第63話

 その日の夜、雪が本降りになって吹き付けるような勢いを増し始めた。明日には浅くとも辺りを雪がところどころ積もる場所もあるだろう。馬車の中から窓を覗いてはそんなことを思う。サイラスさん達は既に自分達の寝床になる天幕に移動した後で馬車の中には僕とトヨネがいる。ケンプは外で馬達の世話をしているところだ。


 僕も時間があるときには、たまに馬達に顔を見せに行っている。食事や水を飲ませる為だが、大抵は顔を擦り付けられてじゃれつかれる。馬と言う生き物は寒さにある程度の耐久があるらしく、多少の寒さにその能力を落とすことはない。ただ、動かないときなどに放し飼いにするわけにもいかないので、ケンプが手慣れたように行っているマッサージや、足場に体温が奪われない様に温度を一定にしてある魔道具の布を敷いてやる。後は吹雪除けの手軽に組み立てられる屋根だけの天幕を設置する程度か。僕のできることがなくなると、ケンプに後を任せ馬車に乗り込む。


 そして、時間を見計らい、ルルスやグレイス、マティアと連絡を取って状況確認をしている最中。マティアが既に上空から投下した人工生物通称『ウスウスネバリン君』達が野外や砦を徘徊、もとい探索している。そして、一般の兵士とは違い、砦の中にあるいくつもの部屋には階級の高い者達がいる。砦の広間では先ほどまで作戦会議がされていたようだ。その内容はしっかりと記録してあるし、抜かりはない。彼等が解散した後にそれぞれの後を追わせ、階級者の所在を確認したというわけだ。とりあえず、その作戦会議の内容、と言っても砦を利用した弓の活用なり、最初の突撃を食い止める盾兵や、こちらの騎馬隊の進行を阻止する槍兵の配置を延々繰り返し議論していた。


 前にも触れたが、この世界には銃が存在しない戦い方が一般的らしい。遠距離は弓や投石、単発や範囲系の攻撃魔術が考慮される。魔術と言う概念が前世とは違う脅威ではあるが、魔術に対抗する為の魔術障壁を何人もの魔術師が共同で行う範囲展開があり、魔術が行使されれば必ず被害が出ると言うものでもない。弓や投石も同じく魔術で防ぐことが可能だ。ただ、防げる範囲や質量の密度には限界があり、広範囲の攻撃、あるいは質量の高い攻撃に対して防ぎきれないものもあるのだ。魔術は万能ではない、凡庸な部分をいかに万能に近い運用でどのように行使するかが腕の見せ所と、一昨日の魔術談義で話されていたのを聞いた覚えがある。


 勿論、それは相手も同じように考えることだ。なので魔術師一人がいくら頑張っても勝機が来るわけではない。連帯が必要不可欠であり、相手の矢が切れるのと等しく、魔力を使い切らせた方が、こちらの勝利に繋がるのだ。まあ、宮廷魔術師と言う存在は、それを一人で覆すことができる唯一の存在ではあるらしいけれど。人間には休息や睡眠が必要だ。何が言いたいかと言えば、いかに絶大な力のある魔術師が居ようとも、長期的な交戦を延々継続することは難しい。というか、魔術師と言っても人間だ、普通の常識的な人間には長期戦など不可能だろう。決めるなら、短期戦で相手の隙をつくか、相手の隙を作る為の魔術行使が多い。


 それに、基本的に魔術師は後衛での役割が大半だ。それは何故か、詠唱があるからだ。詠唱を行い、魔術と言う存在を自然界に起原させ発現させる。無詠唱や詠唱短縮と言うファンタジー小説によく出てくるような、有名どころのスキルでもあれば話は多少変わるのだろうが、戦争は団体行動が基本だ。お前が言うなと言われそうだが、あえて言うと戦術的に敵をいかに消耗させるかが勝利への近道の一つだということ。


