第105話(3)

 教会の敷地に入ると、建設された場所と敷地を囲うフェンスが見栄え良く頑丈になって並んでいるのがわかる。鉄材がある程度の量入手できるようになったおかげだな。教会の敷地内では子供達が元気にしている姿を見れた。よく学びよく遊び、人と触れ合いながら簡単な仕事をこなす。

 シスター・センテルムに案内されながら話をしたが、新たに建設されさらに増設を加えられた教会は利便性が高いと好評だ。建築には従者の何人かが知識を小出しにアドバイスしていたらしい。

 その為、孤児の人数としても十分過ぎるほどの大きさがある。故に、掃除が少し大変だと子供達は愚痴を漏らすが、言いながらもちゃんと感謝しながら掃除をするのでかわいいものだという。


 そう言えば、教会をシスター・センテルム一人で管理してもらっているのだが、負担はないかと尋ねると意外な返答が。


「基本的なことは私の方で行いますが、雑務などの私でなくてもできることは子供達がやってくれています。特にアスリやアムさんが率先して、注意しながら確認も含め、不備のないように仕事を手伝ってくれていますね」


「へぇ、あの二人がね」


「アムさんは兎も角、アスリは元々頭も良く責任感の強い子です。金銭的に生活が困窮していた時とは違い、今では真面目な頼りがいのある子です。なんでも、目標ができたと聞いていますが、まだそれを教えてはくれません。目標を強引に聞く意味もありませんし、言いたくなったら聞くとは伝えています」


「なるほど。目標を持つことは良いことだし、アスリも頑張ってるんだね」


「ええ、私も助けられています。それとアムさんは、聞いた当初は驚きましたが勇者の適性があるのでしたか。普通の子供より理解が早く、見た感じも適応能力が高いということは良くわかる言動をしますね。読み書きも習ってすぐに覚えてしまいましたし。

 アスリの手伝いなんかを文句も言わずにやってくれて、他の子供達の面倒もしっかり注視してくれています。最初は無口な子かと思っていたのですが、面倒見がよく本の朗読も上手で小さな子からは朗読をせがまれる姿がよく見られますね」


「彼女の生い立ちはよく知らないけれど、引き取った手前順応してくれてると言うならそれに越したことはないかな。あー、そうだ。結構前の話になるけどバタバタしてたから先延ばしになってた件が決まったよ」


「と、いわれますと?」


「王都の教会で3つほどに分かれた、保護されていた孤児達の顔合わせさ。時間がとれるそうでウルタル殿下が立ち合いをなさるのだけど、それぞれに散らばった領地の子供達の様子を先に確認するそうだよ。今は季節的に寒いから移動には不向き、それもあって様子見だけ先に済ませるらしい。内容によって何か考えがあるようだけど、まだ詳しいことは聞いていないな」


「そうですか、顔合わせのことは先延ばしになったままだったので気にしていました。子供達には、そのことを伝えてもよろしいのでしょうか?」


「許可はもらったよ。陛下の話だと、孤児院の様子は抜き打ちでちょくちょく視察するつもりだそうだけど。領主と孤児院の管理責任者には通達はしておくとされてる。他の領地がどうなっているかは知らないけど、うちはこのままで良いと思うし、変に取り繕う意味はないからね。もしもここ以上に上手くやってる領地があるなら、その方法をここでできるか教えを乞うのもありだろう」


「ええ、恐らくここ以上の望ましい環境はないと思いますよ?」


「ありがとう、それならそれで良いんだけどね。話を戻すと、あくまで視察は殿下の都合であり、主な目的なわけじゃない。陛下や殿下は国が預けた依頼をそれぞれの領主達がちゃんとこなしているのかが気になるんだ。依頼料として給付金も出されているわけだからね。

 名目は子供達の様子を確認し、問題がないことを知る事にある。それでも子供達には関係ない話だ。以前いた場所の友人に会うことができる。シスターは、それだけを子供達に教えてあげてくれればいい」


