第106話(1)
「目覚めたのね、おはよう。……というのもおかしいけれど」
ふふ、とカルティア様は微笑みながらやさしく僕の頭を撫でられる。
「……あ、おはようございます。すみません、まだ意識がはっきりしてないみたいで、何が何やら」
そんな不遜にも気安い挨拶をかわし、僕は現状を把握するように視線を動かす。どうやら僕は、何故かカルティア様に見られながら同じベッドで横になっているらしい。
「良いのですよ、横になったままでいなさい。疲れているところ貴方を起こしてしまったのだから、謝るのはむしろこちら。それに、私も今はくつろぎたい気分なのです。落ち着いたら、このまま大事なお話をいたしましょう」
「は、はあ、カルティア様が良ければ」
カルティア様は大事な話があると言うが、よいのだろうかと思いつつも身体は気怠いのでこのまま身を任せる。それから絶妙な間を置きカルティアは話し始めた。
「マヘルナの件は改めてお疲れさまでしたね。少しずつ落ち着いて来ているようですが時間は未だ必要なようですけど」
少しして、笑みを漏らしたまま、僕の髪を軽くなでながらカルティア様は話を切り出した。僕はそれに応える。
「その様です。人手が足りないとのことで、バインク殿下から僕の従者達を派遣してほしいと要請がありました。従者達は優秀ですし、マヘルナの城内で警備も兼任するというのが妥当だと思っています」
「そうですか。その方針で良いとは思いますが、後々の懸念材料が残っていますね」
「従者達の処遇でしょうか?」
「そうです。彼ら彼女らの主人は、結局のところ貴方であることは変わらないのです。貴方がバインクに従い行動せよと言う指示は聞くでしょうが、彼らは貴方の不利益になるようなことは拒むでしょう。さらに言えば、その後の従者達への引き抜き活動があるのは想像に難くない。しかし、かたくなに応じないことは、バインクへの反発とみなされる」
「もしくは、僕がバインク殿下に成り代わって、マヘルナを掌握すると邪推する
「ええ、その辺りは予想していましたか?」
「はい、多かれ少なかれ疎まれることは起きると思っています。対応としては、後々国王陛下である彼にお願いしようと思っていますが」
カルティア様は目を細めてほほ笑んだ。が、少し困ったような声音で僕の返答に応えてくれた。
「人間の欲というのは深いものです。そのうち、貴方を傷つける有象無象は増えていくでしょう」
「覚悟はしているつもりです。今のままでは事態が落ち着いた後にカルティア様が仰られる輩は捌き切れないかもしれません。どんなに力をつけたとしても、僕はユピクス王国の貴族で臣下ですから。
多数が言い出せばいずれ、国王陛下は嫌でも聞き入れなければならない場合があると考えています。
ただ、これは俗物的な言い方になりますが、僕が今後ヘイリーやラクシェと結婚すれば、周囲もそこまで攻撃的なことは言ってこないと思っています。彼女達を利用するような言い方で気が引けるのですが」
自分がいま女神様から視線を外していることを意識したまま、僕は苦い笑みを見せている。いくら言葉を飾ろうが、僕は婚約者たちを利用しているのは明らかなのだから。ただ、この考え以外では、周囲の反感を抑えることはできないとも考えている。
「そうですね。仮にですが、どうにもならなくなったら、どうしますか?」
「……そうですね。結論から言えば、遠い異国に逃げるのも良いかもしれません。実家に多少迷惑が及ぶかもしれませんが、僕はその頃には実家から独立していますし。現国王の彼がいる限り、国からも無下にされるようなことはないと信じたいですね。最悪、僕だけの責任として今ある領地を返上して誠意を見せつつ、目立たない場所に拠点を作るのもいいかと」
「――着地点としては、妥当なところかもしれませんが。やはり、場所を変えても同じ状況が繰り返される可能性もあります」
「可能性は否定できませんが、先の事を怖がっていても埒が明きません。その時は居場所を守るためにどんな形であろうと戦うしかないと思っています」
僕の意思は伝わっているだろうか。そんなことを思いながら視線をカルティア様にもどした。
「因子の節理はいかんともしがたし――。わかりました。貴方の意思と決意の言葉、しかと聞きました」
カルティア様の真剣なまなざしは瞬きの間に納まった。再び優しく髪をなでられながら、僕はこんな状況で決意表明というのは締まらないなぁとも思った。が、嘘偽りはないのだからまあいいかと考え直した。カルティア様は気にした様子もなく、しばらく優しい笑みを浮かべていたのだが――。
『おやおや。おくつろぎ中だったところでしたかね?』
「……勝手に他の神域に侵入するとは、どういう了見か?」
今まで聞いたこともない声と、それに対するカルティア様の心底嫌そうで不機嫌な表情。一瞬当惑してしまったが、僕を置き去りに二人の会話は進められていく。
『そう怖い目で睨まないでほしいものだ。私とて、不干渉が暗黙のルールなのは心得ているのだから。そんなことより、君の疲れの原因たる
