第13話
時刻はまだ午前中で僕達のいるテントの中は、丁度良い室温を保っている。今日は弟妹達が一緒についてきたので、僕は元から予定していた勉強を、弟妹達にもやってもらおうと考えた。
勉強と言う言葉にきょとんとしている、ヘズンスとアテンダの勉強を見てくれているのは、奴隷のザルモスにペリの二人だ。この二人、実は夫婦である。元は貴族の勉強を見たりしていたらしいが、どういうわけか働き口が無くなってしまったらしい。
本人達が言うには、働いていた貴族の家でペリが
他の仕事に
まぁー、それはその貴族が悪いのであって、僕からは特に何も言わない。彼等夫婦も、そんな貴族に雇われた当時に運がなかったと区切りはついているようだしね。しかし、何時までも何かしら貴族が悪いという意識でいられるのも面倒なので、“理不尽なことがあってここでの仕事が嫌になったら言えばいい、ヴァーガーのところに戻してあげるよ”と伝えてある。勿論、誓約書まで書いて渡してやった時の二人の困惑する表情は見ものだった。
その二人は現在、ヘズンスとアテンダについてしっかり勉強を見てくれている。初めての勉強ということもあり、計算と文字を大体1教科30分ぐらいを目安に頼んである。目安にしている砂時計を取り出して見せると、目がこぼれるほど見開いて驚いていた。だが、元は貴族相手に
さておき、そんなヘズンスとアテンダの二人は、時間が経過するにつれて集中力が散漫になってきたのか、いつしか二人揃って睡魔に襲われ、お昼寝中になってしまった。それを横目に僕は勉強中。相手はセンテドルとテクシストだ。二人は元行商人で戦争のごたごたに巻き込まれて奴隷になったんだとか。普通行商人は、その手の情報に精通しており、近づかないものじゃないのかと尋ねると、二人とも恥ずかしそうに“普通はその通りだが、稼ぐ為にわざと戦時中に近づいて稼ごうとした”のだそうだ。
どういうことかと言うと、例えばAの国とBの国が戦争しているとしよう。ここで稼ごうと考える商人はこぞって負けている方に商売をしに行くのだそうだ。戦争が長く続けば足りないものも出てくるから、商売人は戦争が続く限り儲かる。
つまりAの国が負けていればAの国へ行き商売し、Bの国が負けていればBの国へ行き商売する。すごい綱渡り的行為だが、稼げるのだからやる商人がいても不思議ではない。しかし、二人は両国の
その時争っていた両国が金銭に苦しんでいなかったら命はなかっただろうと、彼らは笑い合う。実際は笑い事じゃないけどな。命あっても物種だ、なんて言葉があるのだ、命を危険にさらすのも限度を知るべきだったろうに、僕がそう言うと、面目ないことで、とさらにへこへこした態度になった。
で、僕が彼らから習っているのは交渉術、商売の仕方、商品の傾向と対策だ。他にも商人ギルドの事や商売許可が必要なも場所、その他注意事項なんかも習う。これはこの領地を起点に商売を起こすことを想定してのことだ。商売についての知識は必ず必要になるときが来るはずだ。
さらに商人の暗黙のルールや、大まかなローカルルールなんかも習っておく。覚えることが多い。と言うか勉強するのに今さら気付いたが、筆記用具や紙、黒板なんかがないと分りにくいものがある。これは早急に用意しなければ。屋敷に当てにできるものはないか調べてみよう。最悪は父上か母上に頼んで、メモ用紙に使えそうなものを少し頂こう。そう思うことで教えられたことを記憶していき、そして時刻は午後を少し回った頃となった。
「時間も時間だし食事にしようか」
「では、私共はこれで」
僕の言葉に奴隷である、教師役の者達は、この場をお暇すると言って来た。
「良かったらここで食べていくか?」
僕の言葉が余程意外だったのか面食らった顔で驚いている面々。
「いえ、さすがにそれは……」
「別に食事が豪勢になるとか、マナーをとやかく言うとか、そういったことはないから安心していい。たまには食事をしながら、今後について軽く雑談するのも良いと思っただけだよ」
「そ、そうですか」
「別に今日が無理でも、いずれは一緒に食べることになる事もあるだろうし、慣れておいてもらおうとも思っているんだけどね」
「それはどういう……」
「いずれ食事するときに、僕もそこに混ざるってことだよ。その時に会話する相手がいないんじゃ寂しいじゃないか」
「は、はあ……」
センテドルとテクシスト、ザルモスとペリはとりあえず視線を交わして意見を交換しているようだ。
「では、ご一緒致します」
一緒に食事をとることで決まったらしい。さて、トヨネとアイリスが準備をしてくれている間、眠っているヘズンスとアテンダは屋敷に返そうか。ケンプに頼めばうまくやってくれるだろう。
