第69話
♦♦♦
ここはどこだ……? 今の俺には、何が起きているんだろうか? そんな事しか頭に浮かばない。何も聞こえない、何も見えない、ただカビ臭い鼻を衝く冷たいざらつきのある床、それに俺自身の腕を後ろに回され、足も一定以上は動かせない、鉄製の様な硬い
そんなことを思考が巡り回っているとき、不意に俺の身体に誰かが触れて、さらに両腕を持って俺を無理やり立たせた後、耳の栓を取られて、自分の足でお歩きください、そのように言われた。人の声を聞くのが久しぶりに感じた。おかげで抵抗しようにも、鼻と耳以外で少しばかりの情報しか得ることができない俺に、全く抗う術はない。そう思いながらもしばらく腕を組まれた形で随分と歩かされたように思う。曖昧なのは、時間の感覚が完全にマヒしているのだから仕方がないだろう、と誰に言訳をしているのか。
途中で何度か進む方向を変えられ、漸く立ち止まったと思えば、膝を折るように言われて楽に足を崩して座り込むが咎められることはなかった。一体全体何がどうなっているのか、だれか俺に説明してくれ。そう思っている俺に、その声が、頭や腹に響いてくるように聞こえた。
「その者の目と口の拘束も解いてやれ。話ができんでは困るからな」
とてもどすの利いた声が聞こえたと思ったら、次の瞬間本当に視界がぼやけて辺りの眩しさに目が慣れるのに時間を要したが、徐々に回復し、口から声を出すことができた。
「くは、こ、このっ! き、貴様等! 俺にこのようなことをして――」
「黙れっ……。時間をやるから自分の今の立場を理解しろ。敗戦国ヘーベウスの第三位王位、名前は何だったかな?」
「クリストバルだ! 貴様こそ名を名乗れ、無礼者が!」
「ほう、威勢だけは良いらしい。が、状況判断もできんゴミか。彼奴は、またとんでもなく間抜けなのを捕らえたものだな。他の二人の方が理解が早かったように思う。これも立場に胡坐をかいている類の者か?」
「失礼ながら、
「何? 彼奴、尋問にまで立ち会ったのか? 本当に何でもするしできる奴だな……。一昨日なんて、負傷者の治癒に使う消耗品を再使用できるように何度も魔術の補充したり、足りない物資を提供したりしてたそうじゃないか。半強制的に手伝えとは言ったが、彼奴が加わるところは大抵良い結果を出しおる。もっと立場のある場所を与えたら、それこそ……」
「陛下、お気持ちは察しますが、今は目の前の尋問が先です。クリストバル殿の他にもまだまだ仕事はありますので、一旦はその辺で」
「ん、ああ、そうだったな。――で、そろそろ立場を理解できたか? 敗戦国の王子殿よ。それとも詳しく状況説明が必要か?」
目の前の偉そうな奴は何を言っているのだ? 敗戦国の王子? 馬鹿々々しい我等、砦を占拠していたヘーベウス側が負けただと? 俺が戸惑っている間にぼそぼそ小声で話おって。俺は急に起きた広間の煙から逃れ、部屋の外に出た瞬間に拘束された。そこまでの記憶はあるが、我が国が負けた等と戯言をぬかすこいつは何様だ?
「我が国が敗北するなどあるはずが無かろう! はっ!? もしや、俺を捕虜にして降伏でもさせたか? 我が国の屈強な兵士達が、へっぴり腰のユピクスや、鉄の産業一辺倒のヘルウェンなどの弱小国相手に負けるはずがない! なんと卑怯なことを――」
「能書きは結構だ、クリストバル殿。こちらも時間が惜しいので説明させてもらおう。悪いが、貴殿の想像している推察は、全てそなたの勝手な想像の産物だ。我々ユピクス王国と隣国のヘルウェンが、北東の国マヘルナと北西の国ヘーベウスを打ち破り砦と領土を奪還した。交戦の際、貴殿はこの砦の地下牢にて拘束されていたのだ。
全ては、手際よく攻め続けたヘルウェン王国の功績によるものが大半だ。断じて貴殿を人質に等してはいない、逆にそちらはヘルウェンの王族を人質にしようとしていたようだがな。どちらが卑怯だと
「な、な、なんだとっ!? そんな、ば、馬鹿なことが……」
この俺が、拘束されている間に、我が軍が負けたというのか? あの2万以上いたはずの我が軍が、それに満たぬ軍勢に砦を落とされただと……?