 シスター・センテルムは静かにうなずいた。


「仰る通りだと私も思います。別れることとなったけれども、また会えるのだと。子供達も、その話を聞けば大変喜ぶことでしょう」




 シスター・センテルムと話をしながら教会や子供達の様子を確認していく。そこに久しぶりに会う人物が訪れた。


「センテルム殿、おじゃまするぞ。――おや? オルクス殿か、ご無沙汰している」


「こんにちは、トモエさん」


「トモエか、久しぶりだね」


「ああ、ここでの暮らしにも慣れたし、何かと便宜を図ってもらっているからな。私もこうして、偶にだが教会の手伝いをしているんだ」


「そうだったんだね。トモエは何を?」


「私は、簡単な基礎体力付けや剣の使い方だな。この国では剣は両刃が基本だが、素振りや扱いの注意点を私なりに指導している。子供から大人まで、基本的なものであれば、剣を変えても扱いの慣れで何とかなるものだ。別に剣でなくても短刀や道具の扱いにも役に立つ」


「それはまた、トモエらしいというかなんというか」


「むぅ! これでも私のやる訓練は人気があるのだぞ?」


「いやいや、馬鹿にしたわけじゃないんだ。気を悪くしないでくれ。トモエが目的をもって、領地や皆の為に働いてくれてることがうれしいんだよ」


「うぅっ、その顔でその台詞はずるい! 私は訓練に行くぞ!」


「え、おーい? あ、菓子のお土産あるから後で食べてよ! ……いっちゃったか。なんだったんだ?」


「やはり、オルクス様のそういったところが人の人望を集めていくのでしょう」


「ん、何の話?」


「いえ、独り言です。気にしないでください」


「うん?」


 センテルムは軽く微笑みながらも、それ以上は何も言ってくれなかった。トモエのその顔で――の下りはよくわからないが、教会に関しては特に問題と言える相談事はないようだ。


 ただ、僕が10歳を迎える頃に、領地は弟が継ぐことになるだろうと話したら、センテルムは少し考える表情になり、次のようなことを述べた。


「オルクス様、私はウルタル殿下、それに国王陛下のご指示によりこちらに身を置いています。元々私は不相応な身分でありながら、この教会の管理を任されているものと思っております。

 最初はオルクス様のお人柄を知らず、日々を不安に思っていたのが正直なところです。ここの現領主であるヴァダム子爵様や子爵婦人には、とても良くしていただいています。感謝の念に堪えない事です」


 センテルムが改めて感謝を述べ、視線をまっすぐ向けてきた。本題はここかららしい。


「ただ、印象という言葉で表現することはお許しいただきたいのですが。オルクス様がもしも、この領地からお離れになる時が来れば、オルクス様の庇護の下に集まった元奴隷の領民達は酷く不安に思うことでしょう。失礼を承知で申せば、オルクス様が領政を一切とらなくなった領地は、そこでの発展の勢いが緩やかに下がると予想できます」


「そんなことはないと思うけど、何故そう思うの?」


「今のこの領地の生活が、他の領地より高い水準であることをオルクス様はご存じでしょうか?」


「うーん、平均より高いとは報告を受けているけど?」


「そうです。並び立つ領地が近くになく、何かを発展させること、生み出すこと、向上させること、その他にもありますが、これ以上は望めなくなる理由があります。それは、周囲の領地に向上心があまりないからです。むしろ生活水準の高い領地から、理由を付けてお金だけ得ようとしてくるでしょう。ですから、足元をすくわれる形でもしかすると、言いにくいことですが利用され食い物にされる可能性もあります」


「しかし、一応は将来のこの領地の跡取りは僕ではないし、先のことは保証できないけど父上が土台を作り、ヘズンスがその土台を大きくしながら発展させる。どこの領地や家系でもそんな感じじゃないかな?」


「今はまだ、オルクス様がおられるのと、ヴァダム家の功績の継続が周囲を黙らせているのでしょう。ただ、繁栄した領地がだまって見守られるわけはありません。そのうち御弟妹ごきょうだいも成長されれば結婚されます。そうなった後や経緯でもめるのは世の常ですから」


