第85話

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 オルクスの自家用馬車がヘルウェンの城下街の門に到着したのは、予定通りエルフ達が未開拓の土地の森を活性化させた日から4日後であった。その間のオルクスの行動は、召喚したガーディアン達に思い思いの行動を許す代わりに、一定の範囲以外への接触を禁じるものであった。


 そもそもAIであった彼等は学習能力が非常に高い為、必要な知識を得て知ることで、外部とのいさかいを避けることが急務であった。特に飛行能力のある飛竜やペガサスなどの従者達には必要な知識である。


 また、他のクラスにある従者達の能力も、普通の人間の何倍、下手すればクラスにより何十倍もの能力差があるのだ。この世界で必要になる基本知識や、常識に礼節などが、トヨネ達オルクスの従者より共有されることで、不足を補うこととなった。


 早速だが、ユピクスで購入した屋敷を経由して、冒険者ギルドやダンジョンに、知識の宝庫である図書館などにそれぞれが目的をもって移動して活用することになる。ただ、数がそれなりにいることから、部隊をそれぞれ、トヨネ、アイリス、モモカに20人ずつつけての別行動をとり、ケンプ、椿と小春にもそれぞれ20人ずつの部隊編成が成された。


 と言っても基本の行動中はメイド姿かあるいは執事服がデフォルトになる為、男女比率からメイドがやたら多い屋敷と言う噂が立つことはあったが、オルクス本人が屋敷を留守にしているので、変な噂には発展しなかった。


 それから飛竜とペガサスについて、ギース宰相が懸念した通り、危険視や独占をねたんだ言い掛かりにも等しい非難が殺到したが、用意していた言い訳で煙に巻いたりやり過ごしたりできたようだ。その辺りはさすが宰相様と言ったところか。


 ダンジョンで手に入れた云々の噂がたちどころに広まって、ユピクスでは冒険者ギルドやダンジョンが、日々人で溢れ返ることになったのは言うまでもない。冒険者ギルドは真相を知らないが人が溢れる程利用されるので、オルクスへの感謝を人一倍することになる。ただ、事の真相を知るのは、国王と宰相、それに一握りのオルクスの味方側の人間だけであった。


「戦争で飛竜などを出さなかったのは、奴の慧眼けいがんだな」


 とはバインク殿下の言葉である。戦争でそんなものを出せば、今頃はもっと功績を積むことになっていたのだろうが、それ以上に国内に混乱を生んでいたはずだ。それを望む奴でもない、と言う見方がオルクスの評価とされていた。国が混乱するようなことは場所や時を選んでするのは彼奴らしい。バインク殿下の評価はそのぐらいで、騒ぎ立てる馬鹿に踊らされる阿保は度し難いな、とは多少言い過ぎではなかろうか、とギース宰相は思ったが口には出さなかった。


 閑話休題。ユピクスの門兵と同じような対応を取られ、その足でヘルウェンの城門も潜り抜けて馬車を預ける。戦勝式典まで残り6日程度である、と言う話は聞いていたが城の中では慌ただしさがそれほど感じられない。


 オルクスが呼ばれ、通されたのはモイラアデス陛下の執務室であった。


「よう、向こうではえらく稼いだらしいじゃないか? まあ、当たり前か、敵の指揮官を山のように屍に変えて、後は王族の捕虜まで得たのだ。うちが出す褒賞よりも低く見積もっていたなら、色々と難癖付けてやろうと思ったんだがな。報告があるなら聞くが、何かあるか?」


「そう言うの、関係が悪くなるだけですからやめて頂きたいですね。報告と言うのはこちらからはいくつかありますけど、あの件はどうなっているのか、進捗が聞きたいのですが?」


 そう、あの件とオルクスが言ったのは、ミリャン殿下を担ぎ上げる派閥の者達の一掃である。舞台を整えて動くのはヘルウェン側の人間であるが、計画の立案にオルクスが少しだけ関わっている。


「進展したぞ。奴の派閥は適当な罪状をくっ付けて、屋敷や領地を細かく調べさせてやったわ。出るは出るは不正が山積みで、部署の人員では足りないほどであった。真っ当な奴も中にはいたが、殆どが黒か濃い灰色だ。ただ粛清ばかりしていては、この国が人手不足になる。なので罪状の軽い者には、役職を剥奪して一般の仕事につかせてある。仕事ぶり次第ではちゃんと昇給も考えると言っておいた」


「さすが陛下。飴と鞭の使いどころを知ってらっしゃいますね」


「はん! 宰相に泣きつかれたら、そうせざるを得まい。わしとて働き手のいない国で、いらん仕事までやりたくはない。仕事さえしてくれれば、多少の古傷がある奴でも雇うようにした。水準を下げれば仕事をこぞって求めてくるからな。その辺は職場の管理者に何とでもしてもらえばいいだろう」


「それは雇用が満たされる分良いことでしょう。ところでミリャン殿下ご自身はどうされているのですか? それに、不正があったと言う宮廷魔術師の……、サロモン殿」


 お前どうでもいい奴だからと名前を軽く忘れてやるなよ、とモイラアデス国王がぼやくように指摘する。


「既に国の管理する犯罪奴隷専用の拘束具と一緒に、厳しい山の労働者組合に届けた。もう会うこともないとは思うが、これも定めと言う奴か。いや、自業自得だな」


「私と会っていようといまいと、結局はこうなる運命だったのでしょうか? 私が現れなければ、ミリャン殿下やサロモン殿は、まだ立場を利用できていたかもしれませんね」


「馬鹿言え。無能でどうしようもない役立たずなど、掃いて捨てるようにいるんだぞ? 結局は周囲が評価を最低と下せば、いずれわし等が動くことになっていたわ。それが少し早いか遅いかの違いだ。お前が気にしてやる必要はない。で、報告は以上だが、まだ何かあるか? いや、あるか」


 モイラアデス国王は引き出しから手紙を取り出して、オルクスの方に滑らせた。どうやら読めと言うことらしい。


「失礼します」


 オルクスの目を通した手紙は二通あって、片方がセヴィオ王太后からの手紙で、屋敷をいくつか見繕っておいた旨と、それに必要なものを用意すると言う話が書かれていた。


 そしてもう一通の方が、ユピクス王国から宰相ギースの名前で届けられた手紙であった。内容は、飛竜やペガサスの件で間違いはないだろうと思うオルクスの予想は的中し、その内容をヘルウェン側でも協議されたしと言う内容であった。


「屋敷の件は良いとしても、お前もこのタイミングで出してくる内容としてはでかすぎるぞ。もう少し小出しにしろよ。しかし、ユピクス王国では、緊急の輸送や配送、移送などで使うことを正式採用するという事だ。なら関係が深いそちらも、この話に乗っておけと忠告してきている。俺はこの目で見たものしか信用しないたちだ。今からでも見せれるなら見せてもらいたいが、どうだ?」


「では3時間後に、どこか発着できる場所をご用意して頂けませんか。この話が出るのは予想していましたので、今日中にこちらに向かうように段取りはしておりましたから」


「お前らしい、手回しの良さだ」



 それからオルクスは一つの封書を懐から取り出し、モイラアデスに差し出した。ユピクスで決めた内容の写しである。これがあるかないかでは話の進みに雲泥うんていの差がある。モイラアデス陛下は、部屋の外にいる兵士に、急ぎ宰相を呼んでくるように伝えた。



「ユピクスで決められた取り決めと、ヘルウェンで決める内容を大体同じにすることで、混乱を最小にするという事ですな。ユピクス側も良く考えている」


 そう漏らしたのはモイラアデス国王に呼ばれてやってきた、ヴァレン宰相である。手紙の内容をじっくりと読み含むように理解していく。こうなるとこいつは長いから、とりあえず座って茶でも飲んでおけ、お茶請けもあるぞ。そう言って宰相がむむむと唸っているのを横目に、オルクスとモイラアデス国王は机を挟んで対面に座るのだった。


 それから時間にして1時間弱、漸く考えがまとまったヴァレン宰相をよそに、オルクスは、こちらの国の学院に入りたいのですが、と言い出した。


「本気か? お前が学院に言って得るものなんてあるのか?」


 何とも失礼な物言いではあるが、これはオルクスをけなしての発言ではなく、逆にお前が学院に行ってとくする、あるいは何かるものなどあるのか? と言う意味の質問である。


「僕だって、一端いっぱしの学園生活は送ってみたいですし、学院の現状を知る機会と言うのは得難いものだと思います。それに講師と言う役職に興味があるので、できれば学院に行ってみたいです」


「お前、講師とかやるつもりなのか? いや、講師を馬鹿にするつもりはないが、お前ならもっと別の役職に就いた方が国益になるだろうと思う」


「それはどうでしょう。やってみなくては分かりませんが、職業を掛け持ちするという事も考えています。それにいずれ、僕は貰った領地を繁栄させるために動くでしょう。だから、ずっとこちらの国にいることはできませんし、領地を行き来するための手段として飛竜やペガサスを持ち出したんです。時間は有限ですから、何事も自分のやりやすいように用意しておくのが僕のやり方です」


「いや、それは分かっている。宰相、どうだ? 許可は出せそうか?」


「我等にも恩恵がある時点で、この話に乗るのは問題ないかと思われます。後はユピクスで流している噂をこちらも利用すれば、金銭の流れが良い方向で循環するでしょう」


 というか、俺も飛竜が欲しいぞ。その辺はどうなんだ? そんな事を言ってくるモイラアデス国王。だが、オルクスは少し難しい顔をして考えを述べる。


「またそんな無茶を……。ワイバーンをテイムしたと言う話なら本で読んだことはあります。それをお求めですか?」


「可能ならば欲しい……」


「時期を見て、テイムしに行くことはできますが、必ずしもと言うのは確約できません。下準備もありますので気長にお待ちくださいとしか言えませんが、それでもよろしいなら試しに行かなくもありません」


「よし、とりあえず、今年の受験枠にお前を入れておいてやる」


「へ、陛下……」


「能力があるなら問題ないと言っていたのはお前だろ? 確かに学院の卒業と言うのは履歴書に書くのは、結構マイナーな手段だ。お前がやりたいようにやってこい。だが、ワイバーンでもいいから入手は何とかやってくれ」


「まさか、傭兵稼業で使うつもりじゃ?」


「よくわかったな?」


「陛下の目を見てれば分かります。そのギラギラした目で言われたら誰だって、陛下の素行から察するでしょう。恐れ多いことですが、国王陛下なのですから、もう少しご自身で国の事を考えてください。宰相様が困るのだって当たり前ですよ。

 ご存知ですか? 魔術師の数が年々減っているばかりでなく、年齢や過労により戦術的な意味で、戦争についていけない者達から相談を受けたこともあります。戦術を変えるか、配置や動きを微調整して、戦況に合わせた戦いをするのが陛下の戦術だと思います。それを否定する気はありませんが、士官や魔術師の後継者の問題をもう少し考えられるべきです。陛下ばかりが戦場で暴れるだけで、戦争が終わるわけではないでしょう?」


「む、むう」


 オルクスの指摘にぐうの音も出ない国王。困った人だと宰相共々思った二人。


「陛下、オルクス殿の言っていることは正しいものです。相談は私の所にも来ています。そろそろ隠居したいが軍がそれを許してはくれぬ、と。国が疲弊するのに任せてはなりませんぞ。次代に残さねばならぬことも山とあります。人材は何よりも優先順位が上でございます」


「だから、とは言いませんが、私は講師になってみたいと思うようになりました。バインク殿下から、向いているのではないか、という言葉を頂いたことが切っ掛けですが。魔術師を増やそうと思えば増やせます。士官を増やそうと思えば増やせます。ただ何分時間は必要ですが、大したことではありません。平民の中の子供にも、大人にだって機会を与えてやれば良いのです。戦争で欠損した身体になって働き口がない人間の斡旋あっせんだって、前にも言った働き手として雇用できる仕組みを考えればよいのです」


「わ、分かったから、そうがっつくな。俺に自粛しろと言うのだろう? それで本当に民の為になるのか? ヴァレンお前はどう思う?」


「私は全面的にその話を支持しております。事の起こりは区別や差別の認識が間違っているからだと思われます。オルクス殿が言ったことは、確かに時間のかかる事ではあるが、戦争で身体が不自由になった者、流民や身寄りのない民に、孤児となった者、その者達に救いを与えることは必要だと判断します。仕組みや仕事の斡旋はこれからですが、飢えをしのぐ手段があるのだと、それを伝えてやればおのずと人口に比例して、働き手は確保できます。さすがに不貞腐れた、根性なしでは仕事も長続きしないでしょうが、そこまで面倒を見るのは違うと思いますな」


「オルクス、お前は手伝ってくれるのか?」


 珍しく要求ではなく、手伝ってくれるのか、と聞かれたことに驚いたオルクスだったが、そこは持ち前のおどけた様子で。


「可能な限りは、としか申せませんが。それでよろしいのならば、見合った役職で可能な範囲動いて見せます。学業と並行で何とでもして見せます」


「ヴァレン、少しオルクスと話して、そいつに必要な役職を見つけてやってくれ。わしでは、不得手なものだし、お前の方が効率よく動かせるだろう?」


「お任せを。ではオルクス殿、場所を変えましょうか? まだ2時間ほどで飛竜やペガサスが到着するのでしょう?」


「飛竜だけなら先行すれば一刻ぐらいでしょうが、さすがにペガサスの飛行速度に合わせながらの飛行ですと、それくらいはかかるでしょう」


 なるほど、とヴァレン宰相は国王の執務室を出て、それに追随するオルクス。話の流れ的に、この後どういう話になるのかは分からないが、ギース宰相と同じような感じがするヴァレン宰相に、任せることにした。



 ♦



「それで、大凡の仕事の割り振り、及び役職の権限を記載したが、他に何か望むことはあるかね?」


「正直ここまで権限を頂けるなんて思っていませんでした。宰相様はよろしかったのですか? こんな子供に良いように言わせておいて」


「ふっ、そうわざと自分を悪く見せるのは良くないぞ? 私は大したスキルなどは持っていないが、人を見る目だけには自信があるつもりだ。それに、君の話にはいくつも聞いて、ちくりと来るものがある。耳が痛いともいうがね。だが、聞くべきことは山とある。その引き出しがいくつあるのかは試してみたい気もあるが、何分私もそれをするだけの余裕がない。君のおかげで最近は余裕が少し生まれているがね」


「派閥ですか。良いものもあれば悪いものもある。悪いところだけが目立てば、そこに鋭い刃が入れられることもある。そう言う話を本で読んだことがあります。活かせる派閥と生かせない派閥の違いは、その派閥のまとめ役の器量や考え、柔軟さかもしれませんが」


「よく理解しておる。そうだ、私も君の手腕には期待している。学院に巣くう派閥とて無視できるものではないものもある。今回の件がそれであるが、問題は意外なところで片付いた。これは礼を述べておくべきだな」


「よしてください。人の人生を転落させていおいて、それを誇れるほど僕は陰険にはなり切れません。悪役に向いてないのかも、とは言い過ぎかもしれませんね」


「それぐらいで丁度良い。私も君が悪役には向いていないと思うよ。しかし、お人好しも程々にしておくのが良かろう。何でもかんでも背負っていては、いつか身体がもたなくなるだろからのう。さて、そろそろ時間か? 飛竜の大きさを考えて発着場というのをいくつか考えてみたが、ギース殿の言葉をそのまま聞き入れるならば、馬車止め場が無難であろう。いくとするかね」


「はい」


 それから早速、発着所となる馬車止め場に移動することとなった。そこで、国王や宰相様が目にしたのは、自分の何倍もある飛竜と、追随するように降りて来たペガサスであった。


「ほう、なるほどのう……。これは、さすがに予想よりもたまげたものよ」


「おお、来たな!」


「陛下、もう少し下がってください。飛竜の起こす風で砂や小石が少し舞うでしょう。物陰にいてください」


 飛竜が先にその巨体で着地をし、その後に軽い音を立ててペガサスが馬車止め場に降り立った。


「お疲れ様、よく来てくれた。陛下、もうよろしいですよ。あー……」


 飛竜の首に抱き着いてる。怖いもの知らずだな……。しかも、わしも飛竜に乗って空を飛んでみたいぞ! なんて、……えっと宰相様もですか? 結局国王が飛竜に乗って城の周りを2周、宰相様がペガサスで、1周する形で、前代未聞の遊覧飛行事が起きたのは言うまでもない。テコアの騎乗する飛竜のコルチールとアレカの騎乗するペガサスのゼタ。大したことはないと言ってくれているのだが、同乗した陛下も宰相様も興奮気味だ。やはり空にはロマンがあるのかもしれないな、などと変な事を思う。



 後で聞いた話、空飛びまわる飛竜に驚いていたのは何も城の人間達だけではない。国王を乗せた飛竜と宰相を乗せたペガサスの姿は、城下街の中でもすごい話題になった。初めて竜を見る者は興奮して、ペガサスに憧れを抱く女性達の眼差しは短時間の飛行で姿を見せた2頭の飛行する生物に、否応なく気付いた人々は騒然となった。ユピクスでの噂を聞いていたものもいた所為だろうか、それ程混乱することはなかったが、それぞれの頭の中には、自分が竜やペガサスに乗って空を舞う姿が多くイメージされたことだろう。


 ちなみに、この世界には竜種の魔物も存在するし、馬の代わりに馬車を引いたり、乗り物として存在する竜種、俗に地竜と呼ばれる竜は見られることもある。だがやはり、空を堂々と闊歩するが如く舞う竜にロマンを禁じ得ないようだ。


 その日の国王も宰相様も機嫌が良いのなんの、非番の飛竜やペガサスは他にもいますから、気が向いた時にまた乗れますよと言えば、まじか!? みたいな食い付きであった。余程空の散歩が起きに召したらしい。


 それは兎も角、僕はこの春からラクシェ王女より一足早く、ヘルウェンの学院、正式名リトアニカ学院に入学する手続きが正式に始まった。何故学院の名前が王立なのに国名ではないのか、それは学院を立ち上げた最初の人の名前を学院名にすると言う話で決まったからだ。もしかしたら先の話ではあるが、国の中にいくつも学院ができる可能性を考えたのかもしれない。


 さておき、僕は宿の手配をしなくてはならない。そう言って陛下と宰相様に礼をとって御前を失礼しようとしたが。


「ユピクスでは城の中で寝泊まりしていたのだろ? うちでもそうしたらいいだろう。それにこの国に屋敷を購入するんだろが? それの下見でもしてこい。ラクシェにはすぐ言っておくからな」


「そうですぞ。遠慮などはせずとも、城には空き部屋は多くありますしのう。準備もさせますので、少し時間をもらう為にも屋敷を見て回ってきてくれた方がよろしかろう」


 そんな感じで、有無を言わせず城での宿泊が決まってしまい、そのまま屋敷をラクシェ王女と見て回ることになった。



 ♦



「ご無沙汰しておりますわ」


「お久しぶりです、王女」


「……名前を呼んでくださいまし」


「ラクシェ王女、ご機嫌麗しゅう。話は聞かれていますか?」


「ええ、屋敷を見て回ると聞いています。いずれは私達の新居になるのですもの。しっかりと吟味しなくてはいけませんわ! 注意点は王太后様おばあさまにちゃんと聞いていますので、このメモにあった条件の物件を探すつもりです」


「そうですか。少し見せてもらって良いですか?」


 ええ、と差し出されたメモ用紙を見せてもらう。あー、なるほどね。理にかなってる部分や利便性を重視した意見が書かれている。


「では、早速ですが行きましょうか。日が落ちる前には戻りたいですしね」


「はい、行きましょう!」


 こうして、僕とラクシェ王女は僕の馬車で、物件を見て回ることになった。この辺は何となくヘイリー王女の時の同じ感じで、僕も必要と思う意見を述べて屋敷を見て回る。


 そして、5軒目にして漸くと言っていいのか、良い物件を見つけることができた。ちなみにその隣も空き家になっているらしい。ここがダメなら、次はお隣に行く感じかなと思っていたが。


「ここ、広くて立地も申し分ないですね!」


「そうだね、ここに決めてしまおうか?」


「こことお隣も見てから決めましょう!」


 広い屋敷は何かと便利ですから! そのように思い切った事を言ってくる婚約者殿。僕はまたしても屋敷を連なっているのを二軒買う羽目になるらしい。いや、お金の心配はあまりしていないよ? どちらかと言うと、こんな大きな屋敷を二軒も買ってどうするっていうんだい、と思ってるくらいなんだけどねえ。


 後の事は王太后様と相談して決めるそうだ。こういうのに僕が口を挟まない方が良いのだろうな。まぁ、最低限使えればそれでいいさ。


 それから購入を決めて馬車で帰る。やはりラクシェ王女も買った屋敷をリホームするとのこと。次に使えるまで早くても一月くらいするのかな?


 それと学院に僕が入学する話もしておいた。が、彼女は特に気にしたようなこともなく、なさりたいようになさってくださいと、僕の背中を押してくれたのだった。彼女は何となくこうなることを予想していたような感じだった。

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