第72話

 バインク殿下からの呼び出しを受け、殿下のいる先頭に馬車を向かわせた僕を待っていたのは、身体のあちこちに怪我を負った、首に魔道具を付けたエルフの女性だった。


 エルフをトヨネに頼み、僕の馬車に横に寝かせて様子を見てもらう。聞いた限りから服がボロボロで、見えなかった場所も怪我をしているらしい。トヨネに補充式手当キットで、そのエルフの手当てと服を着替えさせるように頼んだ僕は、エルフの首についている、彼女の魔力や体力を奪っている魔道具から流れる、奪われている力がどこへ向かっているのかを、バインク殿下についていた椿に指示を出して追ってもらうことにしたんだ。


 それでも現在、バインク殿下を筆頭に自国へと凱旋していく途中なのである。足を止められた兵士達を再び動かし、本国へと足を進める。魔道具がどういう構造かは僕や殿下では分からない。トヨネも下手に触るより、椿の報告を待つ方が良いだろうと述べた。


 なので現在その力の流れを追跡中の椿からの連絡を、僕等は待つことにした。と言っても、バインク殿下も問題にかかりきりになるわけにもいかない。そこでお鉢が回ってきたのは僕である。とりあえず、馬車を本国に向かう騎馬隊についていくようにケンプに頼んで、馬車はその足を進めるのだった。



 ♦



 椿の追跡は数時間続いたようだが、こちらに一報が入ったのは夕刻に差し掛かろうとしていた頃だった。


『オルクス様、追跡終わりました。報告致しますがよろしいでしょうか?』


『待ってたよ、報告を頼む』


『はい。魔道具から流れていた力の流れを追って辿り着いたのは、林で視界が悪い洞窟でございます。そこにも他に、耳の長いエルフと呼称できる者が多くおります。正確な場所は、ルルス殿とマティア殿の作った地図を参照して頂けますか?』


『了解、ちょっと待って。ちなみに椿は安全なのかい?』


 僕はそう言って地図を取り出す。ユピクス王国の領地が詳細に載っている地図だ。それを取り出した僕に、馬車に同乗していたバインク殿下が反応した。ただ僕が動いたからと何かを言ってくる様子はない。僕が動いたことで何かが進展したのだろうと言うことくらいは推察したのだろう。


『こちらは問題ありません。ただ、エルフ達は延々洞窟の拡張に力を振るっており、それを監視する者達に怯えながら作業しているのが窺えます』


『ルルス、地図に椿の位置情報を頼む』


『かしこまりました』


 すると地図に淡く点滅する箇所が表示された。僕はそこにマティア特性の駒を置く。これで椿の位置が正確に、移動しても追跡できるようになった。戦場で僕はこの道具を使わなかったが、ルルス達が上空で使って敵ターゲットを補足していた時に使っていたものだ。


「バインク殿下、この駒を置いた場所に、他にも複数のエルフと、それを見張っている監視者達がいるようです。ちなみに領地の持ち主は――」


「お手柄だ。だが、言わんでいい。ここの領主は色々と問題がある奴のはずだ。悪い噂も多くあるとかな。……他種族と問題を起こすなど、国に、ひいては王族の顔にまで泥を塗ったのだ。本国に帰り次第、いやそれでは遅いか。早馬ですぐにでも報告して、領地を視察と銘打って検分する。悪いがお前にも協力してもらうぞ? これは迅速な対応が必要な問題だ」


「勿論です。協力は惜しみません。戦争が一段落したっていうのに、仕事を増やされるこちらの身にもなってほしいですね。今度はエルフが攻めてくるなんてことがあったら大事じゃないですか」


「馬鹿を言え。ないわけではないが、基本的に彼等は自分達の領域を守れれば、こちらが変にそこへ足を踏み入れなければ何もしてこない。だが、話を聞く限り、強制労働させられているのだろう? 何か大事なものでも掴まれて脅されているのか、単に捕まって犯罪奴隷の如く働かせられたのか、どちらにせよ事は急ぎだ。お前の言うことが実際に起こらないようにするのが、今件を知った俺の仕事だ」


 バインク殿下はかなりご立腹のようだ。それは僕も同じだが、殿下の比ではない。国の領土を宛がわれた領地を治める貴族が、確証がないので今のところ、もしかしたらと但し書きを加えるが、他種族を違法に働かせている。事実であれば統括する王族が、望んでもいないことで問題を起こされ、その処理に時間を割くのだ。本当にたまったものではない。


