第104話(1)

 従者達は勢いそのまま、デマンク砦に取り付いて砦の門を壊そうと攻撃している。砦周辺からの攻撃もなんのその、そして頑丈そうな門は総攻撃に耐えられず破壊され開かれた。ここまでくると敵の反撃は乏しくなってきて、門を破るのに数分もかかってない早業というか力業に、逃走するものが散見されだした。砦の内部は忍び達が引っ掻き回して、敵側の手は回らずに良いようにこちらの行動が通る。デマンク砦がもう見るも無残に内も外もボロボロだ。


 僕がそれを飛竜から見下ろしたところで報告が入る。


『遠見の報告となります。メイド隊の放った大剣の投擲の一部が、敵の重要人物らしき者を乗せた航空機に命中。逃走を図った敵は飛行には成功していますが、見たところ思うように舵がとれずふらつきながら黒煙を上げています。速度も遅く、恐らくエンジン回りの機材にも影響が出ている可能性あり。ただ、飛行は継続している模様。これ以上の追跡は困難です』


「了解した、報告ご苦労。ふふ、運は我にありってね。というより、トヨネ達の機転のおかげか。輸送中の飛竜は乗せている部隊と協力して、撤退に進路をとっている車両の足止めを。テコア、僕等だけなら追いつけそうだ。何としても距離を詰めてくれ。出来れば敵の上につけろ」


「承知しました!」


 そう指示を出した後、雲を抜けたところから敵の飛来する戦闘機の残機が3機、恐らく警戒と護衛として先に飛んでいたのだろう。こちらに注意を向けた3機が、こちらに向かってくるように迂回している。


「ちいっ、まだ護衛が何機かいるのか。予定変更、飛竜で即時戦闘に移れる者は、護衛の戦闘機を何とか追い払ってくれ」


『お任せを! 行くぞ!』


『応!』


『あたし等も忘れないでおくれ! 飛竜隊の援護だ。間違っても味方に当てるんじゃないよ!』


 割り込んできたグレイスの声に、僕は思わず笑みを浮かべてしまう。そして前方を見据えた。速度はそれなりに出ているのだろうが、視界の内に捉えた敵将を逃してなるものか。


「あの大将機、後座に機関銃があるタイプか。あんな戦闘機知らないけどテコア、僕が障壁を展開する。コルチールは気にせず突っ込め! 敵は高度をとれない損傷している機体だ。だが、目的は逃げようとしてる上位者の確保だ。上から徐々に押し込んで森に突っ込ませろ!」


「はい、お任せください! 行けコルチール! 我等がただの運び屋でないことを、奴等に教えてやれ!」


「GYAAAAaaaaaaaa!」


 おっと、日頃のフラストレーションでもあるのか? そこは、台詞として空の何とかとか言うところじゃなかろうか。テコアがコルチールに檄を飛ばす。コルチールもその檄にいつもより高い声を出したような気がする。


 そして、コルチールが速度をさらに上げて目的の敵機の真上まで追いつき、そこから手を軽く乗せるように敵機の機体に負荷をかけていく。何故か抵抗らしい抵抗もないのは好都合だ。もしかしたら、損傷した機体を操縦するので手が回らないのだろうか。そして相手の機体は上昇もできず、僕等が前後の機関銃の射角にも入らないことから、難無く相手の機体を森の木々の中に突っ込ませることができた。


 コルチールは途中で戦闘機を緩やかに突き放して上昇。空中のその場で滞空する。かわりに敵機は木々に突っ込み、両の翼は木にぶつかった衝撃でもがれバラバラである。激しい音と共に無残にもボロボロになった機体部分だが、勢いを殺すように落とした為だろう、機体の大きさから胴体は残っているがコクピット部分の手前まで大木に押しつぶされたスクラップ状態で停止した。座席に座る二人は気絶しているのか、見た限り身動き一つしないでぐったりとしている。


 今更ながら思うに、この戦闘機は爆撃機か? 本来なら高度高くに逃げ延びる算段だったのだろう。戦闘機に旋回機関銃なんてついてるのは僕の記憶にはない。専門家じゃないから知らないだけかもしれないが、この機体の大きいとはいえ、輸送機ほど大きくないと思う。二人乗りの戦闘機って、あの転生者のオリジナルか? よくわからんが、とりあえず無力化させて破壊してしまったのだから問題ないか。


