第26話
ベルセリさんに、模擬戦大会の詳しいルールを教えてもらった。というか、それなりに分厚い本を渡された。ええー、これを読めってことか? いや、一応口頭でも説明してくれているが、ベルセリさんは模擬戦大会のルールにあまり詳しくないらしく本と照らし合わせて読んでもらった方が正確なのだそうだ。それでいいのか諜報部。
それと、国王から書状を預かっているらしい。僕に向けて机を滑らせながら渡された。それ先に出せよ! と言いたいところを飲み込んで受け取る。手紙を読んでみると、こんなことが書いてあった。
国立学院で行われる模擬戦大会、基本的に学院内の学生の為の大会である。それを横やりするような行為で割り込んだ二人の王族に対して、厳しい処分を与えたいところではあるが、娘であるラクシェは内向的な面があり、友人が少なく。また対立するミリャンは、権力を笠に着て学内でやりたい放題しているという話を聞いている。
そこで、今回学院で開かれる模擬戦大会にて、二人を何とかしてもらいたい。話がこじれず、ことを収めてくれたならば思うように褒賞を与える用意がある。
よろしく頼む。
短! そして内容薄! いやいやいや。よろしく頼まないでください。そういう問題は家庭の中で解決してほしいのだけど。僕5歳児ですよ? 8歳の我儘娘と、14歳の粋がったしかも王族として権力を振りかざしてる少年にどうしてやればいいというのですか? そこは親がびしっと一言いえばおしまいなんじゃないんですか? ってまさかあの見た目で子煩悩ですとかいわないよね? 親が子の事に首を突っ込まない方がいいというつもりかな? どうしたもんだろうか。……国王に一筆もらうか? でもなんて書いてもらう? 学院で権威をふるうことを禁止してもらうか? それはミリャン殿下の立場を孤立させて僕が恨まれないか? 王族に物申して余計に話がこじれるかもしれない。ではどうする?
大体、この模擬戦大会の段取りを取り付けて二人は何を約束した? 何も賭ける物が無いならこの大会は意味をなさない、ただの面子の潰し合いにしかならないだろう。それをわかっていないのか? いや、さすがにそれはないか。しかし何か行動するにも情報が大分足りない。まず王女殿下に会って話を聞いてから全容を把握して、国王陛下に何かしら制約してもらうのがいいだろうか。よし、まずはそれで行ってみよう。
僕は、そう考えながら平行して読んでいた模擬戦大会のルールや取り決めに大体目を通し読むのをやめ、立ち上がる。
「ちょっと王女殿下のところに行ってきます。時間ができたら戻ってきますので、仕事の方はお任せしました」
「へ?」
ベルセリさんが何か声をかけてこようとしたが、僕は足早に休憩室を出ることにした。今は大体午前10時過ぎだ。話を聞くなり、国王陛下に一筆書いてもらうなりするにも時間はある。
♦
僕は軍務部から移動して、王城の門番にラクシェ王女への拝謁を申し込んだ。以前は申し込んでも会うことは叶わなかったが、さすがに自分から視察に同行するように言ってきたのだから、会うことはできるだろう。僕は数分待たされ、許しを得て王女殿下と会うために用意された応接室に通された。
現在トヨネはいない、僕が模擬戦大会で使う武具を用意してもらうためだ。さすがに何があるかわからない場所に赴くのに無防備でいくようなまねはできないからね。そして応接室には別の侍女が待機して紅茶を出してくれた。動きに乱れがないことくらい、最近の僕は見て取れるようになった。彼女はただの侍女ではないのではないか? 一応、今は一人でいるので警戒はしておこう。僕がそう思っていると。
「じきにお越しになられると思いますので、しばらくお待ちください」
「ありがとうございます」
彼女の方から声をかけてきてくれた。これは都合がいい、早速話をつないで世間話でもしてみようか。
「失礼ですが、こちらでのお勤めは長いのですか?」
「はい、かれこれ10年以上こちらで務めております」
「僕と比べ物にならないほど長い年月勤めてらっしゃるんですか。さすが動きに無駄がないと言いますか手慣れていると言いますか。何でもできてしまうように見えます」
「それは光栄でございます」
しばらく軽い雑談と紅茶を楽しんでいると、言われた通り王女が来たようだ。僕は立ち上がり礼をとると、王女はすぐに座るように促してきた。
「お掛けになってください。お久しぶり、ですわね」
「そうですね。一月ぶり位でしょうか。その間お会いすることは叶わなかったので副業の方を頑張っています」
「ええ、噂は伺っていますわ」
「噂ですか?」
いったい何だろうか。特に心当たりがない。
「処理能力の異常に高い職員が配置されて、軍務部の会計課? と言えばいいんでしょうか。そこの書類処理がすごく捗っているらしいと」
「それは、ここ最近10人ほど職員が配置されたからですね。僕とベルセリさん2人に、他の部門からのヘルプとして派遣してもらった人員で、噂のようなことはできませんよ」
