第102話
今年も肌寒い気温を気にするようになって久しいが、特記する内容も無く模擬戦大会が問題なく終わり、また平穏な学院ライフが始まりると思いきや、僕が今いるのはユピクスの王城のギース宰相様の執務室である。何がどうしてこうなったのか、火急の呼び出しを受けた。今はまだ、ヘルウェンの学院で授業日程がある11月17日である。
そして、呼び出されて開口一番。ギース宰相様は難しい顔をして告げられた。
「急ぎで悪いとは思うのだが……、飛竜で隊を組み、アカシア砦へ向かいマヘルナ国と一戦交えてほしい。これは、もはやそなたにしか頼めぬ」
「
「正直に言えば、そなたには抑止力となってほしい。国境の警備から緊急の報告は届いたのだが、どうもよくわからん事態なのだ。アカシア砦からの早馬で送られてきた書状に、敵に新たな動き在りときた。
しかも、相手はそなたが使うような遠距離での攻撃に重きを置いて、陸だけでなく雲の上からも攻撃され、砦が総崩れになりそうだと、砦の総指揮官ラトランド・ボーウェル伯爵からの緊急の知らせだ。馬車でも援軍は出すが、それでは恐らく遅すぎるだろう。
報告にあったのは、敵側の移動する鉄の箱や鉄の筒から魔術が止めどなく垂れ流され、警備部隊は砦を盾にしても殆ど無力。頼れるのは遠距離である弓に魔術やスキルの攻撃力と障壁だけと来た。これらが何を表しているのか、詳しくは分からぬ。だが、これを今現在、即時打開できるのは、そなたしかおらんだろう。私はそう確信している」
宰相様は淡々と僕にそのことを告げて一息ついた。
だが、今の説明だけでは僕も何が何やら分からない。そもそも、マヘルナとは休戦協定が成されているはずだ。それを破って攻撃してきたという事なのだろうか。国と国との間に何が起きているのか僕では把握できていない。その部分について説明を求めることにした。
「総括するに、それは向こうと交渉が上手く行ってないってことですか?」
僕の質問に苦い顔をしたがギース宰相様は、相手から一方的に休戦を打ち切られた、そう声を絞った。協定が打ち切られて数日後には、戦争を宣言もなく再開だそうだ。
「それって結局、相手に聞く耳がないってことですよね?」
「第4王子がそれほど重要ではないのか……、それとも他に、現状を覆す奥の手でも持っていたのか、あるいはそのどちらもだったりする可能性もある」
あれだけやられてまだ懲りないとか、お仕置きが足りてなかったのかな?
「相手が何を持って反発、この場合攻撃ですか。しているのか確かめる必要がありますね。いっその事、相手の国境の砦を潰しましょうか?」
「ふむ、実力行使か? お主が出来ると言うのならできるのだろうが……。相手を追い込むあまりやりたくない手だな。ただ、今の状況ではやむ無しではある。出来るならやってくれてかまわん」
その言葉に僕は驚いた。
「いや、あ、あの、言い出したのは自分ですが、本気ですか? まあ、我が国が見下されているなら、確かに見せしめは必要かと思いますが。それ程マヘルナの動きが活発なのですか?」
「……そのようだ。攻められて数日で早馬での急報。アカシア砦から近い領地の増援ではあまり意味はなく、特に魔術師が足りぬらしい。敵の攻撃は常に行われている状態で、こちらは今、魔術師による物理障壁で防戦一方ではあるが、何とか防衛しているという。率直に聞くがいつ出発できる?」
宰相様の質問に、急ぎなのだろうと再確認する。
「今日、明日にもいかないと国境が危ないのでしょう? 学院での僕の予定はご破算です。それは兎も角、こちらの準備はすぐできますが、
「すまんな、話が早くて助かる。
「承知しました」
国境の危機という事で戦場に駆り出される僕。相手がどんな手で来ているのか分からないが、僕の後日に控えている冬休みは、結局こんな形でつぶされるのかもしれない……。
♦
そして、出撃命令を受けた翌日の早朝は、少し曇りで小雨がパラパラと降っている。こんなタイミングでマヘルナから休戦破棄が成されたのだ。それも一方的にである。戦力面と移動速度、それに移送が可能であると僕がアカシア砦へ向かう羽目になるとは……。人選としては当然の人事だけれど、去年の戦場を思い出す。いや、多少の肌寒さは10月の終わりから感じていた事だ。
去年よりも、起こっている状況は悪い方へ傾いているのだろう。積み荷と人員が、飛竜の籠にどっさりと運搬と移動がされている。そして、漸く準備は整ったようだ。
