第4話

 ユピクスに王都に到着したのは実家を出て3日目の夕刻を少し回ったところだった。普通なら早朝に出発して3日目の午前中には到着する予定だったが、道中で盗賊等と商人達との抗争に介入し、一悶着あり到着が遅れたのだ。その一悶着というのを王都城下の入り口を守る門兵に伝えているところだ。


 盗賊の遺体は商人側でどうやったのか、分からないが回収していたらしい。それに拘束した数名の生きたままで捕縛した盗賊も、商人達の方で荷馬車に詰め込んで運んだ。歩かせられてるのは、基本的に手段がないときだけらしい。それこそ王都に着くのが遅れてしまうから、対応としては有難い。王都に向け急いでいると伝えてあったのが良かったのかもしれない。


「――というわけで、道中で商人達を襲っていた盗賊を発見し討伐及び数名の捕縛した次第です」


「承り致しました。商人の方とも証言は一致していますね。それに盗賊の捕縛は助かります。これより洗いざらい吐かせ、アジトの場所や残党がいないか確かめます。それと、こちらは盗賊討伐及び捕縛の報奨金になります。中に指名手配犯もいましたので少し多く入っておりますのでご確認ください。この件は王城まで伝わるように計らいますので、そちらの貴族方は城の正門までこのままお進みください」


 と、言うわけだ。王都に到着早々門兵と対応していた奴隷商人のヴァーガーと、我が家の騎兵隊長イツランダの事情聴取が終わる。その際にいくらか助けた分と馬の貸出料など、心残りがないようにとヴァーガーから、どうぞお納めくださいと申し出を受けて頂戴ちょうだいする。


「言っては何だけど、こんなにもらって大丈夫なのか?」


「はい、お気になさらないでください。命を救ってもらいながら、この金額というのもおかしいのですが、大変お世話になりました。お急ぎとのことなので、それでは、我々はこれで失礼致します」


 こちらが急いでいるのが理解しての事か、ヴァーガーは話を切り上げてその場で別れる。こちらも特にそれ以上の事はいう事もない、僕と母上、トヨネを乗せた自家用の馬車は、急ぎ言われた通りに王城へと向かった。遅れた理由の説明は門兵が言っていたように、王城の門番に話が通っているらしく、馬車を預けた後、降りて直接応接間に通される。早々に今回の戦争での父上の上げた褒賞について、段取り良く話が切り出された。


「よく来てくれた、ヴァダム男爵夫人。道中で盗賊と遭遇とは災難ではあったが、無事で誠に何よりだった。さて、こちらから頼み急ぎ来てもらったのだ、早速で悪いのだが今回の褒賞について、金銭とは別に望みがあれば聞こうと思う。何ぞあれば申してみるが良い。手紙に書いた通り、可能な範囲でだが願いを聞こう」


 僕はてっきり謁見の間みたいな、だだっ広い場所へ通されての、大様おおような形式で褒賞なりのやり取りがあるのだとばかり思っていたが、全くそうではなかった。通されたのは少し広い応接室(それでも我が家の大部屋並みの広さ)に案内されて、僕からして初めて見る国王様と、隣に控える宰相様に母上が礼節の上で応対していた。恐らくこの対応は、急ごしらえの部隊が相手国に敗戦して撤退した、ということが主に尾を引いているのではないだろうか。


 当初は国王様と宰相様の話は、矛先を母上に向けていたが、領地開拓の話に移り僕が中心に開拓にあたると話してからは、こちらにも話が飛んでくるようになった。もちろん領地運営の中心が母上で、開拓は形式上は僕がというように話しているからだろうと思う。だが、5歳児を親が重宝するというのは、可愛がりが過ぎて開拓を任せられてしまう、典型的な過大評価を基に考えているのではないか、と値踏みするような会話が度々飛んでくる。所謂“お宅の息子さんで大丈夫なのか?”という質疑である。


