第14話

 僕が次に取り掛かったのは領地に流れる川だ。川で何をするかと言うと目的は水車。他にも船場や釣り場も作りたい。事前にビジルズからここ数十年川の氾濫はんらんがないことは確認済みだ。大工担当のネフザラと石工担当のカーリシュを呼び意見を聞く。


「人力ではなく水力利用した仕組みの建築ですな。ただ、それだけのものを作ろうとすると、現在ある資材では正直言って心もとないですな。木材だけではなく、石や混凝土コンクリートが必要になるでしょう」


「そうだな。こればっかりは何処からか素材を買ってくるか、何往復も森に取りに行かないと無理だな。それにその水車と言うのは なかなか骨の折れる組み立てが必要のようでだ。少しばかり時間を頂かないと」


「それはもちろん。早急になんて注文はしない。出来上がれば使用頻度は高いはずだから、しっかりした作りを心掛けてくれた方が良い。無理がない程度に進めてくれればいいよ。

 水車ができれば、木材の加工も、食材の加工だってできる。水車は言わばこの領地を発展させる生命線になるだろうからね。今までの作業効率が激変するはずだよ! でもまあ、細かい作業にはさすがに使えないけど、大まかな作業の効率は段違いなはずだよ!」


「はぁ……、確かに言われればそうですな。水車を使っている領地は他にもありますが、広まって使われているのは多くはないと聞いています。どこの誰が最初に発明したかも、私は知りませんからな」


 二人は僕のテンションの高さに、少し呆気にとられているようだ。僕も少し興奮しすぎたかな。だが、この世界に水車や風車の導入がされていると言うのは、女神様から聞いた話だが、それに制限が設けられているようなことはない。作りたければ作り使えばよい。そんな大まかなスタンスだが、逆に制限などされていない方がこちらには都合が良いものだ。


 さておき、水車には基本大きく分けて二つの種類があり水平な水車を使うものと、もう片方が歯車が水にどう当たるかでその動力を伝達する役割が区分されるもの。用途は多方面にあるのだが、今回ネフザラ達に作って貰うのは下射式水車だ。下射式水車は川の平面的な流れを直に動力に変えるものだ。


 過去の世界で普及されていた中でも、特に一般的でオーソドックスなものだと思う。他にも水車の上部から水を当てる上射式水車や、下層から中層へ水を引き上げる中射式水車などもあるが、今のところ必要としないので割愛させてもらおう。


「オホン。それからそうだな、水車小屋が3棟できたら、次に教会を建てる。管理する人間はまだ見つけてないから急ぐことはないけどね」


「教会、ですか。そういえばこの領地にはそういったものも見かけませんでしたね」


「戦時中というのもあるけど、教会を建てている余裕もなかったし、管理人の当てもなかったというのが理由なんだけど。それにこの領地には村はあるけど街はない。いつか街造りなんてしたいと思ってるよ」


「オルクス様は壮大なことを仰いますな。ふむ、今は戦争が休戦して一時の猶予ができたということでしょうか。次に戦争が起こる前には完成させたいですな」


「そうだね。もう少し人手がいるか……」


 そんなやり取りをしていると、ケンプがこちらに近づいてくるのが見えた。何やら後ろに馬一頭の小さめの荷馬車を引いているものがいるな。恐らくは行商人か。この時期に来てくれるのは嬉しいが、はたして欲しいものがあるかは別問題だ。


「こんにちは。毎度来させて頂いております、行商人のカンスカと申します。屋敷に行きますと、こちらにも寄るようにと、奥様から言われましたもので」


「ああ、助かるよ。欲しいのは針や糸が中心で布なんかもあると助かるんだけど」


「はい。在庫はさほど残っていませんが」


「それと、こちらで採れた蜂蜜を売りたいんだけどいけるかな?」


「は、蜂蜜ですか……、ものによりますが買い取れるか一度見せて頂けますか?」


 僕がケンプに視線を送ると、インベントリを隠す様に懐から取り出した、栓の付いた透明な瓶を取り出し、それを商人に渡し鑑定させる。


「こ、これは! この濃度の高い品質の良い蜜を、本当に売っていただけるのですか? しかし、今の手持ちではいささか足りないところでございます。誠に残念ではございますが……」


 行商人カンスカは本当に残念そうにして言う。


「なら瓶をもう少し小さいものにするか。それとも、次に来る時は優先的にこちらに商品をまわしてもらうか、何かしら取り計らってもらえれば問題ない」


 カンスカは顎に手を添えて悩みだした。そして、とても申し訳なさそうに告げる。


「私は行商人です。村々を渡って商売するのが私の仕事だと思っております。ですので優先的にこちらに物を流したおかげで、他の村々に物資が渡らないというのは避けたいのでございます」