「やれやれ、手間を掛けさせてくれる……」


 目当ての機体に近づきつつ降下していく。溜息をつきつつ、仕事はまだこれからなんだと頭を切り替える。テコアとコルチールを労いながら地面に降りようとすると、忍びの従者が僕の影から3人抜け出した。そう言えば、アイリスが僕の護衛に忍びを付けてくれていたのだったか。


「影から失礼いたします。主様はここで暫しお待ちください、安全を確認いたします」


「ああ、任せる」


「はっ! 確保者二人共に気絶中かどうかもわからん。接近に油断するな」


 そして忍び二人、座席でぐったりしている者に近づいてその様子を伺う。後部座席のものは意識なし、だが死んではいないらしい。前座のコクピットに乗っていた方は、意識がもうろうとしているようだ。確証はないが、少し呻いている声は先ほどの無線機で聞いた声だと思う。


 とりあえず、先に転生者の確認が必要か。従者達で戦闘機から二人の要人を移動させ、ばらけた機体を可能な限り回収されたのを確認し、僕は視線を要人に向けた。


 その頃には周囲を他の飛竜が旋回し、他の従者も周囲を警戒しながら僕の近くに来ていた。



 ♦



 安全確認を済ませたと言われ、僕は目的の人物たちに近づく。機体が爆発する恐れもある為、要人は地面に移動されている。


 ヘルメットとゴーグルを外してあらびっくり、後部座席は年配の男性だが、前座にいたのは髪の長いかわいい女の子だった。監視鏡で見た際のヘルメットとゴーグル装着時のときよりも幼げである。兎に角、マヘルナの事について状況が知りたい。まずは主要な女の子の方から記憶を読ませてもらう……。


 ――ん?


 ちょっと待てちょっと待て!! 何考えてんだ!? 僕は一瞬読んだ記憶の衝撃に黙り込む。


 まさか、他国でそんなことになってるなんて。ダンジョンで氾濫なんてあったのか。なんでそれをほっぽって他所の国に攻め入ろうなんて考えたのかが意味不明なんだが。記憶の読み間違いとかではないよね?


「ヘルプさん今のって、今現在起こってるってこと?」


『その様です。マヘルナの各地でダンジョンが何らかの手段で内部が膨張。決壊し大氾濫を起こしてしまったのでしょう。予兆となる前触れは少なからずあったと思いますが、彼女はそれを無視したようです。彼女がと言うよりもマヘルナ王国が、と言うべきでしょうけど』


「そんな馬鹿な! まさかと思うけど、リポップエリアとかも放置してるんじゃないだろうな? 国内の異変はいくつもあるみたいだけど、対処がお座成りすぎる。彼女の記憶だけで言えば、冒険者や傭兵に任せたって限度があるだろ。マヘルナの兵力はほとんど出払っててる状態を維持する意味もない。

 かといって、他の国との睨み合いで国内の事に手を回せてないじゃないか。ダンジョンの異変については強く突っ込めないけど、そもそもマヘルナ自体がおかしいんだよ。はっきり言って馬鹿だこいつ等、馬鹿だよね? 馬鹿だよ絶対!」


『落ち着きましょう。今更何を言っても仕方のないことです。それに、マヘルナの王都がどうなっているのか調べた方が良いかもしれませんね。それと、お気づきだと思いますが、彼女は相手国の第三王女です。

 彼女は幼い時分、転生後に自我が覚醒した後、能力を使って帰属する国の軍事力の強化を図り、周辺諸国に多大な影響を及ぼしました。そして、能力は先に話した通り、一日に一度、魔力量や資材に応じた知識にある兵器が作れる。それが転生後に得た彼女の能力です」


 女神様もとんだスキルを与えたものだ。下手すれば今よりも兵力を整えて相対したら、こちらの被害は予想できないほど酷いものだったろう。



「念の為にお伝えしますが、女神様にも事情があり転生者への能力付与をなされたのです。その辺りは詳しくお伝え出来ませんが、彼女の保有魔力をかなり下げたり、兵器に対するメンテナンスや修理技術などはお与えになっていません。

 ですから、彼女はそれでは満足できなかったのでしょう。国でその兵器の分解と解析を行い、生産ラインを確立しようとしました。現在、どこまでそれが発展しているのか、彼女が転生してから凡そ5年余り。ここで国で秘匿されている技術を使ってきました。それは、技術が確立された。そう言う意味であるという事です。彼女をどうしますか?』


