第5話

 聞いた話は驚きの連続、なんてものじゃなかった。胸糞悪いのは変わらないけど正直なところ呆れるしかなかった。人間怒りを一定以上超えると、呆れにシフトすることがあるらしい。僕は今、正にそんな状態である。


 戦争が長いこと続いている我が国ユピクス王国では、教会の在り方が見直され国債から教会に出される資金は年々減っていったらしい。そこで教会で立場ある司教や司祭は、王都の教会に見切りをつけたのか、身の回りの金目の物を粗方かっさらい、それを換金して自分の懐をうるおわせた。


 しかし、犯行がばれると責任を全て、一番下っ端だった当時読師どくしのセンテルム達や低い役職あるいは、役職がない者に押しつけて言い逃れしていたそうだ。勿論、この場合は国王の判断で状況証拠が揃えられ、当時の重罪人として、全てを没収された上で処刑されたらしく、今はいないそうだ。


 だが、問題まだ教会の中に溢れていた。それはその他の立場こそ微妙だが教会内の役職に就いている人間達だった。助祭や侍際じさいは当時からいた孤児を奴隷商に売りさばいたり、教会宛のお布施ふせを個人で横領したり、祓魔師ふつましなど悪霊で困っている現場を、おはらいもできていないのに金を受け取ったりしていたと言う。他にもある汚職塗おしょくまみれの教会内に何度も国王様や宰相様から手が入り、不正者や汚職者が捉えられていったという。


 結局数年の後、何とか子供達だけでも守ろうとしていたセンテルムと数名のシスターだけが残った。もちろん最初から全てが汚職に染められていたわけではない、まじめに務めを果たしていた者も沢山いたのだとセンテルムは言う。


 そしてある日、宰相様に呼び出しを受けセンテルムが向かった先で、現状の教会の管理と孤児の面倒をみるようにと、異例ではあるが宰相様が、彼女を司祭として立場を上げる予定だったとか。


 そう予定だった。


 そうなるはずだったが、今度は教会と関係の有無に関わらず貴族達がこぞって、その程度の管理職ならば副助祭が妥当と言いつのったのだ。この国では司祭や助祭という立場はそれなりの管理職となっており、収入が少しばかり多い。そこに難癖をつけて自分達の懐事情に影響する国費から少しでも金を出さなくてもいいように、教会のあり方をさらに弱く改めた。


 人事で役職のあるものを王都から追い出し、えて役職が低いものを王都に残し自分達の動かしやすいようにした。さらに教会内の人口が減った分、今まであった建物を取り壊し改修され、建物のあった場所は貴族の土地と改められて没収された。挙句あげく残ったのは教会の本堂のみ。それでも少しは国費からのお布施として収入を得ているが、年を重ねた教会の修繕などは食費をまかなうのに精いっぱいで、とても回せるような金額はないという。


 話をまとめると、我が国は戦争の連続で疲弊し、その皺寄せが教会に及んだ。今までの教会の汚職内容は別にしても、と食に困るほどの教会の弱体化と、収入の減少は異常な扱いではないだろうかと考える。


「他のまじめなシスターや、役職持ち達はどこへ?」


「伺った話では、他の町の教会へ派遣ということになっております。後は3名ほどが残っておりますが、今の状態では増え続ける孤児の子供達の面倒や、全員の食事もままなりません」


「確か、収入――お布施が足りない時は、何処どこかの貴族の元に行って資金か食料の支援してもらうんだったか、そう言う話をアスリから聞きました。支援してくれる貴族がいるにはいるのですよね?」


「そ、それは……」


「……」


 センテルムは黙り込み、僕もその沈黙に続く。このまま話を聞くべきではないのだろうな。もしかして、と想像をしてしまえる悪い予想が頭を巡る。これは言葉に出させるのは危険だ。アスリや僕に対しても悪影響だと思われる内容だと推察する。そう思い僕が別の話を切り出そうと思った時、食堂の中へ幾人かの足音が聞えた。


「戻ってくるのが遅いからどうしたのかと思えば、教会で女性を、しかもシスターを口説いているなんて……。母は貴方の将来が少し不安になりますね」


「母上……。口説いているのではなく、現状の教会の在り方について教えてもらっているだけです」


 何故かここに現れ沈黙を破り、あらぬ心配をしている母親を見ると、その隣にこちらを見て佇んでいる青年の存在に気づく。青白い服装に肩にかかっている短い白いマント。グレーの髪に紫色の瞳。会ったことはないが、誰かに面影があるそんな人物だ。


「母上、そちらの方は?」


「第二王子のウルタル殿下よ」


 ――!!


