第86話

 ヘルウェンにて屋敷を購入してからさらに日付は過ぎ。戦勝式典が催しされる運びとなった当日。ユピクスの式典よりも参加する人数は多少減っているが、それは誤差の範囲だろう。結果としてユピクスは砦を二つ落とし、ヘルウェンはその一つに支援した形となっている。


 契約ではユピクスからヘルウェンへの輸入品の確保や、資金援助などが盛り込まれた条文が発行されているらしい。そう言った交渉が上手くいっているのも、敵国の王族が手中にあるからと言えるのだが。マヘルナとヘーベウスとの外交も今のところ強気に相手から譲歩を引き出している。だから我がユピクス王国は今後数年以上は、相手が動かない限りは何とか安定した国政が成されるだろうと思う。


 さりとて、ヘルウェンでの戦勝式典。これをなるべくはさっさと終わらせたいものだ。式典が始まって1時間ほどが経った頃、漸く王族が式典の席に揃った。そこで宰相様が短く感謝と労いの言葉を掛けていよいよ、その功績に準じた褒賞や報酬を名前を呼ばれた者っが賜ることになる。


 次に呼ばれるものは順に、功績とそれに準じた褒賞や報酬を与える名誉に当たる。呼ばれた者は王の前に膝をついて、名前等、その他に間違いや偽りがないかを述べよ。では始めるとする。


 そこからはユピクスでの戦勝式典と流れは同じである。



 ♦



「次で最後である。オルクス・ルオ・ヴァダム殿、前へ出られよ」


漸く僕の出番か。そう思って前に出ると、僕のゆく手を阻むでかいか図体の男が僕のゆく手を阻んだ。僕が避けて通ろうとすると、その彼も僕と同じ方へ手足と身体を傾ける。まるで通せん坊であると言うか、やっていることは妨害そのままである。


「邪魔なんですけど」


「邪魔してるんだから当然だろう」


 周囲も僕とこの名も知らぬ邪魔しの雰囲気に気付いたようで、人だかりが僕等を囲んでいく。


「お前、ユピクスでも同じことになってただろ。褒美をもらい過ぎじゃないのか? どういうコネを使って美味しい思いしてんのかは知らんが、ちょっとは自重しろってんだよ!」


 酒が入っているらしいこの男性は、仲間がいるようだが加勢するではなく止めに入ろうとしているらしい。彼個人の単独での行動なのだろう。僕は彼を止めようと近付いて来た兵士等を僕は手で制し、関心のない目で彼を見て述べる。


「自分の功績が正当に認められ、褒美を賜るのがいけない事ですか?」


「貰い過ぎって言ってんだよ!」


「なら貴方も、自分が山と功績を挙げて、貰い過ぎだから自重しろ。そう言われたら自重するんですか?」


「あん? そんなことする分けねぇだろう! もらうにきまってるじゃねぇか」


「話になりません。時間の無駄なので失礼します」


 彼が仲間から制止されている間に、僕は王座の前に膝をついて礼をする。


「オルクス殿は、その年齢からは想像できない方法で、敵の指揮官を地に伏せては相手の指揮系統を乱し、敵の占拠中であったディオネ砦に先んじて潜り込み、敵側の占領旗を下げて、代わりに自分の持つ領地の旗を掲げ、敵の混乱に拍車をかけた。

 さらにディオネ砦を奇襲した際に王族と、数名の捕虜を捕まえ。さらに、我が国の王族と高官の命まで救って見せた。また、実家からは物資を多く納品して後方への支援にも従事した。これにより、そなたは本日からヘルウェンにて伯爵位と領地カイルナブイを賜り、王家より一人、婚約者を決めてもらうことと相成っ――」


