第16話

「針に糸、布。剣に盾、弓に矢。つるはし、金槌、金床かなとこ、ハシ。十能じゅうのう、炭ばさみ……、のみ各種と、こんなものか。何か買い忘れあったかな?」


「いえ、十分と思われます。古着をはじめ、足りていなかった針や糸、布も買えたので問題はないでしょう。後は領地で職人知識のある者に任せればかまも作り出すでしょう。足りない物があればその都度言ってくるでしょうし」


 そうか、と僕は答える。今回ついてきているのはトヨネだけだ。僕がそうしてもらったんだけど。今回は時間的に結構余裕があるからブラブラ店を回りながら必要品を買い物しているところだ。


 ゲームの時は仕事を優先しないといけなかったから、トヨネや他のガーディアンとのんびり買い物する日は滅多になかったし、それに今は感情と言うものが存在するトヨネと初めての……、これってデートって言わないか? あー、いわないな。ただの買い物だし、僕はそう結論付けた。しかし、今日は少し違うこともしようと思う。


「トヨネ、あそこに見える店に入ろう。少し早いけどお昼でも食べて休憩だ」


「わかりました」


 で、座席に座る僕とその後ろに立っているトヨネの図。いや、そうじゃなくて。


「トヨネ、前の席に掛けてくれ。一緒に食事をとろう」


「いえ、私はここで――」


「お願いだよ。一緒に食べよう。その為に個室とったんだしさ。トヨネがいるのに一人で食事なんて味気ないよ」


「いえ、ですが――」


「今日だけで良いからさ。いや、本当なら何時もそうしたいんだけど、トヨネも仕事があるしゆっくりできないじゃないか。前にも言ってた“王都に行ったときに一緒に店を回って他愛のない雑談でもしよう”。これを実践したいんだよ。今日はゆっくりトヨネと話したいんだ。お願いだよ」


 なんか、これはヒモ男みたいなセリフだな……。段々悲しくなってきたぞ。ついでだし、とことん弱腰で攻めてみるか。


「やっぱり僕なんかとじゃ無理だよね。そっか、うん。わかってた」


「そ、そういうわけでは……」


 おや、トヨネがどもったような気がしたけど。そして、何と僕の前の席に座ってくれた。


「これで、よろしいですか?」


「うんっ!」


 おお、これは何というか良いな。やはり意識するとトヨネって美人さんだもんね。それと正面って言うのはやはり何というか落ち着かない。何か話さないと間が持たないじゃないか。


「トヨネは何か食べ物の好き嫌いはあるかい? ちなみに僕は酸っぱすぎる食べ物が苦手みたいだ」


「そうですね、これと言って味覚で好き嫌いはありません。それに、私達召喚されし従者の身体は、食べ物を摂らなくても、召喚主の魔力と少量の水があれば生きていけます」


「え!? でも、モモカは馬鹿食いしてたぞ?」


「……、訂正します。魔力が手に入らない場合の補給方法として食事をとります。その摂取量は各々違いますが、普段はオルクス様がおられますのであまり必要ないはず、なのですが……。モモカさんには後で言っておきます」


「へー。うーん必要ないよ? 食べれるときに沢山食べてくれた方がいいと思うし。それに、そんな理由があったとしても、これからは食事もちゃんと摂っておいてほしいな」


「何故ですか? あまり必要と感じませんが」


「え、えっと。それは――、トヨネが美人だからだよ」


「何を言っておられるのか意味がわかりません。理解できるようにお願いします」


 必要と感じない。そう言われて言葉が一瞬見つからない僕は、とりあえず言訳がましい理由を述べることにした。


「だからさ、トヨネみたいに美人さんが食事を摂らなかったら、それを見て周りの女の子が真似するかもしれないじゃないか。トヨネがそのプロポーションを維持しているのは、普段あまり食べないからだって。そんなこと真似されたらうちの少ないメイドも、それに奴隷の中にいる女性だってぶっ倒れちゃうじゃない?」


「……なるほど、私が美人であるかはともかく。食べないところを見られて真似されると、周りに被害が出るということですね。かしこまりました、食事は極力摂るようにします」


「うん、是非そうしてよ」


 何とか理由を付けてトヨネに食事を摂らせることは成功しそうだ。それから僕達は他愛ない雑談から、ゲーム時代にあったと言う、僕の知らない隠しステータスや、システムについて話し合った。それはとても楽しいひと時で、あっという間に時間は過ぎ去ってしまった。


