第12話

 父上が目覚めたのは、丁度蜂達の巣の10箱目が完成する頃だった。そして僕に連絡が来るのもその辺り。僕は巣作りの終わりを見届けて屋敷に戻る。女神様曰く、基本的な身体の傷害は、大方女神様の計らいで治癒しているらしい。ただ、血液の消費や体力気力などの精神的な面の回復に、それなりに時間を要したと聞いている。神様も案外万能ではないのよ? そんな事を言われた。


 そんなことを思い出しながら屋敷に戻ると同時に、父上の寝ている部屋へ向かうと、そこには仲睦なかむつまじく手を重ね合う両親がおり、部屋にいるメイド達が涙ぐんでいる。なんだか、このシチュエーションの中にいるのがとても辛い。僕の心が病んでるからじゃないぞ。


 なんかこういうのは、前世の記憶を持っている僕としては、この場面を下手に邪魔したくないからだ。他所よその家の親が目の前でイチャラブしてるのを見て、そこにいたくないと思うのとなんら変わらない、そんな行き場のない感想と、お呼びでないという雰囲気が自分に芽生えている。何度も言うが、僕の心情がどうのと言う意味ではない。


 しかし、いつまでも入り口に突っ立っているわけにもいかない。仕方なくだが、僕は声を掛ける為に近づいていく。


「父上、意識がお戻りになったようで。ご無事で何よりです。母上も、家の者も、これで胸を撫で下ろせることでしょう」


「おお、オルクスか! まぁな、この通り無事ではあるのだが、何分記憶が錯乱さくらんしているようで、今まで起きたことがあまり思い出せないのだ。それでも、ビスタリアからは、お前がいかに支えになったか、成長したかを聞いているぞ」


「いえ、僕は父上が戦争に出立される前に頂いた、この腕輪とお言葉を忠実に守っただけです。それにビジルズもいましたし、メイド達もおりました。僕がやったことは大したことではありません」


「ふむ……、そうか。……腕輪なんてあげたっけか? いやしかし、よくやってくれているのは変わりない」


 父上はぼそぼそと途中で思い出そうと声に出しているが、記憶の錯乱の為だろう、思い出せないと諦めているらしい。こちらとしてはそれで好都合なので、無理に思い出そうとしなくて大丈夫です、そのように伝えた。


「はい。ありがとうございます。それと手短にご報告がありまして――」


 僕は話を長引かせない為に、事のあらましを報告という形で伝えていく。国王様との謁見で父の功績として、報奨金と土地の権利をもらったこと。その際、父の事を話したら、国王様や宰相様に興味を持たれていたこと。褒賞金で領地を開拓する為に、必要経費で奴隷や道具を購入し、現在は実際に開拓中であること。森の魔物達の動向が気になること。


 話はそれほど長くなることなく終了。今後は定期的に今回のように直接か、母上やビジルズを通して連絡と報告を行い、何かあれば相談させてもらうことを伝える。そして僕は部屋を後にするのだった。



 ♦♦♦



 ――オルクスが部屋を後にした後の事。


「ビスタリア」


「はい、あなた」


「あれは本当に俺の子か?」


「嫌ですわ、あなた。貴方が戦死したと報告を受けてから、あの子はものすごく急な成長をせざる得なかったのです。別人に見えても仕方のないことですわ。私も思っていますもの。良い意味であの子は成長しました。ただ、子供としてはもう少し落ち着いた環境で育ってほしかったと、今更ながら思うこともあります」


「う、うーむ。記憶が曖昧なのも相まって、幼少の面影が見えない分、別人に見えてしまったのかもしれないな。それにあの受け応え、俺がいない間お前を支えていたというのも、言葉通りなのだろうと頷けるものだ。だが、今は俺がいる。身体の自由は思うようにはならないが、少し療養してからでも仕事を引き継ごう」


「はい。でも、もういなくならないでくださいね」


「ああ、勿論だとも。愛している、ビスタリア」


 と言うやり取りがあったとか何とか。



 ♦



 僕は久しぶりにゆっくりとした時間を迎えている。と言うのも奴隷達がここへきてから今日で7日くらい経っただろうか。仮設住宅、奴隷達はテントと言っているので、最近は僕もテントと言うようになった。それを連ねて密集させた集落にも大分慣れたように見える。


 一部を除いて各々が仕事を自分で選び行っている。今のところ大きな問題は起こっていない。しかし、油断はできないだろう。種族は違うが皆人間なんだし、どこかで羽目を外したりしたいはずだ。なので7日目の今日、一度休みを設けることにした。と言っても一日休むのではなく、午前中だけ働いて午後から休みにするものだが、今のところ仕事の相談をしたり、雑談に興じたりといった感じで休みを取っているのだと報告を受けた。


 何故休みを7日目にとったのかと言えば、わかる人には分かるだろうが、僕の記憶で土日は休み。無論ゲームを運営している職場にそういった常識はなかったが……。それはさておき、休みは必要だと思うからだ。しかしこの世界には週間や曜日と言った概念がなく、1ヵ月を30日で区切って12ヵ月で1年としているようだ。


 週間は特に決まりはないが、人々の中で10日に一度か二度、休みを設けるかどうかという感じらしい。この世界に合わせる分にはそれでも構わないのだが、どうしたものかと少し悩むことがある。せめて曜日ぐらいあってもよさそうなものだが。そういう感じで悩みながら、屋敷の自室で休んでいると、扉が開いているのに気づいた。


 そして、扉の隙間からこちらを見る目と、僕の視線が重なった。そこにいたのは……。



「あにうえ~」


「あにさま~」


 二つの声に僕の頭上を一瞬ハテナが過った。しかし、これでも僕はオルクス・ルオ・ヴァダムなのだ。声に反応を少し遅らせたが答えて見せる。


「ああ、お前達か。入っておいで」


 ノックもなく、いきなり入り口を開けて入ってきたのは、しばらく顔を合わせていなかった弟妹達だ。名は弟がヘズンス、妹がアテンダだったか。今現在、二人とも2歳児と1歳半で父親母親に甘えたい盛りのはずだが、一体何故ここに来たのだろうか。


「どうした? 父上も母上も今は部屋にいるはずだけど」


「おへやいったら、お休みだって」


「そしたら、あにさまが家にいるから、行ってみてはって」


 なるほど、僕に彼等を押しつけられた訳か。誰だよこっちに誘導したのは。


「ちなみに、誰がここに行くように言ったんだ?」


「トヨネってメイド!」


「そうそお」


 僕は内心溜息をついた。トヨネか……、これは大人しく面倒みるしかないかな。何かしら彼女にはいつも面倒を掛けているのだ、彼女が望んだことくらいはこなしておかないとな。



 ♦



「天国へと召されたネルとパトラは、その言葉を聞いているかのようにやさしくほほ笑んでいました。……おしまい」


 と、いかんいかん。途中から熱がこもり、童話を熱く語ってしまった。この身体になってから思い出そうと考えたことは、自ずと忘れずに思い出せている。普通、童話なんて本を読みながらでもない限り、語ってるうちに抜けや忘れた分を曖昧に表現したりして話すものだ。だが、僕の記憶力は転生前の記憶をはっきりと思い出せている。どうしても思い出せない部分もなくはないが、それを補って余りある記憶力は、自分が才児にでもなったかのような錯覚を覚える。


 これも女神様からの贈り物だとしたら、なんて有り難いことなんだろうか。僕は目の前で童話を聞いて泣いている二人をみて考える。『童話』の中には教訓や視点を変えれば、ためになることがたくさんある。今終えたばかりの話は、有名な『フラン○ースの犬』の登場人物の名前を変えたものである。それはさておき、登場人物のネルとパトラの直接の死因が、ネルが路頭に迷う事による栄養失調と凍死であること。


 童話の中の世界では整備されていない、国において社会福祉が如何に重要であるかを説いたものだという見方で見れば、今の世界にも当てめることができる。あの王都にあった教会のように、孤児が食事に困窮こんきゅうする原因は国にあるのではないか。そういう見方もできるのだ。まぁ滅多なことは口に出さない方が無難であるこのご時世、王族や役人には頑張って頂きたいものだ。