「……また、ですか」
『正直、こちらもうんざりしているのさ。自分の管轄に問題児が来られて、私のほうでも手を焼くしまつ。何とかならないかと思って相談に来たわけなんだがね』
「それで私の方に来られても困るのだけれど? 何が悲しくてあれの後始末など……」
『それはそうなんだが、相談というのもそこなんだよ。私は修復作業というのがどうも苦手でね。つじつまを合わせるのに難儀しているのさ』
「そこで何故私に?」
『だって君、そういうの得意じゃないか』
「冗談ではありません。得意でやっているのではなく、頼まれてせざるを得ない回数が多いからやっているだけでしょ!」
『いや、わかるんだけどね。そこはほら、なんというか同じ管理者のよしみで――』
「私とて苦労してやっていたのですよ? 自分の管轄以外でも貴方のように相談者が多くて! よしみで付き合っていては気苦労で倒れてしまいます」
『ふむ、思ったより苦労されているようだ。しかし困ったな』
「当てなら他の神々もいるでしょうに」
『既に複数に当たったが袖にされたよ。取り付く島もなかった』
僕の存在はないものとして話は続けられているが、掻い摘んで聞く感じ困り事の相談のようだ。おそらく神様同士の口がはさめない次元の話なのだろう。
「はあ……」
布団をめくりベッドから起きられたカルティア様は、突如として出現した椅子に腰を落とした。僕も慌ててカルティア様の後ろに待機する。
「で、今度は何?」
『三つの世界を無理やり繋いで混乱させるようだ』
「は!? 馬鹿なの!?」
『現に世界の基準である階位を無視して、ランダムにダンジョンなるもの理を捻じ曲げてしまった』
「ダンジョンは本来、資源やレアな効果のあるものを産出し、人間の意欲を向上させるために設けたシステムでしょ」
『その通りだが、あれは世界を結び付ける紐ていどのあつかいにしてしまった。今頃は紐づけされた世界の神は対応に追われているだろう。私のようにね』
聞く限り大変なことがあちこちの異世界で起こっているようだ。だが、一介の転移者である自分にはどうしようもない事象なのだろう。ただ聞いているのを歯がゆく感じる。
『ところで、君にしては珍しく従者でも雇ったのかね?』
「従者? そこまで負担をかけているつもりはないけ。彼には
『(……そんな関係の物を寝床に置くか普通)そうか。切羽詰まっていたところとはいえ無粋な真似をした。ところでなんだが、少しでも人手が必要なのだが、その者を私に貸してはくれないか?』
「この子を貸せと?」
「雑用役と言えど君が目をかけえているということは、それなりに役に立つ能力を持っているのだろう? 正直言えば、今は人材も資材も厳しい。特に食料や医療品が枯渇状態でね。スキルとして回復魔法が使える者もすくない」
「切羽詰まっているくせして、本人は勿体付けたように余裕ぶって喋るから反感を受けるのよ。困っているならそれなりの態度で対話するべきだとは思わない?」
『指摘はもっともだ、私も直そうとは思っているがいかんせん癖というものは、やすやすとは抜けないものでね。最終的に君に頼ることになった』
「オルクス、発言を許可する。今までの我らの会話から導き出せるお主の考えを述べよ」
「はっ、一つは状況がひっ迫しているというものですが、どの程度のひっ迫具合なのか。私の役割としては物資の搬入だけすればよい、というわけにもいかず現地人と協力し情報を得なければならないこと。文明がどの程度のもので、私や部下が扱えるのかも不明、敵対勢力がいるというその敵の知能と戦闘レベル、これもわかりかねます。情報の引き渡しが即時なされるならともかく、ひっ迫している困っていると申されても、何から手を付けるのが優先なのかを教えていただきたく」
「まあ、当然の事よな。何もわからぬまま荒廃した世界に放り出されれば大抵はそうなる。ようは情報が少なすぎる。お主の悪い癖よ」
『……面目ない。現状の状況はこの玉に、敵への対処はこの玉に。それぞれを触り吸収してもらえれば言語で話すより手間が省ける』
彼の手の平から二つの透明な球がこちらへ近づいてくる。それをちゅうちょなく振れる。まずは――。
「はい」
現状の状況についてまずその情報が知りたくて、提供された玉に触れる。情報が流れ込んでくる。
「これは、転生後の記憶の混同に近い感覚ですね。なるほど、惑星はほとんど地球と同じレベルの発展度。洞窟型と遺跡型があり、ダンジョンの外でもモンスターが活動している? 洞窟型は期限が来るとスタンピードを起こしてるのか。半年で惑星の全てが侵略と称して相手を敵と認定している。反撃もこの頃からはじまっている。しかし、洞窟型はともかく、遺跡型は時間経過で高出力のエネルギーレーザー? 休む暇さえ与えないつもりか。正直でたらめだな」
「で、お主自体は何か手を打っているのか?」
『上位の位階者からの祝福と増援、私の世界の有力者にレベリングによる恩恵。あとは定期的に紐でつなげられた他の世界との位階者と取り組んで、相手のシステム的な弱体化を定期的に行っている』
「手は尽くしているようだな。それで手こずるということは、
『現地人を惑わせるのはよくあることだ。階位者同士は直接的なことはできないからな。あとは、余力のありそうなほかの頭の足りない階位者からも定期的に恩恵を受けているとみている』
「そこまでやられて、うちの子がどこまでできるか。はっきり言えば絶望的だな。一時しのぎにしかならんだろう」
絶望的か……。階位者二人が話しているのを横目に、二つ目の玉に手を触れると、世界の混沌の前触れから事態の起こりと経過が知識として理解できるようになった。
事態が混乱している中でも、混乱に乗じずまとまって抵抗しているグループもあれば、最低限のバリケードで資源や資材の確保を行っているグループもある。彼らはあきらめるのではなく、いつ終わりが来るかもしれない日を懸命にあがきながら活動しているようだ。全員が全員絶望しているわけではないということか。
「……それでも、諦めていない人がいるならば、小さくとも手を差し伸べることができるならば。僕は死地にでも地獄にでも赴こうと思います」
僕がそういうと、女神様は何も言わずむしろ、にたりとした表情を浮かべた。僕の言を予想しているようだ。
『まことか? それは助かるが、そちらにも都合はあろう』
「確かに、問題もあります。カルティア様の世界での自身の存在が消えると、いらぬ噂が立ち面倒が起こると思うのです。もしも、可能であれば自分の分体か、変わり身をもうけたいのですが、可能でしょうか?」
「ふむ、周りに悟られぬように、ということだな?」
「はい。婚約者や従者には情報共有しますが、殿下達に知れると面倒になるかと」
『それなら、私がその分体を用意しようじゃないか。ステータスは傾向と望みの職種、種族、性別も変化できる』
都合のいいことに、困っている世界の種族はカルティア様の世界と同じ人種で構成されているようだ。
「まるでゲーム世界じゃないですか」
「あ奴がそうしたんだろう」
『ご名答。で、どうする?』
「従者たちの召喚が許されるのならば、現状のままでいいとは思うのですが。僕自身守られるだけの身分にはなりたくありません。従者たちは、僕の魔力を糧として行動しますので、できれば種族も魔力が一番伸びる成長性のあるものにしたいです。欲張りに言えば、身を守れて周りに持続可能な補助や回復が使用できるとことを望みます」
『欲張りというか、ある種の傾向の一つといえよう。あいわかった。望む傾向のクラスを見繕って私とカルティア殿の加護をつけておくとしよう。それと、あちらでは今望んでいる傾向のクラスは女性になるが……、まあ、気にすることもあるまい』
「え?」
「オルクスよ。
「え? 一日ですか?」
『おや、そろそろ夢の世界が歪み始めている』
「誰かがオルクスを起こしに来たのだろう。オルクス、何が必要かは先ほどの会話からメモとして補助のナビから聞き出すがよい。急げよ」
『そうそう、こちらからもうまく調整はしておきますので、その補助のナビから詳しく聞いておいてください。あ、申し遅れました。私はアガマサと申します。ご助力に感謝します』
「アガマサ様……。よろしく、おねがいし――」
その当たらりから視界はぼやけ、聞きなれた声に目覚めの感覚を得ていく。
『中々素直な人の子のようですね』
「お主が邪魔せねばもうすこしのんびりできたものを」
『ことが無事済めば、何かの形でお返しいたしますよ』
「言質はとったぞ」
★
目覚めのぼんやり感が抜け始める。
「オルクス様、お目覚めのお時間ですが、……いかがなさいましたか?」
「おや、トヨネよくわかるね」
「これでも初期の頃からオルクス様を見てきましたから」
「うれしいことを言ってくれるね。さて、今日は皆に共有することがあるから先にナビさんと話をしておこう」
僕はベッドを抜け出し着替えると、僕の横に光が収縮していく。何事かと思ったが、光の正体が鏡に写り自分と同じ格好をしている。
「やあ、僕の本体。アガマサ様より分体としてこちらで活動することを仰せつかってきた」
「君がそうなのか、よろしく頼む。ほんとに瓜二つ、兄弟みたいだな」
「詳しい話は後程共有させてもらうが、さっそくで悪い。君には、アガマサ様からあちらの世界で動いてもらう身体を用意させてもらった。こちらの球体も触れればステータスからスキル、契約された守護、などもろもろ集約されるだろう」
なるほど、儀式などがなく手っ取り早くて助かる。
「では早速――」
「オルクス様、先ほどから話が見えないのですが」
「すまない、トヨネ。先にこちらだけ終わらせてもらうよ。詳しい話は後程ね」
そう言って僕は腕輪を頭上に掲げて瞳を閉じ光に包まれた。
ドミネーション ツヴァイリング @mukai-yui
★で称える
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