 そんな質疑に僕は真っ向から考えを述べていく。予定やお金の使い方、主に開拓に向けた資金運用が、報奨金の約3割で抑えていくこと。それに目減りした人手や食料の備蓄を計算している、とその辺の話までして驚かれた。


「ですので、今後の為にも必要となる、領地の開拓を進めていこうと考えております」


「ふむ。金銭以外の報酬についての望みは分かった。しかし、本当にそれで良いのか? 望めば金銭の増額や宝物庫から何かしらだしてもよいと考えておったが」


 実際に考えていたらしい、宰相様がその褒美に与えても良いと言えるもののリストをこちらに渡してきた。だが、最初に述べた通り、こちらの答えを変えることはない。


「恐れながら国王様。我が王国が隣国にどれ程悩まされ、政務に支障が出ているのか、私は両親から分かる範囲で聞き及んでいます。たしかに、金銭はいくらあっても困ることはございません。ですが、我がヴァダム家は位は低くとも貴族として国の為にと考えております。

 国を想えばこそ高望みは致しません。我が父が生前に申しておりました。領主は民の為に尽くせば良い、それが領地の為にひいては王国の為になる、と。今回のことも殿下の退却に尽くせたのですから、父も無念ではなく本望でしたでしょう」


 実際は父上からは、領地を少しでも安定させたいな、としか言われてない。しかし、母上やビジルズから聞いた話では、我が国は度重なる軍備の消費で国費が厳しいことくらいの事は聞いている。ここで印象を悪くしては元も子もない。父の遺志を継ぎ、実家の領地を大事にしたいということを伝えておけば、どう解釈されても最悪な印象にはならないだろう。なんとも打算的だな僕は……。


「なるほど、こちらの事情にも精通しているか。そなたの父親を亡くしたのは、我が国にとっても多大な損失であったと思う。しかし、そなたも父親と考えを等しくしているのならば、将来が楽しみであるな」


しかり、将来を想うと希望の鉱石。どうでしょう陛下、今後は報告の際にヴァダム家にはオルクス殿を可能な限り来てもらうべきかと思われます。ヴァダム男爵夫人もそのほうがご負担が少ないのではと思いますが、ご本人はいかに?」


 僕は母上がこちらを窺ってくるので、視線を合わせて頷く。幼子に何ができると普通なら思われるところを、国王様や宰相様には上手い具合に、僕に興味を持たせられたようだ。それは好都合というもの。話し合いの結果、領地を順調に発展させていけば毎年の徴収を10年間見合わせてくれることまで約束してくれた。これは絶対領地を良いものにして見せなければ。その意気込みも、意味合いも僕にはモチベーションとして必要だ。


「はい、私も息子がまだ幼子というのに頼っておりますが、事を成そうと願っているのもまたその息子。過大評価をするわけではありませんが、この子の意志の強さは、父親の死を知った後から出て来た物です。恐らくは物事の分別も、この子の中では急速に意識して成長することで、しっかりとなっているように思います。宰相様の仰るように、時期の報告の際は可能な限り同行させたいと思います」


「子供に強いることで成長に繋がったか。成長とは本来喜ばしいものであるが、男爵夫人の長子には無理が無いように、出来るなら健やかに育ってほしいものだ。息子を救われておきながら、わしから言えたことではないが、そのように思う。そなた等の領地の発展、並びに開拓の進捗を楽しみにしておる。では、下がってよろしい」


 そうして、城内からの帰り際、城勤め役員から褒賞金と、領地の権利書が滞りなく渡され、僕と母上は、馬車で待機していたトヨネは王城を後にした。



 ♦



「ギース、あれをどう見る?」


「見る限り、芝居がかったようには見えなかったと思われます。話が本当ならば、父親の死を糧に強いられながら成長した息子が、父親の後を継いで本気で領地のことだけでなく、国のことも視野に入れている考えも本物かと。あれが5歳児とは恐ろしいものだと心胆を寒からしめる気持ちですな」