そして食事をとりながらの雑談。やはり、少しぎこちないな。当たり前か、一応奴隷達買主だし。仕方なくこちらから話題を振ってみる。
「食事は当番制でやっていくようになって、何か問題は起きてないかい?」
「はい、特にありませんな」
「ならよかった、数日ならいいけど、毎回ここに屋敷のメイドを連れてくるのも問題だったんだ」
「何が問題だったのでしょう」
「人数だよ。最初の頃に、メイド達が何人か炊き出しをやってたと思うんだけど、あれで屋敷に二人残して全員だったからね」
「確か10人前後でしたか?」
「うん。トヨネ達は基本的に僕の身の回りを固めているからね。別口と思ってくれたらいいよ。うちの屋敷はトヨネ達を抜きにすれば、10数人くらいのメイドで回してるんだ。屋敷では僕達の両親が療養と仕事に当たっているからね。その補佐は必要だ。だから、こちらに屋敷の人手を割くのは、本当に一時的なものでありたかったのさ」
最初はぎこちなくされていた話も、時間と回数を重ねるごとに緩和されてきたようだ。そんなどうでもいいような話をして食事を終えると、テントに奴隷達が予想していなかった人物が入ってきた。
「母上?」
僕の驚きの混じった声に、センテドル達は即座に膝をついた。
「オルクス、食事が終ったところだったのね。最近お昼を屋敷で食事していないようなので気になっていたのですが、ちゃんと食べているならよかったわ」
「はい、それはもちろんです、母上。今日は、ここにいる者達と一緒に食事をとりました。皆博識で、その知識を色々と教わっている者達です」
「そう、ということは、午前中にヘズンスとアテンダに勉強を教えたというのも」
「耳が早いですね。ええ、そこにいるザルモスとペリです。今日初めての勉強だったのですが、二人がよくしてくれたおかげで、上手く勉強がはかどったようです。途中で集中力が切れて、弟妹二人は眠ってしまいましたが」
「そうなのね」
僕の紹介にザルモスとペリは身を固くした。貴族不信の二人からすればこの流れは非常にまずい。どんなお咎めを受けるかわかったものではないからだ。さて、これからどのようなことが言われるのかと、二人は身構える。
「今日は本当に良くしてくれました。ザルモスとペリと言いましたか? そう固くならずともよくてよ。何時も私達といる以外は、退屈にしていたヘズンスとアテンダが、今日は花が咲いたように元気にして話してくれたの。勉強が楽しいとね」
母上はヘズンスとアテンダが、いかにして勉強をし、どんな時間を過ごしたのかを聞いたようだ。それで、本当は5歳くらいになってから家庭教師を付けようと思っていたらしい事を告げる。
「ヘズンスは2歳、アテンダは1歳半。二人には勉強はまだ早いような気もしていたのだけど、大丈夫かしら? ザルモスとペリとしてはどう思いますか?」
ザルモスとペリは、母上の言葉を受け一瞬互いに目を合わせて、意思の疎通で相談しているようだ。相談が一瞬で済んだのかペリの方から声が上がる。
「恐れながら、奥様。子供とは言葉を理解し、物心が付いて、自己判断ができた時点で年齢は関係なく、勉学を教えても問題ないと思われます。今日初めての勉強で、勉強するのが楽しいと感じたのであれば、進んで勉強をすることをお勧め致します。本日は時間を短縮し、2つの教科教えさせて頂きましたが、お二人のお子様は話の呑み込みも早く、教え方さえ間違わなければ、どんどん吸収して成長されると確信しております」
「……そうですか。では、今後ともザルモスとペリに、ヘズンスとアテンダの勉強を見てもらうとしましょう。多少愚図るときもあると思うのだけど、よろしくお願いね」
「はっ、お任せください!」
「それと、オルクス。少し話があるので馬車まで移動しましょう」
「わかりました。皆休憩が終わったら普通の仕事に戻っていて。僕は少し行ってくる」
僕は軽く指示を出してその場を後にする。
♦
そして、今現在の僕はと言うと。
「いはいへふ(いたいです)、母うへ(ははうえ)」
「どうしてこうなってるかわかるかしら? オルクス」
母上に両頬を左右に引っ張られていた。僕が返答にコクコク頷くと母上は呆れる様に手を離す。
「勝手にヘズンスとアテンダの勉強を勧めたのはいけませんでした。一度母上達に相談するべきだとは思ったんですが」
「わかっていながらやったと?」
「そういうわけじゃないです。ただ、触り程度やれば飽きるだろうと思って、試しにやらせてみただけなのです。そしたら楽しそうに学んでいる姿があって止めるに止められませんでした」
僕の言葉が真実かどうか、それ自体は問題ではない。母上が知りたいのは、小さな子供が知恵を付ける事への影響を心配しているのではないだろうか?