そうなんですか? と疑問気に相槌を打つ王女殿下。過大評価は、自分の首を絞める物もあるのだ。そこは空気を読むべきと僕は、ええ、と愛想笑いで返す。軽く雑談した後、僕は本題を切り出すために動いた。
「雑談はここまでにして、お昼まで時間がそれほどないので、早速ですが僕からの要件を。というのもご存じの通り国立学院の視察の件についていくつか質問をして確認しておきたいことがありまして拝謁を賜りました」
「はい、そうでしょうと思っておりました。それで質問というのは?」
「国立学院の視察にて、模擬戦大会なる催しがあり、それに予定ではメルク・サヴィレ殿が出られるはずだった。ですが急遽今日になって、何故か代役に自分と付き添いのトヨネに出るように準備を促されました。情報源は全て同僚のベルセリ・ルロイ殿なのですが、王女殿下は何かご存じありませんでしょうか?」
「分かっていて聞いている物言いですね。ですが、たしかにそれは、私がそのように頼みました」
「手紙も頂きましたが詳細は書いて頂いていなかったので気になりまして、不躾な言い方ですが、それは何故でしょうか? 聞くところによると、事の発端は王女殿下の
「ええ。
「それは、互いにメリットがあるほどの事なのでしょうか? 伺いますが王女殿下は何を望んでおられるのですか? これは僕の勝手な推察なので間違っていれば咎めて頂いていいのですが、王女殿下はもしかして学院に通いたいと願われたのではないでしょうか?」
「…………」
王女陛下の様子を窺うに、どうやら当たりか。
「それを聞きつけたミリャン殿下は、その願いを望ましいものではないと判断され、反対なされたのではないでしょうか? 国王陛下もそれに賛同されていることから特殊部隊の護衛は模擬戦に参加を固く禁止した。言っては何ですが、友人がメルク・サヴィレ殿一人と見透かされた、仕込まれた模擬戦といえるものだと思います。恐れながら、それは王女殿下もわかっているのでは?」
「……まるで見て知っていたかのように言われるのですね」
「全て僕の勝手な推察です。お咎めになるのでしたらご自由に――」
「いえ、その必要はありません。貴方の推察はほぼ正解ですから……」
「そうですか。では失礼ついでに一つ伺いますが、王女殿下は学院に何をお求めなのですか?」
「学院に何を求める?」
「勤勉に学業を? それとも何某か見識を広げる為? または学院にいってみたいだけ? はたまた、出会いや友好を求めに?」
王女は僕の質問の最後の一つにピクリと反応した。……なるほど、そうか。
「話は変わりますが、ラクシェ王女殿下。アスリという者を覚えていらっしゃいますか?」
王女は僕が急な話題転換をしたことに一瞬反応が遅れたが、聞き覚えのある人物、特に仲の良かった者の名前が挙がったので勢い良く反応した。
「ええ、もちろん! 彼女は元気にしていて?」
ん? 彼女?
「え? 彼女?」
「え、ええ。シスター・センテルムと一緒にユピクス王国から来たと聞いています」
「……彼女」
「オルクスさん、まさか……」
何かを察した王女は、呆れた顔で追求しようとしてくるが、僕は逃げることにする。
「いや、えっと、話が脱線しかけている修正しないと。彼女……は、元気ですよ。シスターセンテルムにお説教を受けながら毎日元気に動き回っています」
「そ、そうなんですのね」
僕はラクシェ王女の態度を見ながらある提案を思いつく。
「そうだ。もし良ければ、気が向いたときに日帰りで会うことも可能です。まぁ詳細は内緒ですがそういう手段があるとだけ申しておきます」
「そ、それは……」
ラクシェ王女は驚きながら僕に詰め寄る。
「ミリャン殿下や国王陛下が反対されているのは、王族だからと言って特別扱いし、幼いうちから12歳以上の通う学院に入学するようなことは許されない、といったようなことではないのでしょうか? けれど王女は寂しさなどの心の穴を塞ぐのにメルク・サヴィレ殿だけでは足りず、出会いがあり友好が深められるかもしれない学院に行きたいと願ってしまった。どうでしょう? 推察が当たっていると仮定して、先ほどの僕の話を信じて頂き、尚且つ秘密を守ると固く誓ってくださるなら。時間が許す限り手を貸そうと思いますが。そして4年後、もしくは飛び級の特別試験というのでしょうか? それを通過できる実力が備わった年齢で改めて学院に通い、出会いなり、友好なり育まれてはいかがかと提案いたしますよ」
「そんな魔法のようなことが可能なのですか?」
「可能です、と申しております。もちろん嘘などつきません。ですが、さすがにこのことについて国王陛下に許しはもらっていただきますよ? 無論詳細は伏せて」
「そ、そんなことであれば、喜んで!」