「んー、彼女は自国で冷遇されてたみたいだね。軍への働きかけで自分の居場所を作ろうとしてた? ああ、母親が側室で立場が弱かったのか。うーん、環境にも色々あるんだな。……ねえ、ヘルプさん。同郷のよしみじゃないけど、彼女の異能と不必要な知識だけ消してこれからを過ごせばよいだろうと思うのだけど。ヘルプさんなら可能でしょ?」


 自分でも甘いと思うし可能かどうかもわからないが、一応ヘルプさんに聞いてみる。



『可能ですが……、いっそのこと貴方が彼女の手綱を握っては――』


「はあっ? いやいや、そこで何で唐突に僕なのさ。相手は敵対した相手だよ? あり得ないだろうに。他に案は? 無いならこの物騒な能力は回収してよ。マヘルナの強気な外交の元を絶たないとね」


『取りつく暇もありませんね。彼女は王女だというのに……。それに――』


「やめてくれないか、判断するのは僕の自由でしょ。それにその言い方は、まるで僕が王女たらしみたいじゃないか」


『その件については一先ず、全て棚上げさせていただきます。私からの説得では力不足でしょう。女神様とお話しください』


「なんだよそれ? クレーマーにさじを投げたオペレーターみたいな反応だな。上司に丸投げする気満々の部下みたいな感じがするよ?」


『気のせいでしょう。私は必要なことを優先しているだけですから』


 ――ったく。なんか、このやり取り疲れてきた。


「はぁ……、マヘルナの物騒な軍事力の背景は理解した。だけど、彼女が軍事オタクになる経由が僕にはわからない。女神様が彼女のスキルを承諾したことだって同様だ。ただ、それ以外は許容しても良いと思う。それより、後ろの人は将軍クラスか? やたらと勲章が胸にぶら下げてるが。前世の軍人みたいな装いだな」


『記憶を読めば早いでしょう』


「ヘルプさん、興味がないことには無頓着過ぎないか? そんなに僕と彼女をくっつけたかったのかい?」


『それも気のせいでしょう。私は自由意思を尊重します。後、女神様からの伝言ですが、今回の件は配慮と危機感が不足していることを謝罪されています。よって、ある程度の世界への干渉を行い、貴方の望む形に段取りが運ぶようにするそうです。良かったですね』


「なら、さっさとこの人の記憶も頼むよ」


『はいはい』


 凄く投げやりな感じに聞こえた。ヘルプさんは機能としてのバージョンアップがされるうちに、自我が確立したのではないだろうか。変な事を企まないで欲しいが。僕は男性に手をかざして彼の記憶を読む。


「やっぱり将軍クラスか。しかし、マヘルナには軍事整備、あるいは研究基地が発足され既に確立している。彼女はこの世界の成り立ちを理解せず、その能力を遺憾なく発揮してしまった。

 もうマヘルナとの外交で、こちらからどんなに圧力をかけても無理だろうな。今はまだにわか仕込み空と陸を編成しているようだ。本格的に軍事産業として確立してしまったら、それこそユピクス側だけじゃなく、そのさらに東にある国々まで手を伸ばすだろうからね。女神様の計らいでどの辺りまでなかったことにできるんだろう? 一度この話は持ち帰って宰相様や陛下と話をするしかない、か」


『女神様のお力であれば、史実の修正や条件付きで多くの対象の記憶を改竄できます。ただ、複雑な事情や条件もありますし、女神様としてもあまり望ましいことではありませんが』


「恐ろしいことをサラッと言うね。僕も家族がその恩恵にあずかってるわけだから強くは言えないけど。戦場で転生者の事を教えてくれたのは、もしかしてそう言う理由もあるからか?

 とりあえず、事が事だけに女神様には頼ることになるだろうけど。ただ、それはそれとして、どういう形にするかを考える時間が欲しい。それに、ある程度辻褄合わせは必要じゃないかな? 何もかもをひん曲げて情報操作するなんてこと、ほんとはやっちゃいけないんだろうからね。それにマヘルナの現状もある程度掴んだ上で、女神様の助力を頂くのが最良だろう」


 読み取った記憶から、言いたいことはこれだけでは済まないのだが。状況整理をおろそかにしてはいけない。兎に角だ、この世界の異物である転生者、転移者の起こした最悪の類の事態だ。これは僕一人で完結して良いものではない。今後の対応を相談した方が良いだろう。それも早急にだ。


 急ぎで撤収しよう。


「告げる。敵の将軍と目標の転生者を捕らえた。繰り返す、目標の確保は成った。これより敵の兵器、機材等は余さず回収してくれ。日が暮れて視界が悪くなるから悪目立ちしないだろうからね。こちらは一度アカシア砦に戻り報告をする。