「なら、蜂蜜は小瓶で販売させてもらおう。優先的にというのも物を多めに持ってきてほしいということだから、他の村の分まで買い取ろうとはしないさ。あと蜂蜜の価格だけど、言い値で売ろう。いくらで買う?」


 僕の言い値という言葉に驚きながら、カンスカは難しい顔をしながら再び難しい表情で悩んでいる。ちなみにセンテドルとテクシストからは、相場の大体は聞いている。場合によっては相場が変動するも物もあるので注意が必要ではあるが、蜂蜜や砂糖と言った甘味は基本高い値で取引がされるそうだ。そしてカンスカが出した言い値は。


「小瓶2つで銀貨8枚でいかがでしょう?」


「うん。じゃあそれで」


 カンスカは相場より少し高い値で買い取った。それだけ元が取れる算段があるのだろうか? ちなみにこの世界の金銭の価値は以下の通りだ。


 銅貨  1枚 = 1フォーン

 中銅貨 1枚 = 10フォーン

 大銅貨 1枚 = 100フォーン

 銀貨  1枚 = 1,000フォーン

 金貨  1枚 = 10,000フォーン

 

 

 民が基本使うのもで銅貨から大銅貨、商人で扱うのは金貨辺りまで、金貨をより多く扱う商人はとても儲けているという一種のステータスでもあるようだ。また、これ以外にも小切手に似たようなものまで存在するらしい。


「手持ちではそれが精いっぱいです、ご容赦を」


「無理に買わなくても問題なかったんだけど、ここに来る時は言ってくれれば蜂蜜を売ることもできる。覚えておいてくれ」


「わ、わかりました」


 商談はこれで終わりだ。針や糸、布を少しとは言え補充できたのは嬉しかった。終始対応が僕のような子供でも丁寧に対応できる所や、行商人のスタイルを貫くこと。最後に、条件を付けて値段を釣り上げか買い叩けるにも関わらず、適正価格で商品を売り買いする姿勢は素晴らしかった。この行商人、カンスカは信用しても良いだろう。僕は心のメモに留めておいた。



 ♦



 さてお次に取り掛からなければならないのは、やはり紙か……。これがないと説明をするときもこまるし、収支なんかの報告書をつくるとき羊皮紙ようひしばかり使ってたんじゃお金の無駄遣いじゃないか。とりあえず、今は羊皮紙で我慢してさっさと作ってしまおう。


 作るにはパピルス草のような草木が必要だ。これは狩猟組や山菜の採取組に聞いてみるか。あればいいけど、もしなければ買ってくるしかない。さてどうなるか、僕は狩猟班と山菜取りに向かう班を呼んで聞いてみることにした。


「そういう草木はあったかどうか記憶にないですね」


「意図的に探せばあるのかもしれませんが」


 聞き取りをしてみたが、食事に直結するもの以外は、基本雑草とみなされているようだ、あまりいい返事は期待できそうにないな。そこで僕は視点を変えて、他に森の中に詳しいだろう相手に聞いてみることにした。


「ギィー、何パピルス草? そんなものを探しているのか」


 僕が相談に訪れたのは女王蜂ことハニークイーンの巣だ。


「うん、生えてる場所が分からないかなと思ってね」


「ギギ、ふーむ、わかるぞ」


 おっしゃキター! 僕はその瞬間女王蜂の両手を握ってブンブン振りまくった。


「ギギギー、こ、こら! 暴れるでない」


「あ、ああ、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃった」


「ギー、まったく。人間と言うのは変わったものを欲しがるのだな。あんな不快な匂いを放つ草なんぞ何の役に立つのだ?」


「あれで紙をつくるんだよ。字を書き込んだりして保管できるようにするんだよ。これがあれば生活が便利になるし、収益にもなるし良いこと尽くめさ」


 そう、パピルス草は独特で不快な匂いを持っている。それでもちゃんと加工してやると匂いも消えて紙として使えるようになるんだ。その後雑談しながら草が生えている所に案内してもらうことを取り付ける。すると女王蜂からこんな提案が。


「お主に渡している蜜なんだが、量を増やす代わりに頼みがある」


「頼み?」


「うむ。前に私達に使ったポーションがあるだろう。あれをまた飲みたいのだが交換という形でもらえないだろうか」


「それは構わないけど、怪我でもしたの?」


「いや、そうではない。そうではないのだが……」


「恐らく覚醒や進化の為ではないでしょうか?」


 女王蜂が言いにくそうに言葉を詰まらせている中、突然話しに入ってきたのはトヨネだ。だが、ポーションとトヨネの言う進化が結びつかず、僕は首をかしげる。


「私の時と同じように、切っ掛けとなるアイテムが必要なのではないですか? ハニークイーンである彼女にはポーションが切っ掛けとなるアイテムとして必要なのではないでしょうか。ポーションと言うよりはポーションに使われている成分なのかもしれませんが」


