第55話

 宮廷の大広間に呼び出された僕を待ち受けていたのは、国王陛下が机の奥の正面におられ、それを筆頭にずらりと長い机の横に並ぶ椅子に腰を掛けているお歴々らしき人達と、恐らく王族だろうなぁと思われる対面に座っておられる方々。中にはラクシェ王女やセヴィオ王太后様、ついでに顔の腫れているミリャン殿下の姿もあった。また何かやらかしたのだろうけど、関わり合いにはなりたくないな。目を合わさない用に注意しておこう。


「よく来た。まぁとりあえず目の前の空いている席にかけろ。色々と話したいことと聞きたいことがある。だが、まずは説明が先だろう」


 僕は言葉を発さずに礼をとって席に座る。職場にあるような僕のような子供用に足を掛けて登る椅子が用意されている。席に座ると周囲の視線が痛いほど集まっている。その顔ぶれの中に見知った顔はさっき挙げた人達以外には全くない。


 ラクシェ王女からも事前情報がないので、兎に角身構えておく程度の心構えだけはしておく。だが、いくら見られても僕の平常心は不思議と揺らがない。昨日のダンジョンコアで見た映像の影響か多少の事では動じないように心が鍛えられているのかもしれない。まぁ僕の勝手な想像にすぎないけどね。というか、国王陛下は未だ何も話そうとはしないのだが、僕はいったい何の用事でこの面々の前に呼ばれたのだろうか?


 思い当たることはあるし、多分そうなんだろうな、とは思うのだけど。そんなことを考えていると、僕が入ってきた扉から別の人物達が入ってきた。部屋におられる面々は、彼等の到着を待っていたのだろうか?


 入ってきた人物には3人。1人は知らないが、後の2人は知っている人達だ。彼等が呼ばれたということは……、僕の考えは合っているらしい。後は大体の予想を立てて俯き加減に、下を向いて溜息をついた。


「お久しぶりでございます、陛下。お呼びにより参上いたしました」


「おう、久しぶりに顔を見たな。相変わらず鍛えているようで安心したぞ。見た目が以前とほとんど変わらんように思う。いや、増している感じもするな」


「はは、第一線を引いてからも鍛錬は時間を見て行っておりますので、有事の際に動けない身体では、とても冒険者ギルドなど運営できませんからな」


 そう、入ってきた3人の内、僕が知っている2人はこの国の王都にある冒険者ギルドの受付嬢とアイテムの販売をしている男性、アグリルさんとマクガンドさんだ。そしてもう1人、今国王陛下と話しているのは恐らく会ったことのない、冒険者ギルドの長であろう人物だと僕は予想した。その予想はすぐに当たりだと分かる。


「この者達は知っている者もいるだろうが、改めて紹介しておこう。我が国の王都にある冒険者ギルドのギルド長と、副ギルド長だ」


「ご紹介にあずかりました、冒険者ギルドでギルド長を務めております。ヴァラドと申します。他に二名、私の補佐として連れてまいりました」


「アグリルと申します」


「マクガンドと申します」


 3人は紹介を終えて国王が指名した場所の椅子にギルド長が座り、後の2人は後ろに控える形をとる。どうやら彼等が来たことで、ここにいる面々の話し合いの舞台が整ったようだ。国王が話を進めに掛かる。


「さて、余計な者もいるが、全くの無関係ではないのでここに呼んだ。無謀にも話に踊らされて兵を勝手に動かしたうつけだがな。……母上もそう睨まないで頂きたい。わしが言っているのはミリャンに対してですので……。んんー、でだが、今回ここに呼んだ話の中心になるのはお前だぞ、オルクス。さっきから溜息ばかりつきおって、ばれてないとでも思ったか? ここにいる内は話したいことがあれば存分に話すと良い。他の者も同じだ。この場はそういう場だと認識して礼儀をある程度損なわないぐらいの普段通りで話すがよい。で、早速話を進めるがオルクスよ、自分がここに呼ばれた理由が何かわかるか?」


 モイラアデス陛下が僕に鋭い眼光を向けてくる。以前ならその威圧するような視線に何かしら思ったかもしれないが、今は不思議と特に何も感じない。ご指名を受けてしまったので答えないわけにもいかないだろう。僕は予想していた事を聞かれたのでそれに答える。


「恐らくそれだろうと思う心当たりがあります。今日もお昼頃にその件で職場に迷惑を掛けましたので、思い当たることが的外れではないと思いますので述べさせて頂きます。昨日、僕がこの国とギルドの管理下にあるダンジョン、通称『数の暴力』にて、挑んだ事が一連の発端だと考えています。まず、これに相違はございませんでしょうか?」


「ない、むしろ、それ以外の事を言うようならお前にミリャンのような仕打ちをしたくなっていそうだったぞ」


「そうですか、推察が合っているのならば、それは良かったと胸のつかえが下りる思いです。ですが、腑に落ちないのは、この国に雇われている職員の内の1人にすぎない僕が、何故ダンジョンに行った事が問題になっているのでしょうか? それに、情報がギルドの掲示に出されていると聞きました。けれど、それもダンジョンに関係を持ち生業とする人々と何ら変わらないことを僕がしただけで、このような場を設けられてしまいました。これはどういうことでしょうか? ご存じの通り僕はユピクス王国に実家を持つ言わば他国民ですが、その他国民が、この国のダンジョンを利用してはならない、等と言う規約が存在するとか言われるのであれば罪を犯したとして罰せられるのも分かるのですけど。カードをもらった時に頂いたガイドブックと言えばいいのでしょうか? それにはそんなことは書かれていませんでした。暗黙のルールかローカルルール的なものがあったのでしょうか?」


 僕が視線をギルド長に向ける。僕が何を気にしているのかは今言ったし、伝わっていると思うけど、ギルド長の視線も先ほどから僕を値踏みするような雰囲気がある。国王や他の出席者と同じような視線で僕を見ている。


「そう言うルールはない。あればガイドブックや職員が説明する。逆にそんな規制があれば、この国の経済がガタ落ちだ。俺は君とは初対面だが、君が我がギルドに有益な物をもたらしてくれていることは知っている。魔物のドロップ品の換金に限らず、ポーションやその他の薬の納品、他に多少の雑貨も含めて君の領地から来ていると耳にしている。我々がここに呼ばれ問題にしているのは、そういう次元の事を問題にしているのではない。というより、君は分かっていて話を逸らす様に述べているように思える」


「そうだな。わしにもそう見える。他の者もそう感じているだろう。しかも、わざとらしさを隠そうとしないところもかえって腹が立つ。単刀直入に話せと遠回しに言っているのが手に取るようにな。だが、良いだろう。お前の起こした問題はいくつもあるが、その大前提としてダンジョンを攻略して手に入れた品々は今どうしている?

 昨日の今日だ、まさかもう既に手元にない、などと言わないだろうな? それにあのダンジョンが過去に8階層までしか攻略がかなわずにいた。それを最下層の攻略もしたのに何故ダンジョンのコアを破壊しなかった? まだあるぞ? お前のような幼子おさなごとも見られる者がどのようにしてダンジョンを攻略したというのか? さぁ言え、今言え、すぐに言え!」


 モイラアデス陛下を含め周囲の視線が再び僕に突き刺さる。もうその威圧するような視線が僕に意味を成さないと分かっているだろうに。普段からそういう目線で人を見て疲れないのだろうか。僕は周囲を視界に収めながら陛下に向かって次のように述べる。


「以前の国王陛下が仰っていた、模擬戦大会での褒美と言うのをここで頂けませんか?」


 何? 急に何を言い出すのだ、とモイラアデス陛下を含めた全員が、僕が言った言葉に何を言っているのか困惑する。


「その褒美、と言うのは簡単なこと。褒美の内容は、今後一切僕に関わる全ての事、もちろんダンジョンに関わる一切の事を含めて黙秘します。開示するのは僕の意思で決めたことのみ。それをご了承頂くことが、褒美の要望です」