 とりあえず、ユピクスの国王であるフォルトス陛下に一報を入れておこう。



 ♦



 さて、時間は少し経って日が沈み、途中の領地で一泊という事になった。僕は基本的に馬車で時間を過ごすので、王族であるバインク殿下、ヘルウェンの王族達は領地を治める貴族の家に泊まる。その領地では街があり、爵位や立場の高いものが街の中にある宿で休んでいる。他の兵士達は街の外で道を塞がない様に陣取っている。軍についてきている冒険者や傭兵も、基本的には野営で過ごしているようだ。お金の節約と言うのもあるだろうが、やはり貴族と揉めるのは嫌だと言うのが本音ではないだろうか。僕が邪推にそう思ってるだけなのかもしれないが。


 さておき、エルフの彼女はまだ目覚めていない。疲労がかなり溜まっていたのだろうし、怪我の具合もあったのだろう。もしかしたら睡眠も満足に取れていなかったのかもしれない。憶測でものを考えるのは良くないが……。


『オルクスさん、そういう時にこのヘルプ機能をお使いになられるべき、と具申いたします』


「いきなりだな……。ごめん、あまり君を使うことが無かったから、そんなことも忘れていたよ。でも、ダンジョンのクリスタルみたいに記憶を抜き取るのはダメだよ? 以前、小春からも聞いたけど、秘密結社コープスの件でも抜き取った相手は廃人になったらしいじゃないか」


『ご安心ください。バージョンアップされたヘルプ機能であれば、記憶を読み取るだけなど造作もありません。それに、起きた彼女が本心を述べるかどうかも分かりません。人には言えない、隠さなければならないこともあるでしょう。彼女が自身の口から言えないことも、分かってあげられる。これは一つの慈悲だと思われます。いかがでしょうか?』


 ヘルプさん、前よりも押しが強くなった感じがするのは気のせいだろうか? でも、彼女ヘルプがいう事も一理ある、か。人の記憶を覗くと言うのは少し気が引けるが、問題を迅速に解決したいと思うのも事実だ。許可もなく、しかも異性の記憶を覗く。僕は目をきつく閉じて、思考ではなく気持ちを落ち着ける。これは気持ちの問題だからだ。


 少し間を置いて、一つ息を深くはいた僕は、トヨネの反対側に回り彼女のおでこに軽く手を乗せた。


「任せる」


うけたまわりました』


 ヘルプさんが承諾した瞬間、僕の手が淡い光を放った。そこからは何というか、彼女の記憶を早送りではあるが意識して覗いてみる。生まれた彼女が成長して自我を持った辺りから、その記憶を読み取れる限り、特にこれと言って問題はなかった。多少気にかかる場面もあったが、概ね彼女の生い立ちを把握した限り、今の状態になるような気配はなかった。


 だが、彼女が体の成長を終えた頃から、彼女の周りで、住んでいる森の中で異変が起こり始めた。予兆はある日やって来た人間達が、族長なのか年老いたエルフに接触してきた。それを物陰から見て話を聞いている彼女。


 人間達は自分達の主張をエルフの族長に伝えて、有無を言わせる事無く引き上げていった。彼等の主張は、森の木を多く伐採する為の立ち退きであった。エルフ達に是非や意見を問わず、決定事項だと告げてのことに、エルフ達は憤慨しながらも、住処を追われることになったらしい。


 森さえあれば時間を掛ければ何処でも、と言うわけではないが、大抵の場所で暮らしていける術のあるエルフ達は、仕方なく荷造を行った。そんな時に現れたのが、今回問題行動を起こしている貴族本人だった。本人は物見遊山で森にやって来たのだと言っているようだが、何ともわざとらしく困っていることはないかとエルフ達に述べたらしい。


 エルフの一人が答えた。この森から立ち退きを迫られている。いきなりそんな事を言われて、行き場をまだ定めていない状態なのだと、住みやすく森の多い場所を知らないか、そんな質問をしたようだ。その貴族は大変驚いたように、ならば我が領に規模は小さいが森があるから、そこに住めばよい。そう言ったらしい。彼女の記憶からは、その話が又聞またぎきとして知れることとなる。


 いやいや、エルフってもう少し警戒心が強い種族じゃないのか? いや、それは僕が小説や漫画から受けた印象か。だが、もう少し警戒心を持つべきだと思う。タイミング良すぎだろう。いや、だからこそ信じたのか。行き場がないと言うのも後押しされた原因なのだろうなぁ。その後は場面が流れ、移住先に移動した彼女達は、住人の証であると首に、今付けている魔道具をつけさせられた。そこからが地獄の始まりだったらしい。


