第6話
僕とトヨネは、母が手配した自家用馬車に乗り、教会から宿泊している宿に戻ってくると、購入した奴隷のリストと購入予定リストを照らし合わせる。普通はそういったリストなんか作らないらしいが、後でビジルズにも見せて予定を立てなければならない。
それに、この世界にはネット販売などがあるわけではない。リストの取り寄せは人力版はあるけれど、それに使われるのが基本的に
後で知ったが、この世界の水準では羊皮紙(動物の皮を筆写の材料としたもの)か、パピルス(シベラス・パピルスまたはカミガヤツリという草の
あれかな、僕みたいにこの世界に転生した連中が、作り方を知っていて作っていたのかも。それが広まっているのかな? だとすれば、需要がある紙が割と値段が高いのが一般に普及されていない理由の一つか。生産されている場所が少ないとか、消費が生産効率を上回っているとかの問題だろうか?
書店というものがあったので、知りたい内容の書物を選んでもらって何冊か高値だったが買った。その内容を読んでいると、魔術や錬金術的な方法でパッと作れるものでもないのだろう、紙や
紙の生産で収入を高めるのは、現世の時に何かの小説で読んだことがある。これは収益リストにメモするべきだろう。他にも農法や道具の改善、調味料に料理方法、あと僕には早く作りたいものがある。
というか、この世界には四季があるのか? 1日は何時間で1年は何日だ? ……ああ、ダメだ。意識していないから確認作業が抜けてたな。自身の記憶をたどっても場面的な記憶で雪があること知っているが、他は分からないことだらけで八方塞がりな面が多い。常識過ぎることを誰かに確認する、なんてことはいらぬ誤解を受ける可能性もある。何か理由を述べてから教えてもらうべきか? それは追々考えることにしよう。
ビジルズの話で食料については、確か戦より前に作物の収穫は終わっていて、戦後の人口が減った分も含めて余裕はあると聞いている。奴隷の購入も“100人までなら大丈夫”みたいな、どこかで聞いたことのあるキャッチフレーズぽいのを、父上の補佐をしながら、執務に携わっていたビジルズから言われているので問題ないだろう。
後気になったのは、言葉や文字は恐らく記憶の併合と腕輪の力の影響で可能になっていると判断できる。しかし、自力の知識としても知っておくべきだろう。変なところでボロが出るのはまずい。それに、5歳児といえど他の教養が全く身についていないのは貴族としてもさらにまずいだろう。これは……、当面は実家の者達に習うべきか。いや、みんな忙しそうなのに、僕の都合でそんなことさせるのもな。そうだ、奴隷に家庭教師に適した奴はいたか? いないな、後で追加しておこう。
これも後で知ったことだけど、この世界の人間は教養なんてものは殆どが低く、貴族なども爵位が低ければ自分の名前が書け、ある程度文字と数字が読めれば問題ない時代があったらしい。庶民でも文字や数字を使うのは稀な職業である学者や商いをしている者くらいなもの。
文字や数字なんて扱う貴族は、大抵は位の高い役職についていることが多い。家庭教師なんて雇って勉強する貴族は裕福だという証らしくそれこそそんなことにお金を使うなど稀なんだそうな。そんな稀な護衛が母上の元にいたのは運がよかった。
地球でもそんな教養水準であった時があるらしいが、こちらの世界では戦争の長期化が原因の一つにあるようだ。だが、この国では教養を必修とした学校があるらしい。何でも12歳から通えるとか聞いているし、実力があれば飛び級という制度があって、試験に受かれば12歳に満たなくても、学院に通うことができるのだそうだ。
ともあれ、僕には教養が必要だ。早めに手を打つのが良いだろう。
「55人……、予想通り少し数が多いわね。しかも護衛の話だと身体に欠損がある者の方が多いとか聞いたわ。大丈夫なの?」
「まぁその方が安かったもので。予定の半分ほどで賄えました。少し予定が狂ってしまったので後数名は増える予定です。ですが、母上が荷馬車を4台と多めに用意して頂いたので問題ありません」
