第100話 閑話5

 ♦♦♦



 オルクスが言水球の設置場所、あるいは設置する距離の目安などを調べていく際に、どうしても必要となる言水球自体の能力把握をどのようにするのか。それをまず手始めに考えたオルクス。彼はユピクスとヘルウェンの管理された言水球を調べる為、その許可を取るのに多少時間を要したが。国王と宰相の二人が許可を出しているという話から、その現物の調査に向かうことができた。


 言水球は基本的にギルドと呼ばれる場所に配置され、緊急性の高い話を速やかに行う為の魔道具として生み出された物である。したがって国内であれば、言水球を使って通信できることは明白である。ただ、殆ど使われることがないという事実だけは付け加えなければならない。


 それは、立場や距離的な問題であり、王宮以外での使用は原則、待ち合わせの現場、あるいは、互いのギルドに出向いて行って、書類を見せ合って話し合った方が早いし、合理的であるというのが現場の利用者による意見の総括であった。ならば、国同士の距離にいかほどの規模の言水球が必要なのか、あるいは、設置距離に従って、いくつ言水球が必要なのか、と言う問題が浮上してくるのだった。



 やはり現在の技術では不可能なのか。そんな不安がオルクスにのしかかる。だが彼は諦めない。言い出したのだから最後までやる。失敗しようが不発に終わろうが、オルクスは何とか言水球の運用がどうにかできないか。頭をひねりそればかり考えるようになった。ただ、さすがに婚約者であるラクシェ王女、あるいはヘイリー王女の前ではその考えを一旦脇に置いて寛ぐ一面もあったが。


 9月までの残りの3日を軽く過ごしてしまったオルクスは、始業式後も勉強とは別に、難しい顔で何かを考えることが多くなった、と周りから噂されるほどだ。もしや、戦争が再開されるのか、または何か問題が起きているのか、等と根も葉もない噂が飛び交うようになり始め、9月の20日頃には噂を聞き付けたヘルウェンの殿下達がオルクスを呼ぶことになった。


「はあ? 言水球を両国間で繋ぐ方法を探してただって?」


「ええ、それがどうかしましたか?」


「お前がいつも深刻な顔で考え事してるから、巷ではまた戦争が起こるんじゃないかって噂になってるんだぞ?」


「誰です、そんなデマを流しているのは」


「いや、さすがにそれは掴んでないが……」


「僕の表情一つで、そんな噂だなんてあんまりですよ」


 本当にとんでもない、という様子でいるオルクスを笑う三人の殿下。


「しかし、本当にそんなことができるのか? いくら大気中にマナがあると言っても、伝達を魔力と言水球だけで等とは」


「実はそこで手詰まりを起こしているのです。あの球体、大きなクリスタルを球体にしたと聞いていますが。球体ではなく、他の形状にできないかと思いまして」


「形状って、それでどんな効果があるのさ」


「例えば仮にクリスタルを△《三角》にしたもので方角に向き合わせます。そうすることで魔力の一定の受信を可能にし、大気中のマナを集める仕組みの魔道具をクリスタルの中に設置します。これで上手くいけば、送信も受信も一手に担うことができるかもしれません。

 平たく言えば、クリスタルの形状を変えるだけでクリスタル自体の能力を変えてしまうのです。そして内部に魔道具を入れれば、仮に言水角げんすいかくとでも命名しましょうか。それができると思うんですが、根本的な問題がありまして。クリスタル自体は容易に手に入るのですが、大きさがあるものは、掘るのも難しいとのことで、今はそれを待っています。一応仮組した模型では成功しているのですが、実際のサイズで上手くいくかが問題でして」


「そんなもの作ってたのか……。よくそんなもの考えつくね」


「やはりこいつの頭は、凄く柔軟なのだろうな」


「模型で成功してるってことは、もうできたのと変わんないんじゃない?」


「いえ、クリスタル自体を何とか形にしないといけませんので。それまでは物ができても、完成できたとは言い切れません。もし、仮に上手くいけば、ユピクスとヘルウェンの交易、交渉、その他の言葉の交わし合いに、手間や時間がものすごく削減できるでしょう。完成すればですが」


 そう言ったオルクスの表情は凄く真剣なものであった。失敗すればまた考え直さなくてはいけないが、大きなサイズのクリスタルの入手量はサクサク手に入るほど容易たやすくはない。そのことがオルクスの懸念材料であった。