「オルクス様、そろそろ時間が」


「ああ、楽しい時間はすぐに終わってしまうっていうのは本当だね」


「はい」


「良ければ、またこうして話がしたいな」


「……はい。私はこのようなことが、本当に必要なのかと懐疑的ではありましたが、実際にしてみると必要なのだという事が理解できました。情報交換の場であり、不足していた部分が充実したように思います。主人の考えに至らない自分が恨めしくあります」


「そんなことはない。僕だって知らない情報が手に入ったんだ。普段だけじゃなく、時間が取れるときには、こういう時間も必要だと思うんだ。だから、また協力してほしい」


「かしこまりました」


 トヨネは少し勘違いをしているようだけれど、それは触れないでおこう。兎に角やったね。オルクスはトヨネとの約束を取り付けた、なーんてね。有意義な時間だった。



 ♦



 僕達は食事を終え店を出ると、その足でヴァーガーの奴隷商店に向かった。ヴァーガーは会った瞬間、取引相手の手紙のやり取りを漏らして、本当に申し訳ないと謝ってきた。


 個人情報の漏えいだが、まぁ王族の取り調べなのだからしょうがないと許してあげることにし、代わりにウルタル王子から預かっていた書状を見せてやる。すると、一瞬気が緩んだ反動か書状を見るなり笑ったかと思うと、狼狽した様子に早変わりするヴァーガーに何事か尋ねる。


 書状には僕について調べるのに協力した事への感謝文と、今後1年この店の税金を一部増額する並びに、ヴァダム男爵家が購入する奴隷を全てを掲示額の半分にすること。


「えらく厳しいことするなぁ」


「そう思うでしょう? でも、うちは掲示額っていう、所謂値札をしてなかったので、本当なら店そのものが罰せられて、店ごとたたまなきゃならなくなるところだったんです。ですが、オルクス様が贔屓にしてるって言うのが伝わったとたん、税金の一部増額と、オルクス様の購入奴隷の金額を半額にする、その程度の軽い罰則程度に収まったということです。店が続けられるだけでも首の皮がつながったも同然ですよ。感謝しております」


「よしてよ。とりあえず今日も購入させてもらうよ。手紙に書いてた教会の管理者については見つかったからもう探さなくて良いよ。代わりに石工と鍛冶、大工の経験者を数名見つくろってほしい」


「わかりました、少々お待ちを」


 そして面談を終え、今回は各職業経験者を2名ずつ購入。明日の早朝に引き取りに来ればいいかな。後は僕の買い物だ。僕は魔術書を探しに王都の本屋をあちこちと練り歩いた。その結果、ピンからキリまであるが魔術書がものすごく高いと言うことが分かった……。魔術書一冊で金貨5枚以上、フォンを円に直すと5万円以上という価格になる。それで奴隷を一体何人買えると思ってるんだ。


 とりあえず僕は初心者用の古く分厚い魔術書を一冊、それでも銀貨5枚(5,000フォン)するものを購入しておいた。用がすんだらさっさと売り払う事を心に決めておく。


「買い物も済んだし、宿に戻って休むか」


「かしこまりました」


 そうして宿に戻る為に向かっている道すがら、大きな看板が目に飛び込んできた。最初その看板を見たとき、剣と杖の手元の柄が交差して木彫りしてあったので武器屋と思ったが、よく見ると盾も彫られている。そしてその看板が掛けられている建物の入り口から出入りしている者達が。いかにも冒険してますってで立ちなのだ。


「ここって冒険者ギルドかな?」


「恐らく、本屋でこの王都の簡単なマップが書かれていたものを見かけたので、役に立つと思い購入しておきました」


「おお、いつの間に。仕事が早くて助かるよ」


 しかし、僕は現状冒険者には興味はない。領地に戻れば元冒険者のハーデヒト達もいるし、聞きたいことは彼らに聞けばわかるだろう。それに、こういう場所にいると、なんとなく絡まれる予感しかしない。僕は何時もより早足でその道を歩くことにした。しかし。



「おっと、急ぎ足でどこいくのかな? 君ぃ~」


 安定のエンカウント率か、と僕が視線を向けた男の目は、僕ではなくトヨネに向いていた。やはり美人絡まれるエンカウント率は子供より高いということか。僕の事は眼中にない男に向かって、意味もなくそんな事を思った。


 男はトヨネの前に立ちはだかり、行くてを塞ぐ。一方トヨネはその男を交わし僕の手を引いて進む。まるで漫画に出てくるバスケットボールやラグビーのようなスルーだ。そんなやり取りが3回ほど続いたころ。件の男が痺れを切らしてトヨネに掴みかかろうとする。


