第76話

 僕が休んでいる馬車まで連絡が来たのは、大凡1時間もしないくらいの内である。トヨネから状況報告を受けて、大体の流れは分かった。現在は連れてきた兵士達がせっせと見張りカックシーの私兵の捕縛、証拠品である物証や、エルフ達の救出を急ぎ行っているようだ。


 エルフ達に付けられていた魔道具の解除キー、それを伯爵本人が持っていたのだから、もう言い逃れをすることもできないだろう。そしてこちらで調べを進めていた限り200人以上のエルフ達が寒い外で、ボロボロになっている服で寄り固まっている。中には共通語を話せないものもいるし、こちらでエルフの言葉を扱えるのは、僕と僕の従者達だけである。


 なので、エルフ達に基本的な現状の状況説明を通訳として、トヨネ達がやってくれている。後、伯爵が屋敷の中に隠していた地下施設に、魔力を集める大掛かりな魔道具が一部屋にドンッと置いてあったのと、族長らしき人物の発見をしたと報告を受けたらしい。


 そして、寒さに凍えないように各所で火を起こして、暖をとる様にしてもらっているわけだが……。屋敷の地下には150人近くのエルフがすし詰めに近い状態で牢屋に監禁されていたようだ。中には娼婦のようなことをやらされていたらしい、エルフの女性達がいたようだ。それにエルフの子供達も似たような目に合っていると報告を受けた。人格を無視したカックシーの行いの代償は大きい。



 ♦



 僕はとりあえず、ウルタル殿下にこの先の予定を確認する為、許しを得て話をしているところだ。


「もしも話し合いで何処かへ移動すると決まった場合、この人数を移動させると言っても、予定ではどうされるんですか?」


「いや、そこはほら、オルクスに何か案がないか聞こうかと思ってね」


 え? と、僕は不敬にも聞き返してしまった。だが、ウルタル殿下は気にした様子もなく、頭脳労働だとオルクスに頼んでおけば間違いないって、バインク義兄上あにうえが、ね。


 そんな当たり前みたいに頼むと言われても困る。だが、現状を動かす為の指示は速やかに行うべき事柄だ。一応の反論をしてから、必要になることを述べることにする。


「ね、ではありませんよ。僕を本当に何だとお考えなんですか? 兎に角、あの屋敷を全面的に使いましょう。エルフ達には屋敷の風呂を使って汚れを落とし、傷や病気があるなら治療しましょう。

 彼等をどうするのか、先ずエルフの族長や補佐役達と話をしましょう。彼等にも考える時間が必要でしょうから、それまでは屋敷を使います。屋敷で足りないなら、天幕を用意しましょう。彼等の掘っていた横穴を使っても良いでしょうけど、精神的にそんな場所にはいたくないでしょうし。

 それと近く、と言っても数日は掛かるでしょうけど、荷馬車を各領や街から集めましょう。この人数にしたって、この季節をしのげる場所を与えないといけません。雪も降りますしこの寒さですから、留まるにしても野ざらしでは問題です。移動するにしても徒歩では辛いでしょう」


 ふむふむ、ではそのようにしよう、と殿下が兵士達に声を掛け始めるのを中断させる。


「殿下、少し待ってください。荷馬車が何台必要なのか、馬の数は、それに食糧だって調べなくちゃいけません。それらを買うのにいくら必要か、その辺の計算もしなくてはいけませんし、先ずは殿下がするのは族長達と話し合われることです。兵士が60名ですから、動かす前に下準備は必要ですよ」


「あー……、すまない。分かった、何を優先順位にすればいいかはオルクスに任せる。私にも指示をくれ」


「ちょっ!? そこまで任せてしまっては……」


「良いのよ、殿下がそう言ってるんだから、ついでに私にも指示をちょうだい。やる事は山積みなんでしょ?」


 確かにやる事は多い。僕はやれやれ、と頭をかいて答える。


「後で文句を言わないでくださいね? 伯爵の余罪を調べている兵士を除き、兵士方を35人お借りします。5人は殿下とヘイリー殿の護衛に。残りを集めて頂けますか? それぞれに仕事を分担させて頂きますので」


「了解した」


 殿下が早速動くのを確認して、僕は暖をとっているエルフの方に目を向けた。そして、何やら話をしている彼女を見つけてこちらに呼ぶことにした。


「ディナラ、ちょっと来てくれ」


「あ、はいっ!」


 エルフ達は数も多く、魔道具を外すのに時間が必要らしい。解除キーが一つしかないのだから、非効率ではあるがやってもらうしかない。エルフ達が僕に視線をとばしてくる中、彼女が僕のところまで駆けて来た。


「悪いのだけど、先ずは魔道具を外した人から順に手伝ってほしいことがある」


 僕は自分の鞄の中から、自分用の折り畳みの机を取り出し、その場にてカタンカタンと簡単に組み立てて見せる。その机に紙を乗せて、数字を書いてから、内容を書き記していく。それを書き終えると彼女に見せて指示を出す。


「手順書だ。特に難しいことはない、先ずは手が空いた人にこれから渡す天幕を組み立ててもらってほしい。その後組み立て終わった人から、あの伯爵の家にある風呂場を使って汚れを落としてほしい。確認したけど、大風呂で10人くらいいっぺんに入れる風呂がある。そこを使ってくれればいい。入る前に汚れを落としたり、病人や怪我人の手当ては先にするんだ。

 こちらから従者を一人回すよ。今着ている服はさすがに汚れがひどいし、臭いもあるからね。服は古着で悪いのだけど、それをこちらで用意するから、風呂上りに従者から受け取り着てほしい。その後に屋敷に入れるだけの人数は入れて、後は外で組んだ天幕で過ごしてもらう予定でいる。ここまでで何か質問はあるかい?」


「い、いえ、問題と言うより人数が多いですから、服とか頂いても良いんでしょうか?」


「変なところを遠慮するね。まあ、いいか。それくらい僕が持つよ。必要経費で落ちるなら、国に申請してみるけどさ。兎も角、女性と子供を先にお風呂に入れてほしい。男手は天幕を建ててから後に入浴だ。指示を出す人を見繕って20人程連れてきてほしい。僕と僕の従者はエルフ語が分かるから、その辺の人選は気にせずして欲しい」


「はい、わかりました。ちょっと行ってきます」


 こちらはこんなものでいいだろうか。


「オルクス、集めたぞ。指示を頼む」


「はい。あ、ではお手数ですが、5人一組で天幕の設置をお願いします」


「天幕なんてそんなに数はないぞ?」


「こちらのマジックバックを持っていってください。バインク殿下から、お願いして借りています。部族の数は把握していましたから。それに食糧も入っていますから、彼等が落ち着いた頃に食料を渡してあげてください」


 え!? ウルタル殿下やヘイリー殿、他の兵士も驚いている。


「先見があり過ぎだろ。いや、それで助かっている面があるのだからいいんだけど。オルクスはどこまで先を見越してるんだい?」


「必要なところまでですよ。どこまででも、は無理ですけど、ある程度ならば予想可能ですから。天幕の入っている革袋、結構量があるはずですから、建てられるだけお願いします。エルフの方達にもお願いしてますから、やり方をまず見せてあげてください。中には共通語が通じない人もいるでしょうから、通じる人に話を通してもらうように今から伝えますので。

 ヘイリー殿は天幕を少し囲うくらいの土を天幕の前に設置してください。暖炉のような形が好ましいでしょう。その方が暖をとるには適しています。それと食料を渡すときは表情を軽く、なるべく軽く笑みを見せながら渡していくように心がけてください。

 エルフ達の警戒心を解く為でもあり、こちらの印象を良く持ってもらう為でもあります。あざといやり方ですが、効果を期待できるものは何でもやるべきです。反抗的なエルフもいるかもしれませんが、それに一々腹を立てるだけ無駄です。何せ彼等は十年以上人間の貴族に虐げられて利用されてきたのです。その心の闇は深い。ご理解いただければと思います」


「わかった、そのようにするのが理想であると私も思う。今のうちに資材を移動させておこう」


「お願いします」


 こっちもこんな感じか。説明と理由を相手に伝えることは簡単だが、それを理解してもらうことが肝心かなめなのだ。そこをおろそかにしては、迅速な行動も意味がない。


「オルクスさん、説明して呼んできました!」


 あー、次はこっちなのね。まあ、手順通りでいいのだけど。


「うん、待ってたよ。とりあえずグループを作るから5人一組になって。その中に共通語を話せる人を最低一人は必ず入れてほしい。屋敷で女性達の入浴や傷の手当、病気の確認をしてもらっている。それなりに時間がかかるだろうから、井戸から水を汲んで手を洗ってから、こちらの兵士から食料をもらってほしい」


 こんな調子で指示を出して人を動かす。そこに種族とか言葉とか、そう言う垣根を感じさせるものは少なく、結構前になる実家での奴隷達の共同作業を思い出させる雰囲気がそこにあった。



 ♦



 時間が経つたびに一つ二つと、その数を増やしていく天幕の数。そして、ディナラから指示を受けて、エルフ達の動きも見れるほど早くなっているのが分かる。途中からだが天幕を立てた組は、二人ほど残って組み立ての様子を見ながら指示を出してくれている。自分達から進んで取り組んでくれているのだから助かることだ。ディナラの負担を軽減するための行動だろうけど、結果としては全体的に円滑な作業がされている。


 共通語が話せるエルフも、多少気が引けている者もいるが、天幕を組み立てる兵士にやり方を教わり、作業に戻っていく姿もあった。こちらが危害を加えず、自分達の使う天幕を立てているというのを知っての事だろう。食料を渡す兵士も指示通りに、表情を軽くしている。それも相手の印象操作に一役買っているのだ。


 ディナラからも説明をされて、納得する者もいれば、やはりと言うか、長年こき使われていることを根に持っている者、静観する者がそれぞれいる。だがそれでも、協力する者に後押しされて動く者もいる。それだけあのカックシーが長年彼等をないがしろにしながら、彼等の心に影を落としてきたのだから、当然と言えば当然の結果だろう。


 それでも彼等の時間は動き出そうとしている。この働きかけが多少でも彼等の心を満たしてる影に、光をかざしてくれたらと思う。僕が彼等を見ながらそう思っている内に、屋敷からディナラ以外のエルフの女性陣がでてきて、こちらに向かってきている。その中に一人際立って目立つ容姿と、片手に杖を持った人がいた。その人達が通る際に、傍にいたエルフ達が礼をとっているのがわかった。


 恐らくはあれが、捕らわれの身であった族長殿だろうか? 僕がそう思って視線を向けているのに気づいたのだろう、ディナラが僕のところに来て、こちらに向かわれている中央の杖を持っている方が、我等が部族の族長ですと耳打ちしてきた。こちらに向かってきているが、僕は指示をとばしているだけで代表ではない。近くを通った兵士の一人を止め、エルフ族の族長殿がこちらに向かわれている、至急、殿下を呼んできてほしい。そう伝えて走ってもらった。


 そうこうしている内に、その族長殿が数人の女性を連れて僕の前までたどり着いた。


「そなたが、ディナラを救ってくれた者か?」


 共通語ではなくエルフ語であったが、僕は気にせず肯定と否定を混ぜて話す。


「彼女を最初に見つけたのは、このユピクス国の第一王子、バインク殿下の部隊です。本国に戻られてここにはおられません。彼女の介護を仰せつかりはしましたが、救ったという言葉は正しくはありませんね。ディナラ本人が、懸命にこの領地から離れた場所まで逃げて、こちらに助けを求めて来たのです。全ての始まりは彼女の行動と運が味方したのでしょう」


「い、いえ、そんなことは……」


 ディナラが僕の言葉を否定しようとするが、僕が先に言葉を繋ぐ。


「僕は基本的にゴタゴタする面倒ごとを押し付けられた、言わば使者みたいなものです。代表は今こちらに向かってきている、あちらの方達です」


 僕が顔を向けた先に、急ぎでこちらに向かってきている殿下と、ヘイリー殿達がいる。


「込み入ったお話は、ウルタル殿下達にお願いします。共通語の通訳が必要でしたらお受けしますが?」


「そうか、共通語は問題ないが通訳してもらった方が良いかもしれぬな。……人の子よ、ディナラの面倒を見てくれて感謝する。あの子がそなたから色々と話を聞いて、何かしら学んだようであることは分かった。最初に会った時は別人かと思ったが、短い期間にそなたの言葉から習い、思うことがあったらしい。聞けば聞くほど興味深いことよ。部族の長として、子の成長は何よりも喜ばしいことだ。改めて礼を述べる」


