第70話

 ディオネ砦での滞在は、停戦後の6日後まで続いている。そして今日は7日目の早朝である。そろそろ帰路に発っていても良いはずの頃合いだと思うのだが、中々思うようにいっていないようだ。ただ、重要な要点はほぼ終えたとは聞いているので、後はそれぞれが帰国してから、国を挙げての凱旋の祝いなどを諸々もろもろ経て、砦では行えない仕事に切り替えて行われるのだろう。


 モイラアデス国王が言うには、その国でしかできない仕事に、ミリャン殿下や宮廷魔術師のサロモン殿、その他の命令違反や、戦果の偽りをした罪人の処遇を、細かく分けて法の下で裁くらしい。


 この数日はそれ以外にも戦果の報酬や細々とした細事を多々こなしていたらしいが、帰国後の方がもっとしんどい目に合うのだろうな、そう溜息をつきつつ夕食の席でそんなことを漏らしていた。だが、国に帰れば人手が増えるし、ここよりも仕事がはかどるのではと励ましながら聞いて見たが、国王の目がわった状態になって僕ではなく、席を同じく食事している陛下の息子達に目を向けている。


「分かってます、手伝いますから怖い目で見ないでください。学業もあるので全ての時間を割くのは無理ですけど、私達も相応の年齢です。少し年上のバインク殿や年の離れたオルクスがせっせと働いているのに、僕等が傍観しているわけにもいきませんよ」


「そうです、今だって手伝える部分は習いながら行っているんですから。あー、オルクスが王族に興味が無いって言うのもわかってきた気がした」


「ばっか! 親……、陛下の前で言う話じゃないだろ。苦労なんて、大なり小なり際限なしに誰だってそれなりにしてるもんなんだから、立場が変わってもやる事が変わらないって嘆いてる奴もいるんだぞ?」


 それぞれが思う事を言い、それを聞いている陛下の様子を窺っている。だが、未だに視線をそらさない陛下に、引きつった笑みでその場を取りつくろう。4人のやり取りは、口を挟める様子ではないし、見ていて苦笑い程度しかできない。ちなみに、この3人の殿下の名前は、歳が高い順に16歳のヨウシア殿下、同じく16で遅生まれのターヴィ殿下、そして最後に15歳のユルマ殿下。全員が王位継承権も述べた順に、一位から三位のモイラアデス国王を父に持つ王族である。他にも年齢はバラバラだが何人も子供がおり、その数は把握する限り10人を軽く超えるはずだ。


 もちろん、正室である王妃は一人だが、側室、所謂めかけの数もそれなりにいるようだ。僕の知識で言えば、正室である王妃は国王に次いで立場が高い位を指すはずだ。国王の急死や早死になどで、尚且なおかつ男子である王子がいない場合、女王や女帝となる人もいた。勿論、能力が無ければ政務では無能とみなされ、先王や王太后様、あるいは血筋のある公爵が、国王にわり国の舵取りをする場合もある。ただ、大抵は正室に男子がいれば安定することが多い。ただ、正室と側室の仲がどうなのかは僕が触れるべきものではないと理解している。前世では暗殺だ、兄弟殺しだと、安易に正室も地位が安定したことはないと記録にもあった。ちなみに宗教上で側室が認められない国のことや、派閥だ何だというのはこの際省略させてもらう、話がこんがらがってややこしいからね。


 でもまあ、今まで見た限りでは、話し合われている際に喧嘩したり、険悪になったことはないと思うし、そのような報告も受けていない。バインク殿下やウルタル殿下のように仲が良い王族の殿下達と言う認識でいるのだけれど、王室の蓋を開けて中を覗くのは、僕には荷が重すぎるし興味本位で近づけば、火傷では済まない痛手を受ける可能性もある。臭しと知りて嗅ぐは馬鹿者。簡単に言えば、危険と知っていて、それに近づくことはしないでおけということわざである。加えて僕の場合は用心しておくに越したことはない。


 ラクシェ王女と将来的に縁を結ぶのならば、無縁ではいられないかもしれないが、今からそんな前世で言うドラマのような、仲が良さそうに見えて裏では陰口を叩き合ったり、足を引っ張り合ったりするような現場だったらと思うと、とても近付きたくはない。


