第67話

 砦の制圧と、元あった自陣の撤収作業が速やかにとはいかなくとも、程々の速度で行われていった。ただ、一日の半分以上を戦い抜いた兵士達には疲れの色が濃く出ているのが分かっている。その影響が響いており、作業時間がかかっているというのが現状らしい。


 なので無理のない日程で撤収作業なり、砦の調整と修復なり、物資の確認や搬入がされている。そして、当初の目的だった砦の奪還と領土の確保が叶ったことにより、兵士達は意気揚々と少量の酒を飲んだり、食事をしてだべったり、友の生存や戦死を知って喜び、そして嘆き、冥福を祈る。それぞれの感情が所々で見られた戦場の後始末に掛かっている人達を見て、勝利したものの終戦の虚しさを実感する。


 そして何故か僕は、自分が先んじて襲撃した広間に呼ばれ、状況説明を求められているところだ。はて、何の説明必要ですか?


 僕がそんなことを思っているのが何故かばれたらしく、広間に響くのは呆れている溜息などの声。バインク殿下やヘルウェン側の王族、他にも揃っている階級の高い者、それとサイラスさん達である。


「説明しろと仰られても、砦は奪還され、こちらの捕虜を救出、相手の捕虜を多数地下牢に収容、戦果はサイラス殿に聞いてもらえればリストも揃えていますので、詳細が分かるかと。私にこれ以上何を説明しろと仰せでしょう?」


「あー、お前は手の内を明かさんのだろう? なら質問を変えよう、ミリャン達をどうして助けた? アレはお前を目の敵にしておるし、会えば必ずお前に文句を言ってくるはずだ。ここを先んじて襲撃し、牢屋の鍵を持ったお前ならば、あれを始末しても言い逃れは何とでもできたのではないか?」


「これはなことを仰いますね。まるで私がいつでもあの方達を暗殺できたのにしなかった、そのように聞こえます」


「その様に聞いているのだから当たり前だろう? それに、お前の行動で腑に落ちない点がいくつもある」


 しばらく、モイラアデス国王と視線を合わせたまま、誰も喋らない広間に静けさが続く。先に折れたのは僕の方。と言っても、このような質問が来ることは何となくわかっていたし、いつかは聞かれるんじゃないかなと予想していた。


「これから言うことは、私個人の本心であることを誓った上で述べます。恐らくは期待されているような内容の答えではないかと思いますが、よろしいでしょうか?」


「良い、立場や身分、その他のしがらみを抜きに、お前の言葉を最後まで聞く。皆も口を挟まず、その者が話す言葉を傾聴けいちょうするように努めよ。バインク殿もよろしいかな?」


 国王、と言う立場ある者が自由に述べることを許し、その場にいる全員に傾聴することを指示した。


「私もモイラアデス国王と同じ気持ちであり、彼の話を聞く義務があると思っておりますので問題ありません。私から聞きたいことは先に聞きだしていますので、この場はモイラアデス国王にお任せします。皆もそのように心構えしておけよ」


 さて、お許しが出て本心から述べる言葉とは言ったが、どのような内容で語るか、それが問題だろうか。ちなみに部屋の中には僕の従者として、トヨネとケンプが同席している。後は僕の陰に小春と椿がいる。だからどうしたと、とは言わないでほしい。僕がその気になれば……。まあ、なんてことは無いけどね。


「予め言っておきますが、僕のような者を抜きにしての話です。ここにおられる方々は人間が成長し、一般的にいっぱしに働けるようになるのに何年必要になると思われますでしょう? ヘルウェン王国では人手不足でその辺に人材募集の広告やその内容が書かれている貼り紙を所々に見かけます。それはユピクス王国でも見ることはありますが、その数は比べるべくもありません。人材募集はともかく、技術のいらない人手の募集くらいはおぎなえるように考えておくのも必要な事です」