「何を言いたいかは大体わかった。ただ、将来のことだけどさ。経緯はどうあれ、立場上ここの領政をいつまでも僕が口を出したり、手伝ったりするのは良くないと思う。そこに住まう人には申し訳ないのだけどね。僕はいずれここを離れる人間だ。無論、実家であるここで何も問題が起きなければ良いと思うし、ヴァダム家が困れば助けようとは思うよ。家族なのだから当然でしょ?」


「はい。仰る通りです」


「それに、良い意味で期待を裏切られて、すごく発展してくれるかもしれない。僕はその基盤を補強しているに過ぎないんだよ。だからさ、先に言ったようにその立ち位置は家名が変ってからは貫くつもりでいる。父上達との相談事だから詳しくは言える事ではないけどね。悪いようにはならない気配りは常にするよ」


「ありがとうございます。本来であれば、一介のシスターが領主様方の動向に口を挟むなど不遜なことで――」


「いいんだよ、そういうのはさ。世の中何物も平等じゃないけど、平等じゃないからこその目線があるんだよ。上から下から隣から、ざっくり外から内からもね。目線や物事の考えなんて無限にありそうなのにね。勿論、何かを成し遂げるために誰かが中心にいた方が安定するものだ。だけど、中心からだけの目線じゃわからない事なんて山ほど出てくる。

 意志あるものが多々いれば、意向が食い違うのは当然なことだ。それに人や動物、魔物や精霊やその他もろもろ。相容れない部分はあるけど、協力できる部分は何かしらあるんだと思うよ。それも対立が少なからずあるから容易ではないけどね」


「はい」


「何が言いたいかっていうと、物事の動向を制御できる人物は何かと判断に迫られてる。ほったらかしにしたら、いつか厄介事が起こるはずだからね。制御するだろう人物はものの見方を多方向から受け入れ吟味する。

 間違いは間違いだと指摘してくれる相手がいると直良し。僕は領地を管理する者としての義務は仕事の範疇はんちゅうであるけど。案外そういう仕事が好きなのかなって思ってるよ。だって、管理しているものは皆意志を持った流動性がある存在なんだ」


「流動性、ですか?」


「人の団体を、自然を、動物やその他の意志ある者の群れを、衣食住につなげるには有り余る時間と動力。そして、移り行く時代に、生活に活気を与えるお金の流れ。人が何かをするためには何かが動くし、消耗し、増えていくを繰り返すんだ。これって流動的だと思わない? ほっておくと、いつかはわからなくなっちゃうんだよ。そこにずっとあるかもしれないし、なくなってるかもしれない。

 生きとし生けるもの、時間が過ぎゆけば変化するものしないもの。今開拓している森だって、その昔は誰か住んでいたのかもしれない。それは誰がどれくらいの文明で生活していたの?

 わからないよね。僕等は今を生きてるんだから、過去の痕跡でわかる範囲知りえることもある。何もなければずぅっと放置された自然だった。ならばそこを活用するために、今何が必要かを考える。生き物や技術は日々進化するよ! それを見るのはとっても楽しい!」


「オルクス様……」


「生きていれば嫌なことも多分にあるけど、楽しみを増やす方法はいくらでも考え出せるんだ!」


「っ!」


「センテルム!?」


 一瞬何が起きたのかわからなかった。ただ、気づけばセンテルムが僕に優しく抱き着いてきているのだとわかる。


「どうしたのさ?」


「――やはり、オルクス様は、私達にとってかけがえのないお方だと実感したのです」


 痛かったり苦しくはない。むしろ、温かく心地よいセンテルムの抱擁に、僕は何もせず受け入れることにした。


「オルクス様、正直に申します。私はいつしか信仰心を失いかけていました。違いますね。信仰心を失い、ただ盲目的に子供達の事だけを支えに生きてきました。今のような生活は望めないのだと。ただ、神は試練を与えて試され続けていく。信仰だけでは、貧しい状況下で保護した子供達。いえ、私自身さえ何もできないのだと諦めていたのです。――救いなどないのだと」


