第17話

 チコルガ村で両親と合流後、それから3日村々を移動し夜を明かして自領に帰り着く。僕は経費書類をビジルズに預け自室にて、アイリスから集落の様子を報告で受ける。概ね出発前とそう変わりないようだ。6日程度しか経過していないのだから当たり前か。それでも、奴隷達は皆水車の存在にとても驚いているようだと聞いている。水車小屋の内部でパーツの交換さえすれば、木材の製材から機織り、穀粉こくふんだって水力による機械的な駆動によって作れるんだ。その効率を考えれば驚きもするか。


 ただ、ちゃんと掃除したり、からくりを変更しないと木材の加工と食料の加工では、やはり目的の用途として勝手が違う。麦などの食べ物に関しては、基本水車を使うより干歯せんばこき等の道具を使った手作業の方が、異物が入らなくて良いという結果で落ち着いたらしい。食料加工専用の水車ができれば使うという事で、特に問題が起きることもなった。この世界、案外色々と便利な道具が溢れてるな、そう思うのだった。


 そしてこちらからは、新たな住人となる奴隷の追加がある。奴隷については王都へ行く前に、予め増員があることを知らせてあったので、新しい奴隷達が住む場所は困らないように建設済みだ。しかし、シスターや孤児達の住む場所を何とかしなければならない。とりあえず仮設として、中型の仮設テントを組んでもらうように、資材を預けて屋敷と集落の間に建設させることにした。集落の近くに仮設テントを設置すると騒音で小さい子供がお昼寝できないだろうし、何よりお祈りの時すごく煩わしいだろうと配慮した結果だ。



 それから数日、集落はわずかに増えた人員を加え、さらにその活気が増えた。しかし、雨期にでも入ったのか良く雨が降る。今までわからなかったが、雨が降り続くと屋敷の倉庫から出して組み上げた天幕が、雨漏りしたりして修繕に大変だった。共同住居でも建築していくことを考えないといけないかな。


 それに雨の日でも作業ができるように別の仮設テントも必要だろう。僕は晴れの日に追加で建設の依頼を出す。水車小屋に新しい仮設テント、教会の建設、住居の建設。もう少し人手が欲しいが住処と食料の問題がある。迂闊にほいほい人員を増やせないのだから、今ある人手でやり繰りするしかあるまい。それでも水車小屋が一つあるだけで作業効率が全然違うのは良いことだ。


 二つ目の水車ができたら共同住居を先に建てて、その後教会だな。僕は専用のテントの中で、制作に失敗したが使用はできるパピルス紙をメモ帳にしながら予定を組み立てていく。



 ♦



 そんなある日、朝食の席で父上からこんな話が出た。


「領地の住民に手伝いを、ですか?」


「そうだ。そうすれば予定している建物の建設期間も、幾分か短縮されるのではないか? まぁ水車や住居、教会に限らずとも別の作業に回せばいいと思うのだが?」


「しかし、領民の見返りは何をするのですか。まさか、タダ働きと言うわけにもいかないでしょう」


 それについてなんだが、と父は少し間をっ区切って述べる。


「お前の所に癒し手がいただろ。それで領民の中で治療が必要な者を見ると言うのはどうだ? どちらにも損はないし、むしろ人手が増えて良いことの方が多いだろう?」


 理由を詳しく聞くと、戦争で何とか帰ってきた領民の中には、怪我や身体の欠損をした者達がいるのだと言う。他にも病気で働き手が不足しているところもある、その所為で人手が減り、作物の収穫量も減少してしまう恐れあるのだとも。人手が少しでも増えれば収穫量も増え、彼等領民からの納税が楽になる。それ以前に身体の不自由から解放されれば、領民も喜ぶだろうとのこと。


「そうですね。そういうことなら建物の建設は合同で行いましょう。人手が多ければ別の事に充ててもいいですね。なにより早く教会が建てばその分シスターや子供達も喜ぶでしょうし。それでは、セシルと共に今日から領地を回ってみることにします」


 何より教会がもたらす効果に期待できるからな。それだけが目的であるとは言わないけれど、人の拠り所はあった方が良いだろうと思う。


「ああ、そうしてくれ。気を付けていってこい。我等が来たら、また徴兵か、等と思われる場合もある。村に着いたらまずは手短に、誰でもいいから来た理由を述べておけ。変な誤解は危険な場合がある。領民と対立などと言うのは、我々には死活問題だからな。お前の買った奴隷との共同作業を話すなら、より慎重にすることだ。怪我の治癒を先に述べて、要領良く話をまとめてこい」


「わかりました。まずは話を誤解のないように伝える努力をします。その後は順当に混乱が無いようにしてきますので。ご教授に感謝します、父上」


 そうして話はまとまった。僕も正直、奴隷達と領民はいずれ同じように生活していくのだし、交流はした方がいいと思っていた。それが少し時期が早まる程度なら問題ないだろう。



 ♦



 僕はその日のうちにさっそくセシルとトヨネ、あと少数の護衛と一緒に領地の中にある村々を一つ一つ回ることにした。村で住居を一軒借りてセシルの癒しを行いながら教会の建設に、どれぐらいの人数が手伝いとして望めるのか、詳しく調査しに来ているのだ。


「この村の規模は大体50人ほどか。病気や怪我を抱えている世帯も、思うほどそんなにいなかったな。村長さん、村の怪我人はさっきので終わりですか?」


「は、はい。おかげ様で怪我人も病人もいなくなりました。これで田畑にも人手が増やせます。ありがとうございます」


 欠損を治療された者は、家族や周囲に触れ回り奇跡だと叫んでいたりする。怪我や病気が癒された者は、家族と共に泣きながらセシルに向かって拝み続けていた。もちろん一応の口止めとして呪術で話せないようにしていくのを忘れない。


「いえ、治せる怪我や病気でよかったですよ。それで二月先に教会の建設に出せる人数がどれくらいになるのかを調べて回っているので、後で巡回に来る兵士に名前と人数を名簿に書いてもらって教えてください」


「はい、今の時期なら10人前後出せると思います」


 こんな調子で村々を回った感じでは、村を20そんに対して手伝いが出せる人数は114名。500人程度の領地として考えれば5分の1、良い数字だろう。勿論7月に入り収穫時と少し被るかもしれないのでそこは留意するべきだけど、短い期間であればの話だ。それにセシルの力があればこそ、この人数なのだ。これなら10人ずつローテーションして行えば、1日10人の労働力をトータル11日できる訳か。これを2巡すれば10人の労働力を22日も稼げる計算になる。素晴らしい。


 とりあえず僕はそうなった結果を報告しに屋敷に戻ることにした。報告を受けた父上は結構な喜びようでビジルズと共に、納税の再計算をするようだ。



 そしてまたある日、僕が屋敷から集落へ向かう最中シスター・センテルムに呼び止められ相談を持ちかけられた。


「仕事をしたい?」


「ええ、炊き出しの時は手伝い程度しかしていませんし、畑仕事や簡単な作業でしたら私や子供達でもこなせると思うのです」


「そこまで気を使わなくても」


「いえ、ずっとお祈りをしていることだけが神事ではありませんし、何もせず食事だけとっているというのは子供達には悪影響となりえますので、何か仕事をお任せ願えませんでしょうか」


 僕は少し悩んだ。子供ができる手伝いと言うと余り多くはない。


「うーん、わかりました。そこまで言われるのなら教会を建てる場所の裏手にも畑仕事が可能な場所を、それと手先が器用な子には裁縫をお願いしましょう。ついでに午前中は子供達に勉強する時間を与えてはどうですか?」


「まあ、勉強ですか?」


「ええ、確か預かった孤児の年齢は下が5歳から上が10歳まで。時間さえあれば勉強だってすることもできる年齢だ。簡単な計算や文字から地理や歴史なんか学んでも良いと思うんだけど。幸い教師陣はこちらで用意できますし、どうでしょう?」


「それは願ってもないことです。ですが、よろしいのでしょうか」


「弟妹達が受けてますので、そのついでだと思ってくれればいいと思います」


「わかりました、よろしくお願いいたします」


 とは言ったものの、弟妹の事に関しては必ず両親に相談をして許可をとらなければならないと母上からきつく言い含められているので、とりあえずお伺いをたてることにした。最悪ダメなら弟妹と孤児達は分ければいいしな。


