第71話

 焦った……。兎にも角にも、取りつくろっては見たが、ラクシェ王女が大胆に飛び込んでくるとは思わなかったし、そこまで僕も女の子の扱いに自信があるわけじゃない。だから、内心ではすごく焦っていたし、王太后様が来た時点で見られたら色んな意味でやばかった……。やばい、安易にこの言葉を使うのは好きではないのだけど、あれは危険である。


 抱きしめられたので、こちらもつい抱きしめ返してしまった。あー、僕何やってんだろう。うがー! 馬車の中でしばらく転げまわる僕。これは傍から見たらかなり道化だろう。ケンプが何も言ってこないのが、何よりも救いだ。こんな感じで以前もそっと放置された記憶があるが……。


 いや、今はそんなこと思い出さなくていい。それよりも残っている仕事を片付ける方が建設的だろう。僕がそう思って起き上がり、背もたれを立てて座る際にもたれられる形に戻した。その後にケンプがこちらを見て、ほっほ、と笑って来たのだ。


「ケンプにも僕が道化に見えるんじゃないか?」


「いえいえ、そんなことはありませんぞ。それよりも、私は主が昔も今も見た目こそ変わられたが、同じなのだなと思っている次第です」


「どういう意味だい?」


「我等を引き連れ、あのゲームの中であった世界を旅した主は、時に喜び時に悲しみ、今の様に頭を抱えておられたときもございます。考えていることは全く違うのでしょうが、その仕草や言葉、あるいは反応や態度、どれをとっても今の主は以前の主様なのだと思えてしまいます」


「うー、それって結局な話、中身はそのままで成長が無いってことじゃないの?」


「いやいや、とんでもない。それこそ主の思い過ごしですぞ? その思考パターンもやはり懐かしいものです。我等は元はAIのすいを集めた成長するNPCノープレイヤーキャラクターでありました。我等はあらゆることを様々学習を行い、育ってきたのは、何をおいても全て主と、たまに聞く職場のお仲間方のおかげであり、我等は皆で感謝しております。

 加えて、主が戻ってこられた。以前よりも元気になって、我等をまた新しい世界でお呼びになり、我等を頼ってくださる。我等を必要としてくださった主が、新たな目標に向かい邁進する姿をまた見られるのだと、我々一同はその喜びで満たされているのです」


 ……。


「以前、機会があり他の従者が、女神様にお尋ねしたことがあります。我々は主を腕輪の所有だけで主人と認識しているのかと。その話を聞き、返事を聞くのを初めて怖いと感じたのはその時でございます。ですが、お答えは“違う”と返されたそうです。魂と言うものの概念を、我々NPCは知識として知っておりました。それが、今の主の身体に以前からあった魂と溶け込み融合した。だから、ガーディアン達は皆、主を以前の主様だと認識できるのだと、伝えられて教えて頂きました」


 ……降参する。こういう話をされると僕は、とても涙もろくなるらしい。


「ごめん、少し卑屈になってて当たってしまったらしい。許してほしい。僕は……」


「よろしいのです。我々は皆、主のお傍で、主の事を案じ、全てを受け止める覚悟がございます。主様があのゲームの世界を嫌々でも去らなければならなくなり、世界が闇に閉ざされ、我等もその時に人間でいう“死”とはこういうものなのではないか? と、何も見えぬ感じぬ闇の中を漂うようになり、想いを実感致しました。ですが、今は主と共にいられる。それだけが最高の気分でいられるのも事実であり本心です。

 それに、人にはそれぞれが受けるストレスと言う、身体や心の反応が存在すると主が以前仰いました。それは、どこかに吐き出さなければ、常に溜め続けると人間と言うものはもろく、危うく崩れてしまうものだ。だから、人にはけ口となる欲と言うものがあるのかもしれないな、と」


 そうだね。その通りだよ。僕はユーザーや職場の仲間、意見の合わない会社や上司の事で悩んでいた時、そんなことを考えた頃がある。


「言った、確かに僕はそんな風に言った覚えがある。だけど、それは相手や物、環境を選んだ上で発散するものだ。だから謝るよ、ごめん、ケンプ」


「心得ました。では、ハンカチで涙をお拭きください。今の主の顔をトヨネ殿達に見つかっては、私も言い訳のしようがございませんから」


「ああ、そうだな。これ以上ケンプに余計な負担を強いるのは僕の望むところではない。さて、ちょっとお腹が空いたから軽めのものを頼む。食事を終えたら仕事を再開しよう」


「かしこまりました」



 ♦



 ケンプと軽い雑談をしながら、僕が知らないNPC達のその後を聞かせてもらった。NPCは基本的にAIで成長して自己判断できる、言わば仮想世界の住人である。彼等が何を成し、何を想い、何を望んでいたのか。深い部分は個人的なものなので、人と同じく踏み入るべき事ではないと僕は判断し、世間話程度で僕がいなくなった後の事を聞いた。


