第3話

 僕の家名、ヴァダム家が所有する家紋の入った2頭立ての馬車の前と後ろに護衛をする騎馬隊が合計6騎、さらに斥候として先行している3騎とオーソドックスな陣形で王都まで3日と少しかかる距離を疾走していた。騎兵の兵士には悪いと思うが馬車の中は揺れてお尻が痛いのを我慢すれば快適とまでは言わないが何とかなる程度の塩梅である。


 向かいに座る母上も慣れているのか、お尻に座布団らしきものを敷いているし苦事は何も言わない。無論横に座っているトヨネもそうだ。僕もとりあえず、自前の敷物を使っているが、馬車は路面の状態を直に伝えてくる。なので、サスペンションの入っていないワゴンと呼ばれる型の馬車である。それでも4輪であるだけましだと思う。


 いずれお金を稼げるようになれば、是非ともキャリッジというサスペンションが装備されてり馬車を買いたいところだ。というか、そう言った馬車があるのかさえまだ不明なのだけど。先々の話ではあろうけれど、あるならば是非欲しいところだ。


 馬車の中は会話があまりない、喋ると舌を噛む恐れがあるからだ。それぐらいに、今乗っている馬車の性能が低いのもあるが、路面が整地されていないのが一番の問題だろう。ただ、馬が2頭いるので、急な登りが続かなければ馬車が止まることはないらしい。整地されていないが、人が何年も通って来た道だ。それに他の馬や馬車が通ることもあるし、この馬車でも王都まで行ったことは何度もあると思う。何が言いたいかと言えば、途中で押して進むなんて真似はしてほしくないという事だ。それだけは、無いように願おうと思う。


 さて、突然だが、ここで『ドミネーション・チョイス』とトヨネについて、少し触れて紹介するとしよう。


 VRバーチャルリアリティRTSリアルタイムストラテジーが合わさったシミュレーションゲーム『ドミネーション・チョイス』では、最初の召喚で誰でも選択制で入手可能なチュートリアルの説明進行を行うメイド型AI達、所謂サポートNPCノープレイヤーキャラクターだ。当初使われる彼女等だが、プレイヤーがゲームに慣れてくると初期状態では、他で従える召喚されるキャラクター達に劣ってしまい、挙句使用されなくなる。


 最悪NPCのキャラ枠を空ける為解雇処分するユーザーまでいるのだ。僕はそんなメイド型AIの彼女等を不憫に思い、企画でこのメイド型AIキャラクター達をこのままの性能ではなく、あるアイテムを使うとAI性能からキャラクターステータスの能力までドンと上がり、使いようによって下手すれば課金ガチャで得られるキャラクターNPC以上に成長するのだ。もちろん必要なアイテムは特殊で取得するのに結構な手間がかかるのだが、そこはキャラクターに愛着を持ってほしいが為の企画だったりする。


 メイド型AI以外にも、課金ガチャで召喚できるサポートNPCは特殊なAI、所謂『成長する人工知能』を持ち、ユーザーによって見た目やステータスのばらつきが起こるように設定し、個性を与え、感情と言えるものも備えたNPC達は『ドミネーション・チョイス』になくてはならない存在となった。


 無論、企画して実現に向けて他プログラマー達を泣かせた記憶は良き思い出である。後でみっちり奢らされたが……。僕がトヨネと名付けた彼女はゲーム時代からメイド服を着させている。完全に趣味だ。似合うのだから仕方ない。凛々しくてもかわいいは正義だろう、これでいいのだと自分の中で、着せた衣服は他にもあるが、デフォルトはメイド服一択と決めている。はい、完全に趣味です。


 閑話休題ともかく、トヨネは初期状態のステータスから格段に進化した状態だ。今も普通のメイドに見えるだろうが、家事全般から、設計や専門職の行う作業も平均以上になんでもこなせる。所謂、性能の高い万能型である。無論その中には戦闘(床上手とか考えたやつは表に出ろ)能力も含まれている。


「腕輪の調子はいかがですか?」


 不意にトヨネが声をかけてきた。変なこと考えてるのばれたかな? と思っていたら様子がおかしい。普段の彼女は基本的に無口で、事務的な言葉が多い。でもかわいくて良い。まあ、あまりしつこいとうざがられそうなので、この辺にしておこう。