 僕のやっている、指揮官を仕留めるのも理由は以前にも述べたが、指揮系統を混乱させる戦術の一つだ。指揮官は基本的に部隊の真ん中より後方辺りにいることが多いので、現実的に実行が難しいと言われる所以ゆえんだが。他にも相手の陣営や指揮官を挑発しての一騎打ちや、敵部隊を引き付けての弓や投げ槍などにより撃破をする等、前提ありきの戦法はある。しかし、それが成功したとしても、副官だの補佐だのと代わりに指揮を執る人物が現れて、戦局が大きく動くことは稀である。


 指揮官やその補佐、その他の階級者の殲滅に近いことを短時間の内に行う。僕にはそれを現実的に実行できるグレイス達の存在がある。この雪の影響がどの程度あるのかは今のところ不明だが……。ん? 今、野外の映像に何か映った、ぞ? あれは――。



 ♦♦♦



 ゼーハァー、ゼーハァー……。


 くっそっ! 雪の影響で地面がぬめって前進しにくい! 足を進めるのに余計な体力を消耗する。私の体力をもってしても、移動にこれほど体力を使うのだ。だが、ついてきている者達は進みづらそうではあるが息をそれほど乱してはいない。さすがは私の派閥の人間だ、伊達に鍛えてはいないのだな。


 私の名前は、いや、高貴な私が名乗る必要もなかろう。今は先に進むことだけを考えていれば良い。


「ミリャン殿下、本当によろしいのですか? 部隊を抜け出して」


 派閥に属する者の一人が私に尋ねて来た。……ゼェー、ゼェー。この、疲労している私に声を掛けてくるなど……、ハァハァ。


 私は一旦足を止めて、その者に告げる。


「ふはー……。私が、他の義兄等よりも、手柄を稼がなくては、ならぬのだ。出し抜く為には、一足先に敵の近くに、行く必要がある。それに、我々には、宮廷魔術師殿が味方に、ついているのだ。恐れるものなど何もなかろう。ハァハァ、なあ、サロモン殿?」


 話を向ける為に名を呼ぶと、私の隣から少し離れた場所に彼はいた。彼も肩で息をしている様で、こちらを睨むような視線を向けてきている。元々そういう感じの者だったので、地なのだろうと思うことにした。


「ふー、ふー。勿論ですとも。殿下に助けてもらった、恩は必ず、倍にして、お返しいたします。ヒュー、ヒュー……っふ。申し訳ありませんが、魔力を練るのに、集中したいので、予定の場所に、……到着するまで、話しかけないで、頂けますか」


「おお、すまないな。ヒィヒィ……、既に準備に、入っているとは、思わなかった。ならば少し休憩してから、先を急ごう」


 何でも初めて彼を見たのは1時間もしない少し前のことだ。彼が懸命に何度も、ユピクス側に罠にめられたのだと主張しているところに出くわしたのだ。


 宮廷魔術師は手駒としては最高に近い存在だ。その地位こそが実力を示すと言っても過言ではない。そんな彼に恩を売って、自身の陣営に引き込んでおけばどれ程の権威けんいを得れるか、と私はすぐに兵士に向かって、彼を解放するように命令した。兵士は一度断ってきたが、私の立場と権限を示せば兵士は素直に従うようになった。


 彼に着けられていた魔力封じの魔道具を取り除き、取り上げられていた彼の所持品を返してやる。そして、彼を自由の身にしている間に閃いた、ある作戦を苛立った風な表情をしている彼に持ち掛けた。何のことはない、手柄を誰よりも早く立てて汚名を返上するのに協力してほしいのだと。彼の立場も、罠に嵌められたとは言え、権威が揺らいでいるだろう今ならば、私の話に乗るだろうと思ったのだ。


 そして彼は私の言葉に賛同し、協力すると言ってくれたのだ。これほど強力な手駒は他にいない。私達は、敵に不意打ちを掛けようと言うことで合意し、そのまま私の派閥に彼を連れて行き、今回の計画を爵位が高く、立場のある者達に話て同行させる。二人だけでは何かあった時に、私を守る者が必要だからな。彼等にはそのえある名誉を与えてやったというわけだ。


