第61話

 馬車に揺られること数時間、揺られると言っても前世で言うところの新幹線などに乗っているような、揺れたり跳ねたりしないレールを走っているような塩梅に似ている。馬車なので車で整地された道路を走っているようだ、と例えた方が良いのかもしれないが、魔改造された馬車はそれぐらいの例えを出すぐらい実に乗り心地が良い。で、御者台にケンプが、向かいの席の端にトヨネが、そして僕がいるわけだが。


 途中の休憩した場所から僕の隣にはサイラスさんとその数名の部下、後は何故か一緒にバインク殿下がトヨネと反対の扉側でどっしりと座っている。乗り心地が良いのは分かるが、僕やサイラスさん等が書類と向き合いながら話し込んでいるのを目を瞑って聞いているのかどうか、時折視線が飛んでくるのは感じるが何も言ってこないのでこちらからも何も言わない。今はお昼を少し回ってこの後に食事休憩を挟んでから再び出発し、今日の夕方頃には北西の元ユピクスの砦だった場所である戦場になる現場に到着する予定だ。


 以前も述べたと思うが、今回の戦争は2ヵ所とも局地戦であり、戦地に着いてすぐに開戦と言う流れになるわけではない。長期戦を想定して自陣を構築し、戦闘準備を整えてから互いに交戦を交えるタイミングを見計らってぶつかり合うわけだ。なので、物資が戦場に到着しない事には、開戦もできない。まあ、部隊の陣形を作って小競り合い程度の小規模な戦闘が起きないわけではないが、互いに余力を残しながらの交戦となるのが通例として多い。それに相手側には取り返したい砦が構えているのだ。陣形や陣地が整う前に先走るような者はいないだろうと思う。馬車の中で書類を仕分けしながら、サイラスさん等に予想されることを相談する。


「モイラアデス国王は他の人にはどうか知りませんけど、僕に対してすごく懐疑的な目を向けてくるので、戦果を上げても文句が飛んできそうな気がするので何ともしがたいです」


「国が違うとは言え、国王相手にそんなことを気にする君は、何と言えばいいのか肝が据わりすぎだと思うんだが……。だが、確かに、観測手である私がユピクス王国側の人間だということは、そういう言われなき疑いを受ける場合もあるだろう。けれど、確か君の場合は敵の指揮官なり階級者を始末しても、すぐにその遺体を所持品ごと回収しているじゃないか。動かぬ証拠があれば、国王が疑ってもそれほど問題ではないと思うのだがね」


「そうだぞ。お前が仕事をしたことで、こちらの軍は兵力の被害が予想されたよりも少ない。おかげで取り戻した砦の見張りに多くの人員が配置できたし、物資の消耗も、予備兵力や魔術師の温存もできた。戦場への影響は絶大で文句がない結果の仕事ぶりだ。それでもし文句を言うなら、それにかこつけてお前を本国に戻す。お前も、相手国の婚約者もひっくるめてな。仕事をきっちりしている者に、相応の評価も出せんような国の元で、有能な者をほっておけるほど我が国は人材がうるおっているわけではない」


 僕とサイラスさんの話に、殿下が割り込むように話し出した。いきなりなので、サイラスさんときょとんと驚いていると、ふんっとお茶請けのお菓子を一つまみ口に入れて殿下はそっぽを向いてしまった。


「結論から言えば、前回やったことを今回もやれば問題はないという事だね。殿下が言うように、それで評価が認められないなら見切りをつけるのも良いだろう。両国は基本的には互いの国産を輸入と輸出をする仲だ。ユピクス側に問題が無ければ、ヘルウェン側だって無茶な要求はしてこないだろう。それに、今回の戦争が終結した後、フォルトス陛下がヘルウェン側に港の土台を作ると言っているそうじゃないか。関係悪化はないと思うのが普通の見方だ」


「確かにそういう話もありましたね。どうやってあの山に囲まれた国で港の土台を造るのかは知りませんが、確かに関係の悪化は向こう側にメリットがないと思います。港の構築ができて船が海に出るようになれば、輸入頼りだった海産物が国産で賄える部分がでてきて、その分国費も削減できるでしょう。と言っても、やはり港なり船なりを用意するには最初に相応の費用が必要になりますよ。それに維持費なり開発費なりにも資金が必要不可欠。やり方次第ではマイナス面が多くなる場合もあります。それに、ヘルウェンと言う国にはその漁業に関するノウハウが全くない状態から始めるわけですから、ユピクス側にそれを求めてくるのではないでしょうか? 良かったですね、外交の手札が増えて」


