第56話

「ぬふふふ」


「ほほほ」


「むはは」


 笑い声が徐々に収まり始めた頃、僕は表情を食器で隠す様に俯いて、トヨネの入れてくれた飲み物を飲んで時間を潰す。というか、一体全体なんだというのか。この無駄で苦痛な時間をほかの事に充てたい気分だ。


「話を進められないなら宿舎に帰ってよろしいでしょうか?」


 言葉が尖らないようにしたつもりだったが無理だった。そんな僕に陛下やギルド長が未だにくすぶる笑いを隠さずに話してくる。


「許せ、お前のような奴が、そんな事を言うとは思わなかった。まさか、手付かずの領地や土地を発展させる過程に興味があるなど、今まで言われたこともないわ。あの真面目腐ったヴァレン宰相さえそのような事を言ったことはないし、逆に手が掛かる領地や土地に手を出すのだって嫌がりそうなものだぞ? それを、領地を回って手掛けたいと馬鹿真面目に熱弁されるとは……。あー許せ許せ。今どきおらんのだそういう奴は」


「君は、こういっては失礼だが、能力と目標がちぐはぐな感じがするな。あのダンジョンを攻略していながら、その力を領地の開拓など、と言っては余計失礼だが、力を振るう場所を間違えているようなものだ。他のダンジョンを生業にする者が聞けば、俺等が田畑を耕してやるから、お前はすぐにでもダンジョンに行ってこいと言われそうなものだ」


 国王陛下も冒険者のギルド長も大分落ち着いてきたようだが、周囲は未だに笑いがくすぶっているようだ。他の人も、2人と同じ考えなのだろうか? 僕の考えはおかしいのか? いや、そんなことないはずだ。僕が考えに沈み俯いて下を向いたその時、僕の思いを代弁するかのように、今まで黙っていたトヨネが語りだした。その語りは淡々としているが、次第に周囲の表情が凍り付いていくような、そんな雰囲気をただよわせるものだった。


「他の職業に例えるなら発明家や開発者のイメージを持って頂けると分かり易いでしょう。オルクス様の結果や過程への考え方はそのようなものです。ただ、結果と言われるものが出た後も、延々と続くであろう一定に出される結果が全て過程へとなるのです。例えば、開発者は完成した品を、同じ様な物でもより使いやすく、見えない部分でも性能を上げようとします。

 オルクス様もそれに等しく、結果を上げる為の準備を整え、事業を起こしたり、土地を改良していくのです。その結果に満足し胡坐あぐらをかくことなく、その立場から、接収するだけでやる事もやらず、のうのうと生きることを真っ向から拒絶されるのです。土地が満ちる為にはどうすれば良いか、満ちるには何が足りないか、満ちた後はどうするのか。他の人間が平穏に過ごす為に自分が何をなすべきか、できることが手元になければ探しに行き、見つけ出して運用方法を模索する。

 けれど、人間は欲が満ちれば満ちる程その欲をふくらませます。膨らませた欲に何が適するのか、その足りないものを補い続けながら、必死に新たなものを探す。大勢いる人間達、その中の誰か一人でも笑顔である様に、一人でも人生を謳歌おうかできるように、自分の時間を使い続け、それでも満足されなければどうしようかと不安を抱く。オルクス様はそういう方です。その何がおかしいというのですか? その笑いは、我が主を否定するものでしょうか?

 我が主が必死なってやって来たことを、貴方方あなたがたは笑う程の何かを延々されてきたのでしょうか? それをやっても無駄かもしれない、意味を見出されないかもしれない、拒否されるかもしれない、打ち出した案に見向きもされないかもしれない、ご自身の行動をいつも不安と隣り合わせにしながら、それでも出来る事は何でも、自分の手が届く範囲は全て、調べたこと、思いつくこと、教わった事、全部を進めてみるしかない。

 ダメだったらまた考えるしかないねと苦笑されつつ、そう言いながら足を止めずに進む、我が主の何をお笑いなのでしょう?」


 部屋の中にあった笑いが、一瞬にして、消えた。



 部屋に隙間もないのに冷たい風が吹いたような気がした。


 トヨネが言ったのは恐らく、今の僕と、前世の僕がGM《ゲームマスター》として、ゲームデザイナーとして、少しかじっていたプログラマーとして、思い続けていた事、考え続けていた事をガーディアン達に漏らしていた言葉や不安。『ドミネーション・チョイス』で共に共有していた時間での出来事だろう。日常で平日も休日も関係なく、ゲーム制作にその身を捧げ続けていた、その事実を彼女は口にしている。いつも無口寄りで、淡々と話をする彼女、けれどその実、そばにいてとても頼もしく思える彼女。その彼女が、僕がしてきたことは何も間違っていないと、直接的な肯定する言葉にしなくても伝わってくる何かがそこにあるような気がした。


 彼女が言っていることの大半は、ゲーム開発でのことだろう。現世に限って言えば年齢的な時間として考えればかなりおかしいだろうし、僕が普段何を思い、考えて行動しているかなんて、この部屋にいる人達には何一つ話したこともないのでわかるはずもない。ただ、僕の根底にあるものは何一つ変わっていない。転生した後も、成長していって幼児から子供に、子供から大人に、年を重ねていってもやっていることは恐らくこの先も変わらないだろうなぁ、とそう思う。


 それは現世で言えば領地や土地を開拓し、育て育むこと。前世で言えば、それは『ドミネーション・チョイス』に当てはめていたこと。僕は、シミュレーションで育て育むことを生き甲斐にできる程楽しいと思っている。それを誰にでも分かってくれと言うのは虫がよい話だと思っているし、独りよがりと言えばよいのかな? それはただの思想の押し付けだ。事、領地に関して言えば、国が傾くのは本末転倒でダメだけど、自分の領地をしっかり運営してさえいれば、基本的に問題はないということだ。


 例えばゲームのユーザーに運営側が、“これ”を実装したから“これ”で満足してね、と言って放置する。それではユーザーがいずれゲーム離れするだろうと言うこと。土台を作りながら、モチベーションを保ったり上げたりできるコンテンツを実装する。数字に表れない、ユーザーの感想や意見を拾い上げ、見落とさず、自分もまた同じユーザーの目線に立ちながらも運営側としてゲームを育て育む。言うのは簡単だけど、実際はままならないことの方が多い。だけど僕はそれが楽しいし、それに生き甲斐を感じるんだ。……誰だM《えむ》っがある奴だなとか思ってるのは。


 今はそれを領地運営に置き換えて行っている。土地を開拓し、改良を重ねより良い領地に育て育む。今は600人程度に満たない人口だけど、徐々に人口を増やしながら問題に取り組み、困れば家族や領民、書物や人材を見つけてより良い領地にしながら、領内を活性化させ続ける。問題も多く出るだろう、苦しいことや悔しい思いをすることだってあるだろう。それでも、家族や領民と手を取り合いながら苦難を乗り越え、砂を嚙む思いをしなくて良い誇れる領地にしたい。


 総括そうかつると、僕はシミュレーションが好きだ。その育て育む過程が特に大好きだ、と言うこと。それを笑われたのは気分が良くないし、何だか、今までの事を否定されたような不安感を覚える。それで落ち込みそうになったが、それをトヨネは言葉だけで一蹴りしてくれた。


「…………」


 しばらくの沈黙ちんもく静寂せいじゃく。それを破ったのもトヨネだった。


「突然の発言、失礼致しました。罰を御与えであれば、いかようにも」


「良い、……いや、笑って悪かった。わしはどこかで、自分の思う嫌いな奴と同じような事を考えていたのかもしれん。いや、考えていたのだろうな。軽んじてはならないものがあると分かっていた。だが、わしには、オルクスの言葉が真っすぐ過ぎた。立場は違えど、民衆を守り導く者であるわしが、笑うべきではなかった。許せ」


「俺もだ、注意していたつもりだがどこかにおごる自分がいたようだ。立場に胡坐をかいていたつもりはないが、話を聞いてどこかで馬鹿にしていたようだ。今はそれを恥ずかしく思う、許してほしい」


 国王やギルド長が謝罪を述べ、周囲の出席者達からも思い思いの謝罪を述べてくる。止めないといつまでたっても話が進まなさそうだ。僕は、タイミングを見計らい言葉を挟む。


「いえ、完全な悪意のある笑いではないと理解しています。僕の考え方が、正解か不正解か、近くで見ていてくれる者がいますから、僕はそれだけでもかなり恵まれているのでしょう。それに、もし間違ったなら正せば良い、もし正解なら、その中にももっと質の良い正解があるはずだ。探せ、捜せ、見つけ出して使いこなせ。誰が言った言葉か忘れてしまいましたが、僕が心に刻んでいる言葉の一つです。だから今の僕が、出来る範囲で出来る事をする。在り来たりで、当たり前の事ですが難しい。それがまた、僕を動かす原動力になります。それよりも陛下、大変申し訳ないのですが、品の取引を後日にして頂く訳にはまいりませんか?」


「何? どうしてだ? 何か用事か? それともさっきので……」


「いえ、僕の体質の問題なのですが、21時頃には睡魔に負けてしまうので……、そろそろ、時間が、です、ね――」


 僕はそこでくたっと項垂れて眠りに入ってしまった。僕が急にくたりと頭を垂れてしまい見動くしなくなったので周囲が慌てたが、その後の事はトヨネが取り仕切ってくれたようだ。僕としてはとても極まりが悪い事この上ないのだが……。


 あの部屋にいた出席者の中には今日や明日しか出れない遠方に住まう方や日程の組みにくい忙しい役職の方もいらっしゃっていたらしい。トヨネが僕を宿舎の部屋まで運んでから、宮廷にアイリスやルルス達を連れて再び出向いたようだ。遠方の方や、仕事で都合がつきにくい人を優先して、日時の取れやすい余裕がある人は、後日冒険者ギルドでの取引を行う約束を取り付けてから解散したらしい。


 そこでのやり取りを翌日の朝に聞いたが、大凡問題なく事は終えたようだが、いや、訂正する。一部えらいことになったようだ。そういうのは僕が起きているうちに取り決めてほしいのだけど……。おかげで寝起きの報告を受けて僕は、耳を疑いながらどうするべきか、考えに浸る羽目になった。



 ♦♦♦♦



 私の名はセヴィオ・アトル。王太后と呼ばれる、この国の国王の実母だ。さっきの出来事は久々に心胆を寒からしめられた。トヨネと呼ばれるオルクスの連れて来たメイド。あれの放つ冷ややかな冷気と言えばいいのか、その少女から抜けきらない年齢であろう容姿からは想像できない彼女の雰囲気に、周囲が一瞬にして凍り付いたような錯覚お覚えたのはほんの数分前だ。


 オルクスの坊やの熱弁に周囲が笑ったのを、言葉だけで氷漬けにして黙らせた。あのダンジョンを攻略したというのも頷いてしまいそうなその雰囲気に、私を含め部屋にいた者達は抗うことさえ許されず飲まれた。その彼女はオルクスを一度宿舎に寝かせに行ってからであれば、収集品の取引を行っても良いと言って来た。ただ、品が多く、取引相手も多いので応援を呼ばせてもらいたいと言ってきたのだが、その要望は真っ当であり、その方が助かるというものだ。宮廷にどこの誰とも知れぬ者をいれるのは問題かもしれないが、オルクスの従者達なのであれば問題ないだろうと、快く了承した。



 トヨネが応援の者を連れて戻ってきたのはそれから、さらに十分少々後の事。メイド姿の者がトヨネを含め5人に増え、執事姿の男性以外は全員が女性だ。その中にラクシェの覚えている者も数名いるらしい。聞くところによると全員がオルクスを主と仰ぐ者達だという。対応は基本的に女性が行い、魔術師風の女性と執事の男性等はフォローにまわるようだ。そして王族の対応をするのはアイリスと言う名前のメイドだった。私は急かしてくる自身の心を抑えながら彼女に伝える。


「すまないが、この王家の紋章と同じものが付いている品を全部出してほしい」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 彼女は革袋の中を手で探りながら、いくつもの品を丁寧ながら手早く出して並べていく。そして手際よくいくつかの品が出そろった中にそれはあった。これだ! 私は一つの品に無意識に手を伸ばしてその品をなぞるように触る。私が求めていたものが、求めて止まない気持ちを抑えきれないでいた物が、やっとこの手に。それは私が昔ある男性に送った小さな手鏡だ。男性に鏡を送るというのはあまり受けが良くないと聞いていたのだけれど、当時の私は悪戯をするような気持ちで送ったのだ。それが彼を見る最後となるなど夢にも思わずに……。鏡は割れた状態であるけれど、けれども、私がいくら願っても戻ってこなかった、あの人の形見となってしまった品の一つだ。そう、私の夫であったあの人の……。他にも破損しているが王家の紋章が入っている鎧や剣、マントなどもある。ああ、あの人に最後に会うことになったあの日、彼が着けていたものが一通り揃っている。


 私がその鏡を大事にしているのが気になったようで、アイリスと言うメイドが次のような事を告げた。


「よろしければ、その割れた鏡を修復した状態でお渡し致しましょうか?」


 私はその問いに、すぐさま首を振り申し出を拒否する理由を述べる。


「いや、気遣いには感謝するがね。この割れた鏡に、私の思い出が残っておるのよ。鏡の部分だけ交換しても意味はない」


 私がそう答えると、アイリスはならば尚更と提案してくる。それは私を驚かす内容だった。


「それでしたら、割れた鏡を交換せずに再生させましょう。その鏡に映った記憶が見れるようにすればより思い出深いものになるのではないでしょうか?」


 私は耳を疑った。そんな事ができるのかと。私は魔術にそれほど詳しいわけではないが、そんなことができる類の話など聞いたことがない。驚いている私に、アイリスは自身の口に人差し指を立ててこう言った。


「オルクス様が礼儀作法やダンスなどのレッスンを習えるのは、王太后様のおかげだと仰っておられました。ですので、これはそのお礼と言う意味とお受け取りください。ルルスさん、こちらの品に修復と映像の魔術を」


「はーい」


「王太后様には、映像が見れるキーワードを考えておいて頂けますでしょうか。修復も魔術もすぐに終わりますので」


「わかった。……言葉は、『思い出をもう一度』でお願いしようかね」


 私は半信半疑ながら、アイリスの要望にすぐに頭に浮かんだ言葉を伝える。嘘か真かすぐに分かるのだ。こんなところで嘘をつくようなことはあるまい。そう思いながらも半信半疑。こればかりは仕方がない、この目で見るまではある程度の期待を持ちながら、在り来たりな言葉ではあるが、その分覚えやすいものを選んだつもりだ。


 アイリスの声に呼ばれてきたのは、先ほど見た魔術師風の格好をした深い青髪の女性だ。ルルスと呼ばれた女性は黒いタクトを軽く振るう。そのタクトの先に光の粒子が流れ出しタクトの先から流れるように割れた鏡に吸い込まれていき、鏡は次第に割れた部分が水滴を繋げるように修復されていった。ああ、過去に持っていた状態に戻った。そしてついでとばかりに、ルルスはさらにタクトを軽く振り、鏡をコンとタクトの先で小突いた。


 その後の事、アイリスが私に、手に持ちキーワードを鏡に向かって告げるように言ってきた。私はそれに従い、言葉を告げた。


『思い出をもう一度』


 私は今さっき決めたキーワードを告げる。するとどうだろう、鏡が光り出して映し出したのは、私ではなく。


『セヴィオ、すまない。わしは生き急いだらしい。わしはこれから、文字通り死地に向かう。共に挑んだ仲間が少しばかり時間をくれたもので、名残りに駆られてお前の送ってくれたこの鏡に語り掛けている。どうか先に逝くわしを許しておくれ。わしの愛したセヴィオ――』


 短くも確かにあの人の姿と声音が聞こえた。そこで鏡の中の彼から言葉が途絶え、鏡に映っていた彼の姿が、愛しく想い続けたあの人の顔が薄れて消えていく。手鏡を持った手は震えて、視界は歪められていた。私は人知れず泣いていたようだ。アイリスから渡されたハンカチを借りて、目に溜まってこぼれていた涙を拭う。私の様子に周囲にいた御子等や国王の嫁達が気づいて、どうしたのか、何があったのかと様子を伺ってくる。幾人かは、品に問題があったのか、取引相手のアイリスの対応が悪かったのかと、私の周囲で騒ぎ始める。


「皆お黙り。品に問題はないし、対応にも問題はない。それどころか、深く深く感謝しきりだ。ただ、私が感傷的になっただけの事。周りでワーワーと騒がないでもらいたいもんだね。御子達も娘達ももっと礼節を磨きな」


 周囲を宥めて何でもないと伝えて、周りが落ち着くのを少し待つ。漸く静かになった一同を見て、私は対面するアイリスとルルスに礼を述べる。


「さて、アイリスと、それにルルスと言ったかね? 礼を言うよ。いくら望んでも、待ち焦がれても、私の手には、ついに戻ることはないだろうと思っていたものが、諦めていたあの手鏡が、今この手にある。しかもあの人をいつでも思い出し、この目で見ることができる、ついでに忘れかけていた声を聴けるなど……、魔術と言うより摩訶不思議まかふしぎな魔法のようなことが目の前で起きた。私はこの対価に何を差し出せば良いのか、いくら考えても思いつかないでいるよ。そうさな……、対価としては坊やが望むものではないかもしれないが……」


 その後に私が出した言葉に、周囲は大騒ぎになった。今頃眠りについている坊やが聞いたらどんな反応を見せるだろうか? ふふ、私の悪戯好きは、一生治らないようだ。それにあの人も、きっと許してくれるだろう。


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