 僕はそこで一度言葉を切って、まず、何が言いたいのかを明確にする。内容を伝える。


「建前で言えば人が足りていないのだから、技術が必要なく人力で体力だけが必要な現場はヘルウェン王国には文字通り山とあるでしょう? 何らかの罪を犯し、それを理由に誰でも殺していたのでは、いつまでたっても人手不足は解消しませんし、労働に従事させる人間を必要としている場所に、付け焼刃であろうと少しでも労働者を派遣するのは国益の為になるはず。罪人であろうと労働力にはなる。その場を取り仕切る責任者や監督する者が、物や金でなびかぬしっかり者であれば直良し、僕はそう思いました」


 僕の言葉にヘルウェン側の人間はあまり良い顔をしないが、言っている意味は理解しているのだろう。思っていたことをまとめて、この際だから言っておこうともう。


「それから、雇用の幅をもう少し広げる手段も必要でしょう。傭兵や冒険者などの命を危険にさらす者達に、命の危険が下がる職場があり、人手を募集しているなら飛びつく者もいるのではないでしょうか。国に住まう場所もなく物乞いをしている、言葉を選ばず言えば浮浪者や、今日のような戦場で身体が不自由になった者、あるいは何らかの障害のある者、それらが働ける場所を考えるべきなのだと思います。勿論働きに見合う給金には差が出ることはあるでしょう。けれど、少しでも浮浪者が減って職場が潤い、労働者が増えてお金の循環が国を豊かにする。そう言う仕組みはユピクス王国でもあるので、手段の一環として考えてはいかがかと思います」


 後は補足として、注意事項は必要だろう。国には国の考えがあるのだから、異質な提案と捉えられても困るし、何よりここにいる人達を黙らせた状態で話を聞いてもらうことは、この先機会はないのだろうから、誤解なく納得してもらう言葉も必要だ。


「ダンジョンやそれ以外での魔物の討伐、または戦争への軍事支援を含め、戦いによって命の数、具体的には働き手を減らすことを続けるのは、国柄にもよりますから別問題として脇に置いて、期間や職種を考慮した職場や浮浪者でも働ける職場、身体の不自由な者でも働ける場を用意することは必要と思います。加えて、親が病気の子供、親を何らかの理由で失った子供や、流民でも働ける場があれば浮浪者の増加が抑えられるはず。監督する者は大変でしょうけど、国の負になる部分がわずかなりとも減るならば、それは国益に繋がるものと思います」


 言葉は発さないが、広間にいる人間は唸る様に考え込んでいる人が多い。具体的な案や、理由と利益が出ると言う言葉は分かるが、見合う仕事がどういうものかを言っていないのだから当然の反応か。だけど、僕が答えられるのはここまで。これ以上踏み込む発言は、返って反発される理由に成り得る。引き際は見極める必要がある。


「なので、話を戻しますが、いくら目の敵にされても、独断専行で命令違反しても、それが人間である以上は労働力として成り得るのですから、処罰と言う名目で無償での仕事を御与えになるのがよろしいかと具申いたします。ここまでが陛下への返答になります」


 部屋が静まりを増したような感じだ。陛下はまだ何も言葉を発さない。それから陛下は少しして、何かを考えていたようで、考えがまとまったのか、僕の質問への回答に感想を述べられた。


「なるほど。処罰には労働でもって国の役に立つように、命は取らず人として労働力となるよう扱うか。途中まで甘い対応に聞こえたが、それは誤りだったようだ。処罰を名目にただ働き働かせる。その為に殺さなかったというのなら、話は分からなくもない。軍事力に重きを置き、戦後に報奨金を払ってお払い箱になる者も多かったのは事実だ。他の理由にある者達にも職場を与えることで浮浪者の数が減り、収入を得た者が金を消費して金品の循環を上げるか……。今の話を聞いて、わしは良い考えだと思ったが、他の者はどうか? 意見のある者は何でもいいから言ってみろ。それと誰か、記録をとってくれ、まさかそんな理由で返してくるとは思っていなかったからな」


