第25話

 昨日の休日、初めてのダンジョン攻略を体験した僕は、夕方近くに宿舎に帰るとまだ開いていた食堂で食事を注文した。が、その後の記憶が曖昧だ。大目な(朝食より少ない)食事を気の遠くなるような面持ちで食べた後、メモ帳に何か書いたことまでは朧気ながら記憶にあるのだが……。


 トヨネに確認すると僕はメモ帳に大事なことを書いて閉じた時点で大きなあくびをしてその場眠ってしまったらしい。そのことをセシルとルルスに聞くと、恐らく精神的疲労からくるものではないかと言われた。

 普段通りにしていたつもりだったのだけど、神聖術と魔術の同時行使や、ダンジョンでの気を張った行動が、より疲労を蓄積させたのだろうと二人に結論を出された。僕はそこまで余計に気を張っていたのかな。術の同時行使も負担だったのだろうか。


 さておき、今日も早朝に起きて部屋のポータルを使い領地の仮設テントに行き地理、歴史、作法の3教科の勉強をしっかりする。疲れはあっても特別な日や体調不良以外で休むつもりはない。


 それから、昨日メモ帳に書いておいたことをまとめて、アイリスに説明して感想を聞くのだが、ビンは割れやすいものなので、蓋に領地特有のマークの焼き印を付けることで話はまとまった。それと、ビンを回収すればその分料金を返すシステムを考える。値段は後で決めよう。それとこの領地特有のマーク自体をどういったものにするか、これは父上と母上にも相談するべきかな。アイリスの方から伝えてもらうようにお願いしておこう。


 それから、畜産をするための資材の確保が少し遅れるそうだと工業地区にある店から連絡がいくつかが入っているが、そこは資材の使いまわしで何とかしようと思う。最初は数頭の乳牛だけにして囲いも小さくすればいいだろう。教会の建築状況だが後2カ月から4カ月余りでなんとか完成までこぎつけたいつもりでいる。なので、水車小屋も2軒目がそろそろ土台が完成したというのは聞いているんだが、これを少し遅らせ、水車小屋に使っている資材を代用しようと考えている。

 それにしても、工業地区の追加で取り寄せてる資材が不足している原因は何だろう。少しヘルウェン王国で調査をするべきだろうか。僕の邪魔がしたくて誰かが資材の輸入を止めているのか? それとも別の原因か? 僕の考えすぎじゃなければいいけど、とにかく時間の空いた時に調べていくことにしよう。


 さて、自領での用事は済んだ自前のポータルで部屋に戻ろう。

 と、戻ってきた僕の部屋の扉の足元に、隙間から手紙が差し込まれていた。なんだろうねこれは。よく見ると、手紙の封蝋ふうろうに見覚えのない印が……。これは、誰? 差出人はわからないんだけど、宛名は僕で間違いないらしい。とりあえず、封蝋ふうろうを……。いかんこれどうやってとればいいんだ? 助けてヘルプえもん! なんちゃって……。


『お答えします。手紙の封蝋の開け方は、その封蝋をペーパーナイフで砕いて開ければよろしいでしょう。封蝋はスタンプを押した本人が手紙を封印したということ、また封蝋がそのままであれば封をした後は一切開封していないことを意味します』


「おお、なるほど! ってヘルプさんありがとう! 変な呼び方してごめんなさい、今後ともお世話になります。でも、なんでいきなり反応したんだろう?」


 僕はいきなり頭に響いた声に謝辞を述べて頭を下げる。


『お答えします。機能わたしは女神カルティア様が貴方の腕輪に備え付けた機能の一部であるヘルプです。どうとなりお呼びください。貴方をサポートするための機能わたしに過ぎない身ですが、今後ともよろしくお願いします。ちなみに、設定を変えることで私が呼びかける対象を指定して増やすことも減らすことも可能です。今回は話しかけるタイミングを待っていましたのでこのような形になったとお思いください。この機能わたしは、貴方が召喚した従者達にも備え付けられているものなので、後ほど共有をお願いします』


「分かりしました。とりあえず、共有は後でいいとしてこの文を開けて中身を確認しておくか」


 封蝋をペーパーナイフで削り封筒の封を開けて中身を読む。


 ――何々? …………どよ~ん、となる内容だった。漸くラクシェ王女から呼び出しがかかったのだが、あの王女何考えてるんだか、午後から僕と国立学院に視察に行くので予定を開けといてくださいって……。副業と言っても会計士だって忙しいんだぞ? ていうか国立学院って12歳以上からの学校だよな? 確か王女は8歳だったと記憶している、何の視察しに行くんだ? というか僕は警護としていくわけだから軍務部の制服はこのままとして、武具とかどうするんだ?


