第42話

「ほう?」


 ユピクス王国とヘルウェン王国の外交で交わされた話の内容がすぐさま伝書鳩でヘルウェン王国に一足早く届けられ、要点をまとめられた書類がモイラアデス国王の元に届けられる。それを読んだモイラアデス国王は内容を何度も読み直しながら意外だなと告げた。


「今までのユピクス王国がとっていたおぼおぼしい態度が嘘のようだな。これも彼奴オルクスの影響か? だが、面白い。やるなら見掛け倒しではなく本気を見せろか……。あの弱腰外交で有名なフォルトス国王も言うではないか。それにこちらの目的も見通しているようだ。


 この国の軍事協力の見返りに、提案として海に面したこの国にあるこちらが指定した山を撤去し、船着き場の土台となる岩場を作ってくれるそうだぞ? それも条件付きだが短期間で費用もいらぬらしい。大掛かりな魔術かそれに類する魔道具でも使うのか知らぬが、この話が事実ならわしも小手先ミリャンの本気ではなく、わしの本気を見せてやろうか」


 外交書類を持ってにやりと笑みを浮かべたモイラアデス国王。それを見てヴァレン宰相は大事になりそうだという予感が頭をよぎる。


 モイラアデス国王はヴァレン宰相に命じて、すぐに会議を執り行う準備をさせた。お飾りと考えられていたミリャン殿下ではなく、モイラアデス国王自身が会議に出席する旨が通達されて、ヘルウェン王国の軍務関係者、及び財務関係の上層の役職者達はできる限り急いで会議室に集結した。


 集まった皆が驚いたのは、我先にと向かった会議室にはモイラアデス国王が既に席についており、会議に集まる出席者をじっと待っていたことだ。ついでにその隣ではヴァレン宰相の姿もある。それに気づいた出席者各自は、この会議は今までと違うことを理解する。


 国王に礼をとってから自分の席につき、置いてある目の前の資料を何度も何度も繰り返し目を通して内容の把握に努める。そうすることによって、会議の流れや質疑応答でしどろもどろになった醜態を晒さないで済む。席に着いた出席者達は一様に真剣な面持ちで会議に臨む姿勢だ。


 そして、出席者として残り1人となって役職者達が揃う。それからしばらく時間がたった頃、皆より大分遅れて来たにも関わらず、堂々とした態度で現れ、遅れてきて当たり前という態度と表情で入室してきたミリャン殿下。しかし、入室後にミリャン殿下は違和感を感じたようだ。出席者の態度や周囲の雰囲気がいつもよりピリピリとしているような感じを覚える。自分に対しての態度としては上々だなと、自分が座るべき背もたれの高い豪華な席に向かうと、そこには既に先客がいたことに遅まきながら気づく。


「! 父う――」


「遅いわ、この痴れ者めが! 本来ならば、お前を部屋から閉め出し、反省するまで牢獄にでもぶち込んでやろうかとも思ったが、今回はお前も戦争に参加するのだ、猛省すると共にそこで立って会議に参加しておれ、愚か者めが!」


 その激昂げっこうした怒鳴り声に部屋の照明や、用意されていた食器や飲み物が揺さぶられた。出席者達も自身が国王に怒りをぶつけられているような錯覚お覚えた者も複数いる。しかし、モイラアデス国王はミリャン殿下への叱咤を終えると、視線を出席者へと向けて、態度を一変させ落ち着いた声音で述べる。


「さて、見苦しいところを見せたな、許せ。では、皆揃ったな? ……進行役、会議を始めよ」


 進行役は礼をとった後、キビキビとした動作で会議を進め始めた。


「はっ! 進行役は私が務めさせていただきます。ではまず、お手元の資料の――」


 内心緊張で手にものすごい汗をかきながら。




 ♦ ♦




 場所は再びユピクス王国、外交がなされる前の日に戻る。


 フォルトス国王陛下が外交で指示していた内容は、僕以外の立場ある人達も初耳のことらしく、進行役の話を聞いた人達は互いに顔を見合わせていた。しばらく互いにこの話を知っていたのかどうか確認し合っていたが、この話を知っていた者は誰もいないらしい。会議の出席者は、その話の出所が本当にフォルトス陛下からなのか確認するべきか、と部屋の中がざわついたところでウルタル殿下が告げた。


「それは私も聞かされた。話の出所は陛下で間違いない。私が証人だ。その場にはギース宰相もいたぞ。それでもまだ信じられないなら、後からくる陛下に直接聞いてみると良い」


 その一言で、ざわついていた出席者達は落ち着きを取り戻し、席に座り直している。ウルタル殿下が次に何を告げるのか注目しているようだ。


「さっきオルクスが言っていた内容と被るが、ヘルウェン王国は王族として立場はあるが、世襲からもっとも縁遠い者を寄こす予定のようであった。これもオルクスからの情報を基にしている推察ではあったが、出てくる人物は私も知っていた人物でその人物の器量では、戦争で足を引っ張ることはっても、役に立つことはないだろうというのが、私や陛下の見かただ。それもあって、向こうが出してくる兵力もたかが知れているという推測の元、外交で先手を打つ為に出した条件だ。この戦争で我が国の領土が過去の一定以上に戻った場合、ヘルウェン王国のいずこかに船着き場として使える場所である岩場の土台をユピクス王国が作ってやる、とな」


 ウルタル殿下の話が進むにつれて、将校意外で国の財源などに詳しい者達は費用が、出費がとうわごとのように呟いている。それを意に返さず、ウルタル殿下の話は続く。財務に関わる機関の立場ある者達の言葉は予想していたようだ。話は佳境に入ったようで、ウルタル殿下は机に肘をついて手を口の前で組む姿勢となり、話の続きを述べる。


「陛下が言うには、山を消すことも岩場を整地することにも、我が国の財源や費用は掛からないらしい。そんな夢幻のようなことができるのか、と私も半信半疑で陛下に尋ねたのだが、ギース宰相が証人として名乗り出てきた。私も幼かったが故に知らなかったが、過去に陛下がこの国の船着き場の土台を剣一本で作り出したという逸話があるらしい。それをヘルウェン王国でやってのけるつもりのようだ。私が聞いたのはそこまでだが、あの生一本きいっぽんな性格で有名なギース宰相が嘘を言うとは思えん。実際に見たことがあるか、根拠があるのだろう。そなた等も陛下について何かしら逸話を聞いたことはないか?」


 そんなことを聞かれた会議の出席者等は、何かを思い出そうとして、そういえばとか、昔聞いた話だがなど、フォルトス陛下に関する逸話をいくつか語り合った。僕といえば、陛下が転生者であることを知っているので、転生者として持っている何らかの異能だろうと当たりを付けて、藪蛇にならないように聞き役に徹していた。結局、嘘か真かの真相はそっちのけで知っている話を各々が話し合っている最中、フォルトス陛下ご本人がギース宰相様と一緒に会議室に入室されたことにより、話は一旦中断された。会議の進行役が、今から休憩を挟むところでしたと陛下に伝えて、余計な話し合いの部分だけ省いた書類を陛下と宰相様に手渡している。この人、できる人だな、などとそれを見ながら思っていると、陛下が僕に対して手招きしているのに気づいた。


 なんだろうかと、陛下のそばまで行ったところで耳を貸せと言われて耳を寄せると、今夜の晩餐の後に話があると言われた。何の事だろうとは思ったが、陛下はそれ以上話すそぶりを見せず、宰相様や会議の進行役と言葉を交わしだしたので、僕はそれに合わせて何食わぬ顔で席に戻る。席に戻ると、給仕に精を出す職員達が慌ただしく動いていた。限られた時間で、言われたものを用意したり、飲み物を出したりと大変そうだなと思いながら見ていると、僕の席の後ろで飲み物を飲んでいるサイラスさんと目が合う。そのまま視線をそらすのも何なので、サイラスさんと軽く雑談することにした。


 僕はサイラスさんに、彼が僕の補佐役になった際に頼んでおいたことがどうなったか聞いておくことにした。


「サイラスさん、以前頼んでおいた依頼なんですが、進捗はいかがでしょうか?」


「ああ、オルクス君。君の言っていたマヘルナ王国とヘーベウス王国の軍人の人事情報に詳しい人物は何人も見つけたが、殿下や陛下からも協力するようにお言葉を頂いただろう? あれで、結構協力者もかなり増えていてね、中にはお年を召されている方も多い。君の立案した作戦は誰もが考えるが実行に移すことは難しいものだが、その話を持ち掛けると喜んで協力したいという方が多くてね。もう軍を引退した方々もいらっしゃるが、隣国の情報に精通している方や、軍務や外交、産業などでマヘルナ王国とヘーベウス王国の両国に何らかで関りを持つ代々の役職についている家系の方もいる。現在集まっている方々に情報収集と情報整理の両方を進めてもらっているところだ。なので、ある程度順調だと言っておこう」


 僕は、そうですか助かります、と礼を言って机に用意された飲み物を飲む。あー、これ知ってる茶葉の紅茶だな。味を調えなくても、そのままの状態でもおいしいや。そんな感想を抱きながら紅茶を飲んで休憩する。