「本当に大したことはしてないつもりですが、そう言う感謝なら素直に受け取っておきます」


 殿下がこちらまで来るのに、互いに名乗りあう。族長殿の名をイアンテと述べられた。族長自身は共通語に問題はないが、周りの者で共通語が話せないものがいるようだ。なので通訳として僕が間に立つことにした。


「こちらが、我が国の第二王子ウルタル殿下に、宮廷魔術師のヘイリー・ブラックリー殿です。で、こちらがエルフの族長であるイアンテ殿です。周りの方は補佐や世話役の方だそうです」


 互いに挨拶を終え、いざ本題に入る。


「この度は、我が国の爵位ある立場の者が、長い年月エルフ族に対して行った非礼をお詫びしたい。どういう理由があっても、犯してはならぬことをしでかした罪は重い、それは我等国を背負う物も同罪だ。すぐに許してほしいとは言わないが、時間をかけて犯した罪を代償し、償わせて頂く心積もりでいます」


「一国を統一している王族が、そこまで心を砕いてくださるか。確かにされたことを根に持つ者も部族の中にはいるだろうが、人族と同じように、エルフ族もまた一枚岩で出来た種族ではない。それぞれの思想や欲求は、全てが同じではないと言うのは分かっておるつもりだ。

 族長として望むことは、我らエルフの安住の地を求めることが一つ、そして、閉鎖的で外の世界を知らぬ我等に、相応に情報を頂けることが望ましいと考える。それが経験と営む上で大事なのだと、理解した上での望みだ」


「我がユピクスで、それを望まれるのならば、ここに適任者がいる。そちらとこちらの懸け橋になれると私は考えている」


「ほほう?」


 って、いやいや、二人してこっちを見ないでほしい。僕は何か予感めいたものを感じたが、ウルタル殿下にジト目を送る。


「オルクス、そう睨まないでほしい。君は実家に森を持ってるだろ? この際だから、そこを提供してはどうだ? もしくは、新しい領地を手に入れてからそこに移住すればいい」


「あのですね。うちの実家はまだ未開拓な部分が多いのですよ? それに森の手入れをした後に魔物の確認をしなくてはいけませんし、手付かずの事も多いのです。おいそれと、すぐに了承出来る事ではないですよ。エルフの方々の実力やら、住める場所かどうかも見て頂かないと何とも言えません」


「それが可能ならば問題ないと言うことであろう? 我らエルフは基本的に争いを好む種族ではないが、一度ひとたび戦闘となると、その実力は相当なものと自負しておる。それに森であれば、基本的に瘴気漂う森ではなく、水に不自由しなければ十分生きていける。どうじゃろうか?」


 あんまり期待した目でこちらを見ないでもらいたいのだけど、ちょっと確認がしたいので、その話は後日でよろしいですか? 僕がそう言うと、殿下と族長殿は頷かれた。


「貴方も大変ね」


 なんて、他人事のようにヘイリー殿が僕を撫でて来た。


「いつも無茶振りされてるだけのような気がするんですが……」



 ♦



 族長殿と殿下はその後も、何かしら取り決めをするらしい。兎も角この地にずっと止まるという事はしたくないと言うのが、エルフ側の主張であった。それはそれとして、食料の確認や、領内にある村々への伝達、犯罪に関与した人間の拘束に証拠品の押収、荷馬車の手配、物資の補充などなど、やる事が多くてかなわない。だが、エルフの族長から共通語の堪能な者達を選びだしてもらい、手伝いをしてくれるという事で、事の運びは急速にその段取りを進められていく。


 やる事は多いが人員が多いので手分けすれば、大抵の事はそれほど時間をかけずに終えることができる。それと、何故か僕の横にはトヨネ以外にヘイリー殿とディナラが付き添うようになった。


 指示を出したり受けたりするのを、彼女達が請け負っているからだが、殿下からは、私より指揮官ぽいよね、などと言われている。誰がそうしろと言ったのか思い出して頂きたい!