「お前もそう思うか。先ほどの子供、オルクスと言ったか。あれを見ていると周りが屑にしか見えなくなるな。話が真実なら父親も本当におしいことをした」


「フォルトス陛下……」


「わかっているとも、私の息子達にもあれのように育つ教育を施したいものだ。さて次は何だったか」


「は、次は敵国と繋がっていると裏の取れた伯爵位と――」



 二人はとりとめない会話を行った後、すぐに仕事の仕切りに切り替え、政務に取り掛かり、その立場に見合うだけの責務を果たしに動くのだった。



 ♦



 今僕は、母上とトヨネと共に中級ランクの宿を一泊とって、今後の予定を照らし合わせていた。


「ルオの戦果の褒賞金額は金貨700枚で、我が家の年収の約3倍。それに盗賊の賞金額と奴隷商から受けた礼金も合わせれば金貨30枚分程足せそうなところね。はぁ~、お金の用途を決めるのを買い物以外でやるなんて、気分が下がるわね」


「まあ、そういわずに、母上は予定通り中古の荷馬車の手配をお願いします。盗賊なんかの賞金で弟達の土産を見繕うついでに、ご自身の買い物でもなさってください。僕はこれから、あの助けた奴隷商人の商店に行ってきますので」


「わかりました。気を付けていくのですよ。トヨネさんが付いていれば問題はないでしょうけど。王都と言っても治安が必ずしも良い、と言うわけではありませんからね」


「はい、気を付けます」



 ♦



 僕はトヨネと二人護衛を引き連れて、宣言通り大きな商店の並ぶ市場に入った。そこで目にした初めての光景に感動で、僕は胸の高鳴りが激しくしていた。城に向かう際は馬車の窓を閉めていたからね。目に飛び込んできたのは、前世で資料や画像で見たことのある、レンガや木材で立てられた建物。以前の僕なら資料集めに、そこら中を見て歩いていただろう。それを何とか抑え込んで、いくつかの商店を回りながら必要なものを購入していく。革袋に詰めて行くように見せて、実際は腕輪の機能であるインベントリ、所謂、空間収納出来る場所に収納していくわけだが。そして最後に奴隷を扱っている商店まで向かって足を止める。


「どうされましたか?」


 護衛の一人が僕に声をかけてくる。僕が足を止めた理由は単純、巨大なテント型の商店に驚いたからだ。


「いや、さすがに初めて来た店だから、その大きさに戸惑ったらしい。悪いけど店員を――」


「いらっしゃいませ!! お客様、当店にどのような奴隷をお求めに? やや、貴方は先日の貴族の坊ちゃま!? その節は盗賊から命を救って頂き、誠にありがとうございました。再びお尋ねしますが、当店にはどのような御用で?」


 店員を呼んでもらおうとしたところで、言葉を捲し上げるようにヴァーガーが現れた。僕が来ることは、それとなく予想していたような節がある。商人の勘だろうか? それとも他の要因か? 兎も角、今はそれを気にしても仕方がないだろう。僕は早速用件を切り出した。


「先日、貴方が奴隷商人だというのを聞いていて、前から購入を検討していたから渡りに船だと思って寄らせてもらいましたよ」


「おお! それはそれは、よくそんなことわざをご存知ですな。勤勉なのでいらっしゃるのですな。それでご要望はございますか?」


「犯罪奴隷以外で年齢は10歳前後から30歳前後、健康であれば男女共に外見、種族は気にしない。一度、店内を見て回りたいんだけどいいかな?」


「はいはい! その程度のご要望でしたら問題ございません。なんなら部屋を用意して、存分にじっくりご覧にいれることもできいます。大抵の貴族様はそうなさっておられますがいかが致しましょう?」


「店内を一回りしたらそうしてくれるかな? その方が分かり易いかもしれない」


「はぁ? はい、かしこまりました」


 僕の言葉に一瞬の疑問が生じたらしいが、そこは商人。意味が分からなくても、何事もなかったように店内の準備を進めに取り掛かるようだ。


 先日、王城に向かう際に助けた商人のヴァーガーが、奴隷を扱っているというのを聞いて、僕は早急に人口の減った領地の対応に都合が良さそうだ、と考えていた。母上と、事前に言玉を渡していたビジルズとも相談したが、その商人が信用でき、奴隷の価格が不当なものでなければ、と購入を承諾してくれた。その購入の規模や問題点などの洗い出しも相談しあった。