 注意するべきは、味方に戦車やその他の兵器等が流れないようにしなければならない。まあ、現実的に考えて難しいだろう。だが、その辺はヘルプさんが言うに、女神様が力を貸してくれるそうだ。今は何も気にせず、この世界に不釣り合いなオーパーツを回収してくれれば良い。

 損害や他の報告は後で回してくれ。飛竜は交代で上空の警戒を継続。忍びは同じく地上を頼む。狙撃者はとりあえず、まだ警戒したままでいてくれ。それとデマンクの資材は一部回収する。敵の置き土産は特に重要だ。少数はしばらくデマンク砦を占拠したまま現状を維持せよ。以上」


 こちらは指示を終えて、敵兵を捕虜に飛竜でアカシア砦に報告に向かう。無傷で鹵獲ろかくできた戦車や兵器もあるが、今は使うべきではないと思い、回収し保管させることにした。数名捕虜も増えたみたいだが、微々たる誤差でしかない。それよりも、もっと重要で厄介な事案があるんだ。急がないといけないな。



 戦闘機の残骸を回収し、テコアの飛竜でアカシア砦に戻った僕は、その戦果と状況の報告を総司令である管理責任者のラトランド・ボーウェル伯爵に伝え、デマンク砦を占拠中であると告げる。


「やはり、やってくれたか! 見事だヴァダム伯爵。噂にたがわぬその力。それも、飛竜がいるとは言え、あの正体不明の敵から砦を落とすとは……」


「ボーウェル伯爵、申し訳ありませんが火急の用が宰相様にできました。報告も急ぎでお伝えしたいと思います。デマンク砦に戦力を多少残しているので、指示をお任せしたいのです。マヘルナに新たな動き、と言うより今回のような元凶の兆しがあり、それがマヘルナ王国の強気な外交姿勢にあると思われます。

 捕虜の件もありますので、お引継ぎしてもよろしいでしょうか? 警戒態勢は維持しております。詳しくは私の手の者に任せていますので聞き取りをして頂ければ」


「む? そのようなことが……、相分かった。ならばこちらで引き継ごう。貴殿は急ぎ自身の責務を遂行されよ」


「気遣いに感謝を、では」



 それから僕は飛竜に再び乗って、ユピクス本国に急ぎ帰り着く。




♦ ♦




「無事で何よりだ。では報告を聞こうか……」


 そう言って難しい顔をしているのはギース宰相様。火急の件として宰相様に会えるのは、もう慣れてしまったが伯爵待遇でも異例の事である。……今更感が強いとか思わないでほしい。だが、速やかに何とかしなければならぬ事態である事柄が、遠くで起こっているのも確かだ。


 今回の件について、記憶を読んだことは伏せてある程度ぼかしてだが、危機感をあおるような内容を細かく織り交ぜて宰相様に報告する。宰相様は更に難しい顔になりながら僕の話を聞いた。


「と、このように時は一刻を争うのです。それほどに危険分子がマヘルナ王国には根付き始めています。今ここで何とかしなくては、かなりとんでもないことになります」



「マヘルナでの魔物の氾濫はんらんが起こっているというのは、極めて由々しき事態だ。だが、今それは横に置いて処置しなければならんことが多々ある。マヘルナが用いていた軍事力の基盤。すぐにでも対処しなければという意見はもっともだ。

 率直に言うが、そなたがそれほど危険視しているものというのは、それほど脅威なのか。それと、本来は聞くべき事ではないが、そなたはマヘルナを今後どうするべきと思っている。重要な事だ、正直に答えてほしい」




 ……ん!?


 僕は正直驚いている。普通ならこんな話はふってこないだろう内容が来たのだ。国の舵取りをする国王の側近、云わば右腕というか国の中心に限りなく近い人物が僕に問いかけている。


「そう驚くことはなかろう。お主は今年で6歳だったか、さりとて私が思うにお主は年齢ではそぐわない行いを多々してきた。無茶な難問にも苦笑いで対処する。そんな人物をどうして年相応に対応しなければいかん? この世界には魔術があり、神がおられる。常識の範囲を超えるものなど、我等が全て把握しているはずもない。

 陛下からのお言葉も併せて私の言うが、神に愛されし者は人知を超えるのだとか。お主がそれに符合する者であると、陛下や王妃はおっしゃっていた。なれば、理解はできずとも納得はできよう。だから聞くのだよ。陛下が認め、ヘルウェンの国王も認めた者に」