「こちらでやりましょう。サイラスとその部隊に記録を任せる。とりあえず今のところまで書面にしてくれ」


「お任せを、机と筆記用具を用意してくれ」


「はっ」



 ♦



 机を囲んで軽い会議がされた。内容はミリャン殿下達の処分や、戦力として参戦した者達、特に負傷者や欠損などがある者等のことが主だった話し合いでの目的だ。勿論……、僕は未だ解放されていない。言い出しっぺが抜けてどうすると退室を許されなかったのは、陛下の嫌がらせだと思う。それに無関係ではないユピクスのバインク殿下も同席したままだ。


 ユピクス王国での取り組みを多少述べる形で、参考にしてもらうのが目的だけど、バインク殿下も疲れているのか、動きたくないと言うのが本音らしい。こそっと聞こえるように漏らしてきた。


「ところで、お前からしてミリャンとサロモンはどう見えている。いや、どのような人物として考えているのか、と言ったっ方が具体的か?」


 陛下は最初からそれを確認したかったのでは? そう思ってしまうのは、僕の思い過ごしではないと思う。ただ、答えは決まっている、本音を即答させてもらう。


「特に何も、やけに突っかかってくる人だな、程度の認識であり、ミリャン殿下はラクシェ王女の義兄、王族として立場を……、悪用している方、それ以外の何者でもないです。サロモン殿も立場は違えど、同じような感じです。実際に僕がお二人から被害をこうむったのは、自分の時間を割かれたことと、無理難題をふっ掛けられたことくらいですから、実害は特にありません。恨みがあるかと問われれば、特に接点も少ないのでありません、と答えるしかないのが本当のところです」


「そうか……、ならば良い」


「失礼を承知でお尋ね致しますが、僕ってそんな恨みに駆られて人を殺すような人物として見られてるんでしょうか? これでも傷付き易い方なので、否定して頂けると胸をなでおろせるのですが」


「はー……、ぬけぬけと言いよるわ。誰もお主をそのようには思ってはいない。お主と接したことがない者はどうかは知らんから別だがな。少なくとも、我が国の王族、他にダンジョンの収集品のやり取りをした者等は、お主の事を野心家でもないくせに、領地や政策の事は思ったことを真顔で述べる。それが的を得ているのだから尚更耳が痛い奴だ。その程度の見方が大半か? 他は、冒険者ギルドからはその力を是非にでも借りたいと言ってきていたな」


 無論、わしも前者の考えに賛同する一人だ。ギルドの話はお前の自由意思を尊重するべきだと言ってある。そう言って座っている椅子のひじ掛けに持たれて、手を顔に当てながら不貞腐れたような顔になる陛下。


「後は敵に回すことはしないのが賢明、それぐらいの認識はあるだろうよ。まあ、お主の事を話半分で聞いて、過大評価だ、戯言だと下に見ている者も少なくないのも事実だが、今回の戦果でその認識や印象が崩れる部分もあるだろうな。総括して言うと、とりあえず、触らなければ無害であるし、意図して害を与えようものなら、いつの間にか自身が痛い目を見る側に立っている。例えるならトランプというカードゲームのジョーカーのような油断のならん存在、あるいは扱いも効果もわからぬ古代の魔道具のような取り扱い注意と貼った品物だ」


「なんて酷い評価……。それって単に僕の扱いに困るってことじゃないですか。いえ、まあ、国に帰ってからの扱いが多少変わるのだろうという忠告は、周りから既に受けてますから理解しているつもりです。ですけど、僕自身の本質や考えは変わりません。以前に述べたように、自分で領地を育て繫栄させることが目的なんです」


「……分かっておる。だから、王族に興味はないのだろう? だが、王太后がお主に何を与えるのか。ラクシェの件もあるが、注目されているのも事実だ。聞いている限り、領地と爵位を得るには十分な戦果を出しているのだからな。帰ってしばらくは、何かと注目されるだろうから覚悟しておけよ? ったく、帰ってからもお主が残してくれた仕事が山のようにあるのだ。勘弁してほしいものだ」