 オルクスの難しい、悩める表情の理由を知ったヘルウェンの王族達は、立て札にこのような事を書いて告知を出した。


 曰く、“ヴァダム伯爵は、ユピクス及びヘルウェンの両国の間に、独自の情報網を確立しようとしている。邪魔立てせぬように、ただ普段通りに接し、静観すべし”と。独自の情報網とは何ぞや、と民の間では疑問がわいたが、戦争に関連することではないと分かれば不安になるようなことはない。


 王族から邪魔するな、普段通りにしてろ。見てれば分かる。そのような意味合いの告知がされたのだ。ヴァダム伯爵の行動は基本的に善行である。と言うのが民の一般的な認識であった。ならば次も何かするのだろう。そう勝手気ままに期待する民に苦笑する本人や王族達であった。



 そして日付は10月となり、学院の3年生以上の生徒で組まれた一団が、今年もやって来たとばかりに、魔力溜まりへの遠征をする時期がやって来た。生徒達の気迫は十分、一部はピクニック気分である。まあ、徒歩での移動ではなく、騎士団に守られて荷馬車での移動なので、馬車の揺れを苦にしない者達からすれば疲れるといったこともない。馬車の揺れが苦手なものは、酔い止めをあらかじめ飲むのが常である。


 そして国立学院で上級生を見送る、学院に残る生徒達の声援を受けて。上級生達は遠征に出発した。



 ♢♦♦♦



「生徒達が出発しました」


「では、我々は一足早く現場に向かうとする。今回は隠密ではあるが迅速さが優先される。なので、ヴァダム伯爵の飛竜を拝借させてもらう。許可は取ってあるからね」


「先輩! 飛竜っすよ! 乗れるんすね!?」


「お馬鹿、我々は遊びに行くんじゃないのよ? それに飛竜の10人乗りの籠に乗るのだ。悠長に空の散歩をする暇はそれほどない」


「そう言ってる先輩も、飛竜の飛行には憧れてるの知ってますよ」


「……否定はしないが仕事優先よ。何としても馬鹿な相手を捕まえる。我々は戦闘に参加しないが、ヴァダム伯爵の従者が何とでもするだろう。たまに見かけるが隙があるようで全くない。我々の不意打ちだって利くかどうか怪しい」


「兎に角出発しましょう。話では既に容疑者は現地にいるという話です」


「ほんと、ヴァダム伯爵はこの手の仕事向きじゃないんすか?」


「さて、以降は容疑者を刺客と呼ぶように。つべこべ言わずに行くよ!」


「乗り込み完了、出してくれ」


うけたまわった」


 しばしの間、空の旅を満喫するヘルウェンの暗部部隊。彼女等の目的はユピクス王国のモーン・ジニガン男爵、及びヘルウェン王国のアサーキ・ユッケス男爵達二人の、魔力溜まりでの薬物の使用実行を目視し、逃げれば捕まえる役目を担っている。


 仮に逃げ遅れて戦闘になっても、その状況が終わるまでは静観を決め込む心積もりである。そこに慈悲などない。



 ♢♦♦♦



「ユッケス殿、本当にこんなことで、あの者に一泡吹かせられるのか。それに相手はまだ幼い子供だったぞ」


「何を言う、ジニガン殿。彼奴ヴァダム伯爵は、私の従兄いとこおとしいれたのだぞ? 可哀そうなことに、従兄は爵位の剥奪に資産の没収、今頃は祖国のどこかの鉱山で重労働を強いられているはずだ」


「しかし、それは……」


「怖気づいたか? 私はどうしてもあの生意気な小僧に仕返しをしたくてかなわん! その為なら、危険な行為で王族だろうと学生達だろうと生贄に、奴の悪行と言いふらして回ってやるとも」


 血走った目でジニガン男爵を睨みつけるユッケス男爵。その根底にあるのは恨みであった。彼の従兄いとことは、ドインラン子爵にエスムプレー子爵のことであったようだ。彼等は、ディオネ砦でオルクスの功績を自分のものにしようとして、返り討ちにあった。爵位を剥奪され、不正をこれでもかと発見されて、今は強制労働を余儀なくされた哀れな、とは言い難い者達である。