 強制労働に、魔道具による強制的な力の吸引を受け、抗おうにも族長が人質にとられてしまった。くそっ! 胸糞悪い……。あそこで労働に従事したのは大凡10年以上前になるらしい。食事も最低限しか与えられない。男性は労働、女性と子供は……、チッ! 胸糞悪いし、段々イライラしてきた。後はもう道端で意識を失っているところまで読み取らせてもらった。


 屋敷の警護を抜けて来たらしい。その途中で力尽きて気を失ったようだ。今頃、あのエルフを騙した貴族は、この子を捜索をしているのかもしれないな……。


「オルクス様……」


「分かってる。僕は今とても人前に出せない目をしているんだろう。だけど、この子達が何をしたのだろう。殺されないだけでもありがたく思え、だと? 理不尽や不条理が彼等を襲ったからこの結果だってか?

 彼等から奪った魔力を魔石に込め、それを売りさばいてるらしい。体力は基本的に溜めることができないらしいから、魔力とは別に放置してるらしいな。ただ、その放置している装置の近くに行くと、体力が癒されるらしい。

 元凶の貴族の精力剤に成り下がってるんだろうな。彼女の記憶の中でその貴族が誇らしげに宣ってたよ。お前達の使い道一つで、俺の財産は永久的に増え続ける。いずれ他の捕まえたエルフも俺の為の道具になるだろう、ってね」


「では、彼女の他にも同じような手口で捕まったエルフ達が存在するという事でしょうか?」


「恐らくね……」


 僕は少しずつ手に込めた力を抜いていく。既に彼女の額に置いていた手は放した。今は何かに当たり散らしたい気分を必死でこらえる。人道的と言う言葉はこの世界でも通用する言葉であるらしいが、それを他種族に用いることはないらしい。それほど浸透している考え方ではないという事なのだろうか。国同士が戦争を行っているのだから、その認識が薄いのも頷けることではあるが、だからって他種族だからとか、姿が多少違うからと、話が通じるのをいいことに騙し、犯罪奴隷の如く働かせていいわけがあるかよ。


「急いだ方が良いと思う。あの貴族を野放しにしてればそれだけ被害者が増える。10年以上働かされた者の中には、病気や怪我で動けないものもいる。ただ、そういう者は放置して、力を奪うだけにしてるらしい。貴族の立場から、金の生る木を減らすのは良くないとでも思ってるんだろうな。

 族長も人質として捕まったままで無事でいるようだ。その貴族か、それに関係する者は、多少の頭が回るってことか。上手く隠蔽はしているようだけど、僕に知られたなら逃れようがないことを、きっちりと知らない内に教えてやる。身体の弱っている子供もいるみたいだ。救えるものは早く救い出したい」


 僕は煮えたぎる心に蓋をして、馬車をケンプに任せて、エルフの彼女にはアイリスがついている。そして僕は馬車を降り軽く空を見る。数え切れない星がその光を主張している。人として生きとし生けるものは、大抵はこうして空を見上げて星を見るものだ。穴蔵に籠って穴を掘るだけの生活など、その道の職人か雇用された労働者、もしくは犯罪奴隷にさせておけばよい。


「だが、感情で僕個人が奴を裁く訳にもいかないことだ。ただ、一足先に出来る事はしておこう。その許可も今から取りに行く」


 エルフの生態を詳しくは知らないことだったが、馬車に救助したエルフの女性の記憶を見る限り、基本的に森での生活が中心であった。それを何の罪もないのに、強制的に穴掘りをさせる。その癖自分はエルフの子供や女性と首輪の魔道具で得た強制的な権限で寝床に潜っている。


 僕はこの世界の取締役でも何でもない、ただの貴族の長子に他ならないが、お前がそんなことをするから苦しむ者が量産されるんだ。そのことを思い知らせてつぐなわせてやるぞ。


 馬車を伯爵の家の前まで移動させてもらい、僕はトヨネを付き添いに、雪の積もる道を多少の歩きにくさを気にせず進む。



 ♦♦♦



 オルクスが俺の泊まる領主の家にやって来たという。恐らくエルフの件を言いに来たのだろう。あの件を知っているのは馬で俺と一緒に列の先頭にいた副官と少数の兵だけだ。王族である俺から、この件を口外しない様に一応は口留めしてあるので、今のところは問題にはならないだろう。ただそれでも、人の口に戸を延々立てられるわけではない。この件は出来るだけ早く対処したい。