しかし、母は若干心配そうではあったが、父はそうでもなかった。


「いいんじゃないか? 同年代の友人はいた方がいいだろう」


 と鶴の一声ならぬ父の一言であった。そして2日後から弟妹と孤児達は教会用の共同仮設テントで合同授業は行った。最初はぎこちないやり取りではあったが、時間がたてば仲よく雑談したりするほどまでになったそうだ。




 それからさらに月日は流れ。丁度一月が過ぎようとしていた。ちなみに今は6月。最初の奴隷達を購入してから4ヶ月余りが経過したことになる。水車小屋は1棟既に完成し順調に稼働中、共同住居も少し前に完成したところだ。


 そして一月の間に父の疑いは晴れ、お咎めはなし、もちろん褒賞もそのままとなった。父は胸のつかえが降りたのか最近はすこぶる機嫌がよろしい。そして今、僕はと言うと。



「どうしたオルクス。もっと剣をしっかり持て」


「はい!」


 僕は今絶賛剣の稽古中だ。何故こうなった……。


 事の発端は朝食の席でのこと。


「オルクス。お前、最近ずっと魔術書とにらめっこしているそうだな」


「はい。少し前に偉い方から魔術に向いていると言われたもので」


「ふむ、偉い人?」


 僕はそこでどう説明すればいいのか考え込んだが、とりあえず巡礼中の修道女と言うことにした。


「しかし、剣くらいは扱えるようにならないと、いざ魔術が使えなくなった時どうするのだ」


「いや、それは……」


 僕が答えられないのが嬉しいのか、父はニカリと笑って。


「俺が剣の鍛錬を付けてやろう。鉄槍のような重いものは無理だが、木剣程度なら今の俺でも持てるしな。丁度身体を動かしたいと思っていたところだ」


 と、食事が終わって屋敷の外に出て父上と対峙する。勿論、腕輪の防壁機能セキュリティはオフにしてあるので、ボコスカと父上の容赦のない攻撃を受けるわけで、漸く現在に至るわけだが。


「ほらっ! 足がふらついてるぞ」


「は、はい!」


 そんな調子で約一時間ほどしごかれた僕は、父が終了を告げた頃にはボロ雑巾は言い過ぎかもしれないが、ボロボロになっていた。



「オルクス様、大丈夫ですか?」


 気付くとトヨネが寄ってきて覗きこまれている。


「まぁね。ちょっとこのまましばらく動けそうにないな」


「セシルを呼びましょうか?」


「いや、このままでいいよ……、しかし、父上があそこまで剣が達者とはね。というか僕が弱かっただけか。確かに魔術が使えなかったとき、剣もまともに振るえない様じゃ、戦場じゃ役立たずかもしれないな」


 僕はしみじみと呟く。現に魔術がつかえなければ魔術師は物理で何とかするしかないのだ。


「ルオ様は明日からも、継続して鍛錬させると仰っていました」


「うん。しばらくこの恰好で過ごすことになるんだろうけど、酷いしごきじゃないんだし、父上の手前やるしかないな」


 僕はそうして次の日も、その次の日も地面に大の字になる毎日が続くのだった。



 ♦



 とある日の屋敷の庭にて。新たに二人のガーディアンを呼び出すことにした。


「我ここに盟約の証をかざさん。忠実なる者よ再び封じの鍵を解かん。我が前に姿を!」


 浮かび上がる魔法陣とその光の人型に、召喚の成功が確定される。そして今回二人共女性だ。今のところケンプ以外女性しかガーディアンがいないのは、意図したことではないと予め言っておく。課金ガチャを回したら女性キャラが多かった。ただそれだけなんだ。ほんとだよ?