「そなたには無理を度々頼むが、可能な限り相手の手の内を暴いてほしい。が、まずは国境のアカシア砦の死守が優先だ。その後は出来れば相手を追い返してくれればよい。そなたならば可能だろう。吉報を待っておる」
「僕は普通の人間ですよ? この国の貴族として、言いつけられたことはやりますが、いつも成功して功績ばかり持ち帰ってくるとは思わないでください。まあただし、交わし契約した内容は、事が成った時に果たして頂きますけど」
「その言葉のどこに不安要素があるのか知りたいわい。まあよい、よろしく頼む」
「では、行きます。さあ、出して!」
「はっ! 各飛竜、間隔をとり出発せよ。我等も行くぞコルチール!」
飛竜が15体で人や物資を乗せる籠を持ち、それぞれ特技を持つ従者が80名と、頼まれた資材や人員の大掛かりな移動となっているが、目指すはユピクスの国境警備がされているアカシア砦。状況の確認後にさらに東、マヘルナ王国の国境の砦、名前はデマンク砦だったかな? とりあえず、そこまで敵軍を追い返すことが目的になった。
宰相様とは報酬を殆ど契約に変えてもらっての取引である。功績の交換条件としては、国が何を出して良いかわからぬと、匙を投げる始末だ。それでいいのかと思わなくもないが、こちらからしたら、もらえる契約が増えるのは嬉しいことなので、文句は言うほどない。
将来、僕が歳を取って領地に引きこもる。ありえるかな? まだ、そこまでのビジョンは浮かばない。さておきそうなったときに、必要な契約は持っておくべきだと思った。後々必要になるだろうことは、出来る限り手に入れておくべきだ。まあ、チャンスを生かす動きをしなければならないし、望まれているのだから。応えないわけにはいかないだろう。
少し雨足が強くなってきた。飛竜から放たれる魔力によって、雨に打たれるようなことはない。この時期は雨か雪が多く、雲の層が厚い。この雨の中を敵の砦に取りつくのに利用できるだろうか。陣営に自信があっても無鉄砲に正面突破なんて、僕の性格からはない手段だ。まずはアカシア砦の責任者に今回の辞令を伝え、加勢の予定を教えておく。
僕の仕事はまず、相手であるマヘルナ国の強気な行動の裏に何があるのか。それを探るのが一つ、それが対処できるものならする。が、できないなら、嫌がらせを地味にやっていき、意表をついて敵の砦に強行潜入だ。何が出てくるのかドキドキするけど、藪をつついて蛇が出てくるような予感がヒシヒシする。この緊張感、これは危険察知スキルの恩恵か? ヴァーガーの店で会った、久しぶりの転生者の存在。彼が持っていたスキルは危険察知と、アポーツと言うと何かしらモノを取り寄せる
述べたスキルは、あまり大したことがなさそうなスキルに思われそうだが、アポーツや透視、これって視野の範囲のもの以外も見たり引き寄せることができるんだ。範囲がないわけではないんだけど、探し物ができて超便利! え、つまらんって? いやいや、結構使えるスキルなんだよ? 人のものだろって? 元々は基本、僕等の異能は女神様からの恩恵なんだ。活用する人が廃人になってしまったのだし、なら僕が活用しても良いんじゃない? ヘルプさんも、特に問題ないと言っていたので良しとしてほしい。
それよりも、今はアカシア砦のさらに東、デマンク砦への偵察が急務だ。さて、何が出てくることやら。
♢♦♦♦
「ボーウェル指令! l敵の攻撃が止みません。我々はどうすれば――」
「
だが、魔術師の数には限りがある。それに、魔術師は気力や根性で奮い立つ戦士タイプではない。神経や精神力、集中力に重きを置き、それによって活躍するタイプの兵科だ。いくら魔力に余力があろうと人間である限り、睡眠時間を削り、ろくな休息も取れず、まともに食事を摂る時間もなく、長時間気をはって戦闘を継続することなど不可能だ。そんなことは分かっている! だが現状、そうするしかないのだ……。
私は戦場を高みから見渡せる場所、砦の中心に近い場所の部屋から外を見渡していた。
「指令! 敵の攻撃は続いていますが、当初の勢いよりかはましになっております。日が沈みかけると、敵の攻撃が弱まるのはここ数日と同じようです」
「さすがに敵も休息は必要なのだろう。よし、魔術師の数人を順番に休ませろ。疲労が酷いものを優先してな。持久戦に持ち込めば本国が動いてくれるだろう。それまでは何としても耐え抜いて見せる。