 派閥の者達は私がすぐにでも出発すると言えば、迅速に出陣の用意を済ませて集結する。日頃から私が待たされるのが嫌いであると分かっているのだろう。その光景を私が満足そうにそれを見ていると、隣でサロモン殿がぼそりと呟いた。


「今に見ていろ、あの小僧と女に目に物を見せてやる」


「その小僧というのと、女と言うのは?」


 私がそれを尋ねると、彼は私の知る憎き者と同一人物の名前を出してきた。女の方は知らないが、ユピクスの宮廷魔術師らしい。そんなことよりも、彼もあのガキの被害者だったのか、と私も同じように同じ相手から被害を受けたことを話す。すると彼は言った。


「奴を地獄の底のさらに下に突き落としてやる。そして二度と這い上がれないようにしてくれる。私に楯突いた者がどういう末路を辿るか、思い知らせてやる!」


 と、私も同意見だと述べて意気投合する。それにはまず、手柄を立てて義兄弟きょうだい達に差を見せつけてやる必要がある。それで、父上から戦果の褒美に、あの生意気なガキから、奴の従者を全部奪ってやる! いや、奪えるものは全て奪い尽くしてやる。それと義妹との婚約も破棄させ、最終的に奴を国から追い出してやるのだ! クックック、いくらあのガキが小汚い手を考えたところで、王命には逆らえん。奴の絶望する顔を見るのが、今から楽しみでならないな。サロモン殿と二人してその場で笑い合う。


 出発前にあったことを思い出しながら、私は踏みしめる足に、あのガキの顔を想像しながら前に足を出す。今に見ていろ! この一歩一歩が、お前の破局的終焉へのカウントなのだからな! 兎に角、休憩をこまめにとりながら我々は先を急ぐことにした。



 ♦



 僕は映像を確認した後、これが協議で立てられた作戦の何かなのだろうかと思いながら考えてみる。もしそうなら、僕がしゃしゃり出る意味はないし、むしろ作戦の邪魔になるだろう。ただ、開戦は恐らく明日にはされるのだろうなと予想する。だって、見たところ彼等が小さなテントや、天幕の類を持っていなかったからだ。火を起こせば、敵の見張りや巡回に見つかってしまうかもしれない。吹雪や下がる気温を考慮しないでも良い魔道具でもあるのか? もしくはマジックバックにその類の資材が入っている可能性もある。これは、どうやら僕の気にし過ぎかな。


 そう言えばミリャン殿下の近くに、今日の騒動の加害者が含まれていたようだった。もう罪を許され釈放しゃくほうされたのか、それとも戦果を出して、汚名を返上しろとでも言われたのだろうか? 国柄を考えると後者の方が可能性はあるかもしれない。位は確か12位だったか、それでも宮廷魔術師なわけだから、遊ばせておくには惜しいとの判断なのかな? まあ、それならそれでうまくやってくれればよいだろう。


 僕がそう思って熱めだが火傷しない程度の良い塩梅の紅茶を飲みながら寛いでいると、馬車がノックされて、対応したケンプから、サイラスさんや他にも共を連れたバインク殿下が来たことを伝えられた。時間的には食事を摂る頃合いだが、そういう話の類ではないことが、乗り込んできたバインク殿下の表情から窺えた。


「今日お前と、騒動を起こした側の宮廷魔術師がいなくなった。もしかして、お前のところに報復に向かった可能性を考えて来ているかもと思ったのだが、この様子だと来ていないようだな。それとミリャン殿も姿を消したらしい。あちらでは、いくら探しても見つからないそうで、ヘルウェン側は少しバタついている。お前なら何か知っているのではと思ったが、どうだ?」