「そうか。運営はユーザーがいなくなった後も世界を稼働させていた期間があるんだね」


「はい、我等のような育った個性のあるAIのデータを必要としていたのでしょうな。ただ、我等も黙ってそれを受け入れるつもりは、毛頭ございませんでした。主がもしやの際にと構築されたいくつかの隠れ家に避難し、解析を逃れることができ、相手の思う通りにならない為に立ち回っておりましたな。その際他の所有者がいなくなったNPCも保護しておりました。必要であれば、彼等もお呼びになられるとよろしいでしょう。主より最後にたまわった、全権で契約しております」


「おいおい、僕の召喚できる従者リストが山とあって、見覚えのない名前が多くあるのはその成果の影響か。いや悪い意味ではないよ? ケンプ達は彼等を守ったのだから、それは誇って良いことだ。それは追々、整理しておくよ。

 だが、あの運営……、僕は職場を辞めてから、急に体が不自由になって病院で入院することになったけど、退職金や給金で溜めてたお金は有り余っていたからね。ヘッドセット型の視聴覚端末デバイスが使える機器を購入して、入院費用以外は、あのゲームの課金カタログのサーバーに不正アクセスして、全部あのゲームの課金アイテムにほぼ全部つぎ込んでやった。

 不正アクセスの足が付くし、僕の存在が知られただろうけど知った事か。そんな金が欲しくて僕は、あのゲームに人生をつぎ込んでいたわけじゃない。その意趣いしゅ返しだったけど、そんなのは僕の勝手な自己満足だったらしい。

 毎日時間潰しに、あの会社の情報を調べたよ。不正アクセスも何回もした。だが、あの会社は育てたAIを別の企業に売って、その資金を使って更なる企画を考案していた。僕以外の職場の人間も何故かリストラを受けて解雇されていたらしい。それほどまでして、何を企画していたのか、何をひた隠しにしたかったのかまでは、とうとう掴めなかったけど」


 そうだ、あの会社は海外と経営が繋がっていて、商業施設から軍事産業まで手広くAIを活用した事業を展開している会社だった。勤めていた僕でも分からないような、枝分かれした分岐で拡散して会社を持っている、所謂ブラックボックスを多大に持った謎の多い会社だった。今はどうしているのかは知らないし、知りたくもないと思っている。なし崩しだが、踏ん切りがついたと言ったところかな。


 今はこの世界で生き抜くことが肝心な事だからね。そんな話をしていると、トヨネが返って来た。他のメンバーも護衛対象に接触し、護衛の継続についたらしい。


 ならば、僕も食事を済ませて仕事を進めなくてはいけないか、そう思って相談者リストを見て呼ぶ順番を書いてからケンプ達に任せる。さて、短い期間だが任せられている仕事位はきっちり終わらせてから返上させてもらおう。



 ♦



 人の話を聞いて、明確に応えるなんて女神様みたいな対応は僕にはできない。ただ、スキルを駆使して色々と意見を述べたり、相手のストレスを少し緩和させることくらいはやってみた。確かに、人間は話を真面目に、真摯に、邪険に扱わずに接すると、色々と口から言葉が飛び出してくるようだ。


 上司や部下への不満であったり、家族関係、果ては恋愛事、まって。僕は知識から引っ張り出しているだけなので、プライベートな部分はデリケートな話なのでと前置きしてから聞いて感想を述べるのを欠かさない。


 オブラートに言葉を選び、同意したり、アプローチを変えての意見を述べたり、少しの否定を混ぜたりと、これってただのオールマイティー的な相談受け付け窓口じゃん? 僕はカウンセラーではないんだぞ? ただ、こういうところをガーディアン達に任せるのは、なにか違うなと思って自分で対応する。


 それは何人目の相談者だったのだろう。日暮れが早い5時過ぎのこと、やってきたのは魔術師と思われるローブを着た三人組であった。


 名前はこの際伏せて、Aさん、Bさん、Cさんとする。彼等は僕の馬車に乗り込んできて、開口一番に悩みを打ち明けて来た。内容はこうだ。


「我等は年を取り、体力的に今の職場に限界を感じ始めている。我等の他にも、歳をとって職を辞めようかと言う者は複数おるし、どうしたものかと悩んでおります。まだ若い貴方には分からない事ではあると思うが、今後の身の振り方をどうしたらよいのか、何かヒントになるものでもあればと参った次第」