 そしてエルフの娘が目を覚ましたのだろう、その娘からの話を持ってきたというところか? 今件の詳細が分かれば、すぐにでも早馬で伝令を出すつもりであった。そしてオルクスがメイドと共に応接室に入ってきた。


 俺はその雰囲気に少し息を呑んだ。オルクスの目が虹色に輝いていたからだ。それに表情も何となく、戦場で本陣の天幕で見た表情が抜け落ちていく際の少し前の顔だ。これは何かあったのだろう。俺が席を勧めると礼をとって椅子の前で、立ち、俺が据わるタイミングで奴も座る。メイドは後ろに控えているが、隙が無いのが良くわかる。俺程度では全く歯が立たないのだろうな。


 そんなことを考えながら、俺から口火を切る。報告があると言っても上位者であるこちらが先に促さねば礼を失するのだ。緊急ならば緊急と言って先に話すだろうが、その様子がない。


「表情が物語っているが何が分かった? 遠慮せず言ってくれ」


「では、分かった部分を述べます。その前に誰か記録を書いて頂けませんか? 書状で早馬を出すのにも、手間が省けると思いますので」


「分かった。誰か、急ぎで書記官を呼んでくれ。本国に送る早馬の手配もな」


 そして、こちらで人を手配していざ話をするこいつの言葉に、珍しく感情が乗っている。いや、乗せないように努めているが、まるで歯止めが利かないのだというような言葉だ。口調は丁寧だが、その端々に強い怒りとやり切れなさが窺える。それも内容を聞いていれば分かることだ。


 あの領地で行われていること、その全てが俺の怒気に火打ちするように、段々と苛立ちを覚えた。だが、目の前で俺より静かにより怒っている者がいると、他の者は冷静になれると言う、一種の無意識な自己抑制的平常心が俺に芽生えた。俺が感情的になってどうする。目の前に自制している奴がいるんだぞ。


 話を最後まで聞いたのち、俺は深い息をついた。こいつが怒る理由もわかったし、その話が真実だと、いや、こいつが嘘をついてまで怒りを抑える理由がない。真実なのだろうな、と俺は思い直し書記官に手紙を早馬で本国に急ぎ届けるように伝えた。



 ♢♦♦♦



 ……そうか、とユピクスの本国にいる、わしのところにオルクスから連絡が入った。息子のバインクには先ほど用件を伝えて、こちらに早馬を向かわせている途中らしい。それでも2日以上はかかる距離だろう。この言玉は実に便利なものだ。だが、そんなことは今は良い。問題は、その貴族の領地にてエルフが強制労働に加え、魔力を魔石に奪われているという事実。それを売りさばいて懐をうるおわせている奴がいるという事だ。


 わし方で予め出来る事をすぐに準備しておいてほしいと、オルクスの方から言って来た。念話ではその感情がダイレクトに伝わるらしい、彼奴が怒っていることはわしにも伝わって来た。まあ、それだけその貴族がやっていることが酷いことなのだから当然と言えば当然か。同じく元は日本人というのも少しはあるのだ、奴の気持ちを汲んでやれることもある。


 わしは控えている侍女に、こちらに早馬が来るだろうから、その受け入れと、急ぎでウルタルを呼ぶように伝えた。


 それから間もなく、ウルタルがわしの執務室にやってくるのを待って、息子に問題のある貴族、カックシー・モォーケル伯爵の領地に疑惑があることを伝え、その疑惑の数々を書面にして見せて伝える。オルクスが協力してくれるだろうから、お前も出立の準備を他の兵士と共にしておけと伝えた。


 あの伯爵は、今回のエルフの件以外にも色々と問題が噂されていたのを秘密裏に調査していた相手だ。もう2年以上かけて調べ上げた不正やら裏切り、その他の嫌疑けんぎを多々挙げて証拠もしっかりと押さえている。いつのタイミングで検挙するか検討していたところだった。だがここに来て、種族間の問題になろうことまでやっていたのだ。その罪は重ね重ね重罪を十分に増している。ここで叩いておかねばなるまい。


 バインクは凱旋で王都こちらに戻さねばならない。オルクスには悪いと思うが、彼奴の力があれば、ウルタルでも問題なく仕事を完遂するだろう。彼奴オルクスも、凱旋などに興味はないので手伝いますよ、と軽く返してきた。普通そこは貴族として誇り主張するべきだからな、と軽く注意しておいたが、まだ子供の僕がそのパレードに参加しても、結局はお飾りですから、そのように返された。