 そして今日、彼の店に辿り着いたのは良いが、僕が思ったよりも大きくそびえ立つテント状の店舗。この辺りというか城下の商店では一番大きいのではないだろうか。会った時はしがない奴隷商人なんて謙遜けんそんしていたから、予想よりも大きな店の規模に驚きもする。


 それからしばらく、大きなテント状の店内を見て回るのに時間を要したが、それだけに収穫は多くあった。この前の戦争で奴隷に落ちた人間もいれば、他の店からの委託販売が殊の外多かったようだ。入荷が多く、値段が降下しているのだとか聞いた。完全に物や品扱いだなと思ってみるも、それを今から購入する自分は何なんだという、意味のない疑念が心中を一瞬渦巻く。


「ヴァーガー、さっきの注文に身体に欠損があっても手に職があったという者も含めてくれ。用意してくれる部屋で面談をやりたい。それぐらい時間をもらっても問題ないだろうか?」


「全く問題ございません。仰せのままに、坊ちゃま!」


「坊ちゃまはよしてよ。オルクスで良い」


「かしこまりました、オルクス様! すぐ準備致しますので少々お待ちを。おい、準備だ!」


 普通なら資金の持ち合わせなどを確認するのが、商人のセオリーだと思うのだが、相手は命を救ってくれた貴族の子供だ。それに付き添いについている以前見ただろう少女のトヨネも、紐でくくられた重そうな革袋を持ち合わせているのを、目ざとく確認していたヴァーガーは、これまた処分に困る身体に何かしらの怪我や欠損がある、奴隷として処分に困る者が売れるかもと思っているのだろう、嬉しさに口の端を釣り上げながら良い笑顔で、すぐ使いの者に大きな部屋を用意させるようだ。気持ちは分からなくもないが、商人ならもう少し表情に気を使ってくれと言いたい。



 ♦



 奴隷達との面談はおおむねサクサクと進んでいった。僕は腕輪の力である相手のステータスを見る『鑑定』を発動させ、一目見ればその人物のステータスである技術や特技がゲームのウインド画面のように確認できるんだ。ちなみに健康状態や病気まで見れるのでヴァーガーが嘘か、把握していない事柄でも読み取れてしまう。


 それを駆使し、なんだかんだと僕が購入した奴隷の数55人は、日付を数回に分けて搬送することで契約は一旦区切りをつけた。しかし購入した数もそうだが、購入された奴隷、特に身体に欠損がある奴隷達は何故自分が購入されたのか疑問だらけなのだろう。何せ僕からいくつかの質問に正直に答えたらウンウンと頷かれて、即採用され購入が決定されたのだから。


 そして最後に、城下で一番の奴隷商店はここでいいのかと確認した僕に、ヴァーガーが鼻息荒く肯定すると定期的に買いに来る旨を告げて、今日購入した分の奴隷の代金を預け、明日以降引き取りに来るからと、店の裏手を開けておくように告げて店を後にする。




 ちなみに、僕が来店した当初、命を救った代わりに金か奴隷をせびりに来たと思っていたヴァーガーは、やっと肩の荷が下りたと同時に自分を恥じていた。せびるどころか、僕が大量に商品である奴隷を買い。さらには定期的購入を約束していったからだが。彼はしばらく茫然と店の入り口で突っ立ったままになっていた。それを馬鹿正直に僕に後日、詫び状と商品リストを送り届けてきたことで、僕は初めて知ることになる。