 そんな感じでAさんが述べて、後の二人も頷いて見せた。


「質問に答える前に確認ですが、魔術は基本的に、歳を取っても下降変化しないと認識しておりますが、それは合っていますか?」


 その質問に再び頷かれる。


「では、魔術が必要な領地に腰を据えると言うのはどうでしょう? 職にあぶれませんし、働き方次第で体力が必ずしも必要になる現場しか、選択肢がないということはないはずです。あ、僕はお話しするとき大体このように話すので、そちらも肩の力を抜いて気兼ねなく相応にお話になってください。で、話を戻しますが、そういう選択肢は考えられたと思いますがどうなんでしょう?」


「君の言う通り、それを一番に考えたが、魔術師という者の数が少ないのは知っているだろう? だから国が手放そうとするのを否定してくるのだ。まだやれる、まだいける、とな。わし等はヘルウェンの者だ。今回の戦をその目で見ていれば分かると思うが、連帯が命の戦法が起用される場面が多い。序盤はまだ良いが、長期戦になればやはり歳を感じてしまうほど、身体がついていかぬ」


「そうだのぅ。口惜しいがやはり歳には勝てん。世代を変えようにも魔術師の数には限りがある故、そうそう我等の意見も通りにくい。世知辛い世の中よ」


「だが、そんなときに貴方の話を聞いた。この馬車に相談に来る者は、大抵晴れやかな気分でその場を去ると言う。なので、貴方の知恵を借りたい。何か良い案はないものかね」


 僕は少し時間を頂きます、そう述べて目を閉じてから考えてみる。それでいくつか案は浮かんだけれど、彼等がヘルウェン王国から去ることは戦力の低下と見ている部分が、上層部の意見なのだろう。そのように判断を仮定でだしてみる。


「いくつか案はありますが、どれが正解かはご自身で判断して頂きたいです。述べた案の中に正解が無くても、仰る通りにヒントになればと思いお答えします。よろしいでしょうか?」


 僕がそれほど時間を掛けず、案があると言ったことに驚かれたが、話を聞いてから判断してもらう旨を伝えて、個人的に考えた答えを述べる。


「一つ、辞めさせてもらえないならば、代わりの後継者を見つける為に、国内を転々と草の根分けても早く見つけること。二つ、一つ目を含めた目的で、個人で動けるのかどうかは別として、派遣と言う形で他の領地に滞在許可を得ること。

 三つ、魔術院や魔術師ギルドが家と言う人はいるのか分かりませんが、軍に籍を置いたまま、ご自身の自宅で暮らし、身近である仕事で生計を立てること。

 四つ、魔力量に自信があるのならば、まだ試作品らしいですが身体を補正、または補助するアシスト魔道具を付けられてはいかがでしょう。とりあえずは、今述べたのが手段の一部かと思います」


「なるほど……。軍を辞める事ばかりに気を取られて、そんな基本的なことが抜けていたとは」


しかり、故に我等にもまだ選択肢はあるのだな」


「あぁ、なんてことでしょう。ここに来て、貴方に相談できたことを神に感謝します。他の同じような悩みのある者にも、今の話を報告してあげなくては」


 それぞれからお礼を言われて、彼等が馬車を去っていった。あー疲れた……。短いやり取りに見えたかもしれないが、僕の労力はこれでも結構使っているんだよ。人に言われて初めてそのことに気付く、敢えて言うなら彼等ような人は多いのだと思う。気付くことが遅くても、まだ巻き返せる段階ならば、迷わずわらにすがってでも目標を遂げれる方が良いだろう。


 ケンプ達が僕に付き従ってくれるように、他の人にも頼れる人は必要だと思う。それは僕でなくてはならない理由などないが、切っ掛けなんて不意に出てくるものだ。それが僕の言葉でも、他の人の言葉でも構わない。それを得る機会が必要なだけさ。


 まだ僕の所には何かしら相談があると言う人がちょくちょく来る。始めた頃の行列のできる相談所ではないのだ。珍しさとか、面白がって列を成していた人達は、陛下や殿下達から、その類であると報告を受ければその者は罰を受けることになると思え。そんな風に牽制して頂くお触れを出してもらった。それからは、数が結構減って、今の様に落ち着ける時間ができたという感じだ。ふぅ、蜂蜜入りの紅茶が頭に染みるようだ。