「何を呑気に言っている。お前もうちの陛下と一緒にその港の土台作りのサポートに派遣される予定だ。まあ、言っても陛下の話では一日二日あればそんなものはすぐにできると仰せだ。どんな手段でそんな短時間に土台を造れるのかは俺も知らないが、秘匿するべき手法らしいからな。秘密が多いお前と同じだから、お前を連れて行くとのことだ。良かったな、大好きな仕事が増えて」


 全然良くない……。バインク殿下は軽い皮肉で僕に嫌味を言ってきた。恐らく、父親が秘匿するものをサポート役と付いていく僕に軽く嫉妬しているのではなかろうか。もしそうであれば勘弁してほしい。


「そんな皮肉らないでください。しかもそれ初耳なんですけど……。恐らく、間者や襲撃を警戒されての事でしょう。ヘルウェン王国は恐らく間諜かんちょうの類を出してくるでしょう。しかし、他の国や組織はそれにとどまらず、襲撃をしてくる可能性があるとお考えなのかも。フォルトス陛下はそれをあぶり出し仕留めることも念頭に置いているのかもしれませんね。そこに殿下達を連れて行くのは警備の人員を割くことになり、襲撃者に隙を突かれ被害が出る可能性がありますから、要人の数を減らすのは仕方のない判断だったのではないでしょうか」


 憶測と推察をでっちあげてフォルトス陛下の考えをフォローする。後で絶対文句言ってやる。僕はそう思いながら、でっちあげた推察をもっともらしくバインク殿下に説明した。


「ふむ、陛下も色々考えているのだな。俺では考えが及ばない部分も考慮しているとはさすがと言うべきか」


 そう言いながら飲み物を飲みながら背もたれに重心を預ける殿下。多少の機嫌は直ったようだ。それからしばらくして、行軍は一旦止まり昼食の休憩が設けられた。しかし、さすが12月と言うべきか馬車の外は寒い。馬車の窓からは白い息を吐きながら焚火をあちこちで起こしているいるのが見える。


 馬車が無ければ僕もあの中に混じっていたのだろうけど、この馬車は冷気が入らない様に完全な防寒対策がされている。サイラスさん達は外に出るのに防寒具を着ないまま外に出て慌てて中に入って防寒具をまとう。どうやら、長いこと馬車にいて、外の寒さを忘れていたようだ。サイラスさん達が間抜けなのではなく、それぐらいこの馬車が防寒対策に優れているという事にしておこう。殿下も立場上外での様子を窺う為に外に出て、そのまま食事をしてくるそうだ。馬車には僕とトヨネ、馬の世話をしているケンプが残る。


 さて、僕も食事を摂らないと、そう思っていると僕の座る机の上にトヨネが出してきたもの。それはグラタンだ! 僕の好物の一つ、前世では会社の昼休みに近くのファミレスやグラタンをメニューに出している店によく食べに行っていた。現世では、ガーディアンのトヨネやアイリス達を呼ぶようになってから、たまに食事に出されるようになった。勿論、前世にあったレシピは、他の転生者や転移者がこの世界でも広まっている地域もあるようなので珍しいものではないが、やはり使われている具材が地域により違い、偏っていたり、特産品や収穫の多い食材だからと、その地域特有の味になったという感じのものが多い。


「大事な戦の前ですから、オルクス様の好物をと思い用意致しました」


「うわー、ありがとう、トヨネ。早速頂きます! はむ、ほふ、ほっほー、ほふう、むぐ。ふはー、熱いけどすごくおいしい。グラタンの中から取り出した鶏肉が、もぐもぐもぐ、むぐ、んっふー。味がしみ込んでて、肉汁が溢れるたびに口の中でグラタンを食べてるって感じが実感できるよ! これってトヨネが作ったんだよね?」


「はい、予め時間があった時に作ったものですが、インベントリでは出来立ての状態で保存していましたので」


「あー、インベントリの恩恵もあるけど、トヨネの料理の腕前もすごいよ。これなら今日以降も頑張って戦えそうだ」


 僕はグラタンに満足しながら、水で流し込むのがもったいないと思いながらも乾いた喉に水を飲みながら幸福感で満たされた。ある意味僕は“ちょろイン”の仲間内かもしれないな。そんなことでやる気を出している僕の馬車に、サイラスさん等が自分達の食事を終えて戻って来た。それから間もなく、再度移動する為に撤収作業が手早く行われ、王国軍はその足を北西の砦に向け進め出した。



 ♦



 戦場に到着すると、既にヘルウェン王国軍と見られる軍が天幕を設置しながら物資の搬入を行っている現場が目に入ってきた。兵士達の陣形が整えられつつあるが開戦は未だ始まっていないようで、タイミング的には少し出遅れているが、戦端が開かれる前には間に合ったというところだろうか。


 我が国の軍も場所を確保して陣地を構築しているが、北東に戦力を集中していたので、こちらの人員が少ない為の影響だろう、本陣の天幕意外は疎らに小さな少数の天幕が建てられているぐらいだ。バインク殿下率いる増援部隊が急ぎ本陣に向かい、部隊の指揮をる者は物資の搬入と陣地の構築に増員を送った。


 僕はと言えば、馬車でサイラスさんと他の護衛達と共に、書類の最終点検を行っていた。グレイスやルルス、マティアは既に戦場の上空3000セルク(m)の位置に待機しているだろう。馬車の中も四角い鏡を以前と同じく縦に3枚、横に5枚並べた監視モニター室のような塩梅でスタンバイしている。今日中に開戦することはないだろうと見て、飲み物とつまむ物が用意された馬車の中で、段取りを確認し合う僕達の部隊のもとに、慌てたようにバインク殿下から呼び出しがあったと知らせが届いた。


 とりあえず、呼ばれたのは僕なのだけどサイラスさんにもついてきてもらい、我が国の陣地にある本陣の天幕に到着した。そこにいたのは渋い表情でいるバインク殿下と顔にあざをつくったミリャン殿下を含む支援国であるヘルウェン側の王族が4人。それに……。


「よう! 遅かったではないか、待ちくたびれたぞ!」


 僕にそう言ってきたのは、何故こんなところにいるのか、モイラアデス国王その人が腕を組んで偉そうな態度で僕を見ている。実際に偉い立場の人なので冗談にもならないが、僕がうやうやしく礼をとると少し不機嫌そうな声音で次のように述べられる。


「はっ、増々面の皮が厚くなったらしいな。少しぐらい取り乱して驚いたらどうだ? 少しはかわいげがあると言う物だろうに。それに、北東ではえらく活躍したそうじゃないか? それのおかげで、予定を何日も早く切り上げることができ、こちらが開戦する前にこの戦地に到着できたと聞いている。

 だが、わしとしてはその戦果に見合うだけの動きを直接見たわけではないからな。お前が嘘をついているとは言わないが、こっちの戦場でもその力を存分に見せてもらいたいものだと思っておる。わしとお前の仲だ、直答だの礼節だのガタガタ言わんから何か言ってみろ」


 ご指名入りました。なので無礼にならない程度の言葉で返答っさせてもらう。


「まずは、お久しぶりですとご挨拶させて頂きます。お言葉からして評価頂いているのかどうか微妙な感じですが、僕としては十分驚いております。何故陛下がここにおられるのか理解できておりませんので。それと、北東の砦でのことは、基本的に相手の王族がしゃしゃり出てきたところをうまい具合に捕獲できただけのこと」


 僕はここで一旦言葉を区切って、運も味方してくれたのだと謙遜を入れる。それと、評価をされるべき人が僕だけではないのだとも言い含める。


「陛下は僕自がえらく活躍したとおおせですが、そこは訂正させて頂きます。情報の精査や補佐してくれている人材に恵まれ助けられての事です。評価を受けるべき人が他にもいるという事だけは心に留めておいて頂ければとせつに願います。勿論、僕は戦果を偽ってなどいません。ですが、根本的に他の方と僕とでは、戦争での役目が違ってきます。力を存分に見せろとおっしゃいますが、陛下の仰る目に見える評価に成り得るのか、と言うところが問題になりそうなところです。僕は戦場に突っ込んで戦うスタイルやスタンスではないので、そこをご了承頂くしかありません。例えるなら兵士と軍師のようなもの、もっと平たく言えば戦士と魔術師。盾兵と弓兵のような役割でありましょう」


「相変わらず口の達者な奴だ。では、お前は後者で、魔術師や弓兵のように後ろから得物をかすめ取るしかできないと言うのか?」


「その言い方は、魔術師や弓兵の存在意義を否定するようなものです。魔術師には魔術師の、弓兵には弓兵の矜持がございます。国を動かす陛下がそれを仰るのは問題かと思われます」


「分かっておるわ! だが、矜持と言ったか? 戦争に参加する者は皆それを持っておるわ。まあ、例外も存在するがな」


 モイラアデス陛下は、ミリャン殿下を見ながらそう漏らした。


「さておき、今更お前のような小僧に言われんでも、過去に幾度もの大小の戦争を経験してきたわしに、お前の持つ矜持とやらを見せてもらおうではないか?」


 ん? 何が言いたいんだろ……。矜持を見せろって言われても、グレイスの狙撃を見せるわけにもいかないし、ルルスの魔術やマティアの技術だって公に見せることはできない。はてさて、次は何を言い出すんだろうかこの陛下は。そう身構えていると、陛下はこんな要望を出してきた。


「お前は敵の指揮官や階級者を仕留めて、敵側の指揮系統を機能させないようにじわじわと敵陣を乱しているらしいな。お前は目的の仕事を完遂すればよい。まず、交戦する砦には向こうの王族がいるらしい。砦の塔に旗があるからな。それが証拠だ。見せかけの可能性もあるが、わしの勘は本当に王族がいるだろうと言っている。それをわしの前に連れてくることが一つ。それと指揮官と階級持ちの始末も同様だ。死体でも生きたままでもいいからわしの前に連れてこい。お前の戦果をわしにも見せろ。北東でも同じことをしたのだろう? できんとは言わんよな? ん? どうした目を点にして、まさか臆したとは言うまい?」


「いえ、逆です。そんな普通の事でよろしいのですか? もっと無理難題言われると思ったので拍子抜けしました。こちらにいる殿下方のサポートをしろとか、敵の軍勢目掛けて突っ込んで来いとか、砦をさっさと奪還してこいとか仰るのではないかと……」


「お前がわしにどのような印象を持っているのかよく分かった……。お前がどうしてもそうしたいと言うならそれを条件にしても一向にかまわんぞ? まあ、実際にやってのけそうではあるし、そのようなことになれば、意気込んでいる率いてきた者共が、お前に手柄を取られたと戦後処理の後に国に戻ったら針のむしろのごとき視線を周囲からお前は浴びるだろうがな。そんな覚悟ができているならやってみたらいいぞ?」


「陛下が僕に抱いている印象がどういう物かをまざまざと言われたような感じです。僕がそうやって表立って動き目立つことを良しとしないのをご存じのはずですよね? ありありと目に浮かぶような印象をでっちあげないで頂きたいところです。勿論、仕事はきっちり行いますのでご心配には及びません。手柄云々は戦場では時の運であったり、早い者勝ちだと認識しております。理由もなく敵を逃すようなことはしませんし、陛下がお望みであれば戦果の確認に是非立ち会って頂ければと思います」


 僕がそう述べると、言いよるわ、と何故か機嫌が良くなった陛下。どこが機嫌を良くするポイントだったのかは分からないが、これ以上何か言われるのも面倒なので、礼をとって退出させてもらおうかと思ったとき、顔に痣が見えるミリャン殿下が僕に対して啖呵を切る様にこう宣った。


「おい、ここを去る前に、お前のところのトヨネやアイリスとか言うメイド達を私によこせ。というよりも高難易度のダンジョンを数多く攻略した強者を全員だ。私がこき使ってやった方が、戦果を得るのには申し分ないだろう。それに、お前のところにいるのは殆どが女だ。わたしのめかけにしてやっても良いぞ? 毎晩とっかえひっかえ、いや複数でするのも良いな! 戦場で後方にいるお前よりも、私の方が公私共に十分に役立てて使ってやれるはず――、へぶしっ」


 ミリャン殿下が途中まで話ていたところで、陛下の足払いと鉄拳がミリャン殿下の顔から出しちゃいけないような炸裂音を出してぶち当て、そのまま天幕の床をバウンドしながら一回跳ねて、陛下の手に収まる。その曲芸のような出来事に思わずきょとんとしてしまい、さっき一瞬わいた何かを瞬時に忘れてしまった。


「何でもない。お前もサイラスも準備の途中だろう、呼び出して悪かったな。私とモイラアデス国王側とは戦術の協議があるからな。なのでお前達も、もう下がっていいぞ。後はこちらでやっておく故な。何かあればまたその際に呼ぶ」


 僕等はバインク殿下から許しが出たので、再び礼をとって天幕を後にした。




 ♦♦♦



 オルクスが去った後のユピクス側の本陣の天幕内。そこには溜息や止めた息を深く吐いた国王や王族等が今頃になって伝う冷や汗を拭いながら自分の用意した水筒を傾け、飲み物を勢いよく口に入れてのどを潤している。


「バインク殿、馬鹿な息子が余計な事をした。迷惑ついでに後であれのフォローをしてもらいたいのだが頼めるだろうか?」


「勿論です。しっかりやっておきますのでご心配なく。奴はあの年で分別がしっかり付けれる人間です。戦場でミリャン殿を後ろから討つ様なまねはしないでしょうし、それに、奴自身は今の自分の変化に気づいてなかったように思いますから、それほど気にしなくてもよろしいでしょう」


「ぷはっ、僕は正直言って肝が冷えて喉がカラカラだ。ミリャンだけに向けられたものだけど、あの雰囲気や視線はやばい。急に表情が抜けたと思ったらと雰囲気が激変したんだから驚きよりも先に恐怖心がわいたよ。はっきり言って、戦場の雰囲気に当てられるよりも生きた心地がしなかった」


「そうだな。御祖母様おばあさまが言ってたように、敵対なんかしたくないね。あの子は怒らしちゃダメな類だ。けれど普通の子供が我儘わがまま癇癪かんしゃくを起すのとはわけが違う。ちゃんと怒るというよりキレるに値する物差しがあるみたいだ。それだけでも大分違うマシな人物なんだろう」


「あれで5歳児なんだから、本当に将来を見るのが怖いな。だけど、確かに触れちゃいけないキーワードは少し分かっただけ良かったかな? ミリャンの馬鹿は本当にダメな奴だけど、ある意味では役だったか。しかし、ミリャンを途中で陛下が止めてなければ……。想像しただけで俺も身震いしてきたぞ。私の中の、睨んだだけで人を殺せる人物辞典に彼が載るのは間違いない。勿論“怒らせると”とは付けるけどね」


 ミリャン王子本人は気絶してモイラアデス国王が胸ぐらを掴んでいたのをその場に投げ捨ててしまった。しかし、天幕内にいる他の王族はそんなことよりも心に留めておくべき事がはっきりとしている。


 オルクスの前で、“従者を寄こせ”または、従者を酷くないがしろにする内容等の言葉を吐けばどうなるのかをの当たりにしたのだ。オルクス本人は、途中でミリャン王子の言葉が遮られ、さらにモイラアデス国王の床を跳ねる位の強烈な一撃にバウンドしたミリャン王子にきょとんとしていたので気づいているのかいないのか分からないが。ミリャン王子の言葉が続くにつれて、今まであった表情がストンと抜け落ち、その瞳から光が消えて向けられる視線の類は殺気や怒気の類ではなく、“無”だった。まるで深淵に見られている様な、とは言い過ぎではない、感情のない目でオルクスがミリャン相手に視線を向け始めたことに、周囲の王族は異変にすぐさま気づいて冷や汗をかく羽目になった。


 ヘルウェン側の王族は、以前にトヨネというオルクスの従者が放つ雰囲気に寒気を覚え、オルクスを笑う者に対して心胆を寒からしめた経験がある。従者が従者なら、その主人も主人なのだと遅まきながら思い知らされた一幕である。


 バインクもヘルウェン側の事情は知らなくても、オルクスの雰囲気の変わり様、表情や目を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんで事態を把握した。ヘルウェン側の誰かが言ったように、オルクスに言ってはならないキーワードがあり、従者関連の事には特に気を払うべきだと心に留め、無事に戦争が終われば本国に早目に知らせるべきだなと考えたのだった。
















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