 急いでいるらしく、すぐに用件を伝えて来た殿下だが、どうだ? と言われても僕としてはこう答えるしかない。


「見ましたよ? 何かの作戦なのかと思って邪魔してはいけないなと考えていたところです」


「なっ!? どこでだ?」


 僕は鏡の映像を一枚だけ映して見せる。そこにはミリャン殿下や、いなくなったとされる宮廷魔術師のサロモン殿を中心に少なくない部隊が休憩をとっているように窺える場面が見られた。そして、がやがやと話し声が聞こえてくる。丁度僕に関する話の最中らしい。


 聞こえてくる内容は僕に対するミリャン殿下の認識であったり、いわれの無い誹謗中傷ほぼうちゅうしょう的な言葉の数々、それと自己中心的な考えと、僕や僕の従者、義妹をどうしたいか。自分の目的を良く回る舌で、今後の展望を絵空事よろしく捲し立てる。それに対して肯定的な感じで聞きつつ、自分の問題行動を都合よく話しているサロモン殿。彼等は最終的に僕から何もかもを取り上げ奪いたいらしい。


 僕は殿下がいるのに構わず、映像を見るのをやめた。馬車の背もたれに体重を掛けて視線を上げる。音声は聞こえてくるので、その内容だけは聞くことになるわけだが、今度は互いの性癖の話をし出したところで、バインク殿下も映像から目を離して僕に話しかけてきた。


「オルクス、お前宛に言われての内容だが、こういう輩は大抵がこのような人をけなす言葉を吐く。だが、忘れるな。お前の評価は、お前の周りの者が良く分かっているはずだ。鏡に映る彼等の絵空事の妄言など気にするな。必要なら俺やウルタル、足りなければ俺達の父である陛下にも進言してお前を擁護ようごする」


 殿下は僕の肩に手を置いて続ける。


「お前は分かっているのか知らないが、ヘルウェン側でもお前は十分高く評価されている。向こうのミリャン殿以外の王族は、お前とは敵対したくないとまで言っているのだ。そのお前が、多少の誹謗中傷でどうにかなるとは思わんが、虫がさえずったとでも思っておけばよい」


 バインク殿下は僕を励まそうとしているのか、手に力を籠める。腕輪は攻撃判定ではないとの判断なのだろうが、殿下には込める力を加減して頂きたい、少し痛いのですよ?


 僕はそう思ったが表情に出さず、問題はないですと答える。


「自分で言うべきではないでしょうけれど、出る杭が打たれる現場や上からの圧力に下からの押し上げ、人は誰しも大小さまざま、何か言ったり言われたりするものだと理解しています。殿下が仰るように、あの程度の言葉を聞いて呆れはしますけど、怒りは不思議とわきません。むしろ、ミリャン殿下やサロモン殿には頑張って戦果を上げて、少しでも敵に被害を出してくれればと期待しております」


「お前、さり気なくこの両者を助けに行かないと主張しているだろう?」


 僕は分かり易く首を軽く振って見せ、否定する。


「そんなことはありません。行けと言われれば行きますし、連れ戻せと言われればそうします。けれど、映像を見て音声を聞く限り、このお二人は僕を毛嫌いしているようですから、僕が行ったところで、邪魔しに来たのか、帰れ、と怒鳴られるだけでこちらの話を聞いてはくれないでしょう」


 それから目線だけトヨネに向けると、それだけでトヨネは食器を取り出して程よく熱い飲み物を殿下の前に出した。それを殿下が手に持つのを見越して、続きを述べる。


「それに助けたとして、結局邪険にされた挙句、根も葉もない話を捏造ねつぞうされるだけだと思います。平たく言えば、僕が手を出したと分かれば、さらに恨みを買うだけ、と言うわけです。それなら自分達の立てた作戦で戦果を上げて功績を認められれば、と応援しているだけですよ」


 お前も大概舌が良く回る類だな、と呆れられるが、僕が言ったことは正しい見解であることはバインク殿下だって分かっているはずだ。だから、仕方なしに軽い嫌味を言うに留めているのだろう。軽く口を付け飲み物の温度を知ってからそれを品良く飲みだす。その殿下は、とりあえずヘルウェン側に連絡をしてくると言っている。それならばと、鏡をケンプに託して根拠を見せるべきですと進言し、ケンプと殿下を馬車から送り出した。鏡の使い方を知るのは僕とガーディアン達だけだからね。