 ――いきなりの独白である。驚きはしたが、彼女の言葉を遮ることなくつぶやきを拾う。


「オルクス様と初めてお会いして、殿下が突如現れ、私達は知りもしない領地に分かれての移住。全てが唐突で、わけもわからず流されてしまえば今の状態にあり、混乱から覚めてしまえば再び信仰を神に捧げています。――救いはあった。苦しくて、辛くて、諦めて、逃げ出してしまいそうな心をどうにか留めていました。私は都合が良ければ神をいないものだとし、環境が良くなれば神はいるのだと信仰を捧げる。都合の良いように神に、わ、私はダメな――」



「いや、そんなことないんじゃないかな?」


 僕は彼女の言葉をすんでで遮り自分の短く小さな手を、彼女の背中にできるだけ回しポンポンと軽くさする様に叩く。彼女は少しびくっとしたけど、こちらはかまわず言葉を繋いだ。


「シスターと言ってもね、信仰心があれど人間だもの。環境によって心が弱くなる時もあるさ。状況に流される時だってある。苦しくて辛い、諦めて逃げ出すこともある。でも、センテルム。貴女は逃げなかったじゃないか。信仰心を一時失おうと、子供達が切っ掛けであろうと、貴女の中にある良心が最後まで貴女自信を支えていたんじゃないかな?」


 ゆっくりと言い聞かせるように、彼女の心が軽くなるように努めながら言葉を選びつつ励ましていく。言葉だけでは軽いとは思いながらも、彼女が背負ってきた責任という重みを、理解しているし支えていこうと思っている。そんな気持ちで言葉を紡ぐ。


「どん底を経験した貴女なら、今からだって失ったと思ってる信仰心を取り戻せる。今ある環境がどうしても手放せない気持ちもわかるよ。人はより良い環境を求める生き物だ。でも、求める目標が同じでも環境は全然等しくはない。わかってることだ。当たり前のことだ。要は、その目標にどう進んでいくかが大事なんじゃない?

 僕は子供達の幸せや成長も大事だけど、センテルムのように頑張れる、心情を正直に吐露できる人にこそ、もっと幸せになってもらいたい。領民だからって理由だけじゃないよ?

 一生懸命努力して頑張って生きてきたんだから、貴女も報われるべきだ。環境や都合なんてその時々で良くも悪くもなるんだしね。辛かったら愚痴って良いよ。貴女が無理だと思うことでも、相談してくれていいんだ。君はダメじゃない。一人じゃないよ」


 しばらく彼女の小さな震えが治まるまで、僕は彼女に語り掛けた。なんていうのか、この場合年齢は関係なしにセンテルムの人柄が僕は好きだ。真面目で実直な人物は好感が持てる。彼女にならこの場所を任せられる、その思いは更に強くなった。



 それからどうなったかって? 野暮なことは聞きっこなしさ。



 ♦



 僕は領地を回って、幾つか村落が開拓され、農村から街へ発展した場所を視察していった。


 父は各所に責任者として村長と、管理や警らできる部下と兵士を配置したようだ。村では農村を中心としたルールを作り、元奴隷の人間もそこに溶け込んでいるようだ。村を起こすって、意外と大変なんだよ? ちなみに、この世界の村における住人は、基本的に農奴と自由民、家畜を育てる牧人ぼくじんなどが多い。領主である父が所有する土地は荘園しょうえんがあり、そこに農奴が出入りしている。自由民とは領主からの賦役ぶえきを負う義務が免除された者、村長や聖職者などを主に指す言葉だ。


 そういう意味では、シスター・センテルムも自由農民と言えなくもない。これは蛇足かな。



 兎に角だ、人口が少ないと収穫や収益が少ないのは当たり前だ。だが、人がいても村を作るための基礎地域がなければならない。基礎地域はいわばと耕地形態を整える土地だ。耕地は農地一帯を指す場所のこと。


 農奴って聞くと自由がない、収入がない貧困層ととらえがちかもしれないが、実のところそうでもない。一部の農奴は自分の邸宅と言える家を持ち、収入も蓄えもしっかりある者達だって存在するんだ。以外かな? 勿論、その住んでいる地域や領主の采配で、今挙げたような環境には到底恵まれた環境になれっこない農奴だって存在するのは確かだけどね。そもそも、ほとんどがそうだと言っても良い。