「紹介が遅れたが、私はユピクスの王位継承第一位のバインク。そしてこちらに座られている方は、支援国のヘルウェン国が国王のモイラアデス陛下だ。そろそろ状況を飲み込んでくれてもいいと思うが――」
「あー、すまんがちょっと待ってくれ。そ奴が勘違いしそうだから先に言っておくことがある。先だって、お主達が捕らえた我が方の王族、あれは独断専行で命令違反をしでかした、ただの
ちなみに、貴公が言う屈強な兵士等の諸君は、砦が落ちた瞬間に情けないざまで、その多くが死んでいったわ。まあ、大半は
よく言う、追う者と追われる者、そう言う形を絵に描いたような有様であったわ。そう言って、俺を見下ろすこいつが、噂では鉄材の産業に特化した国の王ではなかったのか? ユピクスも平和ボケした人間の集まりではなかったのか? 話と全く違うというのか? くそっ! どこで、どう間違ったというのだ?
俺が悔しさのあまり、歯を食いしばって怒りに拳を床に叩きつけたのを見たユピクスの王子が、俺にこのような事を言った。その言葉は俺を見透かしたように、俺の考えを否定する言葉であった。
「私も言っておかねばならない。ユピクスは平和ボケした民や兵士の集まりではないし、ヘルウェンも鉄材を主に扱うだけの国ではない。敵国にかける言葉ではないが、敵となる相手の情報位はもう少し勉強するものだ。俺の知る子供は、自分の
バインクの言葉が俺を見下している様で腹が立って、つい怒りに任せて口を開いてしまう。
「馬鹿な! そんなことは誰でも知っているし、誰でもやっている事だろうが。それに子供などに何ができる。捕らえたヘルウェンの王子が言っていたぞ。ユピクスにはクソ生意気な小僧がいる。そいつが何もかもを独占して自分達を苦しめているのだと。小僧だクソガキだと喚くから何歳か聞いたら5歳だと言いやがった。こちらを馬鹿にするのも大概にしろよ? そんな子供に、その倍以上生きている王族で立場のあるお前は何をしているのだと言ってやった!」
俺はここで話を切って相手の様子を窺うが、まったくの無反応だった。と言うより呆れの視線を向けられた。やはり肥満体の王子が言ったことは全部でたらめだったのだ! 俺は馬鹿にされたのだと思った。だが……。
「
お主も国は違えども王族の一人だろう? 自分で聞いて、見て、初めて知ることもあろう。どのように受け取ろうが、お主の勝手ではあるがな。国王と言うものを、王族と言うものを見誤り誤解してはならん。王国にとって国王はその象徴、故にいつも見られて、評判や評価を勝手につけられるものだ。王族の一族もまた
時間を取った、話を進めてくれ、そう言ってユピクスの王子に後を託したように深く椅子に座り込むヘルウェン国の国王、その人が言った言葉が、何故か俺には無性に印象深くあった。
♢♦♦♦
ユピクス王国の第一王子バインク、奴が説明した内容を聞いて驚くばかりであった。嘘だ嘘だと自分に言い聞かせていたが、俺が理解を拒むようになると、呆れを通り越して、憐れむ目で見てくるようになった。そして、交渉の内容を書状にして言って述べたことはかなり大まかな内容だった。だと思ったらそれは最初の内だけ、領土の侵攻をしないことに加え、争いの火種を起こさない事への要求が事細かくあり、俺に読み聞かせただけでもかなりの案件を要求してきている。
全部が吞めない要求ではないのが腹立たしい。いっそのこと、無茶苦茶な要求を投げてくると思っていた俺の考えは見事に的を外した。ユピクスが考えていることの深い部分が分からない。こいつらは、俺を盾に脅せばもっと強引な要求ができるはずだ。他に目的があるのではないか? それとも、それをしない理油があるのか? 分からない、こういう立場になって初めて自分が無知であることを知らされたような気分だ……。
「我が方の要求は大まかにだが述べさせてもらった。交渉はそちらの派遣されて来た物を大使として、交渉の細かい部分まで決めた後に貴殿の扱いを話し合う予定でいる。なので、一度ユピクス本国にその身柄を輸送してから、ある程度の待遇で捕虜として扱わせてもらう」
もう勝手にしてくれ、そう言いたいのをグッと堪えて、了承する旨を述べた。そして俺は、二人の顔見知りである上級階級の者等に会うことが許された。だが、拘束された上で監視付きの面会であり、聞いて驚かされた話の内容、それは俺と彼等二人以外の広間にいた全員が殺されたのだという事実と、自分達の率いていた軍勢が、まるで赤子の手を捻る様に扱われた上で敗戦したという言葉。
