第28話

 王女殿下と共に通されたのはコロッセオのような円形に建てられた建築物の中の一室。観戦用の窓からは内側に4つある丸形の闘技場が見える。あそこで戦うのか、と僕は周囲を囲う客席を埋め尽くす人の波を見る。これって生徒だけじゃなく、一般の観戦客もまじってるよね? どう見ても数万単位の人混みが大会の開催を今か今かと待ちわびているようだ。ちなみに、僕等の出番はいつぐらいになるのだろうか。王女が知っていればいいなと思いつつ聞いてみる。


「僕等の出番はいつ頃なんですか?」


「模擬戦大会の中盤で休憩時間が設けられています。その間にエキシビジョンマッチとして行われる予定ですわ」


 僕の質問に特に気負いすることなく答えてくれたラクシェ王女。なんというか吹っ切れたような表情をしている。そんな僕等のいる部屋にノックもなく入り込んできた人物達がいた。


「おお、来ていたか。逃げ出すのではないかと心配していたぞ?」


異母兄様にいさま、ノックもなしに失礼ではないですか。それに私は逃げも隠れも致しません。私には心強い味方が付いてくださっていますもの」


「強い味方だ?」


 名乗りもしない威勢のいい男子、恐らく話している内容やラクシェ王女が異母兄様にいさまと呼んでいるのだから、これが、いやこの方がミリャン殿下なのだろう。どこかの祖国にいる第二王子と見比べて安堵している僕は、挨拶した方がいいだろうか、とどうでもいいことを考える。まぁ、必要があればラクシェ王女殿下が紹介してくれるだろうと成り行きを見守っていると、部屋を見まわしたミリャン殿下が僕とトヨネを見て一瞬黙ったかと思うと、ふつふつと笑い声大きくしていき堪え切れないとばかりに罵ってきた。


「なんだ、その闘技用兵装服を着ているということは、そこのちっこいガキと無表情の女がお前の手駒か!? はっ、笑わせるのもたいがいにしろよ。サヴィレ家のガキはどうした? 最初で最後の友人にも逃げられたか? 見捨てられるとは情けない奴だ。友人や知人の学生、または知り合いや傭兵で18歳までの者しか出場資格はないという決まりに、こんなどこの馬の骨ともわからぬ凸凹コンビを出場させるとは、勝負はとうに捨てていたということか。様子を見に来てとんだ時間の無駄を食ったわ」


 あー、確かそういうルールだった。学生じゃなくても問題ないところが、この模擬戦大会の醍醐味でもある。ではあるが、まぁ確かに初対面ではあるが凸凹コンビだと? 凸はトヨネで、凹が僕か、言いたいように言うなこの太っちょな殿下は。


 僕がラクシェ王女に向けて視線を送る、僕とトヨネを紹介するようにと。意図を組んでくれた王女は、視線を異母兄に戻すと宣言する。


「ここにいる二人と私が異母兄様にいさまのお相手をいたします。こちらがオルクスさんと、その隣がトヨネさんです。お見知りおきくださいまし」


「はっ? 何言ってんだお前は。試合に参加するのは――」


「ここに国王陛下から預かってまいりました書状がございます。今回の件についてルールを一部変更して、王族である私と異母兄様にいさまの模擬戦への参加が強制的に義務付けられております」


「な、なんだと!?」


 ミリャン殿下はラクシェ王女が取り出した書状をひったくるように奪い目を通すと、王女の言葉が真実であるとわかり、ぐぬぬぬぬと呻いている。とりあえず、書状を破られてはたまらんのでさっさと返してもらおう。


「国王陛下からの書状ですので進行役であるべフィーネス・ロバネ殿に渡さなくてはなりません。書状は破らずご返却ください」


「何!? 愚民が誰に口をきいておる!」


 ミリャン殿下が僕に腕を振り上げる。なんだそのテレフォンパンチは。僕はミリャン殿下の右ストレートをかわして、注意を払いつつ左手に持っている書状をかすめ取る。よし破けてないな。それをラクシェ王女に返すと元の一に戻った。


「この盗人風情が!」


 僕が気にしてる見た目の事を言いながら再びミリャン殿下が、今から殴りますよパンチで殴りかかってくると、その時。


「闘技場以外での私闘は禁じられております!」


 その場に糸をピンと張ったような緊張感が広がった。その声の主は部屋のドアをいつ開いたのか、そこに立って片腕を組み眼鏡のずれを直しながらこちらを睨んでいる。睨まれているのは主にミリャン殿下達の方なわけだが、とばっちりを受けるのはよろしくない。僕はばれないようにラクシェ王女に彼女が誰かを尋ねると、彼女が今回の模擬戦大会の進行役であるべフィーネス・ロバネ殿であるらしい。これ幸いと、僕はラクシェ王女に書状の譲渡を促し、ミリャン殿下の動きに警戒する。


「国王陛下より書状を2通預かってまいりました。内容の確認をお願いします」


「分かりました、謹んで拝見いたします」


 恭しく手紙を受け取ったロバネ殿は、内容に目を通すと確認するように告げてきた。


「今回、模擬戦に参加されるのはラクシェ王女殿下側は、ご本人とそちらの少年と少女でしょうか?」


「ええ、後ほど登録名簿に記載いたします」


「よろしくお願いします。非公式とはいえ観衆の目もありますので、模擬戦には全力で挑むようにお願いします。ミリャン殿下の方で他の出場者の方はこちらにいらっしゃいませんか?」


「俺はこんな話聞いてないぞ。王族が責任を取って闘技場で戦えだと? ふざけたことをぬかすんじゃない。俺は認めんぞ!」


 ぷりぷりと怒り出したミリャン殿下は、書状の存在を認めないという。だが、ロバネ殿は淡々と切り返す。


「国王陛下の書状には捺印も入っております。これは国王陛下が正式にお認めになったルール。守れないとおっしゃるのであれば、模擬戦の棄権とみなしますがよろしいでしょうか、殿下?」


「な、なにぃ!?」


 あー、そうだよ。そうしてくれるとすごい楽なんだけど、棄権してくれないかなぁこの俺様君。なんか殿下って呼ぶのが祖国の誰かと被ってめんどくさくなって来たし。


「棄権などするか! 父上は俺に味方してくれていたのではないのか!? なんで今になってこんな書状を出してきたのだ!」


「国王陛下は最初から貴方様の味方なんてしていませんよ。王女殿下の我儘に対して意見が合っただけです。それも、すでに和解して今は処罰もなくなりましたし、立場が危ういのはむしろミリャン殿下だと思うのですが――」


「う、うるさい! だからさっきから誰なんだよお前は! 私に楯突いてただで済むと思っているのか?」


 さっきラクシェ王女が紹介したじゃないか。何も耳に入ってないのかこのぽっちゃりは!


「先ほどラクシェ王女の紹介にあずかりました、オルクスと言います。殿下、僭越ながら、僕は国王陛下から直接のご依頼で今回の件に介入しているだけですから、ミリャン殿下がどう思おうと、僕に何かしらしようと考えるのは無駄だと思います。加えて、ミリャン殿下ご自身が潔く棄権してくださるなら僕としてはとても手間が省けて助かるのですが、……お勧めしますよ? 潔い棄権。もしかしたら、それで国王陛下がないとは思いますがお目こぼしをなさるかもしれません。本当に、潔い棄権をお勧めします」


「この盗人ふ――」


「あー、僕はこう見えて、ちゃんとした社会人ですよ。給料はまだもらってませんけど働いてます。誤解のないように言っておきますね。税金でのうのうと暮らしてらっしゃる殿下にはわからない苦労をこれでもかというほど経験してます」


「…………」


 ミリャン殿下が顔を真っ赤にして口をパクパクさせてる、金魚かな? 見てて面白くもない。


「オルクスさん、一旦その辺で……」


 もっと言ってやろうかと思ったところで、ラクシェ王女が少し困った顔をしながら僕を制止した。これからだったのに、何がとは言わないけど。


「オルクスさんとトヨネさんにこちらの登録名簿に記載をお願いします。もう、ここにべフィーネスさんがいらっしゃるんですから、提出してしまいましょう」


「え、ああ。手間をかけずにその方がいいですね」


 僕は渡され名簿欄に名前を書いてトヨネに渡す。トヨネも名前を書いてラクシェ王女に手渡した。


「では、私側の名簿用紙です、確かめてください」


「……、はい確かに。ミリャン殿下も後ほど別の委員の者にでも構わないので早めに提出をお願いします。それでは私はこれで」


 ロバネ殿はお辞儀をして退室していった。


異母兄様にいさまものんびりしている暇はないのではないですか?」


「くっ! 後で吠え面をかかせてやる。今に見ていろ!」


 ミリャン殿下は真っ赤な顔で部屋のドアを乱暴に開けて出ていった。ふー、静かになったな。どういうわけか、三下台詞っていうのは、聞いてもあまり耳に残ろないのが不思議だな。


「オルクスさん、ちょっと言いすぎだったかもしれませんわ。私とてもドキドキしてしまいましたもの」


「あー、何と言いますか、申し訳ない。少しばかり調子になってしまいました」


「ふふ、周りに気を遣う必要のある者がいないときは、いつも通りの話し方で結構ですわ。さすがに、人目が厳しい場所では問題がありますけど、砕けた話し方をしているオルクスさんの方が、その……、いつもらしいというか……」


