第39話

 応接室に戻った僕を待っていたのは、ウルタル殿下と書記と議事録を書いている人だけだった。ウルタル殿下は僕に対してもの言いたげな表情をしている。けれど何も言わず、書類を机に滑らせてきた。会議中出たであろう内容をまとめ、わかりやすく読めるよう要約された書類だ。お礼を言いつつ、礼をとってから座り、書類を取って目を通していく。分かり易く話のまとめられた内容で、今まで話を聞いていない人が読んでも要点の把握に問題ないようにされているのが見て取れた。


 数回その内容を整理された書類を読み直していると、こちらを窺うように見ていたウルタル殿下が、そこで漸く僕に尋ねてきた。


「オルクス、先ほどのやりとは一体何だったのだ? 国王陛下とは一体何を話した?」


 もっともな内容であり、誰もが知りたいであろう疑問を直球で聞いてきたウルタル殿下の目は、僕がはぐらかすそぶりを許さないとでも言っているような視線を送ってくる。


「あれは、僕がヘルウェン王国にある図書館で目にしたもので、誰に聞いても何のマークだか分からなくて保留していたものです。もしかして、殿下や陛下であればご存じなのではと思い。好奇心が勝って勝手ながら確認させて頂きました。ウルタル殿下は、先ほどお見せしたマークに心当たりはなかったのですよね?」


「ああ、けれど、たまにそのようなマークを見せてきて、見覚えはないかと言ってきた人物達を見たことがあった。そういう時は、陛下が今日のオルクスにしたようにその相手を執務室へ招いて、何かしら話をすることがあったのは覚えている。で、君一人が戻ってきたということは、陛下はまだ執務室においでか?」


 ウルタル殿下は、自分だけ除け者にされたような気分にでもなっているのだろう。少し不機嫌そうだ。僕は、これ以上殿下の機嫌を損なわないように、何をしていたのか伏せるところは伏せて、掻い摘んで話す。


「恐れ多いことですが、フォルトス国王陛下に対していくつか質問をさせていただきました。フォルトス陛下がどのように考えているのか、どうしたいのか。まだ爵位も継いでいない僕のような若造に、陛下は答えてくださいました。内容は公にできないことなので、お話しできないことをお許しください。後は、僕が何お思い、考え行動しているかをお伝えいたしました。所謂、決意表明のようなものです」


 僕の話に要領がつかめないといった表情でいる殿下は、しばらく目を瞑って何かを考えているようだった。自分を落ち着けるようにしているふうにも見える。休憩を1時間とっているということもあり、部屋には書記と議事録をまとめる人しかいない。時間で言えば、陛下と僕が話し合っていたのは大体30分から40分くらいだろうか。


 僕は部屋の入り口で佇んでいる侍女さんに視線を送ると、こちらに気づいてくれたようで、僕が飲み物を飲むジェスチャーを送ると、こちらにティーセットが乗った台車を運んできてくれた。その間もウルタル殿下は目を瞑ったまま動くことはなかった。


 一応、僕のと殿下の分のティーセットを用意してもらい、この部屋に来た時に入れてもらった紅茶を出してもらった。紅茶を二人分用意した侍女さんは、すぐに台車を押して入り口付近に控える。


 僕は未だ動かないウルタル殿下に、紅茶をもらう旨を伝えてから紅茶に添えてある砂糖とミルクで味を調え、手に持って香りを楽しみ喉に通す。うん、おいしいや。ヘルウェン王国で飲んだ紅茶も、喉に通りやすいものですっきりしたものだったけど、この紅茶も後味すっきりだ。そんなことを思いながら、視線だけを腕輪に表示した時刻に向けて確認する。そろそろ1時間だな、そう思っているところに再び部屋の外からフォルトスが入室する旨が伝えられた。


 入ってきたフォルトス陛下と、その後ろには宰相様。他に見知らぬ人を結構な数を連れてこちらへ向かってくるのが見えた。


「再開するか。宰相、並びに今回出兵に対し、我が国の陣営を指揮する者を数名連れてきた」


 そう言って、休憩前に座っていた場所に陛下が腰を下ろす。僕も殿下も、礼をとってから再び座った。僕は目を通した、内容をまとめた書類を陛下に差し出す。それを数度読み直して確認した陛下は、それを今度は宰相様に渡した。そしておもむろに背もたれに重心をかけたフォルトス陛下は、僕とウルタル殿下に視線を向けると、矢継ぎ早に次のように告げた。


「抗戦をこちらから積極的に行う、それに伴いウルタル、お前が総指揮官として戦場へ迎え。ここにいる陣営を指揮する者はお前の補佐とする。お前は、前回の失態を補うべく、名誉挽回に尽力せよ」