 自由民は農奴を雇い生活するのが一般的で、領地により農民の上位順位は自由民であり、それ以下は準自由民ソークマン、農奴、小屋住農コターズ、最後に奴隷となっている。自由民と農奴の明確な線引きはないのだが、農奴の中でも財産を築き相続できるものがあれば自由民とされた場合もあるようだ。


 総括するに、地域の違いや時代の流れにより農奴の地位は上がったり下がったりしたようだ。その時々の名残によって農民にも格差ができたというわけらしいが詳細はよくわかっていない。大雑把に言えば財産を何とか築けたていた者が、次代に相続を繰り返した。その継続が地位の上下関係を形成し、農民の中でも順位を生み出す結果になったと言ったところだろうか。


 ちなみにだが、現在のヴァダム家にも今尚奴隷がいる。ヴァーガー達奴隷商から買っているからね。奴隷制度が悪い印象を持たれているのは、ある種の人命に対する価値観が高い認識を持たれた時代に入り、何かしらのスローガンを掲げた革命などにより人命が尊重されるようになった時からだろう。それが日常として当たり前になった現代人には受け入れられない人もいるはずだ。


 ただ、奴隷と言っても一括りにはできないカテゴリーが存在し、奴隷商も奴隷を人間として扱っている場合に限り、人の尊厳が守られていると言える。今いる世界では悲しいことにそう言った認識がまだ低い。むしろ、村の中の住人を売ることで村が成り立っているとさえ言える現状を抱える地域すらあるのだから。



 さて、こんなことを言いながら僕は領地を回りつつ、村々を視察ついでに情報を集めている。人間は個人であれ集団であれ、やはりと言うべきか欲を出す者達が必然的にいるからだ。


 僕が持っている情報源は父上達が集めたものだが、良からぬことを企てて実行に移している者達の存在があるようだ。領主と言えど、目の行き届かないところで何かしらあると言うのは頭に入れて管理するものだからね。村々には調査を行う為の人材を潜り込ませたりしているとのこと。


 罪状は主に資材の売買、つまるところ横流しと横領だ。我が領内でこんなことが起きているとは嘆かわしい。そう漏らす父やビジルズには同情するが、人の信条から来る悪事を未然に防ぐ手立ては基本的にない。あるとすれば、罰則を厳しくすることにより、連帯責任として村の負担を増やしたりすることで、お互いの不正を村の中で監視し合う形を作り出すくらいだろうか。


 信頼と信用、切っ掛け一つで両方とも失う脆いものなんだよね。他人事みたいに言うけど、実情はそういうことだ。甘い顔をし続ければ付け上がり、環境が悪くなれば不満を漏らす。一概に悪いことではないけど、人種問わず手っ取り早い方法が見いだされないのが人間関係だと思う。


 貰った情報によれば、容疑がかかっている村の村民で、何が気に入らないのか領地を出て行った者達の集まりだと言う。こんなことを言うのもなんだが、奴隷の入居が徐々に定着していっている今、不満を持っているなら出て行ってもらっても問題はない。収益が減るのは問題だとしても、横流しや横領までされたとあっては見過ごせと言う方が無理だからな。


 従者を使って逐次見張らせる手もあるが、今回はそういう手段をとらない。なんでもかんでもこの手で解決すると、いざという時に警戒されるし、解決手段を考える応用力がなくなってしまう。最終手段としては良いのだけど、現状で把握している情報で解決できれば父やビジルズの顔も立つと言うものだ。


 


 巡視と言う体で村に到着した僕は、先ぶれを出して用意されている村長の家にお邪魔することにした。別に宿泊目的ではないので、要件を伝えて村長自身の考えを聞いておこう。



「ようこそ、おいでくださいました。何もないところですが、お茶くらいはお出しできますので少しお待ちください」


「ありがとう。村長、以前この村から出て行った。勝手に出領していったけど、結局戻ってきた連中の事なんだけど」


「はい、困った連中でしてな。こう言っては何ですが、今の生活が楽になったのに飽きてしまったとかぬかす連中です。2年も前の生活が嘘のように向上した後、この領地の改革がもっと早ければ、自分達はもっと豊かな生活を送っていたのではないか。そういう罰当たりな考えを平然とのたまう連中ですな」


