第101話

 ♦♦♦


「ユッケス殿、全員配置についた。こちらの準備は万全だ」


「こちらもだ、ジニガン殿。時は迫っている。必ず計画を成し遂げて見せようぞ!」


 私達はジニガン男爵達と手分けして魔力溜まりをあらかじめ、30箇所以上見つけ、そこに配下を配置して狼煙を合図に薬品の使用をするように指示を出した。各自が配置している場所から離脱する際に、通る場所にも薬を撒く予定だ。巻き添えをくらわないように、使用後にすぐにその場を班れて離脱する。離脱後に合流する場所も打ち合わせているから問題はないだろう。


 通常、魔力溜まりは魔物を定期的に生み出す場所、近年では通称リポップポイントなどと呼ばれるものだ。場所は固定ではないので色々と探し回らなければならないのだが、10月だけはポイントが絞られる場所がある。それが我々が滞在している、ここヘルウェン側とユピクス側の中間地点辺り、魔力溜まりエリアとも呼ばれる名所だ。


 放置しても魔物の数が増えるだけで、それ程害があるわけではない。それが以前までの常識であった。が、魔物が増えることで起こり得る被害があると、潰しておけるなら潰しておく方が良いという認識で改められた。魔物の被害、生まれた魔物が住処をここに限定するわけではないし、一定以上の数になると各地で色々弊害が出て問題だからだ。そして毎年、我々はすすんでここを訪れる。


 討伐をするだけでそれなりの報酬は出るし、倒した魔物から魔石や部位が取れればそれなりの資金になるからだ。以前までは従兄達いとこたちとも来ていた場所だが……。ジニガン男爵とは昨年、ばったりこのエリアで出会ったことで意気投合した仲だ。ユピクスの貴族ではあるが、今回は彼にも協力を得ることで、憎きあの小僧。ヴァダム家の長子に復讐する事ができる。


 計画は簡単、魔力溜まりに予め仕掛けた薬品ワナで魔物を呼び出し、それを誘導してヘルウェンの学生達にぶつけるのだ。そして叫び訴える、ヴァダム家の扱う薬品は効果が異常であると、奴がもたらした薬品が効き過ぎて魔物が溢れ出したと。そうすれば、奴の家名や個人の名声も地に落ちると考えたわけだ。


 学生達がこちらに向かって来る予定日時まで時間がある。大抵毎年決まった予定で来るので日付や時間は大体分かる。それにちゃんと学院の情報も入手しているから間違いはないはずだ。多少待ちくたびれる計画だが、慎重になる計画でもある。計画に綻びなどない、その時をじっと待って狼煙を用意する。野営を最低限の荷物だけで過ごすのも今日で終わりだ。忌々しい成り上がりの小僧に、この手で目にもの見せてやるわ!



 ♢♦♦♦



 我々暗部の部隊は、相手がこちらよりも多いことを把握し、刺客の行動を見守ることにした。今は我が国ヘルウェンの殿下達を含む、騎士団と学生の団体が来るのを望遠鏡で見ているのだろう。見た限り、狼煙を上げて一斉に魔物を増やす算段のようだ。奴等の使用する薬品の濃度が気になるが、我々の仕事は魔物の殲滅ではない。殿下達を狙って仕掛けるだろう刺客の捕縛にあるのだから。


 そんなこと、本当はさせる前に捕まえたいけど、それはできない相談だ。殿下達は奴等刺客いた薬品で事が公になることを望んでいる。ヴァダム伯爵の名前や評価をおとしめることが、彼等の悪行の最終目標と知っているのだから。そこで捕らえる筋書きである。傍から考えれば、この作戦はほころびがあり過ぎる計画だと思う。部下からも同意見の内容が聞かれた。それでも目の前の貴族達は、必死になって事を成そうとしている。この綻びだらけの計画を、誰が考えたのか後で問い詰めて必ずはかしてやるわ。


 ヴァダム家の冤罪めんざいは確定している事だ。何故って、その薬品の事をヴァダム伯爵は知らないし、取り扱ってもいないのだ。彼の領地が取り扱う商品は、主に需要が高いポーションや雑貨が多い。魔力溜まりの事は知っていたが興味があまりなさそうだと部下から聞いている。ヴァダム伯爵の性格は多少、マゾっ気があるようなとは失礼だが、領政をいかに発展させるかが彼の願望らしい。普通であれば何とまともで貴族らしい、と絶賛するこころざしだろう。