 ただ、彼等3人は基本的な性格は違うけれど、よくできた人格を持っていると思う。あ、なんだかこういう言い方は上から目線で嫌味に取られそうだけど、傍から見た感想を述べているだけだ。彼等も今のまま育てば、誰かが国王になるのだろうか? 国王じゃなくても公爵にでもなるか、他国へ行くのかもしれないな。


 そんな感じで考えていると、モイラアデス陛下は深い溜息をついて手に持っていた食器を置いた。そして腕を組んだ後に、廃嫡はいちゃく者をわしの子供から出す、か……。


 ぼそっと陛下が言った言葉に、食堂に見立てた部屋が静まり返った。ヘルウェンの3人の殿下は固まってしまい、バインク殿下も食べるのを止めた。勿論そんな場面で食事を進める意気地など僕にあるはずはない。黙って見守ることにした。


「いや、勘違いするな。ミリャンの事だからな? お前達はお前達なりに良くやっているし、一族から外すなどと言うはずはなかろう。だがなぁ……」


 そう言ってまた溜息をついた陛下、珍しいものを見た感じがするな。そう思っていると、今度はバインク殿下に話が飛んで行った。話を振られるとは思っていなかったらしいバインク殿下の慌てよう、これも珍しいことだ。


「他国の王族にこういう話は基本的にタブーだが、バインク殿はミリャンを見てどう感じたか率直に、偽りなく、言葉を選ばずに述べてくれないか? 親族以外の生の感想を聞く機会と言うのも滅多にないのでな。言ってくれたならそれは真摯に受け止める。遠慮はいらんし、そんなことでわしが怒ることもない。無論、それがどういう言葉でも、不敬等とは言わんから言ってみてくれ」


「わ、私の感想と言われましても……」


 バインク殿下が困ったように手を顎に当てて、眉間にしわを寄せて悩んでいる。少し時間を置いて、殿下は僕の方を一度だけ振り向いて視線を飛ばしてくる。そこで何か決心されたような様子で息を整えるように呼吸された。


「率直に申せば、愚かであり不要な人物、それに集約します。益のない、畑の肥料にもならない存在である。と言うのは言い過ぎかもしれませんが、ご兄弟と比べて、いや、比べるのも烏滸おこがましい輩。言葉でののしりを受けるまでもなく、役に立たない、必要の反対語で締めくくれば元が取れなくとも、それで片付くぐらいの人物かと」


「ふむ、今バインク殿が言ったミリャンへの感想。その言葉にお前達は怒りを覚えるか? とがめぬゆえ、正直に述べてくれ」


 そう言った陛下の声は特に感情が籠ったものではなく、確認作業のような感じに聞こえた。


「湧きません。むしろ同意します」


「同じく。アレが同じ家族である、それだけで問題の種になったことが何度もあります。アレの尻拭いを何度させられたか……」


「僕もそうかな。後、ミリャンは趣味が最悪だったし、僕の一つ下ってことで、侍女達によく相談を受けたな。あれほど侮蔑的ぶべつてきな視線をものともしない、と言うか気づかない、奴の神経はどうかしてると思うんだけど」


「ふむ、そち達の中ではどの辺りで、アレの認識が出始め、定まっていた?」


 陛下がさらに加えて質問する。これもやはり確認作業であり、話し声にい感情的な雰囲気や言葉はどこにもない。


「いつ頃……。あいつが派閥の連中にヨイショされ始めた辺りからが酷かったな、とは思います」


「私もその辺りだと思います。学院に行ってからさらにひどくなったし、女子を見る目が少しずつですけど危険に思えて来たのもその辺りか。侍女達の相談が増えたのもその辺が始まりかな?」


「兄さん達は2つ上で、事件が起こった後以外では、学院であまりミリャンと会う機会が無かったと思うけど、僕はアレのやらかしてきたことを、調査班を組織して調べたり、事前に問題になる前に相手を逃がしたこともあったよ。まあ、付け焼刃と言うか、焼け石に水って言えばいいのかな? 突然大きな問題を起こすようになったのは、学院に入って少ししてからの事だったよ。学院で取り巻きを連れて歩いてる彼は、あれってなんて言えばよかったっけな?」


