第64話 閑話4
結局、僕が眠る時間になっても、ヘルウェン側は結論を出すことはなかった。モイラアデス国王が
彼等は見放されたのだろうか? それとも、モイラアデス国王には他に考えがあるのだろうか? ただ、サロモンと言う人物はさておき、ミリャン殿下は王族であり、血を分けた肉親なわけだ。前世の近代的な見方では、モイラアデス国王の判断を非情だ、血も涙もないなどと騒ぐ者もいるかもしれない。
ケンプのいた、あの天幕の中でも、ニュアンスや言葉を変えてだが、引き返させるべきだと、あるいは非難する声もあったようだし。まあ、前世の古い戦乱の時代の話でも、身内同士で殺し合ったり、捕らわれた肉親を見捨てるという記録があったような話は聞いたことがる。近代でも、国の要人を身内が暗殺したり、敵の手に落ちた人質を見す見す殺されたりされたこともあったと記憶している。時代や世界は、それほど関係ないのかもしれないな。
何が言いたいのかと問われれば、単純なことだ。親の情と言うものがモイラアデス国王にとってはどういうものなのか、それは本人にしかわからない事だろう。僕がとやかく言うことではないし、干渉することでもない。ただ、出来る事があり、現状を知ってしまうとどうしても気になってしまう。僕の悪い癖みたいなものなのだろうな。
僕は寝る前に、馬車の中に小春と椿を呼び出し、事の顛末から現状を伝えた上で彼女達にミリャン殿下達を攻撃範囲内から見張る様にお願いしておく。吹雪の中なので申し訳ない気持ちはあるが、敵にも斥候がいるだろうから、隠密に長けた彼女達にお願いしたわけだ。それとトヨネとケンプにも条件付きで、あることを頼んだ。その後で僕はやり残したことはないなと眠りに
♦♦♦
はぁー……。本当に騒ぎばかり起こしよるわ。親の顔が見て――。親は俺だった……。我が息子ながら、非常に情けなくなってくる。他の息子や娘等は多少の癖はあれど、そこまで愚かではない。いつからアレはあのような人格の歪んだ者になったのだろうか? 学院に通い出した頃か? いや、もっと前からのような気がする。母親にべったりだった頃は、まだマシだった。あれか、アレが生まれて物心が付いて、アレの派閥ができ始めた頃から、今の人格が出来上がってきたように思う。
今更言っても仕方がないことだが、派閥をまとめる者をもう少し見極めて選別してやっていれば、多少はマシになっていたかもしれん。ふっ、本当に今更だ。だが、あれでも王族の端くれ、俺の息子なのだ。俺は見た目通りの偏屈な親であり、国王であると見られている。そのように振舞っているからだが、息子を見す見す死なせるような親に俺はなるのか?
だが、国王が一個人の感情で動けるはずもない。本陣の天幕で誰かが言っていた引き返させる話に乗っておくべきだったか? だが、アレには派閥の部隊を率いている者等がついている。下手に少数でも斥候や部隊を動かして予定にない行動などでもしてみろ、結果がどうあれアレの派閥も、他の派閥も
くそったれめ! 厳格な親を体現している俺には周囲に見せ付ける示しとけじめがあって、現状をどうにかできる手立てが何もない。こういう時に限っていつもの勘が働かないのが腹立たしい。時間にしてみれば今は何時頃だ? いつまでもうだうだと悩んでいるなど俺らしくもない。ある程度のことはいつも即断即決ではないか。立場に縛られるのではなく利用するものだ。先王である俺の親父が、いつの頃の昔だったか言っていた言葉で唯一何となく覚えているものだが、言葉こそ違うのかもしれんが、ニュアンスは合っているはずだ。だが、今の俺に何ができる? せめて、俺が一人で、今の馬鹿息子の前に行けたら……、行けたならば、こんの拳でぶん殴ってから説教でも言ってやれるものを!
だが、今の今になっては何を言っても始まらん。功を焦って自滅する愚か者、それを説いてやることもできんわ。お前の考え着くことなど、他の誰もが実行しようとしてしくじる羽目になるのだと、何故わからんのか。宮廷魔術師がいるから大丈夫だとでも思っているのか? あれは、不正で宮廷魔術師になったことは既に本国で調べ上げている。実力がないわけではないが、何もかもが実力だったわけではない。他の受験者や審査員を脅し、金や物で釣り、騙し、色々と工作しての結果だ。
本国に帰れば奴をもう一度、宮廷魔術師の資格に相応しいのか見定める予定だった。戦力としては、まあまあ意味があると今はほっておいたのが、それが結果として、このような仇になるとはな。あの宮廷魔術師の出来損ないを頼りに、幻の勝機でも見ているのだろう。本当に度し難い馬鹿な息子よ。情報ぐらいはある程度自分で手に入れる努力をしろと、いつも言っていたはずなのだが。
俺は深呼吸がてら深い溜息をつく。そして時計を取り出して時間を確認する。もうすぐ深夜か……。あの小さな幼子も眠っている頃だろうな。俺は厚着をして少し外に出ることにする。見張りに少し出てくると伝え、付き添いはいらんと告げてから歩き出す。天幕を縫うように、当てもないのにどこへ行くのか自分の足に聞いてみたいものだ。
それからしばらく歩くと、天幕から離れた場所に見晴らしの良い丘があり、その上に馬車の頭が見えた。戦場に自家用の馬車で来るような奴は、あの子供しかおらんだろう。何気なく近づいたが、遠くからでも分かるように車内の明りを落とした馬車の外側に、小さく火とは違う明かりが見える。何となくだがそれに近づくように足が向いた。
柄にもなく、何かにすがりたいとでも思ったのだろうか? 吹雪を気にせず
「良い、適当にぶらついていただけだからな。お主のところの主人はもう眠っているのだろう?」
「はい、3時間ほど前からお休みになられております」
そうか、何となく明かりが見えたので来ただけだ、そう述べて引き返そうとする俺に、お待ちください、と彼が言い俺の足を止めた。なんでも、主人から言伝を預かっていると言ってきた。俺は一瞬驚いた、そんなことがあり得るのか、と。いや、明日の予定でも先に伝える為の内容だろうか。だが、表情には出さず、口が勝手に動くように、その言伝が気になってしまい、それを表情に出さない様に注意して聞いた。
「まるで、わしがここに来ると予測でもしていたような口ぶりじゃないか。で、言伝の内容は何だ? まさかとは思うが、わしの悩みでも聞いて、気分を晴らすとか。間違っても、叶えてくれるとかそう言う類の与太話だったりはしないだろうな?」
俺は希望的な言葉を与太話と言ってごまかして小さく笑う。だが、彼は表情を変えず俺に向かって、このように述べた。
「我が主は、申されました。もしここに、陛下が来たならば、悩みや希望的な事でも良いから、それを可能な限り叶えてあげてほしい。もし来なくても、近くで見かけたら声を掛けてあげてほしい。恐らくそれは、外を何気なくぶらつきたいほどの悩みを抱えているのだろうから、と。以上でございます」
俺は今、どのような表情でその言葉を聞いていたのだろうか? 彼が述べた言葉が、俺を激しく動揺させる。悩みや希望を可能な限り叶えてあげて、だと? 小僧、お前は何様だ? どこぞの神にでもなったつもりか? 馬車の中でのんきに寝ているのだろう、その子供を思い浮かべ、俺は何故か笑い声もなく笑みを浮かべた。
大層なことを言ってのけおる。普段の俺ならば、与太話も大概にしろと怒鳴ったかもしれない。だが、相手が相手だ。俺の知る限り、小僧が大言壮語を言いはしても、それを実行できなかったことはないと思う。ならばこそ、お前が予測したように、俺もその言葉に乗ってやろうではないか。俺はいつも通りの口調で答えてやる。
「はっ、どの口でそんなことをほざいたのかは知らんが、叶えられるなら叶えてもらおうか。そうだな、俺を今すぐにミリャンの下へ送り届けてみせろ。あの馬鹿息子を殴りつけて、他の者を含めて説教を垂れてやる。どうだ? そんなことが可能か?」
言ってみたが、そんなことが可能なものか。魔術や魔道具にだって限度がある。それくらいの常識と、自分が考えていたことが、口にすんなりと出たことに少しの希望と期待をしている自分がいるのだと、普段なら馬鹿馬鹿しいと思ってしまうことだろうに。小僧が俺に何をしてくれるのか、試したくなった自分の思いに不思議と正直になっていた。どう答える? できませんと言うのが普通で、常識だぞ? それを。
「かしこまりました。その希望でよろしいのであれば、すぐにでも。馬車の反対側に参りましょう。馬車の陰からであれば、問題はないでしょう」
本当に言ってのけやがった! なんでもないことの様に彼が移動し出したのについていく俺がいる。だが、ふざけるなよ! そんな馬鹿なことができるわけがないだろう? お前らも、お前らの主人も頭がイカレテいるんじゃないのか? そんな言葉ばかりが頭を駆け巡る。だが、反対側に移動した際、彼が告げる。
「ただ、一つだけお願いがございます」
「何だ? 何か褒美でも欲しいのか?」
何か条件を突きつけられるのだろう。良くある話だ。本当に俺の言葉を実行できたならだが、それに相応しい褒美でも欲するのだろう。そう当たり前のことを思っていた。だが。
「いえ、そうではなく。ただ、今から起きたことがどういったことであっても、決して口外しないことを条件としてお願い致します。我等が主の不利益になることはお避け頂きたいのです。失礼な物言いではございますが、主が申されるには、陛下なら口は堅いと確信しての事です。それと、これは私共からの願いではございますが、今後も同じような内容を
拍子抜けだが、そんなことでいいのなら問題はない。
「本当に、そんなことか?」
「はい、そんなことでございます。我等が主より承ったのは、陛下御自身の悩みや希望のみを叶えること。付け加えるなら、帰りもこちらで対応させて頂きますが、注意点として誰も連れてくることはなりません。それをご了承くださいませ」
……、そういう意味か。会いには行けれど、帰りも一人と言うこと。即ち、一緒に連れて帰ることは叶わないということ、それが条件か。
――いや、十分だろう。俺が望んだことであるし、帰りまでもおまけしてくれているのならば、文句を言うべきではない。
「わかった。その願い、約束は必ず守ろう」
「ご理解に感謝致します。では、準備がよろしければ、目をお閉じください。合図があるまでしばらくそのままでお願い致します」
俺はその条件を
♢♦♦♦
どれぐらい、そうしていただろうか? 数秒か、長くても1分経っていないのは確かだ。なのだが。
「陛下、目をお開けて頂いて大丈夫です」
その声に、俺は目を開けると、目の前に以前会ったトヨネと言う者がおり、周囲を見渡せばそこは木々で覆われて場所であった。幻影の類ではない、と何故かそう思えてしまう現実感が漂う。俺の勘も、こんな時にはすぐに発動するらしい。
「陛下、この先の方角に木々を抜け少し行けば、目的地でございます。付き添いは致しませんが、お帰りもこちらにお戻り頂ければ、すぐに対応致します。それと、念を押すようですが、先ほどの条件は、必ずお守り頂くように願います」
そう言って、手で方角を指した後、少し下がる彼女の言葉に従って、木々を縫うように少し行けば、本当にそこにはミリャン等がいて、出来損ないの魔術師と一緒にだべっているのが遠目からでも分かった。
そこで、俺の中でくすぶっていた感情が、次第にふつふつと沸くように、怒気として湧くのを自覚しながら、足を前に進める自分がいた。
物音を隠すこともしない俺に、付近にいた者達が警戒をし出し始めた。馬鹿息子も魔術師も音のすることに今更気が付いて話を中断し身構え始めた。俺が敵だったらその時点で手遅れだろうに、と怒気と共に呆れも湧いて来た。俺が木々の間を抜けた先で多少の明りがこちらに向けられる。
「父上!?」
「陛下!?」
二人の驚きが周囲に伝わり、ミリャンの派閥に属する者共からもざわめきが起こる。息子も馬鹿なら、周囲も馬鹿な奴らばかりか。
「ここは適地付近だぞ? 騒いでどうする、静まらんか馬鹿者共が!」
俺の事言葉に、そうだったと言わんばかりな周囲の反応に、怒鳴り散らしたい気持ちをグッと抑える。さすがに敵の間直に待機するような間抜けなことはしていないのは幸いか。多少の常識のある奴はいるようだ。だが、それだけだ。こんな無謀な作戦が成功するなどと思っている時点で落第点なのだからな。
「よし、静まったな。前もって言っておくが、わしがここに来たのはお前らを止めに来たわけでも、
俺の言葉に、ミリャンが慌てて返事をしながら近づいてくる。そして俺の前に直立した。それを見計らって、俺が横に回り込んで足を払って顔面に腕と拳にバネと
「良く聞け、馬鹿息子とその派閥に属する者達よ。それと宮廷魔術師のお前もだ。耳寄りな情報と、多少の状況を説明してやる」
俺がそこで言葉を切って周囲を見回す。今のミリャンに対する行動と何を言いに来たのかが
「お前達の行っている、このお粗末な、作戦にもなっていない行動は、既に敵の斥候には知られており、相手の陣営には筒抜けだ。数時間もしない内にここに敵の手が伸びてくるだろうよ」
また、ざわめきと驚きの入り混じった雰囲気が全体を支配している。当たり前の事だ、不意打ちなどがされない様に斥候やそれに類する見張り役がそこらに存在するのだ。夜で吹雪に見舞われて視界が悪かろうが、敵を発見するのが務めの専門職等だ。ある程度の索敵範囲はあるだろうが、それに一歩でも踏み入れた敵の存在はすぐにでも上官や本陣に報告される。どこの国だってやっていることなのに、そんなことにも今更気づいたのか。相手が斥候だったから戦闘にならずにすんでいただけだ。指摘されて初めて分かるようでは、本当に能力の低いお粗末な連中だ。
「それと、そこの魔術師は今はまだ宮廷魔術師だが、本国に帰れば宮廷魔術師の資格を再度試験することになっている。調べれば切りが無いほど不正が出てくるのだからな。今は戦力として、目を
顔が引くついているぞ? 不正などしなくとも自信があるのなら、再試験などなんでもなかろう? そう言ってやると、顔を隠す様に頭を下げて、も、勿論でございます、と宣った。その自信の無さが隠しきれていない態度に、ミリャンや派閥の兵士達が不安そうな表情になる。
「そして、言っておくがな。そなた達、ここにいる者達は全員だ、帰国後に国の裁判にかけられる。理由はどうあれ独断専行などしたのだ、言い逃れなどできると思うなよ? 爵位や立場など関係なく、軍法会議に裁判とやる事が多くてかなわんが、そなた等がとった行動は、明確な命令違反を犯しているのだと知れ!」
俺が言葉を言い終えると、そこにミリャンが俺の足に縋りつくようにして言い訳がましい言葉を吐きよる。
「お、お待ちください、父上! 命令違反なら、あのクソ生意気な小僧も同じではありませんか。我等だけが
こいつは何を言っているのだ? クソ生意気な小僧というのは――。
「お前が言っているのは、オルクスの事を指しているのか?」
「さようです! 奴は、軍紀を乱し戦争前に騒動を起こし、サロモン殿を罠に嵌めた、言わば罪人ではありませんか? それに王族である私の命令をことごとく聞こうともしない、
こいつは……。同じ意味合いの言葉を重ねて、自分の行動を棚上げした挙句、他人に非があると
「この戦争に限って言えば、オルクスへの命令を下せるのはユピクス王国側の者達だけだ。戦争以前の話をしているなら、それこそお前の言っている事が滅茶苦茶だからだ。それに、騒動を起こして軍紀を乱したのは、そこにいるサロモン・ベルギウス本人だ。複数の証言を基に調べはついているからな」
俺が淡々と横着せずに、成り行きを説明する。
「サロモン本人からどのようなことを聞いているかは知らないが、切っ掛けを作り、騒動まで発展させたのはサロモンなのだ。騒動の際、オルクス本人はユピクス側の本陣の天幕にいた。その帰りに自分の馬車が観察され、何故か攻撃されたことを知って、事態の収拾に当たったのだ。その一部始終も、ユピクス側だけでなく、我が方の兵士達が大勢見ている。間違えようのない事実だ」
「わ、私は王族なのですよ? 私の要求に応えないあの小僧の方が、正しいとでも仰るのですか? そ、それに、嘘だ! サロモン殿は自分が罠に嵌められたのだと――。サロモン殿そうであっただろう? 先ほども、そのように話してくれたではないか? なあっ?」
「…………」
サロモン・ベルギウスは、ミリャンに問われても何も言わずに俯いたままだ。ミリャンはそこで初めて、彼の話が全て噓で、俺の話が本当なのだと知ったようだ。俺は呆れを通り越して、無情になりつつある自分の気持ちに気づきながら、言葉を選ばず
「声を抑えろと言っておるだろう、この馬鹿者が! お前は、本当に愚かで、どうしようもなく見下げ果てた人間になったようだ。小さい頃からの派閥の影響が多大ではあれど、その責は俺にもあるのだろうな。人の上に立つという優越感だけしか学ばなかったのだから仕方がない。自分の立場から“命令”というものを、何でも言うことを聞かせられる言葉と勘違いしている。そして、従わぬ者、反発する者、大雑把に言えば、思うように動かない者全てが、罪人なのだと思っているのだろう?」
そう尋ねれば、はい、その通りです、と素直に頷きよる。
「王族に従わぬ者は重罪人、従って当たり前ではありませんか? それを、あの小僧は、まったく私の言う事を聞かない。それどころか、私に自分の持っている優れたものを寄こそうともしません。立場を考えれば、私の方がより有効に扱えるものを、本当に度し難い愚か者です!」
「……。それがお前の、王族としての考え方なのだな? お前に、いくつか尋ねる。お前にとって王族とはなんだ? そして、民とはなんだ? 貴族とはなんだ? 派閥とはなんだ? 他にも色々と聞いてみたいが、主に聞きたいことはそれだけだ。答え
「ほ、本当ですか? そんな簡単な質問ならばすぐにお答えします! まず、王族とは、国王の次に偉く、その権力で下々の者共に品質の良いものを貢がせ、言う事を無理難題であろうと聞かせることができる、命令を下すことのできる唯一無二の存在に限りなく近く、王国の一握りの立場にある者です。そして、民は王族になんでも献上することが使命だけの、言わば奴隷に類する者共でございましょう。貴族は、王族に唯一近づくことのできる由緒ある位の者達であり、民程度では手に入らないものを王族にもたらす、言わば奴隷達の飼い主です。そして、派閥とは、私のような偉大な権威をもつ者に従う者達。奴隷の飼い主の中でも、特により立場の高い、私に忠義を誓っている者達です。王族以外は、私が言えばその命さえも差し出すのが、至極当然の立場にある者達でございます!」
聞いた俺が馬鹿だったのか、いや、違うか。本当に最後の最終確認ができて良かったと思うべきだろう。担がれて踊らされて、全てがある程度自分の思い通りになると欲に溺れる。教育を投げ出し、嫌なことからは目を背け、それでも咎める者がいなければ、それで良いのだと、それが正解なのだと思い込んでいる。根底から腐った性根は、うわべだけ整えてやっても結局腐るのだろう。自分が偉いと、一握りの選ばれた上位者だと錯覚しているのだな。
「だが、自分が大船に乗っている様で、実際はいつ沈んでもおかしくない見栄えの良い底の抜け掛けた箱舟に乗っていることなど、一向に気づきもしないのだからどうしようもないか。お前の考えはよくわかった……。そして、お前が、我が国には必要のない者だという事もな」
我が国には船が存在しないのに、船を例えに出すのも我ながら皮肉ではあるな。これも多少あの小僧の影響だろうか? これの履き違えた認識には、やはり意味はないように思うがな。
「な、……父……上? 何を申されて――」
「お前が他の兄弟達の様に、少しでも周りを見る目を養っていれば、自分の置かれている立場を針の穴程度でも
私はこれ以上何も言うことはないと、ミリャン達に背を向けて歩き出す。すると、声を上げながら手足を使ってこちらに向かって近づいてくるミリャンの姿があった。が、俺はもう、何もあいつに向けてやれる情はないようだ。前を向いて進む足は意識せずとも進み出る。心残りはない、それが分かっただけでも、ここに来た甲斐はあったのだろう。俺はそう思うことにした。
背後で、プシューと何かが抜け出るような物音が聞こえた。気になったので後ろを振り向こうとしたところに、オルクスの従者のトヨネが頭を下げてこちらへ来るよう手で案内して木々の奥を指した。歩きながら軽く後ろを向けば、黒い煙幕がかかっており、そこにいた者達が騒いでいるのが音だけで分かる。俺がトヨネと言う子女の隣に辿り着いても黒煙が周囲を漂っていた。
「こちらの木の陰で目をお瞑りください。移動致します」
「分かった」
♢♦♦♦
「もう目を開けてもよろしゅうございます」
そう言って俺の前にいたのは、ケンプと言う男だ。どういう原理かは知らないが辺りの視界に入るものは彼と馬車、横に茂みがあり、この場が自陣の後ろにある丘の上であることが分かる。
彼は軽く礼をとって、こう告げた。
「お望みは叶えられましたでしょうか?」
俺はその言葉に、ああ、問題なくな、と告げて彼の横を通り抜け、丘を下る為に足を進めた。そして途中で一度止まり、首を少し傾けて伝える。
「
「承りました、必ずお伝え致します」
彼の言葉が終わるかどうかと言うところで、俺は再び足を進め丘を下る。今の時間は深夜を回り、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます