第27話
僕は早速王女殿下の計らいで、国王陛下に取り次いでもらうことになった。この数カ月で別々の国だけど国王陛下にお会いする機会が半端なく多い。しかも無視できない内容の案件ばかりだ。いい加減そっとしておいてほしいところだ。それはさておき、先ほどから王女が自分がいかに我儘な願いを無理強いしていたのかを語り反省していると述べる。国王陛下は、娘の望みが学院に通いたいということから白紙に変わり安堵しているようだ。王女がこれから自由な時間を勉強に費やしたいと言い出したので、国王の視線が僕に送られる。
どんな魔法を使ったら、頑なに学院に通いたいと言っていた王女が考えを変えて、自由な時間を勉学に費やすなんて言い出すのだとその目が語っている。そこは企業秘密的なものなので、僕は何食わぬ顔で受け流す。
「申し訳ありません、お父様。時間をお取りいただいたのに大した要件ではなくて、それでも私はお父様に反発してしまいました。無理なお願いをしたことを悔いております。私は現状学院へ通う学力もなく我儘を言っていたのですもの。お父様がどうして許可をくださらないのか理由もわかっております。反省もしております。ですからどうかお許しを賜りたいのです」
「いや、分かってくれたのならばそれでよい。反省の色もうかがい知れるし、今までの考えを改めたのだろうとも思う。して、一応互いの考えが等しいか答え合わせをしておこうか。どうしてわしが反対したかを述べてみよ」
「はい。まず、私の願いは学院に通学することでした。けれどそれは、試験を合格せずに許可するには、王女という身分を贔屓して父である国王が無理を通して学院に入れたということ。それは国王であるお父様への周囲の意思や心象をゆがめる行いでもあります。私が間違っておりました。飛び級という特別試験を見事合格できる実力を備えるか、または4年後を待ち一般入試を合格して通学を許可していただくだけでよいことだったのです。私は勇み足で周りが見えておりませんでした。どうかお許しください」
「ふむ、概ね考えは合っているな。付け加えるならもう一つある、王族同士の争いの火種を作ったことも考慮に入れておればな」
「それはもちろん考慮しております」
「ほう、どう考える?」
「今回の模擬戦大会で
国王陛下は、王女の表情を窺いながら再び僕に視線を向ける。その視線の内情を語るなら”うちの娘に何吹き込んでんだ?” である。その視線で何人殺してきたんですか? と聞いてみたいくらいの殺気がこもっているように感じて僕は背中に冷たい汗を流す。あーこわい。僕はとりあえず、行動方針を示すとしよう。
「国王陛下、発言をお許しいただけますか?」
「許す」
「ありがとうございます。私なりに考えたのですけど、今回の騒動に関して、ミリャン殿下をどのように遇するおつもりなのでしょうか?」
「どう、とは?」
「言葉の通りです。今まで通り学院に通学を許したままでいいのか。王女殿下が言ったように理由を付けて城に囲っておくのか。性根を叩き直すためにどこかの名家に身分を偽って置くのか。城を追い出して一般人と遇するのか。それとも恐れ多いことですが、……病死ということにするか」
「…………」
おや、どれにも反応がないな。ほかに考えがあるんだろうか? というか、僕が今考えてることなんて、すでに検討したことだったり実践したことだったりするんだろうか? それに対して国王陛下の答えはまだ出されていないとか? この国王陛下が迷う? ないな、もう答えは出ているんだろう。僕は国王陛下の言葉を待った。
「わしには他にも息子や娘がおる。ミリャンは後継者ではあるが王座からはもっとも離れた場所にいるのだ。本人はそれなりに近いと勘違いしているようだがな。して、無能が国王の息子であったとしてもその座を子供可愛さに世襲するなどあってはならんことだ。どこの国もがやっているとは言わんが、大抵王座を目指す者にはそれなりの能力が伴わなくてはならぬ、その資格の有無は厳格に決めなければならぬ掟が少なくとも我が国にはある。ミリャンの意思を確かめたのち行動に移るつもりであったが、それよりも早く機会が巡ってきたようだ」
おや? この流れでいくと、僕は何かに巻き込まれかねない雰囲気がヒシヒシ感じるんだけど。
「少しお待ちください。そこから先の話を私などが伺ってもよろしいのですか?」
「なんだ? お主躊躇しておるのか? そのために来たのだろう?」
僕と国王は、しばし王女が見つめる中無言の執務室で視線をそらさず突きつけ合う。
「……はい」
「ふむ」
僕の返答に瞳を重く閉じた国王は重々しい口調で語りだした。それは今まで話し合っていたことではなく、全く別の話だった。聞くに、ある時代の国王は戦争を嫌い、1に交渉、2に交渉。戦争を起こさぬように、他国との交渉はいつも腰が引けた状態で行っていたそうだ。他国はその国の態度で強行策に出たとして大した戦争はないと判断され、機会を見計らってついに強行策に出されてしまった。無論そのままでやられる王国ではなかったが、自国から戦争を起こさなかったため、じりじりと他国に自国の領土を奪い取られていった。
抗戦に出るべきだと、当時の国の宰相や大臣、軍を司る将軍達は口を揃えて言っているのに対し、国王は断固として首を縦に振ろうとはしなかった。それは何故か? 国王の息子、または娘は他国にわたり嫁いだり、後継ぎとなった者も多くおり、戦争を起こしもしその息子や娘の縁者と争うようなことがあってはならぬと考えていたらしい。自分の国の状況を鑑みずだ。
そして、その国の結末はあろうことか、国王の考えに背いた軍の関係者達にクーデターを起こされ今はすでに亡国として名を刻んでいる。そのような愚かな考えを持つ国王など、民は許さぬだろうし、いずれ国は内外から問わず滅び去って崩壊するかするだろう。そう締めくくった国王陛下の話に僕はすごく引っ掛かりを感じた。
「それは、どこかの国の話に似ていますね。主に僕の祖国の現状に近いような気がします」
「ほう気づいたか。そうだな、あの国の国王は腑抜けだ。領地を各方面固められ攻め立てられた国なんぞ長いこと持つものではない。だが、我が国と組めばどうなる?」
――!?
何言いだしてるのこの人。そんなことしたら……。
「北東、もしくは北西を攻め上げればマヘルナ王国かヘーベウス王国は現在抗戦しているユピクス王国との均衡が崩される?」
「ほう、よく勉強しているな。その通り、我が国がユピクス王国の西か東に攻め入ればマヘルナかヘーベウスが戦線を維持できなくなり後退する。そこを一気に攻め込めば4ヵ国は拮抗し互いに攻め込めなくなるといった寸法だ。どうだ? マヘルナ王国かヘーベウス王国は今まで築いてきたものがなくなり多大な損をするが国土が数年前の状態に戻るだけの話、我が国とユピクス王国だけは国土を広げられるといったことになるだろう」
僕はモイラアデス国王の言葉の意図を図りかねたが、一つだけ言えることがある。
「ユピクス王国は確かに得るものはありますが、それは貴国の比ではない!」
僕は思はず声を上げていた。
「ふむ……」
「単純に領地の拡大を計算すればこの国はユピクスの3、4倍は拡大できるのでしょう。もしかして、工業地区の鉄材不足の原因って国王陛下の指示だったということですか? 戦争の前準備をすでに進めているということですよね? ユピクス王国はこのことを飲んだんですか? いくらなんでも一人勝ちするのも度が過ぎるとは思います。――というか、何故それを僕に言うのです。元々はミリャン殿下の処遇を話し合っていたはずですよね? 陛下は僕に何をおっしゃりたいのですか?」
「やっとお主らしさがでてきたな。……だが、出来すぎだ」
「何を言って――」
「お主本当に5歳児か?」
――!?
「何言ってんですか、こんな見た目子供以外に何に見えるんですか? 奴隷達が言ってたエルフの子供か、ハーフリンクだとでもいうんですか?」
モイラアデス国王の言葉に僕は息を飲みつつ思考をフル回転させる。これは、罠か? 当てずっぽうか? 言葉を改めて平静を装い苦し紛れのごまかしの為に話題を変えることを試みる。
「ほう、そう言われたのか? あながち間違えじゃないのではないか?」
僕が苦し紛れに出した話題に国王は乗ってきた。でも、これだってわざとかもしれない。混乱する頭を何とか切り替えて話の方向修正を図る。
「私の両親は、ちゃんと人族ですよ。話をすり替えないでください。今はミリャン殿下の処遇です。どうするか考えをおっしゃってください。昼過ぎにはここを出て学院に行かなければならないんですから」
話をすり替えているのは僕だ。僕は内心心臓の鼓動がこの国王に聞こえるんじゃないかと思うくらいドキドキしていた。この国王は油断できない。何かの感や気づきで僕の事を看破するかもしれない。そう思えたんだ。だから捲し立てて、話題を無理やり方向修正させる。一応流れ的には、それは成功したらしい。
「そうだな……、とりあえずはここまでにしておいてやろう。して、やつの処遇は有体に、怪我の療養か病気ということにして城で軟禁。その後一般人として余生を全うさせればよかろう。財政から金を出す価値もない無能ではあるが、出立金程度は渡せばよかろう」
