第103話


 僕は予定通りアカシア砦にて、総指司令官殿や先に増援として来ていたお歴々と挨拶し情報交換を交わした。何分戦時下である為、悠長に振舞っている暇はないと思ったのだが事情がすこしばかり変動したらしい。


 アカシア砦に攻撃をしていた敵は、こちらの大規模な援軍を察してか一旦戦線を下げ自陣のデマンク砦に引っ込んだらしい。到着早々に情報も少なく交戦にはいるよりは好都合だ。持ってきた物資や人員の移動は現地の指揮官達にお任せし、これまでの現地の情報を整理し確認した。


 状況を見て嫌な予感が徐々に増していくような気がする僕は、到着後のやり取りを手短に終え、すぐさま飛竜で上空から双眼鏡を使って偵察を行うことにした。時間が出来たとはいえ、大歓迎が過ぎるもてなしを受けたのには少し引いたところだ。


 望遠鏡は、グレイスが使うライフルの特殊スコープの改良型を使用し双眼鏡にしている。雲の上から粒子を素通りしたように敵の陣営を覗くことができる優れ物だ。故に天気が悪いからと、雲で覆われた空からの偵察は有意義なものだ。こちらは雲に紛れて隠れられるからね。ただ、雨で視界が少し悪い程度で問題はないが、全体を見るにしたがい表情が否応なくゆがむ。


 上空から見下ろした戦場は酷いものだった。何よりこちらの陣地が削られた後が散見される。それだけ敵の攻撃が苛烈で大それたものだったのか、良くもちこたえられたものだと感心する。それに引き換え、敵陣も地面にぬかるみや水溜まりが散見されるが、目立った被害は受けていないだろうと思われる。砦や塹壕、兵士の損耗、どれを見ても差は歴然だ。敵側の塹壕もあるが、革袋に土か何かを詰め込んだような高さが低い塹壕が多い。


 情報にある鉄の箱なるものの跡だろうか、人の足跡以外に大小様々の何かが通った様な跡が見られる。既視感と想定、悪い予感というのは殊の外当たりが良いらしい。それに、あれは……。もう、断定してしまっても良いだろうか。いや、今頃マティアのウスウスネバリン君が多数デマンク砦に潜入したはずだ。よって中をくまなく見て情報を得ることが優先……。それにしても、敵の砦の裏でやけに大きなテントが密集しているな。数もそれなりに多く見受けられる。


 ん? 今何かデマンク砦の後ろに見えた気がする。デマンク砦の後方から接近しているもの、あれはなんだ? 敵陣の後方へ双眼鏡の倍率を上げていく……。マヘルナ側の増援か、ここは互いの国境だし妥当だろうな。しかし見えて来た物が問題だった!



 おいおい、あれは、っ――! 僕が驚いたところで、展開していた鏡の画像が一部途絶えてノイズが走る。飛竜で上空からばら撒いた、ウスウスネバリン君偵察と監視が何者かに見つかったという事だ。それよりも敵陣の砦の後方で最後に見えた 、あれは正しく……。呆けてる場合ではない、僕は急ぎ念話を従者達に繋げて叫んだ。


「各員に告げる。敵に僕と同じく転生者がいるらしい。正確にはどういう人物か能力かも分からないが、掴んだ情報から敵に“戦車”がいる。重要だからもう一度言うが、敵の正体は近代兵器だ! それも種類は凡そだが統一性があるように思われる。加えて“機関銃”や“野砲の類”もあるらしい。敵の後方から追加の戦力もお出ましだ! 飛竜は急いで雲に紛れたまま後ろに下がってくれ。それと更に悪い知らせで被せるが、こちらの偵察の動きが何故かばれてるらしい。兎に角、偵察と監視以外は現場を離脱し、一度アカシア砦の防衛線で様子見だ」


『承知』


「向こうの転生者、もしくは転移者か? 予想だが、戦車に限らず車両とか火薬を使う兵器を生み出すのかな? 条件は知らないが、相当厄介な相手になるんだろうね。向こうの強気な外交の正体が大凡把握できた。情報を掴んだ以上、こちらも相応にやって見せるしかない。

 もしかしてとは思ってたけど、鉄の箱の正体が戦車であれば、空からの攻撃って言うのは……、迫撃砲? ――いや、聞いた情報だと視界に見えない上空、雲の中から攻撃が降って来たと聞いた。もしかして、航空機の類か?」


 視界を上げて双眼鏡で見ると雲の向こうに、複数の点が見えた。最初は鳥かとおもったが、スコープの倍率を更に上げていくと鳥ではなく、プロペラを付けた飛行機が見えた。


「あれは戦闘機か? マジか……、兵器の類は問わないってことか? くそったれめ! 上空からの攻撃の正体はやはりこれかよ。以前のように敵を分析しながら、内側から削っていこうかと思ったけどダメだな。こちらのアドバンテージは殆ど無い、となると……」


 僕は状況を整理しながら指示を出す。


「急いで作戦を組み立て直す。その前に偵察と監視はできるだけ状況報告をくれ。それと継続して砦の内部を何とか探って見てほしい。敵の能力や動きさえ分かれば手の打ちようもあるだろう!」


『お答えします。貴方の相手は、転生者です。能力は一日に一度ですが、知識にある兵器を魔力や資材に伴って生み出すことができる、貴方のような召喚型の能力です。加護の波動を感知しました。砦の内部で移動しているようです。加えて、小型の物であれば魔力量で複数召喚できますが、それ以外にも何やら手を打っている模様』


 詳細な情報が欲しい僕の望みに応えてくれたのか、ヘルプさんが相手の転生者の能力を教えてくれた。それに驚きこそすれ、僕の気持ちが多少落ち着きを取り戻した。瞬間、次のアクションが迫る。


「へえ、僕と同じようなものって――っ! テコア後退だ、頭上からくるぞ! 雲を抜けて出来るだけ低空で味方の砦まで飛び抜けろ!」


 雲の上で油断もあったが太陽光を背にされて、頭上からの接近に気付くのが遅くなった。危険感知スキルが非常時を知らせしてくれたので、敵の攻撃から逃れることが叶った。さっきまで僕等が滞空していた場所に、流れるような光の粒が降り注いでいた。銃撃の雨である。それが、真上から迫ってくる戦闘機の攻撃であることに、何を呆けているのかと自分を叱咤したくなる。