 馬鹿正直も程度が必要だと思うが、彼であれば信用に値するというのを、僕はその手紙を読んだ後に判断することになる。それは少し先の話だ。



 ♦



「よかったのですか、身体に欠損のあるものを多く買い込んで? 一部を見ましたが、あれでは労働も厳しいと思うのですが……」


 護衛の兵士の片方から、そのように心配そうに尋ねてきた。もう一人も同じ意見らしく、表情から同僚の意見に同意している様子が窺える。その心配は当たり前のものだったが、僕は彼等になんでもないように答える。


「心配いらない。これは領内だけでの内緒だけど、欠損も治療できる魔術師に心当たりがあるんだ。これはばれると値上げされちゃうから、聞いたことは極秘扱いで頼むよ」


「は、はい! 承知致しました!」


 まじめな人柄だったのか護衛の兵士は、子供の戯言とは思わなかったようで、話をまじめに受け取ったようだ。ほんと魔術って超便利な言葉だな。しかも、後で知った話だけど身体の欠損まで治せる魔術は最上級の魔術ランクらしいく、使える者が少ない超レアスキルのようだ。またどこかのライトなノベルのありきたり設定ぽい匂いがしないでもないぞ?


 まあいいけども。この後は宿で母上と合流して進捗の確認だな。僕がそう思っていると前方から小さな人影が、予想しなくても分かるほど直進的に、僕へと真っ向からぶつかってくるように駆け込んでくる。


 その時何もないところでパチンッと乾いた音がした。自身の身を守る腕輪の防御機能が発動した証拠である。それを聞いたトヨネが兵士より早く動いて小柄な人影を地面に付けて抑えつけ、身体をうつぶせに腕を逆に締め上げる。兵士二人はその小柄な人影に警戒はしていたようだが、トヨネの一瞬の早業に何が起こったのか、武装を構えた状態で棒立ちになっていた。だが、トヨネの反応に対応し剣を鞘から抜き構えて、小柄な影、つまり小柄な子供に刃を向ける。


「トヨネ平気だから、その子にかけてる力を弱めてあげて。ねぇ君、僕から革袋でも奪おうとしたのかい? 見た限り10歳ほどだよね。君くらいの年なら職は選びにくいけど、何処どこかで働くことも可能なはずだと思うんだけど、どうしてスリなんてケチな真似してるんだい?」


「なん……、グッ」


 子供はトヨネに抑えつけながらも、顔を上げて僕を睨み付けて叫ぶ。


「――そんなの流民の、子供を雇ってまともに、働かせるわけねぇだろ。そんなことも知らねぇのか、このっ、バッカヤロー!!」


 僕は驚いた。僕の常識では何処どこだって人手が足りなきゃ働き口ぐらいあるのだと、そう思って考えていた。だが、彼は流民と言ったか? 流民は他の人と違うのか? 言われて気付いたが、僕はこの世界では5歳児だ。前世の知識で知った気になっていたが、この世界の常識や知識が不足している。


 僕はトヨネに、子供である、少年を立たせた後、じっと少年を見据える。それで気づいたことは、何日も洗っていないぼさぼさの髪、黒ずんだ肌、着たきりすずめだろう所々擦り切れた薄っぺらい服、よく見ればちゃんと栄養のいっていない身体、さらに裸足だ……。こんな姿でよく走りまわれたものだ。


 急に声を上げて叫んだ少年は咳込んでいた。ようやく落ち着くと、僕の視線に気づきトヨネに掴まれながらも睨んでくる。


「な、なんだよジロジロみやがって、俺の恰好がおかしいか? 笑いたきゃ笑えばいいだろう、バッカヤロー!!」


 護衛の兵士が、口汚く叫ぶ彼に、制裁でも加えようとするような動きを見せたので、僕はそれをせいした。


「いや、そういう意味で見ていたわけじゃない。そうか、僕は何もわかっていなかった……」


「……オルクス様」


 トヨネが気遣わしげに名を呼んでくる。僕は下を向いて、しばらくの間無言でいる。頭の中を整理したい。後悔しないように人の話を聞き、納得のいく結果とする。それが、僕の前世の後悔から学んだことだ。それなら話は早い、切り替えが肝心だ。