「裸の王様、でしょうか? ユルマ殿下」


「それそれ! さすが、その年で博識だね、オルクスは」


「恐れ入ります」


「ふむ、報告は受けていたが、そこまで酷かったのか……。政務などで会う機会が少なかった所為か、お前達よりも現実味が薄かったようだ。アレの問題を直視できなかったが故に、図に乗らせた期間が長かったらしい。許せよ」


「やめてください。父上が忙しいのは誰もが知っていましたし、放置していたわけではなく、奴の尻拭いを私達以上に、それも大きな事案を後片づけしてきたはずです。悪いのは根本的にミリャンの奴なのですから」


「そうですよ。ミリャンの所為で仕事が増えていたのを、僕達が知らなかったとでも思ってるんですか? それで睡眠不足だった時期だってありましたよね? 彼奴あいつ、それでも全く歯止めが利かなかったし、年齢が増したらその分欲求も増加してくるんだから、私達では手の打ちようがない。結局は陛下の負担にしかなってない」


「全くだ! 学院の長期休みに入れば、今度は宮廷や城の中で問題行動を起こしやがって。いっそのこと消えてくれと思ったことは何度もある。あー、暗殺とかやってないから、その辺は勘違いしないでください。代わりに、稽古と銘打ってボロボロにしてやったこともあります」


「でもヨウシア兄さん、そういう時はあいつ、すぐに治療院の連中呼ぶじゃないか? それこそやり損だよね。治療院だってタダなわけがないんだから……。それを彼奴あいつときたら、適当な理由でバカスカ呼んで使いやがって! 思い出しただけで腹が立ってきた」


「やめとけターヴィ。アレに使う労力自体が全部無駄なんだって、気づいてるだろ?」


「尤もだね」


 どれ程の鬱憤うっぷんを溜め込んで、どのぐらいミリャン殿下にしてやられて来たのか、それを今になって思い出す様に口に出して怒っているヘルウェンの殿下達。僕はそんな相手に目の敵にされてたのか。


「口を挟むようで恐縮ですが、陛下はミリャン殿下が僕を目の敵にしていた、そのように仰っていたことがあったと思います。恐らく、何らかの手段で事前に牽制して頂いていたのでしょう。遅れて今更ですが、感謝を述べさせて頂きます。

 ただ少し、差し出口ではございますが、ミリャン殿下にしばらく期間をお与えになるのもよろしいかと思います。あー、もちろん今からその説明は致しますよ?」


 少し間が開いたが、再びその場が静まった。そして、陛下が短くお応えになった


「聞こう」


「ではまず一つ、ミリャン殿下の罪を隠した上で、手柄を立てたように装って凱旋します。二つ、ミリャン殿下の派閥を今しばらくは砦で監禁するのです。三つ、派閥と完全にミリャン殿下を切り離し、殿下の着ている服が実は見せかけの服だったことを知らせて実感させてさしあげるのです。

 四つ、その上で、能力に応じた仕事をお与えになり、能力を測る目安になさればよろしいでしょう。僕はミリャン殿下の学院での成績も、個人の能力も何も存じませんから、殿下を丸裸にした上で能力を測り、見合った仕事を斡旋あっせんする。

 いで最後、五つ目、加えて、今回参戦していない殿下の派閥、それをあぶり出します。殿下が王位にもしかしたら近付いたのでは? そういう錯覚をさせて、不穏分子の拠り所にさせます。出来るならばそれを、ことごとく排除していきます。結果、もしそれで殿下の振る舞いが改善されたなら良し、されなければ残念ですが……」


「お主、あれを庇うのか? いや、違うか。わしやそこの息子等は諦めているが、お主なりの考えがあるのだろう? 今の意見に多少の修正は必要だが、それをする意味もなくはないな。だが、結果が伴わなければ、ミリャンを廃嫡はいちゃくした上で、相応しい場所に職場を与えてやろうと思う。汗水たらして仕事をするという事がどういうことか教えてやらねばな。良いだろう、既に諦めていた事ではあるがな。万一にもないとは思うが、やってみるだけやって、結果を見るのも親の務めか」