 一瞬自分が長い槍を持ったところを想像してみるが、重さに耐えきれず自滅する絵面がよぎる。ってお? 追伸が書いてある。服などの準備はこちらでしておくのでご心配なくだって。じゃぁ丸投げでいっか、といわけにもいくまい。持ち込む武具程度……、って腕輪があれば僕は特に何もいらないな。見せかけに杖でも持っていくか?


 僕は手紙をもう一度読み直して、問題点がないか考えてみるが特になかった。問題がないというか、書いてよこされた手紙の内容が少なかったので、何をどうすればいいのか予想することもできない。ベルセリさんに午後から外出する旨を連絡だけしておけばいいかと、考えるのをあっさりやめた。そういえば、トヨネがいないな珍しい。そう思っていると部屋の扉がノックされる。


「はい」


「オルクス様、トヨネでございます」


 どうぞ、と中へ入るように呼びかけると、トヨネが何か抱えて持っている。いったい何だろうか。


「何それ?」


「オルクス様と、私の視察用に着ていく制服だそうです。先ほど、ベルセリさんから預かってまいりました。連絡は先に受けているそうで、午後に王女のお付きの方が軍務部に呼びに来るそうです。なので、時間をかけないように今日はこれを着て仕事をするようにとのことです。それと武具は自前のを用意してくるようにとおっしゃっていました」


「また変な注文が来たな。どこかに狩りにでも行く気か? あの王女様は」


「国立学院内で、模擬戦大会をするそうです」


「へー、学生同士の模擬戦か。なるほど視察ってこれの事だったんだね」


 僕が興味なく納得すると、トヨネがとんでもないことを言い始めた。


「それもありますが、今回はオルクス様と私もその模擬戦大会に参加するように言われております」


「……はぁ? 誰と誰がだって!?」


 僕は一瞬思考が止まり聞き間違えかと思って声が裏返りそうになった。


「オルクス様と私ですが」


 トヨネはゆっくりした動作で、僕と自身に手を添えた。


「そんなの全然全く初耳で聞いてないんだけど、手紙にすら書かれてなかったよ? というか何のためにやるんだよ。発案者どいつだー!?」


「王女殿下らしいですよ。警護につけてる者が下に見られるのがお嫌だそうで、王女殿下に色目を使ってくる者や喧嘩を売ってきそうな者が粗方集まっている学院でそのことごとくを見せしめにこてんぱんにしたいそうです。何でも年の離れたご兄弟がいると伺っています。その方への牽制として宛がわれるのではないかと思われます」


 なんだそれ? 僕等は王女の露払いか何かか? まぁ警護ではあるのだろうけど。というか、彼女は学院に入学まで後4年もあるじゃないか。露払いをさせるには早すぎるだろ。それにこんなどうでもいいことに僕等を巻き込まないでほしいな。警護の仕事って今からでも断れないか。形振り構わず振り回されるのはごめんこうむりたいよ。


「って考え込んでる隙に、いつの間にか僕は着替えさせられてる!?」


思慮しりょからお戻りですか、オルクス様」


 お戻りですかではない。なんだこの黒の服にその上から黒いケープ付きのコート。服のボタンが大きすぎないか? それにズボンも黒はいいとして、ってなんで半ズボン、おまけに靴下も黒か、短めの幅広い白いネクタイと襟に白いラインが2本入ってる以外は黒づくめだな……。なんだろ、顔を隠すためかフードまでついてる。はたから見て暗殺者か、魔術師かってところだな。


 あれ? またトヨネが消えた。ってポータルから戻ってきた。あ~着替えてたのか。フロントの胸には深い青リボン、服のボタンは僕のと同じく大きい。黒生地と青生地の掛け合わた服に、メイド服と同じ丈のスカートだ。それとトヨネもケープ付きのコートを着用するらしい。


「トヨネはそういう服でも似合うね。僕は暗殺者か精々魔術師って感じのようだよ」


「ご謙遜を、オルクス様こそよくお似合いです。動きにくいなどの支障はございませんか? 今でしたらまだ手直しできる時間がございますが」


「ん~。特にないかな。フードがついてるのが少し気になるけど、トヨネの方は、――うん。問題なさそうだね」


 トヨネは動作確認をするように、動きをゆっくり丹念に確認したり、時に素早く動いて服に違和感や支障がないか見ているようだ。何か八極拳みたいなもんだろうか。


 さておき、今日も食堂で食事と行きたいがこの服だと目立ちそうでいやだな。そう思っているとトヨネがインベントリに入れ込んであったらしい食事を取り出した。さすがトヨネ、そつがなく準備をしてくれる。とりあえず、食事をすますことにするか。食事がすんだら訳知りでいそうなベルセリさんに、今回の視察について質問攻めしよう、そうしよう。僕は心に決めた。