「でも、連中といっても元々ここの村民じゃないか。そこまで言うのは、他にも何かあるのかな?」


「はあ……。言いにくいことではありますが、オルクス様に、ひいてはヴァダム家に仕えていたわけではありませんが、兵士として徴兵された者達の子供が中心となっています。年齢は18前後の7人ですな。親を失って生活が苦しくなった後、改革のおかげで良い生活が送れるようになったのですが、領主様達のやり方が今になってうまくいったことに気を良くしていない。言ってみればひがみですな。ただ、徴用で親を亡くしたのは事実ですから、私共も強くは言えないところもあります」


「なるほど。村長としては、連中をどうしたいとか考えている?」


「領地を出て半年も経たないうちに帰ってきた連中です。それに18歳となればもう大人として自立していい歳だろうとも思っております。村長として、厳しいことを言えば、好き勝手に振舞う連中の起こしたことで、他の村民に被害や負担が出ると言うのは見過ごせません。最悪は村から追い出すか、他の村に行ってもらいたいのが本音ですな」


「擁護はしない方針だと?」


「はい。連中は分かっておりません。未だかつて、今の環境がどれほど恵まれているのかを。それを成した領主様やオルクス様が、領民の生活をよく考えてくださっていることも。今の時代も徴兵など当たり前なのですから、むごい言い方ですが死んだ親を誇りに思って、自分は自分で生きるしかないのです」



「……そっかぁ。村長としては正しい判断なんだろうけど、このままじゃ彼等は追放することになるし村の人口も減ることになるけど」


「これも言いにくい話ですが、連中は畑仕事を放棄していますので。それに仕事らしい仕事もしておりません。追放されても仕方なかろうと思います。ただ、村に対しては何卒穏便に取り計らっていただけますようお願い致します」


「んー。穏便にと言われても、流石に何もお咎め無しって訳にはいかないのはわかるでしょ? 処罰無しでは、他の村で同じ事案が出る切っ掛けになるし。そうだな、2年以上は2割から4割の増税か収穫の納品量の増加という罰を村に対して課す。勿論、生活の悪化を望んでるわけじゃないから、こちらの視察が調査することで調整はする。なんらかの災害の際も適度な調整をした上で、無理のない税の取り立てをする。こんなところか」


「に、2年以上ですか……」


「納税や収穫して納品する量が多ければ、2年で終わることを意味する。こちらの定めた規定に満たなければ期限を延長するってことだよ。最終的な取り立て上限は先に決めておくことで、不平不満はでないようにする。

 村民の管理は村長の役目だし、不作の際の補填や村民の不正を正すのも村長の役目のはずだ。でしょ?」


「……はい」


「ただ、今回は主に村民の一部が暴走したこと。それにより村事態に対しても少なからず悪い影響が出ていること。もろもろの事情を加味して酌量の余地は十分あるから、それほど重く罰は下らないはずだと思う。僕からも村長の意向や、彼等の事情について父上に報告するからあまり思いつめなくていいと思うよ。後は父上の裁可が下るのを待っておいてほしい」


「わかりました。オルクス様がそう仰るなら村としても意見するようなことはございません。よろしくお願い致します」


「うん。どっかの領地じゃ、人や税収は畑から勝手に生れ出るような扱いをするけど、そんな訳はない。村の規模や人口に見合う扱いは最低限順守して管理するのが当たり前だと思うんだけどね。まあ、他の領地の事をとやかく言っても仕方ないか。ただね、これだけは覚えておいてほしい。

 2年前に起きた戦働いくさばたらきで、僕の父上や徴用で参加した者達は命懸けで責務を全うした。その恩賞で資金を国からたまわることができたんだよ。切っ掛けはどうあれ命懸けで稼いだ給金だ。

