第15話

 水車小屋の建設を始めてから2ヵ月余りが過ぎた。経過としては順調で現在2軒目をどこへ建てようか検討中だ。1軒目を建てるとき水車の車輪部分や、可動部分の説明が思うようにいかなかったが、同時進行で制作していたパピルスの試作で作成したパピルス紙が良くできていて、図面を起こしながらの説明に何とか制作部に理解してもらえた。それでも2ヵ月余りで水車小屋が1軒建てられたのは、大工や石工を担当している者達のおかげだろう。


 それから女王蜂達に案内されて定期的に収穫しているパピルス草だが、前世の時に使っていたA4サイズぐらいの大きさとB5サイズくらいの大きさ、さらにメモ用紙サイズの大きさに分けて制作を進めて早20日経過したところで、パピルス紙の生産もゆっくりとだが製作工程に流れができて完成度の向上と完成品の数が増え始めた。増えたと言ってもまだ失敗の方が多い訳で、それに人も少ないので時間を掛けての積み重ねが肝心だ。


 パピルス紙はパピルス草を作りたいサイズの縦横の寸法に茎を切り、外側の皮を剥ぎとる。皮をむいた茎を2セスから3セス(2mm~3mm)くらいにスライスしていく。さらに、厚さ2セスから3セスほどに切った茎を木片や木槌でたたいてつぶしていき、水分を出しながら広げていく。この時あまり強く叩きすぎるとスジの間から裂けてくるので力加減が重要だ。


 水気を切ったパピルスを、水を張った容器につけて柔らかくし、約6日間程漬け置きしておき、プレスしたときにパピルス同士が一枚の紙としてくっつきやすくする。ちなみに、この工程を省くと最後の工程で接着が弱くパラパラはがれて使い物にならなくなるのでとても重要だ。ここを試行錯誤しながら何度も失敗した。


 最後水に漬け置きしておいたパピルスを取り出し水は絞らずに、そのまま格子状こうしじょうに並べて程良い重さの平たい石でプレスする。プレスせずに木づちで叩くという方法もあるが、叩いているうちに線維がばらけて並びが崩れる事があるので、時間はかかるがこのままプレスする方法をとるのが無難だ。


 この工程を経て、完成したパピルス紙を徐々に増やしていくのが今後の課題だ。そして、そんなことをしているうちに過ぎ去った時間はやがて、王族の謁見を迎える日取りとなった。



 ♦



 我が家の馬車が王都の正門をくぐり、そのまま王城へと案内される。以前初めてくぐった時の面子に今度は杖をついた父上が加わっているわけだが、父よ身体が痛むのギクシャクしている。いやギクシャクし過ぎです、もう少し落ち着きを払ってください。


そして今回は前回と違い、だだっ広い謁見の間に到着。扉が開かれ僕達家族は王座のある奥へと進み行き、全員で王の前で礼をとると国王がゆっくりとした口調で話し始めた。


「表を上げ楽にせよ。この度いくつか問いたださねばならぬことがある」


「はっ、いかようなことでも」


 父上の返答に国王は、軽く咳払いをして間を置き用件を切り出した。


「ヴァダム男爵、単刀直入にお主に問う。お主に疑いがかけられておる。お主が我が息子ウルタルを戦場から逃がした後、戦場で時間を稼ぎ戦死したという報告を受けていたが、お主はこうして生きていた。これは、ウルタルを戦場から逃した後、時間稼ぎなどせず、戦場から逃げたのではないかという声が上がっておる。皆に説明をする為にも詳細を明らかにせねばならぬ」