 僕は彼に向かって、先ずは謝罪する。そして提案した。


「ジロジロ見て悪かった。君の生い立ちや、話を詳しく聞きたいんだけど、対価にお金を出しても買えるところがないんじゃないか? なら食事、食べ物と交換でどうだろう?」


「あん? 頭おかしいのかお前、なんだって俺がお前に話ししなきゃならなんないんだよ。話がしたきゃ、そこら辺の店先にでも行けばいいだろ!」


「僕は見た目通りのこの年で、君が言うように流民が何かさえも知らない。できれば色々な事を知りたい。欲を言えば直に見て話をして、見識を広げその知識を得たい。何も知らないだけでは、後で後悔するからね。流民とは何なのか、どのように生まれ、どういう生活をしていたのか、僕に教えてくれないか?」


「だ、だから、なんで俺がっ――」


「さっきも言ったけど、対価が君の食事で不足かい? なら、もし他に仲間がいるならその人達の分も食べ物を用意しよう。落ち着いて考えてから答えてほしい」


「っ! ほ、ほんとか!?」


「ああ、僕はヴァダム男爵家の長子オルクス・ルオ・ヴァダム。言ったことは必ず守るさ」



 ♦



 ここは教会の前。あれから少年はアスリと名乗り、話が聞きたいなら良い人がいるぜ、と言うことなので適当に食料品を見つくろって買いつつ、その後についていくことにした。そして、教会の玄関扉を錆びた鉄のノッカーで護衛の一人が叩き、そして目の前に出てきたのは教会で身寄りのない子供の面倒をみて育てていると言う、シスター・センテルムという人物だった。アスリが大まかな流れで話を聞かせているところだ。


「男爵家のご子息になんということを……。申し訳ございません、責任は私がすべて取りますので、何とぞ、何とぞご容赦ください。誠に、誠に申し訳ありません」


 シスター・センテルムはアスリの話をある程度聞くなり、こちらが口を開く前に開口一番この言葉を告げながら膝をついて頭を床にこすりつける勢いで下げる。アスリはちゃんと説明できなかったのだろうか。ばつの悪そうな表情でこちらを見ている。そして困惑する僕と護衛一同。


 こちらに罰するつもりがなくても、護衛を引き連れて貴族が訪れたなら、罰せられると思い、こういう対応になってしまうのだろうか。それとも、シスターの人柄か。困った僕はとりあえず、護衛とトヨネに説明を任せ教会を見渡す為に歩き出す。まぁ当のアスリは説明したんだけど、あの調子なんだよと溜息混じりについてくる。


 それはもしかして、普段の君の行いからきているんじゃないだろうか? 僕はそう思ったが仲違いを避ける為に言葉を飲み込んだ。


「とりあえず、シスターが落ち着くまで辺りとか案内してよ」


「まかせろ、って言ってもそんな広くないけどな」


 言われて間もなく目前に広がる庭というか小さな広場とちらほらいる子供の姿。どの子供もアスリと大差のない服装と痩せた身体だった。転生する前に端末から資料なんかで見たことのある、貧しい国の子供達となんら変わらない。擦り切れた服の隙間から痩せ細った身体に想像以上の衝撃を受けて、しばらく沈黙せざる得なくなる。


 僕がオルクスとして、普段見ていた生活レベルは、低くても開拓できる土地で働く人々だ。田畑を耕す農奴のうどの姿。ゲーム脳と言われそうだが、地球で言う中世では、農奴や小屋住農こやずみのう、いわゆるコターズと呼ばれる自分の土地が少なく、他人の農場で働く人々が主な領民という取扱いになる。最も低いのはやはり奴隷や孤児が一般的だが、それだってここまでの酷い水準だとは思っていなかった。


 先ほど行ったヴァーガーの奴隷商店では、奴隷でありながらも小ざっぱりしていたが、服装がよれたり擦り切れたりしておらず、清潔感は水準的には低いが、それでもちゃんとしていたものだった。そのおかげで見た感じ奴隷達は小奇麗だったと記憶している。あれが当り前ではなかったのか。僕はまた眼先だけの先入観で勘違いしていたということか。


