第65話

 翌日の朝、僕が馬車の中で目覚めると、間をおいて馬車のドアがノックされる。見計らったようなタイミングだが、相手はケンプだった。起き抜けなので飲みやすく少し渋みのある紅茶を入れてもらい人心地つかせてもらう。その後、昨夜あったことを細かく説明され、事の顛末を知る。なるほど、モイラアデス国王はそのように決断されたのだな。


 前世の僕に子供はいなく、親戚に小さな子がいたくらいで、親の悩みと言うものを耳にしたことはあっても体験したことは一切ない。そんな僕が、あの陛下に向かって掛ける言葉など持ち合わせているはずもない。だけど結局な話、決断を下した陛下の行動、心情はドラマでも見ているような心境で、大雑把にしか汲み取ることはできない。所詮は他人事、という事なのだろうか。ある意味、感情移入できない物語を語られているような感じが近いかもしれないな。


 今は早朝の5時過ぎだ。話のあった5時間程前の映像を見ても仕方がないので、その後にミリャン殿下達がどうなったのかを見ることにする。あー……。敵兵に包囲されて捕まっているようだな。数名は抵抗して殺されたみたいだが、ミリャン殿下と宮廷魔術師のサロモン殿はあっけない捕まり方をしている。連中が魔術対策をしっかりしていた為に反撃できず、周囲も右往左往しているうち捕まり連れて行かれた。その後に、どうやら尋問を受けて取り調べをされ、砦にある牢屋に入れられたらしい。小春と椿には、監視を労った上で戻ってきてもらう。助けるようには指示を出してなかったからね。その義理も情もないわけで……。


 さて、雪は小降りが続いているし、どのようなやり取りがこの後に交わされるのだろうか。時間は早いが、軽めの食事をすぐに済ませておこうか。



 ♦



 それは、8時過ぎの事、雪の止んだ頃だった。珍しく空には雲がまばらで、太陽が顔を出している。日差しが少し強いのか、所々に浅い雪が解けた後の水溜まりができている。それを馬車の窓から見ていると、サイラスさんが他の部下達と一緒にこちらにやってきた。迎い入れてすぐに、告げられた話によると。


「2時間後に攻めるって事ですか」


「ああ、モイラアデス国王の号令が出た。バインク殿下もその段取りで動くらしいが、どうやらヘルウェン側で、ミリャン殿下の身に何かあったらしい。……というか、君なら詳細を知ってるんだろう?」


「藪から棒に、人を情報屋か何かと勘違いしてませんか?」


 文句を言いながらも、まあ、知ってますけどね、と言うと、ほら、やっぱりな、と返される。とりあえず、開戦する前の情報集めを行っていた結果から言うと、戦端が開かれてある程度時間が経ってから、ミリャン殿下や宮廷魔術師やその他の身柄を盾に、こちらが手を出せないように脅してからしばらくは好きに攻めて、我々の兵力をある程度削ってから交渉の段取りがあると述べるのが相手の出方らしい。少しは手柄や戦果を出しておいて、兵士達の不満を下げ、士気を上げるのが目的の一つとか言ってたな。


 それを書面にして情報が渡せるように準備していた僕に、サイラスさんが、まるで君は盤上の上から駒を見ているような感じがするなと言われた。言い得て妙な言葉だったのだが、僕は特に反応を返さなかった。別に、何もかもが思い通りに動くわけではないし、むしろ戦況の様変わりする要所に合わせて動いているだけだからね。


 サイラスさんの部下が、書面をもって駆け去るのを横目に、今の状況を整理する。ミリャン殿下とその他多数が敵に捕まり、捕らわれの身となってしまった。相手はそれを、開戦後に利用するらしい。大まかに言うとそれだけだが、僕が本陣に情報を伝えたわけだ。多少の時間はかかっても、両軍の総大将等が揃ったどちらかの本陣である天幕で協議するはずだ。僕の名前を出すだろうから、恐らくは信憑性が高いと扱ってもらえると思う。まあ、無視はできないだろう情報だ。それを念頭に置いた話し合いがされるだろう。


 僕の仕事は変わらず、敵の指揮官に成り得る人物、または階級の高い者の殺害、それが基本であり、情報収集は二の次なのだけれど。やはり、知っていると考慮してしまうのが僕と言う人間か。転生しても、そう言うところは治りも変わりもしないらしい。ただ、この情報をどのように利用するかは、モイラアデス国王やバインク殿下、その周辺の上位者が決めることなのだから、僕がそれを邪魔することはないし、逆に利用するべきだろう。


 さてさて、どう判断されるかな?