 だがそんな貴族、いるにはいるが少数派だ。ところが彼は、5歳の身から領政だなんだと、自分の資産をはたいて実家を盛り立てているらしい。彼の生い立ちで、父親が我が国と一戦交えて死亡したと報告を受けてから、彼は数日寝込んだと聞いた。幼子にそれは無理もないことと思うが、彼は目覚めてからの行動がおかしいのだ。いや、母親を助ける為に邁進した、と見えなくもないが、実は父親が生きていたと分かっても、奇行は収まらなかったようだ。


 まず奴隷を多く購入しては、奴隷の集落を立ち上げ、水車を建ててから領民と共に先ず行ったのは教会の建設だ。同時進行で他にも田畑の開拓や、森の開拓も行っていたらしいが、普通は奴隷と領民で何かしら摩擦まさつを生むはずだ。だが、それもなかったらしい。さらに珍しくと言うか、奇行と言うか魔物をテイムして、そのおかげで品質の良い蜂蜜がヴァダム子爵領の特産品になった。


 それに、奴隷を教師にして知識を学習したり、本屋で興味のく書籍を買い漁ったものを読んだりして、次は紙の生産に着手していたのだ。子供の頭は柔軟と言うが、彼の行動原理が分からない。彼はそれを行商人に売ってはお金を溜めて、資産を増やし続けていた。それから生産が領地で満たされ始めると、次はユピクスの冒険者ギルドに、ポーションや雑貨を納品しだした。多少省いた部分もあるが、子供の考えを通り越して、大人顔負けの領政とあきないで、男爵家の収益の一端を構築したのだ。


 ありがちな領主は基本的に領民から土地の貸金、あるいは食料を接収するのが普通よね。それを、5歳の子供が奴隷や魔物を使ったとは言え、収入源を確保して見せたのだ。凄いことだし、あり得ない事だと思う。ラクシェ王女はその時の奴隷の一員だったと聞いているが、奴隷に一切の無理難題を押し付けたことはないというし、あの子はとんだ変わり種よ。


 ああ、話がそれ過ぎてしまったから本筋にもどすけど、派遣された我等暗部も、今は黒装束だが、普段の仕事は国内での諜報や、不穏な動きの調査が主だ。他にも担っている仕事はあるが、それは表の顔である。カモフラージュとも言える事だ。



 ヴァダム伯爵の陣営がここを攻めた時点で、この場を離れて奴等を捕縛する為に移動する。顔に仮面をつけているので素性はばれない。ヴァダム伯爵から拘束用に魔道具を借りているので、暗部として見られるのも一瞬だろう。この拘束の魔道具、うちヘルウェンでも採用してほしいわ。


 ふと、模擬戦大会での彼を思い出した。従者の能力は計り知れないものだった。が、魔術には驚いたが、ヴァダム伯爵本人は普通の子供だと思える身体能力だと思う。ただ、彼の真価は肉体労働よりも頭脳労働だろう。しかも魔術方面が得意で執務にも活用すると聞いている。うちヘルウェンの国に頭脳労働ができる者は居ても、その能力が飛び抜けて高い者はそれほどいない。宰相様は別だが、伯爵のポジションは不変ではなかろうか。


 ……ダメだ、また思考が目的とずれている。暗部の上役として、この計画にミスは許されない。私は少しかぶりを振って意識を切り替える。周囲の確認をする。10人以上の刺客達は、置き土産に移動中も薬品を撒き続けるつもりなのか、持っている瓶の数が一人数個ベルトに詰めているのを確認した。これは、相当な覚悟の上で挑まなくては、刺客を捕縛する前に魔物の数に呑まれるわ。殿下達も無茶な計画を立てたものだ。


 それを支持するヴァダム伯爵も、命令にそむかない彼の従者もどうかしているとしか思えない。魔力溜まりを甘く見ているのか? いや、我が国の誇るダンジョン、“数の暴力”をわずかな手勢で攻略した者達だ。これから起こる規模が、それに劣るものとなるのか? 暗部で“数の暴力”に行って力試しなど、ものの数分持たなかったと思う。退避するにも犠牲を出しかけたほどだ。