「恐れながら。そのような疑い、かけられるいわれはございません」


「では、五体満足にここにいる説明を何とする?」


 次の瞬間、父は不意に力の抜けるような笑みを漏らす。そして――。


「五体満足……。護衛のどなたか槍を、一本お貸し頂けないでしょうか?」


「何? 槍を何とする」


 宰相様は警戒するように疑問をかけた。


「見て頂ければわかります」


 それを突っぱねる様に流す父上。さっきまでの挙動不審が嘘のようだ。


「良い、許可する。誰か槍を」


 国王の一声に警戒する兵士が2名こちらに近づいてくると、その場で持っていた槍を父に渡す。と――。


――ガシャン、という音と共に父上の乾いた笑いが増した。


「ハハ……。いや、失礼。これでも力いっぱい握って放さない様にしていたのですが。見ての通り私には以前のように重い武器を持って戦う力などありはしません。戦場で傷つき武器を取り落した私が最後に見たのは、槍の刃が私の顔や身体を貫こうとする瞬間でございました。そこからの記憶は曖昧で、一瞬胸元が光ったように記憶しておりますが、気付くと自分の屋敷の前で倒れていたようです」


「ふむ。それではいかにしてか戦場から舞い戻ったのかわからないということか?」


「妻の話では、私が戦場に立つ前に身に着けていた、魔石の嵌めてあった装飾品がごっそり消えていたということです。私は気にいった魔石を集めるのが趣味でして、その中には何らかの魔術的効果がある魔石も含まれています。それが戦場で生死を分けるさなか発動したのではないかと、これも妻の推測ですが」


「それで自領にもどったと」


「はい」


「ふむ……」


「さて……」


 父上の説明が終わり国王と宰相が思考に沈黙を重ねている。



 ――ガタン。



 と背後にあった僕達が入ってきた扉が開かれた。そこに現れたのはウルタル殿下だ。殿下はそのまま僕らに近づいてくると国王に一礼して次のように告げた。


「国王様、謁見中失礼致します。そこにいるヴァダム男爵の疑い、このウルタルが調べておりましたのでご報告にまいりました」


「ふむ、普段であれば謁見中に入ってくるのはあまり感心せんが、話が止まっていたところだ。お前の話を聞こう」


「はっ、ありがとうございます」


 それからウルタル殿下が何を調べて、どのようなことがわかったのかを告げる。先ず父上が戦場で皆が渋る中足止めを買って出た所は間違いなく。足止めで出立した500人余りの人員を引き連れて死地へ向かっていくのが確認されている。それから後、数日を500名が約十倍の敵兵力とやりあって全て戦死したと報告が入っていた。


 しかし、少し前戦死したと報告を受けていたヴァダム男爵が自領で見つかり保護されたと連絡を受け、足止めを買って出ておいて、実は戦場から自分だけ逃げたのではないか、という疑いがかけられてしまった。


 しかし、逃げたのではなくヴァダム男爵自身が自領へと、突発的な要因が起きて戻ったと手紙にあった。それについて、ウルタル殿下は戦場へ出立する以前のヴァダム男爵の行動を洗い出すと、話にもあった魔石の存在が浮上した。といってもヴァダム男爵が購入しているのは全て、一般的に言うところのゴミやクズといった魔石ばかりだった訳だが。中には何かの媒介として使われた使用済みや、魔力だけ込められた魔石、はたまた魔術の付与に失敗した魔石なども、お金をあまり掛けず購入していたのだとわかった。何の為に? 調べていた者全員が思ったことだ。しかし、購入されていた物に意味がわからず、さらにその購入履歴を調べるともっと謎だったらしい。