「食料の備蓄、それと毛布なんかもいりますから、なんだかんだと買い付けする量があります。伯爵が溜め込んでいた食料やら金銭は、この際使ってしまいましょう。際限なく僕がお金を出すよりも、荷物を減らす意味合いでそうした方が無難でしょうから。

 本国までの移動で必要な消耗品は大凡おおよそ揃えられるように、早馬で行く先々に先触れを出してからが良いでしょう。混乱を抑えられるというのもありますが、さすがに食料は現地調達でなければ人数分を賄うのは困難です。

 それに、この領地の村々では、度重たびかさなる徴収で、お金も食料も微々たるものしか残っていないそうです。こちらに兵士の方に残ってもらいましょう。領主の家をこちらで管理して、食料を還元することもしなくてはいけないでしょうから」


「そうなると、言うように邪魔になるものは売ってしまう方が良いな。それで問題はないと思うが、後はどうする?」


「帳簿はきっちりつけることをしませんと、後々で問題になりますから漏れのないように致しましょう。荷馬車の到着を待って移動ですからもうしばらくは時間が必要です。何はともあれ、引継ぎなども含めてそう言うことは大事です。領主のいなくなった領地に、巡察使じゅんさつしが派遣されるまではそうしましょう」


 僕がそう言うと、それもそうだなと殿下が告げ、ヘイリー殿も同意してくれた。現在領主の館の小部屋を使って話をしているところだ。部屋の中には、殿下やヘイリー殿、エルフ側の代表者達がいる。


「すべきことはとりあえず、行ってもらっていることで一通りは目途が立ったと思いますが、如何ですか? 何かご意見や質問があればどうぞ」


「いや、特に見落としはないと思うが?」


「私もそうだわ」


「我々も、良くしてもらっているので特に言うべきことはないな。お前達はどうだ?」


「我等も特にはございません」


 ふぅー、とりあえずはこんなものだろうか。兎にも角にも移動手段が揃わなければ始まらないと言うのは、そこで話が止まってしまうわけで、椅子に座ってリラックスさせて頂いた。


「見事な手腕だった。今回もとても助けられたな。感謝するよ」


「することはしたので、地下室にいる伯爵、……カックシー殿にも食事は出し忘れないでください。裁くのは国の法であって、嫌がらせをすることで意味もなく反抗心を沸かせないように。それに、その奥方やご子息の件はどうなるのか、そんなところまで僕は面倒見切れませんから、その辺りは殿下にお任せ致します」


「ああ、それは任せてもらおう。話を聞く限り、母親は事情は知っていたが、関与することはなかったようだし、息子はそれ自体を知らなかったようだ。家族についてはいくらかの金を渡して、爵位を剥奪することで落ち着くだろう。後のことについては国で責任を果たして終わりだ」


「そうですか。ご子息には僕は恨まれるでしょうね。知らなかったこととは言え、父親を捕縛して国に引き渡すんですから。それこそ親の仇なんて思われるかも」


 そんなことを漏らすと、殿下は真剣な顔で諭す様に僕に告げられた。


「それで逆恨みするならば、その子供とていずれは法で裁かれるかもしれん。だが、言ったように逆恨みだ。父親が仕出かした罪を、子供が背負うことは良くある話だ。それこそ、恨むなら自分の父親を恨めば良いことであって、君に八つ当たりをするのはお門違いだ。君はこれ以上あの家族に接触しない方が良いだろうと私は思う。後の事は私達がするから、今はゆっくり休んでいればいい」


 とても正論で優しい言葉であった、が僕は拒否する。


「無理に接触しようとは思いませんが、機会があれば話をしますよ。代償行為ではないですが、避けるべき事ではないですし、正当性を欠いているならば僕が謝るべきでしょう。けれど、今回に限って言えば、全てにおいて罪をかぶる人間が、正しい判断の下で裁かれるのです。僕が逃げる意味も、避ける意味もないんですから、何かしら恨まれたとしても僕は真っ向から受けて立ちますよ」


 嫌味でも何でもなく、親が反面教師となることをやったのだ。ならば、君等は同じようにてつを踏むことがないようにしてほしい。そう言ってあげます、と僕は述べた。


「何とも君らしいね」


「そうね」


 殿下やヘイリー殿は軽く笑みを漏らす。エルフ達もその話の意味を理解しているのだろう、同じように表情をほころばせていた。



 そこで族長が不意に共通語でこんな事を言って来た。


 トウキョウは天下の台所、オオサカは将軍のお膝元。


「…………」


 僕は黙したまま、向けられていた視線に表情を崩さないように努める。


「それは、どういう意味ですか?」


「いやいや、特に大した意味はございませんな。ふふふ」


 殿下もヘイリー殿もきょとんとした表情をしているが、僕だけはその言葉を聞いて、あることを思うだけであった。

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