 ギース宰相様は僕の目をしっかりと見て、後にこう付け加えた。



「お主がこの国の善であり、我々ユピクスの味方あれば、私は何も言うことはない。陛下や王妃、王子方も同じ考えだ。恐らく、ヘルウェンの方も同じ考えだと思う。他の貴族達が腹の底でどう思っているかは解らんがな」



 で、先ほどの問いへの答えだが、如何に? 宰相様が再度問いかけてきたので、僕は言葉を選びながら説明を始める。



「国王陛下にこの話、特に敵の兵器の事を余さず述べれば、その事態の危険度が分かります。それとマヘルナ王国についてですが、あくまでも個人的な意見です。それを踏まえて申せば、彼の国を属国にするべきではないでしょうか。王族をそのまま残すか、あるいは消すかは別として、国を機能させなくすれば否応なく国民に被害が及びます。それも特大の金槌で横から、あるいは突き上げられるように国が揺らぎます。結果、秩序が乱れ暴動が何らかの形で起こるでしょう」


 宰相様も危機感を抱いたのか、僕に言葉の先を続けるように目で促してくる。


「その余波が隣国であるユピクスに来ないとは言い切れません。国を亡ぼすのは、大言壮語かもしれませんが、案外簡単に出来るかもしれません。しかし国が消えた後にどうなるのか、それを考えればお分かりでしょう。新たな火種が生まれるのです。上辺だけ見ればただそれだけ。ですが、中身を見てみると民が消耗品のように消えるか、亡命するかするのです。

 その結果、増える流民に諸外国は右往左往するでしょう。民が増えるのを願っている国もあるかもしれませんが、人口が増えれば何が起こるのかは必然的に決まってます。そう、領地の奪い合いです。食料を賄う意味でも必要でしょう。だから火種になるのです」


 宰相様は深く息を吸って、深く吐く、それを2度繰り返し頭の中で事態を整理しているようなそぶりだ。そして考えをまとめたのか、こう告げて来た。


「ダメ元でだが、交渉を後数回して相手が折れぬならば、実力行使で危険物を排除せよ。その命令はおって王命される故、それまで少し待ってくれぬか? ちなみに、あの国を亡ぼすのに何日かかる見通しでいる?」


「やりませんよ? やりませんが、状況次第で2、3日あればマヘルナから、国の重要人物を消すくらいはできるでしょうか。マヘルナの第三王女が何か手を打っていなければ、と条件は付きますが。首を挿げ替えるおつもりならそれも手でしょうけど」


「私とてせんよ。私を仕事で圧死させる気か? だが、確かにその方法なら数日、か。やらないと最初に言われていなければ、背中の冷や汗が止まらなかったろう。マヘルナ王国の主要箇所を破壊する。それだけに留めてくれるか?」


「決行はいつ頃?」


「2日くれればよい。話を付けるのにそう時間はいらん。向こうが意地でも意思を曲げぬなら、その時はその根底にあるものを奪うか破壊すればよい。奪取や破壊工作など、我が国の得意分野ではないのだがな」


 ギース宰相様は渋い表情をされている。恐らくマヘルナは折れない、そう思っているのだろう。重要機密である人物が捕まっても、問題として浮上した絶大な威力を誇る兵器の生産ラインが出来上がりつつあるのだ。だがそれも、数日中に奪うか壊して、再起不能にしてやる。有効活用すればいいじゃんとか、ばれないように使うんだろ? とかそう言うのは今は必要ないんだよ。僕がやりたいのは、あくまでも領政なんだから。


 国の関係が表面上だけでも平和であれば、交易は何とかなるもんだ。今回みたいに戦後処理をどうするかで、宰相様は相当困っているのだろう。無駄だと思う交渉をするのもユピクスが蛮行的な国でないというのを諸外国に見せる目的もある。国っていうのは、結構イメージで損得することが多いところがあるからね。


 まあ、その方面については宰相様達に任せればいいさ。僕は言われた通り相手の強みを握りつぶす。2日も時間があれば、主要な物や人の見分けはできる。急ぎではあるけど民草には漏らさず、国絡みで悪化するのを何とかして止めないと、とんでもない火種になる。



 ♦



 宰相様が言った2日が、あっという間に過ぎてしまった。そして今、僕は宰相様と国王陛下の前で、膝をついている。


「何度も仕事を押し付けてしまって済まぬな。だが結局、マヘルナは屈しない姿勢をとっている。話し合いもあったものではない。休戦を自ら破棄して、負ければ言い掛かりをつけてくる。話し合いでは埒が明かんし、意味のない水掛け論で煙に巻かれる。滞在中のマヘルナの大使は、自国が負けた事を認めようとしない考えでいる。