「魔石を買い始めたのは、ここにいる息子と同じような年頃の頃でしたから、わからなくても仕方ありません。子供心の延長線のようなものですから」


 ウルタル殿下の報告を聞いて呆れている周囲に、追い打ちをかける父。宰相様や国王様なんか眉間に手をやって揉んでいるじゃないか。


「それが今回、何らかの要因で複数の魔石が魔術……、というよりも魔法を突発的偶然に発動したと言うことか」


「予め逃げるために、魔石を用意していた訳ではないということですな。よもやそんな魔道具や魔術、あるいは魔石があるなど聞いたことはありませんが」


「そのようです」


 報告はこれで終わりとウルタル王子は再び礼をとった。




「とりあえず、周囲にはそのように説明をしておくとしましょう」


「うむ……、わかった」



 少し呆れた感じはあるが、宰相様や国王様にも何とか納得してもらえたようだ。ウルタル殿下に感謝しないとな。


 謁見が終わり広間を出る為の扉をくぐると、家族全員でウルタル殿下に礼を述べる。


「ありがとうございました。ウルタル殿下のおかげで何とか言いがかりをのけることができそうです」


「いえ、貴方に助けられた恩を返そうとしたまで。それと一つお願いがあってきました」


「お願いと言いますと」


「孤児院化している教会と孤児の件です。少し場所を変えましょう」



 ♦



 ウルタル殿下にそう促され、移動してやってきたのは、以前来た時よりも静まり返った件の教会だった。そこで久々にシスター・センテルムとその隣にはアスリがいて、こちらを向いてたたずんでいる。そしてアスリの開口一番がこれ。


「おい、へっぽこ王子! 皆をどこへやったんだ!」


「こ、こらアスリ!!」


「アニスもヤンゴも他の皆もいなくなった。残っているのはおチビ達ばっかり。どこへやった! あいつらをどこへやったんだよ!! うえぇぐっぅ――」


「アスリ……」


 アスリは勢いで殿下に向かうかと思いきや、その場で立って上を向いたまま泣き始めた。どこに何をぶつければいいのか分からず、感情があふれ出したようだ。それを横にいたシスター・センテルムが抱きしめてあやす。


「説明は?」


「致しましたが、領地の名前を告げると勢いで向かってしまう恐れがあるので、他の領地へ行ったとだけ伝えてあります」


 そうか、とウルタル殿下は呟いてこちらを向く。


「気づいているかもしれないが、この教会の孤児は各地に教会のある領地に分けて送り出している。残りはここにいるシスターと孤児が10名のみ。願いと言うのは他でもない。彼女達を引き取って貰えないだろうか?」


「どういうことでしょう? うちの領地には教会は存在しないのですが」


 父上は疑問を投げかけたが、ウルタル殿下の視線は何故かこちらを向いていた。


「オルクス、君が教会を運営する人材を探しているのを小耳に挟んだんだが、そのようなことは身に覚えはあるか?」


 その疑問にその場にいる全員の目が僕を見る。泣いているアスリでさえこちらを窺っている。殿下は全部調べた上で尋ねられているのだろう。まあ、隠すことではないし、将来的な事なので行ってしまっても良いと思う。


「はい、領地に教会を建てる予定です。ですが、当てはなかったので人手をどうしようかと考えてはいましたが、どうしてそれを? まだ母以外の少数の人間にしか伝えていなかったと思うのですけど」


「王都で一番大きい奴隷商を営むヴァーガーといったか? あれの所にも今回調べに入ったんだ。その折に君の事を聞いてね。奴隷を結構な数買いつけていたり、たまに、手紙のやり取りで注文したりするそうじゃないか。その中に教会の管理を任せられる人材を探しているとあったそうだ。あー、彼を責めるなよ? 私から問い質されては答えぬわけにもいかないだろうからな。それで思いついたんだよ今回の教会に対する取り決めをね」


「責める気はありません。必要な事だったのでしょうから。ですが、教会に対する取り決めですか?」


 そうだ、と言いながらウルタル殿下は、今回の取り決めなるものについて説明し出した。その全容とは、王都にある教会を一時閉鎖し、完全に出資を止めること。その間の教会にいての一切の管理者及び孤児は、領地に余裕のある尚且つ教会が存在する領地へ移送後、そこの領主の管轄で生活してもらうというものだった。


 王都の教会は一時的に閉鎖するが半年に一度、散らばった管理者と孤児を呼び戻し三日だけ教会を開けるということだそうだ。閉鎖している間の管理は全て王族側が行い、教会の修繕や掃除などは業者を雇用して行うとのこと。


 ちなみに、散らばった孤児や教会の管理者は、管轄の領主が養うに当たり、月に一度、必要に応じた一定の補助金を少額出すこととなっている。まぁそういうことなら引き取りをしても良い気はするが……。