「僕は砦で降りる。アイリス、敵さんに増援あり、指揮官殿に至急伝えてくれ。魔術師と騎士は障壁を時間差で展開。こちらのガンナーだって伊達じゃない! グレイスの隊は、射程に入った敵の牽制を、何なら撃ち抜いても構わないぞ! 飛竜は連携して敵の航空機の対応に当たってくれ!」



『我々の魔術は万象ばんしょうにして偉大なる御業! 魔力を張り巡らせよ、御方おんかたの前に立ち塞がる脆弱ぜいじゃくなる火を払いたまえ!』


『集え、我等の盾は何ものにも劣らぬ誇りの盾! 守るべくを守り抜く在るべき盾! この盾を貫ける矛などありはしない!』


『あいよ! あたい等のカスタムライフルの威力見せてやるぜ! 野郎共、盛大に弾幕を散らせ! 派手で強力なのは魔術だけじゃないってことを見せてやんぜ!』


『はっ! 聞いたな? 空は我等の領域。各自連隊を組み、領域を蝕む羽虫を叩き落す!』


 指示に応えるように従者達は体勢をただし、それぞれの陣形で各々の目的に動き出した。それを見る僕の隣には、当然と言わんばかりにアイリスが並び立つ。



「ヘルプさんさ。念の為に聞くけど、今から相手の能力を無効化することってできないの?」


『無駄と知りながらも聞くのですね。相手と貴方が接触しない限り無理です。何事にもルールめいたものは存在しますので。ただ今回は事情があり、全面的にサポートさせていただくは、女神様が確約してくださっています。とりあえずは、この状況を鎮静化させてからということですが』


「言われませんでしたから、って言い訳を聞きたくないからさ。詳しい説明もその時ってことかね。まったく、とんだ相手をさせられる身にもなってほしい。僕はまだ学生で、のんびり生活を送る。その為の地盤を固めたいだけなのにな」


『沈静化した後、特典があるとのことなので頑張ってみてください』


「気楽に言ってくれるね? 戦争が起こるような世界ではあると知ってはいても、人の生き死にを目の前に言われるような台詞じゃないだろ。僕は恐らくこの世界では恵まれている方だと思うけれど、それに対しては感謝してるつもりだ。だけど、人の命の尊さを忘れたりはしない。それくらいの常識は僕にだってあるぞ? ヘルプさん」


『……確かに、軽率な言葉でしたね。謝罪しましょう』


「確かに魔術だスキルだなんて言って、武器を自由に振り回せる世界なわけだが、人は建前や裏はどうであれ共存できる生き物だ。在り方が違っても、それは変わらないはずだ。ただ、僕が言いたいのは、何の為の力なのか。それをどう使い分けするかは、結局はその人の意思なんだよ!

 かっこいい台詞吐いたその口で、その舌の根も乾かない内に人を殺せと命令するんだ。ヘルプさんの立場的には、駒である僕は扱い辛いかもしれないけどさ。人間なんだから愚痴ぐらい言わせてくれ。それでチャラってことで!」


『貴方がそれで気が済むならば』


 よし! とりあえず切り替えよう。頭をフル回転させて状況をどう乗り切るか。手持ちの手段をどう活かすか。まずは、こちらの動きに相手がどう動くか見てみるか?


「各員難しい注文を付けるが、飛竜は高度も気にしろ、下からの攻撃には気を配るように。地上は敵の動きを知る為、最初は主に防御に重きを置く。魔術師の力を防御に回す分、狙撃手は空も視野に入れて攻撃してくれ。飛竜よりも小回りは聞かないだろうが速度はあるらしい。

 それと、向こうの手段が世代は古いが、油断できない近代兵器だってこと。地上戦でこちらは魔術とスキルで正面から対抗する。敵の攻撃を受け止める各部隊は、防御障壁の展開を絶やさないでくれ。地上兵器の攻撃は地上へ集中させる! 今までの相手とは全然違う、底の知れない相手だ。こちらに来てから三次元的な戦術はやってないが、その辺も勘を取り戻すつもりでいてくれ。所有するアイテムも一部を除き各自の判断で使用せよ。必要に応じ存分に使ってくれればいい。兎に角、十分気を引き締めて事に当たってくれ」


『聞いたな? 各自各々の務めを果たせ!』


『応!!』


 アイリスが僕の言葉を語気を強めて引き継いで指示を出した。


 空から降りて来た戦闘機は型にばらつきはあるが系統は統一している? いかにも戦闘機らしい攻撃、機関銃とミサイルを使って来た。おいおい、兵器って言うのはどれぐらいをひとまとめで出せるんだ? 機関銃にミサイルって、近代的な兵器なんて持ち出しやがって! ジェット機とかそういうのは見当たらないから有難いが、レトロな感じでも凶悪な戦闘兵器には変わりない。こちらも体制を整えて、打開策を見つけないと全滅だってあり得るんだ。


『報告、敵砦より戦車が続々と出撃していきます。車種名必要ですか?』


「僕は兵器オタクじゃないんだぞ、車種を言われたって分かるものか! それよりも敵の攻撃を防ぎきれるのか、こちらの攻撃で何とかできるのか。まずはそっちの方が問題だろう。前衛の防御頼むぞ!」


『続いて報告、敵戦車と移動式砲台、銃座が出てきました。敵兵士には銃や手榴弾、防弾チョッキ等の装備が見られます。戦車について、魔力反応はありません。ただ、ほぼ材質は鉄でできていると予想されます』


「情報が少ないから予想でってことだね。魔力反応が無い、か……。兎に角、今は防衛線を死守するぞ。より強固な塹壕を急いで作る。後続の立て直しや系統の修正に混乱が出ないように時間を稼ぐ。魔術師は手分けして、砦の補強と前面に塹壕を形成してくれ。他は遠距離より攻撃してくる敵を足止めだ。生身の相手なら防弾チョッキで何とかできる以上の攻撃を見せてやれ。オルペ達騎士団は悪いが前衛で目立つように、障壁盾の防御系スキルで少し前に出て攻撃を受け流してくれ。上空から戦闘機が来るぞ。狙撃任せた!」


 矢継ぎ早に口を動かす。口調が荒いのはこの際目をつむってもらおう。お任せを! そう言ってくれた従者達の声、応じる様に放たれた攻撃音に反応して、すぐさま上空に視線を向ける。コクピット付近に人影があり、慌てふためいてる様に見える。そこに敵の戦闘機から黒煙が次々上がるのを確認しながら、僕は全体に向けて対策を急いだ。


 この時不意に、オートの遠隔操作ではないことに気づくと共に安堵する。


『報告、敵榴弾砲、迫撃砲の準備に入りました。直射と弧を描く攻撃の両方に切り替えた模様』


「はっ、結局その攻撃を受けるのは展開されてる障壁だ。マティア、敵さんの大将の捕捉を急いでくれ。絶対まだ砦の中にいるはずだ。これだけ連帯がとれてるってことは、兵器に詳しく指揮できる人間。すなわち軍事知識のある転生者が指揮を執ってこの盤上を見てとれる、そんな場所にいるんだろう。最悪でも指揮系統の上位陣を潰す。めぼしい人間もピックアップしてくれ!