「ミリャン殿下に更正の余地はおとりにならないのですか?」
「そんなもの考慮の余地なく答えは出ておる。城にいる間に今までのことを反省し心を入れ替えて、何かしら武功なり恩賞なりに見合う働きをすればよし。今まで通り自由奔放に生活するようならさっさと王座をあきらめさせ城を追い出す。誰も文句など言わん。いや、母親が何か言うかもしれんが庇い立てできる文句の材料もなかろう。面倒だからついでだ、一緒に追い出すのも一興か? 意見が通らぬと知れば、実家に引きこもるかして余生を過ごすだろうよ」
僕は国王陛下の考えと決断の豪胆さ驚きつつ、意見を挟むことなく今後の予定を組み立てる。
「ミリャン殿下を舞台に上げないといけませんね。王族を闘技場まで引っ張り出すのは何かしら理由が必要だと思います」
「ふん、一筆書けと言いたいのだろう?」
国王は机の引き出しから何かを取り出し、サラサラと文をしたためて僕の方へ投げてよこす。
「両者は王族としての問題を起こしたのだ、責任を取り決闘を行え。付き人は二人までとする。王族は観戦するのではなく、闘技場内で共に戦うべし。そして状況の判断は審判を務める物に一任する。そう書いてある文だ仕事がしやすくなったろう? それとこっちの手紙も同様に今回試合の進行を取り仕切るべフィーネス・ロバネに渡せ。それで滞りなくことは進む。後はお前が試合に勝てば良い」
「ありがとうございます。ミリャン殿下に付き添っている者たちの処遇はどういたしますか?」
国王陛下は鼻を鳴らしそっぽを向く。
「お前、妙なところまで気を回すな。まぁ今回のみ不問に処す。さて、要件は済んだだろう。お膳立てはしてやったんだお前の仕事をしてこい。あー、一応何か望みがあるなら考えておけよ」
それから、僕と王女殿下は国立学院に出発するべく準備に取り掛かった。途中で合流したトヨネから見栄えのいい杖を預かり僕は体の各所に防具を装着していく。ラクシェ王女も戦に出るような武装をドレスにまとっている。8歳にしては物々しい完全武装だ。幼さが際立っても凛々しさが添えられているようだ。
「戦に出るような面持ちになるのはわかるけど、気楽にしてるといいですよ。思いつめた表情は相手を調子づかせるだけですからね。僕とトヨネに全部お任せください。貴女に指一本触れさせない」
「……まぁ」
僕が安心させるように言葉をかけると、ラクシェ王女は少し頬を染めてわかりました返してきた。気負っているのがばれて恥ずかしがっているのだろうか? まぁ無理もないことだろうけど、自分が足手まといだということは自覚しているのだろう。
♦
時間は午後に差し掛かろうとしていた。僕は一度軍務部に戻り、特別な処理が必要な書類だけこなして後を軍務部の皆に任せることにする。
「行けそうですか?」
「ええ、後は軍務部の皆に任せようと思いますので」
そしてラクシェ王女の待つ馬車に乗り込んだ。馬車は大きめの6人乗りだ。中にはラクシェ王女と僕、付き添いのダビヤさんとトヨネだ。国立学院に着くまでゆっくり行って大体40分前後といった距離らしい。午後1時に学院に着けばいいらしいので、余裕をもっての移動だ。
「そういえば、メルク殿はお元気ですか? 僕がこちらに来てからも会ってないもので(存在自体忘れてましたなんていえないな)」
「ええ、剣の稽古を欠かさず続けているそうです。勉学では頼りにならないのでそれくらいはとおっしゃってましたけど。私としてはそのあたりは気にしなくてもいいと伝えたのですが、誘拐の件を余程気にされていた様子でした」
「大人の襲撃者達相手に、8歳の女子で何ができるのか微妙なところですが、今後に備えて鍛錬しておくのは悪いことではないと思います。それだけ、王女殿下を気遣っているのでしょう。良いご友人だと思います」
「そうですわね、私も彼女を見習ってできることをして自分を鍛えなければと思います」
「その意気です。僕等も頑張りましょう」
「ええ!」
そんな話をしながら時折街並みを眺めたり談笑したりしていると漸く目的地である国立学院に到着することができた。前回の襲撃の件の反省も踏まえ、護衛の騎馬隊が15騎と仰々しい。
さておき、僕の仕事はここからだ。気を引き締めていこう。僕は先に馬車を降りて、ラクシェ王女をエスコートする。今回の主役は彼女だからね。さて、始めますか。
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