 ♦



 陛下と宰相様が途中参加された会議で進められた大筋の流れは、大体の予測やヘルウェン王国にどのように動いてもらうのが効果的かなど、地図上で駒を使っての仮想軍事行動を議論しあう。最初にやっていた駒での動かし方で違うのは、外交でヘルウェン王国が本気で軍を派遣してくるなら我が国よりも数は多く、大体1万5千前後と予想された。基本的に、ヘルウェン王国はユピクス王国としか国境を面していない。いや、正確には他の国とも陸が繋がっている場所はあるけど、山脈の障害が険しい場所であり、軍隊の移動には適さないので除外されているというのが正しい。


 とにかく、ヘルウェン王国が外交交渉により、マヘルナ王国とヘーベウス王国のどちらかを攻めてもらい領土を取り返すように促すことで話を進める方針であると定まったことにより、兵力を無理に分散せずに済むということが大きい違いだろう。それからしばらく、会議は行き詰ることなく議論は一定の水準まで定まるまで続いていった。


 会議が終わりを見せたのは、大凡の予定が立てれたところでフォルトス陛下がこの辺りで良いかと区切りをつけた為だ。陛下や宰相様にも予定はあるので、いつまでも予測をした予定にかまけてはいられないのだろう。会議室から陛下と宰相様が退出され、ウルタル殿下や他の面々も退出していく。僕は邪魔にならないように開かれた扉から退出する人が空いた隙を窺って退出する。出た通路の窓から差し込まれている日の光は夕日の色だった。


 偉く長い時間あの会議室にいたのだと改めて思う。あ、殿下達に手紙や贈り物の対応をどうすればいいか聞くのを忘れていた。仕方ない、恐らく今日も呼ばれるであろう晩餐の時にでも聞くとしよう。僕はサイラスさんと軽く別れの挨拶をしてから自身の宛がわれた部屋に戻る。


 戻った僕を待ち受けていたのは、未だに手紙や贈り物の整理に掛かりっきりになっているトヨネ達の姿だ。当初よりは落ち着いたらしいのだが、次から次へと送られてくるので際限がないらしい。とりあえず、僕達はそんなことに時間を浪費するのも嫌なので、今部屋にある分だけ片づけたら、後は国の方で預かってもらうようにお願いしておくことをメモに書いておく。


「お疲れ様。こっちはついさっき会議が終わったところだよ。そっちは……、聞くまでもないんだろうけど。とりあえず、今部屋にある分だけ整理してしまったら、後は別の部屋で預かっている物とまとめて保管してもらおう。こんな際限のないことに手を煩わせられるのはごめんだ」


「かしこまりました。ではもう一頑張りして片づけてしまいますわ」


「悪いけど、任せるよ」


 僕は部屋にあるソファーに腰を下ろし伸びをする。意外とくたびれているらしい、少しだけ眠気を感じる。このまま寝ちゃいそうだな――。


 なんて思っているとふと目を覚ました。気づかない間に寝ていたらしい。僕には毛布が掛けられていた。今何時だろう、僕はどれくらい寝ていたんだろうか?


「お目覚めですか、オルクス様。部屋にあった手紙や贈り物は整理が終わったところです。現在18時前となっております」


「そうか、ありがとう。どうやら1時間くらい寝てたらしいね。僕が寝ていた間に来客はあったかい?」


「はい、ケンプさんが対応しました。ウルタル殿下からの伝言を伝えに侍女が参りまして、オルクス様に晩餐を19時に摂るので時間前に人を寄こすとのことです」


 僕はため息一つ、ウルタル殿下本人じゃなくて良かったと思う。前はウルタル殿下ご本人が晩餐に呼びに来たこともある。王族と晩餐なんて人によっては光栄なことだろうけど、僕としては落ち着いて身内だけの食事がしたいと言うのが本音だ。


 まぁウルタル殿下とだけなら、話し方も軽い感じで問題ないと言われているけど、まだ会ったこともない他の王族が同席したらどう対応するか悩むところだ。今のところ、僕とウルタル殿下とフォルトス陛下を交えた晩餐は数度あったが、今回もそうなのかな?


 フォルトス陛下が晩餐の後に話があると言っていたし、どうなることやら。まぁフォルトス陛下とならサイレントの魔術効果のある魔道具を使って、余人を交えずに会話ができる場合は楽だろう。というか、明後日の朝にはユピクスを出立した体でここを出ないといけないし、国王陛下には言玉を渡しておこうか? あと、どこか目立たない場所にポータルを設置させてもらうことも相談してみようか? 


 僕はそんなあれこれを考えながら天井を見上げた。天井にも手の込んだ装飾がされていて、ここが王城であることを再認識する。それから約1時間、あれこれ悩んだ結果、僕はフォルトス陛下に転生者として相談を持ち掛けることを決め、相談する内容をメモ用紙に書き込んでいった。












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