僕は少し早計過ぎたかなと後悔もしている。これは自分の手の内を明かす行為でもある。本当にこの選択は正しいのか? 僕はもう一つ言っておかなければならないことを思い出した。この部屋に控えている侍女に視線を向ける。僕の視線に気づいたのか侍女は、こちらの様子を窺うように身構えているように感じる。
「つかぬことを伺いますが、そちらにいる侍女の方は王女殿下の直近の方ですか? それとも、順番で決めているお付きの方でしょうか?」
僕の質問にきょとんとした、王女だったが侍女に振り向くと僕に対して紹介してくれた。
「彼女は私専属の侍女頭ダビヤ・リビリース。私の護衛も兼ねて務めてくれている特殊部隊の隊員ですわ」
「いや、そういう隠しておくべき内情は、僕には言わなくてもいいですよ? もしくは、わざわざ言うってことは、秘密を共有する仲間と思って頂いてるわけですか?」
「ええ、そのつもりです。私は彼女に守ってもらう代わりに、話せる限りは嘘や偽りを話さにようにしているのです。と、信用できる方にはそのように紹介していますの」
「現状、メルク・サヴィレ殿にしか話していないということですか?」
「いえ、彼女も知らないわ」
「……では何故僕に?」
「貴方は何かと隠し事が多い方ですもの、こちらが正確な情報を渡さない限り貴方が話す内容も正確ではないと思っています。違いますか?」
「それは受け取り方の相違でしょう。僕は単なる気分屋です。今もこうして貴女に何を話せばいいか考えています。まぁそれはそうと、国王陛下から異母兄のミリャン殿下についても頼まれていますので、そちらをどうしたものか考えなくてはいけない。ないに等しい少ない情報で」
「あまり、刺々しい言い方をされるとトヨネさんに注意を受けますわよ?
「主観的な意見と客観的な意見、できれば両方お願いしたいところです」
「ええ、もちろん」
それから、僕とラクシェ王女の話は終始ミリャン殿下の事について話し合われた。まぁ僕が一方的に情報収集しているのだから、話すのはラクシェ王女だけだが、途中からラクシェ王女は侍女頭のダビヤさんにも話に加わるように促した。客観的な意見や、最新の情報を添えるつもりだろう。
結論から言うと、学院でのミリャン殿下はかなりやりたい放題やってるな。というのが僕の印象だった。試験の不正、学院でのいじめ、授業の妨害、巻き込まれた者は数知れず。もちろん国王陛下の耳にも届いているが対処できる存在は学園では限られているようだ。それに、いくら問題行動ばかりとっていても王族であり、停学や退学などの処分は恥でしかない。どうしたものかと考えを巡らせていたところに今回の件が降ってわいたということだ。
「病気とかなんとか理由着けて退場させたらいいのに」
「まぁそれは名案ですわ」
いやいや、簡単に言わないでくれませんかね。
「大体、ミリャン殿下は何を要求してきたんでしょうか?」
「それは……ごにょごにょ……」
「え? なんですって?」
俯いて言葉を発さなくなってしまったラクシェ王女。そんなに言いにくいことと取引したのか? まぁミリャン殿下の望みをつぶせさえすれば聞く必要もないことだが、聞いておけば違う形で叶えて見せることも可能なのではないだろうか。
「僭越ながら、私からお伝えいたしましょう」
「はい、お願いします」
「ミリャン殿下の要求は、ラクシェ王女の裸一日鑑賞でございます」
は? いやいや、頭痛くなってきた。腹違いでも兄妹でしょ? 何考えてるのミリャン殿下? 馬鹿なの? 変態なの?
「は? あ、いや、それは罰として考えての事とかですよね? 趣味とかではなく」
「いえ、完全に趣味です」
僕は天井を見上げ深く、それは深くため息をついた。
「それは芸術とか美学とか――」
「完全な趣味で、身の毛もよだつ醜悪な欲望です。それで過去に、爵位の低い貴族から国王宛に陳情が届き、相手は事なきを得ましたが」
「はー。よくそんな取引に応じましたね……」
「勢いというか、その場のノリというか、口が滑ったというか」
「今更弁解しても遅いですよ、条件はそれで互いに承知してしまっているんですから、今更言いつのっても変更の余地はないでしょう。あるとすれば、模擬戦のルールくらいじゃないですか?」
ほんと、考えなしというか無鉄砲というか、もう少し自分の立場を考えて交渉してほしい……。まぁ今更8歳の少女に詫びを入れさせても、先方は考えを変えてくれたりはしないだろう。あ、でもまだやりようはあるか? 今度は国王陛下に取り次いでもらわないとな。
「王女殿下、相手の要求は変えられませんが、こちらの要求を変えることはできるかもしれません。今から国王陛下にお取次ぎ願えませんか? やるべきことはやっておきたいので、言っては悪いですがその変態趣向の殿下にはここで退場していただこうかと思います」
僕は残りの紅茶を飲み干す。とても品がよく鼻をくすぐる香りと、のどに通りやすいこの紅茶おいしいな。茶葉が後で手に入るか聞いてみよう。
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