「この際、日を跨がずにまとめて持って帰ろうと思ったのです。その方が危険やトラブルもないでしょ。トヨネもいることだし」
「言われてみればそうですね。では、追加の人数を調達しに後で奴隷商店に行きますので伝えてきます。あと、一応これは極力秘密でお願いしたいのですが、僕が召喚できる者の中に、身体の欠損を治癒できる者がいます」
母上は一瞬驚いた後、声を低くしてゆっくり尋ねられた。
「なっ! ……ならば蘇生は、できるのですか?」
「蘇生は条件が厳しく現状では無理です」
「!? 条件さえ整えばできるのですか?」
やはり、すごく食いついてきてるな……。
「……母上、申し訳ありません。父上の蘇生は恐らく不可能でしょう。条件と言うのは術者によって異なりますが、“死亡してから数時間の間に遺体に直接蘇生魔術をかけること”、その条件以外では無効になるはずです」
「そんな、時間条件が……」
「申し訳ありません。期待を持たせてしまい」
「いえ、私が悪いのです。魔術は万能ではない。私も親にもそう言われたことがあります。貴方の所為ではないわ。まだ未練がましく、あの人が帰ってくるかもと、どこかで期待していた私が……、ごめんなさい。弱い母で」
「母上、別の方法がないか模索してみます。期待はできませんが、何か良い方法があるかもしれません。気落ちされませんように」
「ええ、そう、お願いするわ。落ち込んでいる場合ではないわね。――さて、話を戻しましょう。身体の欠損を癒せる術師を召喚だったわね。これってとても危険な問題だと思うわ。どうしてかと言うと、そういった治療師は指折り程度の数しか聞いたことがないし、いたらいたで国のお抱えになっていてもおかしくない。
その地域によるけど、最悪は国預かりとして”捕らえる”という言い方が合っている強引な手段を取られる場合もあるわ。まさか、あの国王様がそれをするとは限らないけれど、その周りがどう反応するかは不明だわ。召喚するなら
「なるほど。極力表に出さないように、といっても奴隷の治療以外では普通の治療師として魔術を行使させれば問題ないと思います。あとは、治療を受けた者が口外しないようにしてくれれば良いのですが」
「難しいと思うわ。実際、
「それは同意します。では、思い切って時期を見極めてから打ち明ける、というのはどうでしょう?」
「選択としては有りだけれど、やはり危険であることには変わりないわね。全ては信用や信頼、何時、どの状況で誰に話すべきかの見極めは難題でしょう」
結局この話は答えが出ず、一旦持ち越すことにした。
「では召喚は帰ってから行いましょう。明日の朝、奴隷の取引ができる様に手配しておきます。母上は先にお休みになってください」
「そうさせてもらうわ。そろそろ暗くなるから貴方も気を付けていくのよ。トヨネさん、よろしくね」
「かしこまりました、ビスタリア様」
母上もトヨネに随分慣れてきたようだ。護衛がいると言っても暗くなりつつある夜の街に、5歳児を出すというのは普通はありえなさそうだが。それだけ疲れてるのかもしれないな。甘味のお土産でも買えたら買っておこう。
♦
そして、少し寄り道してから、本日2度目に訪問するヴァーガーの奴隷商店。店の前に着た僕に、再びあの声が掛けられた。
「おや!? オルクス様、いかがなさいましたか。……! まさかっ、へん――」
「いや、返品とかじゃないから」
「さ、さようで。でしたら本日2度目のご来店、何かご入り用でしょうか?」
「そうだね。追加注文なんだけど奴隷の中に教養が優れていたり、元はどこかに仕えていたり、あと家庭教師の経験がある人なんかいたりしないかな? いれば、明日の迎えに追加したいんだけど。それと、日を跨いでの引き取りに来るのはなしにして、明日の朝まとめて移送したいんだけど可能かな?」
「教養……、でございますか。今いる奴隷の中に多少物知りであったり、計算ができたりする者もおりますが、お眼鏡にかなうかは判り兼ねます。こればかりは実際見て判断して頂きたくありますな。それと引き取り日を明日にまとめるのは問題ありません。奴隷を
「そう。明日の朝の刻一番か」