それと前線の塹壕を隙を見て補強せよ。弓は弧を描くように撃ちながら牽制も忘れるなよ! 敵の猛攻に砦全体を守ることは不可能だ。だが守る範囲をある程度絞れば、魔術師の負担も減るだろう。攻勢に出れぬ事は悔しいが、籠城戦術を見越した負けぬ戦をすればよい! それを皆に徹底させろ!」
「はっ!」
はあ……、くそっ。指示を出してはいるが、相手は遠距離からの攻撃を主に行って白兵戦を挑んでくる気配はない。かといって、こちらが無理に突っ込めばたちまち遠距離攻撃の餌食だ。兵士の装備している盾を用いても防げぬ強力な攻撃。防御に使える手段は魔術以外では殆ど無意味だ。部下には
それまでに、何とか打開策を見出さねば……、この砦は落ちる。
「ボーウェル伯爵、増援に来たぞ! だが、あれはなんだ?」
アカシア砦から数日の距離にいある領地の貴族、ペルハム・コネリー伯爵。彼も来てくれたか。心強い味方ではあるが、敵の化け物を目にしたのだろう。その質問を聞くのは何度目になるか。駆けつけてくれる増援に感謝はすれど、質問に答える回答を見いだせていない私としては、聞かれる度に神経が磨り減る。
「コネリー伯爵、すまないが私も敵と対峙してはいるが、殆ど敵の手の内が分かっていないのだ。ただ分かることと言えば、敵の攻撃は魔術ではなく物理攻撃であるらしい。
魔術で魔術障壁をはったが、障壁を素通りしてきた。今は物理障壁を展開するように魔術師へ指示を出してしのいでいる。それと、弓や剣ではあの化け物、通称“鉄の箱”には傷が殆ど付かないという事。奴等はあれらを盾にして、“鉄の筒”から遠距離攻撃してくる。……それぐらいだ」
「なんと……、それでは何か? 魔術以外に有効な対抗手段がないという事か?」
「悔しいが、今のところそう言うことになるな……。闇雲にだが、鉄の箱を飛び越えるように弓を射れば、運良く生身の敵に当たる場合もある。気休め程度だが、反撃しないよりはましと言ったところか……」
「むう、そうか。貴殿の早馬の伝令に、魔術師や弓を優先して手配させていたのはそう言うことか。状況は何となくだが理解した。だがそれでも、何とかこの砦を防衛する手腕、さすがと言うべきか」
彼は私の事を褒めてくれたが、コネリー伯爵の賛辞に私はゆっくり首を振った。
「貴殿からの言葉は嬉しいのだが、これには訳有で知恵をもらったのだ。私自身も鉄の箱相手につうじるか半信半疑ではあったが、今回の防衛にこれほど役に立つとは正直言って思っていなかったよ」
「ほう? 知恵をもらったとは?」
「砦の外に通路のような塹壕があったのは見たか? あれを機能的に活用できるように用意していたのは、ある者から助言をもらっていたからだ。おかげで敵は好きなように攻めては来れない。恐るべくはその知恵と工夫だ。この砦が今もある程度の被害ですんでいるのもそのおかげだ」
私はコネリー伯爵にその全容を掻い摘んで説明する。
「なんと!! そのような備えを……。なるほどなるほど、それは興味深い話だな。ちなみに、その御仁は誰なのだ?」
「貴殿もよく耳にしているはずだ」
「ん?」
「我が国とヘルウェン王国で、殿下を娶った――」
「ん、オルクス・ルオ・ヴァダム伯爵か?」
「ああ、彼がここで相談役をやっていた際に、興味本位ではあったが聞いて見たのだ。この砦を守る為に良い手段はないか、とね。で、彼は少し考えたと思ったら次のような事を言って来た」
『敵が気づかないように、塹壕を予め用意しておけば良ろしいと思います。具体的に言えば塹壕を幅の広い通路状に伸ばして入り組んだ死角になるよう設置し、敵との遭遇で盾として有効的に用いるのです。普段塹壕で作った通路は軽い砂を被せて埋め、相手に悟らせず見せないようにしておきます。
いざ使う際は魔術師に砂をどけてもらえばいいのです。勿論、状況に合わせて砂をどけることで、身を隠す道ができる上に相手への奇襲もできます。さらに、魔術で軽い砂を巻き上げることで敵の目くらましや、持続的にも断続的にも敵の情報網である視界を
魔術師が少ないこと、故に魔術師の負担を軽減させる目的もあります。砂があれば土の属性持ちか風の属性持ちが遺憾なく術を使えますし、その系統を得意としていない術者にとっても、実戦にでる実力があれば砂煙くらい起こすことは可能でしょう。ですから、敵を誘い込むやり方も、奇襲する方法も魔術師が一人でもいれば応用ができるはずです。勿論、魔術師抜きで人力で砂をどけるにもまき散らすにも、兵士の体力の消費や人員を削減できます。と、まあ、こんな感じで御一考されてみてはいかがでしょう?』
コネリー伯爵は話を聞いて少し黙り込んだ。だがすぐに切り替えたようだ。
「その様な事まで、何という柔軟な発想か……。無駄がなく効果や効率を上げているのか。数の少ない魔術師の事をよく考えている」
「今まさに、それを実践してマヘルナとやり合えているからね。敵が不用意に近づけないのも、事前に用意した塹壕が化け物相手に落とし穴となっていてね。警戒させている分、こちらに多少有利な状況なのだ。まあそれでも、奇妙な遠距離火力で押さえこまれ、見ての通り劣勢ではあるがね。しかし、彼がどこまで考えて助言をくれたのかは兎も角、全くもって恐れ入る。あれでまだ6、7歳だったか? 将来が末恐ろしい」
「ふむ、全くだな。陛下が気に入り、宰相殿が重宝するのも頷ける話だ。もっと早くにその存在を知っていれば、周囲も是非娘を嫁にと騒いだだろう」
コネリー伯爵はご自慢の髭を触りながら、何かに納得しながら呟いていた。まあ、その内容は私も思う事だ。陛下や宰相殿が急に接触を多くされた人物。戦時下でも年齢を無視して自由な行動を許し、その活躍を大々的に決定付け、将来の公爵の地位を約束された人物。そして、相談役等と初めて聞く役職を一時的に与えられた人物。さらに言えば、幼子とは思えぬその歳と容姿に見合わぬ、恐ろしく柔軟な思考と発想、器量の持ち主。加えて、大っぴらには言えないが隙を見せぬ食わせ物だ。
だが、彼は全ての相談者に対して、一切何の見返りも求めてこなかったらしい。私にもそうだった。彼は与えられた仕事を淡々とこなすが如く、こちらの面子を汚さないようにも気を使っていた。話をしてみて感じたことは、彼は相手の気持ちや立場を汲んで物事を把握する、そう言ったことが上手いような気がした。
私が彼に持ち掛けた内容は、先に述べたアカシア砦の防衛強化の件だけではない。彼と話す前に、彼の付き人から時間を15分から20分以内で終わらせてください、そのように前置きをされて
『今からこの場で話すことは、私の口から他に漏らすことはありませんが、相談者個人はそれを他の人に伝えても構いません。秘密にしたいことは最初に、これは秘密だと仰ってからしてください。まあ、この馬車にいる間であれば後付けでも構いませんが、私は秘密を守ります。ですから、思ったことや気づいたこと、ご意見があればどうぞ気兼ねなくご自由にお話しください。それが例え私を中傷する言葉であってもお約束致します。時間は効率的に使いましょう。それではどうぞ』
正直に言えば面くらった。興味本位で来てみれば、幼子に前置きを言われてその場に緊張感が生み出されたのだ。最初は何かの魔術的な何かかと焦り警戒したが、彼は付け加えるようににこやかに述べた。
『馬車には防音が施されていますが、私は一切魔術を使っていませんよ。付き添いの者がいて気が散るならば馬車から遠ざけましょう。喉が渇いておいでなら、用意させたお茶でも召し上がってください。緊張や気分を和らげるお茶をご用意しています。何分相談者が口を開いて頂けなければ、私が与えられた仕事をすることは叶いませんので』
見透かされている? いや、考え過ぎか? 私は言い知れぬ気持を抱いたまま、勧められたお茶を飲む。む、これは旨い……。私がそれを口に出していたと気づいたのはそのすぐ後だ。
『よかった。お口に合ったようで何よりです。私も気に入っているお茶の一つなんですよ』
彼の柔らかい笑みがそこにあった。彼はお茶に少しばかり煩いらしい。そこから、私は何故か彼に対して親近感と言えばいいのか安心してしまい、口が軽くなったように話し出していた。相談者は私だが、耳にする彼の話はとても面白い。雑談の中に軽い冗談や笑いを織り交ぜながら、こちらが話しやすいように誘導してくれるのだ。
私はいつしか本気で困っていることを思い出し語っていた。それがアカシア砦の防衛についてだ。先にも述べたように他にも気にしている件を相談をしたが、本題だと思える内容はこれだった。砦の形状に問題は特に感じないが、持てる手段が他にも欲しいと思っていた。そして、彼から言われて、なるほど! と思う意見はとてもたくさん返って来た。池に石を投じた波紋の如く、打てば鳴る音が如く、さも当然と言わんばかりに案を出してくるのだ。