 それは完全な言い掛かりである。僕が文句を言おうとしたら、バインク殿下が先に追い打ちをかけてくる。


「それを言うならユピクス側も同じことです。まだ父の跡を継いでなくて良かったと思えますからね。私も担う仕事は多少はありますが、国王と言う立場よりはマシでしょう」


「はんっ、それはそちらの話だろう。交渉や事後処理はそちらに殆ど任せるぞ? わしらは、そちらと交わした契約内容に間違えが無いようにだけしてくれれば文句は言わん。さて、……もう20時か。とりあえず、後の事はお主らに任せて飯を食って寝るか……。警備以外には少量の酒も許可しているし、わしも寝酒に少し飲んでから寝させてもらう」


「分かりました。後の打ち合わせは明日以降という事で、こちらも細事だけ指示して休ませてもらいます」


 僕を置き去りに立場ある二人の王族は、席を立って退出しようとしている。えっと、僕も退出して良いのかな? え、まだ話するの? 明日にしようよー! うわ、ヘルウェン側の王族3人も、こちらに手を振って退出していく。はぁー、マジですか……。


 ヘルウェン王国の喫緊きっきんの課題を持ち出したのは僕ではあるけれど、話し合いを今日この場で、すぐさま行うのはどうなのだろう。


企図きとするのはいいけど、国に合った政策をこんな場所で話し合うより、国に持ち帰ってから話し合った方が合理的なのではと愚痴を漏らしたくなる。最終的には国王陛下の判断で裁可を出すのだろうけど、宰相様なり、その他の頭脳労働の役人達に判断を仰ぐべきものだ。それを段取りを飛ばして行うのは、その人達をないがしろにしているようなもの。僕はそれを注意点として明記するようにサイラスさん達にお願いしておく。変なところで敵や、反勢力を作るなんて愚かしい真似はしたくない。


  ――ままならないもので、僕が広間を出たのは21時前の睡眠に入るギリギリの時間であった。今日は終戦というか、停戦、か? それの直後なのだから、少しくらいはゆっくりさせてほしいものだ。



 ♦



 翌日になり、前日と違って吹雪が横殴りに降っているのが分かる。それに伴って気温が急激に下がっているらしい。昨日の日差しは本格的な冬の前の一時的な気圧の変わり目だったのかもしれないな。馬車の外に出るには厚着が必須になるのは変わらないが、傘などの雨具が必要になるときも出てくるだろう。僕の馬車には雨除けの折り畳み屋根が御者台にあるので、普通に何の改良もされていない荷馬車よりは断然環境が良い。それに御者台も細工がされているから御者台に座っての移動もそれほど苦にはならない。


 といっても、今のところ移動する予定は立っていない。砦にも馬車止め場がある、そこなら馬達も雪から身を守れるし、バインク殿下やモイラアデス国王の出立準備やその他の作業が終わるまではすることもない。滞在する間は基本馬車の中だ。


 昨日急いでまとめた話を形にするのは、上の人達の仕事だから僕はこれ以上余計な口を挟まないようにしよう。付き合わされるのは目に見えているからね。それと、囚人として砦の地下牢に捕らわれの身でいるミリャン殿下とその他のヘルウェン側の人間は、陛下が何とかしてくれるだろう。僕等が襲撃して捕らえた要人や、他のヘーベウスの捕縛された人間達、そちらはバインク殿下がどうにかするのだろう。とりあえずは捕虜として扱うのなら北東での動きと同じ、本国ユピクスに輸送かな?


 ふー、特にすることもなくのんびりできるのはいいことだ。ポータルで実家に行きたいところだけど、急な来訪があった時に困るから、大人しく待機しておく。帰ってからの予定や、必要なものをリストにして見て時間が経つのを待つ。一見無駄のような時間だが、色々と予定を組んだり、購入リストを見ているのは僕としては有意義な事だと思っている。