「ああ、それと新しい入荷の奴隷が、これも朝の刻一番で到着する予定です。その中にもしかしたら仰る、ご入用の奴隷がいるかもしれません。憶測で申し訳ありませんが」
「ふ~ん? さすが、と言うべきか商売が上手いね」
「はは、恐れ入ります」
どうも困る。何がと言われるとこの世界の水準が基本的に不定時法によって人々は生活しているからだ。ここでの不定時法というのは、一日を夜明けから日が頭上を指す頃を『朝』、そこから日の暮れまでを『昼』とするのと、日の暮れから地球で言う月が出る頃を『夜』、夜明けまでの『深夜』を4等分していて、朝の一刻、昼の一刻、夜の一刻、深夜の一刻とするものだ。
もしこの世界に地球と同じ四季があるなら、季節によって同じ一刻でも夏冬や夜昼で相当の時間差があるはずだ。金の腕輪が表示する時間が現在17時過ぎと表示されている。これは1日24時間と考えていいのか時間を確認しておく必要があるな。もし24時間なら定時法(季節や昼夜に関係なく、一日の長さを均等に等分して時刻を決める時法)が確立できるんだが。
「王都の門が開くのは日の出からだったな。その時間に来れば引き取りができるし、仕入れた奴隷が確認できるのか」
「さようです。私のように盗賊に襲われるなどの影響がなければ、という条件が付きますが。今は盗賊の残党狩りなどで
「ああ、一応そのつもりできたし、見させてもらうよ」
「かしこまりました。では、こちらにご案内いたします」
ヴァーガーに案内され、店内には行って良く。ただ、結局はその時見た奴隷達の中に、数名の望ましい者がいたので代金を払って購入しておいた。頭の良いものは数いて困るものではない。明日の朝に母上には先に王都を出て頂いて、僕は入荷直後の奴隷を見ることにしよう。そう決めた僕は奴隷商店を後にし、夜になっても適当に開いている店を見て回りながら、宿泊している宿にもどった。
トヨネと二人だけの夜に入る時間の事だったが、言い寄ってくる者はいなく、特にトラブルもなく、帰り着くことができたときには、先に寝ていた母上を起こさない様に、静かに布団に入る。あ、勿論トヨネとは別のベッドである。変な期待はしないように願いたい。
♦
――次の日の早朝。早くに目が覚めた僕は母とは宿で別れた。その足で、まだ朝日が低いところにある時間に、ヴァーガーの店を目指し、その大きなテントを目印に、まだ開店準備なのだろう店の前を素通りしながら、暫くして目的地に到着する。
そして待ち受けていたのだろう、ヴァーガーが朝から昨日の夜と変わらない声で、こちらに気付いて近付いてくる。彼は店前に停車中の荷馬車を手で指し、こう述べた。
「おはようございます。予定通りに入荷がされました。というわけでして、奴隷達を荷馬車2台分ですが、すぐにご覧頂けるように、お待ちしておりました。いかがなさいますか?」
「そうだね、時間も惜しいし、予定通り早速見よう」
「かしこまりました。では、こちらへどうぞ。準備はできております」
母上には荷馬車3台を連れて、途中の村まで行ってもらいそこで合流してもらうことにしてある。荷馬車を一台余分に、用意されていたので、後でこの店の前に来る手はずになっている。僕は今からヴァーガーの店に入荷されたばかりの奴隷達を、くまなく品定めするところだ。通された部屋にて、奴隷が入ってくるのを待つ。
なんとなく雰囲気的な問題だが、僕は悪役ぽいのは気のせいか? まあ、考え過ぎだろう、気にしても仕方ないだろう。奴隷を購入するという事が、この世界において一般的である、と言うのは母上やビジルズには確認済みだ。なので人身売買をしているという感覚が、僕の中では少なからずあるが、そんなものは特に気にするようなことではないという事だ。そうこう考えている内に、ヴァーガーが部屋に入ってきた。そこで気になったことを聞いてみる。
「それにしても、奴隷と言えど入荷したばかりで商品に出すなんて、これは普通の事なのかい?」
「いやはや、それはまさかでございます。私共の扱っている奴隷は、基本的に犯罪奴隷以外となっております。奴隷となるのは食料に困った村々から出される者や税金が払えなくなった者。他にも様々ある理由で奴隷落ちした者などです。近年、奴隷数が多くて困っている同業者から販売を委託されることもあるくらいです。ですので、ある程度の奴隷は危険もなく、躾けもほとんどせず販売可能ということです」
自分が奴隷になった理由を、各々が理解しているということだろうか。この世界での常識が僕にとってまた一つ明るみになった。これは早急に、領地に戻ってからの知識の蓄積が急務である。それを改めて理解した。
「なるほど、概ね理解した。奴隷になった理由がそれぞれ違うんだね。僕はそう言うことに
彼からそう言われて、奴隷達を改めて見ると、なんとなく服装は違っているけど、でも目だった汚れのある者はいないに等しい。それだけ、各々が持つ理由が、はっきりとしているのかもしれないな。扱いに問題がないということだろう。しかし、中にはその例外もいるようだ。部屋の外から
「おい、俺を開放しろ! なんで俺が奴隷落ちなんか」
「あれは……、どこかの戦争の敗残兵か何かでしょう。服装があまり、この辺で見られるものではありませんな。うちの商店で、奴隷として
そして、用意された部屋で僕と後ろに控えるトヨネは、入荷されたばかりの奴隷達の面談を行う。主に僕が鑑定で相手を見て、素養、性格、その他の気になったことを質問する形で開始された。昨日同様に、ここでも僕は相手のステータスを見て質問を繰り返し、ウンウン頷いて採用と不採用を分けていたのだが、そんな中で、ステータスの一覧に、今までに見覚えのない文字が表示されている者が複数人いた。内訳をすると種族に“人間”以外に“獣人族”と“妖精族”が複数、そして、立場の表示に“貴族”や、
「どうしろと……」
なんとなく、あの女神様が仕向けたようなそんな気さえする。いや、僕の勝手な思い込みかも知れないけど、これは無視してもいいのだろうか。僕はのんびりと気ままに領地を開拓したいんだけどな。
「種族が違うという事か……」
「オルクス様は獣人族や妖精族をご存じありませんか?」
僕がぼやいているとヴァーガーが目ざとく反応してきた。彼は僕が奴隷に疎いので、説明してもらえると良いという感じの受け取り方で理解していたようだ。実際そうだが、彼は人差し指を立てて、その知識を披露してくれた。指は説明するときの彼の癖なのだろうか。さておき、説明を聞いた上で答える
「実際に見たことはないよ。そうだ、ヴァーガー。この王都と彼等が連れてこられた周辺の詳しい地図をあるだけ、それと少し大きな机と、人に見立てた印になるような駒を持ってきてほしい。それから彼等とゆっくり個人的に話したいんだけどいいかな? ヴァーガー自身には、暫く席を外してほしい。護衛はいるから問題ないのは分かるでしょ?」
「オルクス様がそれでよろしければ。ええ、分かりました。私も仕入れの手続きや雑務がありますので、地図をお持ちした後退室しましょう。御用があればお呼びください」
ヴァーガーもトヨネの実力を知っているからか、何も言わず手早く部下に地図と机、人に見立てる為の駒を用意させて、自分は部屋から去って行った。もちろん、部屋にいる十数名の奴隷が襲ってこないように、呪術が施されていることも説明されている。
「さて、何から片づけるか……。やっぱり分けた方がいいな。貴方達に、最初にここにある地図に、最近まで住んでいた場所があればこの印を乗せてくれる?」
部屋に残っている奴隷の人達は、用意されて入れ物に入っている印の駒をそれぞれ置いていく。すると、大半が大きな街があった場所に集中しているようだ。
「獣人族の人と妖精族の人は、戦争に巻き込まれたの? 戦争があるって分かれば逃げ出せると思うんだけど?」
二つの種族数名は顔を見合わせると、一人髭が長く背の低い老人が前に進み出て告げる。
「人の子よ。お主は先ほどもいくつか質問をして、我らはそれに正しく正直に答えた。奴隷の身で言うのもなんだが、願わくばこちらの質問にも答えてもらいたい。良いだろうか?」
「どうぞ?」
「感謝する。先にお主の質問に答えるべきだな。ここにいる我ら人族と違う種族は先の戦争に巻き込まれた、言わば被害者者が大半だ。我らがいたのは少しばかり大きい街だったが、それでも拡大する戦火に呑まれ逃げ遅れた。店を持っている者もいれば、商売道具が溢れるほどある者もいる。
それを残して逃げるという事がどうしても、わし等の判断を鈍らせたのだ。帰ってきたら、店や商売道具が無くなっては、飯が食えなくなるし税金も納められなくなる。そこで悩んでいるうちに捕まり、あれよあれよという間に奴隷商人に売り飛ばされて、現状に至るという訳だ。これでよいかの?」
「ええ、問題ありません。では改めて質問をどうぞ」
「ああ、先ほどの奴隷商人が言っていたことだが、我々とは別にも大量に奴隷を買っていると聞く。しかも元職人や手に職がある者なら身体に欠損のある事もいとわず。お主はそんなに奴隷を集めて、一体何をしようというのだ? それに、その様子だとここにいる者の中からも買い上げていくのだろう。できれば、奴隷を集めている理由を聞かせてもらいたい」
「まあ、警戒しなくても何かの人柱、なんてことはしないよ。折角買ったのに人材を無駄にするようなことはしないさ。簡単に説明するけど、我が家の領地では、近くあった戦争で減ってしまった人口の埋め合わせ、主に労働者として雇用する事になるだろうね。ちなみにこの地図でいう僕の領地はここから自家用馬車で大目に見て3日と半日かかる
「ふむ、では人数を
「んー、今ここで、その答えを明確に言うことは難しい。身体が不自由でもちゃんとした職は用意するとだけ言っておこう。さっきも言ったけど開拓に無駄な人材は必要ないと思っているから、今しているみたいに面談という形で、人材を人柄も
「むう。このままお主に買われる為に、自分を売り込んだ方が良いのか。はたまた別の雇用主に拾われるのを待つか……」
「兎も角、買われたら悪いようにはしない、まぁおざなりな売り文句だけどね。だけど今は長期の戦争が続いてる、それに巻き込まれない手段の一つとして僕のところで働くのもありだと思う。貴方はドワーフという呼び方でいいのかな?
僕の予想だけど、ここにいればいずれは屈強な肉体で戦闘にも使える、と判断されれば買われて戦場に真っ先に送り出されると思う。それなら今の内は僕のところに来て、物を作ることに
「く、人の足元見おって」
おいおい、それは何か違うだろ。ただ、誉めてるだけなんだけど。それに前半のメリットをちゃんと聞いてるかな? 僕が褒めてから足元を見て、期待をさせた挙句に落とすような言われ方だ。とりあえず、ちゃんと説明はしたんだから、次はこちらが問い質そう。
「隣にいる人は獣人族って
「……特にはない。私は稀にネコ獣人、等と呼ぶ人間がいるくらいだ」
「なるほど。動物の種類と獣人を兼ねて呼んでるってことか。獣人族は種族によって得意なものは違うけど、馬より早く森を駆けて狩りをしたり、純粋に人間より身体能力が優れていて、戦闘にも適しているって本で読んだことがある。やはりこの条件も戦争に駆り出される一番の理由でしょ。僕のところだと森や林の
「……」
返事がない。ただのネコ科の獣人のようだ。警戒されてあまり喋らないのか。ならアプローチを変えるか。
「ふーん、自信ない? 僕が知っている話より能力が低いのかな? 残念だねぇ。評判通りじゃないのなら買うことはないけど、評価的に獣人が世間で知られているほど、身体能力があるわけではない、そう言う認識で改めさせてもらおうかな」
「何を馬鹿な、自信がないなど――、っ!!」
僕は今、彼等に向けてとても悪い顔をしていることだろう。口をがばっと両手で抑える獣人さんに、僕は良い笑顔を見せながら、一言。
「なら問題ないよね?」
「くぅ、人の足元見てっ」
だから違うだろって。……まぁー良いか。結局、獣人族も妖精族もお買い上げしましたが、なにか? そして最後に、お主幼子と見せかけてエルフかハーフリングじゃないのか? なんて疑われましたが、僕は人間だっての。とりあえず、彼らは手続きの為に、店員を呼んで先に部屋を出てもらった。で、残りは『貴族』と『王族』という表記が出ている子女が一人ずつ。はて、いかがしたものか。直球で聞くのはまずいし、少しカマをかけて見るか?