最初は無理やり言わされているのではないかと疑ったが、そんなことはなく、それが全て事実であり、数の上で、さらに砦と言う盾を持ちながらにして、我が方は完膚なきまでに打ちのめされたのだと言う。
ハハハ……。俺は悪夢でも見ているのだろうか、そう思わざるを得ない状況の有様に現実を知らされる。話がある程度知らされた内容と同じであったことから、ユピクスの王子が述べたことは真実なのだろうと納得してしまった。
その後は地下牢に再び閉じ込められたが、俺がいた地下牢は掃除された後らしく、簡素な椅子やベッド、机などが設置されていた。それと自分で食事ができるように拘束を解かれた状態であった。戦争で交戦しても相手を蔑ろにしないユピクス側の対応は、文句を付けられるものではなかった。初めて体験する捕虜としての扱いと、それに伴う自分の無力さに打ちひしがれたが、一日以上何も食べていなかったせいか、食欲だけはあるのだなと現金なものだと自分を笑う。
捕虜とは、しかも敗戦国の王族など、なんと惨めなものなのだろうか、俺はいつしか自分の流した涙で少し塩気のある食事を摂るのだった。
♦
さて、ユピクス王国の北西に位置するこの砦、ちなみにこの砦の名前は『ディオネ砦』、北東の砦を『アカシア砦』と呼称している。その二つの砦を奪還し領地も取り戻したユピクスとヘルウェンの陣営だが、未だディオネ砦からは動く気配はない。この砦でまだ仕事が残っている、というかアカシア砦の仕事も含めて行っている最中だからだ。
ヘルウェンの陣営も帰路に立つことはなく、モイラアデス国王が仕事に追われているという話は直接本人から言われた。バインク殿下は主に捕虜や二つの砦の警備や物資の配置転換を、モイラアデス国王は自国の命令違反や戦果の虚偽で捕まえた人達の扱いの検討中らしい。
大体の形になったら本国への帰還を速やかに行った上、それぞれの国で忙しく動くことになるそうだ。何故か昨日の夕食を共にした二人の王族が愚痴をつらつらと僕に向かって述べて来たのだ。他の殿下達や上位階級の人間を抜きにした場で、そんな事を言われても困ることだ。まあ、愚痴を聞くくらいならばできるのが僕の立場だから、適度にアイデアや考えを口にしていたと思うが、そんなことを
そう思っていた時期が僕にもありました。二人は話を聞いた上で都合が良い内容を吟味して実行に移して、実際に動いているというのだから実に困った事だ。僕は宰相様やその他の上役でもないのだから、話半分で、いやそれ以下で聞いてもらっているとばかり思っていた。
今日の午前中位からだろうか、役職持ちの役人達が僕のところを尋ねて来るようになり、相談に乗ってほしいと話を持ち掛けられたのは、いくつの案件に理由と効率を述べた上で説明しただろうか。相談役なんて僕の柄ではないし、役目でもないのに上級階級者や宮廷魔術師までこちらに話を振ってくるのだからたまったものではない。僕の馬車は相談の受付場所ではないのだし、小さなことから大きなことまで話を持ってくるのはやめて頂きたい、切実に。
と、何度も心の中で思いながら、相手を無下にしない僕もお人好しである。ただ、案件で僕が口を挟んで良いかどうかは、必ず話した内容の後にバインク殿下や、モイラアデス国王、その他の上役の裁可を絶対もらってからしてくださいと何度も念押しした。
食事を摂る時間もないなんて、僕はどこぞの偉い役職にでもついた、ストレスで髪の毛が抜ける生活を送っている中間管理職か!? あ、ちなみに相談を受けた内容は書面に残して、互いに話が食い違わない様にしてある。それを持って裁可を得てください。話の最後に必ず言うセリフである。
見かねたトヨネとケンプが、お昼頃から僕の馬車に来る人を一時的に止めての遅い昼食を摂らせてもらう。僕が何をしたというのだろうか、相談ではなく、食事を一緒にと言う話ももれなく言ってくる相手もいるが、そういうのは申し訳ないけど完全にシャットアウトさせてもらった。
食事の休憩と、短い時間の息抜きをしているときにサイラスさんが来た。午前中から僕の馬車で起きていることを告げると、昨日の夜からバインク殿下やモイラアデス国王が、細事は暇をしている彼奴の所に行けと、僕の名前を出したそうだ。なんだそれ? 僕には何の権限もないんだぞ。どんなに忙しいからと言って、仕事放棄はやめてもらいたい!