 僕はと言えば、殿下についていっても仕方がないので呼ばれれば行く、という事にした。それに、僕の伝えるべきことは、既にバインク殿下に言ってある。なので、基本的にこちらに指示が飛んでくることはないだろう。というか、言葉には出さないが、いればいるで問題を起こすし、いなければいないで騒動を起こす、ミリャン殿下とサロモン殿は、僕から言わせれば、そう言う類の人間だと思う。抱えている国は大変だな。


 さて、何が起きても良いように食事を済ませておくか。ここからは少し蛇足的だが、前世と現世の違いと言うか比較すべきものでもないが、軍隊の摂る食事、所謂いわゆる戦闘糧食せんとうりょうしょくは現世側に軍配が上がるのではないだろうか。なにせ、マジックバックなるアイテムは、見た目の革袋よりも多く収納できる、とても便利な魔道具として存在するのだから。それもお金を積めば相応に収納容量が増やせるようで、過去の偉人が作ったもので、二階建ての家が収納できるものも存在するらしい。それだけのものを手に入れることは難しいだろうけどね。商人や軍、傭兵や冒険者だけでなく、一般的に幅広く活用される実用性の高い物だ。それと、偉人の残したマジックバックには、時間の固定化が実現されたものがあるとか。


 本で読んだ限りでは、オンとオフの切り替えもできるそうな。と、魔道具や偉人の話はそのくらいにして、目の前に用意された食事を頂くことにしよう。今日のメニューはドレッシングのかかった野菜の肉詰めと、スープに、お? 小魚のフライだ。ししゃものような感じだろうか。さっそく魚のフライを食べてみて、広がる苦みと旨味がとても良い塩梅だ。これはご飯が欲しくなるな。そう思っていると、どこで手に入れたのか、トヨネがお椀にご飯をよそっている。実によくわかっているね。それを渡され、僕は所謂いわゆるマイはしを取り出して、ご飯を頂くのだった。


 僕がそんな至福の時を味わっている間に、ケンプとバインク殿下の方では、事態の収拾に励んでいることだろう。申し訳ない気持ちもあるが、目の前のごちそうに、僕は噛みしめるだけで元気が湧いて来た。先ほどまでの嫌な気持ちも吹き飛ぶような、そんな気がしてくるのだった。



 ♦♦♦



「バインク様、只今立て込んでおりますので、しばらくお待ち頂けますでしょうか?」


 そう言われてヘルウェン側の本陣の天幕の前で足止めを食らった俺は、少し苛立つ気持ちを抑えて、言ってきた見張りに告げる。


「そちらの探している要人を二人とも見つけたので報告しに来た。時間がない為、早急に取り次いでもらいたい」


 見張りの兵士は驚いた様子だが、すぐにこちらの要件を理解して、しばしお待ちを、と言って天幕の中に入っていった。


 それからすぐ、本陣の天幕に通される。


「ミリャンとサロモンを見つけたと聞いたが、どこにいるのだろうか? 見つけて頂いて感謝はするが、二人の姿はないという事は、そちらの陣営か?」


「いえ、二人はどちらの陣営にもおりません。見せた方が早いか。ケンプ殿といったか、先ほどの映像を見せてもらえるか?」


「かしこまりました」


 俺と、オルクスの従者とのやり取りに、少し困惑しているヘルウェン側の王族と立場の高い人物等がこちらを窺っている。言うが早いか、ケンプ殿は鏡を相手側に見えるように晒し、映像を映した。


「これは? いや、そんなことよりも、ここに映っているのは紛れもなく、ミリャンと、ミリャンが連れ出した我が国の宮廷魔術師だな。休憩中のように見えるが、この場所はどこなのか分かだろうか?」