 それを思えば軽々とこなして見せるのか、異常な魔力溜まりの攻略を……。気にはなるが、自分達の仕事を優先しましょう。



 ♢♦♦♦



 学生の一団を目視で確認? ええ、こちらはまだよ、了解。そちらの位置情報は分かるが目視はまだできていない。トヨネさんにそちらは任せるから。そう言ってアイリスは念話でトヨネさん側と連絡を取った。殿下達の乗る荷馬車に同乗して、周辺の様子をくまなく確認する。トヨネさんの方からはこちらが見えているらしいが、丘の上り下りが緩やかになっていて、こちらからの確認がしにくい。あ、見えたわね。


 マティアからは、刺客と暗部の様子が念話で連絡された。向こうもスタンバイできたようだ。後は向こう刺客にこちらの一団が視認されればよいだけだけど。合図となる狼煙とやらはまだ見えないことから、向こうはまだこちらを発見できていないのだろう。犯行が分かっているのに、わざと実行させて捕まえるという、今回の動きと目的。


 オルクス様からは、とりあえず刺客の思うように動かして、対処をするのは迅速に頼むと、そう仰っていた。我等が30も部隊を混成させて、食い止められぬわけはない。だが、この演習は魔物の狩りを学生にも討伐させるという目的がある。それをオルクス様は望んでいらっしゃった。我々ガーディアンの数は、国の目に見える形としては少数、殿下達の護衛を陰ながら支援するスタンスである。


 曰く、僕等だけ良いとこ取りだけしては、騎士団や学生の士気や意識、認識に至るまでに誤差が生じる。その誤差で出来たゆがみは、いざ目の前に危険が迫って初めて改められる。だがしかし、それでは遅いのだ。そうならない為にわざと、従者達の陣営から魔物を漏らして、後方で雑談している生徒や新兵連中に頭を冷やさせるのが目的だ。後方でぬくぬく、は言い過ぎかもだけどね。適度な緊張で警戒するくらいが丁度良い塩梅あんばいだろう。実戦経験と言うのは貴重で大切だからね。と、そう言うことらしい。


 私もそう思う。人間は脆くその死にざまもあっけないことがある。そうならぬ為の演習である以上、泣き言など聞く耳は持たないし、その必要性を感じない。私達のような戦闘をこなせるガーディアン存在ではない、生身の騎士団や学生だけれど、実戦と同じく動くことが期待されているのだ。そこで、例え死人が出たとしても、それがトラウマになったとしても、人間は本能で抗う術を知っている。国王陛下はそう期待しているんだってさ、なんて軽く言うオルクス様だけど。


 その国王の言葉を学院の方針としても示している。という事は学院も国王の言葉が正しいと思っているのかもしれない。まあ、元AIである我等に、危機管理能力を持てと命じた主様の方針に近いものという事だろう。いつどこで自分よりも強い相手が現れるか知れない世界で、何もしないでのうのうと過ごすことを良しとしない、主様らしい考えだ。


 そう言う方針が酷似こくじしているからこそ、えて魔物討伐に本腰を入れないで、生徒や騎士団に現場を譲るという事だろう。最悪な事態さえなければ、学生や騎士団だけでも対処できるだろうとのこと。それに我々の目的は第一に殿下達の保護、ついでに・・・・、第二に必要なら生徒達の避難誘導、第三に刺客の捕獲の補助である。


 改めて言うけど第二も、第三もついでである。殿下達の安全さえ守れば基本的に、他の生徒や新兵に用はないという我等が主様。慈悲が少し薄れてきてるような気がしないでもないが、そこまで面倒見切れるかって基準を設けたいのだそうだ。自分のてのひらに乗せられる物がどれだけあるかが知りたいという事か。主様とて神や英雄ではない、我等従者にはそれに近い存在ではあるけれど、ただ近しい存在であるだけ。


 万能などでは決してない。オルクス様の行き届かぬ部分を、少しでも埋めるのが我等が務め。なれば、主様の目的を達成させることが、我等の目的となるのだ。それを何人なんびとも邪魔だて等許しはしない。この思いは従者一同の総意であると断言できる。オルクス様が安心して我等を送り出した、その期待に応えなくてわね。