「マティアにルルス久しいね、『僕』の事がわかるかい?」


「お久しぶりっす、ご主人様」


「ご主人様、お久しぶりです。また私の力が必要とは、喜ばしいことです。何なりと申し付けください」


 二人は膝をついて礼をとっている。ルルスは女性ながら、黒いシルクハットに黒っぽいタキシード、白いシャツに首に紐のリボンをつけている。モノクル《片眼鏡》を右目につけているのが特徴で、短めの深い青髪の男装の女性だ。


 逆にマティアはだぼつくような白衣をまとっており、内側に物をたくさん仕込んでいるのが見え隠れしている。特徴的な茶色っぽい帽子には茶髪が短くまとめられていて、その帽子に大きさの異なる眼鏡なのかゴーグルなのかが付いており、分厚い手袋にもレンズがついている。何ともぱっと見では、その用途に疑問を持たれるだろうが、彼女の錬金術師としての腕は、この世界でも一役を担うだろう。



 そんな二人の黒っぽい瞳と緑っぽい瞳に見られながら事のあらましを先に説明し、現状を知って貰う。軽く二人の紹介をしておくとマティアは錬金術を得意とするガーディアンで、ポーションの作成からゴーレム兵やホムンクルスの作成までやってのける、正しくクリエイトのスペシャリストだ。そしてルルスは、魔術分野のエキスパート。彼女の魔術は基本的にオールラウンドで、どこででもその能力を発揮できる。特技や良く使う魔術はあるのだけれど、一言に万能だとまとめてしまっても良いだろう。セシルという神聖術の癒し手とは違い、攻撃やからめ手の特殊魔術の分野も得意しているのが特徴だ。


「とりあえず当面、マティアには錬金術でポーションの作成を、ルルスには僕に魔術を教えてほしい。それぞれ大変だと思うけどよろしく頼むよ」


「お任せください」


「それにしても異世界と言うのは興味が湧きますね」


「そうっすね、こちらの魔術はどういったものがあるんすかね?」


 僕は二人に王都の本屋で買った魔術書を渡して見せる。そして、その内容に絶句しているように見える二人に、何かあったかと尋ねてみると。



「この書物、役に立ちそうにありませんね」


「そうっすな。初心者用とは言ってもこのレベルの魔術で、こんな当たり前の事や役に立たないこと、ましてや間違ってること書かれても困るっすよ」


「間違ってるの!?」


「間違いだらけです」


 僕は銀貨5枚した魔術書、しかも数日は本の内容に従って勉強していたのに、それが間違いだらけで書かれていると言われて驚愕した。


「間違いもなにも、これでこっちの世界で魔術がつかえる様になったらそれはそれでよろしいですけど。この世界の魔術師の程度が知れますわ。何よりこんなものがなくても、わたくしがオルクス様に手とり足とりしっかりお教えいたしますから安心してくださいませ」


「うちはケンプ爺さんの所に行って薬草にどういったものがあるか調べてきますわ。こちらのポーションのサンプルも見てみたいっすね。この魔術書みたいに質が低いなら、ポーションの増産もサクサクできると思うっすよ」


「あ、うん。よろしく頼む。ポーションは屋敷に何本かあったはずだから後で渡すよ」


「よっし、頑張るっすわ」


「ほどほどにね」


 僕はこの時何故か一抹の不安を覚えながら任せることにした。



 ♦



 それからシスターや、10人の10歳未満の子供である孤児達。彼等が済む場所も設置しなければならない。手の空けられそうな奴隷達に仮設の中型テントを用意てやる。子供だし、雨の日に外で遊べなければ退屈だろう。その配慮もあって建てることにした。それからシスター・センテルムにも個室として使える小型のテントを1つ与える。本人は遠慮していたが、大人の女性である、たまには一人になりたいときもあるだろう。


 仮設テントは慣れた作業になっているのか、奴隷達の手際が良く、それほど時間を置くこともなく2時間程度で完成することができた。もし使わなくても、子供達が育ち、男女で着替えをする際の場所も必要だろう。適当に述べた理屈を言ったが、シスター・センテルムは恐縮するように、何から何までご配慮に感謝しますと頭を下げて来た。


「僕がやりたくてやった事だから、そこまですることじゃない。僕が必要と思う物が、もしも邪魔ならそう言ってくれていい。遠慮と配慮の行き違いなんて言葉で言わなきゃわからないものだ。足りないものはその時々で言えばいいけど、急ぎの場合は前もって言っておいてほしい。センテルムが遠慮することで、子供達が不自由しては本末転倒だしね」


 僕はそう言って、仮設テントの仕上がりに満足をしながら、テントを使う上での注意点をセンテルムと、子供達に伝えるのだった。


















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