 ♦   ♦




「さぁどういうことか説明をお願いします、ベルセリさん。何故こんな格好をしてまで、どうして国立学院まで王女殿下と視察することになったのか」


「え、やだなぁ。オルクス君、トヨネさんに説明を聞かなかったんですか?」


「国立学院の模擬戦大会の視察に王女殿下が向かわれるということは聞き及んでいるのですが、何故4年も先に入学を控えた王女殿下の露払いを今しなければならないのでしょうか? 異母兄弟が先に入学されているらしいですが、それの引き連れてる連中をボコるのが目的っぽいと僕は推察しているんですが。で、返答はいかに?」


「あ、あはは。ご明察です~。さすがオルクス君」


「あはは、じゃないですよ。なんでそんな話になったのか説明をお願いしたいんですけど?」


「あ~、それは~、ですね~――」


「語尾を伸ばすたびに、ベルセリさんの書類量増やしますからね。明確な返答を期待します」


「そ、そんな~……あっ!」


「追加決定です。というか、僕は視察とやらに行くので、その分ベルセリさんの仕事量が増えるのは確定事項ですけどね」


「酷いですオルクス君。昨日のダンジョン終盤あたりから扱いが酷く雑じゃないですか? 私、悪いことしてないと思うんですが……」


「ボス部屋の事隠してましたよね?」


「え? 説明が抜けてただけですってば」


「それに言動が僕等、正確には僕を試すようなことばかりしてましたよね?」


「いえ、あれはですね。――そう! 初めてダンジョンに挑むオルクス君にアドバイスというか、状況判断能力の教授というか」


「それを、王女殿下に伝える為ですか?」


「はい、え、いや。なんでオルクス君がそのことを!?」


「挨拶に行っても会えない王女殿下が、どうして僕が戦えることをご存じだったんですか? しかも、それが女王陛下の手紙ではなくベルセリさんの伝言からきている。いくらなんでも不自然すぎます」


「えっと……降参しますからあんまり睨まないでくださいよ。とりあえず、他の職員達は仕事を進めてください。今日は副部長が昼から抜けるので、その分仕事がいつもより増すということを覚えておいてくださいね。さて、場所を移しましょう、オルクス君」


 いつの間にか、僕等の話し合いを黙ってみていた職員達は慌てて動き出す。それを横目に僕等は場所を移すのだった。



 ♦



 場所は軍務部の会計士達が使う休憩室。そこで、僕とベルセリさんは腰を据えて向き合う。トヨネが入れてくれた紅茶を飲みつつ、ベルセリさんに視線で話を始めるように促すと、なんだか尋問されてるみたいです、と感想を漏らすベルセリさん。


 形は違えどやってることは同じですがね。さっさと吐いて楽になってほしいものだ。


「実は、私の役職はオルクス君と同じような感じで、軍務部の会計士兼王女殿下の諜報員というものでして」


 そのように話し始めたベルセリさんは、ことの顛末を語り始めた。まとめるとこうだ。僕が配属されたこの部署に予め不正工作の有無を調査していたのがベルセリさんだった。そして、不正を暴いたら部署が丸ごと一つ懲戒処分の対象になるという始末に頭を抱えていた上層部は、僕の能力を王女が手放したくなかったことと、人手の補充を同時に当てはめて考え、その能力に足りえると雇用したらしい。


 王女は、僕が実家の領地でいろんな勉強や魔術や神聖術なんかを習っていることを知っていたしな。あり得ることか。国王に願い出て僕を手元に置くことにしたらしい。で、実際に使える人物なのかを調査せよと王命を受けたのがベルセリさんだったわけだ。


 結果、どうやら僕はその調査に見事宛がわれた会計士としては合格したらしい、それでは次に警護にも使えるのかと調査が進められていたということだ、本当に迷惑な話だ。


「それで今回のダンジョンの件を、王女殿下のお耳に入れたところ、急遽今回の視察に向かうことを決定されたんです」


「そこ、とても疑問なんですが、王女殿下はまだ8歳と伺っていましたよ? 4年も先の入学を前に、今学院に波風立てる意味があるんですか?」


「それなんですが、王女殿下には6つ上の異母兄弟であるミリャン第四王子がいらっしゃいます。そのミリャン殿下は、何かとラクシェ殿下にいちゃもんと言いますかくどく文句をつけたがるようなのです」


