第68話

 数人が僕の前で戦果報告を行っている。うあぁー……、目に毒なグロイ奴もあるな……。僕はそっと目を背けた。とにかく、戦果としてマジックバックに急いで入れたらしい敵の首や、欠損した身体ごと入れたり、と言うのが見た限り大半である。あれを見てしまった僕は今日の夜にまともに寝れるだろうか? 食欲も今のでからっきしなくなってしまった。そんなことを考えているうちに、僕の順番が近付いて来たらしい。


「お、来たか……」


 話しかけてきたのはバインク殿下だ。表情はいつも通りだが、顔色が少し悪いのは、この戦果の見届け役を続けている所為だろうな。陛下や他の上位階級者達は顔色一つ変えていない。ここでもキャリアの差が如実にょじつに出て来たらしい。バインク殿下以外にも、経験の浅い者や、ヘルウェン側の殿下達も気分が悪そうな様子だ。あんなものを連続で、長時間見続けるのは気が滅入ることだろうと思う。


 だが、誇らしげに戦果を報告している方は、それで報奨金や功績が認められるのだからそれほど気にしていないらしい。見せられている方の気持ちは無視されているな。それがこの世界の……、いや、世界における価値の示し方の一つなのだから仕方がないか。


「見届け役、精神的にお辛いでしょう。心中お察し致します」


「なぁに、これは俺の立場故の仕事だからな、仕方ないと諦めている。それより、お前を後回しにした理由は分かっているだろ?」


「量があるから、とサイラス殿達から愚痴と文句を言われてます。と言いますか、私のことを死者の製造機って言われましたけど、ひどい言われようだと思われませんか? 戦争に勝つ為に極めて真っ当な理由で戦果を上げたのに、戦果のリストが多くて精神的に強くなくちゃできないとか、有言実行したら予想と違うって文句や愚痴の嵐でしたよ? 彼等は集中力が切れたら交代して人探ししてるだけだったはずなのに、おかしな話です」


「あー、なんだ、お前も分かっただろう? 今回は6人だけだったが、部下を持つ身になればもっと苦労するぞ……。サイラス達は厳密には部下ではないが、面と向かって言われなくても、陰口や突き上げを受ける場合もある。ただ。滅多にない戦争での体験学習が早めにできて良かったと思っておけ。というか、お前の場合ヘルウェン王国に戻れば、職場に部下がいるんだったか。言っておくが、俺はもうお前を5歳として見てないからな。帰国したら他の王族にも言っておく予定だ」


「何ですかその扱いは。酷いです。泣きますよ?」


「ほう? お前が泣いているところなんて極めて見る機会がなさそうだから、珍しいもの見たさに拝めると思うと興味がわいて来た。いいぞ、泣いても。遠くから見て眺めておいてやろう。あの壁の陰辺りが手ごろな場所だろうから行って来ると良い」


 バインク殿下が指さした方向に、人一人くらい隠れられそうな建物の陰があった。


「……」


 僕が思いっきり不満げな表情をすると、殿下がめんどくさそうに僕の頭を軽く手を乗せる感じで叩いて来た


「あーあー、分かった分かった。拗ねるな、めんどくさい。こちらもお前には相応の褒賞を用意する心積もりでいるから、多少の期待はしておけ。……さて、今の奴の次がお前の番だから用意しておけよ。マヘルナとヘーベウスの遺体を全部出せ」


「マヘルナの分は前にお見せしたと思いますが?」


「マヘルナの分はモイラアデス国王達の要望だ。こちらの過大評価ではなく正当な評価として確認してもらう為だ。戦果は正しく示されねばならん。お前が言い掛かりを受けるのを防ぐ為でもあるのだ。ん、どうやら終わったらしいぞ。さあ、準備に掛かれ」


 なんだかんだで、僕の為を思っての事らしいので、面倒だがインベントリの遺体を外に出していく作業に移る。僕一人では大変だから、トヨネにも手伝ってもらう。ちなみに、僕のインベントリやガーディアン達のインベントリは固有にも共有にもできる。今は共有にしているので、互いに必要なものはすぐに取り出せることが可能だ。


 しばらくマヘルナとヘーベウスの遺体を出していく作業を続けていると、その数の多さに見物人を含め周囲からどよめきが起こり始める。ちなみに遺体はひつぎに所持品と一緒に入れてある。なので、選り分けなどが特に面倒になることはないし、確認のしやすさも考慮したつもりだ。棺に使った木材の量が半端なく多くて、多少経費を使ったが問題ないだろう。実家やユピクスで棺の発注を前もって行って揃えた物だ。棺は予定通り殆どの数を使ってしまったが、その分、報奨金に色付けしてもらえば元は取れるだろう。



 ♦



 ――漸く遺体の取り出しが終わった。数にして軽く100を超えるひつぎの列は雪の上のちょっとしたインテリアのようにも思えるが、中に入っているのは遺体と遺品なのだ。それを確認しながら回っている王族と、お偉いさん方達と、それの説明に当たっている書類を持ったサイラスさん達。僕はとりあえず、これ以上はすることもないので、じっとその場に立って確認作業が終わるのを待つばかりだ。


 ちなみに、遺体や遺品にも使い道があるのは知っている。交渉材料の一つになるのだから、扱いも雑にすることはない。ご遺体や遺品をお金を払ってでも引き取りたいと願う家族が、敵であろうとも相手の国には少なくない数あるはずである。それは、ユピクスやヘルウェンでも同じことだ。


 それをサイラスさんにも、バインク殿下にも話してあるので、後は遺体の保管を任せて好きなように取引に利用してくださいと託すのみだ。ちなみに、階級者以外に仕留めた敵兵も階級者には劣る見栄えだが棺に入れて保管してある。家族がその人の死を受け入れられるように計らうのも、殺した側の配慮と僕は思っているからだ。


 先ほど言いかけた言葉をあえて言おう。この世界の命の重さは、前世よりも軽いのかもしれないと、戦争を体験して思ったが、それは僕の勝手な思い過ごしであるようだ。命の重さは変わらない。ただ、命の散る危険が前世よりも高いだけなのだ。それだけ、僕等が前世で恵まれていた環境にあったというだけなのだ。それが再認識できた。


 仮に、彼ら戦死した者達と戦争以外で出会っていたら、会話をしたり食事をしたりする機会があったかもしれない。もしかして僕がこの世界で旅に出た先で出会ったかもしれない人達だ。運命と言う言葉があるが、巡り合わせでどうなるか分からない、現実はままならないものだと思う。僕は遺体を国側に引き渡す前に、少しばかりの黙祷もくとうを捧げる。


 もし彼等にも来世があるのなら、彼等が平穏に生きれることを願って。



 ♦



 バインク殿下、モイラアデス国王、その他の方々にも確認してもらった後、遺体及び遺品を国側に預ける段取りでいるのは先に述べた通り。とりあえず、手分けしてリストは作成してもらっているし、確認作業も特にトラブルなく終わりそうである。そう思っていると、どこかの貴族らしい人等が陛下と殿下達のところに向かっていくのが見えた。今更ながら嫌な予想と言うのは当たり易いものなのかと思えてくる。やめてくれ、こんなところでトラブルなんぞ起こしてくれるなよ?


 だが、突然の乱入した者等とサイラスさん達が言い争いを始めている。そして、バインク殿下が機嫌悪そうに表情を歪め出しているのが分かる。モイラアデス国王側の方も何を言われているのか、その表情が段々抜け落ちていっている。他の人は呆れたり、怒ったりしているが、相手の口数が多い為か殿下や陛下が何も言わないで、黙って成り行きを見ているらしい。


 行きたくない。だけどそうも言っていられない様子だ。さて、そろそろ僕が呼ばれる頃合いだろうか。仕様のない乱入者とのやり取りが継続している。事態の収拾なんてめんどくさいことをさせてくれる輩に、僕はどのように対応しようか、少し考えつつ雪に足を取られながら、今も揉めている現場に足を運ぶのだった。