 恐らく、こちらと同じような連絡手段。戦争でこの手の手段は無線機か? それでも使って指示しているはずだ。爆音や雑音で念話よりは影響するはず、わざとでかい音を立てろ、魔術とスキルで砂煙を上げろ! わずかな隙も見逃すな! メイド隊、距離が詰まったら攻撃が通じるか試してくれ! だが、無理はしなくていいぞ。忍びは敵の動作に気を配れ。

 狙撃は地上に攻撃をしてくる戦闘機の牽制も視野に応戦。敵がバカじゃなければ、さっきの被害で多少は警戒もするだろう。思い通りに攻撃できないようにするだけでも戦況に影響は出る!」


『急ぐっス!』


『承知しました』


『あいさっ!』


「兵器が召喚できるからって、その兵器を操る人は召喚できないんじゃないのか? それともまさか一部は遠隔のオート操作だったりしないよな?」


『兵器はトラップ種を除き遠隔やオート操作ではなく、人間の手によって手動で動いています。ご想像通りです』


 この世界の住人に操作を教え込んだってことか。兵器に統一性が見られるのは、恐らく動かす人間の知識やメンテナンスが必要なら、それを統一させることが目的か。その辺りはよく考えているのかもしれないな。だが、素性の知れない転生者さんよ。現役軍人か退役軍人か、あわよくば兵器オタクかサバゲーオタクか知らないが、そっちばかりが攻撃できると思うなよ?


「ヘルプさんの言う通りなら、兵器の乗り手を消耗させれば戦車だって止められるってことか?」


 僕は飛竜の籠から砦の高台に飛び移って前方を見る。


「なら手段はある。先ずは戦闘機だ! 範囲ギリギリだがいけるか? アポーツ!」


 攻撃が来るとは思っていなかったのか、空へ向けて急上昇をする戦闘機に対して、僕は逃がさないようにアポーツを掛けてやる。すると操縦が利かなくなったのだろう、戦闘機が2機変な傾きをしたまま森の中へ急降下し、地面に勢いよく激突する音が響いて小規模な爆炎が上がっている。


 ゲームの関係で知っている事だが、レトロな戦闘機の燃料の総容量は、大抵多くて500リットル前後らしい。何処から飛んできたのかは知らないが、それなりの距離を飛行してるなら、燃料の残量も多少の減りはあるだろう。最新式でなくてもジェット機なんかは7000から8000リットルオーバーすると聞いたことがある。燃料とかも召喚で賄ってるのか? 兎も角、ジェット機は今のところ確認されてないようだし、そんなものを森で爆散させたら森が焼けて大惨事だ。


 戦闘中に火災を気にするとか余裕気取りか? なんて思わないで欲しい。もしそんなことにでもなれば、木材関連や薬草、森の幸やら自然素材全般の値段が跳ね上がる。戦後処理も考えて戦場を利用しなきゃ、後々になって問題になるのは目に見えてるんだ。


 なり振りかまわない敵を恨めしいと思いつつも、戦線を少しでも巻き返すべく考えをめぐらす。


「よし! 戦闘兵器だろうと何だろうと、魔術やスキルの使い方次第で戦えるな! 上空の敵は引き続きテコアを含む飛竜の隊で臨機応変に応戦してくれ。地上は障壁は重ね掛けして対応、少しずつ前に押し返せ。敵との距離が詰まったら、砂煙を上げてかく乱しながら切り込みで突撃、タイミングはトヨネ達現場に任せる。セシル達は前衛と突撃する者に防御系の魔術を掛けて補助を。多少の被害はそれで防げるだろう!

 魔術戦で日頃ドンパチしてるんだ、戦車や兵器が怖くて戦争なんてやってられるかってんだ! 砂煙で戦車の懐に入れば、銃器を先に破壊しろ。戦車同士の誤射で首が回らんだろう。射角より下に行けば主砲なんて怖くない。戦車なんて見えてる視界が限られてるし、それよりも厄介な機関銃や榴弾砲、追撃砲を先に潰せ!」


『主様、我々の大剣なら、戦車に大きな損害が与えられる模様! 敵の戦車は予想通り魔力の伴わない純粋な鉄製です』


「よし! メイド隊は戦車の主砲を捻じ曲げてやれ。キャタピラだって弱点だ。魔術師は戦車本体より前後の進路上に大穴を開けてやればいい。敵の動きを制限するんだ! 他の部隊は戦車に構うな、他の兵器の破壊を優先してくれ!」


『報告、敵の総大将らしき人物を砦内部の窓辺に確認。何やら喚いて苛立っている様子。ヘルメットとゴーグルで顔は分かりませんが、偵察を見破れる目を持っている模様。あまり近づけません』


「遠めでも監視できれば良い。全くいい気味だ。絶対取っ捕まえて、交渉材料にしてやるさ! まあ、砦まで出てきたことは褒めてやるけど、窓越しだろうと姿を見せた事は後悔させてやるからな! 待ってろよチート野郎! あー、他から見れば僕もそうなんだろうが、今は良い。敵の砲撃後にタイミングを合わせ総攻撃開始だ! 切り込め!」


 しかし今の台詞、実はブーメランなのではという思いは振り払うが吉だな。



 ♢♦♦♦



 撃て撃て、兎に角撃てぇえい!