 それがユッケス男爵の従兄であるなどと言う情報は、オルクスは持っていないが、知ったところで、そんなことまで面倒見切れるか、知った事じゃない。そう言う言葉を発しただろう。彼の中ではもう決着のついた話である。今更持ち出されるような話ではない。


 ただ、彼等の行動は、ヘルウェンの暗部が嗅ぎつけるより先に、マティアのウスウスネバリン君が状況証拠を押さえている。言い逃れなど、はなっから無理だという事をつけ加えておこう。



 ♢♦♦♦



「快晴だねぇ」


「騎士団がいるとは言え、あまりだらけるのは感心しないぞ」


「しかし、騎士団がいて、空に飛竜がいて、別ルートでオルクスの従者達が来てる。ピクニックと言わずなんて言うのさ」


「確かにな。だが、上級生として王族として示しをだな……」


「兄上の言いたいことは分かるが、気をはるのはもう少し後でも良かろう?」


「そうだよ、まだ森も見えてないんだからさ」


「ふむ……」


 そんなことを言い合っているヘルウェンの王族三人。そこにアイリスが声を掛けた。


「容疑者、以降は刺客と呼びますが、彼等は動き出そうとしています。暗部は少し出遅れているようですが、飛竜の速度であれば問題はないでしょう。おさらいですが、森に入る前に生徒の体制を確認してくださいまし。薬を使ってすぐに逃亡するなら、そちらの暗部が抑える手はずです。まだ、薬の使用はされていませんが、死ぬのが嫌なら全力でと生徒にははっぱをかけてください。薬品が使われた後の状況として、わざと後ろに魔物を逃すようにします。その程度なら問題はないだろうという程度ですので、慌てることなく対処願います」


「森までの到着は大凡3時間もあるぞ?」


「魔物の処理は先陣を切って、トヨネさん達が処理します。生徒方にはいつもと変わらぬ前例より少し多いくらいの魔物を手配します」


「今からお膳立てされたのでは、多少やる気が四散するな」


「魔物を放置してもよろしいですのよ」


「いや、減らしてくれ。生徒を預かる身として、責任がとれないほど重傷者が出るのは困る」


「では手はず通りに」


「やっぱり、オルクスのところの従者は怖いよ。僕何かに目覚めそう」


「目覚めるなボケ、変な性癖は一人で十分だ」


「そういえば今頃、どこで何している事やら」



 ♢♦♦♦



「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそったれめえ! 何故この私が!」


 つるはしを振り上げて振り下ろす、その動作を止めてしまった彼は、空気の悪い中で、口元を覆っていた布を顎にずらして悪態をつく。だがしかし、それを目ざとく見つけた監視員が注意を促してきた。それも鞭を振るいながら、である。


「おい! 360番、誰がさぼって良いと言った! さっさと動け!」


「痛いっ! 誰に向かって――、痛っ! やめろ! 分かった、分かったから!」


 ミリャン改め、360番はこう思った。いつか必ず復讐してやる、と。それが叶う

かどうかなど分かりもしない事だが、今の彼にはその思いしかないのであった。その復讐心を糧に身体に鞭を文字通り打たれながら、必死につるはしを振り上げて悪態をつきながら振り下ろす。


 そこには既に、王族としての面影はなかった。……元よりなかったのかもしれないが。


 それに、彼の周りには、彼を祭り上げていた元派閥のメンバー達も大勢いた。彼等は360番以降の番号である。360番がへたをこいたら、連帯責任として仕事を増やされることになっている。なので、監視員から、仕事の追加だと言われた彼等は一様に360番を睨み、あるいはわざとスコップに持っていた土を360番目掛けて投げつけたりしていた。