権限や行使する実権は別にして、悩みがあるなら、例えば僕のところまで行けば、何かしら助言をもらえるだろう、そう言って仕事の分散を……。言いました。僕が言いました。昨日の夕食の際に、バインク殿下やモイラアデス国王の二人に、宰相様のような役人の人事は戦争の終戦、あるいは停戦を見越して連れてくるべきだという話をしました。
まさかそんなことで、今の状況に陥るなんて思ってもみなかったからさ。自分の言葉で、例えを僕自身にしたのが失敗だったか? 自分の首を絞める羽目になってるのは、僕が無意識に墓穴を掘ったせいか? いや、話を振られて何気なく返しただけの内容だったはずだ。今からでも遅くはないよね?
何で僕のところにそんなめんど……、もとい、重役を取って付けたようにホイホイ投げてくるのか、あの二人に問い質したいところだ。戦果報告の際、俺はお前を5歳とは思ってないぞ、確かこんな感じで言われた気がする。だけど、程度と言うか順序と言うか、現場の指揮監督する責任者はいるはずだよね? そういう現場の流れや、人には
僕にそんなものを求めないでほしい。いや、確かにそういう役人は必要だとは言ったよ? だけど、それをいきなり僕のような子供に相談役とか任せちゃダメだろ。仕事を分散することで仕事の効率が上がるとは言ったけど、任せる相手を間違えないでほしい。確か、今日の夕食も同じように同席を求められていたはずだ。そこで抗議、ではなく訂正するしかない。兎に角、今は目先の対応を優先するしかないらしい。
♦
時間は気づけば19時過ぎの早くに日が落ちた、暗がり広がる吹雪が続く馬車の外。お呼ばれして夕食をあの王族達と摂る予定だ。僕は少し早めに歩いて砦の中に入り、中心の広間とは別にある食事を摂る場所に向かう。今も思ったけど、警備の兵士達の様子がおかしい。いつもは挨拶を軽くされてたのに、さっきは敬礼されたぞ?
僕はまだ爵位も継いでいないし、役職だって書類と格闘する部署が管轄だ。僕に敬礼なんて必要ない。だが、そう言ってやめさせようとしたのに、警備の人間は、陛下や殿下達の意向なので、と固く返してきた……。
おいー、聞いてないのは僕だけか? そんな意向なんて聞いたのは今が初めてだ。兎に角、早くこの状況を……。
僕が向かった先は、地下に整えられた食堂に見立てた場所、本来は別の臨機応変な環境としてる使うのではないだろうか。やはりここの見張りにも敬礼されて中に通された。
「おう、待っていたぞ。さっさと座れ、クタクタで腹に何か入れないと倒れてしまいそうだ」
「その様な感じは全く見受けられないのですが……。いえ、では」
僕は返す気力を後々に取っておく心づもりで席に座らせてもらった。はぁー、もう先に座っている王族方は、僕を見ながら良い笑顔を向けてこられる。
「さて、では早速食事だ」
そう言ってモイラアデス国王が先に片手を上げたタイミングで、全員が片手を額辺りで軽く握りこぶしを作り、軽く俯いた状態で神に食事を摂ることに、心中で感謝の祈りを捧げた。
「ふー、飯を食らうか寝るときが一番心休まるときだな。そう思わんか、バインク殿」
「いやー、仰る通りですね。起きたら仕事仕事で、本当に休めるのもほんの
他愛無いことで互いに笑い合う二人、他の殿下達も軽い談笑している中、僕は黙して食事を摂ることにした。時に視線だけ、モイラアデス国王とバインク殿下に向けるだけで何も語らない。じっとすました顔して、並べられている食事をマナーに乗っ取り、無駄なく素早く、ただ、聞こえてくる会話に耳を傾けながら手を動かすのみ。
確か、前世の中世での食事は、基本が手掴みでの荒々しく汚いと言えばいいのか、食事に礼儀作法などあってないようなものだったという記録が見られていたらしい。だが、この世界の食事は、フォークにナイフ、スプーンに箸、
これは普通の歴史的文明の進化である、とは言い切れない気がするな。所々に僕のような転生者か、もしくは転移者の面影を感じさせるところがある。なんて、歴史学者でもないのに、知ったかぶりなんてするものではない。さて、僕が何も言わずに黙って食事をしていると、急にだがモイラアデス国王とバインク殿下が話を振って来た。
今日の様々あった面会して相談役をした務めの感想はどうだったか? そんな何気もなく簡素な様子で尋ねられた。僕は食器を一旦置いてから、溜めていた感じの言葉の数々を述べる機会が漸く来たのだと、その口火を切った。
「まず、その相談役と言うのは、本日私が面会して話を聞いて、考えを述べさせて頂いたことについてと、そう言う認識でよろしのですか?」
二人が頷いたのを見て、軽く息を吐く。
「何故そのことを、私個人が知らされていなかったのかを説明頂きたいところです。失礼を承知で述べさせて頂ければ、昨夜の夕食の際に、そういう役職がいた方が良いという言葉を発したのは紛れもなく私ですが、ですが、それを実際にやるという事を了承も何もなく始められたこちらの身にもなって頂きたいです」
「お前がいつもこちらを驚かせているので仕返しをしたかった。正直なところはそんなところだぞ?」
「そうだぞ? お前が脈略なくやってきたことを思えば、こちらの身にもなってもらうつもりであった。それが実際に今日やってやったことだ。体験できてよかっただろ?」
ぐっ……。そう言うことか、僕は少し目を瞑ってから、並行思考で色々と考えてみる。ちなみに、並行思考と、女神様から新たに思考加速というスキルを
「自分のやったことを自身で体験してみろ、と言うとてもシンプルな発想と意味返しでしょうか。私は陛下や殿下達、それに他の人達に触発されたり、色々な場面でお世話になっていると思って、これまで自身ができることで恩をお返しをしようと思っただけでしたのですが……」
僕が下を向いて述べた言葉に、二人だけでなく他の殿下達も驚いている。僕が急に沈んだ声になったのがいけなかったのか、少し戸惑いが見られる。だが、出した言葉を途中で止めることはできなかった。
「私個人の自己評価はそれほど高いものではありません。逆に足を引っ張らないように努力を重ねて、得たもので返せるものもあると思っていました。特に今までの事や、今回の戦場ではやれることはやりました。犠牲者が減ることで国が疲弊せず、労働者が囲えれば潤うはずだから、これで少しは恩が返せたのではないか、そう思っていました。ですが、それは思い過ごしだったらしい。私は先走っていた愚か者だったのでしょう。ご迷惑をお掛け致し――」
「馬鹿者、思い過ごしなわけがあるか! 何を言っている。お前はよくやっている! 私はお前に助けられてばかりだと思っているし、それに応えられるのならと思って、お前に相応しい立場を用意してやれると思った。
だから、今回だってお前の能力を見る意味合いもあるが、相談役という肩書を付けたのだ。確かにわざと連絡しなかったのは我々にも非はあるが、お前はそれをものともせず、驕らず、真摯に、親身になって、相談に来た者達に応対したのだろう? 自分の形としてやり遂げて見せたではないか!」
「そうだ、お主が成し遂げたことは過大評価ではないし、十二分に利益を生んでいるのは明白だ。戦場然り、事後処理然り、それのどこにも文句等があるはずもない。前からお主を知っている者や、お主と関わった者達から、感謝や驚きの言葉は聞いてはいても、罵詈雑言の類は一握り程度の愚かしい私欲ある者達だけで、実際に尤もらしい文句を言った者は全くなかった。
お主は与えられた仕事を、いや、それ以上にしっかりと、自分の範疇以外にも仕事をしている。その成果が見える程に、現場の人間が焦るほど異常に結果を上げているがな。だが、それが既に我等に恩を返しているという事を、いや、恩を積み重ねていると、お主が自覚しなくてどうする」
僕が顔を上げると、二人は立ち上がっていた。僕の言葉に真剣に返された言葉は、少しこそばゆく、だが、ちゃんと評価されているのだという事が知れ、実感できた。それだけで少し、ほんの少しずつ、徐々に目頭が熱くなってきた気がする。
それを隠した上で椅子から降り、礼をとった上で顔を見せぬように僕は述べる。隠している事はたくさんあるし、教えられないことも山ほどある。けれど、それを明かすことが全て信用や信頼、忠義に直結するのだとは思わない。バインク殿下やウルタル殿下は、以前に僕の事をびっくり箱のようだと仰った。なら、良い意味で脅かし続けられるびっくり箱になっても良いのではないだろうか。