 一体何が起きたと言うのか。ユピクス側の防衛力が増した? この短期間にか? 条約を破棄して、アカシア砦の防衛戦力を威力偵察して把握し、物量と火力で無理やりにでも突破する算段が、ここに来て思わぬ足止めをくらった。ユピクスは国中にいる魔術師を、この短期間でかき集めて来たとでも言うのか? こちらの攻撃が物理攻撃だと言うのは早々に把握されたとしても、防げるものかと言われれば容易にできる? そんなことはないはずだ。


 攻撃を絶やすな! 熱の上がった兵器の交換を迅速にせよ! 敵の突出している場所に集中砲火だ!


 今まで防戦一方だったユピクス側の陣営が、こちらの攻撃を防ぎつつ、じりじりとだがこちらに近づいてきているのが分かる。一体何が起きたと言うのか。


「報告します! 敵の一陣が我が軍の防衛線前まで迫っております」


「馬鹿な……。我々の攻撃を防ぎつつ前進してくるだと?」


 部下である兵士達の会話に口を挟まず聞いていれば、敵の動きが突出してきていることは分かる。されど、我等が自慢の火力を一身に浴びながら、尚さらに前進してくる。自分達の扱う兵器がどういうもので、どれ程の威力と脅威を誇るか理解している身としては、あり得ないと断じたい。


 だがしかし、敵国のユピクスには、噂程度には聞く先の戦争で我が国を赤子の手を捻るが如く、容易たやすく攻め崩した者等がいるらしい。


 この状況に対して、ユピクスはその駒を早々と投入してきたという事だろうか。先の戦場では、いいように敵の思惑に踊らされ、我が国の王族を捕らえられてしまった。迅速に敵を殲滅し、敵の本国まで攻め込むことで、我が国のおかれている状況をくつがえし、公約条件を有利にする。あわよくば、ユピクスを実効支配してしまうことも視野に入れている。その目的を達成させなければ……。


 ここまで来て後には引けぬ! 我等には戦の女神がついておる! 陣形を囲いに変え、突出してきた敵の側面を狙え! ここで敗北など我等には無縁である! さあ、我等が前に立ち塞がる愚かなる敵を打ち亡ぼせぇ!


 万が一にも手柄もなく祖国マヘルナに帰れば、待っているのは……。それに、あの方々に申し訳が立たぬ。だから、私は周囲を必死で鼓舞する。


 総員、邪魔者を払い除けよ! 女神の前の敵がまなこに、ほとばしる熱き鉄槌を焼き付けるのだ! 増援も余さず投入だ! 打撃を絶やすな!


 私が総指揮官代行、アープス・コムリットがうやまうお方の為に、今できる全てをここに!



 ♦ ♦



 その後も互いの攻防は熾烈を極め、僕はこの世界に来て初めて、従者を消耗させるほどの激戦を繰り広げることになった。相手の砲撃や銃撃、手榴弾に回避や防御が間に合わない従者が文字通り消し飛ぶ。敵が陣形や手段を変えて応戦してきたのだ。


 ただ、従者達は微塵みじんに消えたとしても、僕がいる限り何度でも召喚に応じて正常な状態で呼び出せるが、それでも従者が消し飛ぶ姿に僕は眉を歪め無意識に唇を噛む。唇が切れてのだろう血の味がするが、そんなことは今は関係ない。ちなみに死亡判定の従者を再び僕の召喚で呼び出すにはCTクールタイムと言うものが存在する。以前は従者のランクがCTの時間に関係していたが、今見ている感じだとLVレベルが関連しているらしい。


 長い者で一日、短くても半日近くのCTがある。現在の従者の人数は200に満たないので、大きな消耗は避けるべきだろう。こちらに来る前より数が増えているのは念話を飛ばして、非番にしていた従者も呼び出しているし、今まで召喚に応じなかったガーディアンも、この局面には協力してくれているからだ。言わば個人的には総力戦。魔力の備蓄はまだ十分あるが、僕が夜22時以降は眠気で動けない事が、情けないほどデメリットでしかない。


 寝る前に自前のマナポーションを飲み魔力の回復を図り、召喚を従者達の自由意思に切り替えて、僕の許可がなくとも自力で出てこれるようにヘルプさんに頼んでおく。魔力の回復は睡眠や瞑想による、自然に効果の高める手段がある。従者達の能力の源である、召喚主である所謂魔力タンクの僕の魔力がスッカラカンでは、魔力を消費する従者達がいざという時困るだろう。戦況を統括して見るアイリスとヘルプさん。それに局面を判断して指示するトヨネ達の負担を、これでいくらかは減らせるはずだ。


 だが、敵もこちらの動きや先読みを防御、あるいは回避してやり過ごしている場面がある。これは、敵側にも戦場慣れした兵器を運用した指揮ができる人間が、思った通り数多くいるという事だろう。味方の魔術師以外の兵士達による攻撃は、正直言って効果的ではない。寧ろ、無駄に犠牲を出さないように、従者達を前戦で目立つように動かさなければならない。


 戦場では銃撃や魔術、矢が飛び交い、敵の砲弾がこちらの魔術やスキルの障壁に強い衝撃を与えている。戦争でこれほど苦戦することなど今までなかったが、ここに来て敵の攻撃能力が近代兵器での力押しであることは明白だ。アカシア砦の防衛にいる陣営は、遠距離手段がない者には砦の防衛にだけ着手してもらっている。出て行っても、無駄に近代兵器の的にしかならないのだから。


 こちらのガーディアンの陣営は十分奮闘している。攻撃はトヨネやアイリスが戦車相手に斬馬刀みたいな巨大な大剣で損害を与え、ケンプやモモカ達は敵兵の銃撃を掻い潜って懐から殴り込みをかけている。椿や小春達も同様で、こちらは奇襲がメインになって敵の混乱を誘っている。


 ルルスやキヨハ、オルぺ達、魔術師と騎士で囮的な防御、防衛を担っているし、マティアの錬金術で敵の配置や情報を把握しつつ、戦車を縫うようにツブキとルドラト達の接近で敵を屠る。グレイス達は上空と地上を狙撃で援護だな。テコア達飛竜乗りは上空で戦闘機相手に交戦中。アレカ達ペガサス部隊は、テミウス達の召喚獣達と共に遊撃の補助だ。


 それぞれが、お互いを上手くカバーしフォローすることで、友軍の損害を補っている。さすがに直撃するような死亡判定を受ける攻撃もあるが、ガーディアンである彼等の後方にはセシル達癒し手が待機しており、重症でも死亡判定でも、なんとか神聖術が届けば回復や蘇生が可能である。


