第43話

「よく来た、座ってくれ。今日も話を聞かせてくれ」


 そう僕に席を進めてきたのはウルタル殿下だ。僕が王城に滞在中何かと話をすることが多い。もちろん、ウルタル殿下と話をするのは嫌ではないが、周囲の目が変に集められるので程々にしてほしいところだが。宮殿や城の外の事を知りたいのか質問は外での出来事に向けられていて、僕がヘルウェン王国でどのような扱いを受けて、どのような仕事をしているのか。他にも、ヘルウェン王国の街並みや学院での出来事など、次から次に質問しては想像してるのかニマニマしていることなどがある。貴方は王族なんですからもう少し周囲の目を気にした方が良いですよ? まぁそうは言っても普段はしっかりした印象があるウルタル殿下の意外な一面ということか? 外向けの態度を外して対応してくれているのは、それなりの理由があるということらしいけど。


 僕は貴方より立場が低い、まだ爵位も継いでない子供ですよ、とそれとなく伝えるに留めるがウルタル殿下にはあまり響いていないようだ。そんなときは、晩餐に同席するフォルトス陛下が宥めたりするのだが、やはり一時的にしか効果がないようだ。そんなウルタル殿下に、一つため息をついてフォルトス陛下が仕方がないなと言う顔で僕に向けて事情らしきことを話す。


「ウルタルはこれでも、この国にある学院ではこの国の王子らしく節度ある振舞いをしているし、外向けの顔も対応もしっかりできているのだ。だが、基本的に王族である分、周囲の目があり本来の自由奔放性格通りの行動などできん。友人作りでさえ、その者の身分から経歴、普段の素行、礼節を図ったり調べたりすることもある。お主相手のように、気ままに話しかけられる人材が少ないのが原因と言えば原因ではあるな」


「僕の身分だって、周囲の物差しで見れば非難されそうなものですけど?」


「お主には、国王であるわしを動かしたという、他の誰もできなかったことをした偉業があるらしいからな。それに、お主の父は戦場でウルタルを無傷で逃がした功績がある。母親も品行方正ひんこうほうせいと、男爵家と爵位が低くとも、文句を言うものはいないに等しい。親であるわしが文句を言わず、むしろ認めておるのだ。お主は堂々としておれば良い」


 そういうものですか、と僕は机に並べられた料理を食べる。もちろん僕だって食事のマナー程度は心得ている。父上や母上、家令のビジルズからこれでもかと言うほど注意を受けながら覚えさせられたのは、菅創也の記憶が戻る前からだ。けれど、それは男爵家の位で覚えさせられる最低限のマナーだ。王族と晩餐などするのは考えてもいないわけで、爵位以上のマナーを知るわけもない。だが、ここには食事のマナーを口うるさく言うものはいないし、好きなように食べてよいと初めにお許しを頂いている。恐らくこちらの事を考慮してのお言葉だろう。ラクシェ王女の件がもっと後になって分かっていれば、多少の礼節は習えたかもしれないが、今となってはどうしようもない。気にせず味わって食べよう。僕って意外と神経が図太いだろうか?


 さておき、未だ何かに思いをはせてトリップしているウルタル殿下。聞きたいことだけ聞いて、食事終えるはずだった僕の予定を見事に変更させられた。まぁウルタル殿下が現実に戻ってくるまで、食事を進めよう。そうしようと思っていると、フォルトス陛下が僕に対して別の事を述べた。


「そういえば、そなたの領地に移した、教会のシスターと孤児等は元気にしているか? この国の産業が今も保っていたのはそのしわ寄せが別のところに行ったからでもある。その最も被害を受けたのが教会だ。今も戦時下となって、教会を再開させることもできないが、国のごたごたが一定まで落ち着けば折を見て運営を再開しようと思っている」


 僕は思いもかけないことを聞いて目を見開いた。ユピクス王国の産業が横這いに推移していたのは、教会から接収があった為か。僕は遅まきながら、そのことに思い至った。当たり前のことだ、国の領土が削られれば何かしら生産力が落ちて産業が落ちるはずなのだ。会議で言われていた我が国の産業が横這いであるには何かしら財政に影響があるものが消費されているはず。それが教会だったのだ。僕は会議で配られた資料にある内容からしか読み取れないもので納得していたのか。なんていうか、情けなさを感じた。


 僕がなかなか返答しないものだから何かあったのかと、フォルトス陛下がどうかしたか、と尋ねてきた。


「いえ、少し自分が情けないと思っただけです。シスター・センテルムと孤児達10人は皆元気にしております。空いた時間は領民の手伝いか自由に遊びまわっていますが、決められた時間にそれぞれに勉強をさせて、将来的に自分のなりたい職業の幅を広げた状態で大人に育つように支援しています」


「何? そなたのところでは勉強させているのか。他の引き取り手は基本労働力以外としては見ていないようだったが……。そうか、将来のための支援か。私が学院に通っているのと同じようなものだな。やはりそなたは中々考えているな」


 いつトリップから戻って来たのか、僕にそうかそうかと楽しそうに相槌を打つウルタル殿下。フォルトス陛下は、先ほどの僕が自分を卑下したことを気にしているようだが何も言ってこない。これぞ大人の気遣いかな、などと思うが僕の気持ちは一向に晴れることはなかった。


 その後も、他愛のない雑談を交えながら食事を終える。教会の話を聞いた途中から食事の味を感じる程心に余裕が持てなかったが、晩餐は何の問題もなく終えることができた。そのことだけはほっとしている。しかし、これからが本番だ。ウルタル殿下はすることがあるらしく、先に食堂を出て行かれた。残った僕にフォルトス陛下は、私の執務室へ行くぞと告げた。




 ♦



 ここは、フォルトス陛下の仕事部屋である執務室。互いに向かい合ってソファーに座り、以前と同じようにフォルトス陛下はサイレントの魔術を発動する魔道具に触れた。ブゥンという音と共に周囲に魔術の膜が張られたのが分かる。


「さて、楽にして話すとよい。明後日にはここを立つのだろう? 言いたいことがあるなら言ってから、心置きなく出立すると良い。さっきから、浮かない様子だが何かあったか?」


「ええ、そのつもりです。実は、さっきの話に戻るのですが、僕は考え違いをしていたようです。会議のときに渡されていた資料に、この国の産業は横這いを推移していると聞いて資料に目を通したとき、僕は感心していました。他国に領土を削られているのに生産は落ちず、産業の推移に過不足が出ていない。あり得るはずがないのに、資料と説明だけに耳と目を向けて、肝心なことが分かっていなかった。それがたまらなく悔しい」


「教会からの接収のことだな」


「そうです。僕は勘違いをしていたことが、悔しくて情けないのではなく。与えられた物だけを見て、他の可能性を考えず、それを鵜吞みにしてしまう自分が悔しくて情けないんです。……すみません、愚痴なんか言って。さて、話の延長ですが教会の事で報告することがあります」


「良い、誰にだってそういうことはあるし、気を付けていてもままならぬときもある。わしもそういうことでは、随分と苦労しているし、気持ちもわかってやれるつもりだ。ふむ、教会がどうかしたのか?」


 僕は領地に女神様が実家の領地に来たこと、父上が助かった経緯、教会を建設する意義を押し売りされたことを話した。それにはさすがのフォルトス陛下も驚きを隠せないようだ。頭を抱えて俯いてしまったと思ったら天井を見上げたりと何か呟いていて忙しい。僕は構わず説明を継続する。


「覚えているかどうか知りませんが、『ドミネーション・チョイス』でも、建築物にはそれぞれ効果がありました。女神様は僕の実家に来たときに、必ず教会を建築する旨をこれでもかってくらいしつこく仰っていました。王都にある教会も同じ効果を持つのかはわかりませんが、念の為知らせておこうと思いました」


「マジか……、教会にそんな効果あったんだな。お前の父親が助かったのもそういうことかよ。ってか、女神様召喚したって、どえらいことだろそれ。女神様って教会が崇拝してるあの女神様だろ? 俺は転生直前の質疑の間しか会ったことねーぞ。その女神様を崇拝してる教会を閉鎖なんて罰当たりなことして、この国大丈夫か? ほんと国王つったって、どうにもなんねー事多いし。女神様とか俺も会いてーよ。何かお前だけ優遇されてねぇ?」


「ちょ、ちょっと、陛下。口調乱れてますよ。言いたいことは分かりますし、気持ちもお察ししますが、威厳いげん、威厳大事ですから。ね?ね? ちょっと落ち着きましょう。ともかく、先ほども言いましたが王都での建築物の効果の有無、建てただけで効果があるのか、運営しなければ意味がないのか、その辺りはさすがに聞いていませんけど」


「……あー、そうか。だが当時の調査で接収して一番効果があって、それほど役に立つことがないと意見が集中したのが教会なのだ。不正者も多かったしな。だが、お主の話すことがこの王都でも効果があるとすれば再開させるべきだろう。それは覚えておこう。オホン、他に何かあるか? 転生者同士であれば何かと相談することもあると思うが、状況が落ち着いてくると立場的に会える頻度はそう多くもないだろうと思う。今は非常時だから特別なだけだと思っておいてくれた方が良い」


「心得ています。そこでこれを」


 フォルトス陛下は何とか気持ちを持ち直したようで口調も今までのような威厳のあるものに戻った。そこで僕は、インベントリから言玉を出してフォルトス陛下に手渡す。そして、効果や使い方を伝えると大変驚かれた。似たような効果のあるものは言水球げんすいきゅうと呼ばれる通信魔道具は存在はしていたが、僕が手渡した言玉のような手の中で転がせるほど小さなものはないらしい、最新版でも運動会で使われる大玉転がしの大玉のようなサイズらしく、加えて使用魔力の消費も高く通信時間も通信距離も限られているそうだ。冒険者ギルドと商人ギルド、後は各国で国の管理下に置かれているものしかないのが現状であると言われた。よくよく考えてみたが、それって需要あるの? と思わなくもない代物だ。


 まぁこの世界の時代が進めば魔術なりその他の技術なりが進歩して、言玉のような携帯できるサイズの通信アイテムやその他の魔道具が生まれてくるのだろう、そう思うことにした。それと、言玉を渡した後に言われたのだけど、基本的に転生者同士は自分の異能である能力についてはあからさまに触れないのが良いらしい。だからフォルトス陛下は僕に能力について聞いてこないし、僕からも陛下の能力が何なのか聞かない。もちろん、利害関係が明らかに良い方向であり、人柄がちゃんとつかめる者同士であれば例外もある。


 教えあった方が利益が出るとわかっていれば、説明し合うこともあるのだそうだ。過去に5人程転生者と会ったことがあるらしい陛下は、そういう人がいたことを話してくれた。転生者がどれくらいの頻度で現れるのか知らないけど、5人も存在が確認されているということは、転生率が高い世界なのだろうか? ともかく、相手の事を無理に詮索しない、それが良好な関係を維持する秘訣なんだとか。親しき仲にも礼儀ありのようなものだろうか、ちょっと違うかな?


 それと忘れてはいけない、ポータルの話をする。この魔道具についてもやはり注意を受ける。こんな物が世の中に出たら、世界の物流が乱れると。僕も以前に思ったことなので、個人で管理できる範囲で運用するし、そうすべきだとも理解している。そのことを伝えると、分かっているなら良いとのお言葉を頂いた。


「さっきも言ったが、転生者は基本的に手の内を隠すものだ。お前みたいにポンポン便利道具を出して説明するのも本当は控えるべきだぞ」


「もちろんです。僕は貴方だから今のように手の内を見せているんです。誰彼構わず手の内を見せるほど僕だって抜けてませんよ。相手を見て選びます」


 僕としては、こちらに被害が及ばない限りは別段、他の転生者がどんな能力をどのように使おうと気にしない。そのことをフォルトス陛下に伝えておく。逆に味方として僕の力が必要なら呼んでくれていいとも付け加えておく。フォルトス陛下はこの国の国王でトップなのだし、あまり関係ないけど転生者としても先輩である。今もこうして助言をくれているしね。何が言いたいかと言うと、国王が困るということは国にも影響が出るし、回り回って実家の領地に何か弊害へいがいが生じることだってなくはない。だから、僕は国王であるフォルトス陛下の助けになることは進んでやろうと思う。あくまでも、僕の倫理に基づいてではあるけどね。そこは外せない僕が僕である理念だ。


 格好つけて倫理だ理念だとほざいたけど、簡単に言えば僕が進んでやりたいと思えばやるし、やりたくないことは極力回避するというだけの話だ。ね、簡単なことでしょ? でも、そういうことが中々できないのが世の常ということだ。なんてったって、国のトップであるはずのフォルトス陛下自身がどうにもならないことが多いとぼやいているのだから。さておき、僕はポータルを設置しても問題ない場所を探しており、どこか手ごろな小さな家が王都で買えればと考えていることを伝えておいた。


「ふん、おだてたって何も出んぞ? まぁできる限り色々と融通なり便宜は図ってやるがな」


 フォルトス陛下はそっぽを向きながら答えた。誰も貴方のツンデレなんて望んでませんからね?


「ああ、それで思い出したんですけど、僕宛に手紙やら贈り物やらが大量に送られてくるんです。何とかなりませんか? 僕の方で処理できる量じゃなくて困ってるんです」


「まぁ、お主の立場としては断るにしても理由がいるか……。だが、今は戦時下であるし、戦争が落ち着けばまたヘルウェンへ戻るのだろう? 現状の状況を強調してそれを理由に断っておけ。誰の誘いだろうと戦時下にそんなものに参加などしている暇などあるものか。しつこいようならわしがそう言っていたとでも手紙に添えればよい。

 贈り物に関しては基本、価値が見いだせないものはお礼状だな。利用価値が高い物や、送ってきた相手が自分より立場が上であれば送られて来た物の価値の半額程度を送り返してやればよい。付け加えるなら今言ったことは律儀な奴がやることだ。一般的には金に頓着とんちゃくしない者から、今の内から関係を持っておければと、送った相手と何かしら関係を持ちたいが為、利用したいが為に行うことが多い。もちろん、親しい間柄でのプレゼントや手紙のやり取りもあるがな。だが、送り主の目的が何にせよ、どうせ明後日にはお主はここにはいないのだ、物はこちらで管理し、仕分けする人間を手配しておいてやろう」


「それは大変助かります」


 フォルトス陛下が協力的に助言を出してくる。他にも、転生者として気になったり気づいたことなど、この世界の成り立ちなどを聞いたりしていた。個人のレベルやスキル、武具やポーションなどのレベルや等級、魔物のランクやダンジョンなどなど、『ドミネーション・チョイス』で使えたものや仕様がこの世界では別物となりえることを教えられた。特にレベルやスキルの類の他に、個人が先天的か後天的かの違いはあれど、効果の異なる固有スキルなどもあるらしい。主に転生者に多く見られる固有スキルもあれば、一般の人からもそう言ったスキルをもって生まれてくる人達がいるのだという。スキルの種類は多岐にわたるので図書館などで一覧の載っている本を読むように言われた。


 それと僕が知っていることもおさらいとしてご教授願う。魔物にもレベルやランクがあり、魔物が何かをきっかけに進化することもある。魔物自体には冒険者ギルドで決められたランクが存在するらしい。それとテイムできるスキル及びジョブクラスが存在する。テイムに興味があるなら冒険者ギルドで直接聞くか、これも図書館で調べろと言われた。後、個人的に大変興味深いことに冒険者ギルドでお金を払えば、自分に合ったジョブクラスが習得できるなんてことも教えてくれた。個人によりレベルや生い立ちから選択できるジョブが異なる為、なりたいジョブに必ずなれるわけではないとか。中には召喚師というものも存在するそうで、これは僕も試してみたいと思った。なんだかこの世界は、現世で言うところのMMORPGのファンタジーに世界観が強く反映されているなと、独り言ちる。であろう? と返されたが、僕はシミュレーションジャンルの畑から来た者なので、その辺の認識を改めなくてはいけないらしい。


 僕はフォルトス陛下が教えてくれたことをメモしながらあれこれ聞いているうちに、時間は21時前となった。もう数分もすれば、睡魔が僕を襲ってくる頃合いだ。フォルトス陛下との談義をここで中断しておく。前もってフォルトス陛下には僕の眠気が21時で限界なのだということは伝えておいた。難儀な体質だなと言われたが、成長すれば改善されればいいなぁと、おぼろげながら考える。逆に改善されなければ問題だろうとも。


 フォルトス陛下はサイレントの魔道具を閉じ僕に退室するように言ってくる。僕は席を立ち、若干ぼーっとなり始めている自分に活を入れて扉の取っ手に手をかけた。


 恐らく、部屋の外には僕の迎えが来ているだろう。

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