 そこでまたしても、先ほどの男が叫ぶように宣った。


「だからどこの英雄だってんだよ! そんな功績、俺等は知らねえぞ? でっちあげるにしても――」


「鎮まれ馬鹿者目が! お主のその曇り切った眼は、この国がでっち上げた功績で、一個人を祭り上げる国風であると、この国を侮辱するか!」


 男の声よりも数段と高い怒りの声が飛んだ。その言葉を投げたのはヘルウェンの国王その人である。


「だ、誰もそんなこと――」


「馬鹿、だまってろ!」


「その男を牢にぶち込んでおけ、自分の行いをたっぷりと後悔させてやるわ!」


「へ、陛下、ご慈悲を!」


「こいつは酔っぱらってるだけなんでさぁ」


「酔っていたからと、国を動かす我の前で言葉が過ぎるとは思わんか? わしが国政を担う国で不正を容認すると、そ奴はそう言ったのだぞ? 国を預かる者としてこれを罵倒と呼ばず何と呼ぶか? それに、お主がけなしたのはわしだけではない。報酬や褒美を決めた者達や、ここにはおらぬ、目に見えぬところで働く者達を侮辱したのだ。慈悲などあるわけが無かろう」


 そこで漸く、酔っていた男の表情が抜け落ちて、顔色を悪くし始めた。自分の仕出かしたことに、やっとだが気づいたのだろう。


「お前が目の前でけなしたそこの子供は、報酬よりも大事なことがあると言ってわしにこう告げたのだ。自分の報酬を使っても良いから、戦後に身体が不自由になった者、孤児になった者、身寄りのない者、否応なく浮浪者になった者、さらには戦争で住んでいた場所を無くした流民。

 それ等を救う手立てが、この国をより豊かにするのだと言ったのだ。お主に、そいつが言った言葉の意味が分かるか? 自分の事しか考えておらぬお主と、報酬をなげうってまで国に住まう人間の拠り所を作ることが望みだと、そう言った者の何が分かる! さあ、言え! お主の妬みぐらい、いくらでもへし折ってやるぞ!」


「ひ、ひいぃいっ!」


「陛下、もうその辺りでよろしいかと。それに、その話は他言無用と申したはずです。大勢のいる前でする話ではございません」


「む、ふん……、そうであったな。まあ、良い、宰相話を続けよ」


「は、では改めて。これにより、そなたは本日からヘルウェンにて伯爵位を賜り、王家より一人、婚約者を決めてもらうことと相成った。ただ、両者共に成人ではない為、婚約と言う形になる。婚約者はオルクス殿に既に決めてもらっている。ここで婚約の発表を兼ねて行うものとする。ここにいる者等全てが証人である。相手は第5王女ラクシェ・セヴィオ・アトル王女殿下である。両者が成人を迎えた後、オルクス殿は公爵となられる。その他の取り決めは既に数日に及んで決めたことではあるが、多少の報奨金と役職、それと契約の類で異存はあるまいか?」


「ございません」


「では、婚約者同士で互いに誓いを述べられよ」


 いつの間にやら僕の隣に来ていたラクシェ王女は、僕を立ち上がらせて手を繋いだまま、宣言をする。


「私、ラクシェ・セヴィオ・アトルは、伴侶愛し貫き、時に苦難を時に喜びを等しく分かち合う関係になると誓います。また、人々が希望溢れる姿で国に住めるように、出来得る限り尽力することを誓います。この誓いが叶った時、より自身を伴侶の助けとなるよう務めを果たすべく精一杯行動を致します」


「私、オルクス・ルオ・ヴァダムは、伴侶との誓いを守り、等しく国の為、領地の為、民の為成すべき事を成すとここに誓います。誓いが守られたとき、より一層の努力と誠意の下に、伴侶を愛し続けます」


 ラクシェ王女は、レイリー殿とは違った言葉で、自分の精一杯を誓いに告げた。僕の方はと言うと、ユピクスで言ったことをそのままに、言葉を変えることなく宣言した。不公平は良くないからね。そこはずるいとか言わないでほしい。


「誓いを承諾し、神に変わって宣言を受け入れさせて頂きます。では、褒美を賜る者は以上となる。式典自体は夜まで続くもの故、食事をして交流を持ち、日頃の疲れを癒し英気を養ってほしい」


 宰相様がそう締めくくって、王族方は退室されていくらしい。結局咎めは有耶無耶になって、酔いの冷めた男が茫然と僕の方を見て来た。


「酔いはめましたか? なら、戦勝の宴を楽しんでいってください。さっきの事は気にしてませんから」


「お、俺は! ……みっともないことをした。すまねぇ、何も知らねえのにひでえことを、うう……」


 男は目に涙を溜めて謝って来た。


「だから気にしてませんよ。僕はこの後用事があるので失礼しますね」


 後で分かった事だが、この出来事で僕に向けられる視線が、がらりと変わることになろうなどという事は、その時の僕には知る由もないことであった。



 ♦



 ラクシェ王女とは、名残り惜しいが途中で別れ、後でまた話をしようという事で、僕が足を向けたのは軍務部である。


 入り口から入り窓口の脇にある出入り口から僕が入ると、おおう、思った通り死屍累々、いや死んでないけどね。机に項垂れて触れば灰になって散りそうな感じ、とは言い過ぎだろうか。


「皆さん、ご無沙汰しております。数日前に到着はしてたんですけど、色々とあって顔を出せませんでした」



 ――!!


「お、オルクス副部長だ!」


「あ、ほんとだ!」


「来た!」


「出た!」


 ひゃっほー!! って、一体何があったのやら。


「明日からまた、この職場に戻るんですけど、少し事情がありまして」


「すぐいなくなるとか、ですか?」


 僕が少し言いづらそうにしていると、アネイさんが不安そうに聞いて来た。


「ええ、実は4月から学院に行くことが決まりまして。それまではいるんですけど、それ以降はこちらにたまにしか顔が出せなくなりそうなんですよ」


「え!? 学院って、副部長今5歳じゃ?」


「3月の終わりごろに6になりますよ?」


「え?、そう言う問題?」


 宰相様からは許可を得ましたし、一応、学院の中に僕の仕事部屋みたいなものを用意してくださるみたいで、こちらでの決算を持って授業中に仕事しながら、先生の話を聞くと言うのが流れになりそうです。僕がそう言うと、は? とか、え? とかそう言う声が上がった。


「ちょ、オルクス副部長は学校に何しに行くんですか? 仕事しに? 授業を受けに?」


「一応両方ですねぇ……。学院の卒業履歴が欲しいので」


「副部長、っぱねぇ」


「何だか次元が違うわ」


 それでも副部長ならやっちゃう気がするわ……。なんて呆れられてしまった。やはりこういうのは、苦学生とかと言わないよな。いや、分かってるんだけど、時間を効率よく動かすって結構手回しがめんどくさいもんだな。


 それに宰相様と約束したのは、常に筆記試験は首席か次席であることが条件であるらしい。10位以内とかそう言う軽めのものでも、良かったのだけど。実技は体格の問題もあるので考慮しないとあったが。ハードルを上げておくことで、僕自身の飛び級が本物であるというのを知らしめることになるそうだ。それに飛び級って言っても年齢が一桁と言うのは昔もあった事らしい。恐ろしく同郷の匂いがするがね。


 飛び級の飛び級たるゆえん、それが学年の飛び級であっても構わないわけだ。何を言っているのかと言えば、1年生からやる意味がないなら2年生からやっても良いと言訳の話だ。だが、そこは6年しっかり受けないと卒業資格がもらえないと言う、一番の目的がダメになったら意味ないじゃないか。


 そう言うことなので、とりあえず筆記を首席か次席をキープしながら、仕事をこなしつつ無事に6年間過ごせたらいいのだけど。果たしでどうなるかな。もしかして、いじめとか妨害とかそう言うのが、余計な力として入ってくるかもしれない。その辺は注意を怠らないようにしないといけないな。


 特例として、仕事関連に関しては従者を使っても良いことになっている。その辺だけでもありがたい事だ。変なところで裏工作とか裏切りとかされても問題だからね。


 さて、ここ軍務部は挨拶もできたいお暇させてもらおうか。ではまた明日と言ってその場を後にする。



 ♦ ♦



 僕がヘルウェン王国の城に滞在するようになって4日が経った。今現在軍務部で仕事の真っ最中である。ここ最近は仕事を19時過ぎまでやってから退勤することで、何とか部署の仕事量が落ち着いてきたように思う。ただ、彼等だけでも結局は仕事量的に、戦争があったからてんてこまいだったわけで、有事ではなければ仕事に余裕が持てているように思われる。


 それと、あと6日もすれば僕は誕生日を迎えて6歳になるわけだ。この一年振り返ってみればいろんなことっがあったと思う。領地の開拓に奴隷を購入して、その中の奴隷が今では婚約者だ。それだけでもおかしな巡り合わせなのに、僕にはこの歳で二人も婚約者がいるんだ。それに戦争も体験したし、人を手にかける感触と言うのをまだ、実感したわけではないが、従者に命令を下して人を殺させた。僕が人を殺したも同然だ。


 僕はそれを一生背負わなければならない。その覚悟はしてたつもりではあったけどまだ足りない。これからも何かを、誰かを殺めてしまうだろう自分の業に、少しばかり嫌気がさしそうになる。だがそんなことでくじけていたら、何の為に転生なんて選択を選んだのか、自分自身に申し訳が立たない気がする。


 そうだ、僕はそんなことで悩む為に転生なんてしたんじゃないんだ。自分がやりたかったことを、ガーディアン達を含め、関わった人達と領地を育む為に、僕は女神様に転生を選んで告げたのだ。


 だから、今は後悔をしないように前に進むだけだ。僕は同じく仕事場に残っていたベルセリさんへ、そろそろ退勤しますかと尋ねる。


「もうそんな時間なんですね。あー、そうそう、耳に入れておきたいことがいくつか。とりあえず、応接室行きませんか?」


「ええ」


 僕とベルセリさは応接室に入り、少し距離をとった状態で立ったまま向き合う。僕が指を重ねて見せ、サイレントを発動するように見せると、ベルセリさんが頷いてくる。そのまま指を鳴らしてサイレントを発動させ、部屋を防音の障壁で覆うと、ベルセリさんが笑みを見せる。


「何度も見せられていると違和感がないですが、こうやって無音の密室を作られると、なんだか思う物がありますね。でも相手は約4倍歳が離れた少年ですから。私の趣味範囲ではありませんけどね」


「それを聞けて良かったです。もし襲われたら無抵抗で操を奪われるところでした」


「それ普通女性の私の台詞なんですけど……」


「まあまあ、それで折り入って話と言うのはどういう内容ですか? 僕の実家に来ている捕虜が4人いますけどその関係でしょうかね?」


「あら……、既にご存知で対処済みですか。ではその件は軽くにしときますかね? 放たれた情報員は4人、これは間違いありません。それと、ユピクスで貴方が通っている奴隷商、ここにも我が国の雇われ諜報員が――」


「それも見つけて放置してますよ? 企業秘密と言う奴ですが、どこの誰が送ってきてるのか、その辺も掴んでます。大した手間ではありませんでしたけどね」


「さすが、です。もし良ければ、その人達をこちらに預けて頂くことは可能ですか? 悪いようにはしません。速やかに排除しておきたい人物でして。こちらとしては、なにかしら中々尻尾を掴むのに苦労していたんです。どうでしょう?」


「明日の夜に指定の場所に送らせましょう。それで問題なければ」


「助かりますう~」


「何ですかそれ。普段通りでお願いします。処分するにしても、何か利用価値がないか考えていたところなので、渡りに船ですね」


「オルクスさんの能力、諜報員向きじゃないですか? 是非スカウトしたいですよ」


「目標があるので、ご辞退します。他にはありますか?」


 ベルセリさんが僕に書類をいくつか渡してきた。


「? これは?」


「こちらで処分を検討している人間のリストと、その背後関係を書いた書類です。もしそちらでこの中のリストの人物の弱みか、悪事を掴んだら教えてほしいんですよ。それを紙に書いてある指定の場所には連れてきてもらえると、ちゃんと報酬は払いますので」


「このリストの中の二人、僕の行きつけの奴隷商店に人を放ってますね。その人間も明日の夜に引き渡しましょうか?」


「マジですか!? オルクスさん、もうずっと私とラブラブパートナーでいてください。いえ、ラヴですラヴ!」


「何言ってんですか、僕の行きつけの店に要らぬ手が加わっていただけですよ。偶然ですよ、偶然! そちらの仕事に僕の行動が重なっただけなので、以後過度な期待はしないでくださいよ?」


 それはもう! と僕に抱き着いてくるベルセリさん。彼女の胸が柔らかいのは認めるが、僕は裏の仕事上で関わり合いになりたいとはあまり思わない。


「僕にハニートラップとか無意味ですからね。報酬をくれるなら、従者に渡してください。言伝ことづてがあるならそれもお願いします。僕はその時間寝てると思うので。さて、19時半ですから、そろそろ食事を摂って軽く読書して寝ます。僕の今の住んでる場所ご存知ですか?」


「それは勿論、城で仮住まいとか憧れますねー」


「そんな良いものでもないですよ。何かしら目を向けられるんですから。まあ、それを妬んで僕のところに何かしら仕掛けてくる相手もいるかもしれませんね。リストはとりあえず覚えておきますので、心配はしないでください。4月以降はまた何か手段を考えて接触してくださいね」


「わっかりましたー」


 僕はサイレントの解除と共に部屋の扉を開ける。


「あーそうそう、話は変わるんですけど――」



 そう言って約一刻程、彼女の話に付き合って知り得た情報。それは僕に対する、一般人の認識であった。それを聞いた僕は困った表情をしていたのだろう。あまり気にしなくていいみたいな事を言われたが、とりあえずは頭の片隅にそれを入れておくことにした。



 ♦



 それから二日後の朝、テコアから昨日の夜に要人の引き渡しを無事に終えたことを念話で連絡された。それを労っているところに、僕の宛がわれている城にある一室に侍女さんが来て宰相様からの手紙が届いた。


 内容は、裏の仕事での協力の感謝と、その他宰相様ができるだけ学院に便宜を図ったことが書かれていた。兎に角言われた通り実技は別として、後は筆記試験でその実力を見せ首席ないし、次席の成績をキープすればそれで良いらしい。その他は宰相様が僕用に全部用意してくれるのだそうだ。特別扱い過ぎて目の敵にされなければ……。いや、されたらされたで、それをネタに何とでもできるか。さて、今日は非番の日だがどうするか。



 一昨日聞いた街の噂も少し気になるし、少し馬車で街を散策するのもいいかもしれないな……。僕は思い立ってすぐに準備を始め、自家用の馬車に飛び乗るのる。今日の付き添いはアイリスと、アイリスの部隊の人員が二人いる。いざとなれば馬車に設置しているポータルから何人でも呼ぶことはできるのだが。とりあえず今は、順番にこの世界を知ってもらう為に、部隊長と部下のような関係を構築している。


 そしてやって来たのは、一般の家でお取り潰しになった家を改装して作られた。言わば浮浪者の為に作られた職業安定所のようなものだ。そこには列を成している浮浪者や流民が押し寄せる勢いで、建物に入ろうとしている。人員の声に耳を傾ける余裕がないのか、彼等はずっと必死に扉に入ろうとして押し問答をしたり、押した、押してない、と水掛け論をするよりも仕事を、と言うノリでいるようだ。


 少し建物から遠めに馬車を止めて、強化ガラスになっている馬車の窓からちらりとその様子を改めて覗くと、役員が必死に仕事をやっている姿が見られる。それでも仕事が追い付かないのだろう。もう少し順序良くできればやりやすかろうにと思うが、相手にその気がないと順序もへったくれもない。整理番号とかそう言うシステムがないと、この波のような職場は安定しそうにないな……。


 僕は一旦その場を離れて、購入したばかりのリホーム前の屋敷に辿り着く。そして、必要最低限は実家に残し、従者をほぼ全員人員としてかき集めてからこう宣言した。


「これより、僕は僕が成すべき事の一端として、この国にある職業安定所、一般人から浮浪者、果ては流民までの人を順序良く施設に誘導する仕事に今日一日を充てるつもりだ。君達はまだ実家の奴隷達やエルフ以外の者に接したことが少ないか、無いかのどちらかだろう。だから実演を兼ねてこれより、この国に住まう人を実演習の題材にして対応してもらう。

 急な呼びかけですまないが許してほしい。諸君らの力が必要なのだ。諸君らの力を武力ではなく人員として使うことになる。それも慣れない仕事になるだろう。それも経験として慣れていってほしい。では、馬車を5台ずつ使って、この屋敷を往復して順に事に当たってほしい」


 僕は一度言葉を止めて人員を見渡す。


「不安に思うこともあるだろうが、分からなければ僕にすぐに知らせればいいし、暴力沙汰は極力避けるようにしてほしい。揉め事が起これば、揉め事を起こした者、加わったものは順番を後回しにすると言えば、大抵は収まるだろう。それでも、暴れるものは加減して気絶させればいい。ここには、救護班もいるのだから大した事にはならないだろうと思う。

 もう一度言うが人に慣れてほしい。慣れて対応を重ねることで、この世界の住人の能力を把握してほしい。彼等は飢えに困り、訳有で仕事に就けない者達が大半だ。言葉は悪いが底辺にいる彼等には、特に優しく接してやってほしい。暴力に訴えてくるものは仕方がない。実力行使でも良いが殺すことはまかりならない。それだけは肝に銘じてほしい。彼等は君達よりも弱い存在なのだ。食料を必要とし、仕事に何とかついていこうとする努力家でもある。

 その彼等を、我々は蔑ろにしてはならない。彼等にもいつか報われる時が来るのだと知らせてあげてほしい。僕から言えることはとりあえずこんなところだが、従者諸君には迷惑を掛けるが、是非ともこの苦境に手を貸してほしい。よろしく頼む」


「主様、いや、オルクス様がどういう人柄の人間かは、我等はそれとなく聞いていたし、理解しているつもりだ。そう、主に頭を下げられちゃ誰も断ったりしないさ。俺等で慣れない仕事でもやって見せる。なんてったって、俺達は優秀な、技術の粋を集めた元AIなんだからさ!」


「主が困っているのならば、その手助けをするのが従者の務め。慣れない作業でもなんだってやるさ!」


「オルクス様のなさりたいことをご指示ください。我等はその為にいるのですから」


 元々は彼等は個性のあるAIである。それが、不慣れだからと言って主に従わないわけはなかった。オルクスが頭を下げた際も言葉では、何とでもなるような事を言い、自分達に仕事を任せようとする主に、ガーディアン達は否応なく従順になれた。それは久しく待ち望んだ、自分達の目的を指し示す言葉であったからだ。


「時間が惜しいならば、早速始めましょう。馬車は荷馬車を使う、乗り込める一陣目はオルクス様と共に先に。第二陣もすぐに整列しなさい」


 トヨネが檄を飛ばしながら指示した先には、すでに用意された荷馬車が5台。それに即座に乗り込む従者達。


「戦争以外で忙しいって言うのは、それはそれでやりがいがありそうですね!」


「さ、オルクス様。ご指示を」


「助かる、ありがとう! では第一陣はついてきてくれ、救護班以外は全員メイド服か執事服に着替えてから頼むよ」


「応!」


 それから間もなく、オルクスと従者達の長い一日の幕は切って落とされた。

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