 母ビスタリアの言葉で、その正体に気づかされた僕やシスター・センテルム、護衛達や退屈そうにしていたアスリまでもが立ち上がり、この国の第二王子ウルタル殿下に跪こうと(アスリだけ土下座しようと)する。が、それをウルタル殿下はそれを止める。


「今は礼節は不要だ。大事な話の途中だったようだ。話の腰を折ってしまいすまない。どうしても王都に来ているヴァダム男爵夫人と、そなたに詫びの言葉をかけたかったのだ。国王や宰相からも会うべきだと言われていた。無論、詫びて済むようなことではないと分っているが自分の気持ちにケジメをつけたかった。この度、そなた達が王城に来ると聞いていたので、この機会しかないと思ったのだ」


「私達の宿泊している宿まで、お急ぎでウルタル殿下自ら来られたの。なのに貴方が、何故か教会に行っていると護衛の知らせが来るし。殿下の意志でこちらに来ることになったというわけです」


 母ビスタリアが補足説明を入れる。恐らく僕の考えを少しでもまとめさせようと時間稼ぎの気遣いだろう。それは有効であり、僕の考える時間を少なからず与えてくれた。


「……なるほど、理解致しました。私などの為に足を運んで頂き、誠に感謝致します。ですが、我が父の事について、謝罪は既に国王陛下より受けております。陛下にも申し上げましたが、父は己の責務を全うしたまで。ウルタル殿下におかれましては謝罪ではなく、これからの行動で父の死が無駄ではなかったと、証明して頂けることを切に望んでおります」


 僕がそう言うとウルタル殿下は息をんだ。何かを考えているように一つ間を置き告げられる。


「――そうか。幼子と聞いていたので、罵声か皮肉の一つでも、と覚悟していたのだが、オルクスと言ったか? そなたの言葉が正しいのだろう。私はこれからの行動でそなたの父や他に死んでいった者達にケジメをつけることとしよう。今日、そなたと会えたことは本当によかったと思う」


僭越せんえつながら、私もです。そこまで想って頂いたことに、深く感謝致します」


「私も胸のつかえが多少下りた。男爵夫人、私はこれで失礼する。やることもできた。オルクス、だったな? 次の機会があれば、もう少しゆっくりと話をしたいものだ」


「はい、その機会を楽しみにしております」


 母ビスタリア共々、僕達が軽い礼をすると、ウルタル殿下は足早にその場を後にされた。それを見届けた後、母ビスタリアが悪戯でも成功させたように、その表情に笑みを見せると、僕は漸く緊張を解いた。


「できれば、一報ほしかったですよ、母上」


「仕方ないでしょ。急だったのだもの」


「そう、ですか……」


僕はそう返すしかなく、後ろを見ると今も王族への礼を取っているシスター・センテルム達に立つように促す。こちらもやはり緊張で今にもへたり込みそうと言った様子だ。どうしたものかと思っていると、今度もまた、複数の足音が教会内まで聞こえてきた。


「し、シスター・センテルム! ささ、先程、ウルタル殿下が――。ああ!?」


恐らくは話にあった他の3名のシスター達だろう、大慌てで声を上げて食堂に入ってくる。最後の――ああ!? というのは、貴族である母上や僕がまだいたことで上げたものだろう。今も驚きながら口を押さえて、慌ただしく礼をとってくる。


「ウルタル殿下は僕に用事があっただけだ。教会の事とは関係はないよ。僕の方は教会の事について、シスター・センテルムから知らないことを、色々と教えてもらっていただけだし、特に貴女達が気にすることはない。普通にしていて問題ないよ」


「何か、お咎めがあってこられた訳ではないと?」


「あー、……そうだよ」


 僕は一瞬だけアスリを見てしまったが、これ以上混乱させるのも嫌だったので、軽い仕草で誤魔化すことにした。


「シスター・センテルム、それにアスリも、今日は大変参考になった。これでお暇させてもらうことにするよ。とりあえず、話の代金に食材を後で届けさせよう。出来合い物はこちらに置いていく、トヨネ頼む」


「かしこまりました」


「え、いえ。あの――」


「これは正当な報酬だ。残りの話は、また時間がとれたときにお願いしようと思う。僕も少し考えをまとめたいからね」


 僕はそう言って、あら、もういいのかしら? と、母上の悪戯ぽく振舞う言葉に軽く返事をしてその場を後にする。今は考えをまとめることが優先だ。母上ともよく話し合わなければ。そして、食堂を出る途中でアスリの喜んだ声と満面の笑み、シスター達の困惑したところを、ちらりと振り向いて見届けその場を後にする。



 ♦♦♦



「シスターセンテルム。一体全体何があったのですか? 私達は王族や貴族方がこちらへこられる度に、本当に身の縮むような思いを致します」


「そうです。また一人、また一人と各地に飛ばされ、戻って来た者はおらず。このままでは本当に教会が立ち行かなくなります」


「ああ、私達はこれからどうすれば……。このままでは――」


 オルクス達の去った食堂では、出来合い物の食べ物が入った袋が3つ置かれていた。センテルムはそれを見ながら茫然ぼうぜんと、別のシスター達のうわ言のような文句を聞いていると、服の裾を引っ張られていることに気付いた。