 ♦♦♦



 私はサイラス・マックリン、爵位は男爵で世襲して何年も経過し、それなりの立場でユピクス王国では商務部の職についている者だ。


 今現在、私には補佐役兼観測手、及び護衛対象である幼少の年頃の子供。いや、あれは子供の皮をかぶった怪物と言って差し支えないと思う。彼本人にはそのつもりはなくても、周りがその実力を認めた人物である。その彼、オルクス君の戦果確認の途中でそれは起きた。と言うか、やって来た。何となく何が起こるのかは予想で来ていたが、言うなればオルクス君の示した戦果への不満、それは自分達の獲物だった等の言葉が向けられてくる。恐らくだが彼等はオルクス君の順番が回ってくるのを待っていたのだろう。だから、用意された言葉を捲し立てては、この戦果報告に異議を申し出てくる。簡単な話、言い掛かりの類、もしくは戦果の横取り目的である。


「では、貴殿等はここにある遺体の一部は自分達の戦果だと仰りたいのか?」


 自分の言葉に言い知れぬ怒りの感情が乗っているのを自覚しながら、乱入者に問い質す。相手はこちらがそれを聞くのを待っていたようで、ぬけぬけと宣った。


「さよう。ここにいる子爵である、フトンデー・ドインラン殿が狙って打ち取った得物をかすめ取ったそちらの……、何と言ったかな? あー、こちらに向かって来ているあの子供だ。本来はこちらの戦果なのにも関わらず、彼は戦火に紛れて敵の死体を回収し、今になって己の戦果として報告されるのはいかがなものか、不正で手にした戦果を誇らしく報告に入れるなど許されざる大罪ぞ!

 聴けば、爵位も保護者の名も取れておらぬ、年齢一桁の幼子が、どのようにしてこんな数々の戦果を上げたのだと言われているのか、是非とも我等にご教授願いたいものだ。正当な理由もなく、幼子の戦果と死体の山を回収したなど、マックリン男爵は幼子をでるのが好きな、ド変態でおられるのか?」


「貴公の方が爵位が上だからと言って、言葉にして良いことと悪いことがあるぞ、ベッドデー・エスムプレー殿!」


 部下達が食い下がるが、ひょうひょうとした様子で右から左に、またはその逆に、こちらの話を聞きそらしているような態度をとる子爵の二人。そこに漸くだが、歩きにくそうに付き添いのメイドの子女に支えられ、こちらにやって来たオルクス君。早速部下の一人が今までの事情を説明して、言い掛かりをつけられていることを知った彼は、呆れた表情で子爵の二人を見て、こう述べた。


「私がどのように、この遺体を量産したのかが知りたい、そういう認識でよろしいでしょうか?」


「ああ、その認識で良いぞ? 陛下や殿下達の前で、いや、それだけでなくここにいる見物人の者達が証人になれるし、もしかしたら、我等の他にも死体をかすめ取られた被害者がいるのではないか? 遠慮することはないぞ、諸君達の努力を示す機会だ。ここは我等に加勢、もとい、正しい戦果を進言しようではないか!」


 子爵と言う立場で、周囲を焚き付けて自分の味方を増やそうとし始めた彼等に、見物人の中からも、あれは俺が仕留めた奴だ、そいつは俺が、等と言い出し始めて近づいてくる者達がいる。これは、予めそのようにすることを言われていた、仕組んだ共謀者達だ。彼等の態度からそれは察せられる。しかし、他にも釣られてのこのこ出てきた者達もいるようだが。


「ほれ見た事か。これで、どちらに非があるのかが明らかになったのではないか? そうではないと言うならば、できるものならこの場で実演願いたいものだな! それならお前も疑いが晴れるだろう、小僧? さあ、どうした? ふははは、出来まい、出来ぬのならばその死体の殆どは、我等が打ち取った戦果ということになるな!」


 どういう理屈でものを言っているのか、聞いているこっちの頭が理解力を超えて悪くなりそうだ。言い掛かりにもほどがあるし、支離滅裂しりめつれつな言い掛かりで現場を煙に巻いたところを、全て自分達の手柄にする。貴族や立場の高い者にありがちな押し問答であり常套手段じょうとうしゅだんである。最悪でも、最終的に手柄の一部を折半して片を付けるあくどいやり方だ。


 だが、彼等は思い違いをしている。そうだ思い出せ、自分の観測してきたことを思えば、何のことはない。彼の事を甘く見て見下した者の末路がどうなるのかを。その彼は、特に何も気にした様子無く、並んでいる遺体の近くに移動している。彼が普通の、見た目通りの幼さである人物であれば、我々は苦労など微塵もしてはいないはずだ。失礼な言い方だが、彼が少しでも本気になれば……。その一端でも見せたならばどうなるか、目の前の彼等が知ることになるだろう。


 子爵等は良く口が回り、手慣れているような感じで、オルクス君に対して罵詈雑言ばりぞうごんを吐きながら、オルクス君に付き添っているトヨネと言う少女に視線を向けている。これは……。


「おお、そうだ。嘘をつく悪い子にはお仕置きが必要だろう。代償の一つとして、そこにいる少女をこちらによこせ。そしたら――」


「よせっ!」


 バインク殿下が止めに入った。だが、それは遅い警告であったらしい。


「実演がお望みなのならお見せしましょう。的はお二人でよろしいか?」


「――は?」


 待てオルクス! 恐らくそう言う止めに入る言葉を述べようとしたのだろう。だが、その言葉が殿下から出る前には、あっけなく片が付いていた後であった。


「ぎぃやぁー!!」


「うぬああー!!」


 雪に鮮血が飛び散り、子爵等の腕と膝、その四方が途中から本来であれば曲がらない部分から、曲がってはいけない方向に向いているのが見えた。それは、本当に一瞬の出来事であった。子爵二人が仰向けに倒れ込んでその肥満体の体重で雪に埋もれて叫び、痛みに呻いている。言うなれば錯乱して、痛みが一気に伝わった為の発狂した状態だろうか。


 彼を敵にしたこと、それが貴方達がとってはいけない行動だったのだ。今までこんちくしょう! と、思っていた相手だが、今のありさまを見て決していい気味だとは思わない。何て愚かなことをしたのかと呆れるだけだ。だが、オルクス君はまだ、彼等を許してはいないらしい。


 次は、頭が良いですか? そう言ったオルクス君の声は、声変わりしていない高めの声だったはずだが、今はとても暗い底から響くような声のように感じた。


 馬鹿共目がっ! バインク殿下の叱咤する声が空しく響くが、オルクス君は遺体のある場所から、メイドの子と持って来たらしい大柄の豪勢なヘルムを、痛みと錯乱で煩く喚くが身動きできない二人に無理やり被せた。


 彼等は自業自得、触れてはならぬ者に触れた罰がこれだ。私はそう思うことでしか、彼等の有様に応えてやれることはないだろう。そして――。



 ♦



「オルクス……」


 煩い連中とやかましい声が静かになった。僕がそう思って被せたヘルムを脱がせて、元の棺の持ち主の下に戻し終えた頃、バインク殿下が僕に何か言いたげな様子で名を呼ばれた。もしかして誤解を招いたのかもしれないな。また、フォローするべき案件を起こした。まあ、今回は仕方がないと諦めている。


「何でしょう殿下? あー、二人は殺してませんよ。気絶させただけです。その方がお二人には幸いでしょう。一時いっとき痛みから解放されるのですから」


 はぁー……。びっくりさせるな馬鹿者、そう言って殿下は僕の頭に手を乗せ、僕の頭にあった雪と水を払うようにされ、フードを被せられた。


「何も、お前が手を出さなくても、俺やモイラアデス陛下が保証すれば良いことであったろう?」


「いえ、それでは陛下や殿下、観測手のサイラスさん達の誤解は解けません。実演して体験してもらうことで、その口を止めてやろうと思ってましたから」


 僕はそう言って、二人が気絶状態にあるのを良いことに、腕や膝の曲がった部分の雪をどけて、神聖術を行使する。それと、今頃1500セルク(m)程離れた場所にいるグレイスに念話で労っておく。ルルスがいるおかげで、ポータルを使わずに思った場所に転送させることができる為、それを利用した。戦争が終わっても油断をしない。予想した範囲の出来事だからできたわけだが。


 グレイスに特殊な貫通しない衝撃弾を使ってもらい、子爵二人の腕と膝を狙撃した後、頭部に振動が伝わり易そうなヘルムを被せて、さらに追加で狙撃してもらった。種明かしとしてはこんなところか。


「最初っからこうするつもりだったのか。良く回る頭だな」


「多少の負の感情は有りましたけど、黙らせるのにはこういうことが必要だと感じました。ちなみに、この二人と私は、どういう御咎めを受けるのでしょう?」


「ふん、馬鹿を言え。その二人は明らかにお前の戦果を横取りしようとやって来たのは分かっていた事だ。それをお前が実演して見せろという二人からの要望に応えた。それだけのことだ。お前が咎められるいわれはない。

 だが、その二人は明らかな罪人だ。今までも二人で、あるいは複数の仲間で同じようなことをしてきたのだろう。二人を裁くことはユピクスの王族である俺では、異議の申し立て程度しかできないが、良いようにしてくれるとは期待させて頂いております。モイラアデス国王陛下?」


「はぁー、最近溜息が多くなった気がする。また仕事が増える一方だが、目障りな者があくせくして働くのを見るのは、多少気が紛れる。実際に見るわけではないがな。それに、こいつらはいずれ、爵位を剥奪する予定だったと思う。今回の事で爵位の剥奪理由が明確になったのだ。仕事がはかどり易くはあるな。

 治癒が済んだら、誰かそいつらを地下牢に運んでくれ。帰国後に法の下で裁く。こいつら以外にも目の前の奴等のように戦果報告の偽りは複数おるからな。奴隷以外の無償で働く労働者がどんどん増えおる。他にも馬鹿を演じる者がいてくれれば良いのだがな」


 それは、私がいないときでお願いしたいです。僕がそう言うと、周囲が声を上げて笑い出した。



 ♦



 戦果の報告と遺体と遺品の受け渡しを終えた僕。再び馬車でのんびりとしようとしていたところに、別の来訪があった。そして、今僕がいるのは……。


「動かずに、布でも噛んで我慢してください。動かします、1、2、の3。消毒してポーションを使いながら治癒をします。もうちょっと辛抱してください。いきます、『ヒール』」


 消毒とポーション、さらに神聖術で治癒魔術のヒールをかけた相手は少し呻いたが、次第に楽になって来たらしい。自分で脂汗を拭けるぐらい、動ける程度にはなったようだ。


「はぁはぁ、助かった。この痛みの中、馬車の揺れで帰るのかと思うと、気が変になると思ってたからな」


「礼は金銭で払ってください。仕事ですから、恩に感じることはありません。次の患者さんの所に行くので、後から来たメイド姿の子にお金を払ってください。では」


 こんな調子で神聖術を負傷者に施している最中である。僕が言い掛かりをつけて来た子爵等に神聖術を使っているのを多くの人が見ている。それが広まった結果がこれである。暇であったのは事実だし、治癒や治療、回復の施しをする人手が足りていないという話が来ていたとかで、陛下や殿下にまで、暇をしてるならそっちを手伝って来いと言われたので断りようがない。


 ここで少し蛇足だそくではあるが、神聖術と類似るいじする治癒や治療、回復魔術の紹介をしておく。属性の系統は水であり、神聖術と並ぶ治癒の魔術が使える系統である。ただ、役割は違えど他の系統の魔術も回復に使えなくはないが、痛みを緩和する、癒すという意味合いでは、神聖術に続いて水の系統魔術が良く使われるのが現状である。


 ちなみにさっき使った神聖術の『ヒール』は、水系統でも同じ術名である。ややこしいが、魔術の発動するときの光の色合いで系統が分かるし、結局は癒すことに長けているので、明確な区別がされていないというだけの話だ。図書館で読んだ内容に載っていた知識だが、別にそれでいいのではなかろうか。僕もそう思う。要は治癒として使えるか使えないか、それで区別するものだと思うからね。


 でだ、負傷者は山のようにいて、応援に来たはいいが、他の治癒魔術が使える人達は消耗が激しいので休んでいるらしい。動いているのは僕とトヨネ、他に数名の医療班として組織された人達だ。魔術が使えなくても、消毒やポーションで患部を治療した後に、縫合ほうごうや包帯の交換をするなどの処置を行っている。それに、魔術を封じた魔道具を使うことで、魔術が使えなくても治癒する術があるわけだ。


 LPライフポイントと言う、総括すると人の『エナジー』の回復魔術もあるが、それは追々の説明する機会にで良いだろう。兎も角、人手があればこの現場も、もう少し段取り良く負傷者を見て回れるはずだが、そういった魔道具は消耗品であるので、数に限りがあるのが現状らしい。とりあえず、今は急ぎで治療する必要がある人の数を出して、その上で魔道具の貸し出しをするべきだろうか。僕一人の治癒では時間がかかってしょうがない、というか、ここにある消耗品は、僕の実家から納品したものが殆どじゃないか。


 元はマティアの作り過ぎが原因で納品し始めた消耗品の類だ。役に立っているならそれは嬉しいし良いことだと思う。なら、やるべきことは一つか。


「使い切った魔道具を借ります。これの補充をするので、魔術切れだけで動くことが可能な人を呼んで来てください」


「え、あ、ちょっと、補充って、使い切った魔道具をどうするんですか?」


「この魔道具は使い切ったからと言って終わりじゃない。魔術を行使した魔力を補充できるようにできているんです。これを製作した者と、僕は関係者だからそれを良く知っている。これに神聖術の『ヒール』を仕込みますから、人手を増やして使ってください。100個以上はあるか? まあ、これぐらいであれば余裕で補充できるだろう」


 マティアが作った魔道具の名は、『補充式しっかり手当君』だったのを、商品名として『補充式手当キット』と言う名前で売り出したものだ。仕組みを詳細に述べることは控えるが、手に収まる指より少し太いぐらいの透明な割れにくいガラスの筒に魔石を嵌め込んで固定したピンセットのような形状の留め具、それを筒の反対側からボタンを押し込むことで出てくるようになっている。


 魔石に予め治癒魔術を仕込んでおり、筒の外に出た魔石からは、その仕込んだ魔術が自動的に発動する仕組みだ。例えるなら、シャープペンシルやボールペン、消しゴムペンなどを想像してくれると分かり易いかもしれない。それをビーカーぐらいの太さで作ったものだ。最初からそう言えばよいだろうけど、説明の手順としてはこんな感じで伝わっただろうか。


 さて、神聖術のヒールを魔石に注いでいくように流し込む。魔石には定められた一定以上の魔力や神力を注ぐと壊れる性質があるので、補充するのはそれなりの慣れが必要だったりする。だが、それさえ終われば僕の仕事は大幅に減るわけだ。仕事に見合った給金をもらって、帰りの出立まで馬車でのんびりしたい。それが僕の本音である。


 その為であれば、多少の神力操作等で疲労するのは構わない。床に並べた補充式手当キットに満遍なくヒールの神力を注ぎ切る。一息ついてトヨネが渡してくれたタオルで汗をぬぐい医療班に、後の事は任せます、そう告げて僕は負傷者の集められた部屋を出ることにした。


 ちなみに、補充式手当キットは使いまわしできる物資なので、牛乳の瓶よろしく壊れていない状態で返品するとその分を返金する仕組みで販売している。僕が魔術の補充ができることを教えておいたので、使い切ってしまったら、それを僕のところまで届けるように言っておいた。勿論、その補充にお金を取る事は伝えてある。


 せこいように聞こえるが、発売当初に無駄遣いされたり、壊される頻度が高かったのでそういう宣伝をしたわけだ。後は分解すると砂のように崩れる仕組みがある。盗作除けの工夫であるのだが、価格もそれなりに価値を考慮した設定をしているので、回収頻度が上がっているという報告は聞いている。作り過ぎと言っても物の数には限度があるからね。


 さて、食欲はないが飲み物位は大丈夫だろう、手を洗った後に馬車でゆっくりさせてもらうとしようか。はぁー、帰りの時期としてはもう少し先になるのかな? 早く帰路に発ちたい。

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