「さて、……なんとなく思ってたけど。君達は貴族だよね?」
「……何?」
「いや、どうも立ち振舞いというか、雰囲気というか、そういったものが、他の人達と違ったからさ。ああ、だからと言ってどこかに引き渡すとか、何かあるわけじゃないよ? 僕はそういうのに、全くと言っていいほど興味がないからね。気になったから聞いてみただけだよ」
「貴族であったならなんとする?」
「だから、あっててもなくても問題じゃない。ただ、僕は教養や知識を求めていてね。僕に色々と教えてくれる家庭教師を何人も探してる。仮に僕の勘違いだって言うなら、このままここにいると良い。それで、どこかの誰かに見染められて買い上げられるのを待つんだね。これでも僕は忙しいから、なるべく手早く答えてもらえるとありがたい(さて、どう出るかな?)」
「それは、貴方に教養を付けられるかという答えで良いのか?」
『貴族』と表示のある子女が聞いてくる。
「うん。僕の知らないこと、たくさん教えてくれると良いな。ああ、教え終わったからって、それで用済みなんてことはないよ? 頭のいい人材は数あって困ることじゃない。僕の住んでいる領地の開拓に、大いに役立ってもらいたいから、それに頭を使ってもらいたい。タダ働きなんてさせてる余裕なんて、こちらには一切ないないんだから。もちろん、他の奴隷達と同じ扱いでっていうのは、基本変わらないことだけどさ」
「姫様……。どう致しますか?」
小声で相談してる。それに姫様って言っちゃってるじゃん。まぁすごく悩んでるみたいだけど?
「貴族の教養と言っても、大したことは教えられないと思います。何せ私達の年齢は8歳であり、身に着けている教養や礼節の類は、未熟であると思いますから」
『王族』と表示のある子女が答える。貴族の子よりはしっかりとしているし、それに、理由をちゃんと考えて述べている。それだけでも、年齢が8歳と言えども、賢い部類なのだと思う。
「別に『貴族』だけじゃなくて、『王族』の高い教養でも良いよ。知りたいことはたくさんあるからね。さっき自分達の住んでいた場所を地図で教えてもらったけど、なんとなく確信した(もちろん真っ赤なウソだ。地図なんか見ても僕は地理に詳しくない。ただのカマかけだ)」
――!!
その瞬間部屋の空気が変わったような気がする。僕はまた悪い顔で笑っているのかもしれない。じりじりと子女二人は部屋の隅に下がり始める。と、そこでトヨネが声をかけてきた。
「オルクス様、お戯れが過ぎます。そのように子女を警戒させたり、追い詰めていくような話し方は、およしになった方がよろしいかと。それに、あまり時間をかけますと、ビスタリア様との合流に差し支えが出ます」
「ああ、ゴメンゴメン。調子に乗りました。そうだね、母上をお待たせするのは気が引ける。話を進めるか。詳しくは言えないけど、僕は君達がどういう身分の人かわかってるよ。直接問い質すと、恐らくだけど、はぐらかされそうだと思ったんだ。今かけられている呪術では嘘の有無は確認できないって聞いてたからね。でも逆にそこまで警戒されるとは、僕としては思ってなかったよ。悪いことをしたね」
「……貴方は一体、なんなのですか?」
「僕の名はオルクス。ヴァダム男爵家の長子。エルフでもハーフリングなんでもない、人間の子供さ。とりあえず、時間も押してるし購入しよう。手続きしてきてくれる?」
こうして55人の奴隷に追加で、32名の奴隷が加わり合計87名となった。内、1割近くが僕の教養を満たす先生になるのだ。今からでも少しわくわくしている。早く領地に帰り着きたいものだ。
「さて、母上との合流を急ぐとするか」
僕は手続きの終わった、予定より多く購入した奴隷達を、ヴァーガーに無理を言って購入し、増やした荷馬車に乗せ、日が昇り始めた朝の刻で王都を出発する。ちなみに、僕は馬車を操作する技術など持っていない。奴隷の中から、初仕事として、操作のできる者がいたのでその人に任せた。そして、多々予定が狂ってしまった言い訳を考えながら、先行している母上達と合流すべく途中にある村に急ぐのだった。
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