 ♦



 翌日は晴天とはいかなくても、雲の隙間がまばらで日差しが断続的に地面を照らすくらいの天候だ。これなら帰路に発つのも時間の問題か。今日まで運動不足気味の馬達にも、多少の歩きにくさを差し引けば、存分に歩かせることができるな。僕は馬達に頼むよ、と声を掛ける。言葉が分からなくても、何かしら伝わることもあるものだ。


 僕が馬車の外で軽く伸びをしていると、サイラスさん達がやって来た、もう1時間もすれば出発なのだと言う。移動はユピクスの本国近くまで、ヘルウェンの軍が通る予定だ。捕虜や罪人の見張りや、その他の段取りをつけるのに多少手間取ったらしい。


 だが、もう一時間もすればこの砦も見納めか、色々な意味で今回の戦争は僕の中で影響を与えている。だけど、やっぱり人を殺すというものは結構負担になっていたのだろう。ふとした時に自分の行った行動が正解なのかどうか、分からなくなるのだ。僕は自信家ではないから、正直に言えば褒められた時に初めて、認めてもらえたというのが実感できた。勿論、それは敵からしたら評価は違うだろうが、僕が関わった国で、関係のある人が死んでしまう。


 そう言った衝撃を受けるかもしれない怖さがあった。戦争なのだから、安全な後方でも魔術や槍、矢などの遠距離の流れ弾に、当たり所悪く死んでしまう。身近な人物がそういう場面に当たってしまったらと思うと、僕はもっと取り乱していたのではないだろうか。んー、今更ながらそう思う。転生をする前に、父上が死んだと聞いた時の記憶は、まだ鮮明に思い出せるものだ。


 それが人を代えてまた起こってしまったら……。いくら魔術が使えたって、心強い従者を連れていても、不意に突然不幸は襲ってくるものだ。だから出来る限りは、自分が納得できるように動くのが、僕なりのケジメの付け方なのだと、心構えなのだと思う。それでもダメなら仕方ない、次はうまくやろう。そう思うことで乗り越えるしかない現実、命の危険が隣り合わせにある世界に来てしまったのだから。僕はそれを後悔しないように、出来る範囲で立ち回ればそれでいいと思うことにした。


 それで納得しておかないと、本当に際限がないからね。薄情だと思われるならばそれでもいい。それが、この世界での不文律のようなものではないだろうか。不条理やあり得ないこと、矛盾や出鱈目でたらめな様は、いつしか僕や、他の生きとし生けるもの全てに注がれる、ぶち当たるのだろうから。僕が転生したことだってその一環だ。そこは少し笑えてしまうな。


 ただ、覚悟はしても、結局は起きたことを受け入れられるのかは別問題だが、今はそれでいいのだと思う。それだけ並行思考や思考加速を駆使して考えても、答えは出なかったのだから仕方がないと諦めた結果だ。



 僕が馬車に乗るのを確認したサイラスさんは、自分の部下と共に馬を走らせるらしい。休息の時間の際だけ、少し寄らせてもらうと言っていた。外の気温は日差しがあっても寒いからね、その時は遠慮なくどうぞと言っておく。とりあえず、出立までの時間はまだあるので、馬車の中から砦に視線を向けて、お世話になったね、と心の中で呟く。



 ♦ ♦



 それから帰路に発った僕達は数日を経て、ユピクスの各領地を移動していく。問題も今のところは全く起きていない。何故かこのセリフを言うと、次に何かしら起こる前触れのような気がしてならない。いっそのこと封印したい気持ちもあるが、述べた通りなのだから仕方がない。そう思っていると、前方の行進が止まったらしい、窓からのぞくと行進中の荷馬車も止まっているので、ここで休息タイムだろうか?


 だが、記憶している休憩する場所はもっと先のはず、それに前に休憩した時間からしても早すぎると思うが……。待て、嫌な予感しかしないぞ? そんなことを思っていた所為か、御者台にいるケンプが、念話で前方から馬が何頭か来ているらしいことが告げられた。


 向かってきたのはサイラスさんの部隊である。


「どうかしたんですか?」


 僕が窓を開けて、馬に乗ったまま横付けしてきたサイラスさん達に尋ねる


「緊急という事で、君を馬車ごと呼んできてほしいと言われた。そう言うわけなので、急ぎ直進してほしい」


「はあ、分かりました。ケンプ頼む」


「お任せを」


 ここは道幅がある場所なので都合がよく、僕の馬車が他の荷馬車を置き去りに軽快に走り出したのだが、列はやはり止まったままだ。前へ進み、馬車で先頭付近まで来いってことなんだろうけど、理由は何だろうか。サイラスさんも理由は聞いてないが、急ぎ呼べと言われただけらしい。はて、どうしたのだろうか?