当たり前を、淡々と説明されているような錯覚さえ覚える。そして彼の話を聞く途中で、私は自分が筆記用具を持っていないことに後悔した。ああ、私は何と愚かなのだろう。こんなためになる話を延々聞いているのに、砦の防衛についてから今の話を思い出せるだろうか? いや、複数の内の一部は思い出せるだろうが全部は難しい。いや、抜け落ちた記憶を掘り返し、全て実行できるか不安でならない。
しかし無情にも時間は過ぎてしまったようで、外からノックする音が聞こえた。彼の連れている付き添いの男性から、20分が経過したと……。
私は馬車から急ぎ、今まで聞いた話をメモしておこうと降りようとした。しかしそこで――。
『失礼、行かれる前にこれを』
急ごうとしていた私に、彼は用紙を何枚か差し出してきた。今までの話の内容をまとめたものだと言って。私は脱力したように呆けてしまった。それに対して彼は――。
『ご不要でしたら内容に秘密も含まれているので、この場で燃やしてしまいましょうか?』
いやいやいや!! ま、待ってくれ! 是非それを頂きたい! 私は彼に詰め寄った。
『ええ、ではこれはお渡ししておきます。今までの内容と秘密の内容も、全て余さず記録しておきました。抜けはないと思いますが、一応お確かめください』
彼はにこやかに少しも表情を崩さず、
ああ、と私は貰った用紙に目を通してさらに驚愕した。20分とは言え、話をした内容を全て読みやすい形にまとめて、さらに補足まで付け加えてあったのだ。私の記憶が確かならば、彼との会話は殆ど止まることはなかったはずだ。止まっていたとしてもお互い、お茶を飲んでいたはずだ。それなのに、言葉の端々まできっちり書いてまとめてある。くっ、また呆けるわけにはいかない、私は彼に感謝を述べて馬車を後にした。
私はその後、誰もいない砦の通路で渡された書類を読み直して、心から腹に溜まっていたものを吐き出すように溜息をついた。今でも覚えているさ。相手を侮るという事の恐ろしさを。
「コネリー伯爵、今ここで言う事でもなく今更だ。だが、これは忠告するべき事だと思う。彼をけっして侮るなよ。歳や容姿等関係ない。彼は紛れもなく頼りになる人物だ。出来る事なら、私は彼の味方でありたい。いや、味方であってもらいたい。そして、叶うことならば、この現状である砦の窮地に、彼に是非来てもらいたい」
「ふむ……」
私がコネリー伯爵と話していると、その場に兵士の一人が走り込んで来た。
「指令! 報告致します。敵が何故か退却しているようです。それと、先ほど味方の増援が到着致しました!」
「敵が退却した? あんなに猛攻に出ていたのにどういうことだ、目的がわからんな……」
「しかも、味方の増援だと? このタイミングでか……、どこの領地の方だ?」
「はっ、本国より緊急招集に応じ来られたそうです。代表者の名前は、ヴァダム家の長子で――」
「ヴァダム家の長子! オルクス殿か!?」
「はっ! 宰相様からのご指示により、飛竜で魔術師の人員と補給物資を届けて頂いております。話では、オルクス・ルオ・ヴァダム伯爵は先方で、ご自身の部隊をお連れになって加わるそうです。本国からの書状もお預かりしており、後から後続の増援と物資も出発し、現在こちらに向かわれているそうです」
「おお……、ありがたい! そうだ、オルクス殿をここへ呼んでくれ! 丁重にな、だが急げよ! それと敵の撤退については意図は分からんが、少しでもこちらに猶予ができたと思えばよかろう。それよりも受け入れをせねばなるまい。物資の搬入と部隊の再編制を行う。到着した魔術師の増員に情報交換は手短に的確に行え。魔術師には着いて早々で悪いが、すぐにでも消耗している前線の魔術師と交代させよ。これも急ぎだ!」
「はっ! 直ちに!」
兵士が走り去って行った。
「噂をすれば、といったところか? いやいや、ボーウェル殿、そなたは悪運に恵まれているのかも知れぬな?」
「そこは強運と言ってくれ!」
私は砦の現状を頭の隅に追いやり、コネリー伯爵とこれ幸いと笑いあった。何と無責任な責任者か。だが、一時でも一瞬であろうと気持ちが少し軽くなったような気がした。
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