 僕は、そこまで言われて納得した。『ドミネーション・チョイス』の中でも、ゲーム内で捕まえ使役したりできるモンスターや動物が存在する。そのモンスターを進化させる為にアイテムを採取して来たり、錬金術で配合したりしたはずだ。でも女王蜂よ、僕は何時、モンスター、もとい魔物であるお前さんを使役したことになっているんだ? というかお前さんは、進化や覚醒しちゃうのかい。そうかいそうかい。まぁ何になるのかは知らないが、蜂蜜の量が増えるのなら別段ポーションくらい上げても良いだろう。


「わかったよ。ポーションで良いんだね。これで足りるかな?」


 僕はとりあえず、特大瓶に入ったポーションをいくつか取り出す。それに対し女王蜂は文字通り飛び上がって空中をホバーリングしている。見た感じ喜んでいるらしい。目の色が普段の薄い青から濃い青に変わっている。


「こ、こんなにもらってよいのか?」


「うん。余ったら仲間内で使ってよ」


「わかった。こちらも蜜の量を増やせるように調整する」


 こうして僕は後に驚くことになる女王蜂の元をお暇するのだった。



 ♦



「オルクス様、ポーションの販売も視野に入れると仰っていたのに、あんなに軽く渡してしまってもよろしかったのですか?」


「うん。まぁ今後は自重しようとは思うけど、後にマティアを呼ぶから今のうちは問題ないかなと思ってね」


「そうですか。マティアを呼ぶのでしたら山菜取りに、薬草採取も意図してさせた方がよろしいかもしれませんね。明日からの予定に指示しておきます」


「頼むね。それとトヨネに今度王都に行く時ついてきてもらうのは当然なんだけど、一緒に観光してほしいんだ」


「……? お供にと言うことでしたら、尚更当然だと思いますが?」


「いや、今まで色々やって貰っていて言葉でしか労えていないからさ。形のあるもので返したいんだよ」


「オルクス様、私にそういった気遣いは――」


「いや、必要だ!」


「……」


「ここはゲームの中じゃない。最近、特に思うようになったけど村人や奴隷だってNPCノンプレイヤーキャラクターじゃない。疲れもすれば怪我だってする。それはガーディアンである君達だって変わらないはずだ。違うかい? 多少の息抜き位してもいいはずだよ」


「それは……」


 そこでしばらく足を止め、互いに視線を重ねて無言が続いた。が、その無言の雰囲気に声が割り込まれた。


「その辺りで折れておきなさいよ、トヨネさん」


 いつの間にかそこにはアイリスとケンプがいた。


「言い出したら梃子でも方針を変えない。私達の主は元いた世界の頃からそうだった。それは私達もわかっていたことだ。あの頃の我々には好感度というシステムがあったと思うが、それが常に高かったのも今の主人だからこそだ。ガーディアンは常に主人と共にあるわけじゃなかった。嫌なら好感度を下げて主人の元を去る者さえいたのだ。ここに貴方がいると言うことはそういうことじゃないかね?」


「ケンプは何時もお説教くさいのよ。単に、主人を毛嫌いしているような態度をとって、隠れ蓑で心を隠すのをやめなさいってことよ」


「それでも、私は――」


「素直になりなさいな、トヨネさん」


 急に出てきて好感度がどうのとか、意図的に主人の前を去るとか初めて聞く内容だった。そんなことが起こりえたのか。そういえば、GMコールゲームマスターの呼びだしでそういう案件があったように思う。急にガーディアンが消えたとか、コマンドや命令を聞かなくなったとか。そういう問い合わせはシステム的なものだと判断し、プログラマーに案件を上げただけだったんだが。そんな隠し要素まで存在していたのか。まさか、仕様ですの一言で返したんじゃないだろうな? さておき、この状況は……。


「トヨネ。今まで通りで君がそうしたいならそれでいい。僕は強制なんてことはしないよ。ただ、王都に行ったときに一緒に店を回って他愛のない雑談でもしよう」


「……はい、オルクス様」


 僕はそれだけ言うと、ケンプに御者台に上がってもらい馬車で屋敷へ戻るのだった。


 水車小屋、釣り場、船場、それに紙にポーションの材料の準備。尤も足りないのは人手か。それに農地の状況も確かめないとな。トヨネとの王都回りも取り付けた。……ちょっと告白みたいな感じになったのはどうかと思うが。それに、今となっては不要かもしれないけどガーディアン達の隠し要素も知っておくべきかもしれない。


 僕は消化した作業工程と追加された内容に頭をかく。確かこんなことが過去のゲーム時代にもあったなと懐かしみながら。

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