 それで親が戦に参加して命を落としたとしても、その給金を受け取り無駄に使っている時点で彼等が何を言っても愚痴にしか聞こえない。僕は親の資産を食い物にして生きている人間に興味はないんだ。少し甘やかせすぎたかもね」


「……そうですな。仰る通りだと思います。私共も甘く接し過ぎた部分はありました」


「まあ、そんなに肩を落とさなくていいさ。僕は村長達を責めてるわけじゃない。このご時世で親を亡くすことは多かれ少なかれあるものだ。親を亡くすことを当たり前なんて肯定するわけじゃないから、村の皆が彼等に同情するのだって分かるよ。

 だけど、18歳前後の成人した人が口実に親を亡くしたと言い、領主の一族に文句を言い、村に迷惑をかけて周囲の同情をかさに着てしまっている。加えて本来なら大事に使うはずの親から引き継いだ命金いのちがねを浪費しかしていないなら尚更だ」


「再三の説教はしたのですが、懐が膨らんでさらに豊かな生活をおくれる様になった。当面は遊んで暮らせるのだと勘違いしている者もいれば、この領地の外はここよりさらに過ごしやすいだろうと思い込んで外に飛び出した挙句、当てが外れて戻ってきた者は口々に愚痴を言います。思っていたのとは違う、もっと遠くに行けばここよりも環境が良い場所が見つかるだろうと……」


「本気で思っているなら呆れたものだ。外を見て回ることで見識を広め、自分の状況を知ることは良いだろう。むしろ、そういう機会が少なかったのだし、興味が出てくる者がいてもおかしくはないね。

 経験させるという意味で今回は領地の出入りに目を瞑ったんだけど、それが逆に彼等の思い込みを助長させてしまったようだ。その点は領主であるこちら側にも問題があったかもしれない。だから今回は注意ではなく罰を与えることになった。

 繰り返すようになったけど村が罰を受けることで、問題のある彼等の対処に正統性が生まれるわけだ。村長達はとばっちりを受けたともとれるが、管理している村民なのだからお咎め無しというわけにもいかない。悪いけど他の村から同じような者が出ない為にも、領内の戒めとしての意味でも罰は受けてもらう」


「承知しました。全てお任せいたします」



 これで、領内でのヴァダム家の威厳と秩序についての認識を改めてもらえるといいけど。領主一族が領民に舐められた場合、秩序や規制が引き締められないこともある。恐怖政治みたいなことをするつもりはさらさらないけど、何につけても甘い対応だけを見せ続けることは害悪だ。


 父上も領地の事では、とても厳しい面を持っている。今回は父上からの要請で僕がある程度の勧告をする姿を領民に見せる為に、というのも含まれている役割だった。数え年で7歳になるわけだが、こんなちんまい子供でも領主の一族。そう印象付けることも、父上の言いつけを実行する能力もあるのだということも併せて周知させる必要があったのだろう。


 とりあえず今日は外での用事は終わったと思っていいだろう。僕は帰りの馬車の中で軽く一息入れる。

 


 ♦



 外での用事を終えて、僕は屋敷に戻りついた。


「おかえりなさいませ、オルクス様」


「おかえりなさいませ」


「ああ、ただい、ま……? あれ? レムルは分かるんだけど、リーレイ嬢? どうしたの? 使用人用の服まで着て」


「あの、その。御停めしたのですが……」


「いえ、お世話になっているのですからこれくらいのことはさせて頂きたくて。無理に私からお願いしたのです。お気に召さなければお許しください」


「いや、お世話になるも何も。リーレイ嬢は客人であって、我が家で滞在してもらってるだけなんだよ? そんなことしなくても良いと思うんだけど」


「私の我儘です。私やお母様の厄介事でご迷惑をかけているのに、何もしないわけにはいかないと思い」


「あー、うん。気持ちは有り難いのだけど、せめて使用人の格好は遠慮してくれると助かるかな。屋敷の中だからまだいいけど、見る人が見ると僕が強制でさせてる様に思われるからさ」