 敵が近代兵器の遠距離攻撃を集中して使ってくるが、接近戦を仕掛けてくる様子はない。敵の兵器による火力や数に押し切られないのはその為だ。近代兵器に、魔術やスキルで対抗する事が出来ているからこそ、この戦場は成り立っている。が、敵側も数がいるし連帯を組んできているので、突破口は中々な思うようには開かない。


 拮抗した状態が長引くにつれ、僕の中で苛立ちがふつふつと湧く。これが本来のとまではいわないが、戦場と言うものなのだろう。戦争なんてゲームでしか経験のない僕には、持久戦と言う物がこれほど精神的にも肉体的にも負担があるものだとは思っていなかった。眠気や集中力との塩梅も加味して、歯がゆい思いが募る。



 だが、そんな僕にも心強い味方はいる。


 アカシア砦の総指揮官、ラトランド・ボーウェル伯爵だ。彼はなんと、僕や従えている部隊に各自の判断で、その行動を自由にさせたのだ。ただ、魔術師には砦の損耗をこれ以上広げない為に、砦の補強や障壁を維持する指示は出していたが。味方の損害を無駄に出さない、所謂いわゆる負けない戦い方と言えばいいのか、その見本のような指揮を執っている。


 日をまたぐ際に、既存の警備部隊や先んじて到着していた増援部隊、その戦闘を継続している他の兵士の立て直しができたと感謝された。だが現状で、ユピクス側の手持ちの武器が相手に通じない事実は重くのしかかっているようだ。弓やと魔術、遠距離スキル等の手立てだけが彼等の唯一の対抗手段である。


 その為、うちのガーディアン達でないと戦況を押し返す力が無い。ボーウェル伯爵は悔しそうに伝えて来た。けれど、彼の心は折れたわけではない。彼は状況を変えつつある僕の部隊に支援することに徹してくれるらしい。出来た大人がいてくれるおかげで、僕の従者達は枷がない自由な動きができている。


 ボーウェル伯爵は後に述べた。扱ったこともない部隊の指揮などやってやれないことはないが、ヴァダム伯爵の部隊は勝手が違い過ぎる、と。


 それにヴァダム伯爵の代わりに指揮を執る者は居たし、こちらの要望はきっちり理解して対応してくれている。増援は当初120人程度と聞いていたが、ヴァダム伯爵の部下だけで、人数以上の働きをしてくれていたはずだ。私が口を挟むことなど、彼等の邪魔にしかならないだろう。ボーウェル伯爵が後に書いた、アカシア砦とデマンク砦の一戦は、後世の歴史家に感銘を残した。


 まあ、それはさておき、向こうの兵器だって結構壊してるはずだが、向こうの攻撃が緩むのは夜になってからだけだ。動かせる兵器は後方に引っ込んで、修理や補修を受けているらしい。致命的な損害や欠陥が生じなければ、再度投入される兵器の数々。どれだけの兵器を引き連れて来たのか。それに、増援や補給が互いに増えてきていることも、この状況を継続させている要因だろう。



 ♢♦♦♦



 地上部隊の前線が敵の前線に食い込まれた? そんなことがあるものか、あの砲弾の嵐の中をどうやってこちらまで突っ込んでこれるというの? もう何日も膠着状態が続いている。いや、押し込まれているのはこちらの方か。


 敵の防衛力が整わない間に、電撃戦を仕掛けてユピクスまで速攻を見越していたのに。このまま足止めを受けていては意味がない。指揮権は将軍に、任せてある。兵器の操作を覚えたのなら、将軍が後は何とでもしてくれる。


 この世界にはまだ三次元的な戦場と言うものが幅を利かせて無いはずだ。私が持ち込んだこの能力で、盤上を動かし圧倒的アドバンテージを活かして、我が国の置かれている問題を何とかしなくてはならない。


 そうだ、戦場はここだけではない。手をこまねいている暇など私にはないのだ!


「将軍に奥の手を使うと伝令を」


「はっ!」


 魔術師が少ないこの世界で、私の力に抗える者。もしかしているのか、兵士の間に広がるにわかに信じがたい噂の人物がこの戦場に。



 兵士達からの被害報告が耳に入り出して、こちらの目論見は大誤算である!


 だが、戦場とは主に質ではなく物理的手数で勝敗が決まる。砲弾も燃料も山のように用意した。そして援軍も到着した。その状況で今の状態は異常だ。あり得ない! 声に出したいその衝動を何とか飲み込み、私は敵の本丸を落とすと改めて意気込む。


 ユピクスの兵力などたかが知れてるだろ! 物理障壁なんて魔術があるのは知ってるが、魔術師だって人間だ。特に魔術師は精神的な負荷が大きいと聞く。それを手数で圧倒して消耗したところを、更にて数を増やしたのだ。敵にだって増援は着ているだろうが、それにしたって耐え過ぎだ!


 持久戦とか電撃戦の邪魔なんだよ! 兎に角、さっさとそこをどけ!!



 ♦ ♦



「ったく、いくら兵器を持ってきてる! 切りが無い!」


 そんな時間をさかのぼった以前からいる転生者なのか? 僕の苛立ちを含んだ言葉をよそにボーウェル伯爵が呟く。


「そう焦れるな、オルクス殿。今日これで、貴殿に加勢に来てもらって20日以上だ。後続の増援も増えて、落ち着いて見る時間ができてた為に気づけたことだが、敵もこちらの出方に戸惑いを感じているような気配がある」


「戸惑い、ですか? どの辺がでしょうか?」


 僕はその言葉に疑問を持って質問する。するとボーウェル伯爵は、戦場の前方を指さして答える。


「例えば、ほらあれだ。貴殿の部下の騎士が使うスキルなのか、障壁を個人で自在に出すし、味方同士で同じ場所にスキルを張り直しをするタイミングをカバーし合って、敵につけ入る隙を見せないだろ? 敵は自分達の攻撃は殆ど相手に効いていないと思っているはずだ。逆にメイド服の……」


「メイド隊で良いですよ。他に呼称する適当なものがありませんから」


「あー、そうかね? で、そのメイド隊が攻撃に参加した時点で、鉄の箱……、戦車と言ったか? あれ等が後ろに逃げているだろ? 相手の心境はこちらの攻撃が効かないのに、敵の攻撃だけこちらに損害を与えてくる、だろうな。