「殿下、先ほども言いましたが、まだこちらでは教会の姿形も準備できていません。今すぐにというのは……」


「ふむ、そういえばそうだったな。シスター・センテルム、しばらく教会がなくても平気か?」


「雨風さえしのげれば……、どこででも祈りを捧げることはできます。それと、厚かましくありますが、できれば子供達の食事の面も工面できるようにして頂ければと……」


 そう言ってシスター・センテルムは、僕に向かって頭を下げた。アスリも僕を見ている。これでは、断れば悪者ではないか? そんなことを考える。


「だそうだが、どうだ? そうだな、私からも少し少ないが金銭面で融通しよう。自領に戻る前に奴隷商の所に向かうのだろ? この書状をもっていけば、相手もいくらか値引いてくれるだろう」


 何が書かれているのかは知らないが、見せればヴァーガーの顔色が変わるものなのだろう。僕に対してもかなりの餌になる。よくよく考えていらっしゃるのだな、この殿下は……。


「用意周到ですね、ウルタル殿下」


「ふふ、私も色々と考えたさ。さて、早速だが返答を聞こうか?」


 僕は一度両親に視線を向けたが、頷いて返された。許可するということだろう。もしくは、自分で決めろと言うことかな? まあ、返答は決めてあるけれども――。


「わかりました。つつしんでお受けいたします」


 こうしてシスター・センテルムとアスリを含む孤児達10人の引き取りはなされることとなった。


 オルクスよ、と殿下と別れた後の教会で前で、父上に呼ばれる。馬車に乗る手前、父がこう述べた。


「この後私達は先に宿に戻る、お前は自由にしなさい。シスター達は、明日の朝迎えの荷馬車を寄こすので子供達と準備をしておいてもらおうか、持てる荷物は全部荷馬車に乗せると良い。大人一人と子供10人くらい、荷馬車なら余裕で乗せられるだろう」


「かしこまりました、御厚意に感謝致します。今後とも、子供たち共々よろしくお願いします」


「アスリもシスターの手伝いちゃんとしなよ? 寝坊したら置いてかれるかもしれないからね」


「分かってるよそんなこと! オルクスのいるところに行くのか……」


「今泣いたカラスがもう笑ってる。カラスがこの世界にもいるのかは知らないが……。まあ、半年に数日だけど他の子達と会えるのだから、そんなに落ち込むことはないさ。アスリはとりあえず、他の子達をしっかり見ておくれよ。領地に着けばちゃんと手助けするからさ」


「分かった。あの王子を信じるのはまだできないけど、オルクスなら信じられる。ちゃんと飯くれたら働くからさ」


「期待してる。それじゃあ、僕は行くよ。また明日」


 短いやり取りの後、僕の自由な時間が訪れた。さて何からするべきか。




 ♦♦♦




「はぁぁーーーっかれた。早く家に帰りたいもんだなぁ」


 オルクスと分かれ、宿の一室で椅子にへたり込むように座ったのはルオ・ヴァダム。杖を放り出して顔を拭う。


「あらあら、あなたみっともなくてよ?」


「今はお前と二人だけなんだ、少しくらい勘弁してくれぇ」


 そう言って今度は椅子からベッドに滑り込む。ベッドのシーツが少し冷たく、自分の体温を冷やされている様で、余計に力が抜けているようだ。緊張からの解放が、ここに来て彼の心境を表す。


「国王様に宰相様、最後は殿下っていうトリプルパンチだったんだ。もうへとへとだ。お前もオルクスも良く平気な顔でいれたもんだよ。俺なんか終始喉が渇きっぱなしだったぞ」


「私だって平気ではありませんのよ? 今回は私には話が回ってこなかっただけホッとしておりました」


「まぁ今回は俺の疑いをはらすのが目的だったからな……。それにしたって俺の息子は肝が据わってると言うかなんというか。殿下と面と向かって話してやがった。用意周到ですね、だと。あれは怖いもの知らずか? いや違うな俺の息子だからか。そうだろビスタリア」


「ええ、きっとそうでうでしょうとも。将来ルオに似た素敵な男性になるわ」


「ははは」


「ふふふ」


 そんなやり取りがあったとか何とか。

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