 しかし、何というか童話を語っただけなのに、目の前で泣かれると僕がいじめてるみたいじゃないか。僕は意味もなく咳払いをして話しだす。


「オホン。で、この物語を聞いてどう思った」


「ネルとパトラが、かわいそうでした」


「わたしも……」


 ふむ。幼児に福祉がどうの、国がどうのなんて説く意味はあまりないだろう。僕は柔らかい口調を心がけて、この童話の見方を少し変えてやる。


「そうだね。もし、周りの人達が手を差し伸べていたら、結果は変わっていたのかもしれない。でも、ただ助けるだけじゃ、本当の意味で助けたことにはならない」


「どういうこと?」


「相手が困っているからと言って、単にお金を上げたり、食べ物を上げたりしているだけでは、与えている側も何時かお金や食べ物がなくなってしまったら、お互いにその人達は困るだろ? だから、一時的に手助けをしても、後が続かない助けは意味がない」


「でも……、助けてあげたいよ」


「わたしも」


 僕の言葉に悩む二人、自分では答えを見つけられないほど幼い二人は、再びぐずり始める。このままだとまた泣いちゃうな。


「泣く必要はない。今のお前達にできることは少ないかもしれないが、それでも成長し、国に自分の考えた提案を与える立場になっていけば、貧しく苦しむ人々を助けられるかもしれない。先ずは自分の知識、物知りになることだ。

 第二、第参のネルやパトラをつくらないためには、僕達は物知りになることが必要だ。知らないことを知ろうとすれば、今悩んでることの正解が見えてくるはずだ。

 だから、考えることを諦めないことが必要。常に考える必要はないけど、必要な時は考えられる人になっておく。子供である僕等には時間がある。だからいっぱい学び、いっぱい考えられるように、色んなことに興味を持っておく。それが今の僕達のお仕事さ」


 今現在を完全に棚上げした返答だ。だが、今の知識のない、単純な考えしかできない二人には、それで十分良いと思う。自分の力で何かできるという希望と、それには時間がかかるということ。二人は泣きやみ、僕に向かって真っすぐに瞳をぶつけてくる。


「ぼくがんばる! がんばってえらくなる」


「わ、わたしも!」


 僕は二人の頭を撫でてやる。別にえらくなる必要はない、良い影響を与えられる人物になればよいと言いながら。


 その日はゆっくりとだがそんな風に時間が過ぎ去っていき、夕食の席で顔を合わせた両親に、将来の夢を語って聞かせる弟妹。それを聞いて涙ぐむ両親。僕は特に何を言うこともなくその雰囲気に思う。そろそろ僕も勉強を始めよう、と。



 ♦



 さて、次の日がやってきたわけだが。僕の寝室に何故か弟妹達がいる。それが一体何故なのか……。まだ寝ている二人を起こさないようにベッドから抜け出し控え部屋にいるメイドのレムルに尋ねる。


「昨夜、ヘズンス坊ちゃまとアテンダお嬢様が、どうしてもオルクス様の所で寝たいと仰いまして。ですが、既にオルクス様は就寝中でしたのです。そこで通りかかったトヨネさんに、そのことを話すと“問題ありません”と言われまして」


 トヨネが二人を僕の寝室に連れてきて寝かしつけたらしい。まぁ睡眠を邪魔されたわけでもないから構わないけどさ。全然気付かなかったよ。


「そうか。特に問題ないよ」


 それから今日の予定をざっくりと言われたが、僕に関しては特にないようだ。父上はまだ、自分で動き回ることはできないようだが、国王様への書状は書き終えて送り出したらしい。近いうちにまた謁見の機会があるとのこと。こうも早く王都に行くことになるとは思っていなかった。そうだ、今日はまだトヨネの姿を見てないけど、そろそろ僕もトヨネに何か労いをかけないとな。何が良いか思い当たらないのがなんともしがたいが。