 局地的にではあるが、徐々にその周囲に不安が広がりつつあるように感じる。恐らく貴殿が来る前に一度敵部隊が引いたのは、こちらの戦力を大凡把握して一気に攻め落とせると考えての事だろう。それが出鼻をくじかれ番狂わせを起こした。そんなところではなかろうか。

 私としては同じ心境を味わった者として、ざまぁーねぇな! っと、ああ、失礼。言い放ってやりたいのだ。味方の士気や雰囲気が大体安定しているのも、味方の各所の指揮官達がそれに気づき始めているからだろう。敵がこちらに戸惑いを見せているとね」


「……なるほど、それが戸惑いですか。なら空も同じかな?」


「雲の上のことは私には見えないから分からんが、地上は徐々にではあるが、確かにこちらが有利に動いている。魔術師や防御スキル持ちが増えた分、こちらも見せ掛けだが、敵にはったりの攻めるフェイントを行えている。敵の負うプレッシャーやストレスは相当なはずだ。一部を除けば膠着状態に見えるが、この状況が長引けばあるいは……」


「相手は退却しますか?」


「普通の戦場ならそうだがね。あの鉄の箱の存在や、空飛ぶ鉄の飛竜とも言えるもの。私が思うに、さらに奥の手がまだあるのならば、もうそろそろしびれを切らせて出すと思うがね。こちらに予見できないだろう、とっておきの隠し玉を……」


 ボーウェル伯爵は勘だけどな、と付け加えるが……。


 それを聞いて僕は考える。あるのだろうか敵に奥の手が……。戦車に戦闘機。他にここに出ていないものと言えば、――まさか? 空に戦闘機があってアレがないってわけないだろ。いるのかこのどこかに。



 その時になって聞こえて来た、まさかと思ったが予想したものの音だ。


『敵が雲を抜けてくる可能性がある。狙撃は警戒も頼む。敵の狙いはどこかに潜んでいる戦闘ヘリか輸送ヘリ、あるいはその両方か!』


「ボーウェル伯爵、敵が空から降ってくる可能性があります。弓と接敵に備えてください。こちらも遠距離を出しますし、接敵に備えますので!」


「なに!? いや、わ、分かった。弓兵、地上の歩兵と上空からの敵に備えよ!」


「上空ってどこだ?」


「敵が空から降ってくるのか?」


 味方の兵士達が疑問を口にする。


「ヴァダム伯爵がそう言っているんだ。つべこべ言わず警戒していろ!」


 ボーウェル伯爵もまさかと思っているが、実績がある僕の言葉は聞く耳を持つに値する。その彼の姿勢が功を奏する。


「上空! 雲に紛れて、白い布が複数降ってきます。それにぶら下がって人間がいます!」


「布、だと? ぶら下がった人間?」


 最初に声を上げたのは視力に自信のある者だろう。上空を指さして声を上げてくる。


 それを僕も目視した。パラシュートで降下してきている敵兵だ。地上と真上の上空ばかり気にしていて雲に隠れて来た敵に、気づくのに遅れてしまった。思わず舌打ちする。


「あれは敵です、ボーウェル伯爵。接敵の用意を! 弓は狙撃してください! 敵兵に当たらなくても、的の大きい布に攻撃を向けてください。布に穴が開けば、あれらは多少無効化できます。そして敵を自由落下させて負傷させます」


 僕は叫んだ。


「遠距離は落下中の敵を撃て! 最悪でも布を狙って数か所に風穴を開けろ! 高度の高い敵にならそれで事足りる! ボーウェル伯爵、気づくのに少し遅れたようです。飛来し砦に取り付いた敵部隊の対応をお任せします」


「応、弓は布を狙え! 警備の者は接敵だ! 敵が空から降って来たぞ! 迎えうち敵兵にいいようにさせるな!」


 僕の言葉を追うようにボーウェル伯爵が叫んだ。おー、さすが総司令、柔軟だな。普通初めて見るものには驚きで思考が止まるものだと思うが、と僕はボーウェル伯爵に感心する。


「前面はヴァダム伯爵に任せるが、砦の総指揮官は私だ! 落下で負傷した動けない敵兵はほっておけ、それよりも取りついて来た敵から砦を守れ。ここを落とされるなど、我等が砦を預かる身には許されぬ!」


「敵、よくわかりませんが飛び道具を所持。壁や障壁で何とかしのいでますが、容易に近づけません!」


「弓兵! 空はどうか?」


「敵の落下まだ続いております。さっきから風を切る音が煩くあるのに、それらしき目標物の目視ができません」


「接敵できぬなら遠くからでも矢で射止め、事態を柔軟に対処しろ! 敵の動きを妨害するのだ。そこらの瓦礫がれきや石を投げつけ、とにかく足止めと牽制だ! 忌々しい、何なのだあれは!」


「ボーウェル伯爵、敵の装備しているものは殆どが恐らく武器です。可能な範囲で回収しますので、無暗に触らず放置してください。報告にあった手榴弾に拳銃か? まずはそれ等を奪うしかないか」


 僕はアポーツを連発して使用する。お、おいおい、何だこの数……。僕の下に吸い寄せられる武器の数々。その量が半端ない。手榴弾と銃の類が山と積み上げられた。とりあえずインベントリに回収しておこう。これらが実戦配備されるのは、僕の一存では手に余り過ぎるものだ。


『小物でしたらケース単位で召喚できます。戦車や航空機は一日一機が限度ですが。装備品であればたくさん呼び出せるようです』


「女神様も、よくそれをお許しになったものだ」


「ヴァダム伯爵、何か言ったかね?」


「いえ、空が煩いと申しただけです」


 僕は取り繕って場を濁す。あぶないね、口が滑った。まあ、よほどの事でないとばれるようなことではないが。


 砦に取り付いて来た敵から、出来るだけ武器を取り上げる。味方への損害をいくらか軽減させる為だが、僕のスキルが届く範囲に限定される。初めて見る敵の使う攻撃に、こちらの兵士達はかなり苦戦しているようだ。遊撃の一部を回すべきか。僕がそう考えている中、事態は動く。


「お、雲が流れて見えてきましたよ。敵の本丸が!」


「鉄の……、飛竜ではないな。鉄の天馬とでも呼べばいいか? あんなでかぶつが、空中で状態を維持できるのか!?」


「こっちを向いてる!! ボーウェル伯爵、早く物陰へ! 障壁展開っ!」


 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブッ!!