 ♢♦♦♦



 狼煙を準備して1時間が経過、漸く学生を乗せた荷馬車と、それを護衛する騎士団が見えた。それが確認できた今がチャンスだ。こちらまでの到着時間を予想して、準備した狼煙を上げて薬品を投与していく。魔力溜まりの不思議な現象は、薬品の蓋を開けてそのまま放り込んでやると、ビンから勝手に薬品を吸い上げるんだ。依然、この現象について解明されてないが諸説はある。


 魔力溜まりの魔物を生み出す前触れである、周囲のマナの吸収、あるいは収束に薬品が効果を与えるものなのだろう。理屈的に合っているだろこの諸説が、薬品の素材からも一番有力なものである。薬品名“マナエッセンス”という。マナを多く含む性質の薬草を、他の相乗効果のある薬草と混ぜ合わせる。


 マナポーションに似た効能であるが、マナポーションは人間に有効であり、マナエッセンスは魔力の効果を上げる道具や魔石、鉱石に効果を与える。分類的には魔力の宿る物品の効果を底上げする効果をもつものである。



 さておき、狼煙がガーディアン達の目にはっきり見えた頃、アイリスが殿下達に報告をあげて、先行するトヨネ達の部隊が馬車を置き去りに突撃していく。森に一番乗りしたトヨネ達の部隊は陣形を凸形態に変えて、森を切り抜けていく。狼煙の上がっている場所から馬車まで、普通の人間が走ったところで休憩せずだとも40分以上は掛かる。それを数分で辿り着く健脚に度肝を抜けばいいのか、迅速に整列した部隊で、魔物の群れが現れるのを見据える余裕に呆れればいいのか、状況をダイレクトに言われている殿下達さえ分からないところである。



 トヨネ達の目標は魔物の発生と同時に、ある程度の数を残して殲滅することにあり、狼煙の付近にあった魔力溜まりの近くに、足をもつれさせていきなり現れた女性陣に驚きで固まっているユッケス男爵達。来るのが早すぎたか、とトヨネが表情にイラつきを見せた頃に、やっと再起動したユッケス男爵は、遅まきながらフードで顔を隠し、その場をこけながら前のめりに無様に走り出した。


「退け! もたもたするな」


 自分が一番もたついている癖に、同行人を叱咤する。暗部もそれに多少の戸惑いはあれど、計画に支障なしと逃げた刺客の足取りを追った。



 薬品が撒かれて約数分が経過したとき、漸くその魔力溜まりに変化が見られ始める。まず透明に近かったマナ魔力の渦が濁り出したのだ。次に濁り出したマナの渦から、徐々に魔物の気配が湧き起こる。普通の魔力溜まりならば一体から三体ずつ出てくるところが、薬品の影響で出現する数が一気に10体以上、一ヵ所の魔力溜まりから現れた。以降その数は詰められるように増しに増していく。


 魔力溜まりの影響を観察していたトヨネ達は、そろそろいいか? と未だ生み出され続けている魔物達にその刃を向けて突進していく。魔物達の種類は統一性はないが、獣の二足歩行と四足歩行、あるいはゴブリンやオークと呼ばれる人型が多いようだ。稀に空中を飛ぶ巨大な大鷲のような魔物も出てくるが、厄介そうなのは早めにという事なのだろう、1500m離れた場所から、狙撃体勢に入っていた狙撃手の別動隊が、狙いすまして胸と顔を吹っ飛ばして仕留めたようだ。


 これで今のところ、地上にしか敵がいない状態である。生み出される速度と処理する速度、どちらかと言えば何故か処理する側の方が早い。それもそのはず、トヨネの部隊は基本的に剣士型の武器を使っている者が多く。後方からは援護射撃の銃撃が飛んでくる。銃撃も剣撃も、等しく複数を屠っていくのだ。生み出している側も半端ない速度で魔物を生み出すが、疲れ知らずなガーディアン達には、ダンジョンである“数の暴力”よりも難易度が低いエリアのような、肩慣らしに近いものである。


 だが、トヨネは仕事を忘れない。魔物の数がかなり減った時点で、一部ガーディアン達を魔石の回収、他の部隊には魔物の一部をわざと逃がす様に追い立てる動きを要求して見せる。これで漸く仕事は果たしたと見て良いだろうか。こちらに損害は? そんな軟弱な者はいないかと、それを確認して、これ以上の魔物の殲滅は意味を成さないと、アイリスに連絡。


 連絡を受け取ったアイリスの言葉を聞いて、やっとこさ自分達の出番と、馬車を降りて生徒達をまとめ上げ始めるターヴィ殿下とユルマ殿下。


 騎士団は騎士団で周囲の魔物の有無を確認しに行ったり、辺りを見張りに人員を分けて行動する予定のところをヨウシア殿下が制止した。


「騎士団長、少しよろしいか?」


「はっ、ヨウシア殿下。何か?」


「騎士団には悪いが、もうすぐこちらに我々を暗殺しに刺客が来る。それも魔物を引き連れた連中がな。それ等の捕縛は暗部がするが、魔物の対処は学生等と共同で何とかしてほしい。魔物の規模はそれなりらしいが、学生や新兵の実戦慣れは必要だ。可能だろうか団長?」


「言っておられた件ですな。それで、それは確かな情報なのでしょうか?」


「間違いない。時間にして10分後にはこちらに来る、魔力溜まりの駆除を装った10名以上の刺客。その後に来る、多少規模がある魔物の一団だ。騎士団には生徒の指示と共に、そちらも頼みたい」


「規模によりますが、こちらで対処可能とあらば」


「任せる。普段の騎士団であればもっと先に情報を渡せたのだが、新兵に情報を渡せば統制が乱れて相手に気付かれる可能性もあった。直近で述べることを許してほしい」


「お考えは分かっております。ではこれより森へ入る部隊ではなく、訓練を装い森からの奇襲に備えた陣形を取ります。では、指示を出してまいりますので失礼致します」


「よろしく頼む」


 騎士団長は胸に手を当てて、その場をすぐさま離れ指揮に入った。



 ♢♦♦♦



 ジニガン男爵を含む私達は、そろそろ抜けるだろう森を必死になって走り抜ける。その先にいるだろう、学生達やら騎士団やらに助けを求める為だ。先ほど現れた女性陣は一体何だったのか。頭から離れないが、必死に後ろも見ずにその場所を目指す。そして。やっとの思いで走り抜けた先で待っていたのは、横一列に長い陣形を何重かにして待ち構えていた、ヘルウェンの騎士団と学生達であった。


 何故こちらに陣形を向けているのか不明だが、予行演習か何かだろう。我等の予定に変更はない。魔物の一団をぶつけて混乱させてやる!


「た、助けてくれ!」


「お、お願いします!」


「ま、魔物がわんさか溢れ出して――」


「よし、とりあえず、名を名のられよ! そしてどこの者か明らかにされよ。我々はヘルウェンの騎士団と学院の生徒の一団だ。この地には魔物の討伐にまかり越した。そして私はこの陣営の責任者である騎士団長ヌグアーム・マッハー。貴殿等は何を目的にここへ来たのか、先ずはそれからだ!」


 騎士の鎧を着た男性は騎士団長であるらしい。予定にないこともあるが、これはこれで都合が良い、そう思って私は乾いた下唇を少し濡らし息を整えて告げた。


「わ、我々は、魔力溜まりの駆除に来たヘルウェンの者だ」


「こちらも目的は同じく。私達はユピクスから来た」


「ヴァダム家の納品した薬品を使ってな。だが、その薬の効果が大きすぎて、魔力溜まりは大混乱だ。情けなくも命辛々逃げてきたところ。騎士団長殿、我々では到底力不足故、何とか手を貸してもらえぬだろうか。全てはヴァダム伯爵のもたらした薬品の所為なのだ!」


 言ってやったぞ、これであの小僧の評価が格段に下がるだろう。内心ほくそ笑む私は、騎士団長についてくるように言われ、馬車のある場所まで移動した。その馬車の付近で少し待てと言われ、仲間と固まって待機していると、我等を囲むように、黒装束と仮面をつけた者達に、今度は取り囲まれていることに、遅まきながら気づいた。


 そこに、誰かを連れて戻って来た騎士団長が、私達を指差して連れて来た人間へ礼をとる。


「お前達が魔力溜まりの駆除に来た者か、所属の国は聞いたが名前がまだだ。まず名乗りを上げてもらおう。我はヨウシア、ヘルウェンの第一王子。さあ、名乗れ。魔物は心配しなくても、騎士団や生徒が何とかするだろう」