「帰ったら少しは休みがもらえると良いのだけど、ベルセリさんにまた文句を言われそうだな」


「お帰りになった後の予定は、予定として過ごせるかも怪しい話をされていましたな」


「オルクス様は、いつも忙しそうにしているイメージがございます。ですから、ケンプさんが言うように、そうであったとしても、喜んで動き回るのではないでしょうか?」


「ほっほ、トヨネ殿は手厳しいですな」


「事実ですから」


 いやいや、主人を前にそういう話しないでほしいんだけど。


「僕だって好き好んで、何でもかんでも首を突っ込ん出るわけじゃないんだよ? なんだか、このやり取りデジャブを感じるんだけど……」


 馬車の中で買い物リストを見ながらそんなやり取りをしていると、馬車の外に数人の人が近づいて来た。サイラスさんが部下達とこちらに向かってきたようだ。戦争が一旦片付いたおかげで、こちらはやることはないし、サイラスさん達は他の所の手伝いをやっていたはずだが、どうかしたのだろうか?


 ケンプが対応してくれて、どうやら僕をバインク殿下とモイラアデス国王がお呼びらしい。今すぐと言う話ではないが要件は何のことはない、戦果の確認をやりたいそうだ。それも目撃者を増やしての証人を増やして行う、本格的なものらしい。


 呼ばれて向かったのは砦の盾壁の端に積もる雪の上とのことだ。室内でやるには死臭や血、その他の死者の出す有害なもので砦を汚さない為らしい。吹雪の中での作業だが、風向きを考え、雪は御誂おあつらえ向きに時間が経てば、溶けるか積もるかして汚れを気にすることはない、と言うのが理由らしい。


 僕の前にはそれなりの数の貴族が並んでおり、サイラスさんのような観測が任務の兵士と戦果を照らし合わせ、武勲や名誉として称賛されているところなので、少し時間を見計らっていけばいいらしい。時間で言えば1時間後ぐらいが丁度よいとのこと。うぇー、戦果の証拠として死体を見せて功績と認められるかが判断されるらしいが、王族やお偉いさん達は、持ってこられた死体を一々確認する義務があり、その作業中であるらしい。


「僕は正直に言うと、そういう確認する役目に回されることが無くて良かったですが、作業中の王族やお偉い方達は、それを延々させられるんですよね。気が狂わないような精神力も必要そうだ」


「あのねぇ……。君はその中でも敵の死者製造機のような戦果を持っているんだぞ? 1時間後にそれを並べる君の姿を見せられるこっちの身にもなってくれよ」


「そうだぞ! 北東にいたときに見せられた、死者の数を知ったこっちの身にもなってほしい。死者のリスト、しかも敵側のだ。それを作る羽目になった俺達の気苦労も少しは分かってほしいもんだな」


「そうだそうだ! 魔術か魔道具で保管しているのだろうから、死亡から時間がそう経っていない、今にも動き出すんじゃないかって思えるきれいな死体だ。えぐく無いだけマシだったが、リストの数がおかしい」


「だな。リストだけ載せた報告書を出して見せたら、まず嘘だろって絶対言われるのは目に見えてる量だ。君が会議で言ったことを、俺達は過少どころか、出来るはずもないと思っていた。いや、普通思うだろ。敵の指揮官だけ始末して、相手の指揮系統のマヒを狙うなんてこと、それは誰でも考える理想論だ」


「だが、それが蓋を開ければ有言実行。ほんとにやってのけるなんて、君はどこかの物語に出てくる英雄か主人公かっての。やらされる仕事は遠くからの映像を見て、指揮官や階級者の探索なんだから、大変ではあったが良い意味で予定外だった。俺はてっきり、馬車で遠くから戦場を眺めるだけか、逆に無謀にも突っ込むかのどっちかだと思ってたさ」


「と、まあ、私も含めてその良い意味で予想外れで、規格外の戦果を目の当たりにした私達は、君以上に精神的に強くなくてはならず、一苦労だったわけだ。君の言う愚痴のような感想は、我々を労う言葉に変えて欲しいところだね」


 サイラスさんを含めて6人が僕の馬車に乗り込んで、僕が漏らした言葉に連携したように愚痴や文句を言って来た。確かに、作戦を途中で切り替え手伝ってもらい、僕の行動の証人になる為に彼等は動いてくれた。まずはそれを労うべきだろうな。


「すみません。真っ先にお礼を述べるべきでした。補佐や観測、それに護衛と、大変お世話になりました。この後の仕事を終えて、本国に帰国したら少しくらいはユピクスに滞在できるでしょうから、その時に驕らせてください」


 僕がそう言って礼を述べると、目を点にしたり、互いの顔を見合わせる6人。僕は何か変なことでも言っただろうか?


「自分達よりも10歳以上離れた幼子に驕られる気分を味わい体験するのは、もしかして我々が初めてじゃないか?」


「違いないな。それでも俺達は遠慮せず奢ってもらうぞ」


「勿論だ! 我々にはその権利があるからな」


 馬車の中から笑いが漏れる位の明るい話声だが、それを誰も注意しに来る者もいない。砦の周りでは、王国軍の兵士以外にも、傭兵や冒険者が野外で過ごしている。飲酒が少量程度許されているので、起こした火を絶やさない様に囲んで、戦勝を肴に喋りながら食事を摂って身体温め、報奨金に懐まで暖まっているのだろう、そこら中で使い道をあれやこれやと話しているだけでなく、カードで賭け事をしている者までいる。


 勝利して人心地ついた余裕の表れだろう、彼等の顔には自然と笑みが溢れている。まあ、一概にそうでもない負傷兵もいるにはいるのだが、帰国したら得た金でちゃんと治療を受ければよいだろう。欠損の治癒はそれを行えるものが一握りであるし、治療費がそれなりに掛かると聞くが、得た資金から出せば何とかなる者も少なくないだろう。


 それに、この世界には既に義足や義手が存在していて、魔力が殆どない者でも扱えるような構造で作られているらしい。詳しく述べると、魔物からとれる魔石や天然の魔力を含んだ魔鉱石なるもので、自分の意思でもって動かせる義手や義足が存在するらしい。


 おいおい、誰が作ったのかは本で読んで知っているが、前世の技術よりも発達した部分があるこの世界。貴族や平民という爵位や立場はあれど、技術面では前世よりも高度な文明進化がなされている部分もあるのだから、トヨネ達がいるとしても、やはり何かしら油断し過ぎないようにするべきなのだろうな。


 何かと争ったり勝負するわけではないが、なるべく有利なアドバンテージがある方が良いのは当然だろう。手っ取り早く言えば、僕等のLVレベルであったり、文明開化、所謂テクノロジーの進歩などがそうだろうか。グレイスで言うところの武装であったり、マティアの物を劇的に便利にする技術などが挙げられる。ただ、売り物として出せる品物として、マティアの作品は限定するべきだろう。他に一般的な商品で紙や蜂蜜などでも収益は出ているのだ。そういうものを増やしていければ良い。


 それに、僕の管轄する外に持ち出される技術で、戦争のやり方が変わることを恐れて、ひた隠しにするのもいずれは限界があるだろう。だからと言って武器の販売を行うわけではないが、それなりに順序はあるだろうけど、人々の生活水準を上げる術をもう少し出してもいいのではないだろうか。それは追々、誰かに相談したりする必要があるだろうな。それに、僕はまだこの世界のことには疎い部分が多分にある。


 やはり図書館通いを増やしたり、歳を重ねたら学院には通うべきだろうか? もっと知識が手軽に手に入る方法はないもんかね。いやいや、あまり横着する事ではないし、焦るものでもない。時間を掛けてじっくり行くのも面白そうじゃないか。何て言っても、僕はまだ5歳なんだから。やり過ぎは良くない。


 その様なことを頭の片隅で考えつつ、サイラスさん達と馬車で話していると、時間がそろそろ1時間を経過しようとする頃になった。そろそろ行きますか? と言って馬車をケンプに任せ、戦果の確認がされている指定の場所まで移動することにする。さてさて、どういう評価を出されるのだろうか。


 ないとは思いたいけど変なトラブルとかは、言い掛かりをつけられなければいいが……。


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