第60話

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 突然何の脈略もなく言うが、国によっては様々な呼び名はあれど、大抵の軍事力を王宮騎士団や王国軍等という組織名があり、またそれとは別に戦力としてその存在を強調される者達がいる。それを誰もがこう呼ぶ、宮廷魔術師、と。その下には魔術師ギルドや魔術師院なる魔術師専門の魔術の開発や改善、魔術師自体の育成を主な目的とした魔術師の為の組織がある。


 彼等はその魔術師の中でも指折りの突出した能力を持ち、また魔術の行使に必要な魔力量の保有にも長けている。と、こんな組織や実力者も存在するのだと軽く宮廷魔術師や魔術師院等を紹介したわけだが、その魔術師の中には、今回のマヘルナ王国との交戦で自分の得意な魔術を戦場で華々はなばなしく見せた者もいれば、効果は地味だが着実に敵に損害を与えて貢献している者もいた。中には治癒を専門とする魔術師も参加しており、その存在と実力、必要性を如実にょじつに知らしめた。


 ただ、彼等は戦場で不可思議なことに気づいていた。戦場ではないどこかで膨大な魔力を感知したのだ。それが何を指すのかは分からないが、方角としては戦場の真上。普通の視力では見ることはできないだろう上空、望遠鏡を使って探した者もいたが、膨大な魔力は感じるものの、雲にさえぎられてその姿形は確認できなかった。


 だが、彼等はの当たりにした。人がぶつかり殺し合う血にまみれ土埃つちぼこりの舞う戦場のその真上を人間が喚きながら飛んでいくのを。いや、実際には魔術で身体を固定されて、上から吊るされた状態で移動したのを何人もの魔術師が確認している。一体あれは何だったのか、上空に一体何があったのか。魔術師達はその魔術という特殊な能力ゆえ自己顕示欲じこけんじよくが普通の人より高いきらいがある。その彼等が、驚き憧れるような魔力量と質をもったなにものかがあの空の上にはいたのではないか? そういう話がまことしやかに魔術師の間でささやかれていた。


 あの正体が何であったのかが知りたい。自己顕示欲に加えて、探求心が度を越える程強くある者はそう思って止まない。だが、マヘルナ王国との局地戦を勝利で終えた後であっても事後処理や、要請を受けて能力を必要とされる彼等は忙しい。国に仕えている彼等は、自分の探求心を無理やり抑え込んで仕事に当たるしかない。その胸の内を魔術師同士で話し合いながら、答えの出ない議論を交えたり、憶測おくそく推測すいそくでものを言う者もいる。


 だが、国に仕え宮廷魔術師と呼ばれる者達だ。ちょっとやそっとの会話等で集中力を乱すようなことはない、求められた仕事を完璧にこなしていく。中には連れて来た自分の派閥や、弟子達に仕事を任せて、自分達は話込んでいたりする者もいるが、それは細事だ。


 そんな彼等のいる近くで、少し聞こえる程度の声で話し合いがされている。見ればそこにいたのは、何のことはない自分達の仕える国の王族が2人と、幼少の子供が1人。何かを話しているやり取りは本当に何でもないようなことであったが、そこにいる幼少の子供のもつ保有魔力に、近くにいた幾人もの宮廷魔術師が気づいた。恐らく、その場にいない宮廷魔術師も気づいているのだろう。


 さり気なくこちらに近づいてきたり、弟子に仕事を任せて遠くから観察する者もいる。この子供は隠しているようだが、その魔力を完璧には隠しきれていない。その隠しきれていない魔力の質が高く、されど隠蔽いんぺいし切れない程度には魔術が未熟なのだろう。だが、魔力の質一つとってもかなりのものだ。隠蔽を解けばどれぐらいの魔力量になるのだろうか。宮廷魔術師を頂点にその下にはいくつかの魔術師の組織がある。


 魔術師の登竜門的なものである組織を束ねる王国軍の魔術師院なる存在がその象徴と言うべきものだ。魔術師ギルドは、どちらかと言えば魔術の発展や、魔術師の派遣が主な仕事となる。魔術師院とは、宮廷魔術師は大抵の国では10人程度順位を付けて存在するが、その内の誰かに何かあった時の補充員、言ってみれば補欠の集まりだ。それを管理する宮廷魔術師が把握する実力者を押しのけて、その幼子の計り知れない魔力の質、解放した際の魔力量は、自分達に等しいか勝るものではないかと、魔力感知に自信のある者は思った。


 連れてきている魔術師院の弟子や、派閥の魔術師達で気づいている者はほんの数人程度だろうか。実力がある者ほど幼子の魔術師としての能力に危機感を覚えているらしい。しかし、良く見れば興味を惹かれた幼少の子供は、我が国の国王を動かしたとされる今話題の人物ではないか。興味はあれど、下手に近づくことはできない。未だ残る仕事をしながら様子を窺うに留めておくのが賢明だろう。だが、いつまでも自分の探求心を抑えておけるだろうか? 宮廷魔術師やその他の魔術師達のそんな思いなど知るよしもない3人は、その場で話し込んでいる。



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「では、今日はこの後から部隊を分けて、この地に残る部隊と北西への増援、それと本国に敵国の捕虜を送る輸送部隊。この三つに分かれるわけですね?」


「そうだ。お前はどうする? ウルタルと一緒に本国に帰るか、俺と共に北西に増援としていくか。好きなように選べ」


「聞いた話だとオルクスが今回上げた戦果はすごいことになってるみたいだし、私と一緒に帰らないか? のんびりと、とは言えないけど、警戒さえしていれば問題のない捕虜の輸送任務だ。君の馬車でゆっくり話でもしたいと思ってる」


 2人からそのように言われたが、僕としてはまだ仕事を半分片づけただけの状態だ。精査された資料はヘーベウス王国側のものも多くある。なのでここは一択だ。それにあのモイラアデス国王の事だ、ユピクス王国で上げた戦果だけでは納得してくれそうにない。何かしら文句を言ってくるのは目に見えるように明らかだ。


「ウルタル殿下、お誘いは嬉しいのですが、私はヘーベウス王国軍との戦地に向かいます。そちらでも多少手柄を立てておかないと、モイラアデス国王が良い顔をしないと思うのです。自国側の戦争だけに参加して、ヘルウェン王国軍が向かう交戦に参加しないのは、最終的に未だヘルウェン王国に戻る予定のある私としては、肩身の狭い思いはしたくないのが本当のところです。それに王女との婚約の話も出ていますので、今後の為にも印象は良くしておきたいのです」


「ふふ、その年でそんなに周囲を気にするなんて君は根っからの苦労性だね。それにその年で婚約っていうのは貴族にはありがちだけど、相手がヘルウェン王国の第5王女だもんね。相手の立場は微妙だけど、君なら気にしないんだろう。まあ、結婚したら、なんにせよ両国としてはより良い関係でいられるから大任ではあるね。確かに、今のうちに良い印象を持たれたい気持ちは理解できるよ」


「だが、そういうことなら仕方がないだろうな。現在、軍の編成中で出発は2時間後辺りになるだろう予定だ。時間は前後するかもしれないが、それまで十分休息をとっておけ。出発の際はサイラスをよこすからそのつもりでな」


「分かりました。それではお言葉に甘えて失礼致します」


 僕は礼をとって自分の馬車に戻ることにしてその場を後にする。その際バインク殿下がぼそっと言った言葉、聞こえてますよ? 僕が苦労性で禿げそうだとはどういう了見だ。後ろを振り向き、自分の耳をつまんで聞こえていますよ、とジト目で表情に出してとジェスチャーすると笑われてしまった。全く……。


 さて、出発は2時間後らしいので馬車で休息しつつ落ち着いて軽く食事でもしよう。今頃ヘルウェン王国軍はどの辺りにいるだろうか。軍事支援国であったとしても、やはり他国の軍を大多数国の領土を通過させるのだ。付き添うていでいる見張り役の部隊や通過するルートの領主や村々は気を揉んでいることだろう。それについては同情するけど、今回ヘルウェン王国軍が出してきたのは、評判の良い王族が3人程参加しているらしい。それと、ミリャン殿下を含めて4人の王族の参戦。なので、余程の事がない限りは他国の領で傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いを起こすことはいだろう、と思う。どういう人達なのかは知らないし、ついでに王族が4人って結構多いと思うのだが、それだけ軍を動かす機会がないから、この際に経験を積ませるってことなのだろうか。そんなことを考えての食事だったが、あっという間に時間は経過し、本国に帰る部隊と、もう一つの戦場に増援に行く部隊がそれぞれ出発を開始した。



 ♦ ♦



 今回の交戦で得たものや残ったものは多い。時間と人手、その他の物資をそれほど消耗することなくことを収めることができ、尚且つ今後の交渉に有利な立場と、利用価値のある捕虜を多数捕らえたのだ。それはあの王族を含む、戦場で負傷して動けなくなった生存者を含む捕虜達のこと。どのような交渉を進めるのかは僕の与り知るところではないので、人任せな言葉ではあるが、存分に捕虜や立場を有効活用して交渉を最善の形で収めてほしい。


 そして数日が経ち、後3日ほどの移動で戦地に着くと予定される場所での休憩の際、僕の馬車にバインク殿下が他にも数名連れてやって来た。


「馬車が広いから全員中に入れるだろう? その程度の人数で来たからな。少しお前と話がしたいと言う者達を連れて来たぞ。後何か飲み物をくれ、移動で水筒が空になった」


「分かりました、どうぞ中へ。トヨネは飲み物と何かつまめるものを頼む。ケンプは殿下の水筒に冷たくて甘みのある飲み物を」


「かしこまりました」


 2人が失礼にならない程度の手早さで用意するのを横目に、僕は少し座席を奥に詰める。お客さんが両開きの扉から僕の向かいに4人座り、僕の隣にバインク殿下が座る形になった。さて何の話をしに来たのやら。僕は机に置いていた書類の束を邪魔にならない様に机の脇に置く。


「移動中や休憩中にも書類の確認か? まったく、お前はどこかの国の仕事中毒の宰相か? そのうち本当に剝げるぞ」


何方どなたの事を仰っているのか分かりませんが、程々に休息を取っていますし、僕の家系は誰も剥げてる人はいないそうですよ。父が根を詰めて仕事をし続けると、どこかの国の偉い役職についている方のように頭が剥げるとは聞いていますので、程度はわきまえているつもりです」


「ふ、なら良い。その偉い役職の者のようにならない程度に肩の力を抜いておけ。で、早速だが、目の前にいる者達をお前は知っているか?」


「面識はありませんが、おられる方々は共にユピクス王国の宮廷魔術師でいらっしゃると思います。それも10人いる内の上から数えた方が早い上位の方ばかりですね。もちろん我が国の誇る立場ある有名な方々ですから、面識はなくても知らないなどと口が裂けても言えるはずがありません」


 僕の返答に満足したのか、バインク殿下がふん、と威張る様に4人を紹介していく。


「良く学んでいるようだな。手早く宮廷での順位を上から言っていくと。右から第一位のアンジェリカ・アンスパッハ、第二位のアーサ・アーチボルド、第三位のベデリア・ベイリアル、第四位のエセル・バンバー。今の世代を担う宮廷魔術師の上位4人が彼女等だ。他の者等は砦の警護やその他雑用で砦に残った者等とウルタルの護衛で本国に向かった者などを含めて10人中、彼女達以外は散り散りになっている。王国軍の魔術師院の者達もいるので分散したとはいえ、それなりの戦力であるわけだが」


 バインク殿下がそこで一旦言葉を区切って、今度は僕を見ながら話を続ける。


「先のマヘルナ王国軍との交戦での事で、お前に何か聞きたいらしいぞ? お前のことだから手の内を説明しろと言っても煙に巻かれるとは言ってあるのだがな。それに陛下からも、お前のすることに口を挟むな。手段を想像なり推測なりして議論はしても良いが、直接聞いたり探ろうとするなと言われている。

 それも踏まえた上で何を聞きたいのか知らんが連れて来たというわけだ。俺は紹介役と見届け役を兼ねて来ているだけだからな。あー、堅苦しい言葉はいらんぞ。相手が宮廷魔術師であっても、この場は普段通りに話した方が互いの為だろうからな」


「なるほど、承知しました。それで、僕から見てもバインク殿下同様に雲の上にいるような方々が僕のような小僧に何をお尋ねになりたいのでしょう? 生憎、僕は魔術についてそれほど知識は持ち合わせていません。魔術師の方々は魔術談義をされるのが好きだと言う認識程度は持っていますが、もしそれをお望みなら他の方をお求めになった方がよろしいかと存じます。と、前もってお断りしておきます」


 僕が4人を相手にして、予め了承してほしいことを述べる。所謂、何を聞いても求める答えを出すとは限らないと言う牽制けんせいだけど、4人は未だ無言でいる。というか……。


「それで……。先ほどから微量に僕に向けて魔術を行使されているようですけど、何の真似でしょう? 御分かりでしょうけど、もちろんレジストしていますよ? で、何が仰りたいのか飾る言葉なく単刀直入にお尋ね頂きたいですね」


 僕が放った言葉に驚く一同。バインク殿下なんか今にも怒鳴りだしそうな感じだ。立ち上がって馬車にある机をバンッと叩いた。恐らく、この後に言い出す言葉は、何をしている、それは本当か? 本当ならどういう了見だ、と怒鳴られることだろうと予想する。それを僕が手を添えて出し、殿下が話すより先に喋り出す。


「精神系の魔術でしょうか……。これは、精神干渉ではありますけど、そんなに強いものでありませんよね。どちらかと言えば僕を試している、そんな印象を受けます。まあ、あわよくば、僕の口が軽くなる程度のものなのでしょう。殿下も少し落ち着いてください」


「しかしだな! 仮にも国に仕える宮廷魔術師が、味方のそれも幼子にとって良い行動ではないぞ? 連れてきた俺の顔に泥を塗ったようなものだ。時と場合を考慮しなければ厳罰げんばつものだ! お前も被害者ならもう少し怒ったらどうだ? 俺が1人でわめいてるみたいではないか」


「そうは仰られても、レジストして被害はないのです。それに、相手の本命は僕を攻撃するのではなく、実力の確認辺りだと思います。精神干渉は尋問などによく使われることが多く、相手を意図的に思考誘導したり、口を軽くさせたり、術の精度が高ければ催眠術のような、相手意識を無くしてから操ることもできる危険なものだ、という認識が強いでしょう、

 実際その通りですから。ですが、使い方によっては精神的な病等の医療の分野で使われることもあります。先ほども言いましたが、今回はの意味合いは実力を測るのが目的が主で、僕に術を掛けてい来た。しかも、宮廷魔術師ともあろう方々が行ったにしては、意図的に効果の薄い手段を取られた。なので、僕としては怒るよりは、理由をお尋ねしたいですね」


 被害者の僕がもっともらしい言葉を並べると、バインク殿下は不機嫌そうに座り直した。黙って事の成り行きを見届けるつもりらしい。


「殿下のお叱りはごもっともでございます。オルクス殿の考えは見事に合っております」


 話し出したのは、宮廷魔術師第一位のアンジェリカ・アンスパッハ殿だ。宮廷魔術師の筆頭である彼女。ある意味その立場自体が爵位のようなもの。他の上位宮廷魔術師の女性達も思いは等しいらしい。その彼女等が求めている物とは何か、目的を聞く必要がある。僕は黙って先を促す。


「礼儀知らずな行いで気分を害されるのは分かる。だが、我々の探求心はそうしてでも知りたいと思う欲が人一倍、いや、言葉では計り知れぬほどあるのです。無礼を重ねることを承知で尋ねる。今回のマヘルナの軍との交戦の際、戦場の上空に我等では到底及ばぬ魔力を感じた。

 敵の王族を捕らえて移動させた際も距離はあれど感じることのできた極めて質の高い膨大だが無駄のない魔力操作。そなたが敵国の王族を捕らえたと言うなら、あの王族を拘束して交戦中の戦場の上空を移動させた者の正体を知っているのではないか? あれが人間でないと言われても信じてしまえそうな、完璧な魔術の行使。

 嫉妬よりも憧れを持たせるほどの、それをやってのけた者とできれば会ってみたい。わきまえず欲を言えば、話をして魔術談義をしたい。やったことを罪に問うならそうすればよい。代わりに、我等の願いを叶えてほしい」


 4人が揃って頭を下げて来た。4人は同じ思いで、考えも等しいと言う。どうやら今回墓穴を掘っていたのは僕だったらしい。宮廷魔術師の事など今まで戦力以外で考えたことはなかったし、その性質も思考も面識がないので知りようもないわけだが、これって言い訳だな。


 僕はゆっくりした動作で用意されて出された飲み物を飲んで背もたれに重心を預ける。そして、軽く目を閉じて色々考えてみた。時間にしてみれば約数分くらいだろう。並行思考を使った僕にしては長考した方だろう。バインク殿下も僕が何かを考えているように見えていたのだろう、何も言わず飲み物を飲んで時間を潰している。


「バインク殿下、お願いがあるんですが」


「ん? 考えがまとまったのか? 良いだろう言ってみろ。ある程度の事は陛下に進言してでも叶えてやってもいいぞ?」


「いえ、逆です。そこまで事を大げさにせず、4人の処罰については僕に一任して頂けないでしょうか? 被害を受けたわけではないですが、彼女達の魔術である精神干渉は僕に向けられたものです。処罰の代わりになる何かを言うなら、その権利は僕にあると思うんですけど、いかがでしょう?」


「ん? そんなことか。……まあ、構わんがどうするんだ?」


「今は彼女達の力が必要な時です。時期を後にずらして、国が落ち着いてから僕の出したお願いを聞いてもらう。それで僕の方は構わないのですけど。その他は殿下から厳重注意という事で今この場であったことをなかったことにして頂けると助かります」


 バインク殿下は少し悩んだようだが、まあ、いいだろう、そう言ってくれた。そして、目の前で未だ頭を下げている、彼女等には僕から一言伝える。


「貴女達の欲を満たす為、それと意欲と士気の向上を目的に望みは叶えて差し上げます。さすがに今日は無理なので、明日の今のような長時間休憩をとる際に、この馬車まで4人だけで来て頂くようにお願いします。それといくつか、この馬車に来る前に行ってほしい注意事項があります」


「まあっ! 本当ですか?」


「それは、その方と会わせて頂けると受け取ってよろしいのでしょうか!? 来ます! 必ずや!」


「言ってみるものだわ。しかも処罰をなかったことにしてくれるとか、とても気前がいい」


「ふふ、胸が高鳴ってくるねぇ。今から興奮して寝付けないかもしれないわ」


 すごい食い付きだな……。全員が顔を上げて、互いに自分の言葉を述べる。テンションもかなり高くなってるようだ。殿下は少し呆れ気味だな。だが、処罰をなかったことにしたわけではない。国が落ち着いた頃に、僕からのお願いを聞いてもらうことが条件だと言い含める。4人は僕の話をちゃんと聞いているのか怪しいほど、先払いの約束を取り付けたことを何度も念押ししながら馬車から去っていった。最初にあった初対面の印象とは全然違う、女性特有の姦しさと言えばいいのだろうか。とりあえず、明日馬車に来る前の注意事項だけは何点か伝えて守る様に言ってあるので大丈夫だと思う。思いたい。



 ♦



 次の日の夕刻、夕暮れが沈みかけている時間。周囲が早目の野営と食事の準備に取り掛かっているときに、彼女達は再び僕の馬車までやって来た。お目当てはもちろん、僕と同じく馬車に同乗しているルルスだ。手の内は見せないが魔術談義程度なら問題ないだろうか。ルルスには一通り説明をしてあるし、ある程度の能力の開示と話を許可してある。


 一応何かあればフォローができるように、僕も同席しながら書類の見直しを行いつつ、どういう話がもたれるのか、彼女達宮廷魔術師の思考や性質、あるいは性格を把握しておくことにした。馬車にやってきた彼女達宮廷魔術師、本来ならば礼節に従い礼を尽くす側であるのは僕の方なのだが、バインク殿下が一言その必要はないと昨日の解散する際に言い含めてくれたので、こちらは普段通り失礼にならない程度の礼儀で応対することにした。


「彼女が僕の隠し玉の従者の1人で名をルルスと言います。ルルス、彼女達が先に話した我が国の宮廷魔術師の筆頭とその上位魔術師の方々だ。ある程度、普段通り話して問題ないけど、程々に失礼のないようにお願いするよ。僕は隣で書類に目を通しているから、何かあれば言っておくれ」


「分かりました。さて、只今紹介に与りました、ルルスと申します。主からは皆様方からお話があると伺っております。なんでも魔術談義が主にしたいとか。私で良ければ、お相手できれば幸いです。それに時間は有限。早速ですが、どのようなことからお話ししましょうか?」


 ルルスは何て言えばいいのかな、テンションが高いときと普段のときの差が結構ある。今も紳士的な感じで対応しているが彼女は紛れもなく女性である。雰囲気的には女性が女性を口説いているような感じを受けるのだが気のせいだろうか? まあ、目の前の宮廷魔術師達との話が始まり、効率の良い魔術運用や、効果を上げる考え方、魔術の系統により色々と悩みであったり改善点、弱点の克服こくふくや補い方などが話されている。


 途中で魔術の行使による基本的な話が出たところで、互いの魔力量であったり質であったりのお披露目がされたりすることもあった。だが、誰1人としてルルスを上回ることはできなかったようだ。けれど、悔しいと言うよりは、憧れの感情が4人から窺えるのは、ルルス故の計らいがあるからだろう。


 ルルスも相手に配慮して全力には程遠いが、相手より少しばかり上回る程度の実力を見せた。だが、彼女の雰囲気と言うか魔術師特有の自己顕示欲じこけんじよく傲慢ごうまんさ、おごりが一切ないので相手に嫌味にとられない。そればかりか、ルルスは彼女達の欲求を懇切丁寧こんせつていねいに説明を加えながら満たしていく。鍛錬にどのような方法があるのか、魔術特性をより高め効率よく、さらに磨くためのコツのようなものを惜しまなく述べている。


 魔術師と言うのは、先にも述べたように自己顕示欲が高く、自己の特殊な能力を自慢する傾向が強い。さらに欲求というか探求心があるにも関わらず、技法を秘匿ひとくなり隠匿いんとくしたりして開示することを拒む者が大半である。教えるとしても、弟子や派閥に特別な計らい等をしてくる利益につながる者や、血筋や後継者等の特別な関係のある者にしか伝授なり相伝したりしない。所謂一子相伝的な事が繰り返されている。


 ルルスのように、何が良く何が悪いと、懇切丁寧にものを教える者は基本的に一つまみ程度の割合しかいないのが実情であるらしい。目の前の4人も例に漏れず、魔術談義であっても自分で隠していることは言わない性質であると本人達自身が述べている。それによって魔術の秘伝が廃れ、派生も流派も見出されず、この世から消えていった系統の魔術も存在するらしい。


 他にもそういう系統の魔術があることは分かっても、魔術の行使にどのようなことが必要なのか、判明せずにお蔵入り、あるいは死蔵される魔術も存在する。中には禁忌や、身の毛もよだつおぞましい方法で編み出された魔術もあったりと、その根の深さは無数に枝分かれして全てが把握されることはないというのが、今日こんにちまでの認識とされている総意的な考えとのことだ。


 だが、ルルスも基本的に隠し事がないような開けっ広げに見えるが、僕の不利益になる話は煙に巻く感じで話しているのはさすがである。それを目の前の4人も分かっているのか突っ込まない。けれども、何もかもを秘密だなんだと口に出さない者よりはるかにルルスの言葉には、相手に良い意味で刺激を与える情報をもたらせ好感を得ている。この馬車の中に全く刺々しい感じはなく、雰囲気が良いのが円滑で為になる魔術談義がされている証拠だろう。


 話はその後も続き、馬車の中では楽し気な雰囲気で包まれており、4人を交えて馬車の中で食事を摂り、礼儀を欠かない程度の会話が交わされた。そしてかれこれ3時間ほど経過した頃、周囲はすっかり暗くなり、馬車の中で魔術談義を延々していた彼女達のところに、僕の座る側の席の扉がノックされた。相手はケンプで、宮廷魔術師それぞれの弟子なり関係者なりが訪れたと知らせて来た。


「楽しい時間と言うのは、本当に早く終わりを感じるものだね」


「まったくですわよ。あー、戦争が無ければこのまま時間を忘れてお話しできますのに」


「まあ、言っても仕方ないでしょう。明日以降に備えないといけないし」


「そうよね。明後日の今頃には戦場にいることでしょうし。でも、先ほどまでの話は大変為になりました。オルクス殿、ルルス殿、我々の願いを聞いてくれて感謝します。できれば、また機会を設けて頂けると嬉しいわ」


 自分達の迎えに対してというより、彼女達がそれぞれが話す言葉は、不満げではあるが仕事があって仕方がないと諦めるところだ。切り替えや判断基準はしっかりしているらしい。僕が頼んだのは、自分の連れている魔術師や関係者達に3時間後に迎えを寄こす様に伝えておくこと。


 加えて、馬車の中から強力な魔力が感じられても周囲が騒がないように前もって説明しておくことこと。何かあれば、僕の従者であるケンプやトヨネに連絡すること。何のことはない、彼女達が延々話が尽きないだろうと思ってタイマー代わりの迎えに来る人を手配することと、周囲への配慮をするように伝えたまでだ。


 彼女達からは満足したが、少し物足りないといった雰囲気は見て取れる。


「楽しい時間を頂きありがとうございました。戦争が終結して国や周囲が落ち着きましたら、改めて時間をお取り頂ければ機会もあるでしょう。あー、けれど前もってご注意ください。私の引き抜きなどは考えないでくださいね? 私の主はもう決まっているのですから」


 ルルスが紳士的な礼をとって見せ、牽制するように付け加える。その言葉に、4人は一瞬複雑そうな表情を見せたが、引き際が肝心かと思ったようでそれに了承する。ただ、機会があればまた、時間を取って魔術談義をしようと約束してその場を去っていった。それを見届けてから僕等は馬車に再び乗車してからルルスに詫びる。


「すまなかったね、ルルス。4人も相手に長い時間話をさせてしまって」


「いえ、謝られることはないです。この世界の魔術について収穫はありました。それに、この世界の認識や魔術師の最高峰さいこうほうの実力の一端を知ることができました。侮りはしませんが、それほど脅威ではないという事も把握できましたから、どちらかと言えばプラスです」


「そうか、ならいいんだけどね。高い能力があっても、それを無計画に晒すのは愚か者のすること。能力はどれぐらいが高く、平均はどこが丁度よいのか参考にもなった。もちろん、中には僕のような転生者なり転移者のような能力の突出した者や、特殊な能力の保有者がいるから気を抜くことはできないけど、世界一般の上位能力者達の平均的な能力値が少しでも分かったのは、これからの事を考えると良い機会だったのだろうね」


 そう、この世界で生き抜く上で、能力の突出を露見するのは余計なトラブルを生むことが多い。どのように世界で生きるかはそれぞれ好きにすればいいだろうけど、立場や責任を背負っていると好きなようには中々できないものらしい。正に、転生者でユピクス王国の国王をしているフォルトス陛下が良い例だ。


 僕は先ほど馬車を去っていった4人が馬車に何も仕掛けていないか、魔道具の類はないかをさり気なく入念に調べる。さすがにそこまでの事はしなかったようだが、4人のルルスを見る目は得物を見つけたような、そんな物騒な視線を含んでいたように思う。なので、ルルスは誰の誘いも受けないと前もって牽制したわけだが、この世界の魔術師の性質や思考を垣間見れたような感じだ。隙があれば何かしら言い寄ってきそうではある。この戦争が終わったらフォルトス陛下に釘を刺してもらうように再度お願いしておこう。


 さて、残り今日を含めて2日でヘルウェン王国軍と合流して、ヘーベウスの軍を砦から追い出し、砦の奪還をしなければならない。事後処理は軍に任せればよい。僕がすることは基本的にマヘルナ王国との交戦と変わらないが、モイラアデス国王が僕の戦果に納得するかが微妙なところだ。あの人は自分の目で確認しないと認めないとか言い出しそうなところがある。


 僕が不正をしたとしてもご自慢の勘で見抜きそうなものだが、あの国王は性格が少しひねくれている節がある。まったく困ったものだ……。戦果や功績を見るのはユピクス王国所属のサイラスさんが継続して行ってくれる。なので、ヘルウェン王国軍側から僕が何をしているか不明なのに、戦果や功績が積み上げられれば何かしら不満を受けることになるかもしれない。


 どうしたものか、とりあえず今日のところは早く寝て、明日の移動中にサイラスさんに相談するべきかな? 僕は明日の予定を立てながら横になる為、馬車の背もたれを倒してスペースができたクッション性の高いところで、大の字に身体を伸ばした後に横になった。



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