極端に低い数値になっているようです」


 闘技場の上にいる進行役は、音声拡張の魔道具が音を拾っているのには気づいていないようだ。


「それは……ですね。ラクシェ王女は賭け事に参加できない…………、代わりに僕と……自分のチームに対して金貨千枚ずつ賭けようと思います。まぁ計算は後でするとして問題ありませんか?」


「…………自信家なのか何なのか……、一応許可されました」


「ざけんなガキが! 金持ちのボンボンかしらねぇが、よっぽど自信があるみたいだな。それなら俺も自分の所属チームに金貨千枚かけてやるよ!」


「…………!」


 と、途中聞き取れない部分もあるが、東側から来たチームの子供に見えるというか、子供だろどう見ても。とにかく、そいつは自分の所属チームに金貨千枚突っ込むらしい。これは、やらせか? あるいは……、これも国王陛下の…………。


「乗るしかねぇ! ここで乗らなきゃ男じゃねぇ!」


 俺は、冒険者ギルドのカードに入れてある残金を確認し、賭博の担当者に全額賭けに入れる旨を叫ぶ。もちろん選んだのはミリャン殿下率いるチームにだ! これで、ほしかった武具や道具が買える! 俺はこの強運に自分自身を褒め称えた。と、そこに同級生が自分の席に戻ってきて声をかけてくる。


「おう、なんだあれ。途中から通路でも聞こえてたんだけどよ」


「おうおう! いいタイミングで帰って来たなお前。これで勝ち馬に乗って懐膨らませりゃほしいもんが買えるぜ! お前も賭けに乗っておけよ。今ならまだ間に合うぞ!」


「マジかよ、でも俺昨日ほしいもんかって、ギルドのカードに入ってる残金も雀の涙なんだぜ? てか、こんなやらせみたいな試合で儲けなんて出るのかね」


「何言ってんだよ! 国王陛下が俺達民の事を思って組んでくださった賭け試合なんだぞ? かけなきゃ損だろ! お前もさっさと賭けてこいよ!」


 同級生は俺の興奮した声で耳が痛いのか、方耳を抑え、分かった分かったと言いながら賭博の担当者のところに行って賭け金を納めてきたようだ。


「おう、行ってきたぜ」


「お帰り。ミリャン殿下に賭けて小金持ちになろうぜ!」


「いや、俺はあっちの東から出て来たチームに賭けてみたよ。有り金も少なかったし試しにな」


 はぁ? 何言ってんだこいつ。せっかく勝ち馬に乗れるチャンスだっていうのに、それを棒に振るなんて。俺は、呆れた声で言ってやった。


「お前、ほんと馬っ鹿だなぁ! だから試合でも勝てねぇんだよ!」


 それから数分闘技場の試合が始まるまで、俺は同級生の事をひたすら馬鹿にした。後で思うと何であんな罵声ともとれることを平気で言ったのだろうと後悔する。俺はそのときどうかしていたんだと。同級生は、苦笑いしながら買ってきた飲み物を飲んでいた。


「エキシビジョンマッチ、始め!」


 漸く試合開始の合図が上がった。その後の出来事を俺は一生忘れないだろう。ただ、俺の事を同級生は一言も馬鹿にせず、俺の肩を叩いて慰めてくれた。そういうこともあるさ、と後で儲けた金でおごってくれるんだと。俺はこの時、その同級生の事を一生の親友だと思った。

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