「その話が真実ならば……、私はすごく、嬉しく思います。それを励みに、一層の努力を致します。忠義と言う言葉を使うには、私はまだまだ幼い。それでも受けた恩に報いる務めは果たすつもりです。その想いと、この言葉を信じて頂きたいと思います」
思っていることが上手く言葉にできない部分もあるが、僕がこの世界で良い影響を受け、地盤を固められる理由の一つに、この人達のような存在がある。僕の声は途中で少し上ずっているかもしれない、だけど今は顔を上げることはできない。上げたら最後、涙腺が緩み切ってしまいそうだからだ。手早く隠す様に懐にあったハンカチを目元に当ててすぐにしまい込み、何とか顔を上げることができた。
「ただ、事前連絡は常にお願いしたいですね。期待に応えられるかは分かりませんが、無茶振りでなければ、やれることは精一杯やらせて頂きますので」
そう言って笑みを向けている僕の目にはまだ少し、泣いた跡が残っていたらしい。バインク殿下が僕の前まで来て、ご自身のハンカチで僕の目元に当てて来た。
「もしも、お前が愚かであったなら、俺はお前を頼りなどはしていないだろし、当然の如く、現状のようなことだってしてやることはない。モイラアデス国王もお前を早々に見限っているだろう。だが、違うのだ。お前はいつも通り、開けたら驚く様なことをしておいて、呑気に紅茶でも飲んでいるのが普段のお前らしいと思う。
……全く、これではまるで、私達がお前を苛めている様ではないか。繰り返すが、お前は愚かではないし、驚かせられることは多々あるが、こちらに迷惑を掛けたことはない。それどころか、十分やってくれているとも。でしょう、モイラアデス陛下?」
「そうだな、お前は変なところで勘違いと言うか、思い違いをするところがあるな。その辺は子供らしいと今更ながら思うわ。ただ、わし等は感謝こそすれ、お主を愚かしいなどと口が裂けても言えるものか。お前は目に見えるところ以外でも、動いているのをわしは感じたし、知っている。わしの勘では捉えていたぞ。お前はミリャンを含めわしの息子等にも護衛となる従者を、話に聞くバインク殿の陰に潜らせていたように密かにつけていたろう? わしの思い過ごしや、勘違いとは絶対に言わさんぞ?」
その言葉に僕は内心驚いた。漫画で言えば汗を描写しているところだろう。何故分かったのか……。やはり、この人の勘は侮ることはできそうにない。僕が黙っているのを肯定と受け取ったのだろう。しかし、僕はさらに驚かされた。
「あー! やっぱりそうだろう?」
「俺もそう思ってた!」
「実は僕もだよ!」
言い直そう、この一族は本当に侮りがたい勘の持ち主らしい――。
「普通は、言っておくか、後からでも言って恩に着せるのが普通だろう。だが、お主は一向にそう言ったことを話そうとはしない。そこは秘密もあるのだろうから大目に見るとしても、もっとやったことを誇って見せろ! これでは、わし等は、役目を真っ当に尽くしたものに対して、礼儀を知らぬ蛮人にさせられるところだ。王太后が知ったらどんなにくどくどと文句を言われるか分かったものではない」
そう言って、バインク殿下に変わり、モイラアデス国王が僕の前に来た。
「遅くなったが礼を言う、馬鹿な連中も含め、息子共々世話になった。この恩義は別の機会になるが必ず返す。それまでは待っておれば良い」
モイラアデス国王の大きな手が僕の頭に置かれて、少し乱暴だが撫でられているらしい。とりあえず、僕を落ち着かせて、それぞれ席に座り直し、雑談をしながら食事が再開され、その日を境に僕は正式に相談役と言う肩書がつくことになった。
あれ? 訂正するつもりが、上手く乗せられて仕事を増やされた感じがする。こういうやり取りでは、僕よりあの人達の何枚も上手だという事なのだろう。そう思い知らされた感じだ。
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