「あっ! それは……、浅はかでした。申し訳ありません」


「まぁ自主的にしてくれるのは気持ちだけ受け取るよ。ただ、この領地ではあまり都合がよくないと言うだけだからね。うーん、時間を持て余してる様なら少し話でもしようか? レムル、リーレイ嬢の着替えを手伝ってあげて。終わったら僕の部屋まで来てもらってくれるかな?」


「はい、かしこまりました。リーレイ様、オルクス様もこのように仰せですし、一度お着替えに参りましょう」


「わかりました」


 ううーん。どうしたものやら、という感じだな……。



 僕はとりあえず、領地であったことを父上に報告しておこうと思っている。共有事や認識の擦り合わせは早いほうが良いからね。そういうわけで、レムルに促されたリーレイ嬢を見送り父上の執務室に向かう。




「父上、オルクスです。今お時間よろしいでしょうか?」


「ああ、帰ったか。入りなさい」


「失礼します」


 その後、領地の様子や任されていた用事を消化した旨を報告する。


「なるほどな。報告は把握した。問題を起こした村の事も後はこちらで引き継ごう、ご苦労だったな」


「いえ、特に難しいことではありませんでしたし、任せて頂いたことも処理できたと判断して頂ければ苦にもなりません」


「……そうか。お前も知っているとは思うが、農奴に移住権が許されることは少ない。我が領では概ね緩い部分もあるのだが、税収が減る要因を報告もなしに行うことは原則処罰の対象だ。理由はどうあれ、村の問題事は村長にある程度任せてはいるが、解決が難しい問題があるなら早期に報告をする義務はあるからな」


「その辺りは村長側もわかっていたようです。ですので――」


「ああ、分かっている。お前がていした条件で処遇を伝えるとも。付け加えする内容も殆ど厳重注意にとどめる」


「ありがとうございます」


 父上は机にある用紙へ筆を走らせ、内容を確認した後ビジルズに渡す。


「さて、オルクス」


「はい」


「先ほど、宰相様より手紙が届いた。いや、呼び出しなどではないから身構えなくていいぞ。内容としては、検討してほしいと言うものだった」


「検討、ですか?」


「そうだ。マヘルナの統制を進める為、今現在ユピクスで人手が足りていないということはお前も知っていると思う」


「はい、聞き及んでおります」


「手紙にはマヘルナでの統制が思いのほかうまく回らないらしくてな。信用に足りる人手も人材もいない状態では流石にバインク殿下も首が回らないそうだ。そこで、お前の従者で信用でき、能力の高い者をバインク殿下の下に派遣してほしいとのことだ」


「私の従者を?」


「宰相様が言うには、この提案は陛下から直々にでたことなのだがな。判断はお前に任せると言われている。陛下はこの件に対し、諸々出る反対意見を殆ど聞き入れないらしい。余程お前を信頼しているのか、他に考えがあるのかはわからんが、返答はお前から出しておきなさい。もし、何か相談があるのなら宰相様が時間を割いてくれるそうだ」


「わかりました。私から否はありませんので、話をお受けしようと思います。ただ、詳細を詰める為に宰相様にお会いする必要はありますが」


「それでいいだろう。お前に問題がなければ連絡だけ先にしてくれ。後は先方が不足している人材をリストにしてくれるそうだからな」


 父上との業務的会話を切り上げ、その後は軽く雑談をしてから部屋から退出する。久しぶりの実家での夕食は懐かしい感じでおいしく頂いた。夕食後の雑談は気軽いものであった。弟妹達とも土産話で盛り上がり、あまり時間が取れてやれていないことを心苦しく思いながらも今の時間を大切にしたいと感じる。



 ♦



 時間も丁度良い頃合いとなり、弟妹達は先に就寝。その後、リーレイ嬢達の部屋へも顔を出して様子を伺い軽く雑談。長居する時間でもないので早目に御暇し、廊下に出た頃、僕にもふと眠気がさしかかり始めたので、就寝する旨を通りがかったビジルズに伝え自室へ。


 なんとなく気だるげになっていたので、そのまま何も考えず布団にもぐり眠ることとした。





 そして気づくと夢の中。僕は何気に重い瞼を開くと、何故かそこには女神カルティア様が……。視線が合って一言目に挨拶が交わされた。



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