 シュシュコーン!! シュシュコーン!!


 陳腐な表現ならその程度だろうか、姿を見せた戦闘ヘリからのけたたましい音を轟かせた遠距離攻撃が迫る。


「んくっ!」


 ボーウェル伯爵を慌てて避難させ、自分で物理障壁を展開させた次の瞬間の強烈な衝撃だ。敵のヘリ数機から聞こえる攻撃の威力と炸裂音に、闇魔術で足を固定し踏ん張らないと吹き飛ばされそうになる。


「オルクス様!!」


 僕の傍に控えていたアイリスが声を上げる。


「慌てるな! これぐらい大丈夫。それよりもあれをどうにかしてくれ! 煩くてかなわないよ」


 止めどないガトリング砲に、ミサイルの連続攻撃。砦の上で話し込んでいたのを目敏く見られていたか。さすがに僕を攻撃する為の判断材料は少ないはずだ。ボーウェル伯爵を狙ったものとして考えた方が妥当だと思うけど。それにしたってしつこい攻撃だな!


 だが、僕の魔術で展開した物理障壁は、そんなものでは破られないぞ。ただ、やはりその攻撃が凄まじく、障壁に当たる攻撃でダイレクトに近い衝撃と音で耳が痛い。敵のパイロットが見えない黒いヘリコプター。これってあれかな? ブラックホークってよく聞く戦場の万能型ヘリみたいなもんだっけ? だが、色だけで決めつけるのは安直か。


 見立てが当たってるかどうかは知らないけど、戦闘機はレトロな感じなのに、こっちヘリは随分より近代的じゃないか。兵器にそれほど詳しくはないけど、そんなに苛立たし気にガンガン撃ってたらすぐに息切れするんじゃないのか? 例えば砲身加熱の関係とかさ。敵の心配なんかするなんて、僕個人は意外と余裕があるんだなと呑気に思う。


 お? 雲の流れが早まってひときわ大きいヘリまで見えて来た。あれってチヌークって奴かな? いつだったか以前動画で見たことがある大型輸送機だ。敵兵を送って来たのはあれで間違いなさそうだな。輸送機にまで武器を積んでるのか! 黒いヘリが群がり、苛立たし気に僕を攻撃し続けるが、さてそんなことしていていいのかね? 相手の心配なんてしてもしょうがないけど、この長く続く煩い音に僕は苛立つ。


「るっさいな! いくら撃ったって効かないっての! それだけしつこく撃ってくる程、ご自慢の高火力武器なんだろうが、得意気に僕に集中していていいのか?」


「遊撃隊、羽虫の処理を急げ! オルクス様、申し訳ございません!」


「ここは戦場なんだ、アイリスが謝ることはない。敵の動向に注意を怠った僕の所為だろう。迅速な対応に感謝するよ」


『報告、敵のヘリに魔術師が搭乗していました。魔力の痕跡からですが、恐らく認識阻害等の魔術を使っていたようです』


「なるほど……、数の少ない魔術師を敢えてそんな風に使ってくるか。やってくれるじゃないか。独特な音と雲が流れなければ、もう少し位の時間は存在に気付けなかったかもしれないな。だが、ネタが分かれば対処の使用もある」


 ブラックホーク(仮)と輸送ヘリ、そこに向かうペガサスと召喚獣達、そして飛び移る忍びの影の存在。アイリスの指示に標的を横から襲う。ヘリの中がどうなってるかは知らないけど、これで漸く目の前のヘリも無力化か。バランスを失い、ヘリが変な角度まで仰け反ったり傾いたりして墜落していく。目の前にあんなでかぶつが来て、少し驚いたけどそれだけだ。


 さて、そろそろ敵の無線でも拾うかね。御誂おあつらえ向きに、敵のヘリから零れ落ちたらしいヘッドセット型の無線機を見る。


「アポーツ!」


『前衛で何が起きている、もう制圧は完了してるんじゃないのか? 空挺兵は、パラトルーパーは何をしている!!』


 パラトルーパーってなんぞ? ヘッドセットを耳に当ててみる。以外や意外、拾った無線機からは雑音紛れとくぐもっているが、あきらかに女性らしき声がする。相手の指揮官が女性と言うのは多少驚きだが、敵であることには変わりはない。性別で攻撃の手を緩めるなんてことはないさ。


 さて、こちらも相手方の手の内は大体知れたし、そろそろ全力で攻めて行くとするかね? その前に、ちょっとしたコンタクトでも取ってみるか。僕は無線機のマイクに向かい声を発した。


「あーあー、さてさて聞こえるかい? 敵の総指揮官にいるお嬢さん、そろそろ決着をつけるとしようか。そっちがこちらの本陣まで攻めてこられたのは、こちらの空の戦力の数が少ない所為だ。それに、奇襲よろしくヘリに魔術師を乗せて認識阻害のステルスか、よく考えてるね。

 まあ、そちらの接近を許したのは、戦闘機の活躍も多少はあるだろう。こちらも予想してなかったから多少驚いたけどね。だが、それだけだ。ヘリは処分させてもらったよ。それと、そろそろこの戦闘にも飽きて来た」


 僕はヘルプさんに声の主が転生者なのかを、念話で確認する。すると、ヘルプさんは即答で肯定を返してきた。僕は敵の手札がこれ以上ないか、相手を挑発するように言葉を重ねる。


終焉しゅうえんには頃合いの日暮れ時だ。近代兵器が強力なのは認めるけど、それは相手が自分よりも文明力が同じ土俵で発展途上か、全体的にそれ以下で、対抗手段が全くない場合だけだよ。

 魔法や魔術ありきのファンタジー世界にそんな物持ち出して、君は最強でも名のりたかったのかね? お嬢さんのおつむはまるであれだ。そう、時代劇に西部劇を混ぜたような、近代兵器をタイムトラベルでもさせて過去に送って来たような、そんなアンバランスさだよ。もっと言えばB級映画だ。上手く言えてないかもしれないけど、ニュアンスぐらい分かるだろ?」


『誰だよお前! べらべらよく喋る奴だな。――まさか、前の戦場で兵士達が噂してた奴の正体か!? はんっ、やれるものならやってみろ! B級映画だって、見ればそれなりに面白いってところ見せてやるよ!』


 おうおう、吠えちゃって。食い付いて来たが、馬鹿みたいに“まだ奥の手が”的発言など漏らしてはくれないらしい。僕の長髪の仕方がまずかったのかな? まあ、それは良いとして。