 王女がいなくても、兵器の量産ができると見ての事だろうが、度し難いほどに自国の勝利を確信している。他国へも同じ手段で攻勢に出ているらしい。状況はマヘルナが有利に戦局の主導権を握っているのは、こちらでも確認している事実。周辺との戦を収めたら総攻撃でもするのだろう。そう言う姿勢が透けて見えおる」


「この通り、宰相も困り切っている。奴等は気付いていないのだ。今自分達がやっていることの意味と、立ち位置にな。話を聞いているだけでも頭が痛い。手に入れたおもちゃ兵器が大いに役立つ、それも誇れるほどの軍事力として。確か、まだ海域には手を出していなかったと聞いたが?」


「その通りです。空と陸の両面が主な戦場。主戦場より離れた場所にて戦力を割くよりは、鉄の箱戦車鉄の飛竜戦闘機、鉄の天馬ヘリ、それらに時間を割く方が効率が良いと判断していたのでしょう。もう数年もすれば海域に鉄の箱舟、鉄の巨大魚が共に出る手はずであったようです」


 言葉を少しぼかしながらの僕の発言に、ギース宰相様もフォルトス陛下も眉を歪めて溜息をつく。お、シンクロした。なんて馬鹿な事は脇に置いといて、事態は深刻化する一方だ。言葉をぼかしはしたが、陛下は日本人の転生者だ。近代兵器がいかに危険なものか容易に想像できているだろう。宰相様も知識にはないものではあるが、報告を受けて脅威の程を再確認したらしい。時間をかければそれだけ兵器が生み出され、国々のバランスが崩れてしまう。


 不幸中の幸いなのは、兵器工場が隠蔽された王都にあったこと。機械を公にしていなかったことだろうか。携わっている人間も、何かしら制約やルールがあるようで軍事力の中でも主要な人材が主だった。


「とりあえず、それを阻止できて何よりだ。宰相、これよりマヘルナと事を交える。だが、秘密裏にな。予定通り主要施設を破壊し、開発中のものは全て粉微塵にするのだ。関わった人間は全て殺してよい。夜間であればさすがに外に出したりはすまい。それと、王族は一度全員捕らえて連れてきてくれ」


「たかが1日、されど1日。王族が一人も見当たらなければ大騒動ですな」


「向こうの王族と話をし、こちらのバインクとつり合う年齢の者と結婚させる予定だ。実質、彼奴がマヘルナの王になれば良い。将来、この国にはウルタルがいるしな。全てはオルクス、そちに掛かっておる。時間をかけずして我が命をこなせ。褒美は先送りになるがな」


「では、決行は本日の夜、21時より行動に移り、22時には全て終わるように致します。以降の手配はお任せしても?」


「ああ、任せろ。それ以降はこちらの仕事だ。無理を強いて悪いな」


「恐れ多いことです」


 まあ、後でちゃんと相応の報酬は貰いますからお気遣いなく。視線を向け事前にした約束をフォルトス陛下に察してもらう。




 ♦



 12月19日20時50分。場所は、マヘルナ王国城内。さて、まいた種が芽吹いて散る姿それを想像し、僕はさっきから溜息ばかりついている。


 王女と同時に捕虜とした将軍は、マヘルナではかなりの大物であった。が、転生者の身分だが、先に記憶を見たようにマヘルナの第三王女である。記憶をいじくっている所為か、今では常にボーっとしていて戦場で見た活発さがない。幽閉されている部屋で、日がな一日人形のような生気のなさに記憶を消すとここまで人間はポンコツになってしまうのか。とんだ恐ろしさがあるな、ヘルプさんの記憶の操作は……。


 弁解というか、誤解がないように言っておくけど。記憶の読み取りや操作、スキルの削除なんかは僕のスキルじゃない。全てヘルプさんの能力だ。管理権限は女神様だろうけど、一応僕の意思も尊重してくれる。


 王女はフォルトス陛下に相談した上で、幽閉という意味合いで面会謝絶したままにしている。彼女とは一度時間をとって話してみてもいいかもしれない。それでもダメなら、彼女にはそのままでいてもらう方が都合が良い。ただ、一度敵対してしまったからな。僕の話をまともに聞いてくれるかは不明だ。