 確かに彼奴が上げた戦果はものすごいことになっている。しかし、それを知るものは戦果報告の場にいた者達や、噂を耳にした者達だけで、本国にいる民衆には浸透していない。だからこそと言うのも変だが、褒美を出す側も頭を抱えるぐらいなのだから、ギースの奴もどうすれば良いのかと嘆いていたわ。面白いものを見た感じだが、わしにも意見を求められたので、何かしら考えておかねばならんのは頭が痛い。ある意味で悩みの種としては困った事だ。


 そんなことを思いながら、わしは執務を再開する。国を動かす為の裁決の書類が多くて最近は座ってばかりだ。中々身体が凝り固まっているようで、日々寝る前のマッサージを頼む回数が増えたような気がする。魔道具の中にマッサージチェアとかあればいいんだが、まだそういうのないんだよな……。嫁に頼むしかないか。


 頭の片隅でそんなことを考えていると、部屋がノックされた。入室を許可すると宰相のギースが入ってきた。こいつも忙しいのに、何をしに来たのか。


「どうした? 忙しいお主が来るなんて」


「先ほど、ウルタル殿下にモォーケル伯爵家の嫌疑について出立準備をされたと聞きました。切っ掛けはどうあれ、動かれるのはよろしのですが、今になって動かした理由をお伺いしようと思いまして」


「なるほど。まあ、お主も忙しいだろうが掛けてくれ。込み入った話を耳に入れたのでな。お前にも教えておくべきか」


 ギースを座らせてサイレントの魔道具で、声が漏れないように防音にする。それから少し話して、ギースの奴が険しい顔で怒りだすのは数分後の事であった。ちなみに、ギースは、わしが転生者であることを知っているし、俺の能力の一部も知っている数少ない信用のおける人間だ。


 オルクスの事を同郷の人間だとは、一言も話してはいないが、俺の行動から言わずとも分かっているのか、特に何も言わないのがこいつらしいと思う。


「御前で失礼致しました。ですが他の種族を……。何という事だ。国としての信用を台無しにしてくれたという事ですな。早馬が到着次第、相応に対処するとしましょう。しかし、これはあの伯爵だけが関与しているものなのでしょうか? もしかすると他にも同じことをしている者がいるかもしれませんな」


 こいつを怒らせると後が怖いのだ。


「オルクスの奴をウルタルの補佐にした。彼奴であれば、何かしら他にも成果を上げるかもしれん。頼ってばかりで恩に報いてやれていないのが心苦しいが、本人は気にしてないとかいうもんでな。また何か考えてやらねばならんのが悩みの種だ」


「陛下の信頼が厚い者ならば結果を出すのは確定でしょうな。ふむ、しかし、確かに褒美や報酬と言うのも考えものですな……。本人が気にしていないのが救いと言うのも、こちらとしては立つ瀬がない。やはり、高い爵位と領地はお与えになるのがよろしいでしょう。

 聞く話では、彼のヴァダム家の領地では、蜂蜜やポーション、雑貨などの消耗品が主な収入源と聞いております。それをギルドに収めたり、今回の戦の為に国に納めたりしているようですな。しかも、奴隷を購入した後は、領民と等しく扱っているとか。はぁ~、ヴァダム家のような領地がもっと増えてくれればと、愚痴を零したくなりますな」


「ヴァダム家には、長子に次いで次男と長女がおる。男爵に問題なければ、何処どこか問題のない理由ではいした家の名前を授け、領地も与えればよいだろうか。あれは見た目は子供だが、バインクが手紙で“彼奴を5歳児などと認められない”などと手紙に書いてあったわ。気難しい彼奴が認めたのだから、相応に報いてやらねば、ヘルウェン王国にも示しがつかん。お前のところは、目が節穴なのしかおらんのか、そのように書状や噂を流されるのもしゃくさわる」


「尤もですな」


 お互い同じ城の中で仕事をしているのに、会う時間はそれほど多くはないときも多い。時間も限られているので、1時間ほど話し合った末、オルクスに与える褒賞をどうするか、何となくだが形にして話を終えた。ともあれ、こちらに向かっている早馬が来たらすぐに動ける準備だけはしておく。モォーケル伯爵、年貢の納め時というのが、お前の知らない間に刻一刻と迫っているぞ。

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