第36話
「へ?」
僕はベルセリさんの言った言葉に反応できず、思はず素っ頓狂な声を上げて聞き返してしまった。
「お気持ちは分かりますけど……、もう一度言いますね?」
「すみません。お願いします」
「国王陛下からオルクス君への伝言と指示です。伝言では、ユピクス王国への返答は、オルクス君が今回の遠征で出陣するので、その護衛にそちらの国で判断した兵数を準備しておくように。また、今回の出兵には我が方は王族であるミリャン殿下が加わる旨を含めて伝えるようにとのことです。
旗頭として出陣されるそうです。けど、オルクス君は一応どこのヘルウェン側の陣営にも属さないそうです。もしかしたら、祖国側の陣営に合流するのかもですね。で、詳しい出陣の日程や陣営の内容は現在上層部で会議中である、だそうです。この後の事は外交官を通して話し合うそうですね。ここまでは良いですか?」
「正直、全く良くないんですけど……」
「いやー、気持ちは本当によく分かるのですけど、聞き留めてください。で、続いて指示に関してですけど。出陣の準備をしておけ。以上です」
「いやいやいや。出陣の準備しとけって……、それだけですか? というか、戦争になんで僕が駆り出されるんですか? 僕への指示って、僕ここの国民じゃないんですけど? そこのところも説明をください!」
「そういわれましても、私も兼業の方の上司に聞いた限りでは、それしかお言葉はなかったそうですよ。詳しく聞きたかったら、陛下に直接聞くしかないかもしれませんねぇ」
「そんな軽々しく聞いてきたら? みたいなこと言って、軽々しく会っちゃダメでしょ、国王陛下ですよ? この国のトップなんですよ? 今日のベルセリさんは、ものすごく他人事のように軽く話しますね、まったく!」
「だって、オルクス君なら出兵しても、何事もなく帰ってきそうですもん。それに、オルクス君が出兵してる間、この部署の切り盛りは私一人で監督しないといけないんですよ? そりゃぶーたれもしますよ。もんもん!」
もんもんって……。ダメだこりゃ、ほんとに僕が何事もなく帰ってくると思って話してるようだ。僕はそんなに不死身の超人じゃないし、何かあればすぐ死ぬような世界で、ましてや戦争なんかに放り込まれて無事でいれると思われることが心外だ。何を思って僕に戦争に行けなんて考えたんだ? あの国王陛下のことだ、他に考えでもあるのかもしれないな。ミリャン殿下を宮殿から出して、出兵させたのも何か意図が? んー、ちょっと集中して考える時間をもらおう。今日はもう仕事終わりで明日は休みだし。
「とりあえず、祖国には伝言の内容そのままに手紙を出しておきます。僕としては言葉通りには受け取らないでおきますけど。少し考える時間が必要なので、この後じっくり考えてみますよ」
「ふふ、わかりました。では、夜分にお邪魔しました。私も要件は終えたので、これで帰りますね。紅茶ごちそうさまでした」
「は~い、では後日~」
ベルセリさんは伝えることは伝えたと、満足げな顔して僕の部屋から出て行ってしまった。それに対し僕の返事は投げやりだ。まぁ、誰もいない方が僕としては都合がいいのだけど。さて、不安がっていても仕方ないし、頼れる者達を交えて会議しよう。
♦
『この国の国王陛下からそのように言われています』
『ばかな! 何考えているんだ、ヘルウェンの国王は!? オルクスの年齢を考慮してないのか? 5歳児に戦場で何をさせるんだ!』
父上の憤慨する言葉が言玉を通して伝わってくる。本気で怒っているその言葉に、その気持ちに、こそばゆくて父上をおさえる側に回る。
『父上、あまり興奮されないでください。詳細は不明ですが、僕はこの国のと言うか、ミリャン殿下の指揮下には入らないらしいですし、ユピクス王国の陣営で動くか個人で動けと言う風にもとれる発言です。今回は初陣ですし、出しゃばらず、目立たないように立ち回ることもできるかもしれません』
『そ、そうか? だ、だがなぁ……』
『父上がお怒りになるのは僕も十分共感できますし、こちらの国王陛下が何を考えているのかはわかりませんが、いきなり突撃してこいなんてことはないと思いますよ(多分ですが)』
『オルクス様、今回の出陣に我らガーディアン一同、是非とも加えていただきます様にお願いをいたします』
『モモカ、頑張っちゃうもんね!』
父上の次は、ケンプとモモカか。勇ましく頼りがいのある二人だ。それに僕の答えは決まっている。
『うん、よろしく頼むよ。今回は実戦を初めて体験するからね。正直、何が起きるのかわからない。ガーディアン達抜きで初陣に挑むと僕は役に立つことはほぼないだろう。それに、今回の僕の役目がいったいどこに置かれているのか未だ定かじゃない現状でもある。もし誰かの指揮下に入って無茶振りされたらそれこそ命がいくつあっても足りないよ。だから皆を頼りにしている』