 それは良いとして、同じく捕らえた将軍は今頃独房に入って薬で眠っているんだろう。反抗的でどうしようもなかったからね。既に情報は僕が握っているから、彼には取引材料以外の価値はない。勿論、記憶を軽くいじっての開放になるわけだが。


 それと、待っている間の時間は有効的に使わせてもらった。デマンク砦で見つけた大掛かりな通信機だ。僕が目指している通信の技術が違う形で使われていた。


 電報というものだが、それで嘘の情報を流した。我、苦戦しながらも敵と互角に渡り合った。が、ユピクス王国と激戦の末、現状の兵器や車両の状態が芳しくなく本国には救援を求めるしかない。ユピクスは外交で沈黙している今がつけ入る隙だ。現場の人数では足りないので、整備士は全員で迎えに来てほしい。場所はデマンク砦にある格納倉庫。至急救援を要請する。こんなところかな?


 あー、命令は王女殿下と将軍の連名で釘を刺す。今頃は嘘の情報に騙されて、整備士達は軍仕様のジープに乗ってお出かけ中だ。その証拠にこの時間、整備工の現場はもぬけの空であり、機密だから厳重な施設ではあるが見張りは少数。はっきり言えばやりたい放題である。まず設計図から備品の類まで手分けして全て回収。予め調べておいた、その他の重要な施設を転々と回って回収に当たる。軍事機密は、捕らえた二人から全て記憶を漁って拾っているからね。


 初めて来た国の事についても、先に述べたように、軍事やその他諸々に関して全ての内容は僕の手中にある。ヘルプさんのバックアップもあるから何も問題はない。


 そして、これまたデマンク砦で見つけたスイッチ式の起動爆弾。マヘルナの施設でも見つけることができて結構な数手に入った。これを整備工と主要施設のあちらこちらに設置することで、準備はほどなくして整った。今頃、偽情報の場所に向かった整備士達は、従者達により残らず捕縛されているだろう。


 本当は暗殺するつもりでいたけど、それだとマヘルナを降した後の復興が面倒になる。ヘルプさんに相談して、事態が収束した後に記憶や諸々の史実はあやふやになるとのこと。


 この世界に来て人の命が軽く扱われることに、いつしか僕は慣れてしまっている。前世の僕が今の自分をどう思うか、以前も考えたことはあるが、結論を言えば考えることはあまり意味がないという事だ。今の僕が大事にしたいもの。それを守れれば良い。


 ん? 予定通り整備士達を捕縛したと報告が来た。予定通りに事は運んでいる。そろそろ頃合いかな……。


 今更ながら僕、暗部でも何でもないんだけどなあ。自分で言うのもなんだけど、何でもこなすから何でも屋になってしまってるような、そんな立ち位置が僕のポジションだ。大変困った事だが、ちゃんと後で報酬をもらう手はずなので、文句など言わずに仕事をさっさと遂行しよう。


 忍びの従者達が影に溶け込み天井を伝って、王宮に張り巡らされている隠し通路を発見し確保している。王族は何事かあれば、この隠し通路に逃げ込むようになっているらしい。さて、時刻を見れば21時半、時間がそろそろ押して来ている。爆弾のスイッチをポチっとなと押して、従者から施設の爆破が成ったことを念話で受ける。


 僕がいる場所も多少の揺れが来ているので、起爆した爆弾の効果は確かに発揮されたという事だ。魔術師が少ないこのご時世、姿無きテロリストに蜂の巣をつついたような様子でマヘルナの王都が騒がしくなったようだ。時間も遅いから、多少の時間差はあるけど、まあ、ちゃんと混乱してくれているなら何でもいいさ。



 ♦



 そして、爆発が起きて漸くバタバタとやって来た王族達。僕の従者達がマヘルナの騎士の鎧を着て、予め集まるであろう部屋へ誘導してきたようだ。というか、そう仕向けたのは僕なんだけどね。


 ちなみに、今現在僕はマヘルナにいるわけではない。マヘルナの王都から少し離れた山中にいる。ルルスによる魔術で鏡越しに部屋の天井から見下ろす形で、現在進行形の成り行きを見守っている。マティア特製のウスウスネバリン君は、砦での攻防で数を減らしている為量産中である。


 今回の情報収集と工作は、主に忍びやくノ一の面々に動いてもらっている。


 ともかく事は順調に進み、場面はまさに大詰めだ。王家秘匿の秘密の通路を使うか使わなくても、従者達が王族達の陰に潜んでいるだろうから、問題があればすぐに身動きできなくなるだろう。