「は、私はヘルウェン王国のアサーキ・ユッケス男爵、それと付き添いの者がおります。それとユピクス王国のモーン・ジニガン男爵殿、その付き添いもおります。殿下にお会いできるとは、夢にも思っておりませんでしが、お会いできたことに喜びを感じております」


「よい、私はまだ学生故、居合わせただけにすぎぬ。して、先ほど騎士団長から聞いたが、薬品の手配をヴァダム伯爵がしたと言ったか?」


「は、我々はヴァダム家が納めた薬品で、ヴァダム伯爵本人から、これを使って魔力溜まりの駆除をせよと、ですがその薬が強力で魔物が溢れ出し――」


「他に言い残したことはないか?」


「は? いえ、ございません。全てはヴァダム伯爵の――」


「よし、こいつらを捕縛し飛竜の籠に乗せろ。一度ヘルウェンで身柄を確保してから、ユピクスと連絡を取って裁可を下す。引っ立てよ! すぐに本国に移送だ!」


「は!? 何を馬鹿な? 我々は――」


「同じ台詞を何度も言うな。見苦しいにも程がある! 王族殺しの未遂と、虚偽の状況説明。ヴァダム伯爵への一切のおとしめる発言は全て計画にあったものだろう? ああ、答えなくて良い。全てわかっていて、そちらの計画を見過ごしてやっていたのだからな」


「な!?」


 私は仲間を見て裏切り者でもいるのかと見回した。だが、その様子はない。いつどこで、何故ばれた!?


「もういいよ、兄さん。早く送っちゃいなよ。魔物が迫ってるらしいよ」


「うむ、そうだな」


「な、何かの間違いです! 我々ははかられたのだ! 全て、あの小僧の――」


 そこで私の視界や口、耳に粘着するようなものが装着され。呼吸はできるが声も出せず、身動きはいつの間にか封じられて、固い何かの上に転がされていた。それが私の知る現場の最後である。



 ♦



 と言う結果に終わったが、お前の事だし、もう報告は受けてるんだろ? ターヴィ殿下がそう言って報告を読み上げた。ここは生徒会室である。二泊三日の野営演習を終えて帰ってこられた殿下達。先に飛竜で送り出された刺客16名は、すぐさまヘルウェンの発着所でお縄になったわけだが。ユピクスの貴族については、ユピクス側で裁きを与えるという事だ。


 それと、少し懸念していた魔物の討伐は、特に難無く撃退できたようだ。まあ、過剰戦力と言うか、トヨネ達が魔物の処理する量を予想より多く倒してしまった。結局、あおって逃がした魔物の数が言うほど多くなかった、と言うだけの結果になったわけだ。


 生まれたての魔物であり、LVも低いという事で、数がそれなりにいたが脅威ではなかったという。ただ、トヨネ達のテコ入れが無ければ、多少問題があったかもしれないと、騎士団も生徒もそれなりに経験を積めて今後の課題もできたらしい。


「王族殺し、それに発展したわけではないでしょうに。刺客って呼び方が物騒ですよね?」


「生徒を巻き込む時点で、我々王族が含まれていることは知っていたはずだ。刺客と呼んで何が悪いのさ。近年、必要以上に増えた役に立たない貴族が、ホイホイ捕まるから宰相や暗部が喜んでいたよ。君を、うち暗部にスカウトしたいってさ」


「折角ですが僕の柄じゃないですし、行く気もやる気もありません。ただ、有益な情報を頂けるなら協力は致しますが……、そう返答しておいて頂けますか?」


「君らしいね。抜け目がない」


 それから少しした雑談をはさみ、あー、そう言えば、と思い出した。海の事で言っておかなければならないことがある。僕はそれをメモを取り出して述べる。


「ところで、話は変わりますけど良いですか?」


「ん? 何か気になる事でも?」


「いえ、ヘルウェン王国は今後港が完成したら、海域を得て漁業が盛んになるでしょう。その人選はもう終わっているのですか?」


「兄上、知ってる」


「いや、私は聞いてないな。ターヴィはどうだ?」


「いや、なにも?」


 不思議な顔をしてお三方が顔を見合わせている。


「認識にないかもしれませんが、船と言うのは一種の村と同じなんです。船の大きさによりますが数人から数十人、数百人、多くて千人近い。そこで日を過ごす船乗りは、色々と陸地では問題にされないことを問題にしなくてはいけません。海をただの池や湖と同じく考えてはいけないという事です」