 その言葉に俺は首を振り答えたが、ケンプ殿は地図はございますか? と尋ねる。どうやら地図で場所を示す様だ。どういう方法なのかは知らないが、オルクスの関係者なら何でも有りな気がしてきた。


 ケンプ殿が大まかなこの辺りの地図を机に広げられて、一目見た時点で近くに置いてあった人を示す駒を、拝借しますと言って二つ地図に置いた。


「この映像の場所はこちらでございます。そして、現在の移動場所がこの辺りでございます。こまめに休憩を挟みながらの移動をされている様で、それほど距離は稼げていないようでございますな」


 そう言って、軽く頭を下げて俺の隣まで戻って来て、鏡を前に向けた状態でその場に姿勢良く立つ。何と言うかすごくきびきびしているのに、自然体で流れるような動きでいる彼の様子はとても頼りになる。


「話が本当ならば、奴らの目的は敵の陣地の付近に向かったということか?」


「恐らくそうだろうな。僕等を出し抜きたいとでも思っているのではないか?」


 その言葉に、俺は先ほど聞いた映像で流れていた話を思い出した。


「ケンプ殿、映像が出せるなら音声も出せないか? 内容を聞いてもらえばより理解してもらえるだろう」


「可能でございます。では」


 鏡からは先ほど、オルクスと馬車で見た映像と音声が、そのまま繰り返したように同じものが流れて映っている。しばらく、それに驚きながらも映像を見いているヘルウェンの陣営達は、その内容に舌打ちしたり、呆れたり、怒ったりと様々反応を見せる。


「オルクスには映像を見た後に、気にしない様に言い含めております。奴も気にしてはおりませんでした。逆に、戦果が上げれれば良いですね、と皮肉なのか、本音なのか漏らしておりました」


「映像はまだ続いているが、内容が内容なだけに、ねえ?」


「これでは、噂に聞くその辺の傭兵崩れのようではないか。全く呆れてものも言えんよ」


 しばらく黙っていた、モイラアデス国王はこちらに来て、拳を振り上げて鏡を割ろうとする。


「このクズめが!」


 そう言って繰り出した拳は鏡を容赦なく砕くだろうと誰の目にも見え思われたが、鏡の前でその拳は軽く、トスっと言う程度に本当に軽く止められた。止めたのは鏡を片手で持ったケンプ殿だ。無論止めた手も片手のみ、止められた側のモイラアデス国王本人も驚いているが、周囲も驚きに包まれている。勿論、俺もその一人だが。ケンプ殿は、モイラアデス国王の拳を添えるような手つきで下げさせ、自分も少し後ろに下がって軽く頭を下げた。


「陛下のお手を止めたこと、謝罪致します。されど、この魔道具に拳を振り下ろしても、当のご本人達は今は先ほど示した離れた場所におられる。陛下御自身の気持ちは、物にではなく、ご本人等に向けて頂きとうございます。オルクス様からは、ご自身が助けに行っても、お二人の気分を害し逆なでするだけで門前払いされると仰っておられます」


 ケンプ殿はそうでしたな、と俺に向けて来たので、その通りであり補足を含めて告げた。俺が話し終えるのを見計らい、ケンプ殿は再び鏡を相手側に向けると、そこには移動中のミリャン殿達が映っている。


「動機はどうあれ、ミリャン様方は自分で決めた行動で、戦果を上げようと努力している。それが独断専行であったとしても、我が主は、それを邪魔する気はなく、できるのならば戦果を上げてほしいと願っておいでです。ご自身が謂れ無き言葉でさげすまれ様と、それはそれ、これはこれと分別されておいでです。もし、仮に助けに行け、連れ戻せとご命令あれば、全力で動かれるでしょう。それが、お二人の戦果の出るように手助けしろとの内容であっても同様でございましょう」


 俺はケンプ殿の言葉に、その通りだろうなと言う思いがあった。オルクスならそうするのだろうと、俺もそう思うからだ。ヘルウェン側はどのような結論を出すのか。俺は黙って成り行きを見守ることにした。








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