「は?」


 呆けた表情で陛下を見て固まっている殿下。陛下は、それを無視して、再度名を続けて告げる。


「ウルタル、お前が軍を率いて抗戦状態の領地を取り戻してこいと言ったのだ。聞こえなかったか?」


「い、いえ! 陛下、確かにこのウルタル、拝命致しました!」


「それでよい、それからオルクス。ヘルウェン王国が言っていたように、お主はこちらで用意した護衛を付ける。そのまとめ役として、要件や必要なことはこの者に申せ。サイラス、挨拶せよ」


「は、サイラス・マックリンと申します。貴殿の補佐を務めますゆえ、どうぞ良しなに」


「オルクス・ルオ・ヴァダムです。初陣となる為、至らぬ点も多々あると思いますがよろしくお願いします」


「サイラス。言葉通りに受け取るなよ? そいつは見た目通りの小僧ではない。油断していると取り残されると思え」


 はっ! と、返事をしたサイラス・マックリンと名乗った人物は、僕に対してサイラスと呼ぶように伝えてきた。僕もオルクスと呼ぶように伝えて互いに固く握手する。この人からは、人を見下すような態度を感じない。真摯に向き合えば答えてくれる、良い相手をフォルトス陛下は選んでくれたようだ。


 僕等のやり取り見て納得したのか。次にフォルトス陛下は宰相様の名を呼び、軍備を整えるように伝えている。兵力や予算、必要と思われる軍備、かかる費用の計算。後でちゃんとした会議で協議することを念頭に指示を出している。出兵する陣営の準備はそれなりに時間がかかることだろう。けれど、何故か指示を受けている人達は、待ちわびていたような、心躍らせているような、そんな雰囲気を感じさせる対応を見せている。何と言うか、活気づいていると言えばいいのだろうか。忙しそうにしているのに喜んでいるように見える。


 ふとした瞬間、フォルトス陛下と一瞬だけ目が合ったような気がした。その目の奥に、何かしら決意したような、吹っ切れたような、そんな意思が感じ取れた。気のせいだろうか? そう思っていると陛下は僕に向き直り、とんでもないことを述べた。


「オルクス、お主は我が国の陣営として動くのか、個人で動くのか自由に決めるがいい。わしは、お主の手腕と覚悟に大いに期待しているぞ? お主のやりたいように動く権限と許可を与える。それに見合うだけの働きをしてくれるものと信じておる」


「へ、陛下? 期待されるのは嬉しいですけど、そんな権限、僕なんかに頂いてもよろしいのですか? 旗頭はウルタル殿下なのですよね?」


「そうだが、お主個人は何か考えがあるのだろう? お主の邪魔をするものはおらんように計らう。向こうの国王もそう考えて、こちらにお主の護衛を任せたのだとも思える。それで領地と国境が戻ってくるなら、意図を汲んで喜んで協力してやろうではないか。

 だが、ヘルウェン王国の良いようにはさせんぞ。こちらはこちらで、やりたいようにやらせてもらう。この戦争で、我が国の力を見せつけ。どちらが主役かはっきりさせてやるぞ。おまけのように送られてくる輩に、でかい顔などさせぬ」


「よくぞ仰いました、陛下! 爺は嬉しゅうございます!」


 ――うおおおぉぉ! 来た、来たぞこの時が!


 宰相様は、陛下の言葉に感動しているようで、室内にいる人も誰が放った言葉か、陛下の言葉に心の底から歓喜の声を上げて奮い立つように気合を入れている。一瞬部屋が震えたように感じた。目まぐるしく伝達や報告を行っていた人達は、意気込みと言えばいいのか、それが各々に伝染していくようなはしゃぎようは見ていて半端ではない。何だか、今から盛大な祭りでも準備するかのような錯覚を覚える。なんだか、最初に会った頃のフォルトス国王陛下とは別人のような感じだ。僕はそう思いながら、まだ残っていた紅茶を飲み干した。



 ♦ ♦



 僕はその日から数日、王城の一室で泊る様に手配された。宿泊していた宿も、馬車の馬の世話も、フォルトス陛下が一声命じて、国が支払って面倒を見てくれた。国王の急な対応の変化に戸惑っている人達も中にはいたが、基本的に攻めの姿勢をとったことのなかった国王が、領土奪還に重い腰を上げた。それは国中に瞬く間に伝わり、歓迎する声が上がった。もちろん不安視する声も中にはあったが、何もせずにいいようにされてきた今までの年月よりは良いと、判断する声の方が断然多かったようだ。