「強気なのは結構だが、抵抗手段がないなら詰みだよ。お嬢さん、首を洗って待っててくれ! 同郷・・のよしみで軽く捕まえてやるよ。軽くね」


『ふざけんな! この覗き魔!』


 無線機は雑音を上げて、相手の声は聞こえなくなった。僕は鏡を取り出し、そこに映った相手の敵大将の姿を見る。砦の壁を殴りつけている。相当お怒りのようだが、つけているゴーグルのサイドを触りつつ辺りを見回し、自分の周囲にいたウスウスネバリン君を装備していた拳銃で撃ちまくり仕留めていく。正確には、ウスウスネバリン君の内部にある機器の部分をだが。


 ゴーグルに温度センサーでもついてるのかね。さておき僕は、上空の状況を教えてもらう為に、そちらに念話を飛ばした。


『テコア、そっちはどうだい?』


『合計52機、戦闘機及びヘリを撃墜。敵を誘導し地上への損害が出ないように致しました。落下地点も把握し火災への対処済みです。味方の損害は軽微、継続して作戦行動に問題はありません』


『上出来だ、ってかそんなにいたのか。墜落で地上に影響を出さないようにしてくれたのかい。てこずるわけだね、配慮に感謝する。それで敵の出方が大体把握できた。仕掛けるなら今かな。戦闘終わりで悪いが、飛竜で敵のデマンク砦まで僕等を送ってくれ。地上の敵は既存の部隊に任せる。ついてこれる者は僕と共に、急ぎで頼む』


 僕は飛竜がこちらに来るのを待ちながら、少し離れた場所にいるボーウェル伯爵に声を掛ける。


「申し訳ありませんが、ボーウェル伯爵にこの場をお任せします。僕はこれから、敵の砦を叩きます。攻略後にお知らせしますので、それまでご武運を!」


 僕はそう言って飛来してきたテコアの飛竜に飛び乗った。


「元々はこちらの務め、気にせずいかれよ。そちらも無事を祈る。よろしく頼むぞ!」


 ボーウェル伯爵がこころよく僕を送り出してくれた。が、そこに思わぬ報告が飛び込んでくる。



『報告、敵の大将が砦を離脱する模様。自陣にて撤退を指示しています』


「な、逃げるだって!? その大将を足止めできるか?」


『監視はできますが攻撃は不可能。敵の画像を送ります』


「こいつも戦闘機か!? くっそ! ここからじゃ足止めする手段がないか! B級映画の面白さはどこ行った!! 言うだけ言って逃げるとかありえないだろ!」


 飛行機に乗り込む相手の姿を睨みながら、アポーツが届かないことを苛だし気に感じる。くそ、このまま逃がせば……。


「テコア上昇だ! 敵の頭を取る。アイリスは引き続きこちらで指示出しを頼む。前衛が敵の中に食い込んだ今、向こうは対空に何て構ってられないさ」


 僕はそう言って、テコアの乗る飛竜へ魔力を送る。飛竜は翼だけで飛んでいるわけではなく、魔力を使えば通常よりも速い飛行速度を出すことだってできる。今できる手段として他にはないだろう。


「主様!?」


「大丈夫、僕を信じろ! ここで敵将を逃したら、外交で時間を取られてまた同じ目にあう。敵に時間をくれてやるつもりはない。急げ!」


「主様を一人で行かせるな、忍びは3人同乗しなさい! 主様達の影に入れ! それなら飛竜の速度に影響はない! 最悪敵と接敵する前に魔道具を使い増援を呼びなさい!」


 椿だ、僕の目的に呼吸を合わせるように指示を飛ばす。


『ここは任せて、他の飛竜も急ぎ飛べ! 最前戦へ、オルクス様が敵の砦の先にいる敵の大将を目標にされた。意地でも前戦を上げてちょうだい。手段は問わない。偵察の映像にある航空機を何としても足止めするのよ!!』


『アイリス殿から指示だ。我等も前線を押し上げる。急げ急げ、主様に遅れるな! 後続もまだ間に合う、強行突撃しろ! 多少の妨害など構うな!』


 そこからはもう、波のような、雪崩のような怒涛の勢いであった。



 騎士隊、敵の攻撃を防ぎきれ! おら、露払いは任せろ! 主力は雑魚にかまうな、前へ進め! 追撃戦だ野郎共根性見せろ! そら、合わせろ、衝撃盾ぇ! おらおら、おら!


 遊撃も前に出ろ、使える敵の兵器も使ってやれ!


 近場の間抜け戦車のキューポラ車長展望塔に、手榴弾でも投げ入れろ。もたもたすんな、敵の退却よりも俺達の方が速い!


 他の部隊に負けるな。剣士の本懐は攻めの一手だ、突っ込め!


 抜刀! 侍は意地でも連撃を止めるな! 鍛冶師やドワーフが泣いて喜ぶぐらい得物武器を使いつぶせ!


 忍びは砦の中に入って敵を混乱させろ! 敵の砦など壊してしまえ!


 バリケードがなんだ、塹壕ざんごうがどうした、砦門さいもんは即時破壊だ! こんな脆い障害、壁なんぞ我等には関係ない、全てぶっ壊せ! 前へ進め! 前進! 前進!! 推し進めぇぇ!!

 


 おおう、高度がそれほどでもない為、従者達の声が入り混じって聞こえる。普段こんな攻撃的で、時間に迫られた戦いなんてなかったからだろうか。従者達がとても生き生きしてるようだ。敢えて、敵兵の断末魔は聞き流すことにしよう。地上の戦車や兵器と敵兵を押しのけ弾き飛ばす様に排除して、そのままの勢いでデマンク砦に流れ込むらしい。


『メイド隊、我等が大剣を砦の向こうまで投げ飛ばせ! 替えならいくらでもある! 敵兵の手榴弾も投げろ! 兎に角、敵の逃亡をただでは許すな! メイド隊の意地を見せろ! 掛かれ!!』


『応!!』


 トヨネ達の勇ましい声が聞こえた。その豪快な手段に思わず笑ってしまう。恐らく、空を飛んでいる僕等への注意喚起も入れての事だろう。手当たり次第に物が敵陣砦の向こう側へと飛んでいく。


「ふふ、勇ましく頼もしいね! これは絶対に相手を逃がせないな!」

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