「一体何事だというのだ。こんな夜中に!」


「何が起こったのか誰か説明してよ!」


「母上! 外に煙が見えますよ?」


 癇癪かんしゃくを起し、混乱し始めた王族の子供達。大人は慌てたり、不安そうに黙っているが気持ちは子供達と同じだろう。


「申し上げます! 王城近くにありました、軍事整備工及び、その他の施設が爆発し火が上がっております。幸い宮廷までは火が及びませんが、何分原因がつかめておりません! ですので、王族の方々には避難を頂きたかったのです。火急により失礼致しました!」


 ちなみに、今報告をあげているのは僕の従者だよ。実に素晴らしい立ち振る舞いだ。舞台俳優なら何らかの賞でも貰えるんじゃないか?


「あのバカ娘の作った施設かい? こんな大事になるとは、驚かされるこちらの身にもなってほしいものだね!」


「王太后様、申し訳ございません。娘の所為で……」


「全くだよ!」


 んー? ああ、彼女が第三王女の母親か。少し気の弱そうな感じの人に見える。側室という立場故か、出自も微妙なところだ。この国の王宮内では色々とあるようだが、今はそれにかまっている余裕はない。


 と、その時。兵士を二人連れた男性が部屋に入って来た。


「皆無事か? ふむ……、皆無事だな、よかった!」


 この国の国王陛下で間違いないようだ。いやいや、そんな落ち着かれても困るんだよね。段取り的にはこの部屋の中に王族を全員入れた時点で目標は成ったようなものだ。


「敵襲! 敵襲! そちらへ行ったぞ! つかま、ぎゃ!!」


「陛下、ここは我々が!」


「お逃げください」


「ここには秘密の非常口があったはずだな。王太后、皆を連れて先に行ってくれぬか? わしは賊をここで防ぐ故」


「く、なんてことだい。仕方ない、皆ついておいで」


 王太后と呼ばれた人物は、そう言って暖炉の横に見え辛い位置にある鉄状のへこみを押し込んでやると取っ手が見える位に現れた。簡単に仕掛けを表すとDの形をした金属を上か下を押し込むことで丸み部分が表に出てくる仕掛けだ。前世ではよく非常扉などで使われている仕組みだったりする。そして僕がその通路の地面や壁にポータルを張り巡らせておいた。進めばどうなるかはすぐに分かる。


「ひえっ!」


「きゃあ!」


「うわぁ!」


 わわわ、と僕の従者の一人がさり気なく最後尾にいる人物を押して、なだれ込むようにポータルへ落ちていく王族達。絵面としては間抜けなようだが、冒険者がトラップに落ちるのとはわけが違う。危機感などあってないような生活をしていた家柄の者達だ、身に覚えのない衝動に駆られている、と思う。


 今頃はユピクスの城の地下牢に瞬時に送られている事であろう。そして、待ち構えている忍びの従者達によって、魔道具で目や耳、口を塞がれているのだろう。


 さて残るは一人、マヘルナの国王リーバッハ陛下だが。味方と思い込んでいるマヘルナの騎士の恰好をしているのは僕の従者だ。二人いる従者が警護を装って部屋の外をしきりに確認したりしている。怪しまれないように自分の陰に潜む忍びに目配りした刹那、忍び達がそっと回り込み、後ろから国王を脇から抱えて、もう一人が抵抗して暴れる国王を魔道具を各所に貼り付けて拘束していく。騎士達は驚いた体で国王に呼びかけながら警戒しつつ扉を閉めた。そして静かになった部屋の扉に本物の騎士達が雪崩れ込んできた頃には、王族は勿論のこと、従者も揃い踏みでポータルからマヘルナを脱していた。


 今まで言い忘れてたけど、ポータルは1つでも一度行った場所なら念じてそこに出ることができる優れものだ。ポータルや他のアイテムも僕の手元に権限で取り寄せることはできる。ゲームマスターであった僕か、僕の従者達しかその権限や用途を知らないけどね。僕の場合テレポートだって使えるんだ。ゲームマスターとして、緊急の案件でユーザーの呼び出しとかあったからね。現状は制限付きではあるのだけどその話はまた今度。


 時間は22時直前、僕はユピクスの自宅の自室に場所を移すと、一部始終報告を受けた後ため息交じりに一段落ついたと安堵する。束の間眠気に襲われ誘われるようにベッドメイクされているそれに、たあっとダイブして睡眠に入るのだった。


 後はお任せしますよーっと。


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