「また僕は過ちを犯すところだった。話を聞くべきだったな……。雇用や労働基準も、この世界を知る為の知識は多い方が良い」


「なんか言ったか?」


 僕のボヤキに目ざとく反応してくるアスリに、なんでもないと答えて軽く質問する。


「いや、なんでもないさ。ところで人数はこれで全部なの?」


「んなことないさ。今いるのはタナジル達8歳未満のやつらだよ。今の時間、8歳以上のやつらは簡単な内職をするんだ。近所の乳牛の乳しぼりとか田畑を耕したりさ」


「なるほど。それで収入を得てるわけか」


「まぁ少ないけど、その日食べれるかどうかそこで決まるからな。俺だって普段は荷物運んだりとか、掃除とか、身体使って働いてるんだけどな。今日はどこも受け入れてくれるところは、他の縄張りの連中が仕事を先取りしてたんだ」


 だから仕方なく犯行に及んだ。アスリの言葉に引っかかりを覚えた僕は、さらに詳しく聞く。流民が仕事先に受け入れられないのは何故か。


「内職って言っても、お前ら流民の手はいらないって断られる事が多くてさ、食費も稼げなくて食いそびれるんだよ。俺等には親代わりのシスターがいるけど、保証人としての力が無いからさ。俺達がヘマやった時の代償が出せないだろっていうのが建前だけど、本当は流民や孤児を信用していないのが本音だろうさ。

 まぁ、金が入らなくて困った時々、そういうのが続くとシスターが決まってどこかの貴族のところに行って、何かしらもらってくるみたいだけど、その時のシスターはあんまり嬉しそうじゃないんだ」


 どういうことだろうか。僕はやはりシスターと話をするべきだと思い、今頃説明のできている頃合いだろうと、教会の入口前に再び戻ってみる。その頃には僕とアスリの会話は口調も軽く、いつの間にか彼は『お前』呼びが『オルクス』へ変わっていた。


「先ほどは取り乱してしまい、申し訳ありません」


 シスターは最初に会った頃と違って、普段通りらしく落ち着いてくれているみたいだ。これなら話もきかせてくれるだろう。僕はシスターにうながされて教会内にある食堂に通される。大部屋の代わりに使っているらしい。昔はこの教会も別のシスターや司祭や司教がいて、大きな施設だったらしいが徐々に建物が取り壊され小さくなっていったようだ。現在は副助祭のシスター・センテルムと他3名しか残っていないらしい。そう前説まえせつを聞きながらセンテルムとアスリを前に、僕はようやく腰を落ち着ける。そして、センテルムが頃合いを見計らって口を開いた。



「話をする前に改めて、この度はアスリのとった行動は、決して許されないことです。それを口頭のみでとがめる形をとって頂き感謝致します。アスリ、貴方からも再度謝罪を述べなさい」


「本当に、ごめんなさい」


「しかし、これにはこの教会の管理者である私にも責任がございます。誠に申し訳ございません」


 しばらくて先に頭を上げたアスリの横で、僕の言葉を待つように下げた頭を、中々上げようとしないセンテルム。僕はセンテルムの人柄に触れて何故か気持ちが少し軽くなった気がした。



「護衛達から説明があったかもしれませんが、やってしまったことは今後改めてもらえればそれでいいので、お話を聞かせてください。私は――」


「さっきまでと口調が違うくねえか?」


「っ! こ、こらアスリ!!」


「ああ、一応年上の人や目上の人と話す機会があるからね。これでも僕としては砕けてものを言っているつもりなんだよ。今から聞こうとしてるのは教えてもらうことだからね、これで通させてよ」


「ふ~ん、まぁいいけどさ」


「……アスリ」



 そんなやり取りでスタートしたシスター・センテルムの話は、聞くにつれて憎悪が湧きとても胸糞悪いものだった。




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