「うん。色々と試してるけどアイテム収納や防御機能セキュリティもちゃんと機能してるみたい。中に入っているアイテムも問題なくとり出せて使用可能だよ」


「それはようございました。何やら空気が変わったように感じられます。防御機能は必ず使用して頂くように願います」


「う、うん?」


 トヨネの意味深なセリフに次いで馬車が止まる。


「何事です?」


 母上が窓を開けて外にいる兵士に声を掛ける。丁度、そこにこちらに到着して馬を寄せてきた兵士がいる。


「報告します。前方15セルス(15km)先で商人らしき馬車が、恐らく盗賊でしょうが襲撃を受けている模様。数台ある荷馬車が横転しているのを見ました。それと周辺は迂回できる道がないため、商人の襲撃が終わってこちらへ来る可能性もあります。奥様、一旦引き返すべきと考えておりますがいかがしましょう?」


「そうね。こちらが加勢しても難しいかしら?」


 母上が少し考えて、情報を把握したうえで質問した。盗賊と言えど、15セルス(15km)もある距離を一瞬に来ることは叶わないだろう。落ち着いた様子で母上の質問に兵士が少し苦い顔になっている。


「盗賊の数が20名見えておりますが伏兵も考えられます。商人側は13名と内数名が負傷しているように見えました。我々が加勢したとしても安易にお答えできませんが……」


 おそらく兵士はこの状況では加勢したところで、こちらの被害が大きくなるだけだと暗に告げている。それを聞いた母上の表情もまた、眉間に軽くしわを寄せている。この世界では助け合いという言葉を、安易に出すべきではない場面が存在するらしい。それが今なのだろう。母上は仕方なしに引き返すべきでしょうね、と漏らす。


「母上迂回すればそれだけ時間がかかります。なら、トヨネを先行させましょう」


「トヨネを?」


「は? あ、いえ。そちらのメイドさんを、でしょうか?」


 母上と兵士は素っとん狂な声を上げて確認してきた。だが僕はそんなことに頓着しない。状況を理解した上で、彼女ならば適任なのだと告げる。


「トヨネはこう見えて、ただのメイドじゃない。トヨネ、任せてもいいかな? こちらに呼んで初めての指示が、まさかこういう感じになったのは申し訳ないけどね。トヨネもこの世界の戦いを早目に体験しておける、そういう機会だと思うんだ。僕の知るトヨネなら、任せて間違いはないと確信してる」


「お申し付けとあらば問題なく、ご期待に添いましょう。時間を惜しむなら全員始末するべきでしょうか。数名の偉そうにしてるものを捉えて賞金首ないし褒賞金にするべきでしょうか。判断して頂ければいかようにでも致します、我が主」


 トヨネは淀みなく淡々と答える。そんなトヨネに兵士は若干表情をひくつかせているのが少し笑える。


「数名は捉えよう。賞金首とかを狙うわけじゃなく、王城への出頭が遅れた場合の理由として捕らえればいいと思うんだ。この馬車の護衛はそのままに他はトヨネを連れて行ってくれる?」


「ご主人様、私一人でも問題ありませんが?」


「トヨネの実力を他の兵士の皆に見てもらう。僕が鬼畜な命令を出していると勘違いされても困るしね。それに商人の護衛に負傷者がいるなら人数はいたほうがいい」


「なるほど。私の考えが足りないようでございます。お許しください」


「大丈夫。騎兵は護衛を残しトヨネを連れて討伐に。僕の言葉が正しく真実だと見届けてきてよ。彼女が僕の言葉を証明してくれる。さあ、行ってくれ」


 僕は困惑する騎兵達にトヨネを預け送り出したのだった。




 ♦♦♦




 それはその場にいる全員が思っていた、何が起きたのかと。


 当初、盗賊側は伏兵や弓兵を含めて計32名。獲物は商人とおもしき家紋は付いていないが上等な作りの荷馬車を囲う護衛だろう兵士が13人。勝敗は殆ど決まっていたも同然。盗賊の中の10人は弓と石の遠距離を、前衛にさらに12人を配置していた。残りの10人は逃げ道を塞ぎながら追い打ち仕掛けるタイミングで見計らっていたところだった。徐々に負傷していく護衛兵と焦りながらも奮闘して指揮を執っている者がいる、彼らが商人と護衛のリーダーだろう。劣勢に良く耐えているとトヨネは判断する。


 商人側の護衛達は本当に良く頑張っていた。 負傷する仲間を下げて一部の馬車を盾に使いながら。しかし、それでも足りない数の差にじわりじわりと戦況を押し込められていく。


「くっそ! 荷の奴隷を出したところでほとんどが女子供、全く戦力の足しにもならない。このままでは――」


「そろそろ頃合いだな商人の。荷が奴隷と言うのは分かった。が、俺等が有難く貰ってやる。ついでにお前らの命と身ぐるみもな! 野郎共! 詰めだ、行きやがれ!」


 野太い声で怒鳴る盗賊のリーダーらしき男が号令を飛ばす。言葉に反応して、盾にしていた馬車とは違う方から10人の盗賊が現れ、各々が得物を狙う為に武器を抜き放った。本当に、本当にこれまでか、そう商人と護衛兵達は思った。その時であった。


「よく耐えました。しばらく警戒だけは怠らぬよう、努めなさい」


 商人と護衛兵の耳にそれは届き、それだけでなくその場にいた者全てに次の瞬間、盗賊側から鮮血が飛び、悲鳴が辺りを響いて届いた。さらに次々に周囲から悲鳴が上がるも、その光景は本当に不思議なものだった。


 最初に声を上げたのは、盗賊が逃げ場を塞いで詰めに転じる布石に用意していた、護衛達が馬車を盾にしている反対から現れた集団だ。それが瞬く間に血をいて次々と倒れていく。横一列になっていたのを、まるで一撫ひとなでするだけで敵が倒れしていく。


 それが見えない商人の護衛達と倒れた馬車を挟んで向かい合っている盗賊側には、予想だにしない盗賊側の味方の声だろう悲鳴しか聞こえてこない。目の前の護衛達の誰も襲われていない事だけは分かる。何が起きているのか把握できない盗賊のリーダーと、トヨネの動きを何となくだが目にしている護衛。その護衛側の誰かが口にしたその事実は誰が漏らしたのだろうか。


「メイドが舞ってる……」


 さらに、草が茂る場所から騎兵3騎が現れる。が、視線を集めているのはメイド服をひるがえしながら次々と悲鳴と鮮血をばらまく少女の姿。しかし誰も、鬼神や悪魔といった言葉を発さない。その姿は舞いを起こし、流れるような動作で一ヵ所に止まらずに動き続けている。ついに追い打ちをかける為の伏兵であった盗賊10人を、1分とかからずに屠ったその凄まじい速さと手際に、誰も口を挟む者はいなかった。


 だが、まだ戦闘状態は続いているのだと気づいた者が、ぼさっとするなと声を上げて、漸く場面が再開するように動き始めた。


「あれはいったい」


「助太刀、と言えば分ってもらえるか?」


 商人の漏らした声に、すぐそばまで兵装の揃った3騎の騎兵が近づいて答えた。一瞬身構えた商人だったが、何故か助太刀という言葉が残り平静を取り戻したらしい。商人は手で顔の汗をぬぐいながら息を吐き、一息入れてから礼を述べた。


「どこのどなたとは存じませぬが、ご助力誠に感謝致します」


「おいおい、一応お節介で言うが疑うとかないのかよ」


「異な事を……、あれを見て疑えと仰りますか?」


 商人が視線を向けたのは、未だ素早い動作で動き続け、時に舞い時に鮮血を散らす乙女の姿だった。ほぼ詰める為に姿を見せていた盗賊達は、自分達に死の匂いが漂ってきたのを肌で感じたらしい。我に返り反撃に出ている。それも無駄と思えるほどの返り討ちにあっているわけで、さらに言えば突如現れた騎兵隊や、今まで襲っていた商人と護衛達をそっちのけで、視界にトヨネしか映っていないかのような行動をとっている。


「私には、あれを見て貴方の言葉を疑えと言うほうが、無粋ぶすいな気がします。まあ、気取って言えば、商人の勘とも言えますが」


「案外余裕があるじゃないか、商人殿。手間が省けていいが、今のうちにこちらが警戒を請け負う。負傷者や荷台の対応を済ませてくれ。こちらはヴァダム男爵家、騎兵隊所属のイツランダと申す」