「昨日、二人に童話を聞かせてあげたらしいわね。それを聞いてからか二人は勉強することに、とてもすごく前向きだったわ。あれは今日への前振りじゃなくて? それに私がここに来るのも想定済み。奴隷の者達にも対応することを見越していたんじゃない?」
「……」
「沈黙は肯定とみなしますよ。全く貴方は……」
「弁解する気はありませんが、申し訳ありません。けれども、母上ならばこの事が良い方向に向かうのだと、分かって頂けるはずだと思っていました」
まぁ大体思いついたことは、思い通りに事が運んだので想定内だったが。母上、貴方がここに来ることは、実は想定外でしたよ。勘違いしてくれているのでそのままにして特に問題ないだろうか。
僕が反省の言葉を述べると母上は簡単に引き下がった。特に事が悪い方面ではなかったことが幸いしたのだろう。母上の表情も少し呆れた風であっただけだった。その後軽く雑談して、母上は馬車で帰り僕は集落に残る。
僕にはまだまだ、しなくてはならないことがあるのだ。それは今まで見送ったけど、元貴族の娘に元王族の娘。この二人どうしたものか、僕は頭を悩ませるのだった。
♦
仮設テントの中で僕は件の二人と対峙している。と言っても争ってるわけではない。最近の様子や調子を聞いているだけだ。だと言うのに――。
「それで、仕事や生活には慣れたかい?」
「問題ない」
「他の者と上手くいっている?」
「問題ない」
「今日はいい天気だね」
「問題ない」
「そういえば――」
「問題ない」
「……」
取り付く島もないとはこの事かね。基本的に彼女の思考は分かり易い。その分扱いもしやすいのだけど、いかんせんメルクと言う貴族の子供であった彼女は、ラクシェを守ろうとすることに、とても
「用件が以上なら戻らせてもらう」
なんか段々イラッとしてきたな。思い通りにいかないことにではなく、平たく言えば、状況を鑑みる能力がなく、判断力が兎に角低い、固定概念が強く、柔軟で臨機応変な立ち回りをする頭がない。そんな彼女に腹立たしいものを感じる。
「ああ、メルク、君は戻っていい。ラクシェ、君は残って」
「なに!? お前、ひめさ――」
「モモカ、頼んだ」
「あいさ~」
「な、おい離せっ! 姫様!」
やれやれ、やっと騒がしいのが掃けたな。ここからが本番だ。
「ラクシェ、悪いが君の口から聞かせてもらいたい。勿論、話せる範囲で構わないよ」
「はい」
僕は今日ラクシェと1対1で初めて話すことになる。何故かというと、先ほどと同じようにメルクの奴が勝手に答えてしまうからだ。
「ラクシェ、畑仕事はやはり苦手か」
「……はい。裁縫ならば
「なら針子専属になるのも良いかもしれないな。道具は早めに用意する。それまでは今まで通り午前中は畑で、午後から針仕事でやって貰いたい」
「はい、わかりました」
「他に何か聞きたいことはあるか?」
「
「ああ、今日は地理、歴史と商業について学んでいた。時間的に午前中を勉強に
「……今更ですが、オルクス様は私が王族であることを、何故か確定付けておられますけど――」
「違った?」
「……、その言い方はずるいですわ」
おやおや、ふくれっ面もかわいいじゃないの。いやいや、僕は何を考えてるのか。相手は子供だぞ、そして僕も子供だぞ。……とりあえず、話を続けるか。
「で、どうなんだい?」
「残念ですが私は今年で8歳、帝王学は未だ前置き程度しか学んでおりません。基本は宮廷作法に身分
「わかった。君にはその基本の部分を中心に教わるとしよう。明日からだけどよろしく頼むよ」
「わかりました」
♦
こうして徐々に僕の教師を増やし知識を吸収、いや学ばせてもらう。他に後二人の薬学と魔法の教師を付けることで大まかな学習は何とかなるだろう。ちなみにメルクはと言うと剣術はそこそこできるのだが、知識の方はそれほど良くはなかったので教師陣からは外させてもらった。ラクシェと一緒にいたのは年が近く、同性だったからのようだ。彼女を見ていると、この時代の典型的貴族という感じがよくわかった。
さておき、とりあえず以降は午前中の僕の予定は勉強に充て、午後は領地の開拓に従事するというスタンスで一日は消化されるだろう。
足りない物を補充したり、教会を建てる約束を守ったりとやることは徐々に増えつつある。ゲームの時と違うのは、建物を実際に作る時間や物資の調達だったり消費だったりするのもあるが、実際に人材を何とかして揃えなくてはならない。今しばらくはヴァーガーに頼ることになるだろう。それに今後の為に資金の収益考えていかなくちゃならない。他にも懸念事項は多々あるが手をこまねいている訳にはいかないな。
言っても時間はある。さぁ、やるぞ!
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