 兎に角急ぎという事でしばらく向かった先頭の方に、バインク殿下が乗馬した状態で待機していた。そこで椿から念話が届いた。へー……。なるほど、そういう理由か。僕のところに届いた報告、それは何と……。


「お呼びとのことですが、如何しましたか?」


「来たな。とにかくこの娘を馬車の中に入れてくれ。問題なかろう?」


「ええ、それはまあ。背もたれを倒しておきましょう。とりあえず中へどうぞ。寝かせた方がよろしいんでしょうね。とりあえず、外傷は見た感じ軽そうですけど……。トヨネすまないけど、馬車の中で彼女の汚れを拭いてあげてくれ、それと手当ても頼む」


「はい、かしこまりました」


「そうだな。兎に角、馬で軽く周囲を確認させている。他にもいるならそれも拾っていくのが良かろう。まずは何が起きたのかが知りたい。領地で言えばここはユピクスの領土、問題はこちらの担うことだからな……。はぁー、何故こんな場所で“エルフ”がいるのか。ヘルウェン側には先に進むように伝えてある。こちらも、巡回する馬を残して先に進ませるか。副官達で進行を再開させてくれ」


 そう、びっくりするしたことに、生まれて初めて見る生エルフである。尖っているように見える耳が長いのは、よくある特徴だと本で読んだことはある。それと人間と比べても遜色のない身体つきで、美しい容姿の持ち主であるであるというのも良く描写に出てくる通りだ。あ、ちなみにこの子は小柄ではあるけれど、女性としての体型は人間の女性の平均的な形と変わらないように思う。耳と顔を隠せばエルフとは分からないかも。


 殿下は、問題は発生したが大事ではない、という事にして、兵士達の進行を進める。殿下も馬を他の者に預け、僕の馬車に乗り込んで、トヨネが馬車の内部にあるカーテンを閉めている方を見ながら溜息をつかれた。


「前もって言いますけど、今回は僕は無関係ですので悪しからず」


「分かっている、根に持つ奴だな。しかし、本当にあのエルフは、何故道端で倒れていたのか。それが全く分からないでは話が進まぬ」


「尤もです。ただ、かなり体力や魔力が減っているのが気になります。トヨネ、確認だけどそのエルフの人の身体に問題はありそうかい? 深い傷があるとか、模様があるとか、何でもいいのだけどあれば教えてほしい」


「そうですね……。衣服を脱がしましたが、いたって模様は確認できません。ただ、擦り傷が多少所々に見られるのと、時間が経って跡が消えかかっていますが、足首と手首に縛られていた痕跡があります。それと、首のバンドのようなものは材質は柔らかいですが、魔道具で間違いないでしょう。死なない程度で、あまり動けないぐらいの、一定以上の体力と魔力を彼女から今も奪っています」


「そうか。なら奪っている体力や魔力、それがどこに向けられているかを、辿ってみるのが早いかもしれませんね。椿、頼む。トヨネは手当キットで彼女の手当てと、新しい服があれば着せてあげて。さっき見た服装じゃ、この馬車の防寒でも風邪をひくだろう」


「承知」


「かしこまりました」


 僕が立て続けに話を運ぶと、バインク殿下が手際が良いなと褒めてくださる。


「本で読みましたが、エルフの住処はヘルウェンの森にはなく、ユピクスにもないと記憶しています。本で読んだだけなので実際はどうか知りませんが、誰かが彼女の飼い主、もとい保護者なのでしょうけど。それを辿る手掛かりは首の魔道具うのみ。彼女には申し訳ないですが、傷の治癒以外は今しばらくはこのままを維持させてもらおうと思います」


「それで良い。もしユピクスの人間が、何かしら関わっているのならば、それは種族間の問題に発展する重罪である。盗賊の類ならそれこそ、この手で縛り上げてやらなくてはな」


「兎に角、何か分かるまでは静観しましょう。手は打ちましたし、彼女が目覚めるのが先か、こちらの手の者が現場を見つけるのが先か。結局はその後の話ですから」


 僕の言葉に納得したらしい、バインク殿下は次の休憩地点まで、兵達の行進を継続させるようだ。僕の馬車は、先頭集団に合わせた速度を出して進む。さあ、この先の展開、どうなる事やら。

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