 僕が、はいと頷き、綿密な話は後日打ち合わせて行うことになった。帰国後に理由を伝え説明しておく必要があるからだ。ミリャン殿下、貴方が知らない間に、貴方自身が試される舞台が着々と用意されます。実行は少し先の話になりそうですが、その時貴方はどうしますか? 貴方のつちかって来た物が、実はうわべだけのつくろったものだったのだとしたら、その場合、他の兄弟達と肩を並べたとき、貴方は違和感に気づくことはできますか? もしもそうじゃなければ、貴方は……。


 そんなことがあったのが昨夜の夕食でのことであった。



 ♦



 午前中、自家用の馬車にて、何人かの話を聞いて会話をし、相談役として述べた案や返答をいくつも返した後の少し空いた時間、サイラスさんが僕の馬車に顔を出した。要件はバインク殿下から、帰路に立つ日が明日になったという知らせである。


 あー、ついに帰れるのか、僕の反応に苦笑するサイラスさん。だって仕方がないじゃないか、戦争なんて生まれて初めての体験や、新たに振られた仕事や肩書に、今では人の悩みや困りごとに、考えて口を出したりしなければならない。何とも僕らしからぬ肩書と役目をたまわったものだ。


「とりあえず、明日の朝に吹雪以外の天候であれば出発するという事です。オルクス“相談役”殿」


「やめてくださいよ、サイラス“様”。僕の役目は帰るまでの間の肩書です。帰ったらそれ等からは解放されるお約束は頂いてるんですから」


「様って……。はぁー、勿体ない、と言うのは別に皮肉ではなく本心だが、相談できる相手がいる、その能力がある相手がいる。それだけで、君はこれからも頼られるだろう。肩書が無くなっても、君のところに来る人は絶えないと私は思うがね」


「なんですかそれ。皮肉じゃなかったら嫌がらせの類じゃないですか。それ以前に僕は望んで今の肩書になったつもりはないんですよ? 陛下や殿下の話に例え話で、相談役のような役割の者が必要だと申し上げただけです。ただの提案、思い付きを口にしただけ、そういう認識の言葉だったはずが、蓋を開けたら今の状態です。ご勘弁願いたいと思ってます、切実に」


「こらこら、本音が漏れ過ぎだ。疲れてるんだろう、バインク殿下から差し入れの甘味あまみだよ。何でもヴァダム家と言う男爵の領地から送られて来た質の良い蜂蜜らしい。口当たりが良いと評判の名産品で、パンかクッキーに付けて食べたら良いと仰っていた」


「僕の実家じゃないですか! 評価ありがとうございます! 全く、回りくどい言い回しはいりませんよ……、はぁ~」


 僕が机に項垂れていると、ほんとにお疲れみたいだなと、サイラスさんが僕を見て言葉をこぼす。そりゃ、本当に疲れてるんだから当たり前である。ちょっと休憩……。



 ♦



 僕はどうやら1時間ほどの間眠っていたらしい。サイラスさんの姿もそこには既になく、トヨネだけが向かいの席に座ったまま、編み物をしているのを見て取れた。


「んー、寝ちゃってたみたいだなぁ。今はお昼過ぎ、か。話を聞いて考えを述べるだけでこの有様じゃ、嘘でも王様なんてできっこないし、他の管理職とかやったら本当にストレスで頭が剝げるんじゃないか? ふぅ~。トヨネ、僕が寝てる間に何かあったかな?」


 伸びをしたり、身体のコリをほぐしたりしながら僕が尋ねると、トヨネが机に紙を滑らせながら渡してきた。


「いくつかございますが、優先的な順で言えばこのような感じになります。ご確認ください」


「ありがと、助かるよ」


 そう言って上から順に目を通していく。


「家族への報告とラクシェ王女への報告、それにフォルトス陛下への報告もか、確かに心配していただろうから優先度は高いか。それと、領地からの報告書、しばらく見れなかったし、放置せざる得なかったからな。それと、……ああ、女神様から、これは寝てるときに夢の中で聞いたよ。だから順位が下にあるのか。後は訪ねてきた人物のリストと内容、これは僕が順位を付けた方が良いかな。

 ほかは……、囚人用にミリャン殿下達につけてる魔道具を大量に貸してほしい、魔道具にヒールの魔術の補充、あればその他の備品や消耗品を売ってほしい。後は、定期的な魔道具と商品をおろしてほしい、か。

 1時間でよくこれだけの案件が来たもんだ。僕を何でも屋か何かと勘違いしてる人もいるんじゃないか? この案件はケンプ以外の手が空いている者とトヨネに任せていいかな? 殿下達護衛対象が執務中なら問題ないだろう。護衛を離れる際に一言伝えてから頼む」


「かしこまりました。では、早速行ってまいります」


 トヨネは編み物をインベントリに仕舞って馬車を降り去っていた。


「さて、食欲あんまりないんだけど、どうするかな……、とりあえず、少し時間があるなら家族とフォルトス陛下、それとラクシェ王女に連絡だな。手始めに家族からかな。『母上、オルクスです。今お時間よろしいでしょうか?』」


 そこから時間にして約1時間ぐらいだろうか、色々と話をして報告行っていく。向こうからは心配と安堵、それと喜びと連絡を取れる手段があるのだから、もう少しまめな連絡を、との言葉を頂いた。いや、うん、言い訳はしないよ、面目めんぼくないです。ただ注意しておくべき事がある。それは、何故そのことを知っているのか、と勘繰られない為の心構えが必要である。


 それを伝えた上で、明日の天候によるが、帰路にてることを報告させてもらった。後は戦果はお楽しみという事で、伏せさせてもらう。フォルトス陛下には先にアカシア砦、及びディオネ砦の報告が早馬で届いているらしい。僕に対して褒賞をどうするかで悩みを増やしてしまっているらしいが、僕からは何も言うことはない。やったことを誇れと言われたのだから。


 それと両親やビジルズが言うには、領地で特に困っていることも問題も発生していないという。奴隷達も生活に慣れてきているようだ。ただ、だんをとるということが、あの村落には用意が必要であった。勿論、ちゃんと火を起こせる暖炉がそれぞれにあるのを想定して建築された家がある。個人と集合住宅の2種類、速いペースよりも丁寧な仕事を心がけてもらった。それから木炭もくたんもちゃんと加工して作って備蓄びちくしてあるのだ。


 食料も問題ないし、後の問題は衣類であったが、買うよりも自分達で作った方が寸法や体型を合わせられる。なので、安い古着を大量に買うことは最初の内だけで、針と糸、それと染めた後の布を大量に購入した。後は冬までに厚着として服が人数分作れるかは時間との勝負だったようだが、手先の器用な女性が多く、何かしら時間があれば服を作る時間に充ててくれていたらしい。ありがたい事だ。


 なので、基本的な衣食住は揃えることができていると言う報告を受けているので安心している。ちなみに、水車は3棟できているのは既に報告を受けたが、脱穀だっこく製粉せいふん、木を加工する製材として使用している。使う人間は基本的に限定せず、誰でも自由に使うことができる。その為、やはりその人力以外でものを動かすと言うものに、魔術のような魅力があるのか、使用頻度は常に高い。扱いにも十分気を配る様に周知してあるので、無理な使い方はしないだろうと思う。


 と、実家の事はこの辺にして、僕はラクシェ王女に話を振るタイミングを最初は掴みかねていた。何と言えばいいのか、気恥ずかしい感じがするのだ。これは僕に女性への順応が無いからだろうか? いや、そう言うことなら僕はベルセリさんや職場の女性達、もっと身近であれば、実家にいる女性の奴隷達、ガーディアン達とこコミュニケーションをとれているのに疑問が出てくる。これには、基本的な立場の問題は関係しない。


 あれか、僕が彼女を意識しているから、し過ぎている面があるからこんなに思い悩んでしまうのではないだろうか。う~ん、やめだ……、僕は一呼吸おいて、あまり頭の中でものを考えない様にする。あー、なんか脱力してきた。僕は肩の力を抜いて馬車の背もたれを倒して寝転ぶことにした。そして――。


『ラクシェ王女、オルクスです。今お時間大丈夫でしょうか?』


『は、はい! ちょっと待ってください。昼食の後で自室に向かっている最中なので、すぐに着きますから!』


『あ、いえ。報告がてらお話をと思ったのです。慌てずに今は話だけを聞いてください。注意事項が先ですから』


 僕はそう言って“周囲に勘繰られない為の心構え”を話し出す。とりあえず、話すべきことは話しておかないと、彼女に迷惑がかかるのは僕の本意ではないからね。あー、今は普通に話ができてる。やっぱり意識のし過ぎだったのだな。話ながら僕はそう思った。