「こら、反則はダメだろ」


「なっ?」


 僕は相手の足元に潜り込んで、腕輪の防壁機能セキュリティを範囲展開させ、その範囲に入っていた男を弾き飛ばしてやった。男は空中を勢いよく飛んで冒険者ギルドの建物に頭から突っ込んで壁に大穴を開け、ピクリとも動かなくなった。恐らく失神だろう。僕はそう決め込んでトヨネの手を握り返す。


「さて、行こうか」


「オルクス様、あまり無茶は……」


「善処します」


 僕はトヨネの手を取り、その場から駆け足で逃げ出した。




 ♦♦♦




 冒険者ギルドでは、突如壁を突き破って顔を出した冒険者にその場は騒然となった。その冒険者は素行は悪いが腕の立つ二流冒険者だったからだ。


「何があった!?」


「おう、ギルマス。突然こいつが壁をぶち破ってきやがったんだ」


「誰かこいつを知ってるか?」


「こいつ、軽業のジョニーだろ? さっき通行人に絡んでるの見たぜ」


「その通行人にやられたのか? こいつもそれなりの冒険者だろ。いったい誰が。絡んでたって言う通行人も冒険者か?」


「いや、ガキとメイドだったぜ。ジョニーが絡んでたメイドが何回かスルーして、業を煮やしたそいつが手を出そうとしたところでガキがなんかしたらしい。一瞬光ったのが見えたぜ」


「魔術師か……、こいつも無茶な相手に手を出しやがって」



 冒険者ギルドでは、メイドを連れた子供風の魔術師の話が飛び交ったとか何とか。人を見た目で判断した馬鹿な冒険者ジョニーの話は瞬く間に笑い話として、酒の肴に馬鹿話として広がっていった。



 ♦



 そんなことがあったことなど知らない僕は宿に戻り、夕食を食べたながら両親と今日あった事を話して雑談に興じていた。


「トヨネに絡むなんて、ほんとに馬鹿らしい相手でした」


「でも、美貌には男も女も群がるのは当然よ? 美人は総じて何かしら絡まれるものよ。やっかみも妬みも嫉妬も女性からだってあるんだもの。男から言い寄られるのは、美人なら当たり前と捉えて諦めるしかないわね。その分オルクスがトヨネを守ってあげないとね。私のルオみたいに……」


「そうだな。それが男の甲斐性と言うものだ」


「はぁ、そういうものですか」


「だからオルクスは手を出したんじゃないの?」


「そう言う考えで手を出した訳じゃ……、あるの、かもですね」


 トヨネに突っかかってきた男に対して若干のイラつきはあったかもしれない。同じことをまたされたら、僕もまた同じように撃退しようとするだろう。まぁ正直トヨネの方が僕よりも強いのはわかってるし、トヨネ個人で撃退も余裕でできると言うこともわかってはいるのだが。それでもやっぱり僕は手を出すだろうな主としても、男としても……。


 僕は主人としても強くなるべき、だな。帰ったら魔術の勉強を追加してやろう。いざって時に守られてばかりじゃダメだからね。僕はそんなことを決意しながら食事を終えた。



 ♦



 翌日、シスターと孤児達を迎えに親達は先に出発し、僕は奴隷を引き取るためにヴァーガーの店舗へ向かう。合流は毎度のことながらチコルガ村だ。到着が夜にならないように早めに出発しておかないとな。


「おはようございます、オルクス様。奴隷の引き渡し準備は既にできております。馬車に乗せてすぐにでもお引き渡しできますが」


「うん。じゃあ荷馬車に移動させておいてくれればいいよ。それはそうと魔術師って結構珍しいの? 王都ここでも見たことないんだけど」


「え? ええ、戦争が続くこのご時世ですから、戦死する確率が高いのでしょう。魔術師の数は年々減っていると言われています。もしや、お探しですか?」


「そうだね。いた方が色々便利だと思ってね。見つけ次第確保しておいてもらえると嬉しいよ」


「かしこまりました。ですが、魔術師は手に入る可能性は低いと思います。それに使い手の実力はピンからキリまでランクが異なりますので。もしかしたら、オルクス様のお眼鏡に適うかどうかもわかりませんが、手配できましたらすぐにご連絡をいたします」


「うん。よろしく」



 僕は注文を残して新たな奴隷を引き取ると、両親が先に向かった合流ポイントのチコルガ村へ向かうのだった。

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