「男爵家!? 貴族様!? あ、いや。承知致しました。おい、荷台を立て直してくれ。後は負傷者を後退して集めろ、手当がすぐ必要なものは優先してやってくれ。その後で荷馬車に乗せるんだ」


 トヨネと騎兵隊のおかげで気持ちに余裕ができた商人等は、自らも動きながら商隊の復旧に尽力し始める。その間、大抵の盗賊をトヨネが、小数を騎兵と護衛が討伐ないし、少ない数だが捕縛を行っていく。程なく盗賊は抵抗を諦め降伏、というよりトヨネから逃れられる者がいなかった、と言った方が正しいだろう。



 ♦



 報告を受けて現場に到着した僕が見たのは縄で縛られた盗賊に、何事もなくこちらに来てわたずんでいるトヨネ。それを見る周囲の者といった感じである。


 トヨネに怪我はなし、戦闘の結果も上々であったようだ。僕の従者はこの世界でも十分対応できるのだ。それが分かっただけでも大収穫である。今現在の僕は5歳であり、特に何かしらできるわけでもない。だからその分、彼女には面倒を掛けることも多いだろう。


 色々と考えていると、トヨネが馬車の戸を開けて失礼致します、と僕の横に座って来た。彼女があまり表情を崩さないのも、事務的な口調なのも、ついでに無口寄りなのも、今に始まったわけではない。とりあえず僕はトヨネを労って、未だ少し間の抜けた面構えでいるイツランダに声を掛けた。


「ご苦労様っと言うか、どうしたのイツランダ。何か問題でもあったかい?」


「いやはや、問題など何もございません。しかし、オルクス様もお人が悪い。殆どトヨネ殿が始末していましたよ。逃げる者は足を狙われ、遠距離の相手にも何かを投げていたみたいですな。残念なことに我々の出番はほぼなかったと申しましょうか」


 僕は男爵家の護衛隊長イツランダの言葉に、思わず悪戯が成功したような笑みを浮かべてしまう。


「言ったじゃないか、彼女は頼りになるって。これで疑いも晴れて、無事に証明できてよかったよ。報告があるんでしょ? 母上の代わりに聞くよ」


 イツランダは苦笑しながら頭をかき、仰られた通りでした、と報告を始める。助けた商人の名前はヴァーガーと言うらしい(今、美味そうだなと思った人、僕もそう思ったよ)。その彼をイツランダが呼ぶ。彼はこちらに来ながら馬車の家紋や、僕を見た瞬間驚いた素振りを一瞬見せ、足早にイツランダの横まで来て膝をつこうとしたので止め、状況の報告をさせる。


「時間が惜しい、それよりも現状の報告を頼む。こちらも先を急ぐ身なのでね」


「かしこまりました。しかし、少しお伝え辛い状況でありまして、3台ある荷台自体は何とか修復できたのですが、逃走前に盗賊達に引き馬を矢で射止められ馬を失いました。幸い中身は物品ではなく奴隷ですので、歩いて王都まで――」


「何? 奴隷だって?」


 奴隷という言葉につい反応してしまった僕に、ヴァーガーは引きつった顔で身をちじこませる。


「な、何か? ああ、私はしがない奴隷商人でして、馬車の積み荷ほとんどが奴隷として引き取った者達と、王都までの食糧です」


「ああ、いや。なんでもない。馬車用の馬か……、イツランダ、騎兵の馬を何頭か引き馬にできるかな?」


「はい、荷馬車の馬具に問題なければ」


「ならすぐ確認してくれ。行き先が王都ならこちらも行き先は同じ、同行して進むことで別の盗賊にも対応できるだろう。それにもう少しは距離を稼いでおきたいからね」


「はっ、ではそのように致します」


 その日は実家を早朝に出たものの、盗賊の件で一日目はそれほど距離を稼ぐことなく近くの村で家を借りて過ごし、次の日をまた早朝出発する。その後は通った村々で泊っていき少しもたついた初日以外は特に何もなく、3日後の夕刻に何とか王都まで辿り着くことができた。




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