 ♦



『――と、こんな感じで、色々ありまして帰国するのが遅れている状態なんです。それでも、天候次第では明日の朝以降にこちらをつので、お会いできるのも、もう少し先になる予定です』


『ユピクス王国での滞在をもう少し短くできないのですか? あ、その、――ごめんなさい。貴方を困らせるつもりはないのですが、気持ちがはやってしまって。早く会いたいなって……』


『それならお安い御用です』


「ケンプ、悪いけどしばらく留守にしてしまうけど、何かあれば呼んでくれ」


「かしこまりました」



 ♦



「――と言うわけで、とりあえず来ちゃいました。ご機嫌麗しゅう存じます、ラクシェ王女」


「オルクス様!」


 僕がマジックアイテムである、ポータルの白い魔法陣の模様を織り出した赤い綴織つづれおりから抜け出ると、そこは屋根付きベッドのカーテンのまとまった束の横で、見え辛い場所であった。ラクシェ王女は僕の姿を見た瞬間、何お思ったか勢いよく僕に抱き着いて、そのままカーテンのかかっていない白い豪勢なベッドへと僕ごと突っ込んだ。勢いにつられて抱きしめられながら布団に仰向けでダイブした僕と覆いかぶさる王女。だが、これはいけない。


「おっと、控えている侍女さん達がいるでしょ? あまり大きな声はいけません。それにそれほど長居できるわけでもありませんから、ね? それに様って何ですか、僕はそんなに偉い立場じゃないですよ? 以前の様に、いつも通り呼んでください」


「御無事で……、わたくしは、本当に、本当に嬉しいです。貴方が、オルクスさんが、私の目の前にいてくれる。これがどれ程安心できるか……」


 王女はそのまま僕の胸に顔をうずめて愚図り始めた。どうやら安堵と安心した心境で、胸のつかえがストンと下りたらしい。そのまま静かに僕の上で泣き続けている。


「ラクシェ王女、そのままでいいので聞いてください。僕は色々と今回学ばせてもらいました。それはもうたくさんの事を。だから、僕も頑張って得たものでお返しできるように励みます。恩義を重ねて返す為に頑張りますね。だから、ラクシェ王女が心配しなくても、僕は戻ってきます。必ず貴女のところに。なので、今はこれでご容赦ください」


「はい、お帰りをお待ちしておりますわ」


 それから少しだけ、互いに抱きしめ合ったその数分は、すごく長く感じられた。だが――。


「ラクシェ、悪いがお邪魔するよ?」


「お、お祖母ばあ様!? しょ、少しお待ちください!」


「では、ラクシェ王女、またお会い致しましょう。御前、失礼致します」


「はい!」


 僕はその返事を聞いてすぐさまポータルを潜り抜けて、馬車の中に戻る。王太后様と会うには僕はまだ早すぎるからね。あの人の勘に僕がかかったのか? それとも偶然か? ……前者だな。あの一族の勘は恐ろしく敏感だ。とりあえずの挨拶はできた、今はこれぐらいでご容赦願おう。



 ♦♦♦



 オルクスがポータルを使って部屋から消え去った後、王女の“はい!”を、もう部屋に入って良いと言う合図と思ったのか、王太后が入室してきた。そして部屋の中を探る様に見渡し、ラクシェ王女に問いただした。


「おかしいねぇ? ラクシェお前、ここで誰かと会っていなかったかい?」


「え? はい、私は先ほど食事から戻ってきた所ですから、控えにいる侍女達とは会いましたけど?」


「ふ~む? ところでお前、何故泣いているのだ? 何かあったのかい?」


「いえ、目をこすった時に目に痛みが、恐らく目に何か入ったのでしょう。涙するようなものが……」


「ほう? まあ、良いさね。だが……、まあいいか。それじゃ、邪魔をしたね」


 それだけ言って、ラクシェ王女の部屋を後に去っていく王太后。彼女の中では確信があったことだが、ラクシェが何も言わぬのならばそれでも良い。それには、そうしたい理由があるのだろうから。そう思った。


 なので追求も言及もせず、あまりしつこいと孫娘に嫌われるかもしれないね、と小さく呟いたとかなんとか。

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