「友人ぽい?」


「……はい。あの、……いけませんか?」


「いや、光栄だね」


 僕等は一時互いにいい笑顔で笑い合った。




 ♦




「おっと! ここでダムジン選手ダウンです。起き上がる気配なし、よって勝者ダンバート選手の勝利です! 勝利者に拍手を!」


 勝利しガッツポーズをとって雄たけびを上げている選手と、担架に乗せられて退場していく選手を見て僕は思ったことを口にする。


「学年別でトーナメント形式か、基本体格差と武器の相性。ほかには魔術の系統でも相性があるくらいで殆ど格差を生まない大会内容なんだね」


「毎年開かれている催し物ですから、問題があると判断されればそれごとに修正を加えていくそうです。勝負の前に各自持ち物検査や、薬物の使用を魔術や魔道具で調査されるのです。不正は必ずしもとは言いませんが、出来る限り万全の状態で対策しています。参加選手達は格差のない公平な戦闘が実現するのでこの大会も人気の催しです。不正を働いたものはその段階によりますが、処罰が課せられることになっていますし、参加される方はみな真剣に勝負に挑まれますね」


「仕方のない格差があるとすれば、その不正によるものか、もしくは純粋に種族としての能力値かな」


「そうですね。さすがに種族に関してはそこまでは厳格に規制を敷くわけにもいきませんので。ですが、それさえ跳ね除けてしまう強者もいますので、大会は盛り上がりますわ」


「そのようだね」


 僕の適当なコメントに付き合ってくれるラクシェ王女は、試合が始まる度にくりっとした目を見開き驚いたり、痛がったりして一喜一憂している。感情移入しやすいタイプなのかもしれないな。


「それはそうと、大会の司会進行をやってるロバネ殿はずっと音声拡張する魔道具片手に大会を進めてるけど疲れないのかな?」


「彼女も特殊な職業を兼ねている方ですから、進行を休みなく進められる体力はあるのでしょうね」


 そんなもんかね。僕は何気なく闘技場の状態や選手の準備などを注視しているロバネさんに視線を送る。すると、彼女は何かに気づいたように僕の方に振り返って軽く手を振ってくれたようだ。視線に気づいたってことか? 彼女の特殊な職業っていったいなんだろうね? 僕はとりあえず、曖昧な笑みを向けて返すにとどめた。



 ♦



 早いもので、トーナメントが進んでいき、ついに大会プログラムの休憩時間となった。僕とトヨネは準備万端、王女はまた表情が硬くなってきたように思う。これはフォローが必要だろうか。


「ラクシェ王女、観戦中に話をしておいた通り僕とトヨネはミリャン殿下以外の二人を足止めします。必要最低限ラクシェ王女の援護はしますが、ミリャン殿下の対処は最終的に王女に任せる形をとります。ここまでは大丈夫でしょうか?」


「は、はい。後は私が、異母兄様にいさまを棍棒で叩くか突くかしてできる限り遠距離から攻撃を行う」


「そう、説明した状況まで僕等でもっていきます。あとは攻撃しやすいようにフォローするから後は頼みますよ。それまでは合図があるまで、しばらく防御結界での待機でお願いします」


「わかり、ました。 ……うう」


 言葉とは裏腹に意気消沈気味の王女は俯いたまま、手に持った丈夫な模擬専用の背丈以上ある武器である棍棒を握りしめる。このまま本番はまずいなと思い僕はできるだけ簡単に変えて説明する。


「観戦中、王女は戦闘訓練を受けたこともない素人であることは聞きました。それを踏まえて訓練用のスライムを用意しました」


「え? スライム、ですか?」


 僕の言葉にきょとんとする王女。若干こわばったからだが和らいだように思う。


「うん、体よくそのスライムは倒すべき相手となって舞台に上がってくるんだ、王女を倒さんと目をギラつかせてね。スライムは身動きするけど動きがすごく遅く、飛び道具もない平凡な敵だ。距離を保ちつつ攻撃して後は王女の気持ち次第。意地でも、そのスライムを棍棒で叩き突き倒して自分の汚名返上するか、逆に信念が揺らぎ気持ちが折れてしまうなら相手の好きなようにさせるに任せる、その場合僕との約束はなしだ。後は王女の思うようにすればいいと思う」


「私は……」


「ラクシェの思うようにすればいい」


「そのスライムを倒します! 倒して貴方との約束を遂行します!」


 王女は俯いていた顔を上げる。うん、良い顔になった。後はお膳立てを僕等がすればことはうまくいくだろう。僕はそう思い、段取りを頭の中でシミュレートする。問題があるとすれば、ミリャン殿下の付き添いで出てくる相手の力量次第かな。さてと、そろそろ闘技場に移動しますか。









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る