「獲物が自分から出てくるのを待つというのは、思ったよりも結構楽しいものですね」


「…………」


 あー、またサイラスさん達を引かせる発言をしてしまったらしい。思ったことをぽろっと出すのも悪い癖だな。適当にごまかしておくか。


「と、相手側は思っているのかもしれませんね」


「あ? ……あー、そうだな。人質を開戦前から出してくるのではなく、開戦後に出してくるのだから性格が悪いと言わざるを得まい。わざわざ人的被害を出させる考慮をしてくるなど、相手の指揮官連中、もしくは決定を下した人間は相当性格が悪いか、頭がどうかしている」


「言っても仕方ないですよ。とは言っても、相手がやる気になってくれたおかげで、こちらは戦力を動かせるわけです。相手の手段はともかく、その辺は有難いと思うべきでしょう? 開戦まで2時間を切っているので、こちらはとりあえず、ターゲットを探すことに集中しましょう。ある程度の目星は昨日から付けていますから、こちらの書類の人物達だけでお願いします。単独行動してれば、すぐにでも始末しておきましょう。まあ、早い段階で指揮を乱しておくのも最良の手段だと思います」


 それだけ言って、映像が30に増やされた鏡を見る。そして、肝心な連中に問いかける。


『やあ、グレイスにルルス、マティアもそっちの上空では問題なさそうかい?』


『ああ、さっきから晴れて来たからね。晴れ間が続いてくれれば見通しも良いし、特に問題はないね。まあ、吹雪の中だって勿論問題ないけどね!』


『雪は止みましたけど、気温は下がったままでしょう。部屋でだんを取っている者以外は、外の方が温かいから、日差しにつられて出てきそうですね』


『こっちの監視からは誰も逃さないっすよ。敵さんの斥候なんて目じゃないっすわ。昨日から追尾してる連中も問題なく捉えてるっす。それと捕虜は大抵が一ヵ所に集められてるので、その映像も鏡一枚分追加してもらえると、映し出せるようにしていまっすわ』


 実に頼もしい限りだね。マティアの言ったように鏡を手元に一枚置き、捕虜となったミリャン殿下達を確認する。まあ、こちらは動きがすぐにあるわけでもないようだし、しばらくはほっておこう。さて、多少他にも手は打ったが、必要になるかどうかは今のところ不明だな。おー、ルルスの言ったように、階級者がたまに窓から顔を出したり、日差しを浴びに出てきている者がちらほら見受けられる。チャンスは逃さない、僕は開戦前のタイミングで外の様子を確認しに来たそれらの人物等を、躊躇ちゅうちょせずに手早く始末するように告げ火蓋を切る。


 開戦前なので、始末する場所や人物を選ぶ必要があるが、何のことはない。上空の三人の仕事は文句なしにパーフェクトだ。ただ、やりすぎるとすぐに露見するので程々というのが難しいところだろうか。贅沢な悩みだ。


 まだこちらの協議は続いているらしいが、何を揉めているのか。聞いたところによると、兵士には既にミリャン殿下が敵の手に落ちていることが伝わっているそうだ。それを聞いている兵士達は驚いているようだが、おいおい、そんなことして大丈夫なのか? だが、あのモイラアデス国王の事だ、それで終わりではないだろう。あれかな? 先にばらして開戦後の動揺が最小になるように考えているのだろうか。それをする意味がどこにあるのか、今はまだ分からない。


 分からないが、開戦後のヘルウェン側全体の指揮は陛下がるようだ。それと、三人のヘルウェン側の王族は、少し後方での各部隊の指揮を執り、バインク殿下はそれを補佐する形をとって動くと言うのが全体の流れのようだな。大まかな動きを話し合って、最後に陛下が述べたことに一同が驚き、周囲が異議を申し立てている。それが話の長引いている原因らしい。その内容を聞いて。


「思い切ったことを考えるな……。こういうのを、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言うのだったかな?」


 そんなことを思っている間に、僕の戦果は少しずつだが積み重なっていく。と言っても、僕は作戦を考えただけ、現実に実行しているのは上空にいる彼女達だ。彼女達の協力が無ければ、僕が戦果を上げると言うのはもっと地道なものになっているか、逆に戦場のど真ん中で暴れていたかもしれないな。


 時間は、刻々と進み、着々と兵士達が陣形を作り整えだしている。それは敵側も同じようだが、両軍の中には移動しながら食事している者も、装備を抱えて走っている者もいるな。いつ号令が来るのかわからないのだから、食事や装備の準備程度は先に済ませておくべきだと思うよ。僕が言うのはおかしいけど、不慣れなものとベテランの差みたいなものが如実にょじつに見られる光景だ。傭兵達や正規の王国軍でも、その様子は様々分かれている。僕には関係が薄いことなのだけど、僕が盤上を上から見ていると先ほど言われたのは、実際にその通りの部分も少なからずあるのかもしれないね。



 ♦



 それから一時間が経ち、開戦予定の時間まで残りの時間は数十分と言ったところだろうか。最初は人の移動や話し声程度のざわめきが、陣形を形成する際に放たれていたが、準備が整っていくにつれて静まりを見せている。だが、それが始まったのは、開戦予定の一刻30分を切った頃のことだ。


 誰がやり始めたかなど分からないが、ぬかるみや滑りやすい、土が泥になり跳ねる地面を、水溜まりも気に留めない気分が上がってくる高揚感が、陣形を取って整列している者達から度々上がる響く声。それが次第に大きく膨らむように、戦場と言う現場を盛り立てていく様が伝わってくる。


 北東の砦のときもそうだったが、戦場と呼ばれる場所は、何が起きるのか全く分からないぶっつけ本番の実戦だ。訓練や鍛錬を重ねている者達でもやはり、気負ったり鼓動が増してくるのだろう。そこに集う人間が、それをごまかす様に熱を帯びていく。時間が経つにつれて、泥の汚れなど意に介さず足踏みや槍の石突を地面に何度も打ち付けるような動作が、あちらこちらで見られ始めている。


 人一人が放つ気迫は遠くでそれ程感じることはないが、複数になり、集団になり、人の塊が大きくなるにつれて、その気迫が増しに増して、様々な感情を帯びてそれが熱く周囲を巻き込んだ意気込みが烈火となり、否応なく人を伝って士気が上がっていく。


 いつしか一丸となって人が叫び、地面を叩くその様を、まるで荒れ狂う波のような陣形の間を数人の馬に乗った人物等が悠々と陣形の先に向かっている。あれは……。


「国王自ら陣頭指揮をするようだな。副官及び、補佐や伝令役を連れて前に出ていくつもりだろう」


 サイラスさんの言うように、その堂々たる様で馬上の人となったモイラアデス国王陛下と、それに付き従う上位階級者の指揮官や補佐達。周囲の視線を一心に集める。さすが、そこは国王陛下と言いたいが、本当に協議で言っていたような策を実行するのだろうか? もし有言実行するのならば、僕は……。



 ♦



 開戦の前の訓示なのか、馬を傾け自陣の方を向いて辺りの様子を見渡した後、モイラアデス国王は告げた。


「皆に言っておく、我が国は基本的に接している国がユピクス王国しかない。なので傍から見れば、戦争を経験したことがあまりないような印象を持たれているらしい」


 そこで、言葉を切って笑みを漏らす陛下。言葉は続く。


「我等の国は鉄材の産業が主だと言うのは有名な事だが、それに引けを取らないものがあることは、ここにいる諸君らならば分かっているだろう? そうだ、他国の戦争や領土の抗争に軍事力や武具等の物資協力をしている。軍事力と言っても傭兵のような短期雇用や契約有きの戦力の派遣を幾度も、そうだ、数え切れないほどの数をこなしておる」


 そこで誰かが言った。


「我等が戦場知らず等とほざく輩は、目が腐った耳が飾りの能無しでさあ!」


「ふははは! そうだ、その通りよぉ。我等は命懸けで国の繁栄にその限りある命を捧げて来た! 戦を知らずと、産業だけの国、兵士や傭兵はダンジョンや国防の見張りしかやったことが無い、等と言うのが他国の持つ印象と戯言であるのは、名実が釣り合っていないだけだ。実際に我等は常に勝利を掲げて来た」


 陛下の言葉が区切られ、陣営を見る目と、その口上が徐々に深みを増す。


「だが、改めて言うぞ? 我らが戦場で起こすのはどんな状況でも勝利のみだ! 足掻き掴み取ったその勝利を肴に旨い飯と酒を飲む。金が余れば女のところにでも行けばよい。交渉だ講和だとほざくのは、その後で行われる戦後処理の事で貴君等には全く関係のないことだ! 貴君等が一々気にすることではない。……さて、敢えて問う、貴君等の仕事は何かっ? 誰でも良い応えろ!」


「勝利を得ることだ! 栄光を我らが手に!」


「勝利を掴むことだ! 勝って金を得る為だ!」


「勝利の美酒を浴びる為だ! 勝って帰って、名誉を得るのだ!」


 しばらく、勝利と言う言葉と共にそこに集う者等の欲求が自由なタイミングで連呼されたが、誰も敗北や死んでもなどと言う言葉を出さない。それに対し、国王は不敵に、深い笑みを漏らす。そして述べる言葉は当然のような口ぶりで、それに応える。


「だろう? そうであろうよ! だから何が起きても止まることはない! 敵の言葉に耳を貸す暇があるのなら、一人でも多くの目の前の敵を殺せ! 我らが射止めるは常に勝利のみだ! 臭い息で何かをのたまう敵の首を落とせ! その身体にでかい風穴を開けろ! そして我等は生きて凱旋するのだ! 者共よ、我の背中を見よ! そして前に駆けよ! 我こそはと言う者は敵の真っただ中にて陣取って舞って見せろ! 戦後の飯や酒をたらふく奢ってやるぞ!」


 そう言って馬を敵の方に向かせた国王陛下の背中は、何故か非常に大きく広く誇らしく見えた。一言に気迫や覇気と言っては収まらないものが、その背中には確かにあるのだと、人を引き付けて鼓舞こぶする姿を、馬車からそれを見ている僕でさえ、少し震えが来た。怖いのではなく、所謂武者震いと言うものだろうか。いつしか握っていた手に、汗をかいているのに気づく。これが、あの人の本質、あれが猛将の戦人と言う奴か……。


「皆、前を向けぇい! 貴君等の獲物がこの先で手ぐすね引いて待っておるわ! さあ、行くぞ!! 目前の敵を蹴散らし我に続けえぇっ! はっあ!」


 その陛下の声に応えるよう、打ち合わせも無いのに陣営がずれもなく動き出したように見えた。しばらく先陣を切った陛下が向かう先には、槍と盾を構えた敵兵が立ち塞がっている。まさかそのまま突っ込む気か? それに無数の矢が放たれ、陛下の走る馬の辺り目掛けて弧を描いている。だが――。


 陛下は足と手綱を使い、馬はその速度をさらに上げるて、襲い来る複数の矢を減らした上で小手に嵌めた盾で払いのけ、そのまま止まる気配はない。全ての矢が降下してきた頃にはその姿は敵の目の前だ。前方には武具を構えて衝撃に備える敵兵が団子状態で固まってまとまっているんだぞ、正気か? 僕がそう思ったのもつかの間、陛下が乗った馬が敵兵の前方に構えた槍の、その真上を跳び越す。そして陛下は、途中で跳躍する馬上から飛び降り、着地と同時に背中に背負っていた大きく頑丈そうな剣を手に鞘ごと持ち、剣に見合うだけの大きさを誇るさやを敵目掛けて振り飛ばした。


 それだけでも、多少の被害が出たが、陛下の動きは正にそこからだった。疾風の如く、長剣を身体ごと使って振り回して、恐らくスキルだろう技の名前を叫ぶ。


「風じぃん、斬げぇきいいぃ!! んらあああぁ!!」


 叫び声が轟き、陛下の周囲8セルク(m)強を竜巻が起きたが如く、斬撃が飛び散りながら敵を刻んでいく。これは……。漸く陛下の技が止まっても、周囲を囲む兵士が切り飛ばされ、吹っ飛んだ状態だ。上空からだと敵陣の前方に綺麗な円形上の穴が開いたような、感じと言うか実際にそうなっているのだから相手からしたらたまったもんじゃないだろうな。巻き込まれた敵兵の殆どは再起不能、敵が驚きと戸惑いで錯綜さくそうしている。


「遅い、遅いぞ! 貴様等敵はこの俺だけかああぁ?」


 それに、相手が自陣に食い込んできたと、敵の意識が陛下に集中してしまっている間に、我が方の味方の騎馬兵が敵を食い破りながらほふっていく。勢いの付いた騎馬隊に慌てた敵兵の反応は遅い。


「こののろま共が! 敵を前にしてその有様で、よくも我等に矛を向けたな? その蛮勇が己の末路を決めたのだ! 最後ぐらいは華々しく散って見せろ!」


 誰が言ったか、動きの鈍い敵を槍を持った騎馬兵と、長剣を持った陛下が蹴散らす場面がしばらく続く。敵の指揮系統は僕の方で乱しているからね。それでもやっとのことで、敵側の弓兵に遅く号令が出されたタイミングに、敵歩兵がたまらず後ろに下がろうとした頃には、こちらの歩兵の陣営が切り込みを掛けていく。まさにタイミングを見計らった波状攻撃、連帯感を見せつけられた思いだ。


 だが、敵も敵で、弓での攻撃を遠距離に切り替え放とうとする。だが、それをさせるものかと、今度も、味方の馬に同乗して陣営のすぐ後ろにまで移動していた魔術師達が、一斉に攻撃を掛ける。これは、強烈な嫌味を含んだ強風を相手の陣営に向けて放っている。その目的は敵の矢や魔術を一定以上届かせないつもりでいるようだ。それに加えて、逆にこちらの陣営の弓や投げ槍、魔術を敵の予想よりも長い距離に届かせて襲う。僕は一連のヘルウェン側の攻撃を見て、無意識に笑みが湧いて来た。


 無謀に見える特攻に隠された、一連の連続の攻めの一手を見事にやってのけた。しかも、現状も立て続けに連帯を崩さず行い続け、その猛威もうい遺憾いかんなく振るっている。僕のところのグレイスが敵の指揮を乱す為、多少は手を出してるけど、その必要がないくらいにヘルウェン側の陣営は交戦慣れしている。陛下が言っていた、突撃前の言葉は全て本当らしい。ユピクス側の陣営はお飾りと言っては失礼だが、今回のところは本当に脇役の役回りが主だ。


 ヘルウェン側の攻撃のタイミングや指示の飛ばし方が独特なところもあるし、バインク殿下には申し訳ないけど、役者が違うと言うか、陛下とのキャリアの差が有りすぎる。それでも本来は自分達の国の領土と砦なのだから、懸命に指示を飛ばして乗り切ろうとしている。人任せにしないのは殿下らしいですよ、ほんと。


 他のヘルウェン側の王族達も、やはりついてはいけない部分が出ているようだ。そこはベテランらしき補佐役の指示を聞いて、それを習うように努力している様子が分かる。将来的に自分が担う役目になるのかもしれないのだから、押せ押せの状況におごることなく、目で見て耳を凝らし聞いて、そして実際に指示を飛ばす。流れや連帯を実際にまざまざと見せつけられながらの実戦での教育なんて、本当にあの陛下らしいと言えばらしい教育方針だ。


 そして、戦端が開かれて早くも3時間程経った頃、相手の陣営に動きがあった。予想外で予定外、おまけ想定外の敵の猛攻に押されっぱなし、鏡に映るヘーベウス側の指揮官等は当初の当てが外れたことを今更になって後悔しながら、速やかに予定を早めて人質を盾に取るらしい。だが、そんなことを今更やってこの戦場に水を差すのを僕が容認するとでも思っているのかな? というか、僕の存在って、敵にどの程度知られているのか不明なんだけど。ミリャン殿下やサロモン殿が、敵にどんな情報を話したのかは分からないところだ。だが、所詮、僕の事など考慮に値しないと判断されるだろうな。何せミリャン殿下等は、僕の事を小僧だ、ガキだと連呼しているのだ、歳を聞かれたら5歳ですって返答するわけだからね。相手にされるはずもない。


 戦力の一時的な入れ替えや、負傷者の搬送、部隊の再編等が目まぐるしく迅速に行われている。武具の交換や、食事に加え、体力気力、魔力神力と何かしら補給しての交戦が続く。僕の実家から納品されたポーションや、その他の消耗品なども使われているだろう。体力の持続なんてそう何時間も続くものではないのだから、当然の動きであり、勝敗の分かれ目なのだ。敵も同じような感じで、タイミングを見計らっての人員の入れ替えや編成、補給を行っている。


 ふふ、さておき、ヘルウェン陣営にあんな凄い戦闘を見せられて、僕の中にあるくすぶっていた思いが、この戦場に余計な邪魔を許すものかと指示を告げる。気持ちがたかぶる、というかたかぶらせられた。モイラアデス国王陛下、貴方はそうやって、周囲を巻き込みながら人を焚きつけ戦果を出す人物であるらしい。この何とも言えない僕の中の高揚感が中々収まってくれないようで多少困る。あの陛下に責任をどうとってもらおうか。言い掛かりもはなはだしいが、僕も馬車に籠っているより、多少の憂さ晴らし程度はさせてもらっても良いのではなかろうか。


 僕は勝手ながらそう思いつつ、サイラスさんに30分位の短い休憩をしましょうと告げる。時間は短いがそれくらいもあれば、この気持ちを落ち着けることくらいはできるかな? 鏡の映像を一部落とし稼働を停止させる。今からする僕の憂さ晴らしをサイラスさん達に見られるのも、多少問題があるだろうからね。マティアに頼んで、拾う映像を限定させてもらったわけだ。僕は馬車をケンプに任せ、少し目を休めてくると適当な理由をサイラスさん達に言って、トヨネとその場を離れた。


 




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