 引っ張っていたのはアスリである。オルクス達をここへ招いた張本人である。その瞳は茫然ぼうぜんとする自分を気遣わしそうに見ながらも、袋の方を指差す。


折角せっかくもらった食事なんだぜ。早く皆と食べようよ。シスター。冷めると美味くないのもあるぜ」


やはり、10歳も行かない子供だ、食い気は人一倍で育ち盛りでもある。センテルムはそう思いながら、早く早くとせがむアスリをやんわりと止めながら、何とか気を保ち他のシスター達に事情を説明する。


 アスリが先ほどまでいた貴族の子供から、恐れ多くも物を奪おうと企て、ぶつかって捕らえられたが、罰を受けるどころか話を聞かせてくれたら、食事を用意すると、足りなければ仲間の分も出そうと言われたらしい。そんな嘘のような、の本当の話である。実際に貴族の傍にいたメイドが、革袋から食べ物を次々と出しては机に並べていって、目の前に並べられているのだ。


 その貴族の子供と話をしてたら、突然に王族のウルタル殿下がお越しになり、貴族の子供と話すと、用は済んだとすぐに帰っていた。殿下はただ、その為だけに教会に現れ去って行った。その部分を強調して話をし、自分が貴族の子供に何を話していたのかも説明して、やっと納得したように落ち着いた3人のシスター達。その頃にはなんだなんだと食堂の中は、遊んでいたり内職から帰ってきた孤児達で溢れていた。


「……本当に頂いてもいいのでしょうか?」


「何言ってんだよ、シスター。あいつ、オルクスが話したらくれるって置いて行ったんじゃないか。食って良いに決まってんじゃん」


「……アスリ。相手が子供でも貴族の方に向かってあいつなんて。それにあなた――」


「オルクスは何の文句も言わなかったよ。なんだかよくわからないけど、教会の外見せてる間も色々話したんだ。『こよう?』がどうのとか、『労働きじゅん?』がどうとか。意味は分かんないけど、ウンウン唸りながら真剣に聞いてたんだ。約束もちゃんと守ってるし、悪い奴じゃないと思うんだ。それにあいつ、これが正当な報酬って言ってたじゃん! ならもらうべきだよ、シスター!」


 最後は押し切られた形だったが、アスリが言うことは正しいとも思えるし。何より空腹の子供たちが今か今かと、出来合い物の食べ物の周りを取り囲んでいた。これでお預けでは、子供達をがっかりさせる。


 それに自分自身の理性も、食欲をそそる匂い当てられてしまっている。もらうべきだよ! という大きな声が聞えたのだろう、子供達の目が食べ物からセンテルムへ向く。これはもう引き下がれない。センテルムは覚悟を決めて告げる。


「そうね。そうと決まれば食器を用意して、帰ってきた子は手を洗って汚れを落としてらっしゃい。そのままでは食べれませんよ?」


 センテルムの掛け声に、食堂から蜘蛛の子を散らすように行動を開始する子供達。それに苦笑しながら、センテルムは貴族の幼子に感謝するのだった。




 ♢♦♦♦




  ――ギシッ。王城にある自分の執務室に戻ってきたウルタル殿下。おもむろに椅子に腰をおろし重心を背もたれにまかせると、一緒に入ってきた宰相のギースを見据える。


「はぁ、ギース。私に嘘を教えたな?」


「はて、何のことでしょうか、ウルタル殿下。全く記憶にないのですが?」


「またそうやってとぼけて。ヴァダム家の幼子のことだよ。ギースは確かに私に言ったよな、ヴァダム家の夫人と幼子が褒賞を受け取りに王都に来ていると」


「はい、申し上げました。何か間違っておりましたか?」


「貴方は……、あれが幼子か? それに、罵声の一つでも聞いてこいだとも言ったな。罵声や皮肉どころか、“ウルタル殿下におかれましては謝罪ではなく、これからの行動で父の死が無駄ではなかったと、証明して頂けることを切に望んでおります”だと……。15歳にもなる私が5歳の幼児にさとされるとは――」


「フフフ! やはり、そのようなことを言われましたか」


「“やはり”とは何だ、やはりとは。はぁー、全く、言われた瞬間に息が埋まり、背筋が冷えたよ! 戦場でのこととは言え、自分の父親が私の所為で死に、代わりに私はのうのうと生きている。普通なら泣いて喚くなり怒鳴るなりして良い年頃だ。なのに……」


「宰相である私も、最初に会って数度言葉を交わしただけで、内心では身震いしましたぞ? あれが演じられているものならば、いかようにも化けの皮を剥がせると思いますが、あれは恐らく本物。つまるところ神童とでも言えばよろしいのではないでしょうか。もし仮にあれで私達をもだませる作り物だとしたら、それはそれで見習うべきところがあるやもしれません」


「なるほど、そういうものかな。ならば会う約束をしたのも満更無駄にはならないか。機会は大分先になるのだろうと思うけど、私も楽しみにしておくさ」


「さようでしょう」


 二人はおどける様に笑い合い、ここにいない男爵の子供に思いをはせる。大分先とは言ったものの、なんとなくだが、近い内にまた会うだろうと。







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