「何だか話が見えてきた……」


「そこで、今年も例年通り開かれる国立学院の模擬戦大会にて、家臣や護衛など、自分の部下から強者を用意して戦わせようと成り行きでといいますか売り言葉に買い言葉で話がついたらしいです」


「……」


 僕は頭に手を添えて天井を見上げる。あほらしい……。僕の脳裏に流れた感想はまさにその一言だった。


「とんだ当て馬にされたものだ」


「当て馬なんてとんでもない、オルクス君は本命ですよ?」


「余計にたちが悪いですよそれ。負けたら否応なくラクシェ王女の顔に泥を塗ったことになるし。勝ったとして何か得があるわけでもなく、むしろそのミリャン殿下の顔に泥を塗ることになり目の敵にされるような話じゃないですか。何で僕がそんな目に合わなきゃならないんですか。代役立ててくださいよ」


「……まことに言いにくい話なのですが、オルクス君が代役なのです」


「――へ? どなたの?」


「メルク・サヴィレ殿です。覚えていらっしゃるかわかりませんが、オルクス君がユピクス王国の奴隷商店で王女と一緒に購入した男爵家のご令嬢です」


「は? 男爵家のご令嬢?」


 何故ここで、彼女の名前が出てくるの? 意味が分からない……。彼女も確か8歳だったはずだ。――ん?


「もしかして、相手って8歳くらいの相手ですか?」


「いえ、12歳以上の国立学院の生徒の中、またはミリャン殿下の家臣から選出されると伺っています」


「なんで彼女が出るってことになってたんですか? そこが意味不明なんですが」


「そ、それは……」


 ごにょごにょと声が聞こえないほど小さい呟きをするベルセリさん。僕は自分に落ち着くように言い聞かせながら、紅茶を一口二口と飲む。それから数分黙って待ったがベルセリさんは聞こえるように説明をしてくれることはなかった。僕はまさかな、と思いながら思い当たったことを口にする。


「まさかとは思いますけど、サヴィレ家のご令嬢しか親しい友人がいないとかじゃないですよね?」


――ドキンッ! って顔したよ今。ベルセリさん、言いにくいのはわかるけど表情で語るのはやめてほしい。何その、私は言ってないけど言い当てられました的アピール。そんなのいらないですから。


 あー、そういうことなのか……。どうしたものかな。僕は空になった紅茶をおかわりする。


「ベルセリさんは諜報員だからそういうのに出るわけにはいかないのか。護衛にもそういう人いないんですかね?」


「王女はあまり血縁関係以外の男性とおしゃべりをなさいません。護衛についているメイドを模した護衛部隊はいるのですが、このような模擬戦大会などで参加させることはダメだと国王様が許可されず。王女殿下の友人としてメルク・サヴィレ殿だけが候補に挙がっていたわけです。もちろん、ミリャン殿下にも、そう言った特殊な部隊員を模擬戦大会に出すことは固く禁止されているのですが。生徒や家臣の中には腕の立つ家系がいらっしゃるようで……」



「ラクシェ王女は僕と普通に話してたと思うんだけどな。あれは主従関係があったせいか? 今は立場が逆転したけど手紙をもらう程度には親しいと思うべきか。8歳の王女にそういった友人関係が少ないのは普通なのか? 僕にはその辺がよくわからない。そんな状態で、なんでそんな無茶な要求を呑んだのかも不明だ。というか、僕等は兄弟喧嘩に巻き込まれたってわけか? ほんとたまったものじゃ無いな。とはいえ、兄弟喧嘩に国王が絡んでいるということは、もしかして特別な何かが絡んでいるのか?」


「あ、あの、オルクス君。思考が口に出てますけど大丈夫ですか?」


「……大丈夫ではないですと言えば、僕の代わりの人が見つかるならいくらでも馬鹿を演じますけど?」



「いや、それは――」


「まぁいいです。何ともならないことをとやかく言ってもしょうがないんですから。とりあえず、その模擬戦大会のルールとかあるなら教えてください。それと、用意してほしいものがあるから、午前中の仕事の途中でトヨネに少し用事を頼むよ」


「かしこまりました」


「さて、ベルセリさん。仕事もありますし手短に正確な情報をください」


 今、また尋問がとか口が動いたのが見えた。そんなこと言ってもこちらとしても手加減しませんからね。僕は休憩室で質問をし、それに答えるベルセリさんの図は、はた目から見ても説教じみてるのではないかと思うところだ。まぁそんなことはどうでもいいので、さっさと情報収集して対策を練ろう。

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