「や、やめろ! 何を――」


「やかましい! 誰の所為でこうなってると思ってやがる!」


「そうだそうだ!!」


「いっそのこと死ね!」


 その中には、元宮廷魔術師12席のサロモンも含まれていたりする。彼等は、互いにいがみ合い、さらに追加で仕事を振られる羽目になったのは言うまでもない。



 ♢♦♦♦



 男女の4人組が飲み屋の端っこの席を陣取って昼間から酒を飲んでいる。だが、誰も酔っている気配はなく。ぼそぼそと言葉を交わしているようだ。


「ちょっと、あの自信過剰な坊やと連絡が取れなくなったんだけど?」


「知るかよ。どっかのダンジョンに籠って、例の研究とやらをやってるんだろ?」


「それより、ここ最近私達の素性がばれてるみたいなのよ。今もほら、監視してる連中がいるわ」


「どういうこった?」


「誰かが裏切ったか?」


「我等コープスをか? 馬鹿な事を、もしや捕まって情報を漏らしたのやもしれん」


「疑わしいのは連絡の取れなくなった、あの自信過剰な坊やよ」


「しかないわな。まあ、とりあえず、ずらかるぜっ!」


 男は懐から黒い塊の入った四角いガラスを数個取り出し、その場にて足元に叩きつけた。すると、その足元から黒煙が黙々と広がり、店の中を充満するように拡散していった。勿論、店の中はパニックに陥った。その隙をついて、男女は店の入り口を飛び出していくのだった。



 ♢♦♦♦



 フィナトリーにて、カンカントントンと音を立てているのは、船を作っているドックである。


「マジかよ! これが伯爵の言ってた船か!? でっけー!! うっわー、しかも漁船だぜ!! なあ船長! すげー! スゲェ! すげぇよ!!」


「ラライカ、気持ちは分かるが、ちょっとは落ち着け。はあ、やれやれ、伯爵もおもしれえもの見せてくれるぜ。俺等にどれだけの漁獲量を望んでるのかねぇ?」


 二人が見上げている船の全長30mのレドンダ型中型漁業船である。特徴は帆の一つが縦になっているものだ。それが2隻もあることから、それぞれ目的があって使うのか、同じ型なのかその辺の判別が今のところ出来ないが、こんな巨大な船に自分達が乗れるのだと。ラライカ達の期待は大いに盛り上がっている。そこに、船の組み立てをしていた船大工が大声で、こちらに声を掛けて来た。


「ちげーよ、お前等のはそっちじゃなくてあっちだよ」


 船大工がくいっと親指で指した方には、なんとも巨大な船の土台が出来上がりを見せていた。


「はあ? 伯爵は何を考えてるんだ?」


「でかっ!! さっきの奴より全然でかい!! なんじゃこりゃ!?」


「伯爵は漁業の奴等に未来を託すんだとよ。最大で60セルク(m)ありやがる怪物だ。ガレオン型とかいうらしいが、これを乗りこなせるのか? あんたら」


「こんなでかい船……、浮くのかよ?」


「そりゃ浮くに決まってんだろ。船大工舐めてんのか? 嬢ちゃん」


 二人がたまげたのも無理はない。オルクスが発注した全長サイズ60mの漁船、飛竜2頭分ほどはある大きさだ。それを見た二人のあんぐりとした表情に、船大工は満足げに笑っていた。



 ♢♦♦♦



 所変わって、ここはカイルナブイ。ここでは、大規模な建設工事が行われていた。それの目的は教会である。ヴァダム子爵領にある教会と同じ型のガラスを使った明るいゴシック調の教会である。


 シガク・ナーカミ代官の楽しみは、日々出来上がりつつある教会の形と建設風景、それを見守るシスターや子供達の表情。奴隷達と共同作業を行う現地の大人達の様子である。予定では4カ月と時間はかかるものの、それを懸命にやって進めていく作業に当たる人間の何と生き生きとしたことか。


 数カ月前にはあり得ない光景である。これも、伯爵が資材や資金を無駄のないように使って集め、予定を組んで始めたことだ。教会が建てば、次に補修が必要な家を先に回ってから、川の増築、池溜めの建築に取り掛かる予定である。


 ただ一つ伯爵から秘密は守れと言われたことは、怪我や欠損を負った負傷者の回復のことだ。これだけは誰も口にしてはならない。墓までもっていけという告知が成された。だが、言ってみればそれだけなのだ。その一つを守れば村一つで補うべく水の確保ができる。教会は新たに建築され、家の改装、及び修繕もされるという、夢のような現実の話。


 村人の口は固く、子供でさえ決してそのことを口にしようとはしない。それが村の掟であるかのような、一種の口裏合わせ。代官が変わっても、村長や顔役が変わってもそれだけは守られる秘密である。それが破られたとき、伯爵は村を放置するといった。それは村の衰退、あるいは停滞へとまた戻ることを意味するのだ。そんなことになるくらいなら秘密の一つや二つ、墓までもっていくことなど造作もないことである。


 代官や顔役、村長や村人達はそう思った。成長の裏側に良い意味で秘密があってもいいじゃないかと。それが領民の総意であった。



 ♢♦♦♦



 そして、ヘルウェンの治療院。ここにもまた一人、オルクスに助けられた一人の女性がいる。その彼女の名はマリリン、正式に治療院の院長になった者の名である。前院長の残した悪事を暴き、副院長から抜擢された彼女であるが、日々書類との格闘に明け暮れることが多くなった。


 例の赤札による弊害は、ちゃんとした告知と見直しの成果もあり、漸く治療院の正しい在り方、もとい運用にこぎつけたことにより、治療院の認識を改められることとなった。ひとえにオルクスの功績ではあるが、彼は治療院が正常に機能し続けることを望んで、マリリンに功績を誇ることもなく、後を託すのみであった。


 マリリンは常々思うことがある。治療院の元ある姿とは、オルクスが一時的に開いた第二治療院の運営方針ではないのかと。なので、治療院は24時間体制で緊急の処置が必要な患者にも門を開き、安心して通える治療院としての機能を継続させるのが使命だと、彼女が引退するまでそれは続くこととなる。



 ♢♦♦♦



 机に向かい、書類に何やら書き加えながら、癖なのか指で頭を支えるようなポーズで何かしら考えては筆を動かしている。彼が今取り掛かっているのは、アカシア砦とディオネ砦でオルクスが捕虜とした、マヘルナ王国の第四王子コランタンと、ヘーベウスの第三王子クリストバルの処遇について、相手国につきつける予定の内容を考えながら書き記している最中である。


「我が国に有利に動くとは言え、良くこれだけの成果を挙げたものだ。言水球の件もある。事が成れば、いかほどの利益が両国に影響するか……。これ以上何を褒美として出せばいいのやら見当もつかん。誰ぞ知恵を貸してほしいものだ。ん? 本人は何を望むか一度聞いて見るか? ふむ、それも一興か」


 思い立ったが吉日、ではないが、ギース宰相は早速オルクス宛にも手紙を書くことを決めた。


 それよりも差し迫ったのは、二人の他国の王族をいつまでも捕虜としておくわけにもいかない事だ。そうそうに、利益を得る手段を講じて、相手に引き取らせねばならない。もう数カ月この国に軟禁しているのだ。もうそろそろ開放してしまいたいのが本音である。


 ただ、相手もごねるだけごねて引き出せたのは停戦の他に、こまごまとした契約だけ。これでは折角の捕虜も意味を成さない。いっそのこと、見せしめにするか? そう頭に浮かんだこともあるが実行に移すにはリスクが高すぎる。せめてもう少し譲歩を見せろ。誠意を見せろと煽ってやるしかできないで時間を無駄にしている。


 そう言えば領土的に問題を抱えていたことから、土地はダメでも水域があるではないか? そう思ったギース宰相は両国から水域を確保する為の書状を作成し、それが呑めぬならば条約を破棄して、そちらの砦を無人に変えてくれる。そう強気な発言までして見せた。勿論こけおどしである。だが、オルクスがいればやってやれないことはないと思い。それを書状に強めに筆圧で強調させることにした。


 その書状が相手国の二国に届くまでは時間がかかるだろうが、何とか肩の荷が下りたような気分になった宰相は、オルクスに与える褒美、それについて再び頭を悩ませることになる。再び戦争になれば、今度はどんな戦果を挙げ連ねる事やら。頼もしくはあるが、同時に恐ろしくもある。



 ♢♦♦♦



 オルクスについて悩みを抱える人物は他にもいる。ヘルウェンの現宰相ヴァレンである。


 彼もオルクスへの褒美として、何が妥当なのかで頭を悩ます一人である。彼も最終的に本人に聞くのが一番かと常々思うようになり、その相談をユピクスのギース宰相に相談するつもりであった。


 今オルクスが取り組んでいる言水球の中継地点を作ることにより、その効果範囲を各出して、最終的にヘルウェンとユピクスの迅速な連絡手段となり得るものとなるであろう。その運用が実現した時、両国には計り知れない影響が反映されることは明白。