「ば、馬鹿な! そんなことが許されると――」


「褒美を考えておけ、そう仰ったのは陛下御自身のはずです。国を背負う国王陛下ともあろうお方が、約束を反故ほごにされるということはないと思いますが……」


 こ、こやつ……、と陛下は苦虫を嚙み潰したような表情になる。まさか、ここで使う羽目になるとは僕も思わなかったが、仕方のないことだと心の中では勿体ないというのと仕方ないという諦めがあった。だが、ただで起きないないのはさすがと言うべきか、陛下は次のように仰った。


「はー、……分かった、約束だから仕方がない。その望みは叶えよう。だが、お前がダンジョンで手に入れたであろう品々の中から、ここに集まる者の望む品を買い取らせてやってほしい。それくらいならばお前の懐がふくれるのだし文句はあるまい? この場にいる者達は過去にあのダンジョンに挑んだ者等の関係者だ。血の繋がりがなくとも親友であったり、先祖であったり、血縁は薄いが類縁であったりと様々だが遺品や家宝、思い出の品を取り戻したい者達の集まりだ。無論王家もそれに含まれる。よもや、それもできないなどとは言うまいな?」


 僕は間を置いて周囲を見て、出席者の顔ぶれを眺める。皆僕の返答に耳を澄ませているのが分かるくらい部屋が静まり返った。


「分かりました、それには応じさせて頂きます。ですが、その前にいくつかの条件があります」


「……言ってみろ。無理のない範囲なら聞いてやる」


「一つ、これは冒険者ギルドに対しての要望です。今後、ダンジョンの攻略者の名や情報を許可もなくおおやけにしないこと。攻略者本人に事前確認を必ずすることを抜け漏れなく徹底して行うようにすること」


 ギルド長はそれに分かったと頷いて見せる。


「二つ、優秀な人材の引き抜き等に関して、これもある程度管理する事。本人達が勧誘を受けない、受けたくない場合の強引な勧誘に対する処罰を検討してください。今日、僕がいる職場に来た人は勧誘目的だったと聞いています。今後も同じような対象の方がでないとも限りません。そういう人材を守るルールぐらいは作っておくべきだと思います。それに加えて僕個人の要望として、今回の『数の暴力』に関わった、僕を含めた同伴したパーティーメンバー、名前はご存じでしょう? その者達の勧誘拒否、及び個人情報の漏洩防止を徹底してください」


 ギルド長が表情を少し歪めて再び頷いて見せる。


「三つ、今回のようなダンジョンでの入手した品について、ある程度は今回のようにまとまった日時や場所を決めて行うように取り計らうこと。もちろん金額や品の目安が分かる信用のおける人材をギルド側が手配する事。不正や問題が起きないように普段はギルドで部屋を借りての交渉が望ましいでしょう。それ以外で行った取引はギルド側は関与しないというような取り決めがあれば、ギルドに負担はないでしょうし、尚良いと思います」


 さっきからギルド長宛の条件しか提示していないな。次は陛下を見る。


「四つ、情報の開示は基本的に開示しても良いという者から聞き取りを行ってください。それは必ず条件を付けて行うことが望ましいでしょう。例えば、お金を積めば答える者もいれば、他に条件を出してくる人もいるでしょうけど、情報を開示するということは、その者の手の内を見せるのと等しく同義であります。見返りもなく命がけで手に入れた情報を手放す人は一握りだと思います。権力を使って情報を手に入れたければお金で人材を雇うか、兵士を使えばよろしいでしょう。過去にそれをやって失敗に終わっているようなので、やらないのでしょうけど? そこはご利用を計画的にされればよろしいかと」


「……何故それを? その情報は機密で外部に漏れないようにしているはずだ!」


 出席者の誰かが発した言葉。それに僕は何でもないように答える。


「情報源はダンジョンコアの記憶です。それと、この集まりが何の為にあるのか説明されて、それを思いつかないというのは余程抜けている人だと思います。機密事項なのであれば僕はそれを他に漏らすようなことはありません。必要であれば誓約書でも書きます。僕が見た情報は、かなり昔の事も含めてだったようですが、一部始終をダンジョンコアが記憶していたものを見ました。壮絶な物でしたよ。お望みでしたら僕の魔術でその光景を再現してお見せしましょうか? 正気をたもっていられる自信があるならお見せしましょう。大勢の人の生き死に、多くの死にざまを間近で見れる機会などそうそうないですからね」


「……待て。お前、どこか以前と雰囲気が違うと思ったら……」


 陛下が僕に疑心の目を向ける。ちょっと雰囲気出し過ぎたかな? だが、危険人物扱いされたくはない。フォローはしとかなきゃね。


「誤解しないで頂きたいのですけど、僕は壊れてなどいませんし、自分で言うのも何ですけど正気で平常通りですよ。ただ、以前よりもより肝が据わっただけのことです。その辺は誤解なきよう願います」


 それで、どうしますか? と、僕が尋ねると、部屋が一瞬静まり返る。そこに、久々に聞くミリャン殿下の威勢の良い声が聞こえて来た。


「さっきから、聞いていおれば何だその口の利き方は! 他の貴族は良いとしても王族に向かってその言いぐさは何だ! 貴様、ちょっと名の知れたダンジョンを攻略したからと言って調子付きおって! 貴様のような小僧が、宮廷魔術師や、王宮騎士団の精鋭をもってすれば、そんなダンジョンすぐに攻略して見せようぞ! このミリャンが、その指揮をとって――、ふべっ?」


 いつの間にかミリャン殿下の近くに移動していたセヴィオ王太后様が、ミリャン殿下の顔を“グー”でぶん殴っていた。……おおぅ、座っていた椅子から床を転がり、壁に勢いよく突っ込んだミリャン殿下。腰の入ったいいのをもらって気絶されたらしい、そのミリャン殿下を見下ろしながら、セヴィオ王太后様は次のように仰った。


「それができぬからこうして問題になっているのが分からないとは……。本当に愚かな子よ。他の御子達おこたちも皆の者もよくお聞き。あのダンジョンには数名の王族や数多の宮廷魔術師、王宮騎士団、王国軍、その他数知れない腕に覚えのある物が挑み、帰って来たのはほんの一握り、否一つまみ以下であった。彼の者がそのダンジョンに入ったと報告を受けたとき、そんなまさかと、気でも狂ったか、ミリャンのように高飛車な考えで挑んだのかと思った。だが、蓋を開ければどうだ。無傷での帰還、翌日にはダンジョン攻略の報告。そういえば、ラクシェが慌てることはないとか、彼は無事だし、夜には帰ってくると話していたねぇ。私より肝が据わっているというより、何か確信しているような気配があったが……。それも、彼の者が何かしたのかもしれないと今更ながら思うねぇ。種明かしはしてくれそうにないのが残念だが、無事なのならばそれでよしと思った。それに、もしかしたら……、とは思えてしまって、年甲斐もなく心躍る気分さ」


 セヴィオ王太后様が僕を見据える。他の人とは違う、ラクシェ王女に近い視線の類だ。王太后様が何を思っていらっしゃるかは分からないが、席に戻られ次のように続きを仰った。


「御子達は、皆ミリャンを反面教師になさい。間違ってもオルクスの坊やと張り合おう等とは思わに事だ。逆に坊やと友人にでもなった方が良い。それか真逆にあまり関わらぬかのどちらかにしておくように、そのどちらかが最良だろうよ。ラクシェは友人以上になりたいようだがね……。まぁそれもやむなしかと思う」


 何だ友達以上って? というか、ミリャン殿下はある意味で言えば役に立つということが言いたいのか? 王太后様は僕を何だと思っているのか。あれか取扱注意みたいな感じか? だけど友人になった方が良いとも仰った。うーん、王太后様の考えが良くわからない。王太后様はさらに続ける。


「他の者達は間違っても後ろ暗い事なんて考えるんじゃないよ? 坊やを利用しようとか思ってるなら、今の内に止めておきな。さっきのやり取りを見たろう? 国王であれ、ギルド長であれ、痛いところを突かれて反論できなくされた挙句、逆にこちらがどうしても動かなきゃならないように理由を付けて指図されるんだ。友好的にするなら良いが、逆の事をすれば手痛いしっぺ返しを食らう。今からやる品の取引も下に見たり油断したら、……わかってるね? あくまでも対等に向き合った姿勢でやりなよ? 私の勘が言うには、その子は敵にしちゃならない子だ。昨日までの坊やならまだ良かったが、今の一皮むけたような坊やに太刀打ちしたいなら本腰入れてやんな、見た目に踊らされて馬鹿を見ないようにね」


 ふー、と、一息入れた王太后様は椅子に深く座り込んで、部屋の隅にいた侍女さんがいつの間にか王太后様の後ろに回り飲み物を手渡した。その侍女さんの動き方がラクシェ王女の専属の侍女ダビヤさんに似ているように思える。恐らくその類の人なのだろうなぁ。あー、僕も飲み物がほしいな……。そう思っていると、出席者の前に飲み物が配られている。先ほどまで気配を消して壁際にいた侍女さん達だ。この人達も護衛対象がいるのだろう、ダビヤさんを思わせる動きだ。というか、ダビヤさんもいるじゃないか、ラクシェ王女と一言二言交わして離れた。


 そして僕のところにも、トヨネが僕に紅茶を入れてくれている。しかし、周囲の数人がハッとして僕の後ろにいるトヨネを見る。それに、周囲の侍女さん達が警戒し出した。


「彼女は僕の従者で護衛なのであまり気にしないでください。ラクシェ王女は顔見知りでしょう?」


「ええ、存じております。お久しぶりですねトヨネさん」


「ご無沙汰しております。ラクシェ王女」


 短い挨拶だが、部屋にあった警戒の色が少しばかり薄れた。周囲の侍女さん達は未だにトヨネに警戒を払っているようだが、とりあえず紹介しておこうか。


「彼女は僕の世話役兼護衛をしてくれている頼れる従者のトヨネと言います。1人で来いとは言われてなかったので、連れてきましたが何方どなたも気づいてはいなかったようですね。紹介するタイミングもなかったので、申し訳ありません」


「……良い。だが、あまり驚かせるな。こちらの護衛も警戒するだろうが」


「誠に申し訳ありません」


 国王陛下から直々に許しが出た。それに僕が悪びれた様子無く軽く謝る。これは布石、本命はそこではない。


「あ、あの!」


 そこに声を上げたのはアグリルさんだ。彼女の慌てる表情は初めて見る。彼女は僕の方に向けて問いかけて来た。


「はい? なんでしょう?」


「その方は、ダンジョンの同伴者に名前があった方では?」


「そうですが……、えーっと、……先ほどの僕が言った話聞いてましたか?」


 あ! と、彼女は自分の口に手を当ててふさぐ。だがその動作も気づきも既に遅い。ギルド長は国王陛下と同じように顔にしわを寄せて苦い顔をする。しかし、他の面々は僕の後ろに控えるトヨネに注目しているのが分かる。口々にあの少女が? あの細腕で等、中には魔術師の類か? と推察する者の声も聞こえてくる。


 さて、僕としては情報を少し開示した立場になり、ほんの数歩相手に歩み寄った姿勢を見せたつもりだが、相手側は正確にそれを酌んでくれるだろうか? 僕がそう思っていると。


「坊や、何が望みだい?」


 最初に話しかけてきたのは王太后様だった。僕の意図を酌んでいる様で、僕が何かを望んでいるのだとすぐに理解したようだ。だが、ワンクッション入れさせてもらう。言葉遊びは好きじゃないけど、がっつくのも交渉にはよくない事だ。


「何の事でしょう?」


「ふー、まったく食えない坊やだね。親の顔が見てみたいもんだ」


「父はこちらの国の軍相手に殿を務め、現在は身体を不自由にして療養しながら生活していますが、概ね元気でおります。母は父を支えながら領地運営に掛かりっきりですので、お会い頂ける機会はないかもしれません」


「はっ、この坊やは……」


 とりあえずはこんなものか。僕は本題を切り出す。


「とりあえず、僕の近辺をうろつく連中を引かせて頂くこと、僕に関する調査は構わないですが、しつこいのは少々困りますね。程々にして頂けると助かります。今後、害ある者には容赦なく、益ある者には相応に、無関係には目に毒でなければ関与しない。僕の行動理念と言えば格好は良いでしょうけど、僕はただ単に気紛れ屋なだけですから、そう見知り置いて頂ければと思います」


「分かったよ。それで、他には何かあるかい?」


「特には? 今まで通りでお願いしたいところです。あーでも、噂の類、あれは何とかならないんでしょうか。ラクシェ王女に迷惑が掛かりますし、僕としても周りから変な関心を持たれるのは困るんです。ラクシェ王女には、僕に来る手紙や荷物を管理して頂いて本当に助かっています。実は言うと、ユピクス王国でも同じような状態でして」


「はー、あれはどちらかと言えばラクシェの為にやった事さね。孫娘に余計な虫がつかんようにお前さんを利用しているまでよ」


「なるほど、そう言う理由だったのですか。……なら、それも今まで通りで行った方が良いのでしょうね。言ってしまえば僕は他国の人間ですし、噂も噂、時が経てば風化するでしょうし、僕がここを去れば自然に消滅しそうですからね」


 僕がその言葉を終えた後に、周囲に微妙な、本当に微妙な、特に女性陣からの溜息や呆れをただよわせる雰囲気が僕のところに伝わってくる。


「……………」


 特にラクシェ王女が、俯いて口をぎゅっと閉じている。彼女の沈黙に、王太后様はやさしいくラクシェ王女の頭を撫でているのが見える。あれは何か慰めているような感じだが……。


「まったく……、聡いには聡いが、男としてはまだまだ小僧よ。女心が全く分かっておらんようじゃ。そこだけは見た目の通りかい」


 ん? 僕は何か間違った事を言ったのだろうか? 周囲の特にラクシェ王女の周囲の女性陣が呆れた感じで溜息をついた後に、ラクシェ王女には同情するような視線を、僕にはジト目らしき視線を向けられる。僕は次第に居た堪れなくなっていくのだが、何かあるなら率直に言って頂きたい。良く見れば男性陣もヒソヒソと何か言っているようだが、一体なんだ? 僕が困惑していると、陛下が困った様な、迷ったような珍しい表情で僕に尋ねてくる。


「オルクス、お前の目的が今一はっきりせん。お前、王族に興味があるんじゃないのか? それらを足掛かりに、国王の座を狙ったりと考えているんじゃないのか? 率直に聞くが、お前からしてラクシェは何だ? 何の為にラクシェに近づいたり、宮廷に来てまで礼儀作法などを習っている? お前は以前ラクシェに帝王学について尋ねたことがあると聞いているぞ? お前の目的はそういうものだと思っていたが……」


 国王陛下が疑問を投げかけて来た。それも良くわからない話だ。周囲も僕の返答を待っている様だが、僕としては何と答えればいいのか。思ったことをそのまま言っても問題ないのだろうけど、言ったら何故かダメな気がする。なんだこの直感的な物は。僕が黙っていると、傍に控えていたトヨネが念話ではなく、周囲に見て取れるようにそっと耳打ちで僕に助言をくれた。その助言を聞いて何を言われているのか、やっとわかった。わかったが僕は悩む……。悩んだ末、出した答えは。


「陛下、その質問に答える前に、大前提として言っておくことがあります」


「ん? 言ってみろ」


「僕がいつ王族に興味があるようなことを言いましたでしょうか? 僕は基本的に王族であったり、ましてや国王という役職にまったくもって興味がありません。興味がないどころか、失礼を承知でお答えしますが、国王などになりたくはないと思っています。それが大前提として、陛下の質問に答えさせて頂きますと、僕はラクシェ王女を共に何かに取り組む際のパートナーだと思っています。目標に取り組み、努力を惜しまない実直じっちょくさがラクシェ王女には備わっていると感じました。すなわち、そういった実直さのある王女と年が近いことから共に学ぶ、成長を分かち合う友人であると思っています。ラクシェ王女に近づいたと仰せですが――」


「いや、ちょっと待て! お前は何か? ラクシェに近づいたのは強いて挙げるなら学友のようなものと思っての事だというのか? というか、国王であるわしとその一族である王族を前に、いうに事欠いて王族や国王に興味がないとうのはどういう了見だ? 普通であるば望むもんだろう? 民から税金を接収し、宮廷や城から思うように出ることは出来ないが、それさえ我慢していれば程度はあれど思うままに金や人を動かせるんだぞ? ミリャンを見てみろ、馬鹿みたいに着飾って無駄に金を浪費してるだろう! 我が王族としてあるまじき事だが、そういう馬鹿なことをしても大抵のことは許される地位だ。どうだ、この地位が望ましいと、興味がわいただろ! 前言を撤回する機会ぐらい与えてやるぞ?」


 僕の言葉をさえぎった陛下は何を思ったのか、これでもかと言うほどさとす様にミリャン殿下を指さして、王族や国王と言う地位の利点を僕に告げる。だが、僕にとってその利点よりも欠点の方が大きいと思う。前言撤回など誰がするものか。僕は陛下を相手取って、いつの間にか自分の考えを言葉に乗せて、無意識に椅子に足を掛けて立ち上がり、思いの丈をぶちまけていた。


「僕の求める地位は領主までで良いのです。土地を開拓し、領地を広げつつも、領内を整備しながら土地を活性化させ成長させていく。その過程を手掛けたいのです。誰かの手で既に出来上がった、言わば土台ができた土地に魅力など微塵も感じません。ただ、その領地が、土地が素晴らしい物であれば、その過程を調べたり、参考にさせてもらえるものがあれば頭を下げてでも教えてもらいます。逆に、引き継いだ土地がすごく荒れていたり、貧困に傾いた国にどのような手を打ち出し、政策を考えるか、そういうことには興味はあります。ですが、領地や他所よそへ自由に出回れず、書面だけで物事を判断する。その領地に、土地に必要なものが他の地にあるのに自分で取りに行けずに、全てとは言わずとも殆どを人任せにする。そんな役職にはきたくはありません。陛下の仰るような、その地位自体に僕は微塵も興味などないのです! ――っ」


 あ、やべ! ちょっと、いやかなり熱くなっちゃって、言葉が過ぎてしまっただろうか……。言い切った僕に部屋は物音一つなく静まり返っている。静まり返った部屋は居心地が非常に悪く、時間が経つのがものすごく長く感じる。そこに……。


「くくく、くっはは。」


「ふふふ」


「ふっははは」


 周囲から笑い声が漏れ始め、次第にその声は数が増え声量を増していく。これはあれか? ふははは、笑止! とか言われる感じか? 笑っているのは気絶してるミリャン殿下以外全員、各々が手で口を隠したり、食器や扇子などで見えないようにおおったりしているが、手や肩が震えているのは見え見えだ。ラクシェ王女や王太后様まで仲良く笑っているし、さっきまでトヨネや僕に警戒心を向けていた侍女さん達も背を向けたり、口をぐっと閉じているが、やはり手や肩が震えてたりとクスクス笑いを堪えている。


 ただ1人、トヨネだけは動じずクスリともしない。それが僕にとっては唯一の救いだった。








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