『母は、そこが一番心配なのです。捨て駒にされるなんてことがあれば……。私はいてもたってもいられないわ。ルオの二の舞だけはあってほしくないもの』
母上の声が少し震えているのが分かる。本当に心配されているんだなぁ、と僕は何だか温かい気持ちになった。
『母上、心配されるのはうれしいですが、悲観的に考えるとその通りになってしまうこともあります。そうならないように、どう立ち回れば良いか考え続けなければなりません。僕には心強い味方であるガーディアン達がいます。彼らがいる以上簡単にやられるようなことはないので安心なさってください』
『そう、ね。確かにそうだわ。トヨネさん達がついていてくれるのよね。なんて言えばいいのかしら、落ち着いているオルクスの方が大人のように感じてしまうわ。私もしっかりしないとけないわね』
『そちらには、父上やビジルズがいます。ですので僕は安心して、無茶な指示にも向かっていけるのです』
『オルクス様が、また一段と成長なさっているようで、ビジルズは嬉しゅうございます』
はは、あまりこういう家族会議のようなことはしてなかったので、いろいろとこそばゆい言葉をかけられると、嬉しくもあり、しっかりしないと、と思う気持ちも芽生える。
『オルクス様、現状の情報だけではやはり、成り行き任せの行動しかとれないのが歯がゆいところですね』
『うん、確かにそうなんだよね。ただ、個人的な方針は2つ考えているよ』
『そのお考えをお聞きしても?』
トヨネの質問に念話が静まり返る。僕の言葉を待ってくれているらしい。僕は今考えられることとして、最低限の心構えみたいなものだと前置きして述べる。
『そうだね、現状の情報で僕の立ち位置はわからない。自由に動けるのか、そうでないのかも。なら自由に動けたらどうするか、自由に動けないならどうするか。その2通り考えただけなんだけど――』
♦
翌日、昨夜話し合った内容を書いたメモを見直していく。21時過ぎに僕の眠気が限界に近づいたところで、そばで控えていたアイリスが僕の状態を伝えて今回の家族会議は終了した。僕が考えた2通りの方針を説明し、それぞれの意見を聞きながらそれを踏まえて方針を定めていく。有意義な時間だった。
それと出陣の準備だけど、用意するべきものが多々あるし、前もって懐が温かくてなっててよかったと思う。今日は仕事が休日だ。僕は軍務の購買や魔道具屋に行って、必要そうなものを片っ端から買った。戦争の話が周囲に影響を及ぼす前に、ほしいものは手に入れておかないと。食料の方はアイリスとケンプに任せておいたし。これで不足しそうなものは特にないかな?
とりあえず、休憩がてら実家の領地にある僕用のテントの中で休憩する。丁度僕が来たすぐ後のタイミングで、ケンプとアイリスが魔道具の
それはそうと、今日魔道具屋を回ってみて気になったことがあった。これだけいろいろな物を発明した偉人達は揃ってある傾向を避けるように発明している。それは何か。答えは簡単、軍事兵器になり得そうなものだ。
銃系統などの火薬を使った類は今のところ僕は見ていないし知らない。もしかしたら在るのかも知れないが公にされていないだけなのだろうか? でも、僕の勤めている部署ではそういった類の発注書類を見たことがない。これは、発明するまでもなく戦争に使われるような魔術が存在するからだろうか? その可能性もあるだろう。
それに偏見かも知れないけど日本人は戦争を好んで行おうとは思はないと僕は思ってる。なので、偉人達の中に日本人がいたら、戦争に使われそうな道具の事を考えて、あえて発明しなかったとも考えられる。僕の理想が過大に入っているけどね。けど、日本人以外の転生者がどれくらいいたのかも不明だし、各々の思想も違うだろうから一概には言えないけど、僕の想像が合っていれば嬉しい。
現状戦争が起ころうとしているのを止めることは僕には難しい。ただ、心の中では戦争は起こすべきではないというのは僕自身思っていることだ。
けれど、祖国はこのままいくとモイラアデス国王が話した、過去にあった国のように亡びる可能性がある。情勢を詳しく知らない僕でも、祖国は弱腰外交なのではないだろうかと思うことがあるし、父上や母上の話では国境が徐々に押されているという話も聞いた。
抗争もできない弱腰の国は、いずれ亡国となるだろう。モイラアデス国王の言葉を解釈するとそういうことなのだ。今は抗争できるという力を見せるべき時なのではないか? 僕の思想は戦争や抗争はするべきではないが、必要な時は力を見せるべく動くべきだと主張してしまう。
「祖国の国王はどうして抗争に出ようとしないんだろう。何か理由があるのか?」
「情報不足と言うのは、なんともしがたいところですわね」
アイリスの言葉に僕も頷く。前世では、大なり小なりインターネットやツールを使うかニュースを見ることで情報が拾えた。今では、人伝か足で稼ぐ時代というものかな? 少し違うか? さておき、アイリスに相槌を打って答える。