 それにワイバーンのテイムの件だって、あの思い付きでわしも欲しい! と言った自国の王に頭を抱えたくなった。


 時たま上がってくるオルクスの進捗状況の報告に、実現まではもしばらくかかるという安堵すべきものであるが、いくばくか時間が経てば実現するという事だと改めて思うヴァレン宰相は、金銭よりも契約を欲するオルクスに対して、何が妥当となるか悩んだ末、オルクスが図書館を利用することを思い出した。


 禁書の開放、これいけるんじゃね? と思ったヴァレン宰相は普通であれば国王や宰相、宮廷魔術師筆頭などでしか観覧を許されない禁書の開放を条件にしてしまおうと考えた。オルクスは知識欲にも高い水準のものを欲する傾向があることは噂になっている。これはいい考えだ、と早速ギース宰相への相談の手紙を書く宰相であった。


 自分の国はこうするが、そちらの国はどうする? そう言う質問の仕方でなければ面目が立たない。立場故の質問の仕方である。実に面倒な事だが致し方ないことである。これも仕事の内……、なのだろうなと思いながら、部屋の外に控える兵士に手紙を飛竜便でユピクスまで、送るように伝えるのであった。



 ♢♦♦♦



 ウラン・フリーヌ校長。私の役職がそれだ。ここ最近、生徒の間で噂の尽きないヴァダム伯爵。彼はまたもとんでもない計画を巡らしているそうだ。


 なんでも言水球でユピクスと結ぶ計画を立てているとか。そんな上手くいくはずがないだろう。過去にそれに挑戦してきた者達は、鬼才、天才と謳われた者達だ。もしも完成させたなら、何と呼称する? 異端児か? それとも変人か?


 私もそれに挑戦した一人だからその難しさが分かる。あの言水球にそれほどの高い能力はないはずだ。それを一体どうやって形にするというのだろう?


 しかし、宰相殿は何故か完成すると決まっているような口振りであった。彼で不可能なら、誰にもできないだろう。そんな信頼からの言葉であったように思う。私と彼は接触も二度だけしかないそれも短時間の付き合いだ。だからわからないのだろうか? 彼のその才能に、私は嫉妬しているのか? 相手は生徒なのよ?


 この感情は決して外に出してはいけないものだ。教師と言う役職のものが生徒に嫉妬などと。そんな思考や感情はあってはならない。もしも実現したのなら喜んで褒めてあげなくてはならない。それが教師である我々の役目だ。それが前代未聞の偉業だとしても、だ。



 ♢♦♦♦



 ここに、はしたなくベッドに横になっているのは、ヘイリー王女その人であった。


 学院が始まり、宿題の提出で見せた空間収納の魔術。これが今ブームになっているという。火を付けたのは自分だが、それを解明して見せたのは年下の婚約者のオルクスである。彼には宿題を手伝ってもらって、評価まで上げてもらったのだ。何とお礼を言っても言い足りぬほどに。けれど彼は忙しく、今頃何をしているのだろうか。


 私は言玉を見ては溜息をつくようになった。縛られたくないし縛りたくない。そう言う思いがあるけれど、時には羽を休めにいらっしゃいな。自分の両親のような、愛があり仲睦なかむつまじい夫婦像は私にはまだイメージできていないけれど。私はいつでも、貴方がどこにいても、貴方と繋がっている。その気持ちは誰にも負けないつもりでいる。だから、疲れたら休みに来てちょうだい。


 今年も早いもので2カ月と少し経てば終わりを迎えて新しい月日となる。年を重ねる毎に、私達はどう変わっていくのかしら。私はいつでもあなたの傍にいて良いの? そんなことを想いながら窓から広がる空を遠くまで見つめ続ける。



 ♢♦♦♦



 ふう、礼儀作法のレッスンを終えて一息入れる。休憩中も礼儀にうるさい教師陣の視線を気にしながら、カップの中に入れられた水面に映る自分の表情を窺ってみる。覇気がない、そんな気がする表情に見えなくもない。オルクス様、私はまだ貴方の背中を追っています。


 いつか追いついて、一緒に外の世界へ飛び立っていきたい。そんなわがままを貴方は笑って許してくれそう。多少の我儘を聞くのも男の甲斐性。貴方はそう笑って私を支えてくれるけれど。いつしか私も貴方の隣を歩きたいと思います。いつになるか分からないけど。その時まで、私の頑張りは続くのです。貴方が諦め癖を付けてくれるまで、私は頑張りますから。


 そしたら、いつか笑って抱きしめてほしいと思います。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る