 それと、国王の対応が変わる前の出来事に、僕との対談があったことがそこかしこでささやかれている為、僕にも何かしら注目が集まったのは言うまでもない。ウルタル殿下や宰相様がそれとなく聞いてくるけど、公にできない話であることを建前として述べて。国王の考えと僕の考えを話し合ったぐらいです。と言う内容に留めている。もちろん、周囲はその話の内容に納得はしないけれど、あからさまに聞いてくることはなかった。どちらかと言うと、国王陛下を動かしたことへの感謝の念の方が多いように感じる。


 その話も徐々に落ち着いてきた頃には、戦争の準備にかからなければならないので、その対応に国は追われた。フォルトス陛下には食事の時に招かれ、雑談するくらいしか会えていない。ウルタル殿下も似たようなものだ。他にも王族はいるだろうが、僕は見ていない。まぁ気にすることでもないかと思うようにした。


 周囲が慌ただしく動いている中、僕は基本的に必要なものはヘルウェン王国の方で用意していた為、別段慌てるようなこともなく邪魔にならないように滞在していた。ヘルウェン王国へ帰る日までにはまだ時間がある、今後の事を見越してユピクス王国の城下街を散策して、魔道具屋や市場でかさばっても問題ないものを、常識より少し多いくらいの目安でいくらか買っておくことにするくらいなものだ。


 それも、あまりにも無茶苦茶な量を購入して混乱を招くのを危惧したからだ。その為の控えめな行動だったけれど、よく考えたら戦時下に不足するものって基本的に労働者がいなくなって生産が止まってしまうから、食料なり物資なりが不足するんだ。と言うことを後で思い出した。


 それと、これから戦争することを念頭に、僕は人知れずユピクス王国とその周辺の諸外国の戦力を考えていた。ユピクス王国の軍事力は諸外国と比べてどれぐらいになるのだろうか? 今回の戦争に出兵する兵数はどれほどだろうか? それで、国の経済は大丈夫なのだろうか? ヘルウェン王国でも言えることだけど、他国と争って抵抗できる力はあるのだろうか?


 フォルトス国王を焚きつけたのは僕だけど、国の詳しい内情を知らない僕は一抹の不安を感じていた。ちなみに、ユピクス王国の人口は約7万人。ヘルウェン王国で約8万の人口だったはずだ。北東のマヘルナ王国は人口10万人、北西のヘーベウス王国は9万人。数字だけ見れば、ユピクス王国の人口が一番少ない。


 だが、数だけで結果が分からないのが戦争というものだ。どこかの誰かが、戦争は数だよとは言っていたように思うけど。どの世界でも、それは局面によると思う。後は戦い方だろうとも思うが。ヘルウェン王国がどれくらいの兵力を出してくるのかにもよる。有体に言えば”まだ何もわからない“が本音だ。


 大雑把に言えば、戦略的背景と戦術的背景に左右されるのが戦争だ。今回は西と東、どちらに攻め込むのか知らないけど、ユピクス王国の戦力とヘルウェン王国の戦力をどう配置すれば効果的に被害を最小限に留められるかで色々と変わってくる。ユピクス王国とヘルウェン王国の外交如何ではどうなることやら。


 そして、僕が滞在できる日数も残り最大で3日となった。既にトヨネ達がヘルウェン王国で買った馬車はユピクス王国に到着済みで、僕が宿泊していた宿に馬車だけ預けている。ヘルウェン王国に対して、一応の口実は作れたというわけだ。帰りはその馬車に乗ってヘルウェン王国へ帰る体でいるので問題はないだろう。


「大体の目算はついたし、僕もそろそろ最後に用意をするかな」


「グレイス殿を呼ばれるのですか?」


 僕が独り言ちった言葉に質問をしてきたのはケンプ。一通り、僕が考え出した作戦はガーディアン全員に共有してある。その時ついでに、ヘルプさんの事も話した。みんな驚いていたけど、今ではよく利用されているとか。そして、僕はケンプのしてきた質問に答える。


「うん、今回の僕の立ち回りには彼女も必要だからね。作戦を共有しておく為にも、そろそろ呼んであげないと。彼女って、結構凝り性な面も持ってる印象があるからね。戦争直前に呼んだらぶーたれて機嫌を損ねそうなのが怖いよ」


「ほほ、それは言えてますな」


「グレイスお姉ちゃんに会えるんだ! モモカ楽しみぃ!」


 僕は手間だと思ったが、トヨネ達が預けている宿屋の馬車まで移動し、馬車の具合を確かめるという名目で車内に入った。何事も、アリバイと言うか口実は必要だと自分に言い訳しながら。そして車内に設置しておいたポータルを使って実家の領地にある僕専用のテントにて、新たなガーディアンを呼ぶことにした。



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