「ちなみに、何が問題なんだ?」


「山に高山病がある様に、海に出る人間は壊血病かいけつびょうという、身体に流れる血の中に巡る、一部の要素が欠落する病気があります。海に出てすぐにはかからない病気であり、また個人差もありますが、海で仕事をし続ければ必ずと言う頻度の高さで、いずれかかる病気です。補う方法はありますが、これには船の上や陸地での食生活が重要なのです。

 大まかに言えば野菜、限定すればレモンやライムなどの食べ物や飲み物が必要不可欠です。用意することは恐らくユピクスから話が出るでしょうけど、労働者には早めに告知するべきと提案します。食事に必ず野菜が含まれ、海上では腐りやすいパンなどが食べられないのです。

 それと観光目的で船に乗るということも将来的に実現するでしょう。ですが、その遊び半分で海に出て病気になるのは馬鹿らしいですからね。認知されるべき事柄は早めに告知するべきでしょう」


「なるほど……。聞いたことがないというか、これまで関係性が薄いことだった。故にそう言う話には疎いのは認める。お前の話から察するに、その病気は魔術の治癒では治らないものなのか?」


「緩和する意味はあるでしょう。ですが完治させることはできません。根本的に体に足りていないのですから。食生活をきっちり守らせることが重要なのだと、労働者には口すっぱく話をしないといけません。宰相様には手紙で出しますので、殿下方には海に出る際に気を付けることを、早めにお知らせしたかったのです」


 そういうことか、忠告に感謝する。そう言って殿下達は何やらメモ帳に書き記している。何でも、日頃から僕がメモ帳を使う癖を見て真似しているそうだ。今記憶していても、後々忘れては意味がないのでな、とのことである。



 とりあえず、次は11月にある時期外れの模擬戦大会だ。これには、もう僕は出ませんよと、殿下達や講師陣には伝えてあるので、お鉢が回ってくることはないと思う。


 ちなみに12月の半ばから1月まで半月ほどの休みがある。その休みの間に僕は次に何をしようかと予定を組んでいるところだ。飛竜の活躍でかなり活動範囲が広がった。所有する各領を回って安定している様なら、少し東に飛竜を飛ばして旅してみるのもいいかもしれないな。あー、でも獣人の国マスクヴァも行ってみたい。


 僕は沸き起こる想像を抑えて、生徒会室を後にした。



 ♦ ♦



 今年の模擬戦大会、時期は外れているのだけど、その分盛り上がっているようだ。今年は賭けとか、そう言うのも全面的に自重させてもらい、完全に不参加を決め込むつもりだ。


 と言うか、従者が暇を見つけてはダンジョンへ行くし、実家からは仕送りなんてせずとも十分稼げてると連絡が来ているし、その資金の一部は貯めて、一部は家畜や道の整地など他の事業に使っているが、使い切れていないのが実情らしい。嬉しい悲鳴と言う奴か。そんな事を言われても、僕は日常でお金を使うことは殆どないし、資金がたまる一方である。


 そりゃ奴隷を買ったり、服や食費等はあるけれど。消費よりも収入の方が大きいので釣り合わない。ちなみに、従者にも好きに使って良いお金は月給で払っている。元AIの彼等の中には必要ないという者もいるが、自分自身ガーディアンに趣味を持った方がより人間味が増すという事を説明して、月給で好きなように過ごす時間を与えている。


 ただ、彼等は基本、主である僕に仕えるのが義務であるらしい。たまにモモカみたいに買い食いしたり、酒や武具、実用品等を趣味にする者もいるが、大抵がちょいちょい使っては貯金する者が多い傾向だ。まあ、その辺は自由意思を尊重するけどね。


 話がれたが、模擬戦大会の日は授業が免除されるとのこと。人混みが嫌なので図書館で本を読んで過ごす僕には、その日は良い休日代わりになるだろう、そう思っていた。だが、緊急事態とは意図せずやってくるものなのらしい。ユピクス王国より火急的速やかに、と呼び出しが掛かったのは11月にさしかかる、少し肌寒い早朝の事である。

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