 そんなことを考えながら、レムルに整えられて着替えを終える。その頃にはまだ寝むそうに目をこすりながら起き上る弟妹達の姿があった。


「おはようございます、あにうえ」


「おはようございます、あにさま」


「おはよう、二人とも」


 レムルがもうすぐ朝食の時間だと言うと、二人ものそのそと布団から抜け出し自分の部屋へ戻っていく。それと入れ違いにトヨネが部屋に入ってきた。


「おはようございます、オルクス様」


「ああ、おはよう。トヨネ」


 短い挨拶を皮切りに、奴隷達の報告を受ける。突然の休みを受けて軽い混乱は見られたものの、昨日は特に問題なく、午前の作業が終わると皆思い思いに散らばったり固まったりと動いていたらしい。ガーディアンはというと、変わりなく見回りしたり、奴隷達と雑談を交わしたりするほかは特に……。いやトヨネとケンプが訓練と称して戦闘していると、奴隷の何人か特に獣人達がこぞって加わったとか。何やってんだか。いや、確かにここは娯楽の少ない場所だ。良い息抜きになったのかもしれない。


 それに、僕の従者の実力が分かっていれば、変ないさかいを起こすことはないだろう。僕がガーディアンである従者達を重宝しているのは、誰の目にも明らかだろうから、その理由の一端が分かってもらえたなら、その訓練も意味があったのだろうと思う。ただ、休息くらいは適当にだらけても良いと思うんだけどな。そこは各々の主張するべき点か。


 それに大工や鍛冶などを携わっている者から、道具の作成や修繕、改良なんかをやりたいって申し出を受けたらしい。資材を無駄遣いしなければと条件を出し、ある程度許可を出したのだが、これも休みにすることではないだろう。


 女性の場合は針や糸が少ないから順番に使って、服なんかの手直しをしたりしてたんだとか。これは資材をそろえてない僕も悪いが、やはり何かしていないと落ち着かないというのが、奴隷達の総意なのだろうと結論付けた。


 僕の私見では王都にも娯楽のような遊技はみなかった。見れなかっただけかもしれないが、出回っているようなものはないということか? もしくは遊びに興じている暇などないくらい仕事をしているとか。その辺は追々だが調べていこう。


 王都に行ったらヴァーガー辺りに聞いてみるのも良いかもな。僕は考えを巡らせ、昨日思っていた勉強について、今日から始めることを決めるのだった。



 ♦



 朝食も終わり集落へ向かおうとする僕とトヨネの後に、ついてくる小さな影が二つ。


「お前達、どうしてついてくる。僕は別に遊びに行くわけじゃないんだぞ?」


「おかあさまが、あにうえが何をやっているか見てくるようにって」


「そうそお」


 どういうことだ? あれか、また押し付けなのか? ん~……。そうだ、良いことを思いついたぞ。


「わかった。そういうことなら仕方ない、少し距離があるから馬車で行こう」


 こうして僕達は集落へ向かった。到着してすぐに僕の専用テントの前に着いたので、ヘズンスとアテンダは周囲をあまり見ていない。奴隷達もちらほら見られるが、それもあまり気にしてる様子もなかった。まあ、いずれ暇を見て回らせてやるつもりだ。今は僕専用のテントに入らせてやるのが先か。


「入り口で靴を脱いで入っておくれ」


「はーい、ぅわー。おっきい」


「はーい、ふわー。ひろーい」


 僕専用の仮設テントは中型のものだ。床もちゃんと特殊な素材の板を敷いて、その上に布を敷きつめている。なので僕は習慣的にこの仮設テントでは靴を脱ぐようにしているのだ。当然ここを利用する場合、その様式に従ってもらうわけで。


「あにうえ、靴をぬぐのですか?」


「きゃきゃ、やわらかい!」


 既に靴を脱いで床を飛び跳ねているアテンダ。逆に靴を履いたままの生活が習慣付いてしまっているヘズンスは、少し戸惑っている。兄弟ではあるが、これと言ってこれまであまり気にしてこなかった。だから、こんな些細な対照的なところは興味深いな。それはさておき、来る前に頼んでおいたように、机を配置してもらった。以前、大工のネフザラに伝えて小さめの椅子と机をいくつか作って貰ったのだ。それをヘズンスとアテンダに宛がう。これで準備はできた。


「つくえ?」


「今から何をするのですか?」


「もちろん、お勉強だ」


「おべんきょう~?」


 この後二人は、生まれて初めての勉強というものを教わるのだった。



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