「そうだね。まぁ以前の世界では、攻め込まれたら防衛するのが当たり前、そしてやられたらやり返すのも当たり前の、ゲーム故の世界での話だ。リアルに国の情勢が存在し、そこにはいろいろな感情と考えがある。ゲームの時とは勝手が違いすぎる面を強くて実感するね。それにほら、ゲームの世界では基本プレイヤーが国を持つ国王だったわけだ……し――!?」
「どうかされましたか?」
「……いや、まさか、ね。(まさかそんなことがあり得るのか? ただの思い過ごしかも知れない。でも、一度でいいから確認してみたい)」
僕が黙り込んでいるのを見てトヨネが進言してきた。
「……オルクス様。差し出がましいことを申しますが、思い過ごしや、何か引っかかることがあれば、すぐに相談すること。と、それを我々に仰ったオルクス様も、やはり同様に何かあるのであれば、我々に相談なさるべきではないでしょうか?」
「トヨネお姉ちゃん!?」
「トヨネさん? あなたご主人様に向かって――」
トヨネの発言に、モモカとアイリスが驚きと怒気を込めて諫めようとする。だけど僕はその言葉に気づき思い出す。
「いや、モモカ、アイリス、いいんだ。そうだ、その通りだ。トヨネの言うことは正しい。僕が前世でしくじったことはそういうところもある。一人で考え込んで答えを出せずに、時間だけが過ぎていく。そして、そのまま見過ごしてしまうことほど怖いことはない。……すまない。そして、ありがとうトヨネ」
「いえ、本当に差し出口でございました」
「いや、正しいことを言ってくれた。アイリス達にも再度言うけど、僕だって神じゃないし、完璧な人間でもない。間違いを起こすことだってないわけじゃないんだ。極力ミスしないように心がけているけど完璧なんてほど遠い。
イージーミスなんてしょっちゅうある。だから、皆の進言はどんなことでも聞く耳はいつでも持っているつもりだよ。だから、何か僕に至らないところがあるなら、思ったことがあるなら指摘してほしい。そうしてくれることで開ける道だって、選択しの広がりだってあるはずだからね」
僕が述べ終えると一瞬静まり返るテント内、僕が求めていることを従者達は分かってくれるだろうか。一応この話し合いはWISを通してセシルとルルス、マティアにも共有して聞こえるように念話を飛ばしている。先ほどから3人のリアクションはないけど、聞いてはいてくれているだろう。
「かしこまりました、オルクス様」
『かしこまりました、オルクス様』
僕の言葉を聞き、トヨネ、アイリス、モモカ、ケンプの4人は僕に礼をとる。話を聞いていた証拠と言えばいいのか、念話でセシルとルルス、マティアの声が目の前の4人と被った。僕は確かに彼等の主人ではあるけど、僕自身が完璧超人であるわけではない。その様に振舞っていても、いつかどこかで息切れして
「まずは、確認が必要だ。連休を取ってユピクス王国の国王に会う。それで僕の予想が合っているなら、国王は――」
♦♦♦
こんにちは。ベルセリ・ルロイです。
いやーぁ参りました。宿舎の食堂でオルクス君と会ったとたんに、急に連休くださいって言ってきました。理由が分かってる私としては、許可を出さざるを得ないのですが。準備に何かしらかかるのでしょうね。
しかし、今度は私が仕事に忙殺されそうで怖いです。誰かヘルプ頼めないでしょうか? カテウス人事部長に泣きついてみようかな? 泣き脅しでどうにかなりますかね?
さておき、オルクス君は明日から連休を取るということで、仕事を超ハイペースでこなしています。でも、ちゃんと確認作業も行ってるところがさすがですね。ほら、皆さん手が止まってます。オルクス君を見てないで、見習って働いてください。
しかし、わー、マジですか。数日程度なら大丈夫だけど。国王陛下が認められていると言っても、15日も連休を取られると私の仕事量が半端なく増えます。兼業の諜報員としては動く時間なさそうだなぁ。まぁ今のところ仕事はなさそうだし、上司に早めに伝えておこう。
って、オルクス君の処理速度が半端なく早い。いつもの処理速度より数倍あるんじゃないですかね? 二人で仕事してた時を思い出します。何日分の仕事してくれるか楽しみですけど、結局のところどう足掻いても3日、4日したら、仕事量が元通りになってそうな予感がします。上層部が準備を始めるまでにオルクス君が戻ってきてくれればいいのですが、オルクス君抜きでとなると机で項垂れて魂抜けかける職員多発しそうで怖いですね。上層部の判断がもうしばらくかかります様に、人知れず私は祈ります。
「ベルセリ部長、どうなさったんですか?」
「いえ、ただ神にお祈りしてるだけです」
「それは後にして、そんなことより仕事してください」
お祈りしてるところバッチリ見られてました。私の机